タイトル:【庶事】キメラ2009マスター:敦賀イコ

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/05/23 00:16

●オープニング本文


●取材の束
 バグアが跳梁しはじめて20年。とかく、表面に出るのは、派手な大規模作戦や、大掛かりなキメラやワームとの『軍事的な』ことばかり。だが、世の中には、それ以上にぶっとんだキメラだってたくさんいる。ある日突然、隣の住民がバグア派だったなんて事も、今や珍しくはなくなってしまったのだ。
 そんな人目につきにくい事件でも、救援を要する事は多発する。そんな日々の『隣村の大事件』を担当するUPCオペレーター本部に、1人の若者が足を踏み入れていた。受付で彼はこう事情を話す。
「まいどっ! 突撃取材班ですっ! 何か面白そうなネタありませんか!?」
「は!?」
 よくみりゃカンパネラの制服だ。おまけに腕章に『報道部』と書いてある。なんでガッコを飛び出してこんなところにいるんだと、受付の人は思ったが、口には出さずに、オペレーター達の事務室へと案内してくれる。そこにうずたかく積み上げられた報告書から、ネタになりそうなものを捜せと言う事らしい。
「アリガトウございます。じゃ、これ借りて行きますねっ」
 閲覧可と印字されたその束には、こう書かれていた【庶務雑事】と。
 これは、そんな日々起こっている事件をまとめた報告書の束である。


●駅
 初夏の強い日差しを予感させる澄み切った青空と清冽な光が差し込む朝。
 海沿いを走る私鉄の駅にも早朝特有の清浄な空気が満ちていた。

 駅前のコンビニの店先に停められた配送のトラックから荷物が店内に運び入れられ、構内のキオスクではおばちゃんが新聞を並べ、やがて来る慌しさにそれぞれ備えている。

 朝。一日の始まりの朝。

 ゆったりと動きさざめき出す空気を引き裂いたのは、何とも形容しがたい獣の鳴き声だった。
 体長五メートル程の金色の亀が突如、海中から姿を現し意外なまでの素早い動きで砂浜を通過し道路を乗り越え、何故か線路上に陣取った。

「付近にキメラが現れました!至急避難してください!!」

 職員が慌ててアナウンスを放送し、緊急運行停止の表示を掲示する。
 通勤の為に駅に続々と集まってきていた人々は泡を食って逃げ出す‥‥かと思いきや我先にと窓口へと殺到した。

 嗚呼、ジャパニーズ・ビジネスマン。
 キメラよりも何よりも会社と給料を優先する哀しき生物。

 遅延証明発行を求めての長蛇の列があっという間に出来上がった。

 人々が危険を顧みない、というよりはキメラの来襲が日常で珍しくない出来事となってしまったため、変な方向に度胸が据わってしまったのかもしれない。
 結局ソレは駅員も同じで、一つため息をつき制帽を被りなおすと、職務を全うするべく淡々と証明書を発行し始めた。


「被害が出ないうちに速やかにキメラの排除をお願いします」

 これまた淡々とした調子の駅長から依頼を受け、傭兵達は現場へと急行した。


●参加者一覧

カルマ・シュタット(ga6302
24歳・♂・AA
御巫 雫(ga8942
19歳・♀・SN
神撫(gb0167
27歳・♂・AA
織部 ジェット(gb3834
21歳・♂・GP
深墨(gb4129
25歳・♂・SN
橘川 海(gb4179
18歳・♀・HD
桃ノ宮 遊(gb5984
25歳・♀・GP
メシア・ローザリア(gb6467
20歳・♀・GD

●リプレイ本文

●スーツは男の戦闘服だ
「流石は勤勉と言われるジャパニーズ・ビジネスマン‥その精神は感心するよ」
 高速移動艇で急行中、カルマ・シュタット(ga6302)は現場の状況を耳にして肩をすくめて見せた。
「感心するよりあきれちまうなぁ‥‥俺も昔はあぁだったのかな‥」
 苦笑いで応える神撫(gb0167)、深墨(gb4129)は意図の読めないキメラにも、キメラに動じない人々にも呆れた様子であった。
「‥慣れってのは怖いな」
「あはは、でもちょっと頼もしいかなっ?」
 頑張れ、日本のお父さんたちっとジャパニーズ・ビジネスマンを応援するのは橘川 海(gb4179

 駅に残る人々だがキメラの被害が日常化しており慣れがあるとしても、その脅威と恐怖を忘れていはいない。実際、彼らが何も持たず何の責任も家すら家族すら無い自由な身の上だったら、即座に逃げ出していただろう。
 彼らはビジネスマンとして、生きている限りはやらなくてはならないことがあった。会社に出社し『社会』の一員として己の役割を果たす、そして給与を貰い家族を養い護る。そのためには恐怖だろうが難題だろうが乗り越えていかなくてはならないのだ。
 キメラが出現し、危険な場所になろうがギリギリまで踏み止まり必要書類を得る。滑稽ではあるが、彼らは彼らの領分で戦っているのだ。
 この世界に於いて、戦っているのは軍人傭兵だけではない。一般人であっても戦いに身をおいているのだ。

「何にせよ早いところ片付けてやろうぜ」
 織部 ジェット(gb3834)は両拳を打ち付け気合を見せる。
 そんな彼らのためにも、速やかに脅威を取り除かなければ。決意を新たにする中で御巫 雫(ga8942)はひとつの疑念を口にした。
「しかし、キメラの目的が皆目検討がつかん‥まさか産卵を始めるとか、そんなことはないよな」
「そうなんかなぁ?そうだったらなんか気まずいわぁ」
「ああ──もうその話はなさらないで。一匹で十分ですわ」
 雫と桃ノ宮 遊(gb5984)の会話に、卵から一斉に孵化する大量の亀キメラを想像してしまったメシア・ローザリア(gb6467)は、絹のハンケチを口元に当てて顔を青褪めさせた。


●私鉄沿線異常あり
 この路線の利用者にはメガコーポレーションの下請けの下請けあたりの企業に勤める人間が多かった。メガコーポレーションの末端を麻痺させる戦略‥‥かというとそうでもない。ただ単に街中で暴れてくるようにと仕向けられただけの雑魚だった。ぶっちゃけ嫌がらせである。ドアノブにガムつけとくぐらいの。

 当のキメラは線路の上に身を乗せ、瞼を閉じてじっとしている。亀としての習性が強く残っているのか、甲羅干しをしている様子であった。
 なぜわざわざ線路で、と思われるだろうが、理由は簡単。海岸、道路、住宅街と比べて一番高い場所であるからだ。
 このキメラについて、ついでに言うならば、空を飛ぶとか回転するとか、口から放射能を吐くとかそういった芸当が出来るほど高等な種類ではない。更に言うならライバルに三つ首の黄金竜とか巨大蛾とか核実験で蘇った太古の生物とかもいない。金色の亀型怪獣と言えば多くの人が『有名なアレ』を思い浮かべるだろう。丁度名前も似ている。それだけに、何かガッカリ感があった。確かに金色で、亀で、それっぽい外見をしている。が、『有名なアレ』とはスケールがあまりにも違いすぎる。大体十分の一ぐらい。
 大きかろうが小さかろうが、人間にとってキメラが危険な存在であることには変わりは無いのだが、このなんともいえない残念感だけは如何ともし難い。

 さておき。

「あーあー テステス、本日は晴天ナリー‥おい、そこの亀頭野朗。そうだ、そこの金の亀‥何か卑猥な響きだな。まぁいい、多分話は通じないだろうが、警告だ。さっさとそこからどくがいい。素直にどくなら、楽に死なせてやる。どかないのならば、グリーンランドで恥かしい生き物に改造してもらうぞー。好きな方を選べー」
 何やら絶望的な二択を提示しつつ雫が拡声器を片手に呼びかける。
 キメラは閉じていた目をカッと見開き、返答だと言わんばかりに首を伸ばして咆哮をあげた。その五月蝿さは何と言おうか。
 真夜中に集団暴走する改造バイクのエンジン音、工事現場の破砕音、ガード下で聞く電車の通過音、寝入りばなに耳元で聞こえる蚊の羽ばたき音‥ともかく、各位、自分の最も嫌な騒音を思い浮かべて3.25倍ぐらいにするとこのキメラの五月蝿さになる。
 海はAU−KVと装着していたヘッドセットマイクで騒音をある程度軽減していたが、それでも耳の右から左へ突き抜けて行くような不快な音には大仰に顔を顰めた。
 生身である他の傭兵達は全員一斉に耳を塞いでいた。反射行動といっていい。
 超音波で物が壊れる、とそういった類では無いだけマシなのだが、このレベルの騒音を続けて浴びせられては精神衛生上あまりによろしくない。また、この神経を逆なでするキメラの咆哮に対して、覚醒状態を維持するには精神力を通常よりも多くつぎ込まなければならなかった。
「ぐぬぬ、温情を仇で返すとはなんと迷惑なキメラか」
 雫は拡声器を放り捨て歯噛みする。
「‥‥どこが温情だったのかとお聞きしたいところですが、このままキメラを放っておいては住民の皆様にご迷惑がかかりますわ、いろんな意味で」
「コリャ、ひとまず海岸まで誘導させへんとなぁ」
 満場一致でキメラを海岸へと誘導することを決めた傭兵達は迅速に行動を開始した。
 高速移動艇で行った事前の打ち合わせの通り、キメラを包囲するように傭兵達は各々ポジションを取る。


●怪獣小決戦
 海岸を背にして遊とジェットがキメラに向かう。
「俺達に福を持ってくるように‥‥来てみな!!」
 攻撃によってキメラの注意を引き、海岸へと誘導させようと言うのだ。
「これで、どないや!」
 遊の初撃、肉眼で追う事が不可能なほどの速さを持つ鋭い一撃がキメラの横っ面にクリーンヒットした。
 キメラは一度ぐらりと傾いたが手足を踏ん張り、近接するジェットと遊を引き離して間合いを空けるようと長い尾を振り回す。

 その間に深墨とカルマが、駅に残る人々に戦闘開始を告げすぐに逃げられるようにと注意を促す。
 人々はざわめいたもののそれ以上は取り乱すことなく、しっかりと脱出路を確保した状態で整然と窓口に並び続けている。他の国であれば間違いなく大混乱を起こしていただろう。
「誇ったらいいのか、嘆いたらいいのか」
「どっちにしろすごいことだとは思いますよ」

 神撫と雫はキメラが海岸側以外へと移動するのを阻止するため、またいつでも援護に入れるようにと線路上でキメラの動きに注視していた。
 緊張感に張り詰めた空気の中で雫が手にしているのは【OR】金ダライ。一応はSES搭載の武器なのだが、見た目は立派に金タライ。
「いや、これはだな浮遊機雷であって立派な武器──‥‥ぁぁ、寝ぼけて持ってくるを武器間違えた‥」
「どんな寝ぼけかたをしたのか小一時間ほど問い詰めたいんですけど‥」

 遊とジェットは振り回された尾を見事に避けきると再び攻勢に転じた。キメラは至近距離で繰り出される攻撃を、目標とされた手足頭を甲羅に素早くもぐりこませると言う手段で巧みにかわす。

 二人の攻撃に気をとられているその間に、海は竜の翼で一気に住宅街側へ跳びこむと、AU−KV全体に青白い火花を纏わせながら渾身の一撃を甲羅にぶつける。
 丁度、手足を甲羅にしまった状態だったキメラはその場に踏みとどまることが出来ずに大きく弾き飛ばされた。
 線路沿いに作られた道路にまで押し出されたキメラは手足を出し、長い尾を振りたてて傭兵達を威嚇する。
 己を弾き飛ばした相手──海のいる住宅街側へと進もうとするその前にカルマと神撫が立ち塞がった。
 キメラは二人に向かって首を持ち上げ口を開いた。大きく広げられた喉の奥からせりあがる灼熱光を見た神撫はその瞬間に一歩を力強く踏み込むとキメラの下顎を跳ね上げる。
「炎なんて吐くな!枕木が燃えるだろ!」
 それと同時に雫が投擲したタライがキメラの頭上に派手な音を立てて落ちた。
 今にも発されようとしていた炎はこの上下からの衝撃に口中で噛み潰され、強制的に閉じられた顎の端から小さな火が吹き出し消えた。

 攻撃を挫かれたキメラは僅かに後退を開始。すかさずカルマが前足を狙ってセリアティスを突き入れる。
 駅方面への移動を阻止するために、まず移動力を削ろうとの判断だった。
 キメラは反射的に狙われた前足を甲羅の中にしまおうとしたが、そこに深墨の放った銃弾が飛来、厚い皮膚を突き破り右前足を貫く。
 冷徹な銀の瞳は狙いを、得物を見据えて外さない。
「‥好き勝手に動けると思うなよ」
 狩る者は静かに銃口を定め引き金にかけた指をひく。
 二射目も狙い過たずキメラの左前足を撃ち抜き、カルマの急所を捉えた的確な槍先がその傷を更に押し広げる。

 耳障りなうめき声を発しながら、キメラはその場に崩れ落ちた。両前足を潰されては自重を支えることもままならない。

 攻防の最中、メシアは援護の為に銃を構えながらもキメラの弱点を探索の瞳で探っていた。
 激しく動き回るキメラに視点がなかなか追いつかなかったが、動きを止めた今、その弱点をはっきりと目にすることが出来た。落ちていた拡声器を手に取ると声を張り上げる。
「皆様!キメラの弱点はお腹の真ん中ですわよっ!」
「よし、ひっくり返すぞ!」
 間合いを計りつつ隙を狙っていたジェットが側面に回りこみキメラに取り付く。
「やっぱ重そうだな。でも、先ずはやってみないとな!」
 咄嗟にカルマが手にしていた槍を、海が棍をそれぞれキメラの腹の下に差し入れる。
 テコの原理を利用し一気にひっくり返そうと三人協力し、タイミングを合わせて力を籠めたところ──キメラが飛んだ。
 傭兵達の予想と見た目を裏切りかなり軽量だったキメラは、筋力を増したカルマの豪力、海のAU−KVの馬力、ジェットの瞬発力の前に成す術もなく空へと舞っていた。
 キメラが飛んだ。
 この一瞬だけではあるが『有名なアレ』が再現されていた。水平回転ではなく垂直回転だったが。
 高々と空に舞ったキメラは放物線を描いて砂浜へと落下、腹を見せてひっくり返った。
「結果オーライ、かなっ」
 たはは、と半笑いで海がAU−KV越しに頬を指でかいた。

「チャンスだ、断つぞ、ラジエル!」
 海岸へと駆け下りた神撫が天剣をかざし振り下ろす。炎のような光輝をまとった剣は光の尾を引きながら甲羅を両断した。
 小気味良い音を立てて真っ二つに甲羅が割れる。
 身を守る鎧をなくしたキメラはその分柔軟になった身体を捩り無理やり起き上がると、脱兎の如く海中への逃走を図った。
 だが、傭兵達はそれを見逃すほど甘くない。
 すでに回り込んでいた遊が足元の砂を蹴り上げ、勢い良く大量にキメラへと浴びせる。
 この目潰しに混乱したキメラは首を上げグツグツと喉を鳴らすと炎弾を吐こうと口を開くが、海の棍に下から突き上げられ、追撃に風の力を帯びた電磁波を浴びせられて炎を吐く間も無くぐったりと首を下ろした。まだ尾があるとキメラは抵抗を行うが、深墨とメシアの銃撃に阻まれこれも不発に終わる。せめてもの悪あがきで咆哮をあげようとしたが、雫が投擲したタライが頭上に落下。ようやくキメラは力尽きた。落ちオチがついた。
「‥‥以外に使えるな、タライ」
「もう、何をどこからツッコんだらいいものか」

 砂浜に倒れ付し、ぴくりとも動かなくなったキメラを棒切れでつつきながら遊はちょっとした不安を口に出す。
「まさか浦島太郎とか出てこんよね?」
「出て来た所で叩きのめして差し上げればよろしいでしょう?」
「‥‥せやな」
 己の前に立ちはだかる者、害をなす者は全てねじ伏せて排除する。文句があるならかかって来い。と、そんな気概をさらりと涼しい顔をして言ってのけるメシアに遊ちょっぴり引きつつ同意する。
 深墨は甲羅の欠片でも記念に持って帰ろうかと、手ごろな大きさの欠片を探したが、現場到着したキメラ回収担当にお持ち帰りをやんわりと断られ少々肩を落とした。


●駅
 こうして、キメラが排除されたことにより私鉄は復旧作業を開始した。
 幸いなことに鉄道施設にはほとんど被害が出ておらず、点検と軽い補修作業だけで運行再開が可能だということだった。
 長蛇の列も一段落し、落ち着きを取り戻しつつある駅構内。日常を取り戻した人々の安堵した表情がそこにはあった。
「ありがとう、助かったよ」
 一人のサラリーマンの声が皮切りとなって、あちらこちらから「お疲れさん」「頑張ってくれてありがとう」と傭兵達へと労いと感謝の声がかけられる。
 駅長は平身低頭して篤い礼をのべる。
 傭兵達は面映さを感じながら、無事に人々を護ることが出来たという達成感に笑顔をこぼす。
 そんな中、雫は照れ隠しのようにそっぽを向き、わざと不機嫌そうな声を出した。
「‥しかし、暑いぞ!まったく忌々しいわ!海で泳いでやる!」
「海開きにはまだ早いよっ」
「わ、わかってるっ、言ってみただけだっ」
 海の指摘に、どうせ泳げんしな!と雫は慌てて取り繕う。
「これがツンデレってヤツですか?」
 ニヤリ、と笑いながらカルマが雫の肩を軽く叩いた。
「ぬ、ツンデレというものはだな‥‥」
 唐突に始まりとうとうと続く雫のツンデレ講釈に神撫はやれやれ、と肩を竦める。
「ま、縁起物っぽいキメラだったし、俺達にも幸運が訪れるといいな」
 ジェットの前向きな言葉に傭兵達はそれぞれ頷き、和やかに微笑みあった。
 やがて、運行再開を告げるアナウンスが流され、駅に出発進行の汽笛が鳴り響いた。