タイトル:【共鳴】春遠と天使マスター:敦賀イコ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/12/04 23:27

●オープニング本文



 アンジー。

 本名はアンジェリナだったか、アンジェリンだったか。ラテン語で天使を意味するangelusに由来した名を持つ少女。
 彼女は『ハーモニウム』の『生徒会長』であるアストレアのバックアップとして用意されていたが、強化途中に自我崩壊を引き起こし、能動性と自主判断、思考能力を欠損。実験体として廃棄処分が予定されていた。
 故に、ハーモニウム特有の相互依存は設定されておらず、アンジーという少女のことを『生徒』達は誰一人知らず、アンジーもまた『生徒』達のことを誰一人知らない。
 こうしてそのまま消えてゆくはずだったアンジーに情勢が役割を与えようとしていた。

 今現在、活動中のハーモニウムは次々と能力者に破れ、捕縛され、もしくは投降し、その数を減少させている。
 崩壊間近のハーモニウム、戦意を失い始めた『生徒』の統率者であるアストレアに、保険として影の補佐役を据えておこうという判断が働いていた。
 万が一、アストレアが人類に捕縛される、自ら投降するような状況に陥った際には、これを抹殺する役割を担う手駒が必要とされたのだ。

 アンジーの調整役として、白羽の矢が立てられたのは、檜の手桶とてぬぐいを片手に日本の温泉地巡りに出かけようとしていた春遠 朱螺(gz0367)であった。
 冷凍睡眠を解除され、春遠の前に引き出されたアンジーは、焦点の合っていない瞳をさまよわせながら、棒立ちするばかり。
 華奢な身体、白い肌、大きな鳶色の瞳、黒鳶色の髪は肩の辺りで緩やかに巻いている。
 アンジーという少女を目にした十人中十人が彼女を「人形のようだ」と形容するだろう。事実、人形に等しかった。
「えー、こんにちは、アンジーさん」
「‥‥」
 視線は自分に向けたものの『常識的』な反応すら行わない様子に、春遠が眉尻を下げる。
「こういうときは『こんにちは』と返事をするものですよ」
「‥‥こんにち、は‥‥?」
 アンジーは抑揚のない小声でぼそぼそと復唱した。
「これはどうしよう、困ったなぁ‥‥」
「‥‥may I help you‥‥?」
「その反応は正しいんですけど、正しくないといいますかね」
「‥‥I Don’t Know‥‥」
「ああ、うん。大変素直でよろしいです‥‥」
 きちんとセットした七三分けを崩してしまわないように後ろ頭をかきながら、春遠はどうしたものかと低く唸る。
 アンジーは学習能力は残っているが行動指針がまっさらな状態にあった。
『教育』すれば記憶する。人形のような美少女を『教育者』が如何様にも染め上げることが出来る。この状況、好事家にとっては垂涎モノではあるだろう。
 だが、そういった趣味も欲も持ち合わせていない春遠はただただ苦笑いするより他なかった。
「これなんてエロゲ?」




 グリーンランド各地に点在している物資の集積基地が強化人間に襲われた。
 奇妙なことに、襲撃してきた強化人間は兵士を殺さず、無力化するに留め、抵抗がなくなれば物資をキメラに運ばせ、現場の破壊行動も兵士の殺戮も行わず去って行ったという。
「強化人間に出くわすなんて、俺ももう終わりかーって思ったら、脚一本で済んでラッキーだったな。特徴? ああ、女の子だった。そうだな、後は‥‥銃を持ってその子の前に出た時、俺は確実に敵として認識されてたと思うよ。けど、その後だ。さすがに脚一本潰されて動く元気ないからさ。地面に蹲って必死に止血してたら、完全に無視された。なんってーの? 無いってのと同じ扱い? マジでラッキーとしか言えないんだけど、バグアにしちゃ奇妙だなって。普通トドメとか刺すじゃん。よくあるんかね。こういうの? ああ、あと、すんげぇ小さな声で『はい、先生』とか言ってた。どっかから指示を受けてたんじゃないか?」
 現場に居合わせ、負傷し、後に救出されたUPC北方軍兵士は病院のベッドの上でこう語った。
 奇妙な襲撃の情報に警戒を強めるUPC北方軍は、次に目標とされるであろう集積基地を割り出し、その警護を傭兵に依頼した。




「さて、そろそろ本番でしょうかね」
 氷原の上、次の襲撃地を双眼鏡で確認し、春遠は斜め後ろに控えている少女に顔を向ける。アンジーは背筋を伸ばし姿勢良く立ったまま微動だにしない。しばらくそのままだんまりが続く。思考と戸惑いに視線をさまよわせていたアンジーがようやく口を開いた。
「‥‥先生、次の指示をください」
「‥‥いや、あの、それでは困るんですが。っていうか私、先生じゃないんですけど‥‥?」
「‥‥I Don’t Know‥‥」
「‥‥ですよねー」
 人類側の主力、能力者を釣りだそうというのに、アンジーにはまだまだ指示が必要な様子だった。挙句に、春遠のことをすっかり『担任の先生』として認識している。春遠は眉尻を下げまいったなあと息をついた。
「今回、指示は出しません。あなたの判断で行動してください。危なくなったら援護はしますので、私の援護があった時点で退却してください」
「‥‥」
「わかりました?」
「‥‥はい」
 アンジーは熟考の後にのろのろと頷き、キメラを引き連れて襲撃目標へと進軍を開始する。
 その頼りない背中を見送り、春遠は曇天の空を見上げた。
「温泉、当分無理かなあ‥‥」
 ひとりごちながら肩に担いでいた長大なライフル銃を雪原に設置する。
 二脚の通常バイポッドに加え、ソリ付きの二脚を有したそれは、地球上の兵器で言うところのラティL/39対戦車ライフルに酷似していた。



●参加者一覧

大神 直人(gb1865
18歳・♂・DG
番場論子(gb4628
28歳・♀・HD
桂木穣治(gb5595
37歳・♂・ER
石田 陽兵(gb5628
20歳・♂・PN
天羽 圭吾(gc0683
45歳・♂・JG
サウル・リズメリア(gc1031
21歳・♂・AA
レインウォーカー(gc2524
24歳・♂・PN
ホープ(gc5231
15歳・♀・FC

●リプレイ本文


 白と黒。温度の無い二色で構成された原野、寒々しい風景の中にぽつねんと集積基地が置かれている。
 強化人間とキメラの襲撃に備え、そこに残るのは八人の傭兵。
 UPCの兵士は一人残らず退避完了し、後は敵を待つばかりとなった。


「うー寒い‥防寒着がなかったら凍えてるね〜」
 ホープ(gc5231)が吹き抜ける風をやり過ごそうと防寒ポンチョをかきあわせ、肩をすくめた。
「まったく。終わったら温泉でも行きたいですね」
 肌を刺す寒風に石田 陽兵(gb5628)が苦笑う。
「グリーンランドで女の子の強化人間、先生‥今巷で話題のハーモニウムの仲間内って感じがするなあ」
 両手に息を吹きかけながら、桂木穣治(gb5595)が出現するであろう敵について、思うところを口にした。
「ハーモニウムらしき強化人間‥。この時期に現れたのは気になるな。色々調べてみる価値はあるか」
 大神 直人(gb1865)の呟きに
「強化人間か。まあ、ボクには関係ないなぁ。敵なら、殺すだけだぁ」
 優先すべきは仲間の命であり、そのためであれば敵を殺すことを躊躇わない、とレインウォーカー(gc2524)は戯けた口調ながらも厳しい姿勢をとる。
「そりゃ‥敵は敵かもしれねえが、やっぱり子供を殺すってのは避けたいもんだ。なんとか追い払うか、保護できないもんかな」
 穣治の言葉に天羽 圭吾(gc0683)がそっと眉をひそめる。
 物資を守れという依頼であるのだから、それを遂行するだけであり、相手が人型だから、子供の姿だから、といった理由で戦闘を躊躇うような甘さも何も必要ではない。
 彼はそう考えていた。
 だが、過日に最期を見届けたハーモニウムの強化人間の姿が彼の脳裏によぎる。
 圭吾の目前で、強化人間は生き残るために必死に藻掻いていた。
 それと戦い生き残った自分は今、ただ或る生を感謝もせず浪費している── ある種の自己嫌悪と罪悪感、形容しがたい感情が彼の胸に去来する。
(強化人間は恐らくハーモニウム‥奴のように、生を渇望しているのだろうか?)
「‥‥捕らえ、情報を得ることで、ハーモニウムを動かす大元に繋がる可能性があるならば‥‥殺害に拘らず確保を視野に入れるのもいいだろう」
 以前の圭吾であるならば決して出てこなかった言葉。
 物資を守り、可能ならば強化人間を確保する。依頼は物資を守ることで、倒すことではない。と続ける圭吾に穣治が深く頷く。
「ああ、それに。殺る相手を選らばねぇと、士気低下にもなるしよ。女子供を殺したっつうと、情けねぇって思われるぞ」
 サウル・リズメリア(gc1031)がややぶっきらぼうに付け足した。
「それにしても。一般兵を殺さなかったのは傲慢か、それとも目標を優先しての結果かどっちだ? 」
 事前に聞いていた強化人間の行動を直人が訝しむ。
「無力化したら攻撃してこないってことは、戦意を持たないようにでもすれば奇襲でもかけられるのかねえ」
「最悪死んだふりでもすれば隙作れそうですね。いや、もちろん冗談ですよ。人殺しが嫌いな奴なのか、『先生』とやらの指示なのか‥‥」
 穣治と陽兵も解せぬ、と首を捻る。
「その『先生』とやらが気にかかる。今までは生徒しか目撃情報は無かったが‥」
「あのセールスマン風な奴がまたいたりしてな」

 彼らは知る由も無いが、同刻、原野の只中で春遠が盛大にくしゃみをしていた。

「なんかバグアらしくない奴‥‥まぁいっか、バグアにも色々いるんだろうし」
 強化人間の情報に首を傾げたホープだったが、まあいい、と結論付ける。百聞は一見にしかず、実際に遭遇しなければ相手がわからない。
「ええ。奇妙なハーモニウムですが手加減は無用です」
 番場論子(gb4628)が同意を示し、己の得物を確かめる。
「さぁ、そろそろ予定通り動くとしようかぁ。勝手な真似はするなよぉ。こんな所で死にたくはないだろぉ」
 大仰な身振りでレインウォーカーが行動開始を促した。




 傭兵達は二班に別れ強化人間とキメラを待つ。
 奇襲班が塹壕に待機し、迎撃班が足止めをした敵を攻撃する。という二段構えでもって臨もうとしていた。

 地吹雪に霞む氷原に馬蹄の音が轟く。

 巨体そのものを武器とし、氷床を穿ち蹴って迫り来るキメラ。
 戦術も何も無い。ただの力任せの突進であるが、単純な分その勢いは侮れない。
 塹壕に待機していた論子が躍り出て、SMG「スコール」を構える。
 弾丸でもってまずその勢いを削ろうというのだ。
「援護します!」
 陽兵が論子の行動に合わせ、援護射撃を開始。
 浴びせられる弾丸に速度を減じたキメラは、有刺鉄線の前に立つレインウォーカーとホープの前へと誘導されていった。
 刀を構える二人に対し、キメラは嘶きながら氷弾を吐き出す。
 ホープは回避しながら迅雷でもってキメラの背後に回る。気づいたキメラが後ろ足を思い切り蹴り上げるが蹄は空を切り、そこへと釘バットが振り下ろされる。
「過激なお馬さんだね、でもお休みー」
 キメラの動きを鈍らせ、奇襲班が狙いやすくなるように、というホープの狙い通りに足止めされたキメラへと奇襲班が一斉射撃を開始。弾丸の雨と電磁波、弾頭矢が降り注ぎ爆ぜる。その時、別方向からもう一頭のキメラが走りこんできた。

 即座に迎撃班が対応へ回る。
 先ほどのキメラと同じように、恐るべき勢いで突進してくるキメラの足元を狙う論子とホープ。
 脚部にダメージを受け、挙動の怪しくなったキメラの体当たりをレインウォーカーはひらりとかわし、そのまま身体を回転させると遠心力を乗せた【OR】黒刀「歪」の一撃を叩き込んだ。
 陽兵はキメラを倒すごとに指示している者がどこかから見ていないか、双眼鏡で周囲を確認する。

 傭兵達が二頭のキメラに対応していたその間に、もう一頭が傭兵達の背後方向から迫り、跳躍。塹壕を飛び越え集積基地内に着地した。その背にはパワードスーツを身につけた少女、アンジーの姿がある。
 傭兵達の背を取ったアンジー。攻撃を行うのに絶好の機会だったが、彼女は戸惑っていた。
 彼女の予想では、傭兵達とは正面から相対するはずだったのだ。
 予想外の状況にアンジーは動かない。いや、動けない。とりあえずキメラの背から降りては見るもののただ立つだけ。状況を分析し、次にとるべき行動を考える。

 キメラは凶暴な野獣の本能そのままに傭兵達へと突進する。
 サウルは身体強度を一時的に強化させ、腕を交差、キメラの突撃を身体で受け止める。利き足を軸にしてその場に踏みとどまる。防御姿勢を保ったままステュムの爪を取り付けた足で蹴りを放つ。

 物資を前に立ち尽くしたアンジーの前に直人が走りこんでくる。
 直人は自らの名を名乗り、アンジーにその名を尋ねるが、その行動が理解できない少女は棒立ちのままだった。
「俺は名乗ったんだ。あんたも名乗るのが礼儀だろ?」
 勝手に名乗りを上げておいて、それを礼儀と自分にも求めてくる。
 アンジーは直人の行動と意図がまったく理解できず、対応もできなかった。
 無言のまま微動だにしないアンジーを前に、直人は冗談や引掛けを交えた巧みな話術を展開し、ハーモニウムかどうか、指示者の名前、何所から来たか、なぜ兵士を殺さなかったのか、趣味趣向や年齢などを聞き出そうとするが、それはますます彼女を混乱させるだけだった。
「‥わかりません」
 か細い声平坦な声が答える。
「‥わかりません」
「‥わかりません」
「‥わかりません」
 情感というものが一切含まれない、機械的ともとれる声にキメラの断末魔が重なる。
 三頭目のキメラが集中攻撃に敢え無く力尽きていった。
「他人のものを壊すってのは悪いことだって 習わなかったかい?」
「‥わかりません」
 穣治が合流。世間話でもするかのような調子で話しかけるが、反応は一辺倒だった。
「どうして物資ばかり襲うんだ? そんだけ力があれば人間を殺すことなんて容易いだろうに」
「‥わかりません」
 壊れた蓄音機、音飛びのするレコードのように同じことだけを繰り返すアンジーの様子に首を傾げる穣治は、せめてもと単純な質問を投げかけた。
「名前はなんていうんだ?」
「‥アンジー‥?」
 疑問系ではあったが、ようやく『わかりません』以外の答えが出てきた。
「なあ、きみはハーモニウムなんだろ?」
 同じハーモニウムであっても、運命に抗おうという執念を見せた少年とは正反対に、意思の見えない人形のような少女に違和感を覚えた圭吾は思わず声をかけていた。
「Yes」
 YesかNoか。ようやくはっきりと答えられる質問を投げかけられたアンジーは即答したが
「先生って誰なんだ?」
「‥わかりません」
 次の質問にはもう答えられなかった。
 アンジーはとぼけているわけではない。
 作戦開始前、春遠は『先生』ではないと言っていた。アンジーにとって先生に等しい存在であったが違うと断言された。直人の質問にあった指示者についても同様、前回は春遠の指示を受けていたが、今回は自分の判断で動くよう任されている。
 アンジーはそれらをどう答えべきなのか『わからない』
 それ以上に、戦地で敵であるはずの自分と遭遇して、このように話しかけてくるという傭兵の行動が彼女の理解をはるかに超えていた。
「アンタ、どうして敵を殺さねぇ。兵士は無事だって聞いたがよ」
「‥わかりません」
 故に、サウルの質問にも答えようが無い。

 想定外に理解外。
 アンジーは今、行動目的を見失ってしまっている。

 現場の約2km後方。アンジーのパワードスーツと偵察に出した高度偵察キメラからの情報で現場を窺っていた春遠は体育座りのまま頭を抱えた。
「これ‥どーしよっかなあもう」
 春遠が聞き及んでいた通り、傭兵達がバグアの手下となった強化人間と完全敵対し、問答無用で攻撃行動に移るようであったならばアンジーは『正常に』動けたのだ。元々が兵士として訓練されていた少女であったから、攻撃を受ければ反射的に状況に即した行動をとる。
 ところが今回はそうではない。
 傍らのライフルにちら、と目を落とす。狙撃することは簡単だ。
「でも、その前にやってみますかね」


 迎撃班の四人も加わり、アンジーは今、傭兵たちに囲まれている。


『あー、あー、本日は晴天なり、ただいまマイクのテスト中ー』
 突如、緊張感漂う現場に相応しくないほのぼのとした声が響いた。
「何だ!?」
「‥上か!」
 声が聞こえた瞬間、僅かにアンジーが真上を見たことを圭吾は見逃さなかった。
 視線や仕草、装備品を注視し、また、過去の経験から偵察用のキメラがいないか、警戒を続けていた彼は、頭上に現れたキメラの姿を発見し、銃を構える。
 高度を下げ、小さく白い蝙蝠型のキメラから男の声が続く。
『まあまあ、落ち着いて』
「春遠‥さんか?」
 先日遭遇した風変わりなバグアに思い当たった穣治は、その名前を記憶の片隅から引き起こした。
『はいはい。春遠です。先日はどーも。いやあ、お元気そうで何より』
「はぁ、そりゃ、まあ‥」
 サラリーマンが社外で出会った顔見知りに挨拶をしているような調子の声に、通信機に向かって何度もお辞儀をしている男の姿が想像できた。実際、そうだった。
『突然で申し訳ないんですが、その子はよそ様からの預かりものでして‥今回はちょっとした訓練だったんですよ。ですからここはひとつ、穏便に撤退させてやってはもらえませんでしょうかね』
 穏やかな声で低姿勢に懇願され、穣治がノリで思わず頷きかけたが
「攻撃をしかけさせておいて、ただで帰せだ? そんなムシのいい話があるものかぁ」
 レインウォーカーが挑発的な声色で一蹴。
「心苦しいのですが、これも任務ですからね」
 毅然とした態度の論子が続く。

 傭兵達は共通の認識を持っていた。
 強化人間を安全に捕縛出来ないようであれば殺害すると。

『あらら。立場があるのはお互い様、というわけですね。わかりました。無益な殺生は避けたいんですが』
 春遠の声にこれが答えだ、と圭吾がキメラへと発砲し撃ち落した。

 銃声に反応し、アンジーが細剣を構える。
 疾風のような動きでレインウォーカーが踏み込み黒刀を振るう。
「攻撃から感情が読めない‥なんだ、こいつはぁ?」
 黒刀から逃れたアンジーの反撃を軽く受け止めながら、彼はほんの少し眉をひそめた。
「感情が無い‥いや、自意識がないのか? まるで人形‥気にいらないなぁ、お前。戦場で命を懸けるなら、自分の意思で戦え」
 苛立ちが混じるレインウォーカーの言葉にホープが僅かに目線を落とす。
「‥考えない兵士、か‥君も幸せとかを知らないの?」
「‥わかりません」
 油断無く傭兵刀を構えつつも、ホープはアンジーに奇妙な親近感を覚えていた。
「──敵じゃなかったら、ちょっとはいい話ができたかもね」
 だが、例え相手が何であろうと『命令』である限り、ホープは『敵』を斃す事を厭わない。果敢に切り込んで行く。
「痛かったらごめんよ」
 装甲の繋ぎ目、特に脚部を狙って陽兵が銃撃を行うが、致命傷にならないようにと急所を避けていた。

 傭兵達の波状攻撃に消耗し、ペイント弾で視界の半分を奪われ、ついには足を打ちぬかれ膝を突いたアンジーへと直人とサウルが迫る。
 鋭い蹴り術と月詠が振り下ろされようとしたその時、衝撃音とともにいきなり二人の足元の氷床が爆ぜた。
 砕かれ、宙に舞い上げられた氷の破片がぱらぱらと落ちる中、遠雷の様な音が傭兵達の耳に届く。
 銃についての技能を習得している圭吾と陽兵には、それが銃声であり、かなりの遠距離から狙撃されたものだと瞬時に理解できた。それと同時に背中に冷たい汗が流れる。
 地吹雪、強風と溶けない氷に霞む氷原で、威力を落とすことも、逸れることもなく届いた銃弾。
 アンジーを包囲している傭兵達の足元が間髪いれずに次々と爆ぜる。
 この銃撃に崩れた一角をついて、アンジーが駆け抜る。竜の翼でその後を追おうとした論子だったが、すぐさま突出、単独行動の愚を悟り足を止める。
 アンジーの姿はすぐに雪煙に紛れ、消えていった。




「荷物は無事だったし、任務は成功‥か?」
 傷ついた仲間の治療を終えた穣治が、空き箱に腰を下ろし息をつく。
「そうだな。だが‥」
「釈然としませんね‥」
 意図の不明瞭な敵の存在に直人と陽兵が低く唸るように呟いた。


 同刻、春遠は彼の元へと辿り着いた途端に意識を失ったアンジーを片腕に抱え、もう片方にライフルを担いで遠くを振り仰いでいた。
「いやあ、勉強になった。人類はやっぱり面白い生物だ」
 敵に回ったはずの同類にすら情けを持ち、救いの手を伸ばそうとする彼ら。そしてそれが無理とわかれば非情に徹し滅そうとする。
 それは無知と、能力を持ち得た増長と傲慢さ故の行動かもしれないが、春遠から見れば実にほほえましい光景だった。
「さて、どうしたものでしょうかね」
 これからに想いを馳せながら、春遠は鼻歌を歌いながら歩き出した。