タイトル:All is shut downマスター:敦賀イコ

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 不明
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/11/10 21:44

●オープニング本文


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 午前九時。
 ようやく山の稜線を超えた光が村を照らし出す。

 その日差しの下で老人達は誰からとなく診療所の待合室に集まり、以前と同じように顔を合わせていた。
 前日、役場に一通の手紙が届いた。
 UPCによる調査と事情聴取、そして、医師免許取得のため一時的に村を離れている保健師からだった。
 その手紙には村に現れた青年医師、レイ・ベルギルトについて書きしたためられていた。

「はぁ、先生はほんとうにバグアの人だったんだいねぇ」
「ワシ等をだましていたんか」
 手紙を回し読み、老人達は思い思いに口にする。疑惑、憤り、様々な思いが渦を巻き始めたが、
「でも先生は、ワシらを助けてくれたんべぇ‥‥」
 ゴローさんと呼ばれていた老翁が杖に両手を置き、嘆息とともに呟いた言葉に終着した。
「‥‥先生は、やさしい人だったんだぃね」
「そっさぁ、やさしいから、はぁ、いろんなことが人一倍、悲しかったんだろうねぇ」
「人殺しはしちゃなんねぇことだ。けんども‥‥なぁ‥‥」
 飄々とした医師の姿と、バグアの手先となって殺戮を行ったシザーという強化人間とが、老人達の中でどうしても結びつかない。
 事件の後でも何一つ変わっていない待合室。
 短い廊下の先にある診察室の扉が今にも開き、「はい、おまたーせ」と医師の力の抜けた声が聞こえてくるようであった。

 この日も、村は静かに長閑だった。
 庇をくぐって入り込んでくる日差しはただひたすらに穏やかに優しい。
 あと二週も経てばこの村に雪風が舞うようになるだろう。

「そういや、下の柿の木、今年はいっぺぇなってんねぃ」
「ショウちゃんとこは干し柿作るんかい」
「あーんないっぺぇだとまぁず大仕事になるんべぇ」
「なーに、あんなんわきゃねぇよ。うめぇのが出来たら、ご馳走すっかんねぃ」
「ありゃ冬の楽しみのひとつだいねぃ‥‥先生にも、食べて欲しかったぁねぇ」

 村と老人達はバグアの都合で隠れ蓑として利用されていただけかもしれない。
 だが、彼らにとっては、親切で心優しい医師がいた。それだけが真実だったのだ。


●参加者一覧

終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
瑞姫・イェーガー(ga9347
23歳・♀・AA
イスル・イェーガー(gb0925
21歳・♂・JG
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
ゼンラー(gb8572
27歳・♂・ER
蒼 零奈(gc6291
19歳・♀・PN
リズィー・ヴェクサー(gc6599
14歳・♀・ER

●リプレイ本文


 瑞姫・イェーガー(ga9347)はLHの自宅にて朝食の準備を行いながら、過日を振り返っていた。

 裂帛の気合とともに地を蹴る瑞姫。
「僕にとっては短い相手だけど‥‥瑞姫にとっては深い相手だったんだね‥‥」
 イスル・イェーガー(gb0925)はバグアへと盲目的に切り込んで行く瑞姫をライフル射撃で援護しながら、嘆息とともに呟いた。
 銃撃に乗じ瑞姫はさらに深く踏み込み、両断しようと大太刀を振りかぶる、が、頭部を襲う鈍痛に太刀を取り落とし、その場に膝から崩れ落ちる。
 咄嗟に、自らの危険を顧みず飛び込んだイスルに間一髪を救われた瑞姫は弱々しく訴える。
「‥‥なんで、後一歩だってのに、お願い戦わせてよ‥‥」
 そこから先は瑞姫の記憶に無い。気が付いたときには既に決着が付いていた。

「‥‥そう、終わっちゃったんだよね‥‥」
「‥‥憎いと思っていた相手だけど、いなくなると思うと寂しい‥‥?」
 イスルの問いかけに瑞姫は頭を振る。
 宿った命の為にも生きなくっちゃいけない。良いも悪いも私の全てを受け入れて。
「幻でも見てしまったら脳裏に焼き付くんだよ。印画紙の様に。イスル、私は、忘れたりなんかしない‥‥レイのおかげで学んだことたくさんあるから」
「‥‥それで、いいんだと思うよ。忘れたとき、本当に終わってしまうと思うから」
 イスルは小さく微笑みつつ瑞姫の肩を抱く。
「答えなんて生きることと死ぬことにはないよね?」
 瑞姫は甘えるようにイスルに身を寄せた。




「後一ヶ月‥‥」
 終夜・無月(ga3084)はLHの片隅で様々な工夫を凝らした修練を積んでいた。
 その休憩の合間に最近の各種依頼報告書に眼を通し、意気込みを新たにする。
「負けていられませんね‥」
 彼は静かに呟くと報告書を置き、再び修練を再開させた。




 群馬県北部山間部。谷間の村。
 木造モルタル造の平屋建ての診療所の前に二人の少女の姿があった。

 過日、彼女達はバグアと戦って、勝利した。
 敵と戦って人々を守った。

 だが、刃霧零奈(gc6291)の心は勝利の昂揚や依頼の達成感とは程遠く、沈みこんでいた。
 その隣に立つリズィー・ヴェクサー(gc6599)の表情も硬い。
 今まで、リズィーは誰かを護る為に戦ってきた。大切なものを護る為に敵を排除してきた。
 だが、先日に敵対したバグアも誰かを大切に思い、守ろうとしていたということに、少なからず心を揺さぶられた。
 傭兵として当然のように正しく行動した結果、自分と同様であるモノを排除した。その事に、気持ちの悪さを覚えさえしていた。

「結果だけみれば『いつも通り』なんだけど‥‥この結末しかなかったのかな‥‥?」
「そんなの‥‥誰にもわかんないよ」
 零奈の独り言にも似た呟きに、リズィーが俯きどこか拗ねたような声で応えた。

 風化してざらつきの目立つコンクリートの玄関先には、自転車や押し車が停められており、村の老人達がここに集っていることを知ることが出来た。

 診療所に入った彼女達を老人達は驚きながらも暖かい笑顔で歓迎した。
 いなくなってしまった医師の代わりにはなれないが、助けになりたい、とリズィーは甲斐甲斐しく働き始める。
 零奈は自らをレイと戦った傭兵だと名乗り、非難も罵声も受け止める覚悟をしていたが、
「あぁ、怪獣を退治してくれた人たちかい。ありがとうねぇ」
「ありがとう。おかげで、また、村で暮らせらぁな」
「怖かぁなかったかい? ごめんねぇ、お嬢ちゃんたちに危ないことさせちゃってぇ」
 老人達の口から出てきたのは、心からの感謝と労わりだった。
「レイ先生ってさ‥皆さんにとって、どんな先生でした‥?」
 おずおずとたずねる零奈。呼び捨てではなくきちんと敬称をつけているそこに老人達への思いやりがった。
 老人達は孫に近い年齢の少女とこうして、共通の話題でもって会話ができることが嬉しいのか、我先にと語りだす。
 雨どいが詰まっていたのを直してくれただの、外れた破風板を取り替えてくれただの、漬物に面食らっていただの、田植えを手伝って盛大に転んだだの、語られる真新しい『思い出話』は日常の穏やかな情景ばかりだった。
 彼らいわく『レイ先生』は、何の変哲もない青年だったが、辛いときには必ず傍にいて、そっと手をとってくれるような心優しい青年だったという。
 悲しい話にならないように、わいわいとおどけてひょうきんに会話を弾ませる老人達に向かって、零奈は俯き「ごめんなさい」と消え入りそうな声で謝罪の言葉を口にする。
「まぁ、どうしたのぉ、お嬢ちゃんが謝るこたぁねぇんだよぉ」
「ワシ等のことを思ってくれんのは、そりゃ、ありがてぇけんども、お嬢ちゃんが辛い悲しい思いするのは、筋違いってもんだぁ」
「先生はさ、はぁ、遠いところから来て、遠いところへ行っちまった。そう思ってんだ」
「そっさ、ちょっとお別れが急だったって、それだけさぁ」
 老人達は彼らなりの方法で現実を受け止めていた。
 誰を責めるも恨むつもりもなく、粛々と『どうしようもない現実』を受け止めていた。
 別れは生きる限りどうあっても避けようのない出来事だと悟っていた。
 だから、ほんの少し寂しいだけだと。


 診療所を後にして、二人は運動場へと足を向けた。
 激しい戦闘の爪痕が刻まれたままのグラウンドは、過日の戦闘を容易に思い出させる。

「レイはあの時確かに自分を『人間』って言った‥‥あれは願望だったのかなぁ‥」
 今となっては定かではなく確認しようもないことではあった。
「ケジメってさ‥‥生きてても出来たと思うよ‥‥。‥本音言えば、レイもシスも死んで欲しくなかった、な‥‥。‥‥シスも親しい人を失ったから、悔しくて、あたしらを憎んで‥‥」
 人間に近いとすら思えるほどに感情を顕わにしたバグアは、悲痛な叫びを残して消えていった。
 思えば思うほど大きくなるやりきれない悲しみは、涙となって零奈の瞳から零れ落ちた。

 そんな零奈にかける言葉を見つけられなかったリズィーはきつく瞳を閉じる。
 彼女はこれまでに、アフリカ、東京と場所を変えバグアを倒してきた。全ては皆を守る為に。
 しかし、それはバグアも同じであった。
 今際の際のシスの叫びを思い出す。
 自分がもっとも大切にしている姉を失う、それと同等の事があのバグアにあった。シスから大切なものを奪ったのは傭兵だったのだ。
 そのことに例えようのない想いが胸中に渦巻く。




「憎しみだけで、戦っちゃダメ! 言えた義理じゃないかもしれない‥けど、レイだって、こんな事望んでないはずだよ!」
 声を張り上げ、武装を解除したまま零奈が呼びかけるが、シスから返ってきたのは重い一撃だった。
「はぎっち! 下がって、もう駄目、あれはもう駄目なの‥‥」
「‥‥そんな、そんなのってないよ!」
 地面に叩きつけられ血に染まる眼前、力なく握った拳は何も砕けない。
 その場に蹲った零奈に追撃を加えようとするシスへと、銃撃が撃ち込まれた。
 地獄の番犬の名を冠した銃を手にした杠葉 凛生(gb6638)がフォローに動き、ゼンラー(gb8572)が盾を構えて前へと躍り出る。
 その間にリズィーが零奈へと治療を施し、肩を支えながら退く。

 攻撃を盾で受け止めたゼンラーは弾き飛ばされそうになるが、その場で両脚を広く開き、足先で地面を掴むようにして耐える。
「‥‥すまないねぃ」
 衝撃と鈍い痛み。反射的に漏れ出た唸りとともに口を付いたのは侘びの言葉だった。
(救う事の難しさを拙僧は知っていた筈なのに、ねぃ)
 手を差し伸べたいと思っていながら、バグアに自滅を選択させてしまったことに、ゼンラーは心に身体の以上の痛みを覚えていた。
(人類とバグアは元より相容れなかった? いや‥‥違う。シスは迷い子だと‥‥幼子だと、解っていた筈だ。だというのに‥‥)
 受け入れ、先に進む。自分達にとっては当たり前であるその事が出来なくなる程の痛みをシスは感じていた。そのことを見落としてしまっていた。
(孤独への埋没が、それに拍車をかけてしまったか。拙僧達の存在が、彼の心の安寧を阻んでいたか)
「‥‥すまん」
 分水嶺は越えた。
「結局、昔も今も‥‥俺は人から奪うことしかできないんだな」
 銃に弾丸を再装填しながら、凛生は低く呟く。
 シスの血の滲むような叫びが彼の胸を深く抉った。
 愛するものを奪われ復讐者となった。
 明らかに敵ではあるが、シスを自らの合わせ鏡のような存在として見ていた凛生。
 彼は幾多の戦場を渡り歩く中で仲間との絆、共感を得て、戦いの末の破滅ではなく、その先を、未来を望み見据えるようになった。
 それとは真逆に、幻影を追い、歩を止め、現実を捨てたシス。
 ありもしない幻に逃避するシスの目を現実に向けさせたのは『大切なもの』を奪った責任を果たそうとしてのことだったが、それは結局、呵責を逃れたいがための、己への言い訳だったのではないか、自分のためでしかなったのではないかと、凛生は苦々しく思う。
(笑えない)
 幻影を指摘しながら、自身の動機も欺瞞だったとしたら、笑えない。
 凛生は奥歯を噛み締め、装填を終えた銃を構え直す。

 形あるもの全てを滅ぼそうとするかのように、シスは見境なく暴威を振るう。

 出来うる限り全体を把握しようと、リズィーは一歩引いた場所から仲間を支える。
「いつも、危険な仕事でごめん‥。頑張って、メリッサっ!」
 多対一を崩されることのないよう、シスに踏み込ませないようにと超機械「ビスクドール」を使用し適宜に援護攻撃を加えて行った。
 最前から一歩も退かず、ゼンラーはただ耐えている。攻撃を受ける度に滴り落ちる血で足元は濡れていた。
 その背中に向けてリズィーが練成治療を施す。
「決着をつける‥‥頑張ろ、なのよー‥‥」
 少女の力添えに目礼で答え、ゼンラーは再び前を向く。
(渇いた孤独を癒すのは何だ。死生観か。レイの代替か‥どれも違う。‥このままシスは絶望の中で消えて行くのか。所詮は敵だったと切り捨てられるか)
 否。それは、否だ。
 少しの沈黙の後、腹の底からゼンラーが声を出す。
「‥‥シス。レイは、拙僧達に何を見た」
 彼は思う。
 シスは今とは違うものを見れたはずだったと。レイを通してレイが見ていたものを、シス自身が見れたはずだったと。
 それが拗れてしまった事を心苦しく思っていた。
 言葉が、意味が、終わりを選んだシスに通じることを願いながら続ける。
「お前さんに、何を託した。何を、遺した。──レイは、お前に先を望んだんじゃないのか!!」

     『‥‥できることなら‥怒り、嘆き‥‥憎しみ、そんなもの、覚えずに、生きて──』

「ぅぅうううわぁぁぁああああああああああああああああああ!!!」
 ゼンラーの言葉に、レイが残した今際の言葉、その願いと祈りを呼び起こされたシスは咆哮を上げる。
 それはもう、何の意味も伴わない叫びでしかなかったが。
 蓄えてきた力を解放してもなお、それを上回る傭兵達の攻撃にさらされ、限界を超えたシスの身体は崩壊を始めていた。
「泣いてる、声‥‥。もう、戻る事はないのに‥‥」
 痛ましさを感じつつもリズィーは、終止符を打つべく動き出した凛生へと練成強化を付与する。
(‥‥自分がシスを死に追いやった。死よりも辛い痛みを与えた)
 其れでも。
 其れでも己は生きている。罪を重ね続けようとも尚、生きたいと願っている。
 身勝手さを自覚しながらも凛生の生への欲求が、迷うこと無く銃口をシスへと向けさせた。
 凛生はその身勝手さ、エゴにまやかしの名前を与えようとはしなかった。救いも赦しもない。自身の存在の醜悪さに縛られ続ける劫罰として心の内深くに刻み付けていた。


 そして。
「‥‥彼の元に‥‥逝って、らっしゃい」
 バグアは消えていった。




「ただ、幻‥‥かぁ‥‥」
 診療所のメモに残されていた言葉。
 バグアとの戦闘を重ねるうちに、守るべき物は幻でしかない、と自分も悟ることになるかもしれない。
 リズィーはそう予感していた。
 だが、歩を止める気は一切無い。自分と同じ思いを抱くものを打ち砕く道だとしても、進んでいってみせると、少女は唇を噛み締めて顔を上げる。
「‥‥それは、恐らくレイの言葉‥‥だろうな」
 リズィーの呟きを凛生が拾った。
 少女達よりやや遅れて運動場に現れた男が二人。
「レイ自身のことか、シスのことか、愚かしい俺たち(人間全般)へ向けてか‥‥」
 諦めか、祈りか。
 凛生は息を吐きながら独り言のように呟いた。
 正解はもうどこにもない。
 過ぎ去ってしまったこと、失ってしまったことについては、記憶の内にある事象を探し繋ぎ合わせて解答を得るしかない。
 それがたとえ都合良く改変されていたとしても。自己満足でしかなく、己を納得させるための理由探しでしかなくともだ。
「‥‥後悔を抱く時はいつだって、遅いねぃ」
 嗚咽に震える零奈の肩を、慰めるように優しく叩くゼンラー。
「拙僧達は生かされている。死は救いでもある‥‥刻もう。シスの嘆きも、レイの願いも。誰かが掴み損ねた泡沫の夢を、この生の終わりまで」

 高台の運動場から振り返れば眼下にあるのは、初冬の緩やかな日差しに浮かぶ長閑な村。
 偽りであっても、幻であっても、そこに住む老人達に残されたのは、確かに暖かな温もりのある記憶だった。

「今は‥‥祈りを」

 山を越えてきた乾いた風が錦に色づいた木々を揺り動かし、ざわざわと音を立てながら駆け転がって行く。
 傭兵達の間を通り抜け、波紋のように村中に広がって行くその音は、鎮魂の響きを伴っているように思えた。