タイトル:人は何故殺されるマスター:敦賀イコ

シナリオ形態: ショート
難易度: 不明
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/05/04 20:59

●オープニング本文


「あいつは助けてくれ、助けてくれって自分の命乞いばかりで、俺に謝罪のひとつもしやがらなかった」

 UPCグリーンランド基地。
 基地周辺を何度もウロついていた不審者として事情聴取、その後、爆発物所持で逮捕された男は取り調べに対し、己の犯罪を尊大に語った。

「女房子供をあいつらに嬲り者にされ殺された挙句、俺だってこの様だ」

 皮肉気な笑みを浮かべる男の顔は顔半分が焼け爛れ、突き出された両手の指は三本しか無かった。

「俺だとわかったら尚更、『助けてやったのは誰だと思っている』なんて恩着せがましくわめき散らして。俺への謝罪も許しを請うこともなしに、だ」

 バグアと人類との競合地域では、バグア側に加担したと疑わしい人間は地域の有力者たちによって私刑にされることも珍しくは無かった。もとより、外界から断絶された小さな村社会では情勢不安に対する心理的耐性が弱く、モラル・パニックがおこりやすい。
 そんな競合地域では、戦役により被害を受け、まるで中世時代のような厳しい生活を強いられている村も多く点在する。さながら中世暗黒時代の魔女狩りのような陰惨な「事件」がおこることも少なくない。

 男はとある村にて権威を振るう有力者の横暴に苦言を呈した、勇気ある一市民だった。
 だが、結果的にそれは報われず、男は目の前で妻子を惨たらしい方法で殺害され、自身も手ひどい拷問と危害を加えられた。有力者は「恩情だ」として男の命だけは奪わず助け、一方的な恩義を押し付け男を奴隷のように扱ってきたのだ。

「だから殺したのか」
「それ以外に何がある」

 言葉に詰まる尋問官。男の言い分を素直に信じるのなら『殺されても仕方のない人間が復讐として殺されただけのこと』なのだ。

「世界が全部正しく神の御心に叶っていれば、こんなこと、おこらないのにな」

 疲れきった表情で男は嘆息した。

「そうそう、バグアにゃ随分と話のわかるヤツがいてなぁ、いろいろ親切にしてくれたよ。俺の願いだって、利害が一致したってんで叶えてくれるんだからな」
「なんだと‥‥バグアと組んで何をするつもりだった!」
「ケッ、決まってるだろ、あの氏族を全員皆殺しにしてもらうのさ。そのかわり、俺はこの基地に爆弾仕掛けるって話だった」
「お前、自分が何をしたかわかっているのか!!」

 尋問官はいきりたち、男の胸倉を掴んで乱暴に揺する。

「アイツぁ人間の死体が欲しいんだとよ。しかも、大量に」

 激昂する尋問官に対し、口を釣り上げて笑う男の顔は暗い狂気に満ちていた。

「あーぁ、だが残念だ。あいつ等がキメラに潰される様をみたかったんだが、失敗は失敗だ」
「な‥‥」

 男は言葉を終えると一度大きく身体を痙攣させ、体内でくぐもった音を立てると口から夥しい量の血を吐き出し、その場で息絶えた。
 体内に仕掛けられた爆弾が爆発したのだった。



「あの氏族の横暴には、非常に反感が多い」
「だからといって」

 上官の苦い呟きに部下が反論する。

 グリーンランドの全地域でと言うわけではないが、同地では、警察機能が十分に働いているとは言いがたく、治安の維持は各村の自警団に委ねられているといっても過言ではなかった。
 点在する村々の間にも力の優劣があり、優位に立った村の有力者は劣った立場にある村から『みかじめ料』として財産などを搾取する悪習が広まっている。特に件の氏族の村は地理的に北米に近く、物資面から他の村と比較して格段に優位な立場にあり、今回に限らず以前から周辺に対し『人を人とも思わない傲慢な振る舞い』があった。
 UPC軍にも多く相談が寄せられ、対処を迫られていたが『人間同士のささいな諍い』は全て後手後手に回されていた。

「そう、だからといって、見殺しにするわけにも行くまい」

 『ほんの些細な問題』でこれ以上、UPCの評判を貶めることはあってはならない。
 上官は淡々とULTへの依頼書に判を押す。完成した依頼書を部下に手渡しながら、上官は独り言のように呟いた。

「A級のブリザード(雪を伴った強い北西風、視界100m以下、風速25m/s以上)が来ている。傭兵達にはゆっくりと、慎重に進軍してもらわねばな」
「はい、ゆっくりと、ですね」

●参加者一覧

幡多野 克(ga0444
24歳・♂・AA
ミア・エルミナール(ga0741
20歳・♀・FT
ロジャー・ハイマン(ga7073
24歳・♂・GP
天龍寺・修羅(ga8894
20歳・♂・DF
御巫 雫(ga8942
19歳・♀・SN
サルファ(ga9419
22歳・♂・DF
武藤 煉(gb1042
23歳・♂・AA
朔月(gb1440
13歳・♀・BM

●リプレイ本文

●ホワイトアウト
 容赦なく吹きすさぶ風は人を飲み込むように氷雪を舞い上げる。

 一般にブリザードといえば強い風を伴う降雪を思い浮かべるだろうが、実際のところ空中に舞う雪の大部分は地表に積もった雪が風に巻き上げられたものである。

 足元から舞い上がる雪に視界が白く閉ざされ、自分の足元すら定かに見えない状況では雪原と空中とが一続きに見え、方向どころか高度すらも不確かになってくる。
『はたして自分は本当に地表を歩いているのか?』こんな馬鹿げた疑念ですら信憑性を持って浮ぶ。

 平素、人間が得ている外部情報の約83%は視覚によるものとされていた。それが全く機能しなくなるのだ。 自分がどのような状況下にあるのかほぼ判別不能となるのだから、その恐怖と焦燥は筆舌に尽くしがたい。

 遭難対策として、互いの身体をザイルで結び傭兵達は雪嵐の中を進んで行く。
 最も体力のあるサルファ(ga9419)とミア・エルミナール(ga0741)をそれぞれ先頭と殿にして出発、中途で、幡多野 克(ga0444)と武藤 煉(gb1042)が交代。間に挟まれる形でロジャー・ハイマン(ga7073)、御巫 雫(ga8942)、朔月(gb1440)、天龍寺・修羅(ga8894)が続く。

 進行中、雫の声にサルファが振り向く。どうやら歩行速度に差が生じていたらしく、サルファはザイルを引き、先頭を行く煉に一旦停止をうながす合図を送った。
 その間でも朔月は周囲の警戒を怠らない。
 ゴーグルについた雪を払い落としながら、ロジャーが地図を広げ包囲磁石、ビーコンの情報とを照らし合わせて、自分達が今どこにいるのかを確認する。同様にして現在地を確認している修羅とともに差異が出ていないかを付き合わせて二重の確認を行った。

 この行軍は喩えるなら、明かり一つない断崖絶壁の縁を遠くから聞こえる声に従い歩いているようなものだ。迷い、一歩踏み外せば即、命を落とす。
 そんな危険を冒してまで彼らは村の救援に向かっていた。

 グリーンランド基地において、彼らは全ての事情を聞いている。
 戦役に起因する治安の悪化、魔女狩り、一部氏族の横暴、基地にて死んだ男。
 それらを聞いて尚、彼らはキメラに襲われるという村の救援に向かうことを満場一致で決めた。

「――いつになっても、変わらないものだな。どこも同じか‥」

 サルファが憤りと諦めがない交ぜになったような声で苦々しく呟く。

「力を持ち、他人より優位に立てば、人は傲慢になる。心優しく正しき者も、家族を殺されれば銃を取る。
決して他人事ではない。誰の心に中にも眠っているものだ」

 年齢に似合わず、何かを悟ったように落ち着いた声色で語る雫。澄み切り、透明な色をたたえる瞳はどこか遠くを見ているようであり、自己を見つめているようでもあった。

「彼らの所業は許せない‥けれどキメラを‥見逃す訳には、いかない‥。バグアが欲しいものを‥わざわざくれてやる必要も、ないし、ね‥?」

 克が訥々と語る。
 村の救援を任務として引き受けた以上はそれを遂行する。傭兵としての気骨と責任感がそこにはあった。
 同意である、と言うように修羅が頷く。

「普段から人名救助・救出作戦を専門に仕事をしてますんでね。こういう仕事が能力者としての自分の生きがいだと思ってますよ」
「おう、そこに護らなきゃならねぇ奴がいるなら、全力で助けに行く。それだけだ」

 ロジャーと煉は人命の救助に重きを置き、どこか割り切っているようだった。
 特に煉は、ただ単純に困ってる人を助けたいとそれだけを考えており、迷いも何もない。

 経緯に対して十人十色の思いがあったが、救援を決めた彼らに共通していた認識は『犠牲になっても良い命などどこにもない』というものだった。
 常に戦場にあって、命のやりとりをしている傭兵だからこそ、命の重みと尊さを十分に理解しているのだ。

「‥じゃあ、やろうか」

 ミアの言に一同は頷く。


 そうは言っても、心情的には納得がいかない部分もある。

 公序に照らし合わせてみて、決して正しいとは言えない行為を働く人々がいる。
 その人々を助けるということに、疑念を持たずにはいられなかった。

 ミアは行軍中、何度も自問自答した。

 好む好まざるを別としてキメラやバグアの脅威から『人間』を守るのが、自分達の役割である。そう、自己を納得させようとしていたが、わだかまりは消えない。
 ゆっくりと進軍してほしい、といった基地の人間の言葉には、間に合わないこと、進軍できないことを望まれているようにも思えた。

 実際、プロパガンダには格好の材料だろう。哀れな辺境地の人々がキメラに襲われる。勇敢な傭兵達が退治する。同情を買うことにも、反バグアの気運を昂めることにもプラスとなるだろう。加えて、襲われようとしているのは『迷惑がられている人々』なのだ。キメラによって殺されるのであれば――

 任務として割り切った克や修羅にしても、人名救出が生きがいと断言したロジャーにしても同様に、この件は快く、とはいかなかった。

「こんなトコでもたついて堪るか‥この道の先に、助けを待つ人がいるんだ‥ッ!」

 煉の言葉が強風に流される。

 足取りは重かった。
 それは、周囲を覆う白い雪のせいばかりではなかった。



●殺戮アワー
 幸いなことに雪嵐は徐々にではあるが威力を弱め、終息に向かっていった。
 薄れ行く白い闇のその先に、有刺鉄線とバリケードに囲まれた小さな集落がひっそりと存在していた。
 村の入り口には重々しい柵が設けられ、排他的な空気を漂わせている。

 周到な準備と、慎重な行軍によって傭兵達は遭難することなく目的地に辿り着いたのだ。
 難事を乗り越えたその精神力と行動力は賞賛されてしかるべきだろう。

 彼らは到着後も休むことなくかねてからの打ち合わせどおり、二手に分かれて村の様子を探る。
 事前の情報が無いだけに、慎重にならざるを得ない。
 すでにキメラが入り込んでいるのか、それとも爆発物でも仕掛けられたか。

 注意深く路地裏や死角をのぞき込みキメラや罠の存在を探索しながら朔月は一人呟いた。

「疑惑と驕りで間違った道の往く先に宿る命の焔は、どんな色をしているんだろうな?」

 不意に、村がにわかに騒がしくなった。「そっちだ!」「殺せ!」などの物々しい怒声が響く。
 キメラが現れたのか、と傭兵達は急いで喧騒の方へと向かう。

 数人の男が手に手に銃を持って集まっているその場所では、一人の女が豊かなブロンドの髪を掴まれ物陰から引きずり出されるところだった。

「こいつ、愛人にしてやった事も忘れて裏切りやがった」
「違うっ、アタシは何もっ」

 女の言い分は銃床に阻まれた。鈍い打撃音。雪に固められた白い地面に鮮血が滴り落ちる。
 血に染まり歪んだ女の顔を男は乱暴に掴み上向かせる。

「何を餌にバグアに釣られやがった?金か?」

 女は目に涙をため、力なく首を振ろうとする。歯を折られ口腔を切り血が溢れ出る状態ではうまく言葉を発することも出来ない。
 それを反抗的な態度、ととったのか再び銃床が女にぶつけられる。それを合図に取り囲んでいた男達からも蹴りが飛ぶ。

「何をしているんだ!やめろ!!」

 煉がとっさに割って入る。
 男達は闖入者に驚き、傭兵達の姿を見るなり銃口を向けた。

「貴様ら、どこから入ってきやがった!」
「余所者が口出すんじゃねぇ!」

 警戒と敵対心をむき出しにして男達は口々にわめく。
 ロジャーが救援に来たことを物腰穏やかに丁寧に説明し、グリーンランド基地で借り受けた受信機を見せると、ようやく銃口を下におろし、手のひらを返したように態度を一変させ男達は遜った。

「どうしてこんなことを‥‥」

 女を助け起こしながら、ミアは感情を押し殺した低い声で尋ねる。
 慌てて逃げまどったのだろう、女はこの厳寒の中で外套も身につけず靴すらはいていなかった。変色しきった裸足の足先は皮膚も爪もボロボロになり血がにじんでいる。

「そ、それは‥裏切り者のせいで、この村にキメラが来るって話がありまして‥」

 男達は口ごもりながらとって付けたような理由を述べる。
 そこに明確な理由は無かった。出所のわからない流言に日々募る不安の捌け口を弱者に向けたに過ぎないのだから。

 話に聞くのと、実際に目前で見るのとでは心証があまりにも違う。
 権威の前には容易に跪く卑屈さと弱者に対する横暴さに、嫌悪感と強い憤りを感じずにはいられなかった。

「この世に、他者から奪っていい物なんて何一つ無いんだよ。その逆も当然。命はその人自身の物だ。理不尽に失っていいものじゃない。だから‥‥俺の目の前でそんなこと、許すつもりは無いよ」

 ロジャーが硬い表情で一瞥する。穏やかであったが強い意志を秘めた眼光に射すくめられ男達はただただ萎縮し、卑屈に頭を下げるばかりだった。

「‥殺されてもいい奴。誰かを殺してもいい奴。そんなの、一人もいねぇんだぜ」

 他の命の取捨選択を勝手に行うという横暴が許されるはずがない。
 堅く握った拳をもう片方の手で押さえながら、煉はうつむき声を絞り出す。

「戦っているのは軍人や傭兵だけではない。‥彼らもまた、見えない魔物と戦っているのだ」

 そのために暴力に走ってしまうこともある、と雫は平坦に語る。
 生まれた直後に親から捨てられ、育ての親だった人物を暴徒に殺されたという過去を持つ雫は、何かを達観したように冷静だった。

 人間はあまりに弱い。いつも何かに怯え、恐れている。
 そしてその人間が内に抱える善と悪、理性と衝動に明確な境界線などはない。


 突如そこに、獣の鳴き声が響き渡った。

 人だかりに目を付けたのか、傭兵達と男達の目の前に上空から雪を巻き上げながらキメラが降り立った。
 身体の半分が鷲、後ろ半分が馬という大型のそれは、自分の力を誇示するかのように前足で地表を削り雄叫びを上げ、人間たちを猊下する。

「キ、キメラだぁ!」
「逃げろっ、逃げろぉぉ」

 降って湧いた異形の姿に蜘蛛の子を散らすようにして逃げ出す男達。

「さ、きみも早く逃げて」
「‥イヤ‥」

 ミアが女の背を押し避難を促すが、ようやく血が止まった口からは拒絶が滑り落ちた。

「またあんな連中と一緒になるくらいなら死んだ方がマシよぉ!」

 女は身体を支えていたミアを死に物狂いで突き飛ばしキメラに向かって走り出した。
 半狂乱の女の力は驚くほど強く、ミアは大きくよろけ体勢を崩す。また、既にキメラに意識を向けていた他の傭兵達も、女のあまりに予想外の行動に対応しきれず、咄嗟に伸ばした手は空を掴んだ。


 自ら飛び込んできた餌を待ち受け大きく開けられていたキメラの鋭い嘴が閉じられる。
 不快な咀嚼音が響く。
 キメラの口におさまりきらなかった部位がぼたぼたと地表に落ちた。
 不揃いにちぎれた血塗れのブロンドが風に舞う。


 凍り付いた空気をうち破り真っ先に動いたのは朔月だった。

「バグアも‥あの連中も皆、ど畜生だな」

 引き絞られた和弓がキリリとしなり、放たれた矢が唸りをあげて飛ぶ。一矢、二矢、三矢と次々キメラの翼に突き立つ。

 キメラとの戦闘は傭兵の本職だ。
 彼らは戦闘に、異形と対峙するために覚醒し、武器を手に取る。

 翼を穿たれ、飛行能力を失くしたキメラに克と煉が素早く接近、紅蓮の炎をまとった剣の的確な攻撃と紅の光芒をまとった鋭い刃がそれぞれ脚部を切り裂いていた。

 苦悶の声を上げ、身を捩るキメラが鈎爪を持つ前足を振り上げる。

 そこへ修羅の黒猫から放たれた銃弾が命中し、爪を打ち砕く。あえなく空を切る前足。
 生じた隙に克と煉の二人がいったん間合いを離した。

 その間を詰めるようにロジャーのナイフがキメラに襲いかかる。人間の限界を超えた力をもって放たれたナイフは全て四肢に命中し、キメラは進むことも引くことも出来ずにたたらを踏み、激しく身悶えた。

 流れるような連携は途切れることなく、キメラの側面に回り込んだ雫が銃撃を見舞う。
 それに気をとられたキメラに向かってミアの斧が振り下ろされ、胴を両断した。

「食らい尽せ、セベク」

 それでもまだ動くキメラにサルファの大剣が迫る。切っ先は血に染まった嘴を捕らえ、そのまま地に串刺し、無理やりに開かれた口中に弾幕矢が放たれた。

「フルコースだ。美味かっただろう?」

 翼を射抜かれ、四肢を切り裂かれ、真っ二つになり、頭部を完全に吹き飛ばされ、地に倒れたキメラは二、三度痙攣するとそれきり動かなくなった。



●人は何故殺される
 キメラが息絶えたとほぼ同時に村の中心部から火の手が上がった。
 かねてから有力者である氏族のやり方に反感を持っていた人々が立ち上がったのだ。彼らの蜂起に対し、氏族側は銃を持って応えた。
 この抗争は傭兵の介入により即座に鎮圧された。
 死者こそ出なかったものの負傷者は多く、氏族側と村人との関係は悪化するばかりだった。

「アイツら、キメラが来たら俺達を置いて真っ先に逃げ出そうとしやがった」
「キメラから守ってやる、とかほざいてでかいツラしてたくせに」

 負傷者の救護に当たっていたロジャーと雫に村人は解消しきれない不満をぶつける。

「痛みを知らない者は、他人を平気で傷付ける。‥しかし、今、傷付く痛みを知った。良い薬になるだろう」

 人の暗い面をよく理解している雫はその不満を否定も肯定もせず、お互いに歩み寄ることを諭したが、村人達は頑なだった。

「そもそも、搾取などしているからこうなる。心を入れ替え、誠意を持って謝罪を示し搾取してきた財産を返却すべきだ」

 修羅の提案に不満げな氏族側だったが

「弱肉強食――なら、貴方よりも強い者が現れたのならば、貴方はただ食べられるしかない。それが、貴方の流儀なのでしょう?」
「傲慢さがバグアがつけ入る隙を、作った‥。村がこうなったのは、誰のせいでもない‥。自分のせい、だよ‥。処罰は、司法の手に委ねるけど‥かまわないね‥?」

 サルファと克の手厳しい言葉にうなだれた。

 キメラとの戦闘後、油断無く他に敵がいないか捜索し、無事を確認してきた朔月は、先にグリーンランド基地で起こった出来事を語って聞かせ、当事者である氏族達を順番に殴り飛ばした。

「間違ってる!人間は残酷でも無力な存在でもない。ただ、ほんの少し無知なだけなんだ」

 ミアはただ黙って、誰とも目線を会わせずに茫洋とした白い地平を見つめていた。
 村の住人、氏族、彼らに何かを言ったとして本当の意味で聞く耳があるとも思えず、苛立たしさに殴りつけてみても自分の気が晴れるワケでもない。彼女はそう思っていた。


 あれだけ猛威を振るっていた雪嵐はいつの間にか止んでいたが、低く垂れ込める鉛のように重い雲は空を覆いつくしたままだった。