●リプレイ本文
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傭兵たちを待っていたのは地獄よりも地獄らしい光景だった。
地を這いずり蠢く醜悪なキメラは全て『人間だった』もの。原形は留めていないものの、部位を見れば明らかに人体のそれであり、遭遇したものに生理的嫌悪を催させるには十二分だった。
ミリハナク(
gc4008)の運転するジーザリオがキメラの群れの強行突破を図る。
小銃で牽制射撃を加えながら強引に道を作り、車体を横滑りさせながらバリケード手前で停車させる。
エスター・ウルフスタン(
gc3050)は降車と同時に炎を伴うランス「エクスプロード」で目前にしたキメラを薙ぎ払い、牽制を行う。
炎と衝撃を受け散らばるキメラ。。
敵を叩いた確かな手ごたえ。振り切った槍を手元に戻したエスターの視界へと飛び込んできたのは、穂先に引っかかった人間の上顎。
「──ひぅっ!?」
短い悲鳴を上げ、生理的な反射で嘔吐く彼女に天羽 圭吾(
gc0683)が短く確認する。
「大丈夫か?」
「‥だ、大丈夫‥」
もう一台のジーザリオも同様に強引にキメラの群れを突破していた。
(助けられなかった‥我輩にもっと力があれバ‥みんなゴメン)
ハンドルを握りながらラサ・ジェネシス(
gc2273)は己の無力とバグアの所業に静かな怒りを燃やす。
(こんな事をするなんて‥絶対に許さなイ)
傭兵達は二人一組、四班をつくり、駐屯地の各方に散らばりバリケードの防衛を行うことを決めていた。戦力分散によるリスクよりも、水際でキメラの侵入を防ぎ、内部蹂躙を防ぐことを重視したのだ。
到着と同時、イヴァン・レオーノフ(
gc6358)、那月 ケイ(
gc4469)、圭吾、ラサはそれぞれ駐屯地内部に残っていた兵士に救援の到着を伝え、負傷者を回収し建物内に避難するよう傭兵達が指示を出し、協力を要請する。
月城 紗夜(
gb6417)は無線の周波数を合わせ、相互連絡を行えるようにも調整を図った。
キメラを目の当たりにしていた兵士の多くは恐慌状態にあったが、傭兵達の到着と的確な指示を受けて落ち着きを取り戻し、職務を全うすべく動き出した。
突入の際、キメラが集中している箇所を軍用双眼鏡で確認していた紗夜は、その箇所が最も早く決壊するだろうと目星をつけ急行する。
(元人間のキメラ、か‥。何度やっても嫌なもんだな)
暗澹たる気持ちを抱えながら、ケイが紗夜に続いて走る。
やがて、二人の視界に入ったのは限界を迎えようとしていたバリケード。
「忌々しい、死者は黙って土くれに還れ!」
そこへと取り付くキメラを紗夜が一掃する。
淡光を引く蛍火を自在に奔らせる彼女は、まず、バリケードに対する攻撃力を削ろうと、かろうじて人型を保っているキメラの腕を切り落とす、次に機動力を落とし駆逐しやすい状況に持ち込むべく、脚を狙って攻撃を加える。
ケイは紗夜との距離を測り、互いに孤立しないよう注意を払っていた。横合いから飛び掛ってきた獣型キメラ五角形の盾、スキュータムでを弾き、間髪いれずに片手剣カミツレを突き込む。
キメラが動くたびに湿った音が鳴り、地から湧き上がるかのような怨嗟の声が空気を振るわせた。
「地獄のような戦場ですわね。ふふっ、コレの主催者とは楽しく遊べそうですわ」
身の内から湧き上がる攻撃衝動を隠すことなく、ミリハナクは笑みを浮かべた。
「すべての敵を倒し、もう終わってしまった者達を眠らせてあげますわ」
炎斧「インフェルノ」、地獄そのものの名を持つ黒色の大斧を両手に構え、怖じる事もなく歩を進める。
愚かしく彼女に近づいたキメラは全て微塵に砕かれていった。
振るう斧に躊躇も迷いもないミリハナクは、醜悪なキメラの群れを冷静に見ていた。
正視に耐えない姿であるものの、全体のバランスが悪過ぎる敵ばかり。見た目にさえ惑わされなければ戦闘力は高くない。と。
事実、その通り。
「造りが出鱈目なのは、急造なせい、か‥‥?」
やや後方で盾を構え、ミリハナクが処理しやすくなるように、とキメラの構造を観察しながら、機動力を削げる部位へと攻撃を加えていたクアッド・封(
gc0779)は、ぼそりと呟いた。
「まあ、関係無い、さ‥。すぐ、楽にしてやる」
超機械「シャドウオーブ」から黒色のエネルギー弾が放たれ、キメラの脚部を吹き飛ばす。
設備関係に被害が出ないように立ち回り、ただ粛々と攻撃を続けるクアッド。
(──例え彼らが無念に思っているとしても、事此処に及んでは、解消される事はあり得ない。終着点だ)
救おうにも手遅れ。あまりにも手遅れなのだ。
冷たすぎる事実から、陰惨なこの光景からクアッドは目を逸らさない。
(‥‥だがまあ、それを引き継ぐくらいは、できるか。チューレくらいまでなら、連れて行ってやる、さ)
圭吾がバリケードを背にして小銃「シエルクライン」を構え、撃つ。
扇状に銃を乱射、弾丸の嵐を巻き起こし、近づいてこようとするキメラというキメラを悉く撃ち倒して行った
銃身のマガジンリリースボタンを押し、空になった弾倉を捨て素早く予備弾倉を押し込む。
一瞬の淀みなく一連の動作を終えた圭吾は、続けて動きの素早い個体や、遠距離攻撃手段を持ちそうな個体を優先的に狙い撃つ。
(これは戦争。戦争は手段など問わないもの)
異形の姿に変えられ、死して尚、冒涜を受けた人間の姿に哀れさを感じはしたが、圭吾は怒りを覚えなかった。
前身がフォトジャーナリストであり、各地様々な光景を目にしてきた彼は、人類同士の戦争で行われてきた『筆舌に尽くしがたい行為』を知っている。それだけに、異星人がどのような非道な方法を用いようが、今更とりたてて驚くようなことはなかった。
そもそも、数多の屍の山を築いてきた能力者が、倫理や道徳を語るのもおかしな話なのではないかと彼は考える。
能力者に求められているのは、非能力者には出来ない、キメラやバグアを殺すことでしかないと。そこに感情を持ち込む必要は無いと。
奪われる前に、相手の命を奪うだけである、と。
(相手が異形の姿をしていようが、人の姿をしていようが倒すのが仕事‥)
圭吾がキメラを遠ざけているその間にエスターは体勢を建て直し、激情に震える呼気を吐く。
「イカレてる‥‥狂ってるわ、こんなの」
歯を食いしばり、きっ、と顔を上げると前へと進み出て、果敢にもキメラに立ち向かう。
圭吾の放った銃弾を受けてキメラが倒れ、開いたその隙間を埋めるように迫り来る後続のキメラを弾き返すように槍を振るいだした。
キメラの攻撃を武器の形状を活かして巧みに受け流しながら、突き、薙ぎ払う。
そこへ的確な圭吾の援護も加わり、一体、また一体とキメラが斃れ、腐った血肉と歪んだ人体が氷原に散らばる。
「も、やだ、何よこれ‥‥うちは今、何と戦ってるの!?!」
目に涙を浮かべながら、エスターは悲痛な声をあげた。
傭兵達の攻撃を受け、いとも簡単に地に倒れたキメラ。ただの肉塊と化したそれに他のキメラが食らいつく。
素早さを活かして敵に肉薄し、フォルトゥナ・マヨールーの銃撃にてキメラを一体、また一体と斃して行くイヴァン。
キメラに対する恐れも、容赦も感慨もなく、淡々と。流れ作業であるかのようにキメラを処理するその姿は、まるで『命を捨てた兵士』か何かのように見えた。
そんな彼をラサが援護する。貫通弾を装填した小銃「WI−01」の銃口をキメラに向け、冷静確実に処理して行く。
イヴァンが銃のリロードを行っているその間、走りこんできた複数の四足キメラが迫るが、ラサは銃に装填されている全ての弾丸を撃ち尽くし、キメラ共の足を止めた。
弾丸に動きを制限されたキメラへとイヴァンのマチェットが振り下ろされる。
ラサは援護を行いながら、全体が見渡せるような怪しい箇所に目星をつけて群体を統率する指揮官の姿を探していた。
「!」
やがて、ラサはひときわ大きな岩の上に人影を見つける。
双眼鏡の焦点をそこに合わせよくよく見ればレンズ越しに岩の上に立つ女と目が合った。
「敵、指揮官らしき者を発見しまシタ! 正門から十時方向、岩の上にいまス!」
発見の一報を無線機を通じて仲間に入れ、小銃を構えなおす。
イヴァンは味方がやってくるまでに周辺あらかたのキメラを片付けようと、処理スピードを上げる。
彼はバグアよりも、基地、バリケードの防衛を重視していた。
そして何より、見る者に恐怖と嫌悪、どうしようもない気持ち悪さを抱かせるような形のキメラであっても、全く問題がない己を知っていた。
ラサからの連絡を受け、各班が動く。
傭兵達の猛攻によって駐屯地を囲むようにひしめき合っていたキメラも疎らとなっていた。
紗夜は竜の翼で残るバグアの群れの中へと斬り込み、道を切り開く。
「此方は担当する、先に行け!」
「‥気をつけて!」
一足先にバグアへと向かうケイ。
今回は人間が材料であるというキメラが相手となるため、友人であるエスターを気にかけていた。
バグア相手に逆上して突出しなければいいが、と
疎らに残るキメラを片付けながら傭兵達が続々と合流を果たす。
「ク、アッハハハハハハ! 少しは楽しめそうじゃあないか!!」
キメラの群れを討ち破った傭兵達。
女は口元を吊り上げて顔を歪めながら笑い、岩を蹴って跳躍。宙にいる間に鞭を振るい、地にうろつくキメラを薙ぎ倒すとその上に着地した。
「見るだけでは満足出来なくて、私の狂気と遊びにきたのかしら?」
炎斧を肩に担ぎながらも優美さを失わせないミリハナクが艶やかに笑う。
「ああ、そうさ。お前も随分と楽しんだろぅ? 次は私を楽しませろ、ゴミクズ共!!」
女が腕を振るう。空気を引き裂く破裂音を響かせながら鞭がしなる。
鋭く、変則的な軌道を描き襲い来る鞭を炎斧で受けながら、ミリハナクは顎を引き笑みを深めた。
「──痛みと恐怖、貴方にも味合わせてあげますわ」
プロテクトシールドを構えたクアッドがAU−KVの脚部に青白い火花を咲かせながら、一瞬で女に接近する。
「俺は、闘うのは苦手でね‥できればさっさと、退場願いたい、な」
女の意識を自分に向けさせ隙を作り、味方に攻撃を促そうというのだ。
(こいつを倒せば終わるなら、とっとと終わらせてやる!)
同様にしてケイが盾を掲げて正面から接近。
「あんたがやったのか、あんたがぁッ!!」
「だったらどうだって言うんだい、キーキーうるさいサルめ!」
激情に駆られるまま、エスターがケイを目隠しに利用し女へと突撃を加える。
「許さない! よくも、人を何だと思ってる!!」
「ただのゴミクズだろうが!!」
変則的で読みにくい鞭の動きに対し、手元であれば変化は少ないだろうと狙い槍を突くエスター。
狙いに気付いた女は、鞭をしならせ、エスターの持つ槍に絡みつかせた。
「何っ」
当然のように抵抗があるだろうと思っていた女の目が見開かれる。
躊躇なく槍を手放したエスターはライオットシールドを前面に構え、シールドスラム。女へと体ごとぶつかる。
槍に絡みつかせた鞭を解いていた女はその衝撃をまともに受け、大きく体勢を崩した。
「任務遂行の為、排除する」
遅れて合流した紗夜だったが、竜の翼で瞬時に女の目の前へと接近、上段に構えた蛍火を袈裟に斬りおろす。返す刀でさらに逆袈裟に斬りあげようとしたところに女の拳が迫る。
間一髪で後方に跳躍し、超機械「ザフィエル」を手にする紗夜。
「サルがッ、よくもっ‥よくもこの私にィィ!!」
切り裂かれた胸部から血を滴らせながら女が悪鬼羅刹の形相で吼える。
反撃の鞭を振り上げるが、その手首が銃撃を受けて吹き飛んだ。
「!?」
驚愕を覚えるまもなく上体を支えていた脚が撃ち抜かれた。
「クソッ! こんな馬鹿なことがあるかッ!! 私は、バグアだぞ!」
「フフ、いかがかしら? 見下していた者達に嬲られる気分は」
氷原にうずくまる女へとミリハナクがゆっくりと近づく。
彼女が手にする炎斧は既に剣の紋章を吸収し眩く輝いている。
「ド畜生! こんな下等生物共に、ゴミクズに‥ッ!」
女はバグアとして過去これまでに吸収してきた能力の全てを開放し、傭兵達に反撃しようと肉体を変容させ始めたが──既に遅い。
「それでは永遠にごきげんよう」
地獄の名を持つ炎斧が幕引きに振り下ろされた。
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キメラとバグアによる襲撃から救い出された駐屯地に、人の、生物の活気が蘇る。
幸いなことに負傷者が数名いる程度で死亡者は無く、キメラの片付けさえ終われば、基地の機能は回復するだろう。
傭兵達は言葉少なに、元は人だったもの達と向き合っていた。
散らばった腐肉と臭気の中、ラサは遺品であると思われる物を探し、拾い集めて兵士に託す。
(こんな悲しい事ハ‥早く終わらせないト)
沈痛な面持ちで歯を食いしばり、死者のために石を積み上げ小さな墓標を作り上げた。
(今よりもっと力が欲しイ‥)
鎮魂の祈りの後に湧き上がるのは己が無力への悔恨と力への渇望。
ULTの回収班によってキメラ‥死体が回収されて行く。
淡々と進められる作業を目にした圭吾は、例えようの無い空虚さに曇天の空を見上げた。
(チューレには強化人間の保守基地があるという。強化人間を救う手立てが見付かる可能性があるとか‥)
今、バグアの手に落ちた人間を救う手立てが発見されようとしている。
だが、その一方、この場ではバグアの手に落ちた人間の死体がキメラとして殲滅処分された。
(救われる命、此処で散る命‥‥理不尽なのは、世の常か)
その答えの代わりに、空から落ちてきたのは純白の氷の結晶だった。