タイトル:君よ、さらばマスター:敦賀イコ

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/03/24 23:22

●オープニング本文




 山田 良子(gz0332)はきれいすっかり片付いた部屋を見渡し、満足そうに頷いた。
 カンパネラ学園の複数ある女子寮の中の一室。広さ三畳ほど、ロフトベッドの下に手狭な学習机、申し訳程度の戸棚に押入れ。それが山田の『家』だった。
(戦災孤児としては、かなり良い生活をしてきたもんですな)
 人知れず野垂れ死ぬ者がほとんどという中でエミタに適合したことから、ULTに拾い上げられ、こうして『家』を与えられ学校にも通うことが出来た。
 そして終戦を迎え、今、生きながらえている。
 そのことに強く恩義を感じていたが、山田はその恩を返すだけの働きはこれまでに十分してきたとも思っていた。
 故に、エミタを摘出し、一般人として市井に生きることを選択した。
「私ももう一人で生きていけないほど子供じゃありませんし。部屋は誰か、困ってる子のために使ってもらったほうがいいんじゃないですかね」
 寮からの退去を担当者に伝えた際に山田はこう語っている。
 一般に門戸の開かれた学園には、難関を乗り越えてきた、様々な事情を抱える子供たちが集まってきている。
 住宅事情が深刻な問題となりつつある現状、焼け石に水ではあるが、一助となればという心積もりがあった。
 正式な卒業式までには随分と日があるが、山田は教育課程を修了し、卒業扱いとしてこの春に学園を後にする。


 同じ日に山田は第705研究室を訪ねた。
「……どうしたんですか、これ…?」
 ニートの巣とも言われ、一時期は各種家具家電、畳マットや観葉植物まであった第705研究室は、最初からあった機材や備品以外、全てが片付けられていたのだ。
 研究室の主であるロズウェル・ガーサイド(gz0252)は、椅子が無いので立ったまま目を通していた書類を机上に投げ出し、軽く片手を上げる。
「まぁ、なんだ。郷里(くに)に帰ろうと思ってな」
「プエルトリコ、でしたっけ?」
「あぁ。家も家族も、何も残っちゃいねぇが……しばらくはそこで予備役という名の無職でもやるさ」
「それにしてもなんでいきなり」
「予算削減の煽りでな。戦争は終わったんだ。使える予算があるなら余分な兵器開発より復興に回すだろ、常識的に考えて」
 山田は不満げに、拗ねたように口を尖らせる。
「なんだかんだで役職貰って学園(ここ)に居座れそうなものでしょうに」
「事情ってモンがあんのよ。長くてつまんねぇ話だから割愛するがな」

 KV開発の黎明期、企業による開発競争が激しさを増す最中に、表沙汰にはされなかった一件の事故があった。
 死傷者を出した重大事故であったが、様々な事情と関係各所の思惑が絡み合い、機械工学の秀才として将来を期待されていた若者の未来と引き換えに、一件は落着とされ、硬く封印された。
 技術開発の現場から干され、企業からも締め出され、宙ぶらりんとなったロズウェルは、草刈正雄似の上司こと、細田技術中佐が引受人となり、学園へと配属された。
 その細田技術中佐も後進のためと早期退職し、いまや田舎で園芸を楽しんでいる。
 後腐れの無い様にと、技術中佐はロズウェルにいくつかの道を提示したが、彼はそれらを固辞し、これまでの全てから遠ざかることを選んでいた。

「ニートって根を張ってて意外としぶといと思ってましたけど」
「どっこい、ニートは環境変化に弱い繊細な生き物だぜ? 引きこもるのに必要な環境がなくなっちまえばあっさり息の根止まるもんだ」
 責めるような口調の山田に、ロズウェルは肩を竦める。
「メカメロンは、どうなるんです?」
「あいつは、あんなナリだが軍事機密の塊だからな。ガワだけ残して後は封印か転用のどっちかだ」
 戦中の『なんでもいいからやってみろ』という無茶苦茶な風潮の中でこそ、存在できていたのだ。
「新しい時代になったんだ。それだっていうのに、いつまでも、同じ場所にしがみついてるわけにゃいくまい。お前さんだってそうだろ?」
「そりゃあそう、そりゃあ、そうですけれど……」
 天涯孤独の身の上である山田にとって、気軽に帰ってこれる場所。いつでも変わりなくそこにあって、迎え入れてくれたのは、第705研究室とロズウェルだった。
「……ここは、私の実家みたいなものでした」
「おう」
「ガーサイドさんは、ほんっと頼りにならないニートの叔父さんみたいなモノでした」
「おう」
「だから、もう、なんなんですかもう! 私、帰る場所がなくなっちゃったじゃないですか! 旅立ちの報告にきたらいきなり不退転状態突きつけられるなんて、ほんとびっくりすぎて、な、泣けてきたじゃないです、か……っ」
 山田の双眸からぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちる。
「……ここにくればいつでもガーサイドさんがいてくれるって、そう思ってたから、私、学園を離れるのに……」
 ロズウェルはそっと山田を抱き締め、あやすように背を叩く。
「大丈夫だって、俺は雲隠れするってんじゃない。その気になればいつだって会える。日本とカリブ、ちょいと距離はあるが、ラストホープにしたって、学園にしたってそう変わんねぇだろ。同じ地球上だ」
 返答の変わりに山田はしゃくりあげる。
 煙草と甘さの無い男物の香水の混じった、嗅ぎなれた香りが鼻腔に広がった。いつもより近い場所で感じるその香りは、これが「最後」なのだと悟らせるのに十分だった。
「お前さんは俺よかしっかりしてる。何かあったって簡単に乗り越えられる。そしていつか、いい男と一緒になって『帰る場所』をお前さん自身の手で作れ」
 ロズウェルの声の振動を直に聞きながら、山田は頷いた。頷くしかなかった。
 男の言は無責任にも思えたが「そうするより他に無い」ことなのだ。
「…………連絡、くださいよ」
「ああ、勿論。向こうで家決めたらすぐにな」
 一度、大きく鼻をすすった山田は、ロズウェルの胸を押し、身を離した。
 瞳に滲み出る涙は、まだ止まる気配が無かったが、それでも、背筋を伸ばし、不敵な笑みを作ってみせる。
「住所と電話番号がわかったら、この夏発刊予定のへたれニート攻め中心のアンソロジー送りつけますからね!」
「ちょ、おま、そっちは卒業する気ないわけ!?」
「BLから卒業する時は、お墓に入る時です!」
 山田はわざと戯け、泣きながら笑い、ふざけ合い、これでいいのだと、そう思った。
 突然のことに驚き、動揺もしたが、旅立ちを決めたのは自分であり、それはロズウェルも同じだったというだけのこと。
 新しきを選べば古きとの別れがある。
 悲しく、寂しくもあるが、当然のことなのだと。
 ならば笑って別れようと。


「……そろそろ行きます。ガーサイドさん、お元気で」
「ああ、お前さんも達者でな」



 君よ、さらば。
 またいつか会う日まで。




●参加者一覧

/ 大泰司 慈海(ga0173) / 森里・氷雨(ga8490) / 最上 空(gb3976) / 雁久良 霧依(gc7839

●リプレイ本文

●さらば、空の過去よ
 大泰司 慈海(ga0173)は沖縄にいた。
 午前の活き活きとした日差しの下、遠浅の白砂の浜に立ち、茫洋と広がる紺碧の海を眺めていた。

 沖縄は今、完全に安全とは言えないが、都市部では日常生活に差し支えがでない程度に復旧していた。
 バグア幹部が早々に逃げ去ったこともあり、観光地の一部は客足も戻り、戦前のような賑わいを取り戻しつつある。
 復旧した離島の民宿に宿をとった慈海は、気まぐれに海を眺めたり、燃え立つような夕焼けを満喫したり、満天の星空を仰ぎ見るなど、泡盛を供にして穏やかな休日を過ごしていた。

 沖縄は慈海の出身地である。
 だが、故郷と呼べるかといえば、そうではなく。
 己の過去について、記憶を失っている彼にとっては、どこか余所余所しさすら感じる土地であった。故に、傭兵として世界各地で戦いながらも、沖縄に関わる戦いに身を投じることなく、終戦を迎えていた。

 それでも、南国特有の穏やかな碧の海原を前に、全身を心地よく振るわせる波音を聞けば、心が安らいだ。


 慈海には過去も、記憶も、家族も、思い出も何も無かった。
 当初は目的も見つからず、状況に流されただ何となく傭兵としての活動を続けていたのだが、任務として赴いたタイにて、数多の経験を経て彼は変わっていった。
 難敵との遭遇、様々な軋轢、当事者として目の当たりにしてきた現実は、辛酸に塗れたものが多くあったが、それ以上に得た物も多かった。
 その中で、死に損ない、生き長らえてきた自らの果たすべき役割を、自らの手の届く範囲の人の力になることとして定め、戦い続けてきた。

 やがて迎えた終戦。
 各地で復興が始まり、活気付く最中ではあるが、まだまだ能力者の力はいたるところで必要とされている。
 バグアの残党、キメラとそのプラント、脅威はそこかしこに潜んでいるのだ。

(ならば、今しばらくは銃を取り戦おう)
 慈海は潮風を深く吸い込み空を見上げた。
(平和が訪れたらエミタを摘出して‥‥余生はタイの復興を手伝いながら、静かに過ごそう)

 慈海には過去も、記憶も、家族も、思い出も何も無かった。
 いまの自分にあるのは、傭兵として生きてきた5年間と、これから続く未来。
 傭兵としての5年のうちに、故郷とも呼べる場所となっていたのはタイであった。
(俺が帰る場所、というならやっぱり‥‥タイだなぁ)
 沖縄とはまた違った、南国の空気とざわめきを思い返し、郷愁にも似た気分を覚え、口元に微笑を浮かべる。
 終の棲家として彼の地に骨を埋める覚悟が既にあった。
 その前にと、沖縄へ訪れたのは空の昔日に別れを告げるためであった。
(過去に未練も執着もないけれど、確かにここは俺のルーツだった場所だから)
 新たな未来へと進んで行く。その前にひとつの区切りをつけるために。

「あんせーや、ぐぶりーさびら」
 潮風に行きつ戻りつを繰り返す海鳥の鳴き声を聞きながら、のんびり、ゆったりと慈海は歩きだした。



●さらば、戦友よ
 群馬にも春が訪れ、赤城南面の裾野の中腹にある植物園でも、今が盛りと、カタクリや河津桜が鮮やかに花開き、大花壇に植えられた色とりどりのビオラが花びらを春風に遊ばせている。

 昨年の春先にバグアから開放された当地では、住民のライフラインはもちろんのこと、植物園の復旧も同様に進められていた。
 そして、落成を迎えた植物園。園内は大勢の人々で賑わい、かつての姿を取り戻していた。

 植物園のほぼ中央には二つのシンボルタワーが建っており、それを繋ぐ展望台には雁久良 霧依(gc7839)の姿があった。
 彼女は裾野からずっと広がる景色を眺めながら、一人の兵士を思い出していた。
「源太郎さん‥‥。私達、勝ったのよ‥‥」
 戦場に赴いた傭兵と兵士、交わした言葉はほんの二言三言だったが、霧依は彼の姿をはっきりと覚えていた。
「‥‥イケメンさんだからかしらね♪」
 笑みおどけながら、手摺に肘をつく。
 兵士のことを今でも覚えているのは、一目惚れとかそういった理由ではなく、『戦友』といった感覚を持っていたからではないかと、霧依は結論付けている。
 出身を同じくし、故郷への想いを共有し、同じ場所で戦った『戦友』
 だが、その後、高崎にて行われた戦闘の末に兵士は還らなかった。聞くところによれば、仲間を逃がすためにバグアに単身で挑んだという。
(きっと貴方は最後の最後まで、全身全霊でバグアに立ち向かって、何の迷いも後悔もなく倒れていったんでしょうね)
 そういう人だったんだ、と納得し、そんな『戦友』を誇らしく想いつつも、霧依は「でも」と口にする。
「でも‥‥私は、貴方に生きていて欲しかった。敵に背を向け逃げてでも、手足を失ってでも、生きて、故郷を取り戻すことの出来た喜びを分かち合いたかった、この光景を共に見て欲しかったっ‥‥!」
 春の日差しを受けて麗らかに広がる、バグアから取り戻した故郷。それを、肩を並べて目にしたかった。
 霧依の瞳から溢れた涙が頬を伝い、手摺にぽつぽつと落ちる。
 うつむき、肩を震わせて深く息を吐く。
 それから唇を噛み締め、顔を上げ、霧依はことさらに明るい声を出した。
「復興、精一杯頑張っていくわ」
 眼下に遠く広がる街並みを見て、そして、悠然と佇む赤城山を振り返り、微笑んだ。
「さよなら、イケメンさん」
 『戦友』に別れを告げ、しっかりとした足取りで展望台、シンボルタワーを下る。

 噴水に面した特設ステージでは、植物園の落成を祝う催しが続いていた。
 郷土の伝統芸能である八木節の公演が始まり、霧依は祖母の友人や、保存会のメンバーと揃いの半被を着て、ステージに立っていた。
 何百年と前に存在した侠客を題材にした唄が朗々と響く中、霧依は平和と復興への願いを込め、笑顔で踊り続けた。



●さらば、猶予期間よ
 森里・氷雨(ga8490)は土産を手に第705研究室を訪ねていた。

 彼は傭兵としてULTに籍を残しながら、未修了だった学位取得のためカンパネラ学園への入学を申請していた。
 学生と傭兵の二束のわらじを履くことを決め、順風満帆に新生活を開始しようとしていた彼ではあったが、愛機の格納場所に苦慮していた。
 招集時を除きKVは航空機運用限定で申請する為、平時の人型変形は格納庫内での整備時に限られる予定となるのだ。
 それの何が不都合なのかと、余人には思われるだろうが、氷雨の愛機、ナイトフォーゲルPM−J8アンジェリカは彼にとって『俺の嫁』なのだ。
 人型形態の胸部、曰く「オパイの谷間」に身を埋めることを癒しとしていた氷雨にとって、この事態は忌々しきものだった。
 そこで、氷雨ははたと、ロズウェル・ガーサイド(gz0252)(以下、ニートと呼称)という知り合いがいたことに気付く。
 ニートの権限で愛機を学園に格納してもらえれば、いつでも整備にかこつけて『俺の嫁』とキャッキャウフフと戯れることが出来、学業の辛さも紛らわせられると。
 その際は、ニートの巣に入り浸っている山田 良子(gz0332)にも口添えしてもらえばさらに確実だろうと、抜かりなく手土産を用意してきた。
 計画達成の為、意気揚々と第705研究室の扉を開ける氷雨。
「ちす! 俺も春からこっちに移籍します。つきましてはKVの格納庫と整備をですね‥‥」
 そこに流れる微妙な空気。
 研究室にはニートと山田がいたが、山田はグズグズと鼻を啜り、明らかに泣いていた。
「ちょ‥‥何やらかしたんですかあんた!?」
「何もしてねぇよ!?! 山田が就職して学園を離れるって、そういう話してたんだよ!?」
「あ、そういえば、日本じゃ卒業シーズンですね」
 氷雨はなるほど、と頷く。
「そうですよ。ガーサイドさんにどうこうされるほど、私、軟弱じゃありません」
「ですよねー」
 氷雨はさらに深く頷いた。
「では気を取り直して、さぁ! 格納庫証明と管理保証者のハンコをここに!」
「え? あ? 悪ぃ、俺辞めるんで、そいつぁちょっと無理だわ」
「マジか」
「マジだ」
「俺の‥‥『おっぱいモラトリアム計画』が崩れていく‥‥」
 その場にがっくりと両膝を着く氷雨。
「仕方ないですね‥‥。『俺の嫁』はULT規定の格納庫に預けることにします‥‥。召集時以外はオパイに挟まる機会が無くなりますが、そんな機会はきっと無い方がいい‥‥」
「‥‥うん。なんかスマン‥‥」
「あ、乳離れ自体はしませんよ?」
「しろよ!?」
「仕方ないものは仕方ないので、これは選別と言う事で」
 潔く諦め、気分を変えた氷雨は、ニートのツッコミを華麗にスルーし、膝をはたきながら立ち上がり、持参した手土産を山田とニート、それぞれに手渡す。
「山田嬢には薄い本資金貯金用にまねきねこ、ニート氏には怠惰用こたつむりです」
「ありがとうございます。これ、本当に大事にします」
 涙腺が緩くなっているのか、山田はまた瞳を潤ませ、招き猫を抱き締める。
 このまねきねこは、山田とその家族が経営するペンションの玄関に鎮座することになるのだが、それはまだ先の話。
 その一方で、こたつむりを受け取ったニートは礼を述べながらも僅かに微妙な顔をしていた。それを察した、というより、その反応があるだろうことをわかっていた氷雨は先手を打つ。
「引越し先が熱帯でもこたつむりは不滅!」
「嫌がらせか」
「嫌がらせです」
 あまりにも普段通りすぎる氷雨とニートのやりとりに、山田は鼻を啜りながら笑みをこぼした。
「さて、それじゃあ俺は『俺の嫁』の新居の手続きに行って来ます。二人ともお元気で」
「おう、お前さんもな」
「森里氏もお達者で」
 来た時と同様、飄々と氷雨は去っていった。



●さらば、友よ
 最上 空(gb3976)は、山田が学園を離れること、ニートもまた研究室を辞去するということを聞きつけ、購買にて甘味を大量に買い込み(もちろん、ニートのツケで)第705研究室を訪れていた。
「はい、これは空からの餞別です!」
 研究室の前で山田と鉢合わせた空は、自作のニートヘタレ攻めの薄い本を手渡した。
「ニートさん本が出来たら、空にも送って下さい♪」
「わかりました。夏向けの新刊をセットにしてお送りします」
 空は山田の目が泣きはらして赤くなっていることに気付いていた。だが、普段通りに振る舞う。山田もまた、それを望んでいた。
 言葉はなくとも通じ合う友人同士として、さっぱりとした別れの仕方があった。
 これから先、別々の場所へ行こうとも、同じ時間をすごし、共に笑いあったという事実は変わらない。
 互いの壮健を祈り、堅く握手を交わす。
「それではまた」
「ええ、ではまた」

 山田と別れ、扉を勢い良く開けた空は元気良く言い放つ。
「ニートさん、真のニートへの昇進おめでとうございますよ! 無職になるから、ヘタレ120%かと思ったら、何か悟った顔をしているとは、期待外れですよ!?」
「うん!? 第一声がそれ!? ヘタレキャラだってやるときゃやるよ!? っていうか、他人にヘタレぶりを期待するって何かおかしいだろ!?」
 特に湿っぽい事や、ここにきて急にシリアスになるというのは、自分のキャラでは無いと、空はこれまでと同じく傍若無人な美幼女として振舞う。
「故郷に帰るそうですが、ニートさんがどこに居ようと、空の手からは逃れられませんよ? 先日プレゼントした義理チョコに発信器を仕込んで、今もニートさんの体内に潜伏させてあるので、居場所は手に取る様に分かりますからね!」
「ちょ、珍しく変性錬金無しだと思ってたら、そんなトラップ仕込んでたのかよ!? 経口摂取で長期間体外に排出されない発信機ってハイテク通り越してオーパーツレベルじゃねーか!!? その技術あるなら違うことに役立てろよマジで!!」
「ほんの冗談ですよ? 6割位冗談ですよ? 」
「‥‥微妙な割合だなオイ」
「今度遊びに行くので、甘い物を大量に用意してて下さいね♪」
 ニートの突っ込みどこ吹く風。
 空は椅子が無いので机の上に飛び乗り、脚をぶらぶらと遊ばせながら、旅立ちの手向けという名目で買い込んで来た甘味を食べ始める。
 そんな素振りにニートは微笑しながらも、大仰にため息をつく。
「お前さんは、ホント相変わらずなんだな」
「ええ、空は暫く傭兵を続ける予定です。学園にも今まで以上に通って、将来の為に知識を蓄えようと思ってます」
 いつでもマイペースに、超然として楽しいことを追求しているような空だったが、彼女には彼女なりの確たる芯が在り、若者にありがちな無軌道無計画さからは縁遠かった。
 将来設計も俺よりよっぽどしっかりしている、とニートは苦笑い、頑張れよ、とありきたりな激励を口にする。
「空が出世したら、ニートさんを下僕として、雇ってあげますよ!」
「ああ、こんなにもお断りしたい気分になったのは初めてです」
 空の宣言に、ニートはささやかな反抗として、お断りのポーズをとってみせた。
 こうして、普段通り。
 さよならも言わずに二人は別れた。



●さらば、愛しき日々よ
 総ての始まりは終わりと共にある。
 万感の想いと共に、過日に別れを告げ、今、見定めた己が未来へと向けて、人はそれぞれに歩き出す。