タイトル:折首地蔵マスター:長南二郎

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/04/16 23:51

●オープニング本文


 梅の蕾が膨らむのを横目にしながら、寒風がその身を斬るように吹き突ける。
 周りの木々に比べるとまだ若い印象を受けるその梅は、銀杏や楓の大木に押し出される形で、かろうじて日の光を受け取るような背格好をしている。しかし、それはその梅だけに言えた事ではない。その場にあるほぼ全ての木が自らの生きる意思によって奔放にその枝を広げている。
 しかし、その奥にある建物は、土壁や瓦が剥がれ落ち、それはまるで生気を感じさせなかった。今も吹き抜けていくこの風にその身を晒しながら、柱の軋む奇声のような音が漏れ出てくる。その建築様式からようやく寺院だと判別がつく程度のその建物は、本来持ち合わせているはずの威厳や荘厳さをすっかりと失い、野良猫すら立ち寄らない不気味な姿に変貌を遂げていた。
 事の起こりは、この荒れ寺を怖いもの見たさで訪れた若者の証言であった。

 寒さが未だ衰えを知らないこの季節、わざわざ自ら寒い思いをしようとこの場を訪れた一人の若者がいた。既に雪は融けて無くなってはいたものの、昨日まで降り続いた雨によって靴が地面にちゃぷちゃぷと音を立てる。若者はごちゃごちゃとした並木の参道を越え、迷うことなく廃屋の前へとやってきた。話には聞いていたものの、いざ目の前に立つと吸い込まれてしまいそうな錯覚に陥る。吹きぬけていく風が木々を揺らす中、彼は異様な寒気をその身に感じていた。

 どこからともなく、鈴の音に似た、金属と金属が擦れ合うような、高く澄んだ音が聞こえてきた。それが錫杖というものの音だと知ったのは、彼がULTに駆け込んだ後のことである。同時に、建物の内部から、裸足で床を歩くような音が近付いてくる。廃屋の中から、それも複数の人間の足音。若者はそこまで来てようやく踵を返した。
 とにかく参道を一目散に駆ける。行きはそこまで長く感じなかった道のりが、帰りは恐怖と焦燥でことさら長く感じる。地面のぬかるみに足を取られようがお構い無しに、若者は脱兎のごとく逃げようとした。
 目の前に立ちふさがった二体の首の無い地蔵を見るまで。

 辛くもその場を這い出た若者は、自らの車のサイドブレーキを完全に引き下ろすのも忘れて、山を転がるように逃げ去ったという。

●参加者一覧

瞳 豹雅(ga4592
20歳・♀・GP
ラルス・フェルセン(ga5133
30歳・♂・PN
イーリス(ga8252
17歳・♀・DF
鴉(gb0616
22歳・♂・PN
ロゼア・ヴァラナウト(gb1055
18歳・♀・JG
サンディ(gb4343
18歳・♀・AA
柊 沙雪(gb4452
18歳・♀・PN
シルヴァ・E・ルイス(gb4503
22歳・♀・PN

●リプレイ本文

● 一
 寡黙に咲く梅の花。その唇を風が震わせる。

「青年はー、いったい何の用で、此処を訪れたのでしょうねぇ。肝試し‥‥とかいうもの、でしょうか〜?」
 事の発端となった青年の行動を不審がりながら、ラルス・フェルセン(ga5133)はやや乾いた笑みを浮かべながらボソリと呟いた。
 彼の言う通り、この時勢に態々人里離れた地に一人で足を伸ばすのは危険である。それも仕方が無く行ったのではない。自ら態々穴にはまろうとしたのだ。
「とは言えー、結果的にキメラの棲処となっていた事がー、分かりましたしー、青年も無事なようですからー、良かったのですかね〜」
 移動の疲れからか大きく背伸びをしたラルス。その陰で柊 沙雪(gb4452)が言葉を漏らす。
「確かに‥‥何か出そうな廃寺に興味本位で近付く人はいるでしょうけど‥‥この時勢、良くない雰囲気は結構当たるんですよね‥‥」
 その眼はまだ穏やかな光を湛えている。視線の先にあるのは、先を行くイーリス(ga8252)と瞳 豹雅(ga4592)の二人組。
「人間の様な石像ですか‥‥硬そうな相手ですが、一般人が逃げ切れるレベルのスペックで2体だけならば、万全の状態で普段通りのやり方で挑めば懼れる程では有りません」
 自らを鼓舞するように呟くイーリス。その光景を何気なく見、顎に掌をあてがう豹雅。
「ふむ。へっぴり腰の目撃者でも逃げられる敵です」
 わざとらしくイーリスの耳に届くようなトーンで話す豹雅。イーリスは豹雅に向き直った。
「しかし、逃げるに容易いから倒すに容易いとは限りません‥‥むしろ‥‥」
「むしろ?」
 その問に豹雅は右を向く。そこにイーリスの怪訝そうな表情があったが見て見ぬふり。そんな彼女はケセラセラ。
「さて、では拝んできますか」
 ‥‥イーリスがコケた。
「今回は特にまだ死傷者もないみたいなので、少し気が楽だよ。とは言ったものの、このまま放っておくと被害者が出るのは時間の問題だろうね。さっさと片付けてしまおう」
 男装をしたサンディ(gb4343)が意気込む。その横でシルヴァ・E・ルイス(gb4503)が、荒れ果てた廃村を目の端で追いながら溜息をつく。
「普段どおり淡々と。仕事をこなすだけ‥‥」
 蛍火の拵えを確かめるその目は、どこか晴れない彩を映す。彼女の纏う静かな空気は、その場のものとは違う何かを含んでいるようだった。
「こういう所って‥‥キメラには住み心地が良いんでしょうか‥‥」
 鴉(gb0616)が誰にとも無く問う。彼は警戒も予ねて既に蝉時雨の柄に手を当てている。
 寺へと続く参道は8名の目前にまで迫っていた。
(床板が抜けて、キメラがはまったりしていたら間抜けな感じだけど‥‥)
 穴に『ごちんざ』する地蔵キメラの様子を頭に浮かべたが、そのシュールな想像は三秒と持たなかった。
 一人でにやりとした顔を浮かべる鴉の後方でロゼア・ヴァラナウト(gb1055)がビクッとする。
「え‥‥えーと、まずは、油断しないようにしましょう」
 二、三辺りを見回した後、ロゼアは自分にも言い聞かせる意味で率直な思いを言葉に出した。
 その一言に沙雪は一つ息を吐く。同時に、その眼から明が退いた。
 一行は松の繁る参道を一歩ずつ進んでゆく。

● 二
 参道を行く中に敵はまだ見られず、傭兵達は荒れた石畳に積み重なる、濡れた落ち葉の上をただ歩いていた。
(‥‥ずいぶん、寂れているのだな‥‥)
 シルヴァが辺りを見回して思いを馳せる。抜き身の蝉時雨を手にした鴉もその荒れ具合に嘆息する。
「霧とかが無くてまだ良かった、かな」
 ポツリとサンディが呟く。悪天の戦闘は此方側に何のアドバンテージも与えない。敵の素性があまり知れないときは尚更である。
「内部に複数の足音。そして眼前に2体のキメラ。総数は単純計算で4体以上と思った方が良さそうですね」
 濃青の瞳、額に顕れた青白く光るエイワズのルーン。ラルスは既に覚醒を行っている。
 ここを訪れた青年は実際に2体のキメラを目撃しているが、数がそれだけと限った話ではない。当然、その場合のリスクは全員が心得ていた。
「もうすぐですね‥‥」
 ロゼアが呟く。彼らの眼前には寺のものと思われる苔生した石碑がすぐそこに迫っていた。
「ここまで来て居ないのなら、案外お堂の中で臥してますかな」
 豹雅も飄々とした口調とは裏腹に、いつでも戦闘態勢を取れるようにしている。
 不意に、沙雪の視線が鋭くなる。

 荒地に響く錫杖の音。
 無常を惹くは誰が者か。

「オジゾウサマ? なんだ、ただのマネキンか」
 唐突に現れた2体の首無し地蔵を前に、サンディはおもむろにレイピアの柄頭についた十字架にキスをする。たちまち彼女の青色の瞳が紅の光を燈す。
「ふむ、あまり陽の下で見たいものではないな」
 眼に金色を宿したシルヴァが蛍火の身を抜く。
「行きます」
 戦いは沙雪の急所突きに火蓋を切る。現れた二体のキメラは自らに迫ってきた彼女を敵と認識し防衛行動をとろうとするも、彼女の速さと必中性には為す術も無く、その身に疾風迅雷の創をつくる。
「これ、人体急所とか関係あるんでしょうか‥‥」
 手応えの確実さと、想像とは少し違った両の手に伝わってきた感覚に沙雪が呟く。
「なら、頭です」
 豹雅が覚醒、もう一体のキメラに向かって飛び出す。敵を2体と認識するのにタイムラグを作って無防備になっているその横腹にミラージュブレイドを振り下ろす。敵が混乱する中、一気に前線を築くことに成功した。彼女はその動きに何かを感じ取りながら、後退の後に疾風脚を発動した。
 次手を取ったのは鴉。その姿は赤の瞳と目尻に赤色のクローバー、首に三本線の輪状の模様を浮かばせている。すかさず瞬天速でキメラの後方に回り込み、急所を狙って蝉時雨を胴へ一閃。
「っと‥‥どれぐらい効いた‥‥?」
 手応えはあった。しかし、声を発する器官を持たないキメラに対し、そのダメージの度合いはこちらが推して測るしかない。すると、其れはまだ余力があるとでも言いたいのか、地に立てた錫杖を急激に鳴らし始めた。同時にキメラの腹が大きく上下に割れる。
「波動来ます!」
 ロゼアが咄嗟に声を張り上げる。キメラは不規則な動きをしながら闇の波動を放出、正面に鉢合わせた沙雪が瞬天速による回避行動をとるも逃れるまでにはもう一つ届かず、エネルギーによる衝撃をその身に甘んずる。
「くっ‥‥」
 沙雪の表情が曇る。外傷によるものではない、鈍い痛みが身体を走る。
 しかし、キメラは攻撃の反動を受けたのかピクリとも動かなくなった。
「厄介な手をお持ちのようですが、これしきでは止まりません」
 これを機と見たラルスが後方よりアルファルの弧を張る。
「頭がなくとも急所はあるはずです」
 ヒトで言う急所に当たる部分へ向けて放たれた矢は、正鵠を射ったように胸の中央を貫いた。キメラのうちの一体が空を仰いで地に崩れ落ちるのを確認すると、すかさずもう一体へも矢を放つ。その正確な攻撃は同じく胸を貫き、その威力からキメラは大きくのけぞった。
 既に虫の息のキメラは、それでも錫杖を鳴らそうと右の手を伸ばす。
 しかし、それは叶わない。
 イーリスがサベイジクローを背後から深々と突き刺す。
「終わりです」
 腕に伝わる鼓動がだんだんと小さくなるのを確認した後、刃が欠けぬように注意しながらその胴より引き抜いた。
 
● 三
「硬いかと思いましたが、ただの肉の感触でしたね」
 イーリスは紙でそれぞれの爪に付着した体液を丁寧に拭う。石像のような淡黒色のキメラの表面は意外とあっけなく切り裂けた。
 覚醒を解いていたラルスが「それにしても〜」といういつもの口調に戻って呟く。
「頭無し、ですからー、視覚による捕捉ではなく〜。どういう仕組みだったのでしょうか〜?」
 眼前に横たわる骸を見下ろす。動物でいう頭部にあたる部位は見当たらず、そこにあるべきはずの器官がどこかについているのかと見回すも、それもまるで見当たらない。
「‥‥心のおめめです」
 その声にラルスは振り向いた。そこには「なーむ」と合掌するフリをしている豹雅の姿。
「その矢の刺さってるところ」
 ラルスは豹雅の指差す先をじっと見つめた。そこには、矢で貫かれた孔の他に、ちいさく不自然な窪みがあった。
「腹に、眼を持つとはー、なんだか嫌ですね〜」
 ラルスは苦笑する。
「どうやら攻撃時にだけ眼を見開くようです」
 彼らの中で唯一攻撃を受けてしまった沙雪が頷いた。彼女をはじめ、接敵して戦ったメンバーは、大きく開いた胴体の上部分に小さな目があるのを見つけていた。
「なんか、普通のときなら、肝試しにも良さそうですね‥‥とりあえず、怪しそうなところを探してみましょうか」
 鴉が笑う。その一言で覚醒を解いていたメンバーが頷き、再び自身の状態を引き上げる。
「とりあえず、あそこが一番怪しいな」
 サンディはレイピアで廃屋となった寺を差す。如何にも、といった佇まいのそれは、『何か』を内包するには十分そうだった。
 8名はまずそこからの捜索をすることに決め、何かがあったときのために4名ずつに分かれて行動を起こすことにした。

 廃屋へと徐々に近付く探索班の4名。そのうち、別方向から追い込みを掛けるために豹雅は3人と離れて行動をすることにした。
「この寺、取り壊した方がいいんじゃないでしょうか。危ないですよ、色々と‥‥」
 沙雪が外観を眺めてボソリと呟く。彼女の負傷の具合は治療が不必要なほど軽度だったため、事前の打ち合わせどおりに探索班として参加している。
「確かに、今回のようなことがそう何度も起こっても困るからな‥‥」
 イーリスもその案を支持する。と、サンディが右腕を広げて三人を制す。
「あの音だ。‥‥やはりまだいたか」
 建物の内部からは既に錫杖の音が聞こえている。
 意を決して扉を開く。中は崩落が激しく、視界を遮るような壁はほぼ残ってはいなかった。
 その骨組だけの建物の内部を2体のキメラが徘徊している。
「く、もう1体いたか! だが望むところだ!」
 サンディが廃屋の中へと足を進める。同時にキメラは彼女を認識し、その距離をぐんぐん詰めてくる。
「本当に、何体いるんでしょうかね‥‥」
 呆れにも似た言葉と共に、沙雪はイーリスと協力してキメラを外へおびき出そうと動く。
「こちら探索班。2体の敵を発見」
 外で待機しているメンバーにサンディが無線連絡をする。
『了解。こっちもいつでもいいぜ』
 応答は鴉。その応えを確認すると、イーリスは声を上げた。
「瞳さん! そちらは!?」
 明かり取りから火の輪をくぐる豹‥‥あ、いや虎のように中に忍び込んでいた豹雅に問いかける。
「‥‥宅配便、いきますぜ」
 声がしたと同時に見えたのは、豹雅と地蔵。
「‥‥もう、いい加減にしろ‥‥」
「‥‥もういい加減にしてください」
 波動や体当たり攻撃を受け流しながら徐々に出口へと導いていたサンディと沙雪の二人からポロリと愚痴が漏れる。サンディは再び無線機を取り出す。
「訂正。敵は3体、間もなく廃屋より排除する」

● 四
「お待ちしておりましたよ!」
 4人と共に這い出てきたキメラは、自らが袋の鼠だと悟ると、再び廃屋へと戻ろうと踵を返す。しかし、そこにはイーリスと沙雪が立ち塞がっており、逃げることは出来ない。
「背中向けたらあぶねぇぜ!」
 鴉が地蔵の一体に斬り込む。先程のキメラに感じた感触よりもずっと柔らかい。その戦いの物腰を見ても、どうやら戦闘能力は外に居たものよりも低いようだ。
「‥‥」
「早く終わらせましょう」
 豹雅、沙雪が続けざまに斬撃を加える。三本の大きな刀創を作ったキメラはよろよろと、それでも廃屋の中へと戻ろうとする。
「情けだ‥‥受け取れ」
 その側面で構えていたシルヴァの淡い斬影がその胴を切り裂く。キメラは倒れたまま再び動くことは無かった。
「我が刃に貫けぬものは無い!」
 残る2体を前に、突きを主体とするフェンシングを応用した剣術を駆使するサンディがアンガルドの体勢を取る。その瞳の紅は内なる情熱を照らし出している。
「私の刃を防げるか!?」
 1体に隙を見るや、即座にファンデヴにスマッシュの効力を載せた攻撃を繰り出す。深く突き刺さったレイピアに、キメラは文字通り身体を震わせた。
 続けてラルスが白銀のアルファルの弦を引く。矢羽は風を切り、レイピアの創を負った地蔵へと突き刺さる。
「甘いですね。まだまだです」
 もう1体のキメラへ向けて再び弓を引く。狙いを定める間にファング・バックルと急所突きを併せて発動。極めて強い威力を宿した矢は、下腹部に命中すると同時に、キメラの生命力を大幅に削った。
「強弾撃‥‥いきます!!」
 後衛で攻撃の機会を窺っていたロゼアがトリガーに指を掛ける。もうおどおどとした少女の姿は無い。ライフルから放たれた弾丸はキメラに命中し、その身を地に沈めた。
 残るは1体。
「あとは、お前だけだな」
 イーリスがサベイジクローで薙ぎ払う。
 しかし、まだ息がある。
 錫杖の音が強くなる。
「‥‥チッ」
 あと一つというところで、イーリスは奥歯が痒くなる様な不快さを得る。
 キメラからかなり矮小な闇の波動が放たれる。
 しかし。
「効かんな‥‥」
「攻撃のつもりか?」
 その攻撃を受けたシルヴァとサンディの負傷も、ほぼ無いものに等しかった。
「‥‥それじゃ」
 鴉が蝉時雨を逆袈裟に振りぬいた幾秒か後には、戦闘は終わりを告げた。

● 五
「最後にしては上出来だな」
 完全にキメラが静止しているのを確認して、サンディがレイピアを鞘に戻すと同時に覚醒を解いた。沙雪はその隣で一つ息を吐く。
「それじゃあ、もう少し調べてみますか?」
 苦笑しながら他のメンバーに尋ねる沙雪。それぞれが分かれて再び周囲の捜索を始めた時だった。
(こういうモノ達にも、魂は‥‥あるのだろうか‥‥)
 シルヴァの脳裏に想いが過ぎる。
「どうしたんですか?」
 その時だった。シルヴァは思わず声のほうに視線を向けると、小柄なロゼアが自分の前に立っていた。
「なんでもない。ちょっと‥‥埒もないことを考えただけだ」
 気持ちを落ち着かせた後、シルヴァはその想いに蓋をする。
「‥‥そうですか」
 彼女はそれだけを言うと、シルヴァから遠ざかって行ってしまった。
 しばらくして、シルヴァは捜索をするために歩き出した。ただ、やはりまだ何かが晴れた気がしない。
 滾々と蟠りだけが積もってゆく。
 何気なく視線を落とす。
 その先にあったもの。
 それは。
 満開に咲いた梅の枝と、ロゼアの笑顔。
「あの‥‥『咲』って、本当は『わらう』っていう意味のことばらしいですよ」
 それだけを言い残すと、彼女は再びトタトタと去って行ってしまった。
 しばらく呆然とその二つを見つめていたシルヴァの中から、やがて自然と笑みが溢れてきたのは、彼女しか知る由が無かった。
 南寄りの風が、ゆっくりと山肌を撫でていった。