●リプレイ本文
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「水無月魔諭邏と申します。クラスはファイターになります」
「寿だ。宜しく頼む。」
水無月 魔諭邏(
ga4928)が深々と一礼。寿 源次(
ga3427)が右手を差し出し握手を求める。
高速移動艇の中で傭兵達はそれぞれに挨拶を交わしていた。
「よぅ。ニート、久しぶり。今回も上司に放り出されたか。相変わらずだよなぁ。手貸してやっから、しっかり働けよ」
「相変わらずのこき使われ具合だなガーさん。なんだかんだ言っても信頼されてるんだろうし頑張ろうぜ」
相賀翡翠(
gb6789)と桂木穣治(
gb5595)に両側から肩をたたかれるロズウェル・ガーサイド。(以下ニートと呼称)
「頑張るついでに初心に返ろうってわけじゃねえがカンパネラ学園制服を着てみた。なんかこう色々引き締まるな!」
「いい歳して制服‥大丈夫か?」
色々引き締まりすぎてパッツンパッツンの穣治の制服姿を翡翠が苦笑う。
「ようニート、また会ったな。相変わらずニートしてんのか? 気が向いた時にたまに仕事するとは、いいご身分だなぁ‥羨ましいぜ」
天羽 圭吾(
gc0683)の容赦ない冷静な一言、痛恨の一撃に思わずむせたニートに源次が笑いながら追い討ちをかける。
「いつぞやの基地防衛戦以来だな。輝いてたじゃないか、あの時のアンタは! そう、外は怖くないよ! 世界は愛で満ちているよ!」
その愛は『弄り』かもしれないが、愛されている事には変わり無いよな! と源次は良い笑顔でニートの背中をばしばし叩く。
「リアクション必須の愛とかマジ勘弁なんですけど!?」
「つかぬ事を伺いますが、ロズウェル様は何故『ニート』と呼ばれるのでしょう?」
「ああ、それは」
他意の無い魔諭邏の質問に、ニートが学園の地下研究部で宙ぶらりんの立場であること、毒にも薬にもならないそれを指して上司がニートと呼んだことが切欠であることを何故か穣治が説明し、その後に声を潜めて続けた。
「‥だが、ニートというのは仮の姿で、実は偉い人から密命を受けて暗躍する天才科学者なんだ」
「まぁ、それはそれは」
トンデモな設定に目を丸くする魔諭邏。やや疑わしげな目線でニートを見、大変なお仕事をなさっていらっしゃるのですね、と微妙な調子で呟く。
「桂木テメェ!? ちょ、それ嘘d」
「そうそう、お役目頑張れよ」
「俺達もついてるからな」
翡翠と源次が畳み掛けるように、激励するフリをしてニートの口を封じた。
その一連のやり取りに圭吾はやれやれと肩をすくめ、六堂源治(
ga8154)とゼンラー(
gb8572)は顔を見合わせ、笑いあう。
装備品の確認を行っていた龍乃 陽一(
gc4336)も手を止めてクスクスと笑っていた。
「調査依頼‥考えてみたら始めてですね〜‥」
これまで、戦闘を中心とした依頼を多く受けてきた陽一は、調査が目的となる今回に向けて、やや楽観的ではあるが慎重に構えている。
それは他の傭兵達も同様であり、事前の準備は用意周到なものであった。
敵地の地下へと赴くのだから臆病位で丁度良い、とは源次の言である。
ニートを含め都合9人。3人ずつ、3班に分かれて探索することとし、現着前に現場での行動指針・連絡手段等の認識の徹底を図る。
魔諭邏が申請し、人数分用意されたヘッドランプを配り、きちんと点灯するか確認。
用意された坑道の地図はバグア来襲前の古いものではあったが、目安にはなると人数分、全員が携帯して遭難に備え、翡翠の提案により、地図上で広間から続く通路にアルファベット、部屋間の通路に順番に番号をふり、連絡時の現在地報告に利用することを決めた。
それと同時に、斜坑の先に存在する広間を合流地点と定め、規定時間や緊急時に合流することを決定。
坑道を歩く際には各種の痕跡が残っていないかを調べ、暗闇、物陰からの奇襲に十分に注意を払うこととし、また、坑道内ということもあり、無線で連絡が取れない場合は、ゼンラーと穣治が有する【情報伝達】の能力を使用して全班に情報が流れるようにと工夫を凝らす。そのために予め伝達単語を決め、意味を共有する。
「なるほど、内容は把握しました‥」
うぅ‥覚えられるかな‥、と不安げな陽一だったが
「ま、なんとかなるんじゃねぇか?」
「「「「お前が言うな」」」」
気楽な言葉を発したニートに源次、穣治、翡翠、圭吾の四人が同時で釘を刺す様に、思わず吹き出した。
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現着。白い氷雪に囲まれて坑口がぽっかりと黒々とした口を空けている。
傾いでさび付いた支保坑がこの先に続く坑道が人工物であることを、控えめに物語っていた。
「‥ふむ。こんな所で爆発、ねぃ。このご時勢、十中八九バグアだろうが‥目的がわからんねぃ」
丸太のような腕をがっしりと組んだゼンラーが首を傾げる。
(罠‥とかかねぃ?)
「いかにも何かあるって感じだな。この場所、あの激戦の近所っちゃぁ近所なのか‥」
過日の戦闘を思い出し、源次は微かに眉間に皺を寄せた。
「ハーモニウム関連の拠点かも知れないし。何か関係あるモンが見つかるかも知れないッスね」
キメラの研究をしていた強化人間、Qが拠点にしていた場所であるなら、役に立つ研究の結果の残滓でも持ち帰れるかもしれない。源治が期待をこめて坑口に目線を向けた。
「ハーモニウム‥報告書は読んだよぅ」
彼は夢を見るには現実主義過ぎたんだろうねぃ。眉尻を下げたゼンラーがやり切れないといった具合に首を振る。
「彼が関与しているなら簡単に探して見える位置に、情報を置いているとは思いにくい。隠されてると思って探せば、何か‥みつかるかねぃ?」
「虎穴に入らずば‥ってヤツさ。んじゃ、一丁行ってみるかね」
ゼンラーの言葉に源治は努めて明るい表情口調で気合をいれ、全員に呼びかけた。
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A班。
「お二人ともよろしくお願いします♪ 足を引っ張らない様に頑張りますね〜♪」
陽一の前向きさが陰鬱な、光を吸い込むかのような闇が続く坑道内部を進むにあたっての一服の清涼剤となっていた。
岩盤から染み出した水分が凍りつき、滑りやすくなっている通路。
「思った以上に足元が悪いな‥気をつけねえと」
地図と地形とを丹念に調べながら歩いていた穣治が呟く。
「ニートのことだ、普通にしてる時ほど滑って転んで頭打つとか‥」
足元を確かめながら一歩一歩を踏みしめて進む翡翠は、一途なインドア派のニートがこの良好とは言い難い状況に対応し切れるのか、懸念を口にした。それを払拭しようと穣治が歯を見せて笑いかける。
「ガーさんは慎重だし、やればできる子だからな! 心配いらんs──ぐおおおっ!!」
「──言ってるそばから自分が転がるたぁ‥芸人だな」
笑顔反転、前のめりに転んだ穣治を翡翠が感心と呆れ半分といった表情で助け起こす。
前衛職として先を歩いていた陽一も歩を止め振り返った。
「お二人とも、大丈夫ですか〜」
「大丈夫、大丈夫」
気を取り直して進む3人。
途中、地図に無い部屋や通路が見つかり、罠が仕掛けられていたが、常に【GooDLuck】で自身の運気を上昇させていた翡翠により作動する前に発見、解除し事なきを得た。
一通りを調べ終え、行き止まりに当たったことを他班に連絡しようと無線機を翡翠が手に取るが、ざらざらとしたノイズが流れるばかりであった。
「よし、俺の出番だな!」
穣治はエミタを活性化させ、ゼンラーのエミタへと回線を開き
『A 壁 帰還』
A通路は行き止まりなので広場に帰還する。その旨の単語3つを送信した。
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B班。
「何とも縁があるッスね。今回もよろしく頼むッス」
ハーモニウムの強化人間と一戦を交えたことのある3人。その奇縁に源治が微笑む。
彼らは前衛職の源治を先頭として、まめに地図の方位を磁石で確認しあい、地図に書き込みながら進む。
「方角分からないと、地図あっても迷うかも知れないッスからね」
「全くだ」
作り変えられた、または、崩落により塞がるなどして、地図と現場に差が生じていれば、地図に訂正を加える。
更に圭吾は要所要所で岩壁と地図に印をつけ、目印とする。足元にも目を光らせ、注意深く誰かが通った痕跡が無いかを調べていた。
慎重に奥へ奥へと向かう彼らの鼻腔に、焦げた臭いが届く。
「この先、か」
「地図だと小部屋みたいなものがあるッスね」
3人は頷きあい、地図の確認を源次と圭吾に任せ、源治は得物をいつでも抜き払えるように鞘を持ち柄に手をかけなら進む。
やがて突き当たったそこは、地図のとおり小部屋となっていたが、爆発の現場であるらしく、床面壁面区別無く崩れ、壊れていた。同時に室内で何かが激しく燃えた様子で、黒い煤と灰がそこかしこにこびりつき積もっていた。
ぱらぱらと、未だ天井面から小石が降ってくる室内。
「‥この様子じゃ、何も残っていないようだな」
「時期から考えてQの部屋、だろうか‥証拠隠滅でも図ったか? ご丁寧なことだ」
そう広くは無い空間、3人は瓦礫をどかすなどして室内を探ったが、出てきたものは灰と時代遅れの計器の破片だけだった。
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C班。
「‥さって。ちょちょいと調べますかねぃ。よろしくねぃ! ニートさんにも働いてもらうよぅ」
「もしもの場合、援護はお任せしますね」
「お、おう、任せろ」
ゼンラーと魔諭邏に朗らかに笑いかけられ、珍しく前向きな返答をしてしまうニートだった。
刀剣を用いた接近戦を得意とする魔諭邏が半透明の盾を構え、護りを固め、先頭に立ち坑道を進む。
敵襲に対してしっかりと身構える彼女の後ろでは、ゼンラーが地面に生活痕などの徴候が残されていないかを注意深く探っている。
堆積物の上に微かに残る足跡を発見し、それを辿って行けば地図に記載されていない一画を発見した。
「‥お。この辺は地図にないねぃ!」
明らかに人手が加えられた、荒く掘り出されただけの粗末な窪地にはスクラップの類が散乱していた。
「徹底的に壊されてんな」
「これは拙僧でも解析は無理だねぃ‥」
種類の似たような断片を拾い集め並べて見るものの、元が一体何であったのか皆目検討がつかない。
その中にプレーン型のピストンリングを発見し、エンジンの残骸が混じっている可能性をゼンラーとニートが話し合っているその時、穣治からの情報伝達が届いた。
「ふむ、拙僧らも一旦戻ろうかねぃ」
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探索を終え、傭兵達は打ち合わせどおり広間で合流した。
各々の調査結果を話し合っていを重ねている最中、通路の闇の奥から硬い靴音が響き、近づいてくる。
「あ、いたいた。良かった」
男の声。仲間の誰のものでもないそれに翡翠は舌を打つ。
「敵のお出ましかよ」
「まあまあ、そうおっしゃらずに」
声の主は警戒する傭兵達を他所に、のんびりとした調子で灯りの届く範囲まで近づいた。
傭兵達の持つランタンの光が照らし出したのはシングルシーツの男で、田舎の信用金庫の行員といった風であった。新橋あたりの駅前でなら何の違和感も無く風景に溶け込んでいるのだろうが。
「一応聞いておく。どちらさんだ?」
明らかに場違いに不審な男を源次が一睨する。
「ええと、私、こういうものでして」
男はスーツの内側ポケットを探り、小さな紙片を取り出すと両手で持って差し出す。罠の可能性を考える以前に、条件反射でニートが受け取ってしまった。
それは日本の標準サイズの名刺であり、何の変哲も無い白い厚紙の上に「春遠 朱螺」と印刷されていた。
ニートの肩越しに名刺を覗き込み、これをどう受け止めればいいものか、穣治は戸惑いつつ記された名前を読み上げる。
「‥はるとお、しゅら、さん?」
「はい」
スーツの男、春遠は何が嬉しいのかにこにこと笑いながら深く頷いた。
「‥なぜ、こんな所にいるんだぃ? 此処は一体‥?」
「ああ、それはですね、ここに人体とキメラの融合に関する研究資料があったんですよ。けれど、まあ、この有様で」
ゼンラーの問いに答え、いやあ、虎がいきなり飛び込んできて自爆したんですから驚きました。と、さして驚いた様子も無くほのぼのと続ける。
「虎? 自爆? そうか、だからあいつは一人で‥!」
点と点を結びつけた源次が顔を上げる。
「ここはQが使っていた、そうだな」
「ええ。彼をご存知で?」
源次の問いに春遠は素直に頷き、聞き返す。
「ああ。奴は俺達が斃した」
圭吾が毅然と言い放つ。
彼がふと思い出したのは、Qの言葉、力を求めた理由と、先ほど目にした何もかもが崩れ落ち、消え去った室内。
残されていたのは瓦礫、灰と煤。
「‥執念だな」
「?」
「奴が研究成果を全てを消し去ったのは、俺達に渡したくないという気持ちと一緒に、お前らバグアの手にも渡したくないという気持ちがあったんだろうよ」
覚醒中、常に付きまとう煩わしさと共に圭吾がそう吐き捨てた。
自らと仲間を弄んだ相手への、ささやかな抵抗。精神記憶の操作にすら抗ったそれは執念としか言いようが無い。
「なるほど、執念。担当者さんにも伝えておきましょう」
「──アンタら、何のためにあんな子供らを使った!」
「さぁ?」
「さぁ、ってなぁッ‥!」
「ゾディアックやら立場のある方の考えることは解りかねます」
困りましたねぇ、と春遠は眉尻を下げ小首を傾げる。
「有体に言えば道楽、理由をつけるなら研究。そういったところなのでしょう。足りなくなったら補充すればいいとか ──っと、思ったより早かったな」
春遠の背後の闇に、赤く光る瞳がいくつも浮かび上がる。
「そういうわけですんで。いずれ、また」
にこやかな会釈の後、悠然と傭兵達に背を向ける春遠の横をすり抜けて、白い獣、アイスマウスの群れが雪崩を打って飛び込んでくる。
「クソッ」
「水無月魔諭邏、参ります!」
真っ先に体制を整えた魔諭邏は、牙を剥いて飛び掛ってきたキメラをポリカーボネートの盾で弾くなりイアリスで一撃を加え、洗練された無駄の無い動きでキメラの息の根を止める。
「戦闘ならお任せを♪」
広間であることを幸いに、陽一は愛斧べオウルフを存分に振るう。穣治の練成強化による援護を受けた竜斬斧の前にキメラが次々と弾き飛ばされた。
「後ろは任せとけ!」
翡翠の射撃が、攻撃行動に移ろうとしていたキメラを牽制し、翻弄する。
間髪いれずに放たれた圭吾の制圧射撃が動きを阻む。
銃撃に踊らされ、右往左往するキメラに源治の鋭い突きが迫る。現状に即し、突きを主体に組み立てられた攻撃、源次の強化支援を受けた刃はは次々と、的確に敵を屠って行った。
「沖田総司もビックリの三段突き、なんてな」
アイスマウスの群れが一掃され、静寂が落ちる坑道内。
「一体、何だったんだ‥」
戦闘の最中、二度三度キメラに噛み付かれていたニートはゼンラーの治療を受けながら首を捻る。
「それは俺が聞きたい。ただ、ひとつ言えるのは、バグア野郎が出てきたってことだ。新手のな」
のっぺりとした闇に閉ざされた坑道の奥を見据え、源次は眦を吊り上げた。