タイトル:rayマスター:敦賀イコ

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 不明
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/10/18 22:41

●オープニング本文



    人は何をもってしてその人となるのか。



 C・シスは恐怖していた。
 自らがヨリシロとしたレイ・ベルギルトが日を追うごとに別物になって行くことに対して。

 シスは能力者との戦闘の末に落命したレイ・ベルギルトに憑依し、彼の記憶も能力も完璧に取り込んでいた。だが
(‥‥違う)
 日を追うごとに、ヨリシロの身体を使って行動するたびに大きくなる違和感にシスは不安と焦燥を覚えていた。
 記憶も思考パターンも全て身の内に取り込んだというのに、シスとしてのレイ・ベルギルトはシスが知るレイ・ベルギルトとはまったくかけ離れたモノになってしまっている。
(消えてしまう。このままではレイが消えてしまう)
 時間が経てば経つほど曖昧になる『レイ・ベルギルト』
 シスは喪失の恐怖に脅えていた。

 異星人バグア。その多くは完璧であるが故に、他者を利用することはあっても必要とはしない。
 ましてや他者に依存することなど。

 だが、シスは年若かった。
 寄り添う者の存在、そこから得られる温もりと心の平穏を覚え、簡単に手放せるほど成熟していなければ枯れてもいなかった。



 長らく閉鎖されていた診療所に一人の医師が居ついたのは四月も半ば過ぎた頃だった。
「だいぶ楽になったぁんさ。これぁ先生のおかげだいねぇ」
「んー。ゴローさんが頑張ったからだーね。それじゃ、おだーいじに」
 杖を突きながらもしっかりとした足取りで歩きだす老人を、力の抜けたような笑顔で医師は見送った。

 群馬県の北山間部。朝九時に日が昇り、午後三時には日が沈む谷間。
 老人たちがひっそりと身を寄せ合って暮らす集落がそこにあった。
 他所の人間からすれば、彼らはなぜ、もっと便利で安全な場所に移動しないのかと疑問に思うだろうが、親から受け継いだ田畑、住み慣れた家、今まで生きてきた思い出の根付いた場所から離れることは、自らの人生を捨てるのと同じ意味を持つ。
 たとえ不自由であろうとも、危険であろうとも、命に関わろうとも去り難い。去ろうとも思わない。
 老人にとって『故郷』とはそういうものだ。
 売り物となった土地・家を買って住処を作る都市部の人間には、到底理解しえない感情ではあるだろう。
 ただ、そういった感傷だけではどうにもならないことも当然のように出てくる。
 日常生活、特に生き死にに直結する医療の問題は深刻なものがあった。
 そこへと、唐突に医師が現れた。彼は国際的に通用する医師免許を所持していたこともあり、長らく無医療の問題に悩んでいた村は一も二もなく彼を受け入れた。
 ここで役所なり関係機関なりが医師の身元をUPCに確認していれば、話はまた違ってきただろう。

 青年は村にただ一人残っていた中年の保健師と診療所を再開させる。
 届けられる医療品も少なく、設備もなく、出来ることは限られていたが、それでも、医療の知識を持った人間がいるという安心感は、この村にとって何物にも代え難かった。

 その日も、村役場の隣にある診療所には多くの村人の姿があった。
 気楽に集まり会話を楽しめる集会所としても機能している待合室には、体調を崩した人ばかりではなく、健常な人も混じっており、彼らはのんびりと茶飲み話に花を咲かせていた。
 今年の秋祭りはどうするか、そんな話題に差し掛かったとき、けたたましいサイレンが鳴り響いた。各所に備えられた防災無線のスピーカーから、キメラが現れ村に向かっているということが告げられ、村中に緊急避難が呼びかけられる。

 これまでにもたびたびキメラが出現してきたが、全村に避難指示が出されるのは初めてのことだった。
 東京解放を受け首都圏から追われてきた、UPC軍の駆除作戦や包囲網を突破してきた強力なキメラが接近している、という事態に村中が騒然となった。
 どうせ死ぬなら村で、と避難を渋る老人も少なくなかったが、若い者や家族のためにと説得され、役場に用意されていた数台の避難用マイクロバスに乗り込んでいった。

 医師は診療所にいた人々を誘導し、最後に足を挫いた老婦人を背負いバスに乗せると、自らはキメラが接近しているという山の方へと歩き出した。
「先生! はやく、こっちへ!!」
「何してんだぃ、早く、早く逃げるんだよぉー!」
 窓から身を乗り出さんばかりに手招きする老人たちの声に振り向いて、困ったような笑みを浮かべる。
「ごめーんね。オレ、バグアの方の人間だったんだ。でも、診察、治療にバグアの技術も危険な薬も使ってないから。心配なら、UPCの人に相談してーね」
「な、何を言ってるんです」
「キメラは集めて止めておくーよ。上の運動場、あそこなら壊れるものないもーんね。でも、そんなに持たないから、急いでもらってーね。そうだな‥シザー、いや、レイ・C・シスが現れたって言えば、わかりやーすいかな」



 シスはレイの記憶と思考パターン‥人格を呼び出し、レイとして日常生活を送り、それをなぞり記憶することで『保存』を図ろうとした。
 バグアが下等生物と蔑み、見下している人類と共に生活を行うなど、到底あり得ないことである。実際、シスは嫌悪と抵抗を抱いた。しかし、それ以外の方法を思い付かず、已む無く実行に移した。
 それからほぼ半年。
 レイの人格は順調に機能し地域に馴染んでいたが、シスはまだ全てを『保存』出来ていなかった。
 そこへとキメラが現れた。
 この事態にシスは自らの手でキメラを片付けてくることを考えたが、レイの人格は人類に正体を明かし、傭兵を呼べと告げた。
 予期せぬその行動に惑乱するシスをそのままに、レイの人格は放棄された運動場に足を向け、キメラを呼びつけ待機させると、一息ついた。
 雲ひとつ無い秋空を見上げた。
「‥‥シス。ごめーんね。オレは無責任だったーね。やるだけのことはやって、もういい、なーんて‥残されるヒトの事考えもしてなかったーよ。オレが死んで悲しむヒトがいる事なんて、考えもしなかった」
(何を言っている)
「オレに出来ることといったら、もう、キミと最期まで一緒にいることぐらいだぁね」
(何を言っている)
「オレは死人でキミは地球人類とは決して相容れない異星人。オレ達はここにいちゃいけない。だから、終わりにしよう」
「レイ、お前は何を言っている──!!」



●参加者一覧

瑞姫・イェーガー(ga9347
23歳・♀・AA
イスル・イェーガー(gb0925
21歳・♂・JG
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
加賀・忍(gb7519
18歳・♀・AA
ゼンラー(gb8572
27歳・♂・ER
獅月 きら(gc1055
17歳・♀・ER
蒼 零奈(gc6291
19歳・♀・PN
リズィー・ヴェクサー(gc6599
14歳・♀・ER

●リプレイ本文


 空は高く、そよぐ風には金木犀の香りが乗っている。
 斜面に拓かれた棚田では、刈り取られた稲束がはせがけにして干され、黄金の穂を揺らしていた。
 その中に雪の重みに耐えられるよう、どっしりとした構えの民家が点在し、それを繋ぐ畦道を曼珠沙華の燃える様な紅が飾っている。
 慎ましくささやかな光景を見下ろす高台に大きな運動場があった。村に不釣合いなそれは、バブル期にばら撒かれた助成金で造成されたが、その後の戦乱、過疎の流れで利用する者も維持する者もいなくなり、荒れるがままになっていた。

「いってっ!メリッサっ!」
 萎れた夏草に覆いつくされたグラウンドにリズィー・ヴェクサー(gc6599)の凛とした声が響く。
 彼女はメリッサと名付けた超機械を手に、村の建物へ被害を出さないようにと気を配りながら、蜥蜴型キメラを追い込んで行く。
 前衛として軽快に動いていた刃霧零奈(gc6291)が電磁波に追われたキメラを打ち据え、急所を砕く。苦し紛れに振り回された尾を避け、さらに誘い出すように動く。
 それに釣られて動いたキメラを加賀・忍(gb7519)の大太刀が貫き、切り裂いた。

 前衛をすり抜けて出てきたキメラへと獅月 きら(gc1055)が制圧射撃を加える。
 彼女は自己の能力を把握し、前には出ず、一歩引いたところでの援護を積極的に行っていた。
 動きを止めたキメラをリズィーの電磁波が焼き焦がし、杠葉 凛生(gb6638)の銃撃が撃ち抜く。

 キメラと同時に動くのではないかと懸念されていたバグア、レイ・C・シスは、動かない。
 ゼンラー(gb8572)はそれを気にかけつつも、盾を構え果敢に前衛に立ち敵の圧力から後衛を守っていた。

「援護行きます‥後ろは任せて」
 イスル・イェーガー(gb0925)が援護射撃を用いて、前に立つ仲間を支援する。
 それを受け二刀を構えた瑞姫・イェーガー(ga9347)は攻撃、移動手段を奪うためキメラの手足の関節を狙い刀を振るう。
 時間差で振るわれた刀が、再生を始めた傷口を抉り広げる。
 のた打ち回るキメラの尾を跳ね避け、刀を下段から巨体に引っ掛けるように振り上げ宙に浮かせ、一瞬無防備になったキメラの頭部に切っ先を突き立て地面に叩き付ける
「グギギギギ‥ごろずす。ごろず」
 キメラの返り血を浴びて笑う瑞姫。理性的な面が失われて見えるそれにイスルが気付く。
 ゼンラーが結果的に彼女を救う事に繋がれば、と瑞姫を狙う敵を側面からの攻撃によって牽制する。
(危なっかしいが‥無理もない、か)
「っ、瑞姫‥!」
 咄嗟に駆け出したイスルは、瑞姫を後ろから抱き締め止め宥める。
「瑞姫、そんなんじゃ駄目だ‥!落ち着いて、僕を見て‥!冷静に‥‥そして、静かに怒りながら思考するんだ‥そうしなきゃ、勝てないよ」
 イスルの呼びかけに瑞姫は正気を取り戻す。
「ごめん‥独りじゃないんだ、もう。‥‥これじゃ駄目なのにね」
 戦闘前、瑞姫は狂気飲まれた歪んだ笑顔を見せない様、イスルに語っていた。
「イスル、きっとボクは、冷静でいられなくなる。だから‥‥その時はお願い」
「‥‥大丈夫だよ、ちゃんと止めるから。僕は瑞姫のパートナーだからね」
 イスルはそれを受け、止めると約束していた。
 対峙する事になる敵、バグアとの遭遇はイスルにとっては初めであったが、瑞姫のために少しは手伝える事があればいいと考えていた。


 キメラの掃討が進んでもバグアは動かない。
 まるで、この世の一切から遠のこうとするかのように、隔絶した静寂さを漂わせ、佇んでいた。


 忍の瞳に嫌悪と苛立ちが混じっていた。
 バグアの行為は彼女にとって「気に入らない偽善の最たるもの」でしかなかった。
 その手を血で浸して愉悦に楽しみそうな輩が身を偽り、何も知らぬ人々の中に潜んで交流する。
 そんな、傲慢とも思える行為に対して忍は、剣戟の音と鉄血の匂いを響かせ、バグアに自己の立ち位置と暴虐な振る舞いを自覚させようとしていた。
 現状を打破し、降りかかる危険を突破し、人の容をしたバグアを斬り、己が力の糧とし行く末に通達すために。
 リズィーの練成強化を受け、忍はさらに刃を振るう。
 突出や挟撃を避けるために流動的な状況を可能な限り把握し、目標を定めると、キメラの死角を突いて一瞬のうちに懐へと飛び込み、硬鱗に覆われた背に鱗の隙間を見出し遠心力を利用した一撃を叩き込む。
 起こった反撃を疾風のように回避し即座に退く。
 一撃離脱を繰り返す彼女へ飛び掛かろうと身を屈めたキメラが、白く淡い光に包まれ、その動きを止めた。

 きらの歌声がキメラを呪縛する。
 透き通った声を響かせながら彼女は思う。彼は答えを求めに来たのではないかと。
 件のバグアが関連する報告書全てに目を通し、きらは、なぜ今になってバグアは傭兵を呼んだのだろうかと疑問を抱いていた。
 シザーが傭兵によって打倒されてから今まで、沈黙していた時間は決して短くは無かった。
 アンチテーゼは、未だそこに在る。
 理解できなかった事と理解しようとしない事とは違う。怠惰、傲慢、責任の放棄、それは、やがて罪になる。

 零奈も報告書を読み、思うところがあった。
 バグアは「害を与える存在」であったから、零奈はそれと戦い、打倒し、力なき人々を護ってきた。
 しかし、今回の件、発端と思われる強化人間の行動は、是非善悪は別として「人を害する」ことを目的としたものではなかった。
 真意を本人に問いただし、自分の中での答えを見つけ出したいと強く思った。
 その為にはまず邪魔者を排除しなければ、と拳を握り、キメラに立ち向かう。


 そして。

 キメラをすべて排除し、じり、と距離をつめて包囲する傭兵達にバグアは笑いかけた。
 この世から遠のいた穏やかさに満ちていた。

 凛生は違和感に眉を顰める。
 これまでのC・シスであれば、能力者を認めたら取り乱し、攻撃行動に出るはずだが、一向にその気配は無い。

「レイ、お前はずるい、好きなことして、死ねて。生き返りやがって。どういう風の吹き流しだよ‥そうか医者だったけか、尚更気に喰わない」
 今にも掴みかからんばかりの勢いの瑞姫をイスルが止める。
「貴方と関わるのは初めてだけど、相棒が色々あるようだからね‥‥」

 ゼンラーは依頼の要綱にあった、バグアがシザーと名乗ったということを気がかりにしていた。
「‥‥お前さん」
 そして、実際に対峙して見て目の色が違うと思った。憎悪に彩られていたC・シスとは。
 医療活動に従事していたという一人の医師が、C・シスと結びつかなかった。だが、ゼンラーが知っているシザーとも違う気がした。

 零奈が武装を解き、敵意と攻撃する意思が無い事を伝えながら一歩進み出る。
 戦う気は全く無い。たとえ、攻撃されても絶対に反撃はしない、という強い覚悟を持っていた。
「初めましてだよね? あたしは刃霧零奈、判ってるだろうけど傭兵だよ。あんたに聞きたいことがあるんだ」
「ん? なーにかな?」
 バグアは気の抜けた口調で首を傾げる。
「なぜ、この村の人を助けていたの? 過去の報告書から人を救いたいってのは感じたけれど、今回は『死をもっての救済』じゃなかったよね? ここにきて、どうして『生を繋ぐ救済』にしたの?」
 ゼンラーの感じた違和感はそこにあった。
 見捨てられた人々に死の解放を与えていたシザーが、ただ救うために動いていたという。
 それはリズィーも不可解に思っていた点だった。
 バグアと人間は決して共存できない。だというのに
「人を助けて‥何を、成したかったの? 此処で‥‥過ごして、貴方は何か変わった‥‥?」
 バグアが何を求めているのか、その心は全く知り得なかった。
 故に、リズィーは知ることを欲した。
 多くの人を護る為に戦う。リズィーはそれこそが傭兵としての役割であると考えている。
 しかし、今回に限ってバグアは人の営みと安寧を壊さなかった。そういった相手と敵対する必要があるのかどうか。

 傭兵達と会話を重ねるバグアの姿にきらは、誰にも邪魔されることのない、高次元の域でレイ・ベルギルトという人間とC・シスというバグアは二人でひとつになったのだろうと思った。
 報告書を読んだ限り、シスというバグアは憎悪の塊であるように思えたが、今、きらの目前に居るバグアから憎しみは一切感じられない。
(レイ‥いえ、今この世に在るのはシスのはず。これが彼のアウフヘーベン‥‥? これは“彼”が人類に向けた最期の問い‥なのでしょうか‥)
 極限状態に置かれた人々の存在、永き戦いの果てに疲弊してゆく人類。そのことを強く訴えようとしていたレイ。
(“彼”の存在は、傭兵達の心に大きな波紋を遺した‥‥)
 この無医村も、何かを力で取り戻した先にある皺寄せも、傭兵がこの地を訪れることになった事も。
 その全てに意味があり、自分達が成せる、成さねばならないことがあるのではないか。
 今の自分に出来ることは、何か。
 きらは出来事を真正面から受け止め、考える。

「今のオレはシスが呼び出した『レイの人格』でね。何のためにこの村にいたかって、実も蓋も無いけど、シスが記録をとりたがっていたからだぁね」
 自己のための行為。慈善的な行動となったのは成り行き、結果でしかない。
「そう‥‥理由なんて、無いんだ。自分に出来ることがあったら、出来る範囲でやってしまうのが人間ってもんじゃーあないかい」
 力なく自嘲気味に笑うバグアにゼンラーは思った。
(シザー‥‥いや、レイ。お前さんは、救われていたのかい‥)
 バグアがここにいるのはレイの執着が影響しているのか。真相は解らないが、何かを願ったのは確かなことだろうと。
 零奈は続ける。
「なぜ、正体を明かして留まったの? 黙っていれば、一般人として逃げる事もできたでしょ? 何で態々正体を明かしたの? ‥もし『死ぬ気』だとしたら、あたしは気に食わないね。死んで償いのつもり? 自分勝手に終わるつもり? そういうのは、ただの逃げでしかないじゃん。そんなの、あたしは絶対認めないよ!」
 逃げるな、と声を荒げる零奈にバグアは困りきったような笑みを浮かべた。
「これは手厳しーいね。でも、ケジメは必要じゃなーいか」
「もうやめろ。シス」
 黙していた凛生が重々しく口を開く。
「シザーは、レイは死んだ‥‥俺たちが殺した」
 刻みつけ、言い聞かせるようにはっきりと告げる。
「死者は、蘇らない」

 呼び出した『人格』に従い行動を真似たとしても、他人に成り代わることなどできはしない。
 共に在ることと、その人そのものになることは違うのだ。
 それは意思の無い幻影でしかない。
 それはシスだけでなくレイをも殺している。
 痛みから逃げ、死を受け入れないことで、その人の意志を、存在を、蔑ろにし否定している。
 嘗ての自分とシスとを重ねあわせ、凛生は目線をわずかに下げた。
 終わりにしようと言ったのは、レイの思考かシスの願いか。凛生にはわからない。
 ただひとつ、はっきりわかっていることといえば、自分は過去にレイを奪い、そして今にシスを殺そうとしていることだけだった。
(死を与えるならば‥シザーのように、苦しまずに逝かせるのが救いなのか?)
 シザーに、救いたいなど驕りだと否定した。罪悪感による罪滅ぼしでしかないと。
(‥‥違う)
 救う救わないではない。己はレイを奪った責任を果たさねばならない。敵の命を奪った犠牲の上に生きていると、心に刻むと決めたのだ。
 凛生は顔を上げ、シスを真正面から見据えた。
「時は残酷で優しい。記憶は薄れ、命がある者は変わり続ける。変化を止めた過去の亡霊は、意志を持たない」
 例え痛苦を伴おうとも、死者を悼むことが、死者にとっても自身にとっても救いになるのではないか。生者は死者によって生かされているのだから。
「‥‥逃げるのは、もう終りにしよう。お前も、俺も」
 シスにレイの死を受け止めさせようとする凛生の言葉に、ゼンラーはひとつ納得していた。
 大切なものの死を認めたくないのだろう。と。
(レイの遺した、迷い子なんだねぃ)
 このままではどうあっても、どんなことをしても、満ち足りることはない。そのことをシスが自覚すれば、何かが動くはずである。
「‥‥それを座して見逃すのは‥。拙僧は、いやだねぃ。レイ」
 己の掌が届く限り救うと決意していたゼンラーはわずかに進み出る。
「‥‥レイ、いや、シス。お前さんの望みは、何だ。何を、願った」
 まず、彼を知るための鍵は、そこにあるのではないか。として。


「‥‥煩い!! 煩い煩い煩い!」

 先ほどまで、確かに在った穏やかな空気が霧散した。

 シスの意思から乖離したかのようなレイの人格。
 終わりを求める言葉にしても。シスが激しく憎悪している傭兵を前にしても、レイの人格を呼び出したシスは揺るがなかった。
 それはひとえに、レイであれば、レイならば、レイとして、それだけを考え、行動したシスが成したことだった。そうであっても、『自分』とは違う存在である『レイ』がここにいるという幸福な心持に酔うことが出来た。

 だが、どうあってもそれはレイではない。
 シスに微笑みかけ、童話を語って聞かせた存在にはならない。

「お前達は、また、私からレイを奪うのか!」
 取り戻せたと思っていたそれを、幻影だと断言され、目を逸らし逃避しているだけだということを突きつけられ、シスは、頑是無い子供のように叫んだ。
 シスは実際、子供であったのだ。知識、能力だけはあっても、その心はただの、孤独な子供だった。
 それを看過し『相応』に接したのはレイ・ベルギルトだけだった。
 獣ですら潤いと満足とを知れば飢えと乾きを嫌い、満たされたいと望むようになる。ましてや子供、バグアとなれば。

 今のシスに理屈道理などはない。
 愛するものを奪われた怒りと悲しみ、絶望、傭兵に対する憎しみ。止め様の無い負の感情がシスに限界を超えさせる。
 蓄えてきた全てを開放するバグアとしての最終手段。
「私は、レイがいればそれでよかった! なのに、なのに、お前達はッ!」
 変容して行く異星人の咆哮、嘆きが響き渡った。





 激闘の末に、傭兵達はバグアを退けた。
 崩れ去り、風とともに光の中に消えたバグアを彼らは見届けた。

 その後に診療所の調査を行ったリズィーは、メモ帳の端に記された言葉を見つけていた。

『どれだけ想いを燃やしても、どれだけ行動をおこしても、その全ては幻だ
 光と共に消え去るうたかたの夢だ
 だからといって、最初から何もしなければ良かったとは思わない
 ただ、幻なだけで』