●リプレイ本文
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渺茫たる氷原。
極北の大地。
異星の侵略者から開放されてなお、人を拒む厳しい大地。
「鉄道、か。繋がると良い、と思うよぅ」
移動中に見かけた建設作業員の姿を思いだし、ゼンラー(
gb8572)はしみじみと呟いた。
「この土地は、寒い。‥手を取りやすくなるのなら、それに越した事はないよねぃ。それにいつか。普通の人々が使えるようになれば‥良いよねぃ」
基地を作るための鉄道ではあるが、それは復興の礎ともなる。
「そのためにも、一頑張りしないとねぃ」
坊主頭をつるりと撫で、依頼の現場となるトンネルの入り口に目を向けた。
チューレ基地跡の巨大なクレーター。
その片隅に開いた穴から巨獣の息吹のような音が漏れ出ていた。
気圧差から生じる風が低く空気を震わせ続けている。
「寒ぃ、よし、気合いれるぜぇっ!」
「こういった依頼でご一緒するのは初めてですね、サウルさん。よろしくお願いします」
信頼している戦友、音桐 奏(
gc6293)との共闘にサウル・リズメリア(
gc1031)が気炎を上げ、奏がにこやかに応える。
「しかし‥鉄道計画の妨害が目的とは思えませんね。ここに何かがあるのでしょうか?」
ふと、奏が訝しむが、敵の狙いは何であるのか、判断を下すには材料があまりにも乏しい。
「いずれにせよ障害を排除する必要がありますね」
「あぁ、虎穴に入らずんば、ってやつだな」
サウルと奏は顔を見合わせ、不敵に笑いあった。
トンネル内部へと足を踏み入れるとそこは、まったくの闇というわけではなく。どのような技術が用いられているのかはっきりとしないが、薄ぼんやりと天井面の壁が光を放っていた。
ただ、その光量は低く、所々が大きく剥がれ落ちており、周囲は薄墨を刷いたように暗い。
杠葉 凛生(
gb6638)とゼンラーが手にしているランタンがなによりの助けになっていた。
時折、頭上から細かい砂が落ちてくる。
かつて、激しい戦闘が行われ、その後そのまま放置されていた場所であるだけに、崩落の危険性は高い。
ゼンラーが事前に収集していた情報、過去の交戦履歴と未確認領域をもとに探査すべき場所をある程まで度絞り、短時間での行動を是としたが、
「キメラの組織的な運用‥か。だとすると、未確認地域の敵もかき集められて相当な数の敵がいるかもねぃ」
情報から導き出された予想は、傭兵達の表情を曇らせるに十分だった。
盾を構え、ランタンを掲げるゼンラーを最前に、続く凛生とサウルは少しの異変も見逃すまいと瞳を光らせる。
凛生はキメラの痕跡、足跡や体毛などが残されていないかを注意深く探り、サウルは物陰、枝道からの奇襲を警戒する。
各々が慎重に歩みを進め、やがて、会敵予想地点にさしかかる。
そこで凛生は明らかなキメラの痕跡を発見し、加賀・忍(
gb7519)は大太刀の鯉口を切っていた。
緩やかなカーブのその先に生物、キメラの気配が濃密に感じられる。
大量の生物がめいめいに蠢きざわめく独特の気配。
傭兵達が得物を手にしたと同時、巨大な白いネズミが雪崩を打ったように転がり込んでくる。
アイスマウスの突撃を合図に戦端が切られた。
シン・ブラウ・シュッツ(
gb2155)が即座に周囲の状況を把握し、仲間のエミタへと情報を伝達する。
「塵がいくら積もったってなあ!」
シンから齎された情報を元にサウルがマウスの出鼻を挫く。
下段回し蹴りで勢いを止め、蹴り終わると同時に、もう片方の足を蹴りあげる。フランスで紳士の護身術として広まった格闘技、その技を惜しみなく披露しながら、マウスを文字通り蹴散らして行く。
順調にキメラ駆除に動き出した傭兵達。そこへと砲撃が襲い掛かる。着弾した弾丸は地面に小さなクレーターを作り出した。
生身の人間を対象としたような武器の威力ではない。だが、トンネル内部。ワームが活動できるような広所でもない。
「――マグナムキャット、か」
バグアとの大規模戦闘の折に度々投入される対KV用キメラに思い当たり、凛生が苦々しく口にする。
マグナムキャットに埋め込まれている大砲は元々KVを攻撃目標としており、生身の人間のような小目標を狙うようには出来ていない。
打ち出される砲撃は傭兵達を掠ることもなかったが、トンネルの壁面や天井に向かって盛大に爆ぜていった。
むしろ、砲撃が向いている先は傭兵達ではなく――
「生き埋めにしよう、というつもりか」
目の前のマウスよりマグナムキャットの排除を最優先とすべきとサウルが駆けようとするが、マウスの群れに行く手を阻まれる。
一匹が倒されればそこへとすぐさま後詰めが入り込み、傭兵達の前進を拒む。
単なるゴリ押しであるが、それが有効に働くほどの数の差があった。そして、キメラの死骸はそのまま障害物にもなる。
「防御力の高そうな甲虫も混じっている‥差し詰め防御担当といったところかねぃ」
マウスの体当たりを盾でさばき、群れの後方に目を凝らしたゼンラーがまた別種のキメラを発見する。
「‥ほぉ。存外、上手く回るもんだねぃ」
ゼンラーは低く唸った。
こういった場合、大概は数さえ減らせば一気に瓦解するものだが、その前にトンネルが持つかどうか。
波のように押し寄せるマウスの群れのせいで、その後ろにいる甲虫‥ラージビートル、マグナムキャットへと攻撃が届かない。
「――クソッ」
「支援は任せてください。確実に当てます」
奏がサウルの動きに合わせて援護射撃を開始する。
アイスブレスを吐き出そうと姿勢を低くし、口を開いたマウスに銃撃が浴びせられる。そこへとサウルが蹴撃が加えられる。
素早く動き回るマウスを追って銃口を動かす奏。
「足を止めてくれれば一番楽なんですがね」
最前にて盾を構え、手傷を負った仲間に治療を施しながら、適宜、超機械による攻撃を加えて行くゼンラーは、積み上がるキメラの屍に憐憫を見出し眉をひそめる。
(‥どこか悲しいねぃ。駒のようではあるが――追いつめられ、必死に牙を剥く、キメラ達は。どこか、人類に似ている)
兎に角マウスの数を減らすのを急務とする傭兵達の中で、忍は一際冴えた動きを見せていた。。
体当たりを仕掛けようと突撃してくるマウスを認識し、横合いに回り込むや一刀のもとに斬り捨てる。
別のマウスが遠間からアイスブレスを吐く。
忍は脚力を一時的に高めそれをかわすと、そのまま薄氷の張った地面を蹴り、淡い光を曳いて駆け抜け一瞬で肉薄、遠心力を利用した一撃を突き入れる。
全て一撃。
触れる者近づく者全てを死の淵へと叩き落とす夜叉がそこにいた。
忍は力を渇望している。その先にある高みを目指している。
自身の力量を高めるためには、人を斬ることが最も効果的ではあると彼女は考えているが、それは過大な心身消耗と引き換えであり、また、おいそれと出きることではない。
それに比べ、現状――小物を多数、撫で斬りにすることは、手応えこそ無いものの、無敵となったような錯覚を覚えさせた。
忍の貌に自然と笑みが浮かぶ。
一閃と刃を振るうだけで、いとも容易く命が消えて行く様に心地好さを感じていた。
目に映る敵、キメラの群は全て力の糧となる。
陶然と高揚に任せて、咲けよ血の花、と大太刀を振るうごとに血肉が舞い、飛び散って行く。
だが、忍は殺戮に酔っても、酔い痴れることはなかった。敵の優先順位を決め、選び、必要以上の突出は行わず、常に周囲の状況を把握し、分断、挟撃を受けないよう、さらには閉鎖空間であることを意識し、壁、仲間、敵、全ての位置関係を考え立ち回っていた。
やがて、マウスの数が大幅に減らされ、その後ろに蠢く甲虫とマグナムキャットがはっきりと認識できる距離にまで近づくことができた。
「ならば‥」
凛生がケルベロスの銃口を損傷の少ない壁面に向ける。
甲虫の影に隠れるマグナムキャットを狙うため、弾丸を跳弾させようというのだ。
目標に対し、直接照準がつけられないような現状、有効な手段ではあったが、高い技術と集中力を要し消耗負担が激しい。
それを察したゼンラーが凛生とエミタを協調させる。
続けざまに二発、放たれた弾丸はマグナムキャットを沈黙させた。
一匹が倒されたことにより、砲撃の間隔が空く。
畳み掛けるのは今、とシンが甲虫にしかと狙いを定め、一匹、また一匹と着実にし止めて行く。
硬い甲羅を持つ甲虫だったが、エネルギー弾の前には成す術もない。
傭兵達の思うがままに蹂躙される中、一匹の甲虫が壁に向かって突進する。注意深く動向を探っていた奏が自爆を行うのではないのかと警告、直ちにシンが両手のエネルギーガンを即射し、打ち抜いた。
「牽制射撃で動きを封じます。止めはお任せしますよ」
残るマグナムキャットに向かって奏が仕掛ける。
動きを止めた猫の群れにサウルが飛び込んだ。
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そして。
傭兵達以外、動くものの気配が途絶えた。
トンネルを流れる空気の音だけが変わらずにごうごうと音を立てていた。
凛生は討ち漏らしがないか枝道までも調べ、見える範囲全てにキメラが存在しないことを確認する。
「これで全部、かな」
「全部ですね。いやあ、もうちょっと時間がかかるんじゃないかと思ったんですが、お疲れ様でした」
銃口を下ろし、息をついたシンのすぐ隣に、白麻のスーツの男が立っていた。
バグアの出現に傭兵達は即座に得物へと手を伸ばしたが、そこで止まった。
自分たちの戦力、置かれている状況がバグアと戦うには明らかに不利であることを全員が悟っていた。
安易に戦闘を仕掛けず、様子見に一呼吸おいた傭兵達の判断に春遠は満足そうに頷いた。
そんな、敵意すら見せない春遠の態度に、凛生はほんの少し眉を顰めた。
彼はこれまでに二度ばかり、春遠と同じ戦域に立ったことがある。
直接、姿を見たことは一度だったが、その時も同じように、笑顔で話しかけられたものだった。
凛生はその様を、まるで『人が猿を観察している』ようだと感じていた。
見下され、見透かされている。そんな不快感をありありと覚えていたが、胸中の不快さと苛立ちを微塵も表さず、極めて冷静に低い声で問いかける。
「今日は1人か‥?」
「ええ。ここはこの間、あなた方に奪取された土地ですからね。同胞は去るか殺されたか」
「‥ふむ? お前さんは、どうして‥?」
ゼンラーはそれに疑念を抱いた。
彼が知る限りこれまで、春遠というバグアが存在していた現場、戦場には常に『人』がいた。『人』がいて『物語』が在った。
今回はそれとはまったく違う。
(そういう者を、嗜好していると思ったが‥)
「何か、見つけたのかねぃ?」
「見つけたいところです」
ゼンラーの問いに深く頷き、さも嬉しそうに春遠が語りだす。
「私は掠奪を繰り返し、力と知識を蓄えてきました」
我々(バグア)は総じて『そういう生物』なのですがね、と微笑む。
「強者との闘争に勝利し、得てきたものの上に立っているわけです。あなた方を相手に力を振るうのは簡単です。ですが、それが果たして『これまでに掠奪してきたもの達に対して恥じない』行為なのかと」
「私は掠奪してきたものに敬意を持っています。誰もかれも素晴らしい力と知識を持ったもの達でした。そしてその『彼ら』を打倒してきたことに誇りがあります。闘争の末に斃れ、私が持つ全て、『彼ら』が存在したという証を無に帰すことになっても、『彼ら』に何ら恥じることもない『敵』――それを私は探しています。あなた方、能力者は私にとって『闘争するにふさわしい敵』となるか、それとも『踏み潰す価値もない下等生物』となるか」
眉を下げて困ったように笑って見せた。
「今のところ、見極めかねています」
「では、今は戦う気はないと?」
「ええ。今日はほんのささやかなサービスにきただけで」
「サービス、だと?」
「基地建設にキメラが居ては邪魔でしょう? この近辺の地下に居たキメラを全て集めておきました」
地下に点在していたキメラを傭兵が退治しやすいようにと一箇所に集め、ただ攻撃させるというのでは芸がないので役割を与えたのだと微笑む春遠。
「話には聞いていましたが本当に読めない人だ。非常に興味深い」
奏が薄く笑う。銃口こそ下ろしているものの、警戒は解かずに距離を置き、戦闘に備え貫通弾を銃に装填していた。
「‥あんた、自分の事優先にしてくれよ?」
サウルの言葉に奏は目配せで答えた。
「ひとつ聞きたい。シスは‥どうしている?」
これまで、凛生にとってバグアとは、言葉を交わす価値もなく、憎み、ただ狩るべき存在だった。
だが、戦いを重ねるうちにバグアにも感情を有する者がおり、生きる理由や大切な存在があること、そしてそれを己が奪っていることを知った。
シスというバグアとの戦闘の後、凛生はヨリシロとされた妻を殺した罪責と漸く向き合い、事実を受容し、前を向くことができた。
侵略者とは戦う以外に道はないという考えは今をもって変わらない。守るべきもののため、今後もあまたの心ある存在を屠ることになろうとも。
それを心に刻んでいこうと凛生は決意していた。
これまでの凛生をよく知るゼンラーは、彼の変化を見て取り、驚きを感じながらも吉兆であると深くうなずいた。
そしてまた、凛生もゼンラーの言葉が、自身の在り方を変える切欠となった為、多少の恩義を感じていた。
「あの子なら今、日本にいますよ。そのうち会うこともあるのでは?」
「っつうか、アフリカ以来だな。うちの隊長に代わって、挨拶に来たぜ。あんたを倒す」
問答は終わり、とばかりにサウルが前へと踏み出す。
初手から全力でもって挑みかかる。
(強くならねぇと自分自身の誇りを穢す事になるしよ)
繰り出される盾、足払い、中段への蹴り技をのらりくらりとかわしながら春遠が退がる。退がりながら、踵で軽く地面を蹴った。
軽い動作ではあったが、地が砕け、キメラの死骸を巻き込んで残骸が四方八方に尋常ならざる勢いで飛び散る。
降りかかる残骸と死骸を盾で弾き、サウルはなおも迫ろうとし、奏が援護しようと銃を構えるが、
「このトンネル、私があと一押しすれば崩れますよ?」
春遠は微笑みながらどうするのか、と小首を傾げた。
「‥ッ! どこまでも人を馬鹿にしやがって‥!」
その気になれば傭兵達を皆殺しにできるというのに、春遠は反応を見て選択を示し笑っているだけ。
「いやいや、私は博愛主義でしてね。それは全員嫌いと似たような意味でしょうけれど。仲良く馴れ合うことなどしなくて結構。ただ楽しみましょう」
春遠は扇子を手に広げ、意味もなくひらひらと振ってみせる。
「願わくば。あなた方が私の『敵』となってくれますように」
これでも、期待しているんですよ?
気安く無邪気とも言える声を残し、白い姿がまるで白昼夢のように薄暗闇の中に消えていった。