タイトル:残骸の中で静かに眠れマスター:敦賀イコ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/11/24 01:30

●オープニング本文


 彼は海を見ていた。



 C・シスは地球侵攻の後に生まれた年若いバグアだった。
 年若いと言っても『親』が持つ知識を受け継いでおり、その能力は人類など足元にも及ばない。
 ただひとつ、必要なことといえば憑依し新しい知識を吸収することのみ。

 そんなシスは酷く傷ついた哀れないきものを拾った。

 観察を続ける中、シスはソレが気まぐれに語る、桃から生まれた勇者の話だの、冷たい青からバラ色に変わる砂漠の夜明けだの‥‥陳腐な子供だましや寓意のこもったお伽話、地表における天候の変化や人類が地べたに暮らす情景を好んでいた。
 ソレののどこか気の抜けた語り口が心地よいとすら感じていた。
 人類は相変わらず下等でくだらない生物だったが、ソレは特別であり、かけがえのない愛玩動物を得た気分であった。

 それゆえにソレを自分のヨリシロとすることを決め、宣言していた。

 しかし、シスは迷いを抱いていた。
 憑依すれば自分とソレは一体化し、ソレの持つ知識、記憶、感情をそのまま取り入れられる。
 だが、そうすればソレはもう、自分に向かって語らない。
 泡と消えた人魚の話だの、黄金色に輝く夕焼けだのを語らない。
 そうなることがたまらなく嫌だと感じたシスは、いきものをこのまま、もうしばらくは手元に置いておこうと考えた。

 だが、シスの目の前でソレは死んでいった。
 馬鹿なものだと思った。
 バグアにとってヨリシロなど必要となればいくらでも用意できる、使い捨ての肉体でしかないのだ。
 だというのに、ソレは「相応しいヨリシロ」となるべく、人類の能力者(サル共)に戦いを挑み死んでいった。

「そういえば君は──、 ‥‥できることなら‥怒り、嘆き‥‥憎しみ、そんなもの、覚えずに、生きて──」

 最後に聞いたソレの言葉は祈りであり、願いであった。
 馬鹿なものだと思った。とうてい不可能な話なのだ。現にシスは泣いていた。
 自らはなった炎にまかれ、焼き尽くされようとするソレの抜け殻を炎の海から引き上げ、シスは泣いていた。
 もう、レイ・ベルギルトは千夜一夜の物語の続きをシスに向かって語らない。困ったような顔をして笑いかけることもない。



 シスは海を見ていた。
 穏やかな海を。


 沖縄諸島、H島。
 かつて、レイ・ベルギルトが強化人間『シザー』として、傭兵達と戦闘を繰り広げた島である。
 シスは追憶するかのようにレイ・ベルギルトが訪れた場所を辿っていた。


 今、H島にはUPCからの援助物資が陸揚げされている。
 桟橋をキメラによって破壊されたために、荷物を積んだ大型船は沖合で停泊し、小型船にいったん荷物を載せかえぎりぎりまで接近し、最後はゴムボートに荷物を積んで岸まで引き揚げるという手間の掛かる作業が行われていた。
 その様子をシスは感慨もなく眺めていたが、護衛の人員の中に、明らかにUPCの兵士ではない人間の姿を見つけ目の色を変える。
 能力者──傭兵が護衛に参加していたのだ。

 そのうち二人はだらけた様子でフラフラとしており、そのうちに浜辺から離れ、シスのいる高台へと近づいてきた。
「なぁ、話が違くね? 俺、人間殺れるってきいてきたんだけど」
「ま、強化人間なんてそうそう出てくるものではありませんよ。ボクとしても肩すかしですけどね」
「つまんねぇな。せっかく、こんなスゲェ力が手に入ったのに」
 戦闘の起こらない任務に不満を漏らす二人の傭兵。
 傭兵というものは、1000人に一人という確率の検査に適合し、希少金属エミタの移植手術を受けて能力者になった、いわば『選ばれた人間』であるはずなのだが、実のところこういった手合いも少なくはない。人格や言動に問題があろうと、対バグアの戦力としては十分なのだから大抵は咎められることもなく、各地の戦場に送り込まれていた。
 だが、今回は場所が悪かった。
 いつ襲撃があるか判らないと言う条件で危険度こそ高かったが、前述の二人が望むような戦闘が発生するような気配は微塵もない。
 何も考えずに襲撃してくるキメラや強化人間を倒す依頼であれば、戦力を必要とする現地状況にも、戦闘を行い力を揮いたい能力者の要望にも添ったのだろうが。
「あーあ、思いっきり殺りてぇー!!」
「物騒なことを言わないでくださいよ。他の人に聞かれたらどうするんですか」
「へっ、聞かれたってかまうかよ。どうせ、誰も俺達にゃ手出しなんかできねぇんだからな」
「それもそうですけどね」
 彼らは傲慢だった。今までその傲慢さを咎められない場所にいたのだ。

「──無価値」
 シスは指笛を鳴らす。
 青い空の下に高々と響いたそれは、人類にとって忌むべき怪物、キメラを呼び寄せる合図となった。
「無価値よな、傭兵──」



●参加者一覧

斑鳩・八雲(ga8672
19歳・♂・AA
大神 直人(gb1865
18歳・♂・DG
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
加賀・忍(gb7519
18歳・♀・AA
ゼンラー(gb8572
27歳・♂・ER
神翠 ルコク(gb9335
21歳・♀・DF
ファタ・モルガナ(gc0598
21歳・♀・JG
春夏秋冬 立花(gc3009
16歳・♀・ER

●リプレイ本文


 晴天。風もない穏やかな冬の日。

「ふぅ〜、こうやってのんびり荷揚げを見学しながらのんびりしてるだけでいいなんて、楽な仕事だねぇ。甘露甘露」
 空となった木箱に腰を下ろし、ファタ・モルガナ(gc0598)はのんびりと羽ばたくカモメを眺めていた。
「平和だねぇ‥」
「まぁ、季節外れのバカンス‥とはいきませんがね」
 ゆったりとした情景とファタの様子に斑鳩・八雲(ga8672)は穏やかに笑む。
 現に、あまりの平穏さに、自分たちと同じく護衛としてこの島に来ていた二名の能力者は持ち場を離れてしまっている。八雲はそれを把握してはいたが、干渉しようとはしなかった。
 絶えることのない波音と、作業を行う人間の喧騒が交じり合うその中で、得物に手をかけ、油断なく警戒を行っていた加賀・忍(gb7519)がふと呟く。
「懐かしい場所ね。もう一年になるかしら」
 彼女はかつて、この島で鋏使いの強化人間と戦ったことを思い出していた。
 苦汁を飲まされながら、ようやく仕留めた敵。
 だが、その敵は同じ姿をして再び能力者の前に姿を現した。忍は今度こそアレを狩り、己が力の糧としてみせる、と唇を噛み締めた。
 同じく、以前に鋏使いの強化人間と戦ったことのある杠葉 凛生(gb6638)とゼンラー(gb8572)も当時の出来事と、絶望の炎に身を焼かれて死んだ一人の男を思い出していた。
「この島でまたお前さんと一緒になるとは、奇妙な縁だな」
「巡り合わせってやつかねぃ!」
 抑えた調子で淡々と語る凛生、達観したような朗らかさで奇縁を笑うゼンラー。
 彼ら二人は、雑草、雑木の生い茂る緩やかな坂を上っていた。
 持ち場を離れ、任務放棄した能力者を目撃した凛生は当初、自己責任で好きにすればいい、と黙認していたが、それを良しとしないゼンラーに「強面二人の方が説得力あるしねぃ」と引っ張られる形で呼び戻しへと向かっていた。
 探査の眼を使用し草叢の様子を注意深く辿りながら、能力者の後を追う。
 やがて、高台に辿りついた彼らが目にしたものは、何が起こったのかわからない、という表情をした死体が二つと、大鋏を持った黒衣の男の姿だった。
「まさか!? シザー‥ッ」
 自分たちがその死を見届けたはずの男がこの場に立っている。
 となれば答えはひとつ。
「──その姿は‥、シザーの身体をヨリシロとしたバグアか」
「シザー‥レイでは、ないのだよねぃ‥お前さんは誰なんだい?」
(‥そう、か。やはりレイはもう、居ないのか)
 死者は甦らない。嫌という程に分かりきった冷酷な事実を、ゼンラーは噛み締めながら、シザー、レイ・ベルギルトの身体を使っているバグアに名を尋ねる。
「──我が名はC・シス。下郎が‥二度とレイの名を口にするな‥」
 シスと名乗った男は激情に震える手で顔の半分を隠し、声を震わせる。
 地面に鋏の切っ先を突き立て、縋る様にして立つ。
 血臭の立ち込める現場。
「その身体で‥殺戮を繰り返すのか」
 心の内を隠すように、低く押し殺した声で問う凛生。彼は過去、持ち得た全てを捨て去り、バグアを狩るためだけに生きている。そのバグアの中で最も深く憎悪しているヨリシロ化を目前に心中は否が応にも荒く波打った。
「‥貴、様ら── 貴様らが殺したのだろうがっ! 貴様らが私からレイを奪った!!」
 不安定に張り詰める空気をシスの声が揺るがせた。
「レイを奪われた私の怒り、嘆き‥憎しみ、全て思い知らせてやる‥!」



 それと同時刻、海岸で雲ひとつない青空を見上げていたファタが上空より迫る異形の影に気づく。
「なっ!? マジかぃ!? クソッ!」
 銃器を手に立ち上がり、声を張り上げる。
「全員下がれ! 引き上げと誘導だけに気を付けて!」
 砂浜に下りたキメラが八体。
 即座に刀を抜き払った忍は、護衛対象である島民と兵士を庇う様に一匹のキメラの前に立ちはだかり、八雲も派手な動きでキメラを引き付けようとショットガン20を構える。
 大神 直人(gb1865)と神翠 ルコク(gb9335)が作業中の兵士、島民に退避するように呼びかけた。
 船に乗っている兵士にはそのまま急いで沖合に出るように、陸に上がって作業している者達にはまだキメラが出現していない内陸に向かうようにと。
「武器を捨てて走れ! 早くしないと追いつかれて敵に喰い付かれるぞ!」
 泡を食って逃げ出す島民と、島民の安全を考え武器を構える兵士たち。
 職務を全うしようとする彼らに直人は、陣形を整えなければ攻撃しても意味がない上、逃走の邪魔になる事を伝え、武器を下ろさせる。
「武器は隠して下さい、敵の眼も見ないように‥神経を逆なでしない様に」
 ルコクもそれを伝え、避難だけを考えるように兵士を諭す。
 傭兵二人から同じ旨を伝えられた兵士たちはそれに従い、武器を捨ててこの場から離れるために走り出す。
 直人は盾と刀を構え、ルコクは扇を手に、キメラから離れようと移動する島民と兵士の護衛を開始。
 情報を得るため島民と一緒にいた春夏秋冬 立花(gc3009)が合流する。
「落ち着いて、急いで逃げてください! 攻撃は必ず私が止めます!」
 安心させようと立花が声をかけるが、その間にも一匹のキメラが迫る。
 倒木に足をとられ転倒し、逃げ遅れた島民に鋭い爪が振り下ろされる。
 この場所に出現したキメラは『武器を持った人間を優先的に襲う』という性質があったが、それは『武器を持たない人間を襲わない』という性質ではなかった。
 目の前に格好の獲物がいるのであれば、優先順位にかかわりなく迷わず襲い掛かる。
「ド畜生が! これ以上近寄るんじゃないっての!」
 威嚇のため銃を連射させながらファタが叫ぶ。
 銃弾に足止めされたキメラを尻目に、他のキメラは獲物を見つけてはぞれぞれに目標を定め動き出していた。

 低空を飛び、今にも島民を襲おうとしていたキメラの目前に直人が走りこみ、庇い立てて一撃を身に受ける。
 負った傷を自らの能力で塞ぎながら反撃、瞬間的に側面に回りこむと、赤光を纏う月詠を振るう。
 刃はキメラの身体を切り裂いたものの、息の根を止めるまでには至らなかった。
 援護を要請する直人の声にファタが応える。
「任せろ!」
 大口径ガトリング砲を取り回し、弾幕を展開。
 一方で、キメラと対峙していた忍は、顔向き・仕草等に注視し、短時間で攻撃の癖を見極めていた。戦闘に関して天賦の才ともいえる能力を発揮し、隙を突いて懐に飛び込むなりキメラの喉笛へと刃を叩き込み、瞬時に離脱する。
 さらには挟撃の危険性を考慮し、周囲の状況を見ながら立ち回ってすらいた。
 彼女は一体ずつ確実に処理するため殲滅対象を選定し、仲間に声をかける。
「あぁもう! 楽な依頼だと思ったのになぁ!」
 銃口を右に左に向け、ファタが前衛でキメラと相対する仲間の動きをカバーする。
 これ以上キメラが非能力者に襲い掛からないようにと、ルコクは声を上げ、気を漲らせた。それに釣られて襲い掛かってくるキメラの体当たりを盾扇で受け止めるが、衝撃を受け止めきれずに後ずさる。
 立花が【OR】SES搭載ワイヤーを投げ、キメラに絡ませ注意をひきつけ、その隙に体勢を立て直したルコクが、キメラの側面に回りこみ、翼を狙って鉄扇を突き入れる。
「出し惜しみできるほど、余裕はなさそうですね。――斑鳩流、銀河一式」
 ショットガンでキメラの動きを牽制しながら接近、大きく一歩を踏み込み斬撃。八雲は翼の付け根や首元など、急所と思わしき箇所を狙って刀を振るい攻め続けていった。




 目の前にあるのは復讐に囚われた、哀れな男の姿。
 凛生はシスの中に己を見いだし、それと同時に深い動揺を覚えずにはいられなかった。
 彼にとって、バグアとはただ憎み、ただ滅ぼすだけの相手であり、感情の共有など一切ありえない異星人であったのだ。
 だが、今、人と同じように愛や悲嘆の情を抱き、復讐のために自分と対峙するバグアがいる。
 シスを否定することは、自身を否定することにも繋がってしまう。
 己が抱える矛盾と、重ねてきた行為の空虚さ‥自らの根幹を揺るがすそれらから逃れるよう、銃に手を伸ばす。
『考える必要は無い、今まで通りに戦うだけ』
 自分はこういう生き方しかできないのだと言い聞かせ、誤魔化し、結論づけた。そうでもしなければ保てなかった。
「‥彼の死を悼んでいるのか、シス」
(彼が遺した悲しみは‥真実、正当な物だねぃ。だが‥このままでは、救われない)
 静かな口調でゼンラーが語りかける。
 シスの瞳が揺らぐ。
 ゼンラーの言葉がかつてのレイ・ベルギルトに最期の希望を与えたことをシスは知っている。だからこそ、レイが自らはなった炎に傭兵達を巻き込もうとしなかったことも。
 何かに耐えるかのように口元を引き結び、シスは目線を落とす。
「拙僧達はどこまでいっても力不足さねぃ。死んだ人間を救う事は出来ない。手の届かぬ所で死にゆく者もいる。だが‥彼らを忘れ、救えるかもしれない者を諦めてしまったら。‥救えない事実よりも、それを見つめない事よりも、その『業』は――重い。お前さんなら分かるだろう、シス。喪い、それを背負って生きているお前さんなら」
 シスは動かない。ゼンラーは更に続ける。
「捨てられる訳がないよねぃ。拙僧はそれを、レイ・ベルギルトから教わったんだ」
(だから。シスには道を得て欲しい。彼が、拙僧にそうさせてくれたように)
 深い願いのこめられた言葉。レイが命を賭けて伝えようとしていたことの一端を受け止めた言葉。
 だが、それはシスの望む言葉ではなかった。
 経緯はどうあれ、奪われたものが奪ったものに望むのは謝罪と懺悔。
「無価値‥!」
 シスは顔を上げ、地面に突き立てていた鋏を引き抜き、一足で二人に迫る。ぎりぎりまで引き絞られた弓が一気に放たれたような鋭い勢い。
 叩きつけられる鋏の背、重すぎる一撃をゼンラーがどうにか盾で受け止める。ぶつかり合った金属が火花を散らし、耳障りな音を立てた。
「――っ、何もかも、徒労に感じるんだねぃ、迷うのなら、標を見つけ、尋ねたらいい。そのために、この世界には、お前さん以外の他人がいるんだからねぃ」
「煩い! 煩い煩い煩い! 下等生物が図に乗るな!」
「ヒトにとって命とは、思考し、生きる事だよぅ」
 ゼンラーの言葉が自らを守るため、思考を止めようとしていた凛生に突き刺さる。だが、彼はそれから耳を塞ぎ、漆黒の拳銃を抜いて銃口をシスに定める。
「いいぜ、俺を殺せよ。俺もお前を終わらせてやる」
「下郎が賢しらに!」




 キメラを掃討した傭兵達は、未だ戻らないゼンラーと凛生、二人の能力者を探して高台へと向かった。
 突如彼らの耳に鋭い指笛が届き、頭上に影が落ちる。
 上空に旋回するのは先ほど倒してきたのと同型のキメラが複数。
「な‥まだキメラが!?」
 そして目線の先には、大鋏を手にした黒衣の男、シスが一人。
 男の足元には傷つき倒れた仲間、ゼンラーと凛生の姿と、ふたつの死体があった。
「強化人間もセット!? ‥ヨリシロ!? ついてないねぇ! ホントついてない!」
 ファタがガトリング砲を向けるのと同時に、生贄とすべき敵の姿を瞬時に確認した忍は疾風迅雷の動きでもってシスの懐に飛び込む。
 過去、散々使われた投擲用の刃物を警戒し、接近戦を仕掛け、一撃を加え離脱する。
 直人が赤光を乗せた刃を持って続く。
「‥ああ、シザー、でしたか。報告書は拝見しましたよ。ま、あいにく僕は仏教徒ですが」
 八雲が飄々と肩をすくめるその横をルコクが駆けた。
 仲間の攻撃の足がかりを作りたい。弱さを自覚しそれを強さに繋げたい。
 その思いを抱き、鉄扇を大きく広げると、シスの側面に回りこみ叩き付ける。
 ルコクは純粋な怒りを感じていた。ほんの僅かな間ではあったが、時間を共有した人間が殺されたことに対して。

 シスは個々別々、一切まとまりのない傭兵達の攻撃を回避、あるいは鋏で受け流し。
 負傷した腕を庇いながらではあったが、その動きに無駄も隙も無かった。

 その中で立花が一歩進み出る。バグアの前だというのに武器も持たず身構えもしてない。
「はじめまして‥時にあなた、私と友達になりません」
「――‥」
「目を見ればわかります。あなた、泣いていたでしょう? 悲しみを知る人は優しくなれる素質がある人だと聞きます。少なくともサボった二人より好感が持」
 立花の言葉は刃によって断ち切られた。
「無明、そして愚昧!」
 嫌悪感と憎悪を露に吐き捨て、シスはメスを投擲していた。
 敵の前に無防備に立っていた立花の小さな身体に冷たい刃が突き刺さる。

 シスから見たこれまでの傭兵達の行動は、どこまでも自分本位。自分の印象だけでよく知りもしない相手を『こう』だと決めつけ、聞こえのよい言葉を並べ立てるだけ。他者も状況も省みず自意識を正当化し、己を美化し酔いしれるだけ。
 それらはシスにとって唾棄すべきものでしかなく、人類、能力者への憎悪をより一層強めるのに十分すぎるほどだった。

「残骸の中に滅びろ! 貴様らなぞ存在する価値など一片もない! 全て、全て――滅びてしまえ!!」
 シスの呪詛と同時に上空にあったキメラが一斉に傭兵達に襲い掛かる。


 キメラを全て退治た後、そこにシスの姿はなく。
 疲れきった傭兵達を待っていたのは血の海に沈んだものいわぬ人々だった。




 こんな話があるよ。
 手塩にかけて大切に育てていた羊を狼に食い殺された羊飼いが、銃を持って狼を退治にいったんだ。
 自分がかわいがっていた羊を惨たらしく殺した狼の後を何日も付回し、羊飼いはようやく狼の住処に辿りついたのだけれど、そこには餓えて衰弱し、痩せ細った子狼がいた。
 おかしなもので、その時羊飼いは自分の羊を殺された怒りや執念よりも、目の前にいる子狼が可哀想だと思う気持ちのほうが強くなってしまったんだ。
 そんなだから、羊飼いは狼を殺せないどころか、逆に狼に食い殺されてしまった。狼の牙に負けない武器を持っていたのにね。
 ここまでは、美談とも言えるけど、問題はその後さ。
 羊飼いを食べて人肉の味を覚えてしまった狼は人間を襲うようになり、何人もの人を傷つけた。そして狼は狩人たちによって蜂の巣にされ、住処にいた子狼達も残らず処分されてしまった。

「どうしようもない話だな」
「そ、一時の感情を優先し、辛い決断を出すことから逃げ、間違った自己犠牲に酔った結果、自他の不幸を広げてしまったという話だーね」
「フン、惰弱すぎる」
「んー? でも、その弱さがあるから、人は生きていけるんだぁね。自分の弱さを知っている人ほど他者を思いやることが出来るっていうじゃなーいか。ま、弱さを盾に身勝手する人もいたりするけーどね」
「愚か。人類とは救いようがないではないか」
「ん‥そーね。オレもそう思ーうよ」