タイトル:【AC】悲嘆を手放す時にマスター:敦賀イコ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/07/21 19:33

●オープニング本文



 バグアアフリカ軍が、ついにその重い腰を上げたのは6月の半ばの事だ。人類の攻撃の手がモロッコまで届き、バリウス自らその脅威を確認したゆえのことと思われる。
 これを予期し、既に十分な防備を築き上げている要塞『ピエトロ・バリウス』以外にも、北西アフリカの拠点のいくつかは急ピッチで造営が進んでいた。実際の設営だけでなく、その為の補給と、周辺の敵掃討など、為すべき事はまだ多く、そして戦端を開くその日まで無くなりはしないだろう。



 男は小規模なキメラ製造基地を預けられていた。
 バグアの指示通りに材料を受け取りキメラを作り出し送り出す。かれこれ十年近く、ただそれだけを繰り返してきた。
 強化人間として定期メンテナンスを受ける時以外は基地を空けることもなく。

 男は近隣の村に生まれ育ち、貧困に苦しみ悩んできた。
 技術革新により国家や社会、世界の仕組みが変わっても、貧しい村は依然として貧しいままでありつづけた。
 変革を望んだが、金も力も何もひとつ持たない男は、異星からの侵略者に従うことでその望みを叶えようとした。
 十年近く、唯一人、何かの変革が起こることだけを信じて。


 その日、男がメンテナンスから基地に戻るとそこには白麻のスーツを着た東洋人がいた。
「やあ、どうも。今日も暑いですね」
 斜めにかぶっていたパナマ帽を片手で軽く持ち上げ、会釈する東洋人は自らを春遠 朱螺(gz0367)と名乗った。
 春遠は広げた世界地図に向けてダーツを投げ、当たった先に赴くように気楽気儘な行動をとっていた。
 それを気にするものも咎めるものもいない。
 今回はたまたまアフリカのこの辺りにダーツが刺さっただけのこと。男の預かる基地を見つけたのもたまたまだった。

「世界は変わったか?」
「変わったといえば変わったでしょうし、変わらないと言えば変わっていません」
 男は世界を旅しているという春遠に尋ねるが、答えは漠然としていた。
 何を持って変わったというのか。春遠には男の基準がわからなかったし、男も自分の内側を言葉にすることが出来なかった。
 情勢は常に動いている。変化を続けている。アフリカに於いて、人類とバグアとの争いは最終段階へと差し掛かっていた。
 そういった意味では変わったのだ。だが、それは男が求め続けている変化ではない。

 熱砂に半ば潜り込んだ基地。
 強すぎる太陽光は建材に遮られ強烈な影を生み落としていた。
 影の下に漂う沈黙を通信機が破り淡々とバグアからの指令を告げる。
 男に届いた新たな指令は基地を廃棄しUPCの拠点となった村をキメラと共に襲撃しろというものだった。

 男は指令に従い、残っていた材料すべてを使って、キメラを作り出すと基地の自爆装置を作動させた。
 爆発し砂の海に沈む基地。
「あんたはどうするんだ」
「まぁ、適当にブラつきます」
 なんとなくこの基地に立ち寄り、なんとなく男の作業を見守っていた春遠は、これまたなんとなく返答した。


 砂丘をひとつ越えると小さなオアシス村が見えてくる。


 侵略者が現れ戦争が起こっても貧しい村は依然として貧しいままそこに在りつづけた。
 男が待ち望んでいた変革はついぞ起こらず、何一つとして以前と同じまま。
「キメラを作っていたんだぞ、バグアの基地が近くにあったんだぞ」
 なぜ今まで救いの手が差し伸べられなかった。
 なぜ今になって軍の拠点など作られた。
 極力キメラやバグアを刺激しないように息を潜めじっと耐えてきた村。
 救いもしないのであれば放っておけばよかった。それならば襲撃対象にもならずにすんだのだ。
 男は憤った。
 己の行いの無意味さを突きつけられて。
 それがどんなに身勝手で見当違いであるかも理解した上で。
「十年だ、十年だぞ! おれは…ッ」
「努力や行為、それらが全て酬われるようであれば、浮世の悲しみも少しは減るのでしょうけれどね」
 ままならないのが世の常というものだ。
 春遠はさしたる同情も示さなかった。が。
「昨今、人類が活発に作戦行動をとっています。村には傭兵がいると見て間違いは無いでしょう。彼らは私が引き受けますよ。あなたは拠点を落とすことだけ考えればいい」
 ゆるゆると扇いでいた扇子をぱちりと閉じ、春遠はそれでにわか作りの真新しい建物を指して、助力を口にした。
「救いを求める声を黙殺され続けた。その怒りと苛立ちを存分にぶつけてくればいい」
 ずっと形にならなかった心情を言い表され、男の眦に涙が滲む。
 春遠に一度、深々と頭を下げた後、男はキメラとともに喚き声を上げながら砂丘を駆け下っていった。


「全てが酬われるとは限らない。が、まあ、多少は酬われてもいいでしょう」
 憐憫というよりはこの男らしい気紛れといったほうが近いだろう。
 春遠はいつものように口元に微笑をたたえ、悠然と歩き出した。
「それがどんな結果、形であっても」
 歩の先にあるのは村人の住む、土と木で出来た家並みだった。



●参加者一覧

ウラキ(gb4922
25歳・♂・JG
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
加賀・忍(gb7519
18歳・♀・AA
ゼンラー(gb8572
27歳・♂・ER
サウル・リズメリア(gc1031
21歳・♂・AA
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN
レインウォーカー(gc2524
24歳・♂・PN
赤月 腕(gc2839
24歳・♂・FC

●リプレイ本文


 拠点内の一室でラナ・ヴェクサー(gc1748)は床に座り込み、錠剤を口の中へと押し込んだ。ペットボトルに入った生ぬるい水の助けを借りて飲みくだし、浅い呼吸を繰り返す。
 彼女には精神安定剤への依存・中毒症状が出ており、30分毎に薬の服用が必須となっていた。
 目の前には開け放たれた窓があり、雲一つない色濃く鮮烈な青空が広がっていたが、何の慰めにもなっていない。

 加賀・忍(gb7519)は拠点の周辺を巡回し、敵の襲撃に備えている。
 嘆き、待つだけでは世界は変わらない。変わらせようとする意思こそが、その期待に応えるのみである。と彼女は考える。
 それには自己が持てる力を誇示し、全て発揮してこそである。それでも望みうる結果には至らない事が多々あるとも。
 忍が世界に手を伸ばし続けるのは、『人の形』を斬り、血肉を粉砕し、己が道を赤く染めぬき、過程を糧として得て更なる力を纏う。その殺戮の果てに己が心に何を得ているかを見てみたいと望むが故だった。

(俺はいつになったら死ぬ‥。生きた屍のように彷徨うのにも本当に飽きたんだが)
 赤月 腕(gc2839)は居住区の外れの廃屋の影の下で栗入りのパウンドケーキを咀嚼しながら思う。

 杠葉 凛生(gb6638)は棗椰子の葉陰で作物の生育状態を調査していた。
 作物が細々と作られており、最低限の食物は確保されているようだったが、地表には白い結晶が表れていた。塩類集積が深刻化している証拠である。
 アフリカ解放に精力を傾けている彼は眉を顰め嘆息した。
 そんな凛生を旧知の間柄であるゼンラー(gb8572)は変わったと言っていた。かつてのように、地獄に自ら踏み入ろうとするような、険が取れたように見える。と。


 アフリカの太陽の下、傭兵達はそれぞれの場所でそれぞれの思いを抱えて行動していた。


 真上から照りつける日差しは容赦なく、赤い大地に真っ黒な影を縫い付ける。
 風もなく凪いだ空気は乾き、じりじりと焼き焦がすような熱を帯びていた。

 突如、家の軒先で死んだようにうずくまっていた痩せ犬が耳を立てて飛び起き、火のついたように吠え出した。牙をむき出しに激しく吠える犬の声が静まり返った村に不吉に響き渡る。
 村の外でキメラの襲撃を警戒していたゼンラーは静寂を破るその声に、尋常ではないと双眼鏡で注意深く周辺を見回す。

 陽炎が揺らめく赤砂の上に白い影があった。重機関銃を片手にした白麻のスーツの男。

「敵襲!?」
 姿を確認し、無線機に向かって一報を入れるゼンラー。
(あれは‥いやな人を、見つけてしまったねぃ‥。彼が単体で攻めるなんて思いにくいが。さて。裏があるか)
 そこまでを考え、再び目線を戻せばその場所にはふわりと舞い上がった砂煙が残されているだけだった。
 一拍遅れてゼンラーの目前に舞い上がる砂塵。重機関銃の銃口が村へと向けられる。
「‥戦わねば、ならんのかぃ!?」
 叫び、咄嗟に盾で機銃を押しのけるようにして強引に春遠の正面に出るゼンラー。
「拙僧は、楽な方が良いねぃ。血は流れない方が、よい」
 春遠に語りかけながら、ゼンラーは背筋に冷たい汗が流れ落ちるのを感じていた。
 押しのけた機銃はUPCの正規装備品。SES非搭載であったが、日干し煉瓦と木で作られた家を貫くには、その中にいる人間を殺傷するには十分であった。
 人々を守るために持ち込まれた武器で、現地に居る人間が害される。よくある話だが、わざわざそんな『人間』の愚行を再現してみせる異星人の悪意を察し、ゼンラーは肝を冷やした。
 側に居た腕が戦闘と見て機械剣βと【OR】緋刀「宵闇」を抜くが、ゼンラーに目で制止される。
 銃口を逸らしたとはいえ、春遠の指は未だ機銃の引き金にかかっており、その目標は傭兵たちではない。ここで戦端を開けば真っ先に村人が犠牲になることは明白。
 ゼンラーは乾く唇を舌先で湿らせ、言葉を重ねる。
「‥お前さんはこの街を見て、どう思った? 拙僧は、嬉しかったよぅ。まだ生きていてくれた事が、ねぃ」
 和やかな笑みを浮かべた春遠が言葉の続きを待つ。
「だから、護るのさねぃ。彼らの命も、生活も。漸く手が届いたのだ。此処からは必ず」
「ええ、良いと思いますよ。そうやって思いやれるのが人間の強みであるのでしょうから」
 言いさして春遠は村に目線を移した。

 村内ではサウル・リズメリア(gc1031)が住人に避難を呼びかけていた。泡を食って逃げ出そうとする住人をUPCの拠点に向かうよう指示するが、一度恐慌状態に陥った人々はなかなか冷静に行動できない。
 レインウォーカー(gc2524)はUPCの兵士に敵には近づかないようにと強く言い含めていた。
「もう、味方殺しは嫌だからさぁ」
 敵襲に際し民間人の安全を考えるのは正しい。能力者、選ばれし人間である傭兵は、力なき人々を守る重大な使命がある。
 ただ、この場合それは適切ではなかった。

「住人を避難させたいのであれば、兵士に頼めば良かった。対バグアの主戦力である傭兵が今やることではない。さらに付け加えると、避難先の安全が確保された状態でなければ混乱は広がるだけ」
 春遠は機銃を構え直し笑顔で言い放った。
「守れるといいですね」




 ラナは敵襲の一報を受け、高台へと駆け登り照準装置を利用し周囲確認を行う。この襲撃をついて水源が汚染されるのではないかとの危惧を抱き、入念に付近を確認するも異変は見当たらなかった。
 目を茫洋と広がる砂漠に移せば、そこに砂煙が上がった。
 凛生と忍は咆哮を耳にする。彼らの目が砂を蹴立てて拠点へと迫りくる蠍型のキメラと強化人間の男の姿を捉えた。
 即座に反応し、敵を止めるために迅雷でもって駆ける忍。
 凛生は強化人間の来襲を無線で知らせつつ、非能力者へは拠点内部へと避難するように指示を行う。
「‥敵? そうか、丁度済んだところ‥だが‥」
 ウラキ(gb4922)は立て続けに齎された敵襲の報に、淹れたての珈琲を一口も飲まずに外へと駆け出した。
「‥確認した。編成を見る限り、人では無い」
 ウラキは最後方からの狙撃支援と視野を活かした観測を行うべく、拠点を囲む簡易フェンスの前に対物狙撃銃を設置。銃口を接敵予測位置に向け、伏射姿勢をとり獲物が有効射程に入り込むのを待つ。

 大蠍と男は、途上の畑や小屋などをわざわざ避けてただひたすらに拠点を目指していた。
 その動きを怪訝に思いながら、凛生は銃を構え、男を狙って制圧射撃を行う。

 一足先に戦闘に入っていた忍は大蠍を圧倒していた。
 大蠍は鋏を大きく振るうが、忍は既に攻撃範囲と動きの規則性を見きっており、その疾風が如き動きを捕えることはできなかった。
 ならば、と大蠍は尾を振り上げるがウラキの狙撃に阻まれる。
 尾を撃ち抜かれた大蠍がよたつくその間に、側面の死角に回り込んだ忍は甲羅の継ぎ目に深々と如来荒神の刃を立て、切り裂いた。
「‥獲物、は‥。‥ただ、狩るまで‥」
 ラナにとって強化人間だろうが何だろうがバグアは死滅すべき敵でしかない。
 如何に効率よく狩るか。それだけを考え、まず手始めに大蠍へと攻撃を仕掛け自身に引き付ける。
 フェイントを意図した脚甲での蹴りにまんまと誘われた大蠍の鋏を、紙一重で回避、懐へと潜り込むと、外殻の隙間を狙いライトニングクローを突き入れ、即、離脱する。ラナの速度に追い付けずもたつく大蠍を、拳銃「ケルベロス」から放たれた弾丸が穿つ。
 残る一匹の大蠍も、二人の夜叉と彼女らを支える銃撃の前に呆気なく散っていった。




 放たれた弾丸はゼンラーが盾で受け、腕が機銃を狙う。
 機銃を無造作に投げ捨てた春遠はジャケットの内ポケットから扇子を取り出す。
 ゼンラーの予想通り、春遠の行動には裏‥別方面からの襲撃があった。
 継続戦闘を重視し、防御に徹しようとするゼンラーは盾を構えたまま苦々しく呟いた。
「なんとも無益だねぃ‥」
 戦端が開かれたことを受け、住人の避難誘導をどうにか終えたサウルとレインウォーカーが急行する。
「今までの借りを少しでも返すとしようかぁ」
 襲撃者が春遠であると知り、彼らは眦を吊り上げた。

 機を窺いながら二刀を構えた腕が低く、気だるげに声を出す。
「アンタは俺を殺してくれるか? それとも、アンタは俺に殺されるのか‥」
 自分の死を願うそれに春遠は片方の眉をわずかに上げた。
「死にたいのなら、エミタとやらを摘出して首でも吊りなさい。自分の尻は自分で拭くように」
 そこへと、サウルとレインウォーカーの二人が合流する。
「奇縁だな、ホント。それで、今日はどんな問答をするつもりだぁ?」
 UPC拠点の防衛に当たっている仲間が合流するまでの時間を稼ぐため、会話にしろ戦闘にしろ、少しでも引き伸ばす必要がある、とレインウォーカーは考えていた。
「で、人間で遊びに来たのかよ。逃がして下さいっつって土下座したら、退いて貰えんの?」
 土下座くらい構わねぇけど、上から頭割られて天国逝きになりそうだな。と皮肉げに笑うサウル。
 春遠は扇子をパチリと鳴らし、ゼンラーに顔を向けこれは困ったと眉尻を下げる。
「何か、だいぶ馬鹿にされてるみたいですね、私」
 違うと否定するのも、フォローするのもおかしな話でゼンラーは言葉に詰まった。
 これを隙とみた腕が砂を蹴り、サウルとレインウォーカーが続く。
「自称道化、レインウォーカー。忘れてもいいけど、今は覚えておきなぁ。ボクはボクの選んだ道を歩く。その覚悟はとうに出来てるんだよ」
 銃撃を加えながら側面に回り込むように移動するサウル。命中よりも牽制を目的としており、銃口を上げてのフェイントも織り交ぜる。
 のらくらと銃撃を回避する春遠へと腕が全力で持って鋭く斬り込む。
 その間にレインウォーカーはコートを脱ぎ、春遠にむかって投げつけた。視界を遮り『高速機動』と『鋭刃』を発動して接近、
「嗤え」
 必殺の意志を込めて翼の紋章が舞う目にも留まらぬ2連撃を放つ。
 能力者たちの激しい動きに合わせて巻き上がる砂塵。
 確かな手応えにレインウォーカーの口元に笑みが浮かぶ。
「よくやる──」
 やがて砂塵が落ち着き、明らかとなる事態。
 コートごと夜刀神が貫いていたのは腕だった。
「敵の視界を塞ぐ、という奇策は自分にも味方にも死角を作ってしまうリスクを考え、敵の周囲に仲間がいないときに行うべき。もしくはよく打ち合わせておくことだ」
 扇子で肩を叩きながら春遠は講釈を垂れる。
「まだ終わってはいない‥、生きる屍はしつこいんだよ」
 腕が傷口を押さえながら片手で剣を構える。
「こっちは半端なりに気合入れてんだ、ただの人間だしな!」
 距離を詰めていたサウルが脚爪「オセ」での蹴りを放つ。
「‥でか過ぎる借りの利子分、返させてもらうよぉ」
 レインウォーカーも再び斬り込み、隠し持っていた小銃を引き抜く。
「──やれやれ」




 大蠍が始末され、残るのは男のみ。
 ウラキは銃口角度を変え【OR】スコープ「スネークアイ」を再び覗き込む。はっきりと目にする男の表情。
「‥‥」
「畜生! お前ら‥ッ、何で今頃になって来るんだよ! お前らが、お前らさえ‥!」
 激情に顔を歪ませ、喚く男がマチェットを振り翳し傭兵達へと襲い掛かる。
 だが、冷徹な銃撃は刃が振り下ろされるよりも早く、男の脇腹を打ち抜いていた。
 もんどり打って砂上に倒れこむ男に追撃が加わる。

 脇腹、両脚を撃ち抜かれ、赤砂の上に無様に倒れた男は血をまき散らしながらもがき、ありったけの呪詛を吐き出す。
 その激しい怒気と捨て身の行動が気に掛かった凛生は、憎悪の念の理由を問うた。
 男は自暴自棄に語る。富者強者の都合で振り回され、苦難を強いられ、見捨てられ続けていた村のこと、自分のこと。要領を得ない暴言交じりの拙い言葉だったが、それはアフリカの実情の一端を如実に表していた。

「‥俺は待っていた! だのに‥っ」
「待つ‥報われる。そんなもの‥人間同士だって、起きるか判らないのに‥!」
 男の、文字通り血の吐くような言葉をラナの叫びが遮る。
「悲嘆を手放す時にやっと一歩を踏み出すとは、何も成してないのを認めたのに過ぎない。既に心意気で敗者よ」
 忍は淡々と告げ大太刀を構えなおす。
「嫌なこと、思い出す‥‥もう、消えて‥下さい‥っ!」
 ラナがクローを振りかぶったその時、男は力を振り絞り勢いをつけて身体を捩ると、両手を砂につき逆立ちの格好となった。脚が使えないのならば腕で、と全身を使って前へとUPC拠点へと向かって突き進む。
 特攻自爆を察したラナは即座にウラキへと狙撃を要請した。




 対岸で響いた爆発音、黒煙が天に向けて昇って行く。
「ああ、終わったみたいですね」
 盾を手に仲間を背に庇うゼンラーの問うような目に、春遠はひとつ頷いた。
「ありふれた悲劇ですよ。ただ、彼は酬われた」
 対岸に顔を向け、春遠は笑みを深める。
 眼前の脅威を排除し、目標を移していたウラキとスコープ越しに目が合う。
 超長距離狙撃。
 春遠の足元に着弾。爆発。大量の砂が宙に巻き上げられる。
「挨拶だ、今のは」
 そのウラキの言葉に答えるように、春遠は帽を軽く持ち上げ会釈を送る。
 砂が地に落ちきる頃、春遠の姿はその場から消えていた。




 村に耳に痛いまでの静寂が戻る。

(また死にそびれたか‥。いつになったら死神は俺を連れて行くんだ‥)
 拠点の医務室に運び込まれた腕は己の強運を再認識し、天井を見上げ皮肉げな笑みを浮かべる。
 彼へと必死に治療を施したゼンラーの思いは、届いていない。

 後片付けを終えて自室として割り当てられた部屋に戻り、冷めた珈琲を口にしたウラキの脳裏に男の表情が浮かぶ。
「‥人間の表情だった。あれは‥‥生きた人間の顔だ」
 珈琲の奇妙な酸味が喉元にいつまでも残り続けた。

 凛生は棗椰子の根元に腰を下ろし、死んだ男の叫びを心に刻んでいた。
 嘗ての彼は弱者から搾取する側の人間であり、世は不平等に出来ているものだと、弱者に対して無関心であった。バグア侵略後は能力者として憎しみのまま復讐に逃げていた。
 だが、傭兵として行動するにつれ、悲しみに沈み耐える人々の姿が見えてきた。
 バグア侵略があろうと無かろうと世界から取り残された続けた人々。力もなく、寄る辺すらなく。彼らを絶望と孤立の淵に追い込んだのは、憎き侵略者ではなく、無言で見過ごしてきた人間だった。
(アフリカをバグアから解放したところで、自分たちを見捨て続けていた人間を彼らは歓迎するのだろうか? 彼らにとって真の救いとは‥)
 直ぐに答えが出るような問題ではないが、凛生は諦めまいと決意していた。

 変わることなく照りつける日差しは、何もかもを拒絶し焼き尽くすような激しさを緩めることは無かったが、凪いでいた空気が動き始めた。

 風が吹いた。