タイトル:高脚蟹ミキサーマスター:敦賀イコ

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/10/24 14:46

●オープニング本文



 10月。
 日本では秋という実りの季節を迎えていた。

 稲穂は黄金に色づき頭を垂れ、柿や栗などの果樹は枝いっぱいに実をつけ、春先に畑に植えられたサツマイモは地中で太り掘り出される日を待っている。
 この季節特有の高く透き通った空の下、のどかに続く里の景色。
 ささやかにつくられた段々畑の畦には燃えるように赤い曼珠沙華が咲き誇る。
 人家の庭先では金木犀が控えめな花をつけており、華やかな香りをそこかしこに惜しげもなく届けていた。

 そんな豊かな季節、のどかな人里に突如として怪異が現れた。

 海岸沿いに大きな高脚蟹が出現。
 バグアの襲撃以来、海に出る者も少なくなり、荒れるがままだった港を、船を、放置されて錆び付いていた車を踏みつぶし、横歩きスイッチバックでじわじわと内陸部を目指している。
 そのまま前進すればいいものを、蟹だから横歩きという変な固定観念に縛られているらしく、ひたすら横運動を繰り返すその様は、奇妙にリズミカルで踊っているように見えた。
 また、見た目にも鋭い蟹のはさみを持ち、硬い甲羅に覆われた強靭な脚を持っているのだが、それらで周囲を攻撃をしてくるわけでもなく、わき目もふらずただただ歩いている。

「何か、フォークダンスの定番曲が思い浮かんだわけだが」
「わかる。運動会シーズンだもんなぁ」

 避難途中にキメラを目撃した住民がそんな会話を交わしてしまうほど、気の抜けた雰囲気がその場に漂っていた。

 さっぱり意図不明で傍目にアホなキメラでもキメラはキメラ。一般住民にとっては脅威に他ならない。
 人的被害が出る前にと、村役場から連絡を受けたULTはすぐさま傭兵の派遣を決定した。

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
守剣 京助(gc0920
22歳・♂・AA
ヨダカ(gc2990
12歳・♀・ER
守谷 士(gc4281
14歳・♂・DG
弓削 一徳(gc4617
35歳・♂・SN
リズレット・B・九道(gc4816
16歳・♀・JG
フェンリス・ウールヴ(gc4838
15歳・♂・ST
北崎 照(gc5017
16歳・♀・DG

●リプレイ本文


 秋の日の正午近く。
 長閑な日差しの下、紺碧の波間には鴎がゆったりと浮き、上空では鳶がぴょろろと鳴きながらゆっくりと輪を描いている。

「けひゃひゃ、我が輩がドクター・ウェストだ〜」
 私設研究所 ウェスト(異種生物対策)研究所 所長のドクター・ウェスト(ga0241)が少々イカr、イカした笑い声を上げながら自己紹介を行う。彼は今、フォースフィールドの無効化を研究中であり、キメラの研究には余念が無い。のそのそと国道を横歩きしている蟹キメラを前にテンション鰻登りだ。
「‥‥バグアの研究者さんはきっと天才型なのですね」
 ヨダカ(gc2990)は若干、引き気味に素直な感想を漏らした。

 そんな傭兵達の背後を住人が整然と速やかに、けれどどこか余裕のある風で避難して行く。
 常日頃から、キメラ襲撃の恐怖に曝されている住民達は肝の据わり方が半端なかった。
 それ以前に、傭兵達への信頼があったればこそであるが。

「大きな、蟹‥。住んで‥いる人に迷惑を‥掛ける、悪い仔‥。悪い‥けど、退治‥しなきゃ‥です。」
 茫洋とした表情で、ぽつりぽつりと北崎 照(gc5017)が口にする。
「‥‥何故住民の方々はこれほど暢気に‥‥と、とりあえず討伐しなくては‥‥」
 キメラが出現し、速やかにこれを退治しなくてはならないのだが、悲壮感など微塵も感じさせない住人の様子に呆気にとられたリズレット・ベイヤール(gc4816
 だが、暢気さでは傭兵達も負けてはいなかった。
「おー、こりゃでっかい蟹だね。おいしそうだ‥‥」
 守谷 士(gc4281)は蟹キメラの姿を食料的な目線で視界に収める。
「この前のスイカキメラは腹を壊したが、今回こそは美味しく頂きてえな」
 と、守剣 京助(gc0920)もそれに続く。
「‥‥キメラを倒すことは勿論ですが‥蟹‥ですよね‥蟹のキメラは美味だったと報告がありますので‥‥折角ですから頂いてみませんか‥?」
 影響されたのかリズレットまで続いた。
 フェンリス・ウールヴ(gc4838)は周囲を見回しながらぼそりと呟く。
「‥‥のどか過ぎって、ある意味凄いね」

 その頃、弓削 一徳(gc4617)は漁協の管理ビルの屋上にいた。
 危険度も緊急度も低いこの機会に自身の射撃の精度を確認しようという心積もりがあったのだ。
 射撃の準備を行いながら、仲間と無線機で通話できるかを確認。万全の体制を整え攻撃開始を静かに待つ。



 蟹キメラは変わらずガシガシ横歩き。
 メスの特徴を備えていることから、子キメラがいるのではないかと、京助が避難中の住人を捕まえて聞き込みを行うがそれを目撃したという話はまったくでてこなかった。
 念のために、愛車『ナーゲル』に跨り京助は道路周辺の捜索を開始する。
「まずは‥近くにあるという空き地の確認ですね‥‥道路で戦闘して壊してしまったら後々住民の皆様が困りますから‥」
「まずは蟹さんを近くの空き地までおびき寄せるのです。その辺で戦って物を壊したらいけないですからね」
 リズレットとヨダカが同様のことをほぼ同時に口にする。二人は驚き、顔を見合わせ、そして、照れたように微笑みあった。
「ふむ、では、あそこの空き地だね〜」
 双眼鏡でキメラを具に観察していたウェストが、双眼鏡をそのままに元は駐車場であったただっ広い空き地を指差す。
「さて、じゃあ早速ハンティング開始と行くかな」
 小銃「S−01」をホルスターから抜き、セーフティーを解除しながら士は飄々と口にする。
 和やかな雰囲気ではあったが、いよいよ戦端が切られようとする気配に、バイク形態のAU−KV・リンドヴルムの車上にあった照は、和槍「鬼火」の柄の感触を確かめるように握りしめた。


「‥‥目標認識、補助に入る」
「ほら、こっちこっち! 蟹さんこちら、銃の鳴る方へさ!」
 フェンリスの練成強化による援護を受けながら、積極的にキメラの真正面へと出た士が発砲する。
 続くリズレットが苦無を投擲。
 攻撃を受けたキメラは突き出した複眼を傭兵達に向け、威嚇するように鋏脚を振り上げた。
「こっちに来るですよ!」
 当然、自分達のほうへと向かってくるだろうと身構えていたヨダカだったが、キメラは遠ざかるように斜め横に歩き出す。
「‥‥や、だからこっちなのですよ?」
 斜め横、斜め横と左右に動き方向を調整しつつ傭兵達に迫ろうとするキメラの動きについつい呆れてしまう。
「それにしても可笑しな動き‥ですね‥‥回り込むのが楽で助かりますが‥」
「正面にいるんです‥から、そのまま、前に‥進めばいいのに‥‥」
 リズレットと照も意味が解らない、と、ある種の戸惑いを感じずにはいられなかった。
「‥‥えと、歩幅自体はかなり大きいですから、追いつかれないように注意ですよっ」
 気を取り直し、ヨダカが前へと出ている仲間達に注意を促す。
 その予測の通り、方向転換が終わったキメラの動きは意外に早かった。二本の鋏脚を振り上げ、残る八本の脚を器用に動かして傭兵達の方へと向かって走り出す。
「え、ちょ、何か早ーッ!?」
「けひゃひゃ、イキのいいキメラだねえ」
 急に本気を出したキメラにほんのちょっと慌てながらも、戦闘予定地である空き地に誘導することが成功した傭兵達。
 周辺環境への憂いを断った彼らは本格的に攻撃を開始する。

「ようやくのお出ましだ。潰してみせよう、山猫の名にかけて」
 空き地への誘導の間、漁協ビルの屋上で隠密潜行を使って待機を続けていた一徳が、射撃体勢「プローンポジション」にうつり意識を集中させる。
 キメラの目を狙い、両手に持った拳銃「バラキエル」で目にも止まらない二連射。
 狙いは僅かに逸れてしまったが、弾丸はキメラのFFを容易く突き破り甲羅を穿った。
 衝撃にぐらつき、足を止めたキメラにヨダカが弱体練成を仕掛ける。
「脆くなっちゃえなのです!」
 間髪いれずに照が駆け出した。
「リンちゃん、頼むよっ。あなたの機動力が私の助けになるの」
 AU−KVの機動力を活かしキメラの足元に潜り込み
「さてさてっ、甲羅と関節の硬さはいかがなもんでしょう‥。行きますっ」
 関節に狙いを定めて和槍を繰り出す。
 傭兵達の攻撃に慌てふためき、出鱈目に動かされるキメラの脚をかいくぐりながら照が一旦離脱すれば、入れ替わりとリズレットが拳銃「スピエガンド」を撃ち掛ける。
「‥大きいですね‥でも‥その巨体‥支えるのも大変でしょう‥? だからまずは‥足を潰します‥いくら体が硬くとも‥関節部は弱いのでしょう‥?」
 照が槍を突き入れた箇所、関節部に狙いを定め、強化した弾丸を叩き込む。
 そこへと更に一徳の射撃が重ねられ、ついに脚の一本が折れた。
 一度、がくりと沈むキメラ。だが、まだ脚は残っている。ただの一本何するモノぞと残りの脚で頭胸部を支え、鋏脚を振り下ろす。
 それはSMG「ターミネーター」を抱えてキメラの真下に潜り込もうとしていた士の目の前に突き立った。
「‥‥っ! あっぶな‥なんだかんだでこのハサミは怖いかな‥」
 足を止めどうにか避けた士だったが、そこへともう一本の鋏脚が迫る。
「はっはー! そうはさせないぜぇ!」
 間一髪で京助が士の前に走り込み、大包丁「黒鷹」で鋏脚を受け止めた。衝撃と重さに足が沈むが、豪力発現で筋力を一時的に高め、力比べに打ち勝つ。
「だぁりゃあああ!!」
 鋏脚を弾かれ、キメラが蹌踉めき後退する。
 キメラの様子に注意を払い、警戒していたフェンリスは新たな攻撃の気配を察知し、仲間に警告を発する。
 最接近していた傭兵達がその場から離れるのと同時に、キメラは口から泡を吐き出し撒き散らした。
「うわっちゃぁ!?」
 迫る泡を避けきれぬ、と銃で撃った京助だったが、飛沫が身体に降りかかる。
 フェンリスはとっさに超機械「扇嵐」を操り、キメラの頭胸部周辺に竜巻を発生させ、泡を吹き飛ばした。
 泡攻撃に一旦退いた仲間が、再攻撃の態勢を整えるその間を埋めようと、超機械「ケイティディッド」を手にしたヨダカの瞳に郷愁が宿る。
「バイオリン‥‥こんなのでも、持つのは久しぶりですね」
 在りし日を懐かしむようにネックに指を這わせる。
「wo war ich schon einmal und war so selig」
 凛と立ち、静かに機構を動かし弦を引くその姿に、今までの子供っぽい雰囲気は無く。強く、冷たく敵を見据える一人の傭兵の姿があった。
「show a corpse」
 強力に増幅された電磁波を浴びせられ、キメラは闇雲に鋏脚を振り回す。
「お腹が隙だらけだよ。じゃあ撃っちゃうよ! 僕の本気見せてあげるよ!」
 その隙にキメラの腹の下にまんまと潜り込んだ士が銃を構えてウェストに向かって合図を送った。
「任せたまえ〜! 我輩の蓄電池はまだまだ余っているぞ〜!」
 まっていました! とばかりにウェストが両手を指をつけたチョキの形に、右手は額、左手は腰にあて、身を捻り振り向くような意味不明のポーズで眼鏡がキラ〜ン☆と輝かせる。
 魂の共有。
 ノリノリの援護を受けノリノリの士。
「イッツブリッツストーム! イィィィヤッハァァァ!」
 真下から突き刺さる弾丸の嵐にキメラの頭胸部が不自然に揺れた。

 前衛はヒットアンドアウェイ、後衛は援護と各々が職種を活かして協力し合い、脚を一本一本折り、確実に移動力、生命力を削って行く傭兵達。
 やがてついにキメラは崩れ落ち、頭胸部を地面に沈ませた。

「終わった、かな?」
「‥子蟹がいるかも知れません‥用心はしておきます‥」
 奇襲に備え、探査の瞳を使用していたリズレットが注意深く見守る中、キメラの甲羅がパカーンと二つに割れ、その中から今週のびっくりでどっきりなメカっぽく、子蟹がぞろぞろと行儀良く行進してくる。
「む、コレはチャンスかもしれないね〜!!」
 その様に再び眼鏡をきらりと光らせるウェスト。生きたキメラを採取するチャンスと、捕獲の道具を求めて双眼鏡で近所を探る。そうして発見した釣具屋へと向かって猛ダッシュ。その背中は実に生き生きとしていた。
「野郎、腹の中に詰め込んでいやがったか」
 子蟹の姿を一徳も確認し、残敵掃討に移る。
「かわいいけれど、倒さないといけませんよね‥」
「サーチ・アンド・デストロイだぜはっはー! 1体も逃さないぜ!」
 油断なく子蟹を一匹一匹潰して行く傭兵達。
 息を弾ませながら磯遊び用のプラスチックケースを抱えて戻ってきたウェストが、子蟹の一匹を放り込んで蓋を閉める。
 確保完了。研究が捗りそうだと思わず頬を緩めるウェストだったが、小さくてもやっぱりキメラ。バリバリとケースを突き破り、閉じ込められた仕返しとばかりにウェストの足を鋏で抓る。
「No〜! 我輩としたことが〜! やはり特殊合金製のケースでないと無理か〜?!」
 キメラを引き剥がそうと思い切り足を振るう。
 勢い良く宙に飛んだキメラは一徳の射撃によって仕留められた。




「今度こそ終ったよね。おいしそうだね。食べていいよね? これ食べてもいいよね? ていうか食べちゃうよ僕! とりあえず鍋言っとく? もしくは焼がに?」
 動かなくなったキメラの残骸を前にワンブレスで言い切った士。
「これ‥、やっぱり‥蟹‥ですよね‥。食べたら‥普通の物と同じで、美味しい‥の‥かな‥?」
 照もはにかみながら、期待に満ちた瞳を輝かせる。
 彼らにとって、目の前にあるものはキメラではなく食材であるらしい。
 鍋なら偏らないし、量少なくても、大丈夫。というフェンリスの言により、調理方法は鍋と決定。
 フェンリスがSES中華鍋をスタンバイする傍らで、京助が大包丁で蟹を切る。
 過去、スイカキメラを食し腹を下した経験を持つ彼は、やや心配そうに切り分けた蟹をつまんだ。
「今回は腹壊さないといいな‥」
「‥これでも、栄養士と調理師の資格持ってる。 心配無用」
 フェンリスのサムズアップが頼もしい。
「さて、レッツクッキングだね♪」
「‥美味しいお鍋が出来ると‥いいですね‥」
 わいわいとキメラクッキングを始める傭兵達。

 やんわりとそれを断ったヨダカは、キメラを見逃していたら大変なことになる、と念のための周辺警戒を続けていた。
「もしかしたら番いがいるのかもしれないね〜。アノ周辺の警戒を継続、徹底的に捜索してもらわないとね〜」
 危険な繁殖型キメラの可能性があるとして報告を行っておくべきだ、とウェストは考える。
 のどかな海辺の景色を目前にしていながら、その瞳には激しい憎悪と嫌悪が宿っていた。

 一方では蟹がいい感じに煮えていた。
 すだちとしょうゆをひとたらししていただきます。
「‥‥」
「‥‥」
「‥何か、大味すぎて微妙‥‥」
「あんまりおいしくないね‥‥次はおいしいといいなぁ‥‥」
 タカアシガニという種類は通常でも巨体の割にはあまり肉が多くないうえに、蟹としてのうまみに欠けるという。今回はましてやキメラ。調理の腕が悪かったのではなく、あまりにも食材が悪かったといえよう。


 キメラが退治されたことを知り、戻ってきた住人が見たものはキメラを食する傭兵達の姿だった。
「ありゃ、化け物なんか食べてるよぉ。はぁ、まーず、傭兵さん達ぁ、お腹減ってるのかねぇ」
「じゃ、ウチから何か持ってくんべぇ」
「オレんちも何かあったべ」
 こうして、付近住民総出の炊き出しに発展した。
 避難所として使われている公民館に各家から大きな鍋と食材、畑で取れたという野菜、魚の干物、鳥肉の燻製などが持ち寄られ、米農家から今年取れたばかりという新米が提供されたときには拍手が沸き起こった。
 やがて、ジャンルは不明だが、地物の新鮮な野菜と肉と魚の入った鍋料理が出来上がり、時を同じくしてかまどでご飯が炊き上がる。
 傭兵達が住民に呼ばれ、案内された公民館の前にはレジャーシートが広げられており、住民達は鍋を中心に車座になって座っていた。
 彼ら八人を鍋の前の特等席に座らせると、お椀と箸、スプーン、そして、まだ暖かいおにぎりが乗せられた皿を手渡す。
「さぁ、遠慮しないで食べてくんなぃ」
「化け物を退治してくれてありがとねぇ。お礼といっちゃあ何だけど、いっぱい食べて元気つけてねぇ」
 住人、傭兵入り混じっての素朴だが賑やかな食事会となった。
 どこから持ち出してきたのか、手動の蓄音機にレコードをセットし、レバーをくるくると回す住人。途端に味のある音楽が流れ出す。ノイズ交じりではあるが、どこか温かみのある音。陽気なアメリカ民謡がいわし雲の浮かぶ秋の青空に響き渡っていった。

 キメラに生命を脅かされる日々の中で、住人は結構たくましく生きている。
 そして、その住人を守りきった傭兵達。
 胃も心も満たされた彼らの胸中は空と同じく澄み切っていた。