タイトル:【共鳴】天使の爪痕マスター:敦賀イコ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/02/21 23:30

●オープニング本文



 傭兵達から受け取ったファイルを、アストレア(gz0377)はこれまで何度も何度も読み返していた。
 冷たく整然と並んだ文字列の中に仲間の姿を求めて、今日も彼女はファイルをめくっていた。
 紅茶を盆に乗せたアンジーが部屋を訪れるが、一瞥をくれることもなく。
 アンジーもそれを気にも留めず、手付かずのまま傍机に置かれていたカップを下げ、替わりに新しく淹れてきた茶をそこに置いた。
 午前十時、午後三時、午後八時。時間きっかりにアンジーは茶の上げ下げに私室を訪れる。
 春遠 朱螺(gz0367)からの指示だというが、彼女の機械的な様子をアストレアは嫌悪していた。

  ──他人から指示されなければ何も出来ない。
  ──指示されたことを何の疑念も抱かず実行する。

 それらは鏡に映った自分の姿をまざまざと見せ付けられているようで、痛く、苦く、辛く、何より歯痒かった。


 アストレアの私室を辞したアンジーは盆の上に揺れる紅茶の水面に目を落とし、歩を止める。
 先日からアストレアの様子がおかしいことに彼女は疑問を覚えていた。

  アストレアの様子がおかしい。
    それは何故か。『仲間』がいなくなってしまったからだ。
      ならば、どうすればいいのか。
        それよりも何故、自分はこんなことを考えるのか。

 同時に、アンジーは自分の変化にも疑問を抱いたが、誰かのために何かを考えるということが非常に新鮮で、胸中は光を見つけたような晴れやかな気持ちに満たされていた。

  『仲間』がいないことが原因なら、新しく『仲間』を連れてくればいいのではないか。

 自分の思いつきに小さく頷き、アンジーは再び歩き出す。
 今まで決して感じ得た事の無い、躍動するかのような心持に足取り軽は軽かった。




 その日、グリーンランド基地周辺で演習を行っていたカンパネラ学園の生徒達の前に、突如として大きなクリオネのような姿形のキメラが複数体現れた。
 身体の中心部分に赤い球体を持つ奇妙なキメラはふわふわと宙に浮きながら、緩慢な動きで生徒達を取り囲む。
 不気味さを感じながらも、生徒の一人が意を決してキメラの中心部、赤い球体目掛けて剣を突きたてた。
 キメラは破裂音とともに呆気なく爆ぜ、大量の液体を撒き散らす。粘性のある液体は攻撃を行った生徒を飲み込みようにまとわりつき、瞬時に凍りついた。
 攻撃を仕掛けてはいけない、と気づいた時には遅く、さらに数名の生徒が氷付けになっていた。
 キメラの囲い込みを突破した一人の生徒が助けを求めに基地へと走る。
 生徒は雪影の中にAU−KVに良く似たパワードスーツを着た強化人間の姿を見た。




 時間を少しさかのぼる。

「要するに、新たな『仲間』を連れて来たいと言う訳ですね」
 春遠は鍋焼きうどんを啜りながら、要領を得ないアンジーの訴えをまとめた。それに迷い無く頷く少女の様子に目を細める。

 今現在、チューレ基地では在庫整理を行っているような状況であった。
 この期に及んで強化人間、調整に手間も時間も資材もかかる素材が必要かどうか。考えるまでも無かったが春遠は「よろしいでしょう」と承諾、うどんのつゆを飲み干すと立ち上がり、捕縛用キメラの作成に取り掛かった。

 そして今、春遠はアンジーがカンパネラ学園の生徒を襲撃している様子を随分と離れた場所から見守っている。
 両手をスラックスのポケットに入れたまま、武器も持参していない。
 アンジーの訴えを聞き入れお膳立てまではしたが、一切手伝わない。春遠はその心積もりであった。
 自意識を失い、生き人形のように命令に従うだけだった少女が、自分の意思で行動を起こした。
 その事への春遠なりの敬意の表し方だった。
 廃棄処分となるはずだった少女を再調整する。グリーンランドの拠点を間借りするのと引き換えに受けた義理は十分果たしたのだ。

「‥‥生きるも死ぬも、自分の意思と選択、その結果の果てで。それが一番の贅沢ではないでしょうかね」

 突き放したような言葉だったが、それは温情ともとれた。


●参加者一覧

御巫 雫(ga8942
19歳・♀・SN
狭間 久志(ga9021
31歳・♂・PN
狐月 銀子(gb2552
20歳・♀・HD
蒼河 拓人(gb2873
16歳・♂・JG
サウル・リズメリア(gc1031
21歳・♂・AA
春夏秋冬 立花(gc3009
16歳・♀・ER

●リプレイ本文


 強化人間によるコントロールが失われ、生徒を捕らえていた氷は全て液化した。
「うむ。身体が冷えただろう。何か暖かい物を作ってやるぞ?」
 開放された生徒によく頑張ったと労いの言葉をかけながら、自分の料理に絶対の自信がある御巫 雫(ga8942)が微笑みかける。
 キメラと強化人間の襲撃から救い出された生徒は一様に安堵の表情を浮かべ、傭兵達に守られながらこの場を後にしていった。
 荒涼とした氷の大地にキメラの死骸と炭化した強化人間の死体だけが残される。


 今日、この場所で兵士が戦い、死んでいった。

 一言で済ますのであればそれだけのことでしかない。
 敵対陣営の兵士と兵士が『敵』として相対したのであれば戦わざるを得ない。
 どんな事情があろうと無かろうと、互いに守るべきものがあるのであれば尚更。そこに考慮配慮などは無い。お構い無しにならざるを得ないものだ。それが戦争というものだ。
「だとしても」
 静寂の中、春遠は足元に横たわる炭化した死体へと、積もりゆく雪を見つめていた。
「悲しい話だ」




 現着した傭兵達が見たものは、クリオネ型のキメラに囲まれる生徒四人と氷漬けになった生徒五人、足元にうごめくアイスマウス。そして、AU−KVに良く似たパワードスーツを身につけた強化人間の姿だった。
 事前の打ち合わせの通り、傭兵達はそれぞれの役割を果たすべく行動を開始する。
「未来ある若者の、明日を守るは年長者の使命だよ」
 狭間 久志(ga9021)と狐月 銀子(gb2552)が強化人間へと向かい、蒼河 拓人(gb2873)は生徒たちに向かい対閃光防御に備えるよう告げ声を張り上げると、閃光手榴弾を投擲する。炸裂する光と音の中に紛れ、雫とサウル・リズメリア(gc1031)、春夏秋冬 立花(gc3009)がそれぞれに駆け出した。

「やりてぇから、やる。俺は傲慢だしよ」
 走りながらサウルはひとりごちた。
 救う、救わない、相手が決めるもんじゃねぇ。自分が決めるもんだ。他人に語るなんぞ傲慢さに思いあがり、自信があるからこその行動。言ってる端から言った奴が当てはまる。
 だから、自分の思うとおりにやるのだ、と。彼はゆるぎない決意とともに走る。
「フン、流氷の天使か。‥天使とか妖精とか、バグアはどいつもこいつも、趣味が悪い」
 雫は生徒の逃げ場を作ろうと、アイスマウスを小銃「AX−B4」で牽制する。
「救援に来た!援護する!クリオネには触れるなよ!」
 生徒達を捕らえようと迫るキメラと生徒との間に小柄な身体を滑り込ませ、雫は敵の前に萎縮した生徒を鼓舞するかのように力強い声をあげた。
「‥‥奴の目的など知ったことか。私は私に出来る最善を尽くすだけのこと。貴様らの命、私の命に代えても守り抜く!!」
 雫の力強い言葉は生徒達に希望を与え、奮い立たせた。
 拓人はすかさず、生徒の一人に救急セットを渡し治療を施す。
「無理はしないように‥‥って、包帯男の自分が言ってもだね」
 別件の依頼にて重傷を負っていた拓人であるが、場を和ませようと気遣い軽い冗談を口にする。
「同生徒を守る為にももう少し頑張って貰えるかな?」
 恐怖に張り詰めていた空気がほんの少し軽くなったところで、生徒達に助力を願う。
「手当ての心得がある者は手伝え。それ以外の者は周辺警戒、鎧付きの強化人間に注意しろ」
 雫の指示に従って四人の生徒達が行動を開始した。
「氷漬けの生徒達は、たぶん理由があって生かされてるんだろうけど」
「状態を見たところ、目的は単なる殺害ではないな。‥となると、拉致が目的か」
 貫通弾を装填した小銃「AX-B4」の銃口を飛び掛ってくるアイスマウスに向け、引き金を引く。
「あまり時間はかけられぬな。‥早々にカタをつける!」
「吹雪く前に、決着をつけようか」
 拓人と雫は顔を見合わせ頷き合った。

 おおよその態勢が整ったところで、負傷している拓人は全体を見渡すべく一歩引く。
 仲間の傭兵、無事な生徒と氷漬けの生徒、キメラと強化人間、出来うる限りその流れを見ることで、効果的な戦力分配や、死角からの攻撃への警告、銃器を用いた狙撃での牽制を行おうというのだ。
 さらにはキメラと強化人間の攻撃方法、その威力や射程、連携の有無など敵戦力の解析も行う心積もりで。

「気をしっかり持て!むざむざ敵にくれてやるほど、貴様らの命、安くは無いぞ!」
 ともすれば及び腰になる生徒達に雫の激が飛ぶ。
 彼女は氷漬けの生徒達をどうにかして運び出し、治療を施そうとしていたが、氷床と一体化している氷はどうやっても動かせず、下手に力を加えれば中にいる生徒にまで影響が及ぶことは必死だった。
 やむなくその場に留まっての防衛を行うこととなったが、身を挺してまでもアイスマウスの攻撃から生徒を守ろうとする雫の姿に触発され、生徒達が気を奮い立たせる。

 天候の急変を警戒し、視界確保のために身につけたゴーグル越しに、探査の眼を使用し周囲を注意深く探り、罠がないことを確認したサウルが動く。
「鬱陶しいんだよッ!」
 氷漬けになっていた生徒の足元にまとわり着いていたアイスマウスを一蹴するサウル。
 踵で付き刺すような足払い、踵を落とす。脚爪「オセ」を用いた蹴術でもって、アイスマウスらをその場から引き離すように攻撃を加えて行く。
 そこへ、可能な限り多くの敵を射撃に巻き込める位置へと移動していた立花が制圧射撃を行う。
 動きを制限されたアイスマウスを狙い、拓人のアンチシペイターライフルが火を噴く。

 傭兵達の攻撃と気迫に押され、クリオネ型キメラが生徒達から離れだした。
 それとは逆に一匹のアイスキメラが生徒を襲おうと牙をむき出し飛び掛るが
「大丈夫ですか?」
 鼠の牙が生徒に突き立つ、その一歩手前で瞬天速で立花が割り込み、手にした機械本「ダンタリオン」の電磁波が鼠を焼き焦がした。


 傭兵達の到着と素早い対応に強化人間が遅れて反応を示す。
 立花の放ったペイント弾を回避した強化人間の前に、キメラと生徒の救助を担当する仲間の邪魔はさせじと久志と銀子が立ちはだかる。
「君の相手をさせてもらう狭間久志、宜しく。君もハーモニウムかい‥?」
「Yes」
 久志の問いかけにはっきりと答えた強化人間は細剣を鞘から引き抜き、構えた。
 月詠を正眼に構え、間合いを計る久志は出発前に目を通していた報告書の内容を辿りながら問いかける。
「何の目的でこんな事を‥学園生を捕えてどうする?」
「捨て駒確保にお得意の人攫いかしら?」
 生徒を殺そうともせず、なぜ、わざわざ凍結させるという手段をとっているのかと。エネルギーガンを手に一歩離れた場所に陣取った銀子が疑問をぶつける。
「‥仲間‥‥」
「‥仲間がいなくなって、会長が悲しんでいる、から‥」
 感情の無い平坦な声が訥々と答える。
「それで、彼らを連れて行こうと?」
 久志の言葉に強化人間が頷く。
「仲間なんて代用品でまかなえる物じゃないのよ。それが通るなら今の仲間がどうなろうと代わりを探せば良いだけになるわ」
「‥‥」
 突き放すような銀子の言葉に強化人間が戸惑いを示す。
 当の銀子は『自分で考えるべき』と強化人間の反応を気にすることは無かったが。

 この強化人間はこの時、言葉の意味を『自分で考えよう』としていた。
 おおよそ自意識と呼べるものが無く、他者からの命令に従うことしか出来なかった少女がだ。
 だが、傭兵達は強化人間の変化を知る由も無い。もとより、ほとんどは初対面なのだから気付けるはずもなかった。
 それ以上に、戦闘中。命のやり取りをしている最中であるのだ。

 やり取りの間にも、排除が続いていたキメラの断末魔が響いた。
 それを受けて強化人間は大きく一歩を踏み込み、細剣を久志に向かって突き入れる。

 ――負けられない。
 ――仲間のために、誰かのために、負けられない。
 それは傭兵達も強化人間も同じであった。

 刀と細剣とがぶつかりあう。
 弾き、受け流された切っ先が空を切る。
 互いに一歩も譲らず、繰り出される剣技。

 風のような軽やかな動きで狙いを絞らせまいと動く久志。
 過去に嗜んでいた剣道を元に刀を操る久志には、同じ『剣技』であっても様相の違う、フェンシングの様な細剣を扱う相手と対峙することに面白みを感じていた。
(我ながら不謹慎だ、ね)
 胸中で自らを戒め、強化人間の剣先と目線に注意を向ける。
 鋭く早い踏み込みに、柔軟な動き。しなる剣先は音を立てて空を切り、久志の身体に浅くない傷をいくつか刻む。
「くっ」
 強化人間が一度引いた合間を狙い、久志はペースを奪い返そうと強引に前へと踏み込み、細剣に刀を絡ませての鍔競り合へと持ち込んだ。
 ギ、ギ、と軋む刃と剣を間に挟み語りかける。
「仲間が欲しいなら‥一緒には行けないけど、戦う理由さえなくなれば、僕が君の仲間になってもいい。そういう選択肢だってある」
 戦争に負ける気も抵抗をやめる気もないけど、人死には少ない方がいい。と久志は続ける。
「君が自分の意志で考えてくれ」
「自分の‥‥意思‥‥わたくしの、意思‥‥」
 強化人間の動きが止まる。
 その隙に久志は予め貫通弾をこめていたバラキエルを強化人間に押し付け、引き金を引いた。銃を持つ腕に浮かぶ翼の紋章。フォースフィールドを貫く二連撃。
 銃声が響いた次の瞬間には、事前に打ち合わせていた通りに銀子が強化人間に迫っていた。
「!?」
 大型手甲【OR】ファルクローの重量を活かしての裏拳を強化人間にぶつけ、体勢を崩させたところで久志と入れ替わりに前へと進み出る。
 手にしていたエネルギーガンと【OR】ファルクローを落とし、機械拳「クルセイド」を装備した銀子の、胸の前面に浮かび上がった覚醒紋章が赤い輝きを放つ。
 そして。
 無防備に連続攻撃を受け続けた強化人間の身体を、電磁波をまとった白銀の篭手が貫いた。
「――え?」
「何――」
 予想だにしない出来事に銀子と久志が目を見開く。
 二人が難敵として捉えていた強化人間。だが、実際はあまりにも脆かった。
 もともとは欠陥品として廃棄処分されるはずだった強化人間であり、回避と攻撃能力こそ一定以上の水準を持っていたものの、それ以外の能力は無きに等しかったのだ。
 噴出し、滴り落ちる鮮血。
「‥‥ァ、ア――泣かない、で‥‥」
 うわ言の様に呟かれた強化人間の言葉。その意味を知る者はここにはいない。
 一、二度の痙攣の後に力なくぐったりと垂れ下がる両腕、氷床に転がり落ちる細剣。
 銀子が腕を引き抜けば、強化人間はあまりに呆気なく氷床に崩れ落ちていった。


「動揺を誘っての連携攻撃、狙ってやったのならうまいことやるなぁ、と思いますが、‥‥そういうワケじゃあないみたいですね」
 一通りのことを傍観していた春遠は眉根を下げ苦笑を浮かべた。
「しかし残念だ。これまでの交戦記録が報告書として残されているのなら、アンジーさんのことも少しは知れたでしょうに」
 ハーモニウムの『仲間』への執着。人類側から語り掛けられれば動揺すること。
 春遠は強化人間・アンジーが人類に捕縛されたとしても見逃すつもりでいた。
 それ故に、調整も洗脳もすることなくアンジーを送り出したのだ。
 様々に生じる不利を承知で『敵』となった同胞を助ける。命を助ける。その確固たる意思と困難に立ち向かう覚悟が傭兵達にあるのであれば、彼らを自分の『敵』として認め、正面から挑もうと考えていた。
 それだけに春遠は落胆を覚えずにいられなかった。アンジーを知ろうとしなかった傭兵に対して。


 強化人間の生体反応が消えたと同時に、証拠隠滅のためパワードスーツに仕掛けられていた発火装置が作動する。
 高温の炎は瞬く間にパワードスーツごと強化人間を焼き尽くしていった。


 足をくじいた生徒の一人を助け起こしていた立花がそれに気付き、瞬天速で強化人間の傍まで駆け寄るが、それは既に燃え尽き、か細い残り火が風に煽られて消えていった。
「カンパネラに来てくだされば‥‥。敵としてではなく、お友達としてですね。来たら、きっと元気になりました、のに‥‥」
「‥‥未来ある若者ってのは彼女等だって同じだよな」
 刀を鞘に納め、久志がポツリと呟いた。空気が重い。
 サウルは苦虫を噛み潰したような表情で、知り合いからの伝言を口にする。
「指示じゃない、自分の意思だったら‥‥そりゃぁ『よく出来ました』だとよ」




「  さん、また泣いていらっしゃるの?」
「ち、違う、違うの」
「しっかりしてくださいな。貴女は代表となったのですよ?」
「けど、それは」
「まぐれ、などど言わないでくださいまし。貴女をわたくしが、いえ、皆様が認めたのです。わたくしたちの長に相応しいと。責が重いならわたくし達もそれを背負います。みんなで未来を掴もう、そう言って下さったのは貴女でしょう?」

 短い夢。

 転寝の間に見たそれは、昔の出来事だったのかまったくの妄想なのか、アストレアに区別は出来なかった。
 ただ、挫けそうになっていた自分の手をとってくれた、少女の掌がとても温かいものだったことは本当のことのように思えていた。
 夢に縋るほど弱っているのか、と自嘲をこぼしながら、渇いた喉を潤そうと傍机に置かれたカップを手に取るが、紅茶はすでに凍り付いており、アストレアはしばらくアンジーが来ていないということを悟った。
「――?」
 そして、唐突に、夢の中に出てきた、自分に優しく微笑みかけてくれた黒鳶色の髪の少女がアンジーであることに気付き、椅子を蹴って立ち上がる。
「‥‥アンジー!! アンジー、いるんでしょう!? お願い、返事をして!」
 返ってくるのは冷たく重苦しい沈黙ばかりだった。