●リプレイ本文
●Nobody Knows
ジェーン・ドゥ(
gb8754)は、通い慣れた酒場に羽を休めていた。
照明の抑えられた店内、カウンター越しに広がる夜景をひとり楽しみながら、手の中にあるグラスを弄ぶ。
そうして思いを馳せるのは。今までとこれから。
「あーあ、私のしてきたことって、何だったのかな」
埋め込まれたエミタに目を落とし、吐息と共に零す。
「‥‥憧れたあの人。帽子かぶった粋な人‥‥。側にいることも出来なかったけど、あの出会いは、意味のあるものだったと思う」
過去の一つの出会いこそが自分にとって意味のあるものだった。それを再認識し、顔を上げた。
「これから、これからを考えなきゃね。無くした名前を戻して、もう一度あっちの仕事をしても、いいかもね」
自分を励ますように、ことさら明るい声色を作り、先を考える。
モデルの仕事に戻るのであれば、過去に捨てた名前をもう一度名乗ってみようか。
「過去に浸るより、未来に向けて、進むだけよ」
自ら『匿名』と名乗り、歩んできた彼女。
進む未来がどうなるのか、『誰も知らない』
●空に祈る
ラストホープの一角にこじんまりとした紅茶の専門店がある。
各国から仕入れた様々な茶葉が揃う店の片隅には、3人座ればいっぱいの小さなカウンターが備えられており、そこで新ブレンドの試飲や、好みの紅茶を頼み、店主とゆったり会話する。
ラルス・フェルセン(
ga5133)にとって、ささやかな幸せの時間を過ごせる場所であった。
その場所にて、ラルスは少女と出会った。
彼女は偶にカンパネラ学園の制服を着ており、それで能力者と知れた。
「時々ー、お会いしますね〜。君もー、傭兵ですか〜?」
幾度目かの出会いの際、何気なく声をかけたラルスに、少女は穏やかな微笑みとともにその名を告げた。
──春に咲く花の名前。
日本語には詳しくないが、ラルスは少女に良く似合う名だと、何となく感じたのを覚えていた。
やや久方ぶりにラルスは店を訪れた。
静かに、落ち着いた店内。顔なじみの店主はカウンターへとラルスを迎える。
「ご主人ー、新しいブレンドをー、頂けませんか〜」
シンプルな白磁のカップに注がれた紅茶。
紅の水面からふわりと昇りたつ湯気を眺め、ふと、空いたままの席を見て思う。
(‥‥もう、彼女はいないのですね)
少女はバグアとの決戦で、味方を庇って戦死したという。
よく知っている訳ではないが、彼女らしい最期だとラルスは思った。
宇宙にて繰り広げられた激戦。遺骨も何も残らなかっただろう。
遺された家族の哀しみはいかばかりかと胸が痛む。
「‥‥寂しい、ですよね〜。二度とー、お会い、出来ないのは〜」
静かすぎるひとときを過ごし、店を出たラルスは頭上に広がる空を見上げた。
この地球をとりまく空を、少女は包んでいるのだろうか。
自分の生を追い越して逝ってしまった少女。
その眠りが安らかであらんことを、ラルスはそっと祈った。
●家族
イスル・イェーガー(
gb0925)は相棒である、瑞姫・イェーガー(
ga9347)と共に各地を巡っていた。
自分がこれから出来ること、やりたいと思うことも山ほどあり、何から手をつけて良いのか、見当もつかなかったが、瑞姫と共にこれまでを振り返り、そして、自分たちが次にすべきことを考えようとしていた。
まず、二人は山間の寒村を訪れた。
強化人間をヨリシロとしたバグアと能力者が対峙した現場。
もう何も残っていない現場に佇み、瑞姫は静かに呟く。
「戦争が、終結したので報告に来ました」
かつて、辛苦に苛まれ『生に絶望した人間』を殺していった強化人間と瑞姫は対決した。
「私は今でも許せない。確かに悲惨な暮らしをしている人達も居るけれど。きっと、それでも幸せを、見いだしていた人も居たはずだから。これからまた人間同士の争いが始まるだろうけど」
一度言葉を区切り、イスルの腕に縋りながら、強く言い切る。
「私は、人間に絶望しないから」
イスルは瑞姫のそっと手を握り、支えるように応えた。
「‥答えが出せたなら。それでいいと思うよ‥。人はいつだって、自分が選ぶ道のソレを探しているんだから」
次に二人は、瑞姫の母親の墓前を訪れた。そこで瑞姫は亡き母に人類の勝利を報告し、夫と孫を紹介する。
「‥はじめまして‥。こんにちわ」
イスルは小さく笑みを浮かべ、静かに頭を下げた。
「‥今度から僕もここに来るときは、ただいまと言っていいのかな‥?」
そして、瑞姫に小さく問いかける。
イスルの故郷には、彼の家も両親の墓も既に残されていないため、これからはここを自分の故郷としてもよいのかと。
勿論、と瑞姫は笑顔で頷いた。
最後に瑞姫の実家、彼女の父親が経営する町工場へと訪れたが、工場の事で揉め、早々に父親と喧嘩を始めてしまった瑞姫。
剣呑な空気が場を包むが
「あっ‥‥、歩いてる。とっ、父さん写真、イスル、デジカメとか無い!?」
よちよちと歩き始めた子の姿に一変。カメラというカメラを集めた撮影会が始まった。
やがて、落ち着きを取り戻した瑞姫はばつが悪そうに苦笑する。
「イスル、ありがとう。ごめんね、大人げないところ見せちゃってさ」
「‥いいんじゃないかな?いっぱい話して、いっぱい怒りあって、いっぱいお互い知り合えば‥今はせっかく時間が出来たんだ」
どんな自分でもありのままに受け入れ、包容してくれる相棒の言葉に、瑞姫は支えられ、そして、孫をあやす父親と向き合い、真摯に想いを伝えた。
「ここで、暮らしていきたいんだ。ここがどんなに大切か思い知ったから」
父親は答えの代わりに茶封筒を瑞姫に渡す。
「これって、まさか‥‥権利書だよね。父さん、ありがとうございます」
「良かったね、瑞姫」
「うん。平和がいつまで続くのか不安だけど‥‥我が子、いえ孫の代まで続いて欲しい。だから」
守ってみせる。
瑞姫は決意し、大切な家族へと微笑みかけた。
●信念
村雨 紫狼(
gc7632)は宇宙岩礁の一つを訪れた。
岩礁に危険性は無かったが、バグアが細工したものであったため、爆破処理が確定している。
その最終調査、という名目を取り付け、紫狼は岩礁へと降り立った。
かつて、彼はそこで風変わりなバグアを討伐した。
些か苦い結末を迎えたが。
「俺は貴方の言葉を忘れない、死ぬ瞬間までな。泥をすすってでも、俺は信念を貫き人々を守る」
決戦に人類は勝利した。だが、完全な平穏にはまだ遠い。
バグアの残党は依然脅威として存在している。
(だが、彼らも同じこの宇宙の命。例え憎い敵であっても、俺が守りたい人々の命と、なんら変わらないたった一つの命だ)
「それでも、倒さなければならない」
拳を握り、両の脚でしっかりと地面を踏みしめる。
「‥‥能力者もいつまで必要とされるか分からないがな」
力を持つ者と持たない者の軋轢は、近い将来に起こるだろうと紫狼は予感していた。また、バグアへの復讐心を捨てられないまま、晴れない憎しみを募らせる能力者の暴走もあるだろうと。
「それでも俺は」
覚醒を行い、炎を纏う仮面の騎士へと姿を変える。
「俺は、恐怖を生み出す者の敵、そして、抗う術無き人類の味方、ただの、正義のヒーローさ」
自分に言い聞かせるように言葉を紡ぎ、
「この刃、この命はその為のものだ‥‥じゃあな、あばよダチ公!」
立ち去る紫狼を白い影が見送り
『信念は免罪符に非ず。他者の理解と共感を得られなければ、それは独善と身勝手だ。ゆめゆめ、忘れるな──バグアの二の舞にならないように』
消えた。
●午睡
「終わった、んだよなぁ」
昼下がりの公園にて、寿 源次(
ga3427)は快晴の空を見上げ、しみじみと呟いた。
今まで、我が物顔で空に居座っていた赤い月、バグア本星はもうどこにも見当たらない。
制御惑星破壊、という今から思えばとんでもないことを成し遂げてしまった人類。
「人間やれば出来てしまうモンなんだな」
バグアの警戒も尤もだと、そんな作戦任務に志願した自分も自分だが、と、感慨と呆れとが入り混じって、困ったように眉根を下げて笑った。
「終わった、んだがなぁ」
自販機で飲み物を買い求め、手近なベンチによいこらしょ、と腰を下ろした源次は、思い当たった危惧に表情を硬くする。
異星人は退けたが、それで地球人類同士での諍いが収まったわけではない。
『わかりやすい敵』がいなくなったがために、その矛先が何処へと向かうのか。予断は許されない状況ではないのか。
(能力者はその力を持て余すぞ、大佐)
だが、未だバグアの脅威は地球に残されおり、能力者・KVが必要とされる場面も多い。
聞くところによれば、能力者向けの仕事の斡旋も始まるという。
(猶予期間はある。まだ、大丈夫、か)
手にしていた缶の中身を飲み干し、ぐ、と伸びをする。
無意識に強張らせていた身体が解れ、背筋が控えめに音を鳴らす。
うー、とも、あー、ともつかない呻きと共に、身体を脱力させ、ごろりとベンチに横になる。
刷毛で掃いたような薄雲の浮かぶ秋の空を見上げ、源次はぼんやりとグリーンランドへ行こうかと思いついた。
かつて、強烈な個性と生き様を見せ付けて逝った強化人間がいた。
自分の中に、忘れようもない記憶を刻んで行った者への報告へ。
望まれもしてないだろうし、そもそも自己満足でしかないが。
(互いに守りたい・譲れないモノがあった、自分等能力者とハーモニウムと、さて何が違ったのか。アレは能力者の一つの未来だったのではないか)
そもそもエミタとは、とまで考えた源次の口から、ふぁ、と欠伸が漏れる。
昼下がりの日差しと温もりに、睡魔が忍び寄ってきていた。
(‥‥ま、せめて今この時くらいは。のんびりと何も考えずに。この睡魔に負けておきますか)
ひと時の平和を享受し、源次は微睡に沈んで行った。
●変わるもの、変わらないもの
激戦の舞台となった宇宙要塞カンパネラでは、昼夜を問わず修理と改修が行われ、ロズウェル・ガーサイド(以下ニートと呼称)は、ニートという立場、そして、断りきれない性格が災いし、馬車馬が哀れむ程の労働を強いられていた。
この状況を小耳に挟んだ最上 空(
gb3976)は危機感を抱き、そして考える。
ニートの元に仕事が来なければ、自然にニートに戻り、地下室に逆戻りするのではないかと。
空にとっては、ニートがニート返上しそうな程働くなんてとんでもないことなのだ。元のニートに戻す為に、彼女は迅速に行動を起こした。
まずは自ら執筆したニート攻め、仕事を依頼した男性へとニートが報酬代わりに関係を迫ると言う内容の、年齢制限無しのライトBL本(にーと☆テクニック)を腐っている女性陣に無料配布。
文芸部の自称エースも一噛みし、密かに、かつ、局地的にではあるが、ニート攻めというジャンルが発生し盛り上がりを見せ、それと同時に、ニートに仕事を頼んだり、割り振ったりすると、腐っている女性陣にネタにされると言う噂が発生していった。
そんな水面下の様子を露知らず、相賀翡翠(
gb6789)はニートへと差し入れを届けにカンパネラを訪れる。
新しい生活を始める前に、友人に挨拶をしておきたい。そういう心境もあった。
「よう、久しぶり。生きてっか?」
「一応‥‥」
「あーあ‥‥相変わらずの扱いか」
長椅子にぐったりと腰掛け、のろのろと片手を上げて答えるニートに苦笑いしつつ
「ま、何をするにも栄養が大事、だろ」
翡翠はランチジャーから、卵焼き、唐揚げなどの定番おかず弁当、温野菜サラダとニートの好物であるエンパナーダを取り出し並べる。
「味は保証するから、心配すんな」
丁度昼時、料理上手である翡翠の手料理を前にして、ニートの腹が盛大な音を立てた。
「翡翠兄さんありがとう! いただきます!」
遠慮なしに差し入れを食べ始めるニートに、こんだけ食欲があればまだ大丈夫だな。と、笑いかけ、翡翠は水筒に入れいてた温かい野菜スープをカップに注ぎ手渡す。
「そういや、これからどうすんだ? まだ落ち着きそうにないんだろうけどな」
スープを啜りながら曖昧に首を傾げるニート。
「俺は、整理がついたら日本に帰る。おふくろんトコ帰ってやんねぇと」
戦闘を離れ、新たな『日常』に生きることを決めた翡翠。
「肝は据わってっけど、一人にしとけねぇし、それに、帰ったら傭兵で稼いだ金で家族で喫茶店やる事になってんだ。俺がシェフで兄貴が経理、おふくろ達が接客やるんだって張り切ってんだ」
照れくさそうに笑いながらも、そこには覚悟と決意が表れていた。
「‥‥ニートに会うのは、これが最後かもな。援軍行ったり、コスプレしたり、いろいろだったが、今となっては楽しかった。日本に来る事があったら寄ってくれよ。サービスしてやっから」
「記憶から抹消して欲しい部分もあるが、お前さんには何かと世話になったよな。ま、なんだ、達者でな」
万感の思いと友情をこめて握手を交わす翡翠とニート。
そこへと空がやって来る。
「男ばかりで、むさ苦しい所に、美幼女の空が降り立ちましたよ!」
久しぶりに、ニートをいぢったり、弄んだり、色々して遊んだり、面白おかしく騒ごうと思います!との宣言に、翡翠は相変わらずだと笑みをこぼす。
「メロンパンやるから、そろそろ勘弁してやんな」
「ありがとうございます! では、今日のところは加減します」
翡翠お手製のメロンパン(普通、チョコチップ、メロンクリームの3種)に上機嫌となった空は、早速かぶりつき舌鼓を打つ。
「メカメロン思い出してメロンパン焼いてきて良かったなぁ。あれ、どうなったんだ?」
「学園に置いてきた。アレも含め、時期が来たらどうすっか考えねぇとな」
再び、しんみりとなる空気を空が吹き飛ばした。
「ニートさん、今の内に言っておきます、強く生きて下さいね!」
「ん? 何そのいきなりの処刑宣言」
そういえば、と翡翠はニートの居場所を尋ねた際に、女性職員から手渡された小冊子を取り出す。表紙には『にーと☆テクニック』の印字。
薄い本を開いた翡翠、それを覗き込んだニートの顔がみるみるうちに青ざめる。
「ざっとxx部程ばら撒きましたが、布教は順調のようですね!」
空は満面の笑顔と共にサムズアップ。
「ニートを返上するなら、この程度の困難軽く乗り越えてくれますよね♪」
「テメェの血は何色だぁぁぁ!?!」
相変わらず、というより何やらスケールアップしているニートいじりに、翡翠は腹を抱えて爆笑する。
「ああ、そうだ。物整理してたら出てきたんだ。これで乗り切れよ」
笑いすぎて目じりに浮かんだ涙を拭い、ニートの煤けた背中を労わる様に叩きながら『ジョンブレストの胃薬』を手渡した。
「‥‥ありがとよ‥」
口から魂的なものがズルリと抜け出したかのようなニートの様に、翡翠は更に噴出した。
●
その日、世界のどこかで、人は人として生き、未来へと歩んで行く