タイトル:彼らの願いが叶う頃マスター:敦賀イコ

シナリオ形態: イベント
難易度: やや難
参加人数: 5 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/05/01 23:29

●オープニング本文



 四月だというのに、いやに冷たい北風が吹く日曜日。

 不潔ではないが、みすぼらしい格好をした子供が四人、UPC軍の施設へとやってきた。
 その子供らは「自分達は『バグアの手下』にさらわれて、閉じ込められていた」というのだ。その『バグアの手下』は植物園跡に逃げたとも。
 今までに、そんな情報も兆候も掴んでいなかった職員は首を傾げたが、念のためにULTへと現地調査を依頼した。



「いいか、あの建物、そこにいる人達に、さっき教えた通りに言うんだ。兄ちゃんは仕事にいかなきゃなんねぇから、お前達だけで行くんだぞ」
「テツ兄ちゃん、いっちゃうの?」
「置いてっちゃやだよぅ」
「カナ、ショータ、わがまま言うな。兄ちゃん困ってるだろ。キョウタだって我慢してるのに」
「トモヤ、後のことは頼んだぞ」
「‥‥うん」



 赤城南面中腹。ゆるやかな裾野に点在する屋敷林と農家。
 絵に描いたような牧歌的な風景であったが、よく見れば家はところどころが崩れ落ち、田畑は荒れきっている。
 無人と化し、静けさに包まれた村。そして植物園跡。
 森の中に沈もうとしている植物園の敷地のほぼ中央には二つの塔があり、その最上階は塔を繋ぐ架け橋、兼、展望台となっていた。

 よく晴れた麗らかな日差し。冬枯れていた山はいつの間にか萌黄に薄く煙り、気の早い桜が蕾を膨らませていた。
 展望台から見渡す限りに春の気配が漂う中、上田 哲夫は壊れた望遠鏡の台座にもたれ座り込み、一人震えていた。
「おや? 先客かぃ」
 唐突に近づいてきた足音と男の声に、哲夫は慌てて立ち上がり、武器として用意していた鉈を構える。
「お、俺が、子供をさらったバグアの協力者だ!」
「は?」
「え?」
 哲夫の言葉に呆気に取られる男と、男の様子に肩透かしをくらった哲夫。
「‥‥あんた、俺を追ってきたんじゃないのか?」
「いんや。これからちょいと遠くに行くんで赤城の見納めに‥‥って、何かワケありみてぇだな? ずいぶん思いつめたツラして」
 良かったら話聞くぜぃ、と親しげに笑いかけられ、哲夫はゆるゆると鉈を下ろした。



 戦争初期、哲夫の両親はバグア協力者であると疑いをかけられ、人々から陰湿な嫌がらせと敵意を受けてきた。戦況が悪化するにつれて、それは先鋭化し、ついには命の危険を感じた両親共々に夜逃げをし、無人となっていたこの村に住み着いたのだった。
 最低限の自給自足の生活。キメラや野生動物、怪我や病気に脅える日々。失意の中で両親は落命し、一人残された哲夫は両親が残した畑を守りながら細々と生きていた。
 それと同じ時期、口減らしのために山中に捨てられた子供達がいた。
 無人のバス停で来るはずのない両親とバスを待っていた子、血だらけの足を引きずって大声で泣き叫びながら歩いていた子、何度も大声で両親を呼び喉を潰した子、衰弱のために泣くことも出来なくなっていた子。
 哲夫はそんな子らを、自分の家族として受け入れ、力を合わせて生きてきた。

 数年前のある日。
「なんだ、童か。このあたりにサル共はいないと思ったが」
 遊興に訪れたバグアの金獅子、ビッグゴールドと子供たちが遭遇する。
「らいおんさん! あたし知ってるよ、らいおんさんでしょ?」
 一番幼いカナが物怖じせず金獅子を指差しきゃっきゃとはしゃぐ。
 身の丈2m、二足で直立してはいるものの、その風貌は図鑑にあるライオンそのものであった。
「らいおんとな。そういえば、この惑星にはそのような生き物が在ったな」
「無礼な! 殿を四足の下等動物如きと一緒にするとは!」
「ねこさん! ショー兄ちゃん、ねこさんもいるよ!」
「ね、猫‥だと‥‥」
「これは愉快。シルバよ、剛毅な童もいたものよな」
 金獅子の供、シルバミードの姿は確かに二足で立つ猫そのものではある。だが、それを面と向かって指摘するものは今までいなかった。
 あまりの事態に哲夫は狼狽するばかりであったが、金獅子は一笑に付し、子供たちを咎めることも害することも無く。
「無聊の慰めになったわ。褒美にこれを遣わす」
 去り際、哲夫に小さな機械を渡した。
「こ、これは?」
「通信機よ。何あれば伝えるが良い。三度まで聞いてやろう」
 金獅子が去った後、哲夫はそれを捨てようとしたが、バグアの機嫌を損ねてしまうのではないかという不安から捨てられずにいた。
 それからしばらくして、カナが風邪をこじらせてしまう。
 医者にもかかれず薬などもない。生死をさ迷うカナの苦しみように、哲夫は藁にも縋る思いで通信機を使い、窮状を訴えれば、数十分と経たないうちにシルバミードが人間の医師(をヨリシロとしたバグア)を連れて現れ、淡々と診察・投薬を行うと、病状の説明と注意、薬を置いて去っていった。
「‥‥ねこさん‥ありがとう‥」
「殿の思し召しよ。しっかり養生いたせ」
 これによりカナは一命を取り留め、回復した。
 その後、哲夫はもう一度通信機を使う。
 山菜を取りに行き、崖から落ちたキョウタを救うために。

 バグアが子供らを助けたのは、善意と言うよりは気まぐれでしかない。
 腹を減らした野良猫に窓際から煮干を投げてやるような。
 そもそも、自分達の受難は全てバグアのせいである。
 だが、人間社会から疎外された自分達に手を差し伸べてくれたのは金獅子だけ。哲夫の胸中は複雑であった。

 そして数日前、畑で取れた野菜を売りに町へ降りたところ、ビッグゴールドと言うバグアが傭兵に打倒され、高崎が解放されたことを耳にする。家に戻った哲夫は通信機を動かしたが返答は無く、三度までの言葉通り、壊れ跡形も無く崩れ去った。
 哲夫は恐怖を覚えた。
 バグアから開放され、人間社会が戻ってくる。そうなれば『捨てられた』自分達に居場所は無い。それに加え、哲夫には未だ『バグア協力者の子供』というレッテルがついていた。



「バグアと繋がりがあったなんて知れたら、殺される。いや、殺されるよりも酷い目に遭う。だから詳しく探られる前にあいつらをバグアの『被害者』にして、軍隊に保護してもらえりゃ、なんとかなるって思ったんだ」
「あぁ、それで‥‥」
 男は合点がいったという風に何度か頷く。
「でも怖ぇ、腹ぁ決めたつもりでもやっぱり怖ぇよ」
「じゃ、やめっかい? 今なら逃げられんべ?」
「いや、逃げねぇ! ‥‥あいつらがこれから先、ちょっとでも幸せに生きてくために。俺ぁ、子供さらった悪党として死ぬんだ!」
 うっすらと瞳に涙を浮かべながらも、哲夫は自らを奮い立たせるように叫ぶ。
「そこまで『覚悟』決めてんなら、ちょっくら手伝おうかねぃ」
 男が短く指笛を鳴らした。
「『バグアの手下』ならキメラぐらい連れてねぇと、説得力ねぇかんなぁ」



●参加者一覧

/ UNKNOWN(ga4276) / 加賀・忍(gb7519) / ミリハナク(gc4008) / 吉田 友紀(gc6253) / 村雨 紫狼(gc7632

●リプレイ本文


「最近、多いんですよ。バグアの被害者を名乗って子供を捨てて行く親が」
 依頼に応じてやってきた傭兵達へと経緯を説明した後、UPCの担当者はため息とともに付け足す。
 長引く戦乱による、閉塞感と貧困は確実に人心の荒廃を招いていた。
 一見、平和で長閑な地域であるように見えても、ほんの少し踏み込めば陰惨な話が掃いて捨てるほど出てくる。大して珍しくも無いことではあったが、直面し対応する方にしてみればたまったものではない。担当者は疲れ切った顔をして待合室の一角に視線を向けた。
「今度のもそういう手合いかとも思ったんですが‥‥」
 その先では例の子供たちが一様に押し黙り、身を硬くし一塊になって座っている。
 ただ、外傷や表情の欠乏、といった被虐待児に見られるような症状、特徴などはなく。脅えているというよりは、慣れない環境に戸惑い、緊張しているといった風であった。
 傭兵達は顔を見合わせる。
「保護された子供たちって、拉致られてたにしちゃずいぶん‥‥」
 村雨 紫狼(gc7632)が言葉を濁し首を傾げる。
「えぇ、不潔な身なりではありませんですし‥‥それに、子供だけでバグアの手から逃れられたとは考えにくいですわ」
 顎に指を当て、考え込むミリハナク(gc4008
 報告書で確認していた当地の情勢。ビッグゴールドの統治。子供を浚うようなバグアなど皆無であったこと。それらから彼女はこの一件を『狂言』ではないかと疑いを持っていた。
「金獅子って奴、敵ながら器のデカい奴だったみてえだし、恐怖じゃなく寛容で支配してたらしいな。俺も剣士のはしくれとして、武勇を貴ぶ奴がセコい真似をするとは思えねえ」
 同じような疑念を紫狼も抱いていた。
「今回のバグア協力者ってのは眉唾か‥‥? 違和感ありまくりだ」
「そう、だね‥‥紫狼兄、あたし、あの子たちとお話ししてみる」
「お、そうしてくれ。友紀ちゃんなら年齢も近いしな」
 吉田 友紀(gc6253)の提案に紫狼は微笑みながら頷いた。

「こんにちは。あたし、吉田 友紀。お名前、教えてくれるかな?」
 子供たちに朗らかに挨拶し、話しかける友紀。見ず知らずの人間におどおどとしながらも子供たちはそれぞれの名前を口にする。
「んー、人間の弱さや愚かしさも愛しいですが、子供の笑顔の方が素敵ですわよね」
 友紀の明るい笑顔に釣り込まれるようにして、はにかんだ笑みを見せた子供たちの姿にミリハナクは目を細めた。
 いくつかの会話を重ね、子供たちの緊張と警戒心を解したところで本題、『手下』の人物像や経緯についての質問に入る。
「どんなふうに暮らしていたの? バグアの『手下』だっていう人はどんな人だった?」
「えと、テツ兄ちゃんが‥‥」
「カナ!」
 友紀の問いかけに答えようとしたカナを一番年上のトモヤが声を荒げ止めた。突然の怒声に驚き、瞳に涙を浮かべるカナ。
 顔を紅潮させ、眉を吊り上げたトモヤはそっぽを向き早口に言い捨てる。
「そんなん、どうだっていいだろ!」
 その目にも涙が浮かんでいた。
 事情をトモヤだけは知っていた。哲夫が死ぬ気であるこもおぼろげながら察していた。
 だからこそどうしてもこの『狂言』を成功させなければと、不安と恐怖に胸を押しつぶされそうになりながらも、必死に振舞う。
「他にも誰かいるのかしら? さらわれた場所で笑えたかしら?」
 優しげなミリハナクの声にも応えないようにと身を硬くする。
 膝を折り、トモヤと目線と高さを合わせて、紫狼は威圧的にならない様にと、ゆっくりとした口調で話しかける。
「毎日の暮らしは楽しかったか?」
「‥‥ッ、全然、全然、楽しくなんか無かったッ!」
 紫狼の見せた寛容さに縋りつきたそうな瞳をしながらも、必死に嘘を叫ぶトモヤに傭兵達は表情を曇らせた。




 傭兵達はUPC施設を後に植物園へと向かう。
「──あれは、狂言ですわね。必死に隠そうとしていらしたけれど」
「それとも、人類に友好的なバグアの脱走兵か‥‥とにかく、確実にウラがあるな」
「辛そうだったね、あの子たち‥‥」
 友紀は唇を噛み締める。自分の目の前で家族を失ったという辛い経験のある彼女には、不安に震える子供たちの姿は他人事とは思えなかった。
「バグアの『手下』という人から話を聞いて、本当に『手下』だったのなら罪を償ってもらわなきゃだけど、違った場合はどうしてこんなことをしたのか理由を聞いて、解決策を考えなきゃ」
 そのひたむきさにミリハナクと紫狼は微笑み、加賀・忍(gb7519)も頷いて見せた。

 間もなくして植物園へと到着する。
 かつては人々が集う憩いの場として開かれていたが、今や見る影も無い。
 崩れた落ちた門を越え、敷地に足を踏み入れれば、早速キメラが藪の中から飛び出してきた。
 牙を剥いて飛び掛ってきた獣をミリハナクは片刃の曲刀で無造作に斬り伏せる。
 無骨な雰囲気を持つアロサウルスの名を冠した剣はいとも容易く獣を両断、花のない植物園に血の紅を咲かせた。

 他の獣が血の臭いに引かれて集まり、傭兵達を取り囲む。

 強者との戦いを求める忍は準備運動と言わんばかりに駆け、大太刀を振る。
 荒ぶる神の名を持つ金色の刀身が、きらり、きらりと光を反射する度に、獣が一匹、また一匹と屠られて行く。
「そんな攻撃当たらないよ〜!」
 一時的にではあるが強化した脚力を活かし、友紀は獣の突進を回避。
「こんなところで死ねないよ! ネグさんと地球を平和にするまでは!」
 すれ違いざまに獣へと天照での一撃を叩き込む。日輪が如き刃紋を持つ太刀が薄汚れた獣を切り裂いた。
 罠の可能性、予想外の援軍を警戒しながらも、降りかかる火の粉は振り払う、と紫狼も天照と月詠の二刀を振るう。

 ほどなくして獣は一掃された。
 この場にいたキメラは群れていただけの雑魚でしかなく、所詮は傭兵達の敵ではなかった。
 静けさが戻り、野鳥のさえずりが響く園内。
 植物の群生に飲まれ自然に還り行く周囲から取り残されたように開けた広場、そこに立つ二つの塔。
 塔の足元に一人の男、上田 哲夫が立っていた。

「あなたが『バグアの手下』さんかしら?」
「そうだ」
 敵意を表すように鉈を構えてはいるが、切っ先は震え覚束ない。
 最前線でバグアと戦ってきた傭兵達から見れば、哲夫は明らかに『バグア』とは何の関わりも無い人間、戦闘の経験すらないただの一般人でしかなかった。
 故に、忍は相手取る必要は無いと判断し、ミリハナクは武器を収め単刀直入に切り出した。
「貴方の目的を言ってくださればお手伝いしますわ。たぶんあの子供達の笑顔の為には貴方が必要ですの。死んだら泣きますわよ?」
「な、何を言って」
「深い事情があるならさ、俺達に話してみてくれよ。子供たちともども、保護すべきなら軍に頼んでみるから」
 畳み掛けるように紫狼が続く。
 哲夫は戸惑い、どうしたら良いか、救いを求めて塔の入り口の物陰に視線を向けた。
「あー‥‥。いや、なんつーか、お前さんらのやりたいこたぁはわかるが、軍には期待できねぇぞ?」
 そこからUPCの軍服を着た男が姿を現した。
 鷹揚な態度で首の後ろ辺りをかき、どーするべっかなぁ、とひとりごちている。
 説得の際は無防備になるであろう仲間を護衛するために、十分に気を配っていた紫狼、不審な者や闖入者がいればすぐさま斬って捨てる態勢にあった忍、何が来ても大丈夫なように周囲の警戒を続けていた友紀にすら、存在を悟らせなった男の登場に、傭兵達は身を硬くする。
 男は軽く手を振り、屈託無く笑う。
「今はやりあうつもりはねぇから安心してくんなぃ。それよりてっつぁんのことだぁな。助けてぇと思うなら、一思いに殺してやんな」
「まさか、バグアに改造されて‥っ」
「いんや。てっつぁんは正真正銘ただの人間だ。事情が知りてぇってんなら‥‥ま、本人から直接聞いたほうが良かんべぇ」
「聞かせてくださいますわね?」
 傭兵達と男の視線が哲夫に集中する。

  :
  :

「それなら、尚更だ。俺達で軍に話をつける。だから、一緒に保護してもらおう」
「ええ、軍の方にはバグアの手下は退治して新たな被害者を確保したと報告いたしますわ。あとはどさくさに紛れて新たな名を名乗って生活してくだされば」
 訥々と語られた事情に対し、傭兵達は哲夫の保護を提案するが、男がしかめっつらをして困難さを口にする。
「軍が出来るのは一時的な保護だけだ。あとは行政に丸投げされる。子供だけなら児童保護施設に入れるだろうが、てっつぁんは成人してっからな。成人した保護者がいるとなったら子供は施設にゃ入れねぇ。そんなら、てっつぁんと子供らで生活すりゃいいって思うだろうが、障害がある。まずは身分証明、そして、家、金‥バグアとの関係の噂と、まぁその他諸々」
 捨てられてしまった子供たち。
 子供たちは確かに生きて存在するが、社会の枠組みの中ではそれを証明するものがない。出生証明が無い。戸籍が無い。社会的には存在しない子供たち。
 哲夫自身にも身分を証明するものが無かった。
 また、これまで住んでいた家は、無人となっていた他人の土地屋敷を無断で拝借したものだった。
 戦中の混乱の影があればこそ、彼らは生き抜いてこれたのだ。
「事情を考慮すれば『特別に』便宜を図っていいんじゃないかと思うだろうが、一度、例を作っちまえば、自分もうまいこと恩恵に預かろうって連中が後から後から出てくる。全部を助けることなんてできねぇ、だからどっかで切捨てなきゃならない。そいつぁ、お前らもわかってるはずだ」
 男は言い聞かせるように傭兵の顔を順番に見ていった。
「てっつぁんはてめぇの出来る範囲のことを精一杯考えて、そんで、てめぇの命を代償に子供らの未来を切り開こうとしてんだ。それでも、殺してやらねぇのかい?」
「ええ。殺してなど差し上げません。哲夫さんには子供たちと一緒に幸せになっていただきますわ。平和は生ける人の生活があってこそですもの」
「そ、そうだよ! 人殺しなんて絶対に出来ないよ」
 きっぱりと拒否するミリハナクと友紀、牽制に太刀の柄へ手をかけた紫狼に男は何かを言いかけ、息をついた。

 小難しい理屈などない。ただ単に『助けたい』とそれだけなのだ。
 それが本当に助けとなるのか、その為の手段の困難さなど、別次元においてしまっている。時には助ける対象をも見ずに『助けよう』ともするのだ。
 人間はそういうものだと、男はこれまでに数度、傭兵との遭遇を経て認識していた。
『助けたい』それだけのことなのだ。

「──ひとつ、聞いてもいいかぃ? てっつぁんが狂言まわしてるってどこで気付いた?」
「子供たちの様子と報告書からだ」
「それに、ビッグゴールドは寛容をもって統治していらしゃった。そこに子供を浚うようなバグアがいたとは思えませんわ」
 淀みなく答える紫狼とミリハナクに男は苦笑いを浮かべ、空を仰ぐ。
「これもダチ(ビッグゴールド)の遺した結果、か。ならしゃあねぇなぁ‥‥。特別サービスしてやんよ」
 顔を再び傭兵達へと向けた男は僅かに声を落とす。
「いいか、この手が通用するのはこの地域だけ、不整備をついた犯罪ギリギリの線で二度とは使えねぇからな、覚悟してやれよ」
『哲夫たちがどさくさに紛れて新たな土地で新たな名を名乗って生活する』ためのとある手段。
 その内容に含まれる具体的な指示と各種名称などは、現地の行政とUPC軍の内情に詳しい人間でなくては知り得ないものであり、信憑性は高かった。
「‥‥そのお話、信じてもよろしいのですわね、中尉さん」
 ミリハナクは男が肩に羽織っていた軍のジャケットの階級章から、男の地位を目ざとく読み取り、身元も推測していた。
「あぁ。ついでに再出発すんのにも相当な額の金がかかるが、やれんのかぃ?」
「ハッピーエンドに繋がる選択肢がお金で買えるのでしたら、安いものですわ」
 ミリハナクは軽く笑う。
「剛毅な姐さんだ」
 哲夫が自分の命を代価にしてまで果たそうとしていたことを、傭兵達にはいとも簡単にやりのけてしまう。
 持てるものと持たざるもの、歴然とした格差がそこにあった。
 だが、傭兵達は当たり前のように手を差し伸べ、自ら代償を払い、持たざるものを救い出そうとしていた。
「よかったなぁ、てっつぁん。傭兵さんらが助けてくれってよ」
「ありがとうございます‥、ありがとうございます‥‥っ」
 与えられた希望と安堵から涙に震える声で謝礼を繰り返す哲夫の手から鉈が落ちた。
 傭兵達の助力を受け入れた哲夫に、紫狼と友紀そっと寄り添う。

「では、そろそろ退いてくださらないかしら、バグアの手下さん」
「おう。じゃ、後は上手くやってくんなぃ」
「あんた、名前は?」
「ん? あぁ、そういや、まだ考えてなかった。前は春遠 朱螺で通ってたけどな」
 バグアとして度々報告されているその名前に傭兵達の間に緊張が走るが、男はどこ吹く風であった。
「この身体は上小泉 源太郎って名前だったから、それで構わねぇか。あんま捻ってもしゃあない。ま、今度会う時ぁ殺り合いだ。名前なんざ必要も無ぇだろうが」
「俺は侵略し、心を弄ぶから許せねーんであって、バグアだから憎いんじゃねえよ。人間だって全員が善人じゃねーし、バグアにも気のいい奴もいるはずだしな」
 次の遭遇は殺し合いになるだろう、という言を紫狼はやんわりと否定し、許容を示す。
「お人好しだなぁ、兄ちゃん。理解や共感があっても俺達ぁ全く違う生き物だ。互いに歩み寄れやしねぇよ。心情的に分かり合えるかもしれない相手だとしても、そいつが触れたら即死するような毒液を全身から垂れ流してるような生物なら『仲良くしようよー』って抱きついた瞬間死ぬだろ」
 上小泉はどこか困ったような笑みを浮かべ、肩をすくめた。
「春遠 朱螺‥‥『敵』は見つかったの?」
 忍の問いに男の笑みが変質する。
 男には似つかわしくない、生前の上小泉であれば決してしなかったであろう冷淡な笑みに空気がきしむ。
「──残念ながら」
 先ほどまでの快活な口調とは打って変わり、落ち着いた穏やかな声。
「ですが、望む望まざるに関わらず戦わなければならない。降りかかる火の粉を選り好みなどできない。そのことを今更ながら思い出しました。あなた方は‥‥戦闘力だけは抜きん出ている。我々がかつて出会ったどの生命体よりも。敬意を払うに値する『敵』でなくとも、対峙したのならば戦わざるを得ないでしょうな」
 それは諦観に満ち、全てに対しての期待と希望を捨て疲れきった老人のような響きを持っていた。

 過日に依頼にて、忍は求めていた戦いに臨み、求めていた敵を討ち、生き甲斐と実感を得るとともに、それを己の力の糧としてた。
 だというのに心中に残ったのはただの空しさ。この先、あれ以上の高揚を見出せないのでは無いかと、過ぎてしまった一時を想うばかりだった。
 また、回想する度に瞼に映るのは、敵の死に顔。怯えもなく、心からの安らぎに満ちていたその顔を思い出すたびに、自身の姿勢に生じた揺らぎを自覚する。それを迷いと断じてはいたが、迷いを抱えて進むのも心地好いと思えるようにもなっていた。
 生じた揺らぎ迷いを、己が願望である『より一層の高みへと進むこと』そして『新たな自己を見つけること』への道標と成していた。
(血道駆け、肉骨薙ぎ、命運斬り絶つ。それが私の手段であるならばね)

 そういった経験と心情を経てきた忍にとって、過去に幾度か難敵として立ち塞がった者が道を捨てる様が腹立たしかった。求めることすらやめたような春遠‥‥上小泉の様に、憤りを覚えすらした。

「そう。ならば今ここで私の糧となれ!」
 忍が鯉口を切ると同時に淡く光る脚で地を蹴り、上小泉へと迫る。
 後ろへと退避する上小泉の肩からジャケットが落ちる。その視線、足捌きから動きを予測し、太刀にて追い、完全に読みきれたと見るや、忍は大きく踏み込む。
 輪郭が淡く光を放ち、太刀のSES排気音が甲高く響く。エミタの攻撃行動サポートを受けながら、更なる一歩を踏み出し──
「──!!」
 次の瞬間、響いたのは骨の砕ける音と人が地面に叩きつけられる音だった。
「忍姉っ! 今治療するよ!」
 深紅色の両目となった友紀が即座に歌声を響かせ、紫狼は狼を模した仮面と紫に輝く甲冑姿を纏いながら哲夫を背に庇う、ミリハナクは両腕に黒い闇を曳き滅斧「ゲヘナ」を手にする。

 一瞬の攻防。
 忍が勝機あり、と必倒の一撃を放とうとしたその時、円閃の最初動で上小泉は忍の軸足を踏むと肩で割り込み回転を強引に止め、完全密着の状態から両腕を取り、関節を決めたまま投げ飛ばした。
 前線に立つUPC兵として、能力者の攻撃スキルを知り尽くしていた上小泉とバグアの膂力があってこその力技だった。
 両腕を決められていたため、受身も取れずに地面に叩きつけられた忍の口元に血の泡が滲む。
 ──敵がここにいる。諦め、腑抜けた残骸などではない敵が。
 忍の胸中がにわかにざわめき、血の赤に彩られた唇が笑みの形に緩く弧を描く。

「まだ、お前らの糧にはなれねぇな」
 仲間の窮地に臨戦態勢をとる傭兵達へと上小泉はニヤリと笑いかけ、あっさりと忍を開放する。
 そして、無造作に背を向けると、地面に落ちたジャケットを拾い、肩に引っ掛け悠々と歩き出した。
 殺れるものなら殺ればいい、と言わんばかりに。

「あ、あれが、バグア‥‥」
 瞬間の出来事に一歩遅れて反応を示した哲夫が、ようやくといった具合に声を絞り出す。
「そう‥‥だな。あれが、バグアだ」
「気まぐれで人を生かしも殺しもするような身勝手な連中ですわ。あんな連中のことは一日も早く忘れてしまうこと」
 哲夫はただ頷くことしか出来なかった。




 UPCの施設へと帰還した傭兵達は、植物園にてキメラ及びバグアの手下と交戦し、撃退したと報告を行った。その際、バグアの被害者を一人救助したとも。
 そして、上小泉が示した手順を実行に移す。

「うまくいきそうだね」
「罠だったらどうしようかと思ったが、心配なさそうだな」
 順調に事務手続きがなされている間、傭兵達は休憩所で事の推移を見守っていた。
「それにしても、あの人、なんでこんなこと詳しく知ってたんだろう?」
 友紀の疑問にミリハナクが答える。
「きっと‥‥この方法で上小泉中尉が助けたかった誰かがいたのでしょうね」




 後日、一通の手紙が届く。
 差出人として書かれていたのは心当たりの無い名前だったが、中に入っていたのは感謝を綴った手紙と一枚の写真だった。
 写真の中では、青空と新緑の緑の下、小さな家を前に子供四人と大人一人が満面の笑顔を浮かべていた。
 見るものの微笑を誘うような、素朴ではあるが暖かな幸福が伝わってくるような一枚だった。

 彼らの願いを叶えたのは、傭兵達のひたむきな思いやりと尽力。
 そして、志半ばにして散った一兵士が叶えられなかった願いだった。