タイトル:【共鳴】BLIND−Iマスター:敦賀イコ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/01/28 23:55

●オープニング本文



 アストレア(gz0377)は事実が知りたかった。

 先だってのグリーンランド戦から、ずっと冷凍睡眠に処されてきた彼女が眠りに就いているその間に仲間は次々と消え去っていた。
 彼らはどのような思いを抱え、どのように戦い、どのような決断をしていったのか。
 アストレアはそれを知りたいと、知らなければならないと強く思っていたが、『先生』から伝えられたことといえば「死亡した」「投降した」「捕縛された」などのただの結果だった。それ以上の情報は必要ないと言わんばかりに。

 確かに生徒会長という肩書きは持っているが、それはハーモニウムが学園、学校組織としての体裁を保つためのお飾りにしか過ぎず、スノーストームの操縦に適合した、ほんの少し特殊な能力を持ち得たというだけで、アストレアは他の『生徒』とたいした差異はなかった。
 それ以前に、バグアにとってハーモニウムは『そこそこ強いキメラと同程度』であり、実験動物でしかない。

 無貌の仮面の下でアストレアは苦悩していた。
 身に着けた男物のスーツの裾を握りしめ、脳裏におぼろげに残る『大切な人』の面影を必死に手繰り寄せる。
 アストレアがアストレアになる前、彼女に大きな影響を与えた教諭。
 幽かにしか思い出せない彼の印象、記憶を少しでも留めようとしてアストレアは男物のスーツを身に着けていた。
(先生、助けてください、先生……寺…せんせい……わたしにはむりです……このままじゃみんないなくなっちゃう……)
 仲間の危機に何一つ出来ず、期待と信頼を裏切ることになってしまった自分の不甲斐なさ、そして、それ以上に仲間を失い、見捨てられることへの恐怖がアストレアを追い詰めていた。

 だからアストレアは何が起こったのかを知りたいと切に願っていた。
 自分よりも誇り高く、強かった仲間達がどんな道を辿ったのか。

「お茶の時間です」
 突如、アストレアの自室の扉が無遠慮に開かれた。
 銀盆に冷めた(アストレアにとって適温である)紅茶を載せてやってきたのは人形のような少女、アンジーだった。
「…そう……そこに置いておいて…」
「Yes」
 脇机に盆を下ろすアンジーの姿にアストレアは、ふと、この副官とお茶の習慣をつけた風変わりなバグアのことを思い出した。
「…春遠氏はここにいるの?」
「Yes」
「彼の所に案内してほしい」
「……Yes?」


「だったら傭兵さんに頼んでみればいいんじゃないですか?」
 春遠 朱螺(gz0367)はどこから持ち込んだのか、熱々のかけそばを啜りながら答えた。
「傭兵さん達は我々との戦闘記録をとって保存してますからね。記録を閲覧させてもらか写しを貰うかすればあなたの望みは適うでしょう」
「敵、の記録を読んで、信じろと?」
 そもそも、敵側の戦闘記録を入手できるのか。
 あまりにも突飛な案をアストレアは訝しむが、春遠は出汁の染み込んだ油揚げを食みながら頷いた。
「いや、だって、ハーモニウムの皆さんの戦闘記録はこちら側にはありませんでしょう? 『先生』や研究者に必要なのは結果だけですからね。まあ、お願いしてみるしかありません。それであなたが納得するかどうかは別問題として」
 やるんだったらお手伝いしますよ? とにこやかに笑う春遠に、アストレアは曖昧に頷いた。




 グリーンランド南部。
 物資輸送ルート途上で二人の学生が警戒任務に就いてた。
「年明け一発目がこんな任務なんてついてないね」
「年越しに彼女といちゃつきたかったからってシフト変えてもらったクセに文句とかないわー」
「お互いに明日を知れない身だからさ、一分一秒だって惜しいんだ。君も早いところ大事な時間を一緒に過ごす大切な人を作ったらどうだい?」
 山田 良子(gz0332)は同級生の言葉に眉をそっと顰めた。
 彼女の出身は東京。バグアに占領された都内から一家全員で脱出を図ったが、生き残ったのは良子だけだった。
「私にはイマジン・ワイフ(脳内嫁)がいますから」
「君は相変わらずそれか」
 自分が天涯孤独の身の上であることを良子は誰にも言っていない。この時勢、珍しくもないし、言ったところでどうなるものでもない。そう割り切ってしまっていた。
「うっせー、リア充はげろ」
「嫉妬乙」
 幸いなことに良子は友人に恵まれていた。
 だが、友人以上の深い関係を他人と結ぼうとはしなかった。
 再び喪失の恐怖と絶望、悲しみを味わうくらいであるなら、独りに耐える方がまだマシであろうと。
 幸福を知らなければ不幸も知らずにいられるものだ。
「それより風が出てきましたよ」
「ああ、そうだね。早く戻るとしよう。吹雪いたら大変だ」
 AU−KV越しでも身を切るよな寒さが肌に伝わってくる。
 空をいっぱいに覆いつくした、暗く低く垂れ込める雲からは雪が舞い落ち、これから訪れるであろう氷の嵐を予感させていた。
 このとき不意に、何の前触れもなく風雪が勢いを増した。
「!?」
「山田さん!」
 一瞬にして白く塗りつぶされた視界、良子は驚愕する間もなく地面に引きずり倒されていた。
「動かないで」
 少女の声が響く。
「抵抗しなければ何もしない。あなた達に頼みがあるの」




 学生がバグアに人質に取られた。
 その一報に騒然となる基地。

 バグアの要求はハーモニウムの強化人間と傭兵との戦闘記録。期限は三日。その間、人質の安全は保障する。ということだった。
 人質となった学生は山田 良子。同じ場所に居合わせた一名はメッセンジャーとして解放された。
 彼は必死に走り、途中、錬力が切れてAU−KVの装着が出来なくなれば、AU−KVを捨てて生身で雪原を走り基地までたどり着いた。今現在、身体に重度の凍傷を負い治療を受けている。

「おい、そいつぁ…マジかよ」
 密かに開発していた特殊車両の極地テストのため、グリーンランドを訪れていたロズウェル・ガーサイド(gz0252)は言葉を失った。
「マジだ。私はこんな時に不謹慎な冗談を言うほど悪趣味ではない」
 草刈正雄似の上司こと、テレンス・A・細田技術少佐はにこりともしない。
「傭兵を派遣することが決まったが、バグア側が指定してきた場所への移動が難しい。そこで、君が持ってきた車両を使わせてもらう」
「そりゃ構わねぇが、アレは俺しか運転できねぇぞ」
「君も友人のため現場に向かうつもりだったろう? 問題はないな」
「あんたホンット……ああ、クソ、地図出せ地図!!」
 ロズウェルは行き場のない怒りとか苛立ちとそこら辺の言いようのない感情に足を踏み鳴らしながら吠えた。

●参加者一覧

寿 源次(ga3427
30歳・♂・ST
天宮(gb4665
22歳・♂・HD
天羽 圭吾(gc0683
45歳・♂・JG
クアッド・封(gc0779
28歳・♂・HD
サウル・リズメリア(gc1031
21歳・♂・AA
レインウォーカー(gc2524
24歳・♂・PN

●リプレイ本文


 良子が連れてこられたのは谷の奥底に設けられた二重構造のテントだった。
 基地に連れ込まれ、洗脳だの、強化手術だの、人間爆弾だのにされるのではないかと抱いていた恐怖と不安は取り越し苦労ですんだ。
 零下何十度という外に比べて格段に暖かかいテントの隅にはUPC軍から拝借したのだろう寝袋に携帯食料、ランタンが置かれており、さすがにAU−KVと武器は取り上げられていたが、良子は自分がきわめて『人道的』に遇されることが簡単に理解できた。

 良子は盛大に溜息をつく。
 バグアは敵。自分から家族を奪った憎き敵。何があってもこの恨みは消えないだろうし、許せもしない。
 だが、彼女ら『ハーモニウム』は確証こそないものの、カンパネラ学園の前身である北米軍学校、その生徒達なのではないかと推測されている。自ら進んで強化人間になったわけではなく、拉致され、強化手術と精神操作の末にバグアの手駒の一つとされてしまった可能性が高い、と。また、バグアに重要視されているわけではなく、適当に使い捨てられているようであった。
 そんな彼女らに直接の恨みは無く、同情すら覚えるが、バグアを許すことなど絶対に出来はしない。戦うことになったとなれば、殺し殺されることを厭わない。そこに迷いは無い。
 ただ、運命、宿命、どう言えばいいのか。その辺りの巡り合わせは本当にどうしようもないものだと考えずにはいられなかった。




「能力者との交戦記録を要求だと?」
 待機所として用意された詰め所にて依頼の確認をしていた寿 源次(ga3427)は強化人間側からの奇妙な要求に首を捻る。
「奴らは記憶操作を受けているというが‥ハーモニウムのだけを欲しがるってのは‥知りたいのは敵の情報じゃあなく‥仲間の死に様を、真実を知りたいってこと、か?」
 天羽 圭吾(gc0683)は眉を顰め唸るように呟いた。
(奴らを気の毒だとは思うが助けたい、とは思わない‥いや、助けることは不可能‥だから彼らは、過去に見捨てられた。どうしようもないんだ)
 どうしようもない、と自らに言い聞かせる圭吾だったが、心の奥底に澱のようなものが溜まって行くのを止める事は出来なかった。
「彼らが今更こんな資料を欲しがるというだけで‥状況は想像できなくもない」
 大変なのはお互い様、か。とクアッド・封(gc0779)が深く息をつく。
「人質を攫う位に、情報が欲しかったのか‥。にしても、欺瞞情報も流してねぇのかよ。きっとアレだな、面倒くさかったんだろな」
 サウル・リズメリア(gc1031)は『お粗末な』バグアを軽く一笑し
(相手が誰であろうとどんな事情があろうと戦う事になれば容赦はしない。ボクに敵を救う事なんて出来ないしねぇ)
 飄々とした体でレインウォーカー(gc2524)が肩を竦めた。
(『救い』なんてボクらが与えられるモノじゃない)
「お前ら、準備できてっか?」
 防寒装備で着膨れしたロズウェルが詰め所に顔を出す。
「うわ、お前‥この間ハイドラに転職したんだろ?」
 AU−KV装着すれば防寒装備いらないんじゃないか、と呆れ顔の源次に、ロズウェルは真剣な表情で答える。
「防寒対策に完全は無い。っつーか、AU−KV装着したって−4度だ。零下に長時間とか低体温症で普通にお陀仏するわ」
「‥楽には死ねないぞ」
 ぼそりと呟かれたクアッドの言葉にロズウェルが頷く。
「おう。だもんで頼まれてたキャリアの風防に毛皮の毛布用意しといたぜ」
 タイヤ部分をソリに付け替えた荷物運搬用のキャリア。風防は炭素繊維強化プラスチック製で、四方天井を覆う形になっており、小窓と出入り用にドアまでついていた。
 出発前にサウルは現場までの地図を確認、道筋を覚え、万が一ロズウェルが倒れた際には代理として車両を操縦をすると名乗り出たが、車両はロズウェルのエミタAIにて作動制御を行うように作られており、本人以外決して動かすことが出来ない。
「メンドクセェもん作りやがって」
「しゃーねぇだろ、試作機なんだからよ」
「ちゃっちゃと出発しよう。運転は期待してるぞ?」
「任せな。快適な送迎してやんよ」



 向かう先は荒涼たる極寒の世界。
 生物が生きるには過酷過ぎる氷の世界。

「神よ‥くたばったら、殴りこみに行ってやる」
 途上、サウルはエマージェンジーキットの防寒シートを広げ、身を包み体温を確保しているが、それでも尚、忍び込む冷気は容赦なく温度を奪って行く。
(目的が知ること‥ならば、罠は無い?)
 圭吾は小窓から外を窺いながらキメラの襲撃を警戒していた。レインウォーカーとサウルも同様。
「殺される前に人質とズラかって、万々歳と行きてぇな」
 油断なく能力を活用しながらサウルが呟いた。

 やがて辿りついた峡谷。
「おいおい指定場所って、ここが、か」
 キャリアから降りた源次の第一声。洒落にならない、と口にする吐息が瞬時に凍りつき霧を生み出す。
 氷床が割れてできた峡谷、日の光もろくに届かない大地の隙間はなにもかもを止めようとする強烈な冷気に満ち満ちていた。
 露出した肌に突き刺さるような冷気は瞳の表面の水分を凍らせ膜を作り、瞬き一つするのにも力が必要となる始末。
「この寒さ、人質は大丈夫なのか‥?」
「大丈夫だと思いたいな」
 クアッドが指差す先には小さなテントがあり、そこから三人が出てきた。
 一人は白い仮面をつけた男装の少女、一人はAU−KVに良く似たパワードスーツを身に着けた少女、そして残る一人はカンパネラ学園公式戦闘服の少女。
 寒さに身を震わせているが良子は自分の足で立って歩いている。

 傭兵達が見守る中、交渉役を買って出ていた源次と圭吾が前へと進み出る。
 アストレアらによく見えるようファイルを掲げ、源次が声を上げた。
「これが御要望の品だ、人質の解放を要求する」
 無音の谷間に残響が木霊する。
 彼らの様子を窺うようにアストレアらが歩を止めた。
「そう警戒するな、着込んで覚醒でもしてなきゃ寒くてやってられん。強化人間の物差しで計るんじゃない。お互い目的の物が手元にある以上、早めに済ますのがクレバーだろう? やり合ってもお互い何の得にもならん」
 源次が武器を手にしていないことをアピールし、続けざまに圭吾が揺さぶりをかける。
「きみがパシりに使った小僧な、命懸けで戻ってきたぜ。『仲間』を助けるためにな。その思い、分かるだろう? だから早くその子を返してほしい。ファイルは必ず渡す。約束しよう」
 ハーモニウム特有の『仲間』依存。今回のアストレアらの行動はそこに起因すると圭吾は見ていた。
「QもJ・Bを救うために必死だった。教えてやるよ、彼らの最期を知りたいんだろう?」
 圭吾の読み通りアストレアの肩が大きく動く。
「──あなた達は‥知っているの?」
「ああ、その二人はな」
 消え入りそうな細い声に源次が頷く。
 アストレアはアンジーをその場に待機させ、良子を伴い歩みよると、源次の手からファイルを受けとり良子の背を軽く押す。
「利用したりして、悪かったわね」
「‥いえ」
 解放された良子へと源次が防寒具を押し付けた。
「よく我慢した、休んでろ」
 ぶっきらぼうだが、やさしいその一言に良子の中の感情が涙となり堰を切って溢れ出す。
「ぅひぐっ」
「泣くな、目玉が凍るぞ。もう大丈夫だから早く後ろ下がってろ」
「ごめ‥っなさ‥」
 しゃくりあげながら良子はよろよろと歩く。傭兵達への申し訳なさとアストレア達の悲壮さに、涙が後から後から溢れてとめられなった。敵味方も信念も、関係なく、戦争というこんな状況が良子にはただひたすらに悲しかったのだ。
 そんな少女にコートを着せ掛けながらクアッドはさりげなくFF反応をチェックするが反応はない。懸念が杞憂に終わり、内心で安堵の息をつく。
「彼女の事、殺さなかったんだな。‥人を生かすのは大変なんだ。感謝する」


「しかし、ずいぶんと仲間思いな方ですね」
 折々に眼鏡型の情報解析機【OR】アナライザー『真理の目』 を使い奇襲を警戒していた天宮(gb4665)はぽつりと呟く。
 AU−KVとアナライザーとを接続し、弱点である稼働時間を延長させようと試みたが、構造上それは不可能だった。故に、天宮は要所要所で使用するようにしていた。
 交渉の様子もアナライザーを通して見ていたが、それがなくともアストレアという強化人間がやや不安定な状態にあることははっきりとわかった。
 さらに揺さぶりをかけて降伏を勧告し、あわよくば手中に収めることも可能だろう、とこの時天宮は予測した。


「俺が‥俺達が二人を相手に戦い、撃破したのは本当だ」
 吐息が凍りつき、うまく回らない口を源次が動かす。
 J・Bは戦闘不能になるも救助を拒みハーモニウムとして散ったこと、Qは仲間を救う為キメラに体・意識を食われながらも戦ったこと、彼らの徹底した仲間意識、ハーモニウムであると言う誇りに偽りは無かったということ。
「信じる信じないは勝手だ。だがアイツ等の想いを、誇りを、否定するのか? 一方的な記録かも知れんがソレを汲み取ってやってくれ」
 言葉なくうつむくアストレア。何かに怯えてるように見える少女の様子に圭吾が続ける。
「‥1人取り残されるのが、怖いんだろう? 仮面で表情を隠しても、考えていることは手に取るようにわかる。だがきみは、何も見えてはいない」
「盲目‥そうよ、だから戦える。人は自分が正しいと思うこと以外は見ない。見ようともしない。私達、だから殺しあうんじゃない」
 少女はファイルを胸に掻き抱き頭を振るった。


「あのお二方はQさんと戦った方ですよね」
「ああ」
「それで彼女の前に立ちますか。勇気のあることだ。身内に等しい人間を殺された少女の前に立つ。自分が殺し、奪ったことから逃げない。その姿勢は評価されるべきでしょうな」
 交渉が行われている地点からほんの少し後方、ロズウェルの隣にシングルスーツの男が立っていた。
「な、あんたっ‥」
「テメェ、いつの間に!」
 驚愕し慌てるロズウェル。サウルとレインウォーカーが後方の異変に気づき即座に得物を構えた。
「まぁ落ち着いて」
 スーツの男、春遠は胸の前にあげた手をひらひらと振るう。
「私、弱いものいじめは嫌いですから」
 交戦意志はありませんよ、と人懐こい微笑を浮かべる春遠に、他人を見下し馬鹿にした、驕ったバグアのやることだ、とサウルは苛立ちと嫌悪を顕に舌打つ。
「テメェの胸三寸でどうにでもなるってか」
「それに関してはお互い様で。敵である強化人間を生かすか殺すか、その場にいた能力者の胸三寸、と、ね?」
 戦闘の末に生殺与奪の権を握り、誰を助け誰を助けないか、選り分けているのは能力者達も同じではないか。
「バグアがよく言うよォ」
「バグアだから言うんですよ。兎角、人は自らの責任から逃げがちだ。自らの行動が引き起こした事象の顛末、それが重ければ重いほどに。そのくせ、救う救わない、許すの許さないだの。思い上がりも甚だしい」
「必要なのは、選択の結果事実から目を逸らさず逃げないという『覚悟』 敵を殺したのならばその事実を忘れることなく、殺した者の身内に一生許されず、一生怨まれ続けるという『覚悟』 そして自分も殺されて然るべきだという『覚悟』」
 ほのぼのとした風、口調であるものの、笑みの形に細められた春遠の瞳はまったく笑っていなかった。
「あなた方にそれがありますか?」


「君達は、純粋だ。敵味方を忘れ胸をうたれる者がいる程にね。だが。こちらに投降してきた者、捕虜となった者。彼らは間違いなく遠からず死ぬ。そうさせまいと‥少なくない人間が動いている。‥チューレ。あそこが、分水嶺となる。君たちにとっても生命線かもしれないあの基地が人類側にいるハーモニウムの目下、最大、最後の希望だからね。君たち、バグア側のハーモニウムとも戦う事になるだろう」
 クアッドの言葉に顔を上げるアストレア。
「コレまでの経緯‥俺には、ハーモニウムは今、緩やかな死を迎えているように見える。このファイルを求めた君なら、何かを変えられるかもしれない、な」
 クアッドの言葉が切れる。沈黙が落ちる。
 頃合を計っていた天宮が一歩進み出てアストレアに語りかける。
 バグアは劣勢であり戦いが末期になればアストレア達は確実に捨て駒扱いされるということ、今のうちに投降すればハーモニウムのメンバーの身の安全は守るということ、自分はそこそこ名のある隊の隊長だから上記のことは例え処遇に不満が生じたときは自分が交渉してできる限りの便宜を図るということ。
 その三点を強調しつつ、穏やかな口調で語られるそれは降伏勧告。
 天宮はその間もアナライザーを使いアストレアの感情を分析し、刺激しないようにと努めていたが、彼は少しばかり機械に頼りすぎた。
「考えてみてはくれませんか?」
「‥‥考えるまでもないわ──」
 劣勢であろうとも、捨て駒であろうとも、仲間達は『ハーモニウム』として戦い、誇りと信義を貫き通した。アストレアにそれを裏切るような真似が出来ようはずがない。
 それ以上に彼女の感情を逆撫でしたのは、隊を率いる長として便宜を図るという言葉だった。
 長の独断であろうと、その責任は隊に所属する全員にもかかってくる。信頼あっての隊長だろうに隊員とその信頼を蔑ろにするような天宮の発言に明確な怒りを感じたアストレアは、氷床を蹴り天宮の懐に飛び込むや否や一撃を加える。

 その攻撃にレインオォーカーが反応し、夜刀神の鯉口を切ってアストレアに迫るが、そこへとアンジーが割り込み刃を細剣で受け止める。
「アンジーって言ったなぁ。自分の意思で戦えるようにはなったかぁ? その様子じゃまだみたいだねぇ。それじゃ、面白くない。戦いは自分の意思を刃に乗せてやるものだ。それが出来ないならお前には何もできない」
 レインウォーカーは嘲笑を浮かべ、攻撃回避後のカウンターを狙いわざと隙を作り出し釣り出そうとするが、和やかながらも有無を言わせない口調がそれを遮った。
「はい、そこまで」
 天宮に追撃を加えようとしていたアストレアの腕を、瞬時に移動した春遠が掴み止めていた。
 アンジーは氷床を蹴って退き、アストレアは春遠に引きずられるように下がりだす。
「これ以上はお互い無益、これでお開きとしましょう」
 一度開かれた戦端に武器を構えた傭兵達を一瞥すると春遠は軽く指を鳴らす。途端に巻き上がる大量の雪煙。手加減された衝撃波と氷の粒が傭兵達に襲い掛かった。
 もうもうと白く煙る視界の中、レインウォーカーが声を上げる。
「次会う時までに自分とは何なのかを考えておきなぁ。これはボクからの『宿題』だぁ」


 雪煙の収まった頃、そこには何の痕跡も残されていなかった。


「俺達は‥戦うしかないのか」
「‥戦うしか、ないのだろうな」