●リプレイ本文
●授業開始のベルが鳴る
教室棟Aの二階の一番端の教室に五人の傭兵達が集まっていたた。
今日一日だけは戦うためではなく、カンパネラ学園の授業を受ける生徒、聴講生として過ごす。
普段カンパネラの聴講生としてのあたしは真面目で品行方正な優等生。
友達と和気藹々として学園生活を楽しんでる訳なのだけれど、普通の17才としてこれが本分なのは当たり前なのよね。まだまだ成長途中だし、外部からの刺激が成長に必要なのも自覚してる。将来、一緒に過ごすことになる人を支えるためにも、こんな風に何気ない一日でも大切に過ごして、それから得られた経験を糧にしていかないとね。
今回の授業に於いて唯一のカンパネラ学園生徒である百地・悠季(
ga8270)は学生としての心構えをしっかりと胸に抱き、 自習に臨もうとしている。
教壇前に陣取ったメカメロン(以下メロンと呼称)を目にしたホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は感慨深そうに呟く。
「‥‥知らないうちに、マスコットにまで昇格していたのか」
彼は先日、校内を走り回っていたメロンを捕獲した傭兵の一人である。その際に一緒に行動した傭兵の娘である桂木菜摘(
gb5985)はメロンの話を父から聞き、興味を覚えて授業に飛び入り参加していた。弱冠六歳という彼女であったが、行動力はずば抜けているようである。
「‥あ、甘くていいにおい。おいしそう」
「メカメロン、良く出来ていますね‥‥とても美味しそうです」
甘いものに目が無い最上 空(
gb3976)は漂うメロン臭に早くも空腹中枢を刺激されたらしく、菜摘と並んでメロンをガン見している。
「残念だが、コイツは食べられない。だが、別の方法で上手く料理してやろうじゃないか」
美味しそうなのに食べられないという難敵のメロンを、今日は絵画という手段で料理をしてやろうとホアキンは提案する。
「うむ、腕によりをかけてやろう。今日の☆占いで、ラッキーアイテムが『生脚の生えた緑色の球体』だったことだしな」
とやや真剣な表情で御巫 雫(
ga8942)が頷く。
「そんなわけでよろしく頼むぞ、メロ‥‥ふむ、折角だし、何か愛称の一つも考えてやらんとな。メカメロン‥‥かりめろんとかどうだ?」
なかなか香ばしいセンスの愛称を提案されたメロンは拒否権を発動してぷるぷると左右に揺れた。
「では、ロンメル‥‥月光‥‥これも駄目か。──‥なぁ、某ロボットアニメで緑色の球体のマスコットがいたが、コイツはそれを意識して作られたんだろうか?」
「それは‥‥どうかしらね」
「どうだろうな」
提示された疑問に悠季とホアキンは返答を濁した。
確かに『有名なアレ』っぽいがそれは断じて無い。なぜならメロンはメロンだから。報告官も前回の報告書を書いた後にちょっと思ったそうだが、開発者は断じて違うと言い張るだろう。違うんだ。と。
●メロン、お前を逃さない
まず、傭兵達は絵画制作に入る前にメロン逃走阻止の準備に取り掛かった。
チョークの粉をたっぷり含ませた黒板消しを手に扉へと向かう空、そして雫。
二人は扉の前でほぼ同時に出会い、そしてお互いの手にあるものを確認するとがっちりと握手を交わした。奇妙な連帯感と友情が成立した瞬間だった。
ホアキンは彼女らを温かく見守りながら扉の鍵を下ろす。
メロンはその間、左右にゆらゆら揺れている。どうやら手持ち無沙汰のようだ。
「油断すると逃げ出す、かぁ。じゃ、とりあえず囲もうか」
「はーい」
早速逃げ出しそうな気配を察した悠季が椅子を動かし、座席で取り囲んでメロン包囲網を作ろうと提案すると、元気良くお返事した菜摘もそれを手伝い、更に窓の鍵を閉めにちょこちょこと走り出す。
やがてメロンを中心とした車座が出来上がった。
モデルデッサン会場としては大変正しい形である。それに気を良くしたのか、メロンは得意げにポーズをキメる。
それぞれ席に着き制作を開始しようとしたが、まるで高原の朝霞のような爽やかさを持ちつつ、それでいて咲き誇る花のように甘く、口の中に味覚を再現させるような芳醇な果実の芳香がそれを邪魔した。
一同は画材を手にすることも忘れ、椅子に深く腰を下ろすとうっとりと香りを愉しみ、心身ともにリラックスした状態に引き込まれていた。
「‥‥いやいやいやいや、違うから。授業だから。ここで休んじゃ駄目だから」
はっ、と我に返った悠季が勢い良く頭を振る。
「く、良い香りをさせおって‥うっかりリラックスしてしまったではないか!」
「‥‥はぁ、やたらとメロンパンが食べたくなって来ました」
「全くだ。つくづく、食べられないのが残念でならない」
ホアキンが苦笑いしながら用意してきた消臭スプレーを捲く。芳香は幾分薄まったが、出元が健在な状態では焼け石に水であった。消臭スプレーが尽きるのが先かメロンが芳香機能を止めるのが先か。
「メロンさん、私達お絵かきしたいの。いい匂いはまた後にして?」
芳香が原因で制作に集中できないことを幼いなりに察した菜摘がメロンにお願いをする。するとぴたりと芳香が止まった。すかさず振りまかれた消臭スプレーにより香りが消えて行く。
「いやに素直だな」
「かわいい子からのお願いには誰しも弱いものです」
うむ、と空は頷きながら言ってのけた。
それからしばらく大人しくしていたメロンだったが、うずうずと身動きを始め、案の定走り出した。
高性能衝突回避機能は取り外されていたが、通常の回避機能は搭載されている。スルスルと席の間をすり抜け、扉へと迫ったその時、雫の投げ放った普通のタライがメロンにぶつかり、さらに急接近していた菜摘の巨大ぴこぴこハンマーが振るわれる。メロンはころりと転がり、最後の砦として出入り口付近に席を置いていた悠季のもとまで転がっていった。
「研究所でビス一本になるまで分解して欲しい?」
笑顔の裏に計り知れない威圧感をこめた悠季の一言に、脚をジタバタとさせながらイヤイヤと左右に揺れるメロン。
「ほら、みんなお前を上手く描きたいって思っているんだ。大人しくしていてくれ」
ホアキンはメロンを立ち上がらせると部屋の中央に置いた椅子に座らせ、その上から網を被せた。
「題してネットメロン、だ」
すっぽりと被せられた網がどうしても気になるのか、脚でむぞむぞと網をたぐり抜け出そうとしたが
「網がなくなったら、プリンスメロンになるぞ?」
と、ホアキンに心配そうに忠告され、メロンは動きを止めた。プリンスメロンよりマスクメロンの方がメロン的に良いようだ。
「次に逃げ出したら【OR】金ダライに両断剣を付与して落すからな?」
更に釘を刺されたメロンは網の中で頷くように上下に動いた。人工知能と言えども、リスクは察するらしい。
こうして、メロンを大人しく椅子に座らせた一同は絵画制作を再開した。
●芸術が爆発だ
肝心の絵であるが各人の個性が如実に現れていた。
特に圧巻だったのが、空と雫の双璧を成して生み出された、墓穴から蘇った巨匠達が揃って「あるあ‥‥ねーよ」とノリツッコミしてしまいそうな新世界の芸術空間。
この二人の前ではアヴァンギャルドやシュールといった形容詞が生ぬるく思えてくる。
空はラフ画など用意もせず筆を持つなりいきなりカンバスに絵の具を載せた。大胆な荒々しいタッチは安らぎとは一切無縁、常識をはるか彼方に置き去った斬新な地獄絵図は情け無用の冷血動物を髣髴とさせ、情熱と退廃がない交ぜになった色使いは現世への憂いと未来への警告を発しているようだった。
じっくりねっちりぬっちりと観察し、心眼で捉えたメロンとメロンを通じて受信した世界の危機がカンバスに描き出されている。
雫は50号という巨大カンバスに向かって「ドグシャあ」と感性を叩き付けていた。
役目を終え静かに眠りに付こうとする荒廃した都市を禍々しい天の高みから見下ろす巨大なメロン、そして、アスファルトの亀裂から天を掴もうとするが如く生える脚、一つや二つではないそれはまるで地に倒れた人々の怨嗟が具現化したようであった。
「ふふん。タイトルは、『メロンの真実☆2009』だ」
筆を置き、胸を張る雫。
芸術と電波は紙一重‥‥電波が芸術なのか芸術が電波なのか。それは永遠に判断はつかない。
類まれなる力作だが残念なことに時代が追いついていなかった。二人の作品が評価されるにはあと200年は必要だろう。
二人の阿鼻叫喚作品の横で、菜摘はクレヨンを使って鼻歌交じりに画用紙に向かっている。
赤白黄色、オレンジと鮮やかな色で描かれたお花畑でメロンが走り回っている、という図がのびのびと描かれていた。リズム感溢れる明るく健やかな画面からは菜摘本人が楽しんで絵を描いていることが伝わってくる。見る者を和ませる絵がそこにはあった。後日、この絵を見た彼女の父親が「なっちゃんは天才画家だ!!」と感涙に咽び泣いたことは言うまでも無い。
カンパネラ学園の学生としてしっかりと課題製作に取り掛かったのは悠季。
鉛筆で描かれたメロンは緻密で立体的な仕上がりになっているが、微妙に曖昧さを残していた。
悠季の技量があれば、よりいっそう写実的な絵が描けるはずなのだが、そうはしなかった。それは警察が容疑者の手配に使う似顔絵が写実的ではないのと同じ理由だった。
手描きであれCGであれ、よりリアルに、写真のような似顔絵を描くことは可能だ。だが、リアルにすることによって、『容疑者の顔』が『固定』されてしまう。例え、街で容疑者を見かけたとしても、リアルな似顔絵と若干でも違いがあれば容疑者ではないと思い見逃してしまうことに繋がる。
もともと、似顔絵は容疑者の写真が手に入らなかった際などに用いられるものであり、曖昧さがあって当然のものでもある。そこで、人物そのものを印象付けている特徴的な部分を強調して描き出しているのだ。
戦場偵察に於いて写真を使わず対象の特徴を第三者に正確に伝える方法を学ぶ、という授業の主旨とその表現法を忠実に実践した結果だった。
尤も、ただ単に要領よく手を抜いただけなのかもしれないが。
「ここはひとつ、癒し系として頑張ってもらおう」
厚手のケント紙を選んで画材にポスターカラーを用意したのはホアキン。趣味で絵をたしなんでいるだけあって、慣れた手つきで着々と描き進める。
その画面上ではメカメロンがいつぞやのように爆走していた。足元にはテスト用紙がはらはらと飛び散るという惨状が描き出されている。バランスよく配置された通行止めの交通標識は網目模様という演出が心憎い。『メロン出没注意報! 廊下は走らないこと!』と力強い警句が目を引くポップでキャッチーなポスターが完成した。
風紀委員が喜色満面で飛びつきそうな内容と完成度のイラストは、後日、実際に校内用のポスターとして採用され、張り出した傍から盗難に遭うという人気ぶりを博した。
こうして、それぞれの個性がいかんなく発揮された作品が出来上がっていた。
観る者の感性と知識如何によって評価が変わるものが美術というものであり、そこに優劣上下は無く、完成された作品こそが全てである。自習を伝え出張に出た教員もそのことを良く理解しており、出席した全員が絵を完成させ提出したことにより、単位は問題なく取得という運びになった。
当初、危惧されていたメロンの逃走や、生徒が課題そっちのけで遊び出すといった事が無かったのも高評価に繋がっていた。
●傭兵達の穏やかな午睡
全員の絵が完成したところで、メロンは網から出ることを許可された。
網から這い出たメロンは動物が身体の水滴を払うようにブルブルと身を振るわせると、小さくジャンプしてポーズをキメた。
「こやつめ、ますます小器用になったようだな」
ハハハと笑いながら雫が何気なく指でメロンを突く。
メロンの外皮(?)はしっとりさらさらで適度にもっちりとした弾力があった。高級なマイクロビーズクッションとでも言おうか。そして、ただやわらかいだけではなく中心部はしっかりと固い。
要は『触ったり抱きしめたりするのにマジ最適』な外皮(?)をしているのだ。開発者が癒し系路線を狙っただけのことはある。
「ぬ、こ、これは‥‥しまった軍師の罠だ!い、いかんぞ、コイツには触るな、絶対に触るなよ!!」
警告を発しながら雫は多幸感溢れる笑顔でメロンに頬ずりをする。言葉とは裏腹のあまりにも幸せそうな姿に、全員が固唾を呑んだ。
「そ、そんな前フリをされたら触らなきゃです!」
一瞬の間をおき、空がメロンに抱きつく
「‥はわわ〜、なんてやわらかメロンでしょう〜」
もにもにと外皮を揉みながらうっとりと顔をうずめる。空、メカメロンの誘惑に陥落。
「ちょ、え、何?そんなに良いものなの?」
恐る恐る悠季が人差し指でメロンをつつく。指先に触れたもっちり感はえもいわれぬ心地好さを脳髄に伝えた。
「‥‥!!」
後はもう、ただもう無言で抱きついた。悠季陥落。
「私もメロンさんにさわりたいですー」
必死に手を伸ばす菜摘に気付いたのかメロンは膝を折りその場に座り込む。空と雫、悠季の三人もつられて座り、身を寄せ合い菜摘が触れるように間を作った。
菜摘は「ありがとうございます」とお辞儀をしてから、作ってもらった間にもぐりこみ両手でメロンに触れる。
「わぁ、やわらかですー」
両手で外皮のやわらかさを堪能した後、外皮に背中を預けて凭れ掛り瞳を閉じる。菜摘陥落。
ここまで女子の行動を優しく見守ってきたホアキンだったが、ついに動く。つかつかとメロンに近づき、座り込んだメロンの頭頂部をがっし、と男らしく鷲掴みにした。心和む優しい感触に頬が緩む。自然と緩む。
「‥‥八百屋でメロンを買って帰ろう」
ある意味でホアキン陥落。
午後の日差しが麗らかに差し込む教室。
メロンにもたれかかって眠る四人の少女と、椅子に腰掛けまどろむ男の姿があった。
静かに穏やかなシエスタ。やわらいだひと時が過ぎて行く。
自習はこうして平穏無事に終了した。
ちなみに、眠りから覚めた一同はものすごいリフレッシュ感を覚え、前にもまして身体が軽く感じられたという。
それがメロンの効果なのかどうかは検証されていないので何ともいえないのだが。