タイトル:知るには遅すぎた。マスター:敦賀イコ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/06/09 20:48

●オープニング本文



 男は生れ落ちたときから、自分の努力だけでは到底どうにも出来ない社会の最下層に位置づけられ、貧困の中で理由もなく虐げられていた。
 それだけに、男が戦乱の中で人類を裏切り、バグアに付き従うことを決めたのは、ごく自然な成り行きだった。
 各地を転々としながら、男はスパイとして人類の居住地域に入り込み、様々な工作や破壊を行うなど、バグアの手足となって働いていた。
 そして。



 もうすぐに夏を迎えようとする四国。
 恐ろしく緑の濃い山間。
 急峻な谷間を縫うようにして走る細い国道の先に、午後の日差しを受けて光り輝く海が見えている。
 ところどころひび割れたアスファルトの上にかげろうが踊る、車の行き来も稀な道を男が歩いていた。
 その足取りは覚束ない。
 雲ひとつ無い青空から容赦の無い日差しが照りつける。
 昨日までは雨が降りしきり、身震いするほどの寒さであったが、今日になってそれが一変。異常気象といっても良いほどの急激な気温変化が男の体調を崩していた。それに拍車をかけたのはバグアから施された手術。
 自分の足に縺れ転び、起き上がろうとガードレールに手をかけるも力が入らない。
(こんな所で俺は死ぬのか)
 行き倒れて野たれ死ぬ。そのことに感慨はなかった。自分はろくな死に方をしないだろう、そのことを物心付いたときから理解していた。
 そして、男は誰の助けも期待していなかった、信じていなかった。


「じゃあ、ちょっと町さ行ってくるかんねぃ。ゆっくり休んでてねぇ」
 雑木林の根元に埋もれるようにして建つ小さな一軒家。
 バラックと言って差し支えの無いほどだったが、それでも丁寧に手入れされ、小綺麗に片付けられていた。
 板の間の上に敷かれた煎餅布団の上に横たえられた男は、額に乗せられた濡れ手ぬぐいを所在なさげにひっくり返しながら、のんびりとした動作で出て行く老婦人の姿を見送った。

 老婦人はヨネと名乗った。
 普段は山で畑を耕し、時に海にもぐり海草や貝を獲っては一人気ままに暮らしているという。
 暗さも悲壮さも全く感じさせなかったが、生活は決して楽ではないだろうことが男にもはっきりとわかった。

 だからこそ、男は戸惑いを覚えずにいられなかった。
 見るからに貧しい、非力な老婦人が行き倒れた自分に肩を貸し、悪意を疑うこともなく、自宅へと招き入れ世話を焼くことなど。
 男はこれまでの自分の人生において全く体験することの無かった事態に、どう対処したら良いのか、考えあぐねていた。

 夕刻、ヨネは小魚を手に戻ってきた。土間の台所で甘辛く煮付け、それに卵を落として、丼に持った飯の上に乗せる。
 布団の上に身を起こした男の前に供されたのは、木を延べただけの盆に乗せられた縁欠けの丼、先の磨り減った箸。
 粗末でみずぼらしかったが、そこにこめられた純粋な親切と思い遣りに、男は言葉を詰まらせた。
「どーぞ、冷めないうち、食べちゃってくんなぃ」
 男は胸中からこみ上げてくるものを抑えながら、丼を噛み締め味わった。

「どうして、助けてくれるんだ」
 男がぽつりと、食後に出された白湯を啜りながら問えばヨネは小首を傾げて微笑んだ。
「どうしてだろうねぇ。けんど、誰かしんどそうにしてるのに、知らん振りってのは、薄情すぎだんべぇ。オレにゃあ何も出来ねぇからって、見ない振りすりゃ、楽だろうけんども」
 ま、人恋しい年寄りのお節介だと思いねぇ。そう言いながらヨネは笑っていた。

 翌日、男は回復したが、そのまま立ち去り難く、せめてもの恩返しをしたいとヨネの手伝いを始めた。
 畑で採れた野菜をリヤカーに積んで町へと下りたり、素潜りで魚を獲ったり。
 町の人々もヨネの人柄を知っているのか、誰もが好意的であり、害意も悪意もそこには存在しなかった。
 裏切りと暴力に満ちた毎日を過ごしてきた男にとって、この日々はどこか別世界、夢のように穏やかなものだった。

 こうして6日が過ぎた。
 男は山の端を朱色に染めつつ沈む夕日を眺め、ふと思う。
 ヨネのような母親と町の人のような親切な人々が自分の周囲にいてくれたなら、自分はこうはならなかったのではないかと。
 思ったところでもうどうにもならなかったが。
 バグアの手足となって働き、最後に命じられたのは自爆。
 自分の腹に埋め込まれた爆弾は明日に爆発する。
 当初の計画では、与えられた一週間の猶予の間に町にあるUPC基地に潜伏、キメラの進攻にあわせて爆発する、という手筈だったのだ。

 翌朝、男はヨネに乏しいながらも言葉を尽くして厚く礼を述べ、出立することを告げた。
 ヨネはうっすらと目の縁に涙を浮かべつつも、笑顔で頷き、元気で、気をつけてと男の息災を祈る。
「‥‥ヨネさん、今日は、町に下りちゃ駄目だよ」
「はぁ、そりゃまたどうしてだぃ?」
「日が悪いんだ。大事が起こるかもしれない。今日だけは駄目だ」



 ヨネの家を後にした男は一人、基地近くの路地に身を潜めていた。
 自分はどうすべきか、どうしたら良いかを苦悩していたところ、上小泉 源太郎(gz0464)というバグアに遭遇する。
「指示を守ったとしても、守らなかったとしても、どっちみちお前さんは死ぬ。最後の最期だ、お前さんはどうしたい?」
 バグアの作戦、男への指示を察した上小泉が気紛れにも助力する。
 上小泉は今現在のヨリシロがUPC兵士だったことを活かし、基地へと襲撃があるだろうことを伝える。
 丁度、周辺キメラの不穏な動きも察知されており、一気に緊張が高まった。
 防災無線を通じ避難指示が出され、騒然となる町。

 やがて避難が完了し、人気の無くなった漁港に男はいた。
 桟橋に繋がれていた小型ボートに乗り込む。船で自分ひとり沖に出れば巻き添えにしないですむと。
 それでいいのかと上小泉に問われ、リコイルスタータのロープを引きながら男は吐き捨てるように答える。
「今の今まで、みんな死んでしまえばいいと思ってた。他人なんてどうだって良かったし、もっと苦しめばいいと思ってた」
「だって、仕方ないだろ!? 俺がどんなに苦しんでいても誰も助けてくれなかった。喰うために働いても裏切られて金巻き上げられて、痛めつけられて。泥水啜って減り腹ごまかして、ゴミ捨て場で食い物探して、新聞被って震えながら明日は死ぬかもしれない、毎日毎日そんな思いしてたのに、綺麗な服着た連中はどいつもこいつもゴミクズを見るような目で俺を見て罵るか、嘲笑うか、存在ごと否定するか。だから、だから!!」
 男はふと、手を止め顔を上げた。
「‥‥でも、ヨネさんは助けてくれた。町の人も、優しかった。見ず知らずの俺に、優しくしてくれた。世の中には酷い連中だけじゃなく、あんな風に優しい人たちがいる」
 ほんの僅かな間ではあったが、ふれあった人々の温かさと情味を思い、男はぎこちなく不器用に笑う。

「それを、俺が、知らなかっただけなんだな」



●参加者一覧

大泰司 慈海(ga0173
47歳・♂・ER
榊 兵衛(ga0388
31歳・♂・PN
柊 理(ga8731
17歳・♂・GD
時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
緑間 徹(gb7712
22歳・♂・FC
ミリハナク(gc4008
24歳・♀・AA

●リプレイ本文


 依頼に応じ駆けつけた傭兵達が慌しくも挨拶を交わし、状況を確認する。
「柊です、宜しくお願いしますね。避難は済んだとは言え被害が心配です。ボク達が止めないと!」
 青白く、少々不健康そうにも見える柊 理(ga8731)だが、その瞳には人々を守ろうとする強い意志が宿っていた。
「町で暴れ回られたらどれほどのことになるか分からぬからな。なるべく水際でキメラの侵攻を食い止めるべきだろう」
「ええ、手早く倒してしまいましょう」
 榊 兵衛(ga0388)とミリハナク(gc4008)が頷く。
 傭兵として、何よりも守るべきは『人の命』そして『人々の生活の場』
 町に対する被害を最小限に食い止めるべく、漁港で迎撃を行おうという兵衛と時枝・悠(ga8810)の提案に全員が同意。
「基地はすでに迎撃準備完了ということだ。町の防衛に集中できそうだな」
 兵衛の言葉に緑間 徹(gb7712)が続ける。
「それでも、数が心配だ。物量作戦はバグアの得意とするところなのだよ」
 押し寄せてくるだろうキメラが予想よりも多く、包囲し切れないといった状況になる可能性もある。それに備え、迎撃体制を整えておくように基地職員へと連絡する。

「何か、このあたりは微妙な事件が多いみたいですわね」
「そうだね。今回はどうして襲撃が事前に知らされたのか」
 独り言のようなミリハナクの呟きに大泰司 慈海(ga0173)答える。
「情報は日本を担当している軍の、尉官以上の人間だけが知っている無線周波数からだったらしい。名前は名乗らなかったけど、関東訛りだったそうだよ」
「それでは彼かしら。上小泉元中尉」
「元、というと‥」
「ええ、今はバグアですわ」
 ミリハナクはさらりと言い放ったが、それが当たっていればキメラ襲撃の一報はバグアから齎されたということになる。
「罠、か?」
「行ってみない事には。もしかしたら現場に本人がいるかもしれないしね」




 出現が予想されている漁港にはキメラの姿はまだそこになく。いたって平穏で長閑なものであった。
「キメラより先に到着できた、ってことかな」
「あれ‥え、人!? あそこに人がいます! でも、避難は済んでるはずじゃ‥?」
 桟橋付近に人影を見つけた理がやや混乱したように声を上げる。
 人影は二つ。
 ごく普通の一般人と思われる一人は船に乗り込み、軍服を着た一人は桟橋に佇んでいる。
 その様に悠は眉を顰めた。
(一般人は既に避難している。兵が一人でここに居るのも不自然‥)
 あからさまに不審な状況、警戒しながら近づく傭兵達の耳へと会話が届く。
「今の今まで、みんな死んでしまえばいいと思ってた──」
 激情にかられたような男の告白があり、それは、どこか弱弱しい声で締めくくられた。
「──それを、俺が、知らなかっただけなんだな」
 どう対応したものか、僅かな逡巡の後に悠が口火を切る。
「民間人なら逃げろ。軍人なら手伝え。それ以外なら‥あー、邪魔にならなけりゃ何でも良いや」
 引き受けた依頼の目的は、基地と町の防衛。仕掛けてくるのなら迎撃はする。そうでないなら相手にはしない。
 ブレの無いその呼びかけに軍服を着た男が振り返った。
「あら、やっぱり。この間は助かりましたわ。無事になんとかなりましたの、ありがとうございます」
「おう、どういたしまして」
 軍服を着た男、上小泉の顔を確認したミリハナクは過日の礼を素直に口にする。
 敵ではあるが、礼を言うべきは言う。しっかりとケジメをつけておきたいと彼女は考えていた。
「彼が上小泉、元中尉かい?」
「ええ」
「‥この襲撃を指示したのは、貴方なんですか?」
 バグアの存在に息を呑み、心持ち声を落とした理がたずねる。
「いんや、俺はただの通りすがり。うどん食べに来ただけだったんだがなぁ」
「じゃあ何故キメラの襲撃を知らせたんだい?」
 気まぐれにも程があるんじゃない? と慈海が胡乱な顔をする。
「そらぁ、な」
 上小泉は船上にいる男に顔を向け、あらましを語った。

(彼のやっている事は明らかに敵対行為だけど‥)
 事情を聞き、男がどんな思いを抱え生き、行動に及んだのか。自分に口出しすることは出来ない、と理は言葉を飲み込む。
 出自は変えようも無く、環境を変えることも困難。だが、『今』は間違いなく自分の選択の結果である。そう考える慈海は瞳にやりきれなさを滲ませながらも、男に尋ねた。
「生きよう、とは思わないのかい?」
「ああ。強化人間でもなきゃ、直接人殺しもしちゃいないが‥俺が手引きしたせいで何十、何百の人間が死んだか。それを考えればな」
 男の意思も覚悟も既に決まっていた。
 生きる意思がない者を無理に生かしても、ただ辛いだけ。
 己の過去からそれをよく知る慈海は「そうかい」と静かに頷くのみであった。
 僅かの間でも延命を望んでくれれば、とも思いはした。
 助力を惜しむつもりもなかったし、やり直す方法があり、男がそれを望むのであれば、それが最善であるとも。

 仲間が男と会話を行っているその間、兵衛は警戒を緩めず、奇襲があったとしても即座に対応できるように、上小泉を見張っていた。
(この男、討てるか?)
 ふとそう思ったとき、上小泉の微笑が一瞬消え、温度のない瞳が兵衛に向けられ、またすぐに戻った。
 得体の知れなさに兵衛は、背中に汗が滲むのを感じた。仮に戦ったとして、引けを取るようなことはないだろうが、藪を突くような真似は避けたほうが良いと判断する。

 口を挟まず様子を見ていた悠も、男が救命を望むのであれば手伝わないでもない。と考えてはいた。
 ただ、状態が不明で困難、成功する確率は低すぎるように見え、無理を推してまでやることではないと断じ、他人の為に死ぬというのであれば素直に見送るつもりであった。
「無知であることは免罪符にならない。知らなかったからって、それが、許される理由にはならない」
 振り切れて淡々とした男の声には何の未練もこもっていなかった。
「遺言があるなら聞くぞ。墓が要るなら墓碑銘も」
「何も無いさ。墓なんて作ったところで」
 話は終わった、とばかりに船のエンジンが作動する。駆動音にかき消されないよう、慈海が叫ぶ。
「何かっ、最期に何か望むことは!」
「せいぜい、俺みたいな人間がいなくなるような、そーゆー世界にでもしてくれ!」
 船が動き出す。限界まで引き絞られた弦から放たれる矢のように、一気に速度を上げて海面を跳ねながら突き進む。
 それとすれ違う形で二つ、海面を小山のように盛り上げつつ大亀型キメラが接近してくる。
 キメラが水面に浮上したと同時に、ひたすらに沖へと向かっていた船が爆発し、大きな水柱が上がった。
 もし、市街地や基地で爆発していたとしたら、被害は甚大なものであっただろう。

 波飛沫を上げながら接岸した大亀は、荷揚げ場のコンクリートに前足をかけ、その巨体を水から引きずり上げた。
 海水を滝のように流れ落としながら、甲羅が左右に開き、中から海老を模したキメラが雪崩を打って転がり出てくる。
「ちょっと退治しますので待っていてくださいね。遊び相手なら私が付き合いますわよ」
 ミリハナクの言葉に上小泉は獰猛な笑みを見せた。

「くっ、キメラの数が‥とにかく減らさないと!」
 キメラの前に敢然と立ちはだかる理。攻撃をバックラーで受け止め、弾き返す。
「通さない! 僕と言う、壁の向こうには!」
「海老だから、陸地に上がったら歩くのは遅そうだけどもっ」
 ガサガサと不快な音を立てながら、動き回るキメラへと慈海がエネルギーガンを撃ち込む。
 それに反応したキメラが慈海に狙いを定めようとするのを防ごうと、理は眼光鋭く、大音声で叫ぶ。
「こっちだ! お前の相手はここにいる!」
 理がキメラの引きつけを行うその間に、兵衛と徹が迅雷が如き疾さで一気に敵中へと飛び込んだ。
 砲を背負ったキメラに狙い撃ちされる前に肉薄し、近接乱戦に持ち込むことで砲撃の脅威を減じることを目的としての吶喊であった。
 兵衛は職種の特性を活かした軽快な動きでキメラを翻弄し、間接部といった比較的防御が甘そうな箇所を狙って槍を突き入れる。
 赤色の和槍が振るわれるたびに、一匹、また一匹とキメラが葬られて行く。
「いくぞ、ウラノス。お前の出番だ」
 徹は荘厳な雰囲気を纏わせた両刃の大剣を振るい、剣の重量にスピードを乗せ、斬るというよりは叩き潰すといった体でキメラを屠って行く。
 不意に、数に囲まれる危険を察知し、一瞬で離脱。徹を攻撃目標に据えていたキメラがその姿を見失い右往左往する。
「回りの被害を防ぐ意味では、あれ(砲撃型)を優先したほうがいいのかな」
 エネルギーガンから錫杖型の超機械「鎮魂」に持ち替えた慈海が力強く遊環を鳴らせば、もたついたキメラ数匹が強力な電磁波に巻き込まれ焼き焦がされた。

 こうして砲撃型のキメラは数を大幅に減らしたが、それでもまだ、多くが犇き蠢いている。
 傭兵達はキメラを逃がさないよう、包囲するような形にそれぞれ展開し、連携を意識しつつ動いていた。

 ミリハナクは海側に向けて重機関銃を設置していた。
 当初は射程と火力を活かし、上陸阻止を行う心積もりだったが、キメラの動きは意外なほどに素早かった。
 それならばと、気を取り直し、遠距離にいる砲撃型を優先して射撃しつつ、浸透してくる敵が自分達の包囲を抜けないように掃射を行う。

 再び銃を手にした慈海が、硬い甲羅を持つキメラを狙い撃つ。彼を目掛けて別方向から突進してくるキメラを、理が身を挺して庇い立てた。
「それは止めさせて貰うよ!」
 徹は、不破の盾として立っている理へと群がるキメラをまとめて薙ぎ払う。
「外殻は硬そうに見えるが‥これならどうだ」
 どれだけ厚い装甲があろうと知覚攻撃は防ぎようが無く。
 赤紫色の槍に持ち替えた兵衛がその防御を食い破る。
 硬い甲羅を持つキメラは成す術もなく倒れ。
 仲間の仇をとろうとでも言うのか、鋏を振り上げ攻撃を仕掛けてくるキメラを、目にも留まらぬ槍の一撃がしとめた。

 陸、町へと向かおうとするキメラを銃で狙い撃っていた悠は、海老型キメラを吐き出した大亀が移動を行おうとしていることに気付く。
「デカブツが。厄介だが、タートルワームよりは脆そうだな」
 銃から紅炎、紅に燃えたつような刀身をもつ刀に持ち替え、大亀へと接近するや否や、下段から刀を振り上げ巨体を宙に浮き上がらせた。
 背から地に落ちた大亀がもがくように短い手足をばたつかせる。
「動き回られると厄介だからな」
 迅雷にて大亀に接近した徹がその腹に天剣を捻じ込んだ。

 傭兵の包囲猛攻を避けようとキメラが一方向へと進路を取り、一箇所にまとまる。
 周囲に建築物は無く、平坦な地形に問題は無い。キメラの群れの中で槍を振るっていた兵衛がいったん退いたところを見計らい、悠が駆ける。
「デカイのぶっぱなすよ!」
 悠の狙いを察した慈海が魂の共有を行い、両者の間に輝く線が繋がれた。
 振り上げられた「太陽の閃光」の通称を持つ刀が、陽炎の様に揺らめく軌跡を描く。
 地に叩きつけられた刀から、十字に走った衝撃波がキメラを撃つ。
 間近で衝撃に襲われたものはその場で潰れ、そうでなかったものは吹き飛ばされ宙に舞い上がり、落ちたときにはその活動を停止させていた。

 散らばり、残ったキメラと大亀を一蹴一掃、全て討ち果たし、残るは上小泉だけとなった。

 ミリハナクは、羽根の装飾が施された細身の剣と五角盾を手に小首を傾げる。
「一応、お聞きしますが、戦う気はありまして?」
「ん? あぁ、遊んでくれんだろ?」
 上小泉が無造作に前髪をかき上げ顎を引いて笑う。
 否が応でも高まる緊張に、傭兵達はそれぞれの得物を握りなおす。
 次の瞬間、金属と金属がぶつかり合う甲高い音が響き、剣圧が地面に散らばっていたキメラの残骸を吹き飛ばした。
 ミリハナクのたて座を司る五角盾に抉られたような傷が刻まれている。
 倒すよりも戦いを楽しむこと優先、とするミリハナクの笑みが深まる。身の内に潜む破壊衝動を発露させるのにこれほどうってつけの相手がいるだろうか。
 反撃として細剣を軽やかに繰り出す。
 胸をそらし切っ先をかわした上小泉が体勢を整える前に、奇をてらう。
 ソニックブーム。持っている武器にエネルギーを最大限に付与し、発生させた衝撃波でもって遠間の敵を攻撃するスキルである。本来の用途を考えれば接近状態で使う技ではない。
 衝撃波が伴う刃を上小泉は避けるでなく左腕で掴み取った。FFを食い破り赤い火花を散らしながら左半身に傷を刻む。
 確かな手ごたえに微笑むミリハナクの唇から、血が零れ落ちた。
 剣を振るい、開いた右脇腹に上小泉が逆手に振るった斧が深々と食い込んでいる。
「これで、満足していただけたのかしら?」
 焼け付くような痛みと流れ出る血潮、突き刺さったままの金属の不快さを押し殺し、ミリハナクは気丈に微笑んでみせる。
「いや、全然」
「奇遇ね。私もですわ」
 至近距離で視線を絡ませ、低い声で囁き合う男女の姿は、熱い抱擁を交わしているようにも見えた。
 どちらからともなく刃を引き、距離をとる。
「どうせなら──、お互い煩わしいこと抜きで殺りあいたいもんだぃね。上(宇宙)に場所用意して、待ってるとするぜぃ」
 じゃあな、と気安い挨拶を残して上小泉の姿が掻き消える。

 これで全ての敵がこの場所から消えたことになる。
 外敵の脅威が去ったことを悟ったのか、漁港に海鳥の声が戻ってきた。




 傭兵達の素早い対応により、周辺建物への被害は軽微ですんだ。数日もあれば漁港としての機能を回復するだろう。

「知らなかっただけ、でも‥最後に気付く事が出来たのならいいのではないでしょうか? 遅い早いはあるにしろ、気付く事が出来たセカイを」
 男の言葉を思い出しながら理はぽつりと呟いた。
(身の丈という言葉がある。自分の手の届く範囲はここまでだと、諦める言葉だ。届かないから、手を伸ばさない)
 人を見下せるほどの長身を与えられ、能力者としての能力を得てなお、届かないものの存在を知る徹は、それを、ただ己への言い訳と知りながら、瞑目し言いようのない悔しさに眉を顰める。
(男はただ、彼のできることをした。それなれば、俺はただ、街の皆に告げるのみ)
「この街を守る為に、命を捨てた男がいた」
 徹の言葉にミリハナクが頷く。
「キメラの襲撃を早期に発見し、町を守る為に尽くした男がいた。そういうことですわね」
「事実とは多少違うけれど、全て正しく知らせなきゃいけないってことはないからね」
 慈海も同意を示し、おどけたように肩を竦めた。

 思っていたほどこの世界は悪くはないと、気づいたのはいつだったか。
 名前も知らない男が消えていった先にある、海と空の曖昧な境目に浮かぶ陽炎を見ながら、悠は静かに息をついた。