●リプレイ本文
●メロン記念日
「しかし、どうしてメロンなんだ?」
校舎前でホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は至極真っ当な疑問を口にした。
錆びた艶のある声色が今日は困惑に揺らぐ。
「これはアレで御座いますね。ツッコんだら、負けという」
ジェイ・ガーランド(
ga9899) がそっと呟く。
英国紳士と書いてジェントルマンと読む。そんな空気を体現している彼は屹然として言い切る。
ツッコみません。ツッコみませんとも。彼の誇り高き矜持が常識をぶっちぎった存在に対しある種の拒絶を示した。
「メカが脱走したのですか?一刻も早く捕獲することにしましょう。衝撃に弱いということですので慎重にいきませんと」
古郡・聡子(
ga9099)はたおやかな調子でことの重要さをしっかりと突いていた。
見た目に誤魔化されてはいけない。この依頼で最も重要な事は搭載されている衝突回避機構を無事確保することなのだ。
だが、メロン。走り回る巨大メロンのインパクトは絶大だった。
「脚線美と笑いで負けてたまるか!」
とは 桂木穣治(
gb5595)
何か完全別方向に闘志を燃やしている。これを特に意識せずにやっているのだから天然恐るべし。
「爺様‥雫は立派に御勤めしているぞ‥」
亡き恩人への想いを胸に御巫 雫(
ga8942)拳を握り空を見上げる。
いつものメイド服に、手にはねこぐろーぶ、頭上には猫のヘアバンド。ねこぐろーぶは割れ物注意のメロンに対する緩衝のための装備である。そしてにゃんこモードであるなら耳も付ける。それが彼女の正義。
その隣で浴衣姿の鳥飼夕貴(
ga4123)が白粉をはたき、紅を差しなおして気合を入れていた。
彼はいつ、何時であろうとも美を追求し維持することに余念がない。
「さて、こういうネタは盛り上げて遊ばんとな‥」
顎鬚を撫でながらグロウランス(
gb6145) はぼそりと呟く。この状況を最大限に楽しもうという姿勢があった。彼は無表情ではあるが遊びを知らない朴念仁ではないようだ。
個性的な面々が集まる中、メイド服のフリルを揺らしながら少し遅れてやってきたのは皇 流叶(
gb6275)
「ん、同業者の方だろうか。どうぞ宜しく頼みます」
折り目正しい流叶の挨拶に傭兵達は「今日一日よろしく」と和やかに挨拶を交し合った。
●道化師のギャロップ
本校舎、と一口に言っても生徒数5千人を超える学園の校舎なのだからその規模は半端無い。
傭兵達は手分けしてメロンの捜索にあたることにした。
無線機で連絡を取りつつ各棟を捜索。本校舎建物からの出入り口が完全に閉められているかを確認しながら進み発見次第誘導、運動部棟と文化部棟の間の渡り廊下に追い込む、と作戦はこうだ。
防火シャッターを下ろして退路を塞いで行くことついては、学園側の許可を取り付けている。
「メロンvs能力者、捕縛所要時間トトカルチョをやるぞ、学生共!」
捜索の合間、教室を一つ貸切にしてグロウランスは賭博を持ちかけた。一も二もなく飛びつく生徒達。
通常、学校関係者に見つかればこっ酷く叱られるだろうがここはカンパネラ。この事態に際し、大なり小なり賭け事が行われるだろうということを見越していた生徒会執行部は、金銭ではなく学生食堂の食券を賭けることを条件としてこれを容認していた。
様々に出される予想票を取りまとめながらもグロウランスはメロンが通過するだろう廊下にトラップを仕掛けることを忘れなかった。
通行阻止というよりはバッテリーを消耗させるように迷路状に机や椅子を配置し、メロン用の高級肥料を入れた巨大植木鉢も配置していた。天井には紫外線ライトを吊るし、農作物の生育にはもってこいの環境を簡易に作り出している。メロンが肥料に釣られて鉢に入ったらネットを被せ確保するという算段だった。
その時、教室の外で何かが高速で動く気配がした。急いで廊下に出たグロウランスの目の前をメロンが走り抜ける。
驚異的なスピードと思った以上に滑らかな動きで障害物を通り抜けて行くメロン。肥料の入った鉢の前で逡巡を見せたが、結局障害物とみなしたのかスルーして走り去っていった。
グロウランスはあまりに一瞬の出来事にポカンとしていたが、はた、と我に返り、無線機を取り出したった今メロンが目の前を通過していったことを仲間に伝え、防火シャッターを下ろし教室棟Aを封鎖すると捕獲予定地点へと急いだ。
「高級果実如きが‥なかなかやるっ」
相変わらずの飄々とした無表情だが、声色はどこか楽しそうだった。
連絡を受けて大きな虫取り網を手にして教室棟Bの1階廊下中央に仁王立ちしたのは流叶。教室の扉や窓ガラスをぴったり締め切り、メロンを待ち受ける。
廊下にはバナナの皮、潤滑油が流叶のいる中央を除き等間隔に配置されている。これを突破するにはハードルを越えるように規則正しい跳躍を繰り返さなければならない。跳躍の滞空時を狙う作戦だ。
また、流叶の手にはシグナルミラーが握られてもいた。
植物であるなら光合成のために光のある方向へと進むだろう、との推測から傭兵達はミラーの反射光を利用しての誘導も考えていたのだ。
やがてしゃばだばとメロンが走ってくる。
余裕を見て距離を置き流叶はメロンにミラーを向ける。光を当てられたメロンは「うおっ、まぶしっ!」とは言わなかったがそんなリアクションを示した。ミラーの角度を変え光の焦点をずらすと足を止め、焦点を追いメロンは上下左右に動く。
推測の通り光を追いかける性質があるらしい。
その様子を手早く無線機で仲間に伝えると、ミラーと無線機を仕舞い網を両手で持つ。
メロンは光が消えたことによりしばらく所在無げにしていたがやがて爆走を再開した。
「さあ!お縄に付くが良い!」
流叶の目論見の通り罠を規則正しい跳躍を繰り返しながらメロンは進む。
中央で待つ流叶の目前、虫取り網が届くか届かないかの距離でメロンは大きく跳んだ。
「なっ!?」
勢いそのままにメロンは壁を斜めに走り登り天井を疾走してまた壁を下るという超常的な動きを見せて罠と流叶を通過していった。
あまりにも反則的なメロンの動きに唖然とするが、すぐに気を取り直す。
「くっ、突破されました、2階へと向かうようです、後方を閉鎖しつつ後を追います!」
防火シャッターを下ろし二階へと駆けだす流叶。
教室棟Bの2階にいたのは穣治と大鐘楼の閉鎖を終えて合流した雫。メロンを追いかける役目を穣治、移動しつつ退路を断つ役目を雫が受け持つ。
「さぁ来いメロン!」
ややギリギリではあったが障害物配置も完了しており準備は万全だ。そこへとひょっこり顔を出すメロン。
穣治は素早く愛用のカメラ型超機械を向ける。
「こんな面白い写真、他じゃ滅多に撮れないからな」
メロンはカメラを向けられとっさにポーズをキメた。ポーズといっても両脚の角度を変える程度なのだが。
シャッター音が鳴るたびに「これか?」「こうか?」「こっちの方がいいか?」と小器用に巧みな足芸を見せるメロン。
穣治がカメラを下ろそうとするとメロンは走り出そうとする。カメラを向けるとポーズをキメる。ポーズをキメてる間は静止する。
穣治は「このまんま捕まえられるんじゃね?」とカメラを向けたままじりじりと近付いていったが、いつまでたってもシャッターを切る気配のなさに不信を感じたメロンは写真モデルを諦めて走り出した。
罠地帯に入ってもメロンは走りを止めない。
雫の仕掛けたバナナの皮に始まりバケツの洗礼、最後にタライというお約束劇場を空気を読まずに全てを回避。
「ふつくしい‥中々優雅に舞うではないか。まこと、天晴れである」
あまりに鮮やかに清々しいまでに潔く回避して行く姿に雫は嘆息した。
その代わり、といっては何だがメロンを追いかけてきた穣治がお約束劇場の舞台に上がっていた。
バナナは片っ端から踏み転げ立っては転げ、どうにか立ち上がった矢先に何かどろどろした液体の入ったバケツを頭から被り視界を奪われたところに仕上げとして金タライが直撃。
がらがらと音を立てて廊下に転がる金タライ。そして穣治。
サイズの合わない制服の背中はまた破けていた。煤けた背中に漂う哀愁とやりきった感。
「‥‥さすがだ、桂木」
このリアクション魂には敬意を表さずにはいられない。
彼の勇気と行動に敬礼。
次にメロンが現れるのは文化部棟2階。
大鐘楼、教室棟A、Bは既に閉鎖したとの連絡が入っている。また、1階は夕貴が見回っており出入り口の封鎖は完璧だった。
聡子と共に2階を手分けして捜索に当たっていたジェイは襟を正す。
「こちらは現在、異常なし。聡子君、如何で御座いますか?」
当の聡子は将棋部のエース同士の緊張感溢れる対局を興味深そうに見学していた。
ジェイの呼びかけに応えようと無線機に手をかけると生徒達がざわめいた。
生徒達が顔を向けた方向に目を向けると長く続く廊下の先から、五月の爽やかな風に背中(?)を押されるようにメロンが駆けてくる。逆光ソフトフォーカスのきらめきエフェクト付きで。
「あ、まってー!!見つけましたっ、メロンですっ」
無線機でジェイに呼びかけながら聡子は目の前を走り抜けていったメロンを追いかける。
「デ‥げふんっ‥メカメロン発見!!」
走り来るメロンとそれを追いかける聡子が目視で確認できる距離にまで近づくと、やおらハリセンを取り出しメロンを追い立てるように振り回した。
「お前の相手は…あっちだっ!」
メロンをハリセンで予定方向へと誘導すると後ろに回りこみ、両手を横に広げて廊下を塞ぐように立つ。それを合流した夕貴が手持ちのミラーによる反射光で援護、その間に聡子は防火シャッターを閉めて退路を断った。
目論見どおり運動部棟へと向かうメロンの後姿を見送り、三人は目標が運動部棟へと向かったことを仲間に伝えた。
文化部棟と運動部棟を繋ぐ渡り廊下。
文化部棟側のシャッターを閉めて渡り廊下を進む三人がその先で見たものは、障害物を懸命に乗り越えるメロン、SASウォッチを覗き込みながらその様子を冷静に観察しているホアキンと学生の姿だった。彼らはバッテリーが切れるのを見計っているらしい。
話は少しさかのぼる。
「凄いメロンだ‥メカでなければ美味しく食べられたのに‥」
ホアキンは運動部棟の1階から、出入り口を封鎖しながらメロンの探索に当たっており、次々と寄せられる仲間からの情報に瞑目し眉間を指で押さえた。
良く熟した高級果実の見た目にしかも香りつき。これがメカでさえなければ‥と思うのは人として当然の欲求だろう。丁度おやつ時、甘いものが欲しくなる時間帯でもあった。
だがそれはそれ。ホアキンは気分を切り替え顔を上げる。
「面白メロンがどこまで動き続けられるか、一緒に見物しよう。手伝ってくれ」
通りがかった運動部員に協力を求めると、転倒を考え床に体操マットを敷いた上で用具倉庫から運び出した陸上のハードル、体操の跳び箱などを設置し障害物競走のコースを作成した。
気品と優雅ささえ感じさせる立ち振る舞い、クールに的確な指示を下すホアキンの姿は鮮烈な印象を学生達に与えた。
「あ、アレじゃないッスか!?」
生徒の指差す先には徐々に近付いてくる緑の球体がいた。
「あぁ、アレだな。ありがとう助かったよ」
障害物設置に手を貸してくれた生徒達に微笑みながら礼を述べる。
「メロンさんこちら、っと」
そして、ミラーを巧みに使いメロンを障害物ゾーンに誘い込んだホアキンはSASウォッチに目を落とした。
と、こうして今に至る。
やがて校舎内に散らばっていた傭兵達が続々とこの場に集まってきた。
●逮捕だメロ〜ン!
「追い込まれた!」と気付いたときにはもう遅い。逃げ場なし、まさに袋のネズミというやつだった。
焦燥を表現するかのようにぷるぷる震えるメロン。
「まずはひっくり返しましょう。足を使えなくすればそれだけで走れませんし」
ジェイがゴールネットを手にメロンを追いかける。
じりじりと距離を狭められメロンはあわあわと落ち着きなく反復横飛びを繰り返す。
「捕まえたっ♪」
ヘッドスライディングで果敢に滑り込んだ夕貴は、メロンの右脚をがっちりと掴んだ。脚さえ押さえれば、との思惑だったが、メロンはそこで根性を見せた。夕貴をずるずると引きずりながら障害物と傭兵達との僅かな隙間を見つけて前進を続ける。
引きずられるうちに帯が緩み、身につけていた浴衣がはだけ夕貴は褌一丁となってしまったが、日本髪とメイクだけは決して崩れることがなかった。お色気とは脱げばいいってもんじゃあない。乱れた服と乱れない顔、髪、その美しさのギャップこそが滲み出るエロスに繋がるのだと、身を持って証明しているようだった。
そんな夕貴を引きずったままのメロンをキャッチしようとする雫と聡子、そして流叶。
女子三名によるキャッチ・ザ・メロン。青果SOS。ある意味うらやましい。
メロンは成人男性一人を引きずっているために移動速度が落ちており、彼女らは簡単に動きに沿うことが出来た。
「よく見たら、なかなか可愛い外見であるな。左手は添えるだけ‥‥」
「さぁ、メロンさん、こちらへ」
優しい眼差しを向け、やわらかくそっと抱きしめメロンを確保しようとしたその時
「いい加減捕ま‥‥えぅああぁぁ!?」
流叶がマットのみみに躓きバランスを崩した。
ぐらりと傾くメロンと女子、巻き込まれた夕貴。
咄嗟に助けようとグロウランスと穣治がメロンと床に敷きこまれたマットの間に割って入る。
だが、あまりに咄嗟だったのと体勢が悪すぎたのが重なってメロンを支えきれず、6名+メロンは縺れ合って倒れこんだ。幸いなことに、衝撃は軽減されたのかメロンは割れずに健在であった。
それぞれメロンに潰されたり、挟まれたり、乗っかられたりして短い悲鳴とうめきをあげる。
好機到来、とメロンは包囲網からの脱出を図りごろごろと転がって移動を始めた。
「く、待てぇいメロ〜ン!」
制止の声を笑うかのように「あばよとっつぁ〜ん!」と転がるメロンだったが、その先にあったのはジェイが機転を利かせて用意しておいた大型ポリバケツだった。
それに頭(?)からメロンは突っ込んだ。
よっこいしょとバケツを上向かせれば口から両脚だけが伸びている。有名な映画のワンシーンを再現したかのようであった。
メロンは悔しげにしばらく脚をジタバタさせていたが、やがてぴたりと動かなくなった。
「‥‥大したスタミナだ。よく頑張ったな、メロン」
ホアキンが労わりの声をかけ、走る姿勢をとったままのメロンの脚をポンポン、と軽く叩く。
こうしてお騒がせメカメロンは傭兵達の連携と機転によって無事に確保され、研究部へと送り返された。
後日、校内新聞には穣治の撮ったメロンの写真が脱走の経緯と共に掲載されたという。