●オープニング本文

「東京解放作戦」において敗北し、指揮中枢を失った関東バグア軍は各地においてその連携協力を失い、徐々に弱体化しつつあった。
　バグア支配からの人類開放を目指すUPC軍がそれを見逃すはずも無く、関東各地に於いてその動きを活発化させていた。
　UPC軍は昨年末から本格的に群馬・栃木へと進攻を開始しており、既に、他県と接する都市の幾つかを開放していた。
　守勢となるバグア軍は前述したように他地域間の連携を失っており、補給も困難となっている。孤立状態にあると言って良い。
　バグア軍は手持ちの戦力を駆使し、抵抗してはいるものの、進攻側UPC軍の戦力を削るのが精一杯といったところで、押し返すまでには至らなかった。



●
「いよいよ、終いじゃ。能無き者が能ある者に滅ぼされるのは、自然の理よ。今まで我らが示してきたたとおりに、な」
「殿、な、何をおっしゃいます……っ」
　傍らに控える側近の狼狽ぶりを黄金の獅子は豊かな鬣を揺らして笑って見せた。
「そうではないか。我らは力をもって幾多の生物を喰らい、蹴落とし、蹂躙してきた。それと同様、我らより強き力を持つ者が現れれば、それに喰らわれることになるのは自明であろう」
「あの猿どもが、我々よりも優れているなどと、そんなことが」
「信じられぬか？　信じたくない気持ちもあろうな。だが、現実はどうじゃ。うかうかしておるうちに任された土地をいくばくか失ってしもうたわ。これはまごうことなき我が無能、そして彼奴等の有能の証しではないか」
　高崎市内、かつてUPC軍の拠点基地が置かれていたその場所には、古式ゆかしい外見の城郭が建っていた。
　金獅子、ビッグゴールドは彼の好みに造られた天守閣の縁に立ち、遠く広がる景色に瞳を細めた。
「能無き者は、滅びるべくして滅びる。無能がいつまでもしがみついておっては世が暗くなるばかりじゃ」
　側近、シルバミードは耳と金紫の瞳を伏せ、銀色の毛並みを震わせる。
（殿はこの地を死に場所とお決めになったか）
「さりとて、このビッグゴールド、ただでは滅びぬわ。猿共が儂を超えて行くに相応しいか、存分に試してやらねばな。忙しなくなるぞ、覚悟せよ」
　その場へと、息せき切らした兵士が襖を蹴倒す勢いで駆け込んで来た。
「殿！　一大事にございます！　敵軍が中之条を発し、相馬原へと進軍を開始したとのこと！」
「なんと、それはまことか！　あの部隊、動くのは本隊が沼田を抜けてからと睨んでおったが、よくもまあ」
　昨年末、群馬開放を目指すUPC軍の中に主力とは別方向から進攻をかけてきた一隊があった。彼らは高山と言う地形、冬季の積雪により天然の要害と化した峠を越え、草津に入り、一気に中之条までを突破。
　道行の険しさに後の維持、補給整備の困難さを考えれば、その方面からの進攻はありえないと踏み、キメラを配する程度にしか警戒していなかったバグア軍は裏をかかれる形となった。
　それでも即応しなかったのは、件の部隊がKVなどの大型機動兵器を有しておらず、歩兵中心の部隊であったからだ。小都市の開放やキメラの排除ならまだしも、基地攻略ともなれば上越方面で戦闘を行っているUPC主力部隊と連動するものだろうとの予測もあった。
　司令室としての役割も持つ天守、一段高く作られた上座にビッグゴールドが腰を下ろせば、相馬原基地との通信は既に繋がっており、モニタの中では赤い毛並みを持つ猫が恭しく頭をたれていた。
「こうしてはおられませぬ、殿、一刻も早く援軍を」
《その必要は御座いませぬ》
「何を申すか、ブロンゾ！　今の相馬原に兵力などあるまいが！」
　群馬という土地のほぼ真ん中に位置する相馬原基地。それ故に、攻撃を受けるのはまだ先のことである、とその兵力のほとんどを前線へと差し向けてしまっていた。
　基地内にキメラやワームの製造ラインこそあるものの、到底、間に合うものでもない。
　その上、相馬原基地を任されているブロンゾは前線にいるバグアとしては珍しく、戦闘ではなく後方任務を得意としていた。だが。
《此度は、猿共をさんざんに手こずらせた後、……冥土へ酒宴の支度を整えに行きましょう》
「貴殿の働き所は戦場ではあるまい、我々が到着するまで防ぎ、持ちこたえておれば良いのじゃ」
　銀猫の剣幕をどこか他所に赤猫、ブロンゾは目を細めて笑っていた。
《シルバよ、わかっておろう。我等には後がないのだ。なればこそ、みだりに高崎の兵を動かすべきではない》
「ブロンゾよ、おぬしは」
《殿、殿には相応しい晴れ舞台が待っておりましょう。その場にて憂い無く存分に武勇をお示しくださいませ。お名残惜しゅうございますがこれにておさらば。願わくば彼岸にて再会する日が遠くありますよう》
　主であるビッグゴールドの言葉を遮って、ブロンゾは声を張り、一礼の後に通信を切り上げた。
「……ブロンゾよ、おぬしの心意気、無駄にはせぬぞ」



●
　榛名山の裾野から広がる伸びやかな景色が、強い季節風が吹き降ろす透明な気圏の底に悠然と横たわっている。
　それを眼前にした初老のUPC兵の瞳には涙が浮かんでいた。
　バグアの侵攻が開始された当時、彼は群馬に妻子を残して新潟に出張中だった。戦中の混乱の中で妻子の行方も生死も全く掴めないまま、今に至っている。
「いけませんな。歳をとると涙もろくて」
「涙は心の汗、流れるときは流すに任せりゃよかんべぇ。だが、そいつはまだとっとけぇ」
　そういって前を見据える上小泉　源太郎（gz0464）UPC軍中尉も、先ほどからしきりにまばたきを繰り返している。
「もうすぐ帰れんだな、俺達」
「そうさな。ずいぶん長いことかかっちまったが……もうすぐだ、もうすぐ家に帰れんだ」
　当地出身の兵員で構成された部隊。彼らが胸に抱く感慨は余人には計り知れないものがあった。
　バグアの侵攻により故郷を追われ、家族と離散してしまった少年、青年達は20年もの歳月を越えて故郷へと帰ってきた。
　帰ってきたのだ。
「いくぞ、バグアのクソ野郎共を追い出しに！！」
　鬨の声が一斉に湧き上がり空気を、大地を振るわせた。

●参加者一覧

●リプレイ本文

●
　攻撃開始の命令が下されるほんの数刻前、緊張感に包まれた群像の中に傭兵達の姿もあった。

「はぁい源太郎さん♪　貴方みたいなイケメンとご一緒出来て嬉しいわ♪」
　雁久良　霧依（gc7839）が満面の笑みと気楽な素振りで上小泉　源太郎（gz0464）の肩を叩く。
「‥私達の故郷を、群馬を、必ず取り戻しましょう！」

　羽柴　紫（gc8613）は久方ぶりに踏んだ故国の土に懐かしさと少しの悲しさを覚えていた。
（私は帰ってきたのに、まだ土地が還って来ていないから‥）
　各地で順調に開放は進んでいるものの、まだまだ『バグアから開放された』とは言えない状況にある。
　紫はそっと目を伏せる。
「未来は、すぐそこにあるんだ」
　力強い声が紫の鼓膜を振るわせた。
　はっとして顔を上げた紫と月野　現（gc7488）の目線が通じる。
「俺には、取り戻せるモノは何一つないが、今、過去を取り戻す為に戦う人々がいる。その助力となれる事を誇りに思う」
　現の言葉に紫は「あ」と短く声を漏らす。
　紫は今まで、これといった目的も無く、ただ、能力者、傭兵としてそこにいるだけだったが、現の言葉と帰郷を目前とした兵士の涙に思った。「傭兵も悪くない」と。
　自分の国を取り戻す為、同じ目的を持つ仲間、兵士達と戦えることを誇ろう、と。
　ごく自然にそう思えた。
「‥うん。『ただいま』まで、あと少し、だね」
　紫に頷いてみせる現。
　故郷の家族は彼を追い出した後に全員鬼籍となった。その後はたらい回し、厄介者扱いされ、奪われるだけだった。
　だからこそ、彼は、奪う側ではなく、護る側になると強く決意していた。

（故郷か‥）
　傭兵となって以来、未だに帰る決心が付かない故郷へと思いを馳せる黒羽　拓海（gc7335）
　自分の中に存在する葛藤が帰郷を阻んでいたが、空を仰ぎ心に決める。
（‥‥今追いかけている件に決着が付いたら、一度あいつに会いに戻るとしよう）
　昨年末にも似たような事を言った覚えがあるが、今度こそは。それまでに己が抱える迷いに何らかの答えを出して行かなければ、と。
（だが、今はこの戦いに集中しよう。雑念が混じっていては、この戦場の仲間達に失礼だからな）

　天羽　圭吾（gc0683）はかつて、フリーのジャーナリストとして各地を転々としていた。
　そのため、出身地に対する思い入れと言うものは希薄であった。
　だが、場所と共に或る思い出、生き別れたままの家族や同朋、ようやくそれらと再会を果たすことが出来るようになる兵士達の心中は十分察することが出来た。
　圭吾はさらに思う。
　バグアに人と同じ思いがあるかどうかは不明であるし、時の流れの感覚が人間と一緒とは限らないが、この地と共に在ったバグアにも何かしらの影響があるのではないか。
（20年、か‥。決して短い歳月ではないな）
「敵も背水の陣と言った所ですわね。総力掛かって来るでしょう‥‥油断は禁物ですわね。此方も全力で参りましょう。」
　圭吾の懸念をロジー・ビィ（ga1031）が言葉として表した。
　彼女も察していたのだ。張り詰めた空気の中にある何某かの想いを。

　基地にあった戦力を上越、上信方面に送ってしまった直後を突かれ、急遽かき集められた相馬原防衛の戦力は、廃棄品や製造途中のものばかりであった。
（戦と離れ、安穏とぬるま湯につかっていた代償がこれか）
　バグアからすればたったの20年、瞬きをする程度の感覚しかないが、ブロンゾはこの時、己の老い鈍りを痛烈に感じていた。
　永き時を生き、旅し、戦い続けたバグアにとってみれば、人類など生まれ落ちたばかりの未熟な生物でしかない。だが、その生物は滅ぼされもせず、たかだか20年でバグアを追い詰めるまでに至った。
　ブロンゾは苦く笑う。
（若さとは、それだけで奇跡よな）

　大神　哉目（gc7784）は面倒だといわんばかりにため息をついていた。
（思う所はあるんだろうけど今更だね）
　攻略目標である基地、それを防衛するはずのバグアの戦力の乏しさは一目瞭然の状態だった。
（負け戦‥‥相手さんの考えなんて私には関係無いし興味も無い。お互い譲れないトコあるから戦争なんて事になってんでしょ？）
「‥‥街に居座ってるのが邪魔だから殴ってどかす、それだけだよ。さ、面倒くさいから精々頑張ろう」
　哉目は得物を確認し、淡々と戦闘に備える。

「しかし何だ、私の原隊が東京方面から撤収する時に比べると装備が充実してるな」
　中隊の装備を見回しながら当時を振り返り、瞳を細める井筒　珠美（ga0090）
　その当時の装備は、『何もかもが想定外である敵』バグア相手に通用するものなどではなかった。
　だが、それが今や。
　珠美は不敵に口の端を僅かに持ち上げて笑む。
「相馬原は北関東の諸駐屯地の要石だ。いつまでも余所者に良い様に使われてたまるものか、バグアは全部、叩き出す！」
　彼女の気焔に釣られるようにして周囲の兵士が声を上げた。
　連鎖的に波紋のように広がって行くざわめきの中で、珠美はふと、関東平野の夜景を思い出していた。
　夜間の関越道を東京方面に上る。沼田を超え、赤城と榛名の山裾を縫った先に広がる、幻想的な光景。
（あれを‥また、見たいものだ）



●
　ついに決戦の火蓋が切って落とされる。

　地上に犇めくキメラと基地前に陣取ったゴーレムとワーム。脅威と威圧感を存分に覚えさせるものではあったが、どれもがどこか不完全な姿をしていた。
　機動兵器の存在を確認した傭兵達は、それらを優先攻撃目標に据え、戦場の一点突破を図る。
　不完全な様子とはいえども、生身に対してプロトン砲やフェザー砲の攻撃はあまりにも危険である。
「‥源太郎。キメラ‥お願いしてもいい、かな」
「市街地へ流れないよう、色んな方位から、キメラを囲むようにするといいのかな」
「あいよ、任せとけぃ！」
　紫と圭吾の要請に上小泉は笑顔とサムズアップで応え、中隊本部にその旨を伝える。
　バグアとの戦闘において、常に最前線に立ち続ける傭兵たちの判断を彼らは尊重していた。
「明日の朝は故郷で迎えられるんだ、だから、死ぬな！」
　可能な限り軍の兵士の被害も抑えたい、とする現の激励に、兵士達は笑顔で応えてみせた。

「さぁて、開戦の花火を上げるよ？」
　哉目が打ち合わせ通りに接敵直前、合図とともに閃光手榴弾をキメラの群れへと投擲する。
　強烈な音と閃光を撒き散らし爆ぜる手榴弾。
　仲間の傭兵はもちろん、事前に兵士にも通達されており、味方への影響は皆無だった。
　それとは逆に轟音と強烈な光をまともに浴びた多数のキメラが動きを止める。
「道を開けてもらうぞ」
　圭吾の放った弾丸の嵐と、ロジーのガトリング砲掃射がその場にいたキメラを薙ぎ払う。
　傭兵達は足を止めず、前へ前へと突き進む。
　珠美の支援射撃に合わせて拓海が朱色の刀を振るい、一体、また、一体とキメラを斬り捨てて行く。


『来たか！』
　キメラの群れを突破し目前へと迫る傭兵達の姿に、ブロンゾは吠えた。
　出力の上がらないゴーレムの腕を無理やりに押して特殊強化サーベルを振り下ろす。
「‥‥ッ！」
　ゴーレムの足止めを買って出た現が盾で受け止めたものの、大きすぎる衝撃に、足元がクレーター状に陥没、全身の骨が軋む音が耳に響く。漏れ出そうになる声を歯を食いしばって耐え、負けじと吠える。
「倒れられない理由はあっても、倒れる理由はないっ！」
　2撃目にたまらず血を吐き膝を突くが、援護を勤める紫と霧依の練成治療が傷を癒して行く。
（‥注意、した方がいい、かも）
　不備だらけの敵。しかしながら、逃亡もせずに戦い続けるその姿、覚悟を察知し紫は気を引き締めた。
　霧依はやや後方から仲間の様子に目を配る。万遍なく支援が出来る様にと。

　二人に支えられた現がゴーレムをひきつけ、足止めを行っているその間に、ワームの排除を行うべく傭兵達が速攻を仕掛ける。
　ワームがのろのろと砲身を動かすが、ロジーはその砲口内にエネルギーガンの一撃を叩き込み、誘爆を引き起こさせる。
　黒煙を上げ動きを止めたその隙に武器を持ち替える。霧依の練成強化を受けて淡く輝く二刀小太刀を握り、装甲の脆い箇所に狙いをつけ、自身の残像を曳きながらの連続攻撃。剣の紋章が一際強く輝いた時にはワームは機能停止に陥っていた。
「んじゃ行きますよ先輩、ちゃんと着いて来て下さいね？」
「応！」
　端の一体に狙いを定め、哉目と拓海が接近する。
「飛べないって事は頭上ガラ空きじゃない？」
　迅雷で懐に飛び込んだ哉目は、勢いそのままにワームの頭上目掛けて跳躍し、旋棍「輝嵐」で殴りつける。
　打撃を受け、固まりきっていないワームの装甲がひしゃげ、沈む。
「後ろの連中は撃たせん」
　ワームの攻撃を封じ安全を確保するべく、拓海は武装の破壊を優先。装甲の継ぎ目や間接などの脆弱な部分を狙い血桜を突き入れる。
　二人の攻撃により生じた亀裂。着地した哉目は銃と超機械に持ち替えそこへと接射し、素早く退避。
　ワームはガタガタと振るえ出し、直後に爆発が起こった。
「自爆？　巻き込まれたら、たまったもんじゃないな‥」
　飛びもせず地上に居座っているワームが単なる不調か罠かは不明であったため、自爆などもあり得ると意識していた拓海は迅雷で離脱し難を逃れた。
　同じように考える圭吾もワームへとは不用意に近づかずにいる。
　制圧射撃で敵の動きを阻害しつつ、バグアの主目的が防衛であるのか、捨て身で巻き添えを増やそうとしているのか、見極めようとしていた。
　残る二機のワームがじりじりと前進を始める。
　あからさまに不自然な挙動。傭兵や兵士の巻き添えを狙った自爆を行うものと看過した拓海と圭吾、霧依は仲間へと退避を呼びかける。
　仲間が退避する間に、圭吾は武器を拳銃「マモン」に持ち替え、動力部へと狙い澄ました一撃を放つ。
　着弾。一機が轟音とともに爆発、炎上。ワームは制御を失い、もう一機の方へもつれ込むように傾ぎ、巻き添えにして爆ぜた。

　立ち上る黒煙の中に立つゴーレム。
　ワームの自爆攻撃は失敗し、キメラの数も激減し、自分は目の前の生身の能力者一人すら潰せない。
　なす術もない状況だったが、ブロンゾの心は穏やかだった。

「‥かえして。私の国なの」
　紫の放った魔創の弓がFFにぶつかり赤い火花を散らす。
『そうか。ならば奪い返して見せい！！』
　ブロンゾはロケット弾を発射。サーベルを低く横薙ぎに振るう。
「させるか！！」
　珠美が即座にロケット弾を撃ち落とす。
　爆風が吹き荒れ破片が降り注ぐ中、サーベルを避けた傭兵達が駆ける。
　今、目の前にあるのは無人機ではなく、バグアの搭乗した機体。
　その動きは格段に違うだろうと、ロジーは脚部に注視し、進行先を予測して動く。
「そこっ！」
　間接部分を狙いエネルギーガンにて一撃、寸毫付いた傷を目印に連続攻撃を仕掛ける。
　猛攻に装甲が剥がれ、露出した機関目掛けて圭吾が銃撃。
　片方の脚部を破壊され、ゴーレムの巌のような巨体が崩れ落ちる。
　ゴーレムはなおも傭兵へと攻撃を行おうとするが、撹乱する様に動き回る哉目に狙いが定められない。
　そこへと霧依の手による練成強化が施され、淡く輝く血桜を構えた拓海が迫る。
「図体がデカイ敵というのは、面倒だな‥！」
　腕に翼の紋章を纏わせながら放つ二連撃。
「鬼剣・颶風！」
　恐るべき威力を持った衝撃波がゴーレムの操縦席を装甲ごと押し潰す。

　ほんの一瞬と言っても良いほどの間についてしまった決着。
『‥‥見事なり。最早これまで‥離れられよ』
　無様に骸を晒すような真似はせぬ、とブロンゾは自爆装置に手をかけ、傭兵達に退避を促す。

　爆発四散したゴーレムの残骸を越え、傭兵達はキメラの駆逐・掃討戦へと移行する。
　指揮を失ったキメラの流入を防ぐため、彼らは市街地を背にして立つ。
「目標あっての突撃から背後に守る物あっての防衛、気合い入るでしょ？」
　哉目が疲れなどおくびにもださずさらりと言い放つ。
「無理してやられないようにね、面倒くさいからさ」


　ほどなくしてキメラの掃討が完了した。傭兵達の尽力により市街地への被害はゼロ。
　残る基地だが、バグアは情報の漏洩を極度に嫌う。その例に漏れず、基地は機能を既に止め、内部にあった装置の類は全て破壊されており、制圧に手間はかからなかった。
　罠や自爆の可能性も懸念で終わった。



●
　こうして相馬原を巡る戦闘は終結した。

　事後処理に兵士達が忙しなく走り回る中、不意に十数名の兵士が市街地に面した正門へと呼び出される。
　新たな敵襲かと緊張が走るが、そこには民間人が集まっていた。
　門を閉じる鉄柵越し、不安げに基地を見る人々の中に初老の兵士は家族を見つけ、もどかしげに脚をもつれさせながらそこへと駆け寄る。
「‥敏江！　和彦！！」
　それを皮切りにして兵士達が一斉に走り出す。
「おう、落ち着け！　今、開門すっからなぁ！　抱きつく相手間違えんなよ！」
　門が開かれれば双方から人が駆け寄り、そして
「光一さん！　本当に、よく無事で‥」
「お父さん‥お父さんなんですね‥？」
「そうだとも、あぁ、そうだとも！」
「かあちゃん、かぁちゃん！」
「将太ぁー！」
「マー君、リョウちゃんは‥」
「元気に生きてんよ、ジュンちゃんも一緒だ」

　長い年月を経た再会、互いの無事と息災を確かめ、喜び合う。ただ純粋に素朴な歓喜に沸く人の姿。
　現は、心の奥底からこみ上げてくる暖かい感情に微笑んだ。
「‥‥ああ、良かった。本当に、良かった」

（この戦争が終わったら‥あたしに行く先はあるのでしょうか‥）
　家族、大切な人との再会に沸く兵士達の姿を目にしながら、どうしようもない寂しさに胸が一杯となったロジーの瞳から涙が溢れる。
（大切な人2人は遠く離れていく‥2人の許で穏やかに過ごしたいのに。）

　負傷者の救護に当たっていた霧依は、ひと段落着いたところで休憩中の兵士と合流していた。
「私も群馬の生まれなのよ。小さかったから余り故郷の記憶はないんだけど‥祖母から沢山話を聞いたわ」
「お、そうだったんかぃ」
「それで、これ‥祖母が遺してくれたんだけど‥」
　霧依が携帯型の音楽プレーヤーを操作すれば、当地出身者であれば誰でもが耳なじみの民謡が流れ出す。
　バグア侵攻前に録音されたという、朗々とした伸びのある、寂びた声が夕景に響く。
　誰からともなく手拍子が起こり、合唱が始まり、そして踊りが始まった。
　軽快な拍子、力強い歌声、喜びの熱気に溢れる輪の中で、霧依は祖母の思いを胸に涙ながらに踊っていた。
「私‥帰ってきたんだ。帰ってきたんだよ、おばあちゃん‥‥」



　帰郷を喜ぶ者。
　故郷の土を踏むことなく、仲間の下へも帰らず決意とともに散ったバグア。

　地表での悲喜を出来事を、藍に染まり行く空と、銀の月、そして赤い星が静かに見ていた。