●オープニング本文
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氷原をひた走る半機械の虎型キメラ。
脚部に銃弾を受けており、不安定な動きをしていたが主の命に忠実に動き続けている。
Qは瀕死の重傷を負ったJ・Bに応急処置を施し、帰還を急いでいた。彼は内心焦っていた。自分だけならまだいい。「スタンドプレーばかりの変人」が出撃し一人で死んだ。それだけなのだから、学友達に与える影響は少なくて済む。だが、J・Bは違う。
つい先ほどの戦闘中に交わした会話を思い出す。
『蛇を破裂させる。君はその隙に撤収するんだ』
『嫌よ』
『こんな時に我侭?!』
『私、聞いたの。先生と会長が話してるの。ハーモニウムはもういらないって、だから、処分されるくらいなら、最後までやりたいの! 戦いたいの! でなきゃ、アタシ、何のために今まで生きてきたのか』
『J・B、何を言って――』
『‥‥ごめんね。アンタが心配だったのは本当よ』
「――馬鹿な」
QはJ・Bが語った言葉を、それを否定した。
バグアはハーモニウムの子供たちに対し種々様々な条件 ――ある者は思考を奪われバグアを盲信するように、またある者は擬似的に恋愛感情を抱かされる等々―― を設定し、人間の『感情』『絆』が戦闘にどれだけ影響を持ち、どのようにすれば効果的に働くかなどその経過を観察している面がある。
今回もその実験のひとつなのであろう。
「馬鹿な――」
虚言を信じ込み、思いつめ、そして今、落命しようとしているJ・Bの蒼白となった顔面を覗き込んでQは呟いた。
閉じていた少女の瞼が震え、そろそろと持ち上がる。
「‥‥置いてって‥‥アタシ‥‥もう、ダメ、でしょ‥‥」
血の泡とともに途切れ途切れにつぶやかれる言葉。
それでも痛み止めが効いているのだろう、苦痛を感じていないような穏やかな口調だった。
「弱気なことを言うんじゃないよ、ジェシカ・バーンズ。学校に戻ったら、こんな傷、すぐに治せるんだから」
「‥‥ショーン、あんた‥‥頭は、いい、くせに、昔っ、から‥‥嘘、は下手、よね‥‥」
笑顔を取り繕うとして失敗したQの微妙な表情を察してJ・Bが力なく笑う。
「あ、ァ‥‥アタシ、短い、間だった、けど、ハー‥‥モニウム、として、生きて‥‥きたの‥‥だか、ら、ハ、モニウ‥ム‥‥と、し、て、死‥に‥‥たい‥‥」
だから、この場に置いて行け、と、J・Bは取り乱すことなく、生から遠のくもの特有の穏やかさでQに懇願する。
白く続く雪と氷の大地に少女が一人。
「‥‥あ、りが、と‥‥」
願いを聞き入れてくれた幼馴染の少年に微笑みかける。少年は無言で少女の額に口付け、そして踵を返す。
千切れた半身から血が流れ出るたびに体温が失われるのがわかる。震え、霞んだ視界に写るのは遠ざかって行く少年の背中。
(ごめんね、ショーン。あんたの背中、もう追いかけられない)
J・B――ジェシカ・バーンズの記憶の中でQ――ショーン・ゴールドスミスは家が隣同士の幼馴染であり、密やかな憧れの存在だった。
自分と同年代のはずのショーンはジェシカには信じられないくらいに頭が良くて、大人びていた。だからといって、それをかさに着るわけでもなく表面上「変人」を気取ることで他者との共存を図っていた。
実際、それは功を奏し、同級生とのたいした軋轢もなく、傍目には順風満帆の学校生活を送っていた。
ショーンの本当の姿、物静かで思慮深く他人本位の優しい性質――を知るジェシカは、彼が道化扱いされて笑われる様を歯がゆい思いで見ていた。
だから少なくとも、自分だけは理解者でいようと、吊りあう存在であろうと、その背を追いかけ続けていた。
何かの拍子にショーンが歩みを止め振り返ったとき、すぐそばにいて微笑んで抱きしめてあげられるようにと。
(ごめんね、足手まといになんか、なりたくなかったのに。ごめんね、先、逝くね)
この感情が、記憶が、真実かバグアの作り物であるかなど、ジェシカには関係なかった。
ただ、死に瀕した今このときに身体を満たすショーンへの愛情と充足感、それだけが全てだった。
●
狭く薄暗い一室、堆く積み上げられた紙の一枚一枚に目を通し、男はさも楽しそうに微笑む。
「いや、いやいやいや、これは中々優秀な子がいたんじゃないですか。彼は自力でここまで?」
男は部屋に入り口に立つ『教官役』に尋ねる。
「猿に許可したのは製造プラントの使用のみだ」
「ああ、いえ、技術漏洩を疑っているわけじゃないんですけどね。 ――なるほど、自力で。ちょっと勿体無かったんじゃないですか?」
巧妙に暗号化された文字列の記された紙を次から次へと高速で読み進めながら、男はからかうように笑いかけた。
駒として使い時を誤ったのではないかと、暗に問われた『教官役』はそれを一笑に付す。
「地上にへばりつく猿など掃いて捨てるほどいる。アレは所詮は実験動物、適当に補充すればいい」
「左様ですか」
●
何もない大地に風が巻き起こり、氷床に積もった氷雪を巻き上げる。
時を追うごとに強くなる風が雲を呼び、雪を呼ぶ。
J・Bはハーモニウムとして死ぬことを選んだ。それ故に置いていった。死に逝く者の願いを叶えたのだから、そこに非難も呵責も覚える必要もないはずだった。
だが、Qは疾走する虎キメラの上で白さを増す空に向かって慟哭を上げた。
自分も、仲間も、ハーモニウムという組織の中で残虐非道の行いをやってきた。それについて他者に責任転嫁するつもりは毛頭もなく、最期はろくな死に方をしないであろうことは十分に理解していたつもりだった。
そもそも、記憶も感情もバグアの設定、徹底管理されて植えつけられた偽りのものであるはずだ。
だが。
だが、胸を突くこの悲しみは何だ。
Qは虎の足を止めさせ、振り返る。
たった今踏み越えてきたなだらかな丘陵、そのふもとにJ・Bはいる。
彼女はハーモニウムとして死ぬだろう。ならば自分は。
「――まさか、こんな早くに使うことになるとは思わなかった」
懐から薬液を取り出し一気に飲み干すと、Qはどこか泣き笑いのような表情をして空を仰いだ。
●リプレイ本文
●
風雪が舞い始める中、大蛇の腹からのろのろと這い出す人の形をしたキメラ。動く屍。
六堂源治(
ga8154)は無言のうちに一体を切り捨てる。
「センス悪ぃな、糞ッ!」
寿 源次(
ga3427)が毒づきながら超機械を構え、アレックス(
gb3735)と天羽 圭吾(
gc0683)の銃撃にまごついたキメラへと電磁波を照射。
「土は土に、骸は骸に還れ!‥シュツルム・ヴィント!」
それへ重ねるようにエリノア・ライスター(
gb8926)が真空の刃を生み出し、薙ぎ払う。
地に落ちなおも動くゾンビへと銃口を向けたファタ・モルガナ(
gc0598)が弾丸の嵐を巻き起こし、まとめて物言わぬ骸へと還した。
足止めのために用意されたゾンビを軽く一蹴した傭兵達は、逃走した強化人間を追うべく、無彩色の景色の中に点々と続く血痕を辿る。
「血の臭いが濃くなってきたね‥‥風で薄れない」
渦巻く風の中に微かな血錆の匂いを捕らえたファタがフードの下で眉をひそめる。
「何だ?何かいるぞ?」
「何も見えない、いや待て」
前方、風雪が作り出す白く薄い幕の向こうに源次が何かを見つけ、徹が双眼鏡を使いそれを確認する。
そこには捨てられた人形のようにぐったりと横たわる少女、J・Bの姿があった。
「あの子‥!」
虎牙 こうき(
ga8763)が駆け出す。今の彼にとっては敵味方の区別など意味は無く、ただ、目の前に傷つき死に瀕している人間がいる、それだけだった。
こうきを追って源次、アレックスが続く。
先の戦闘でハーモニウムの相互依存の強さを目の当たりにしていた圭吾は、置き去りにされたと思わしきJ・Bの様子に不審を覚え、距離を置いて罠や奇襲を警戒し周囲を窺った。
こうきらの接近を察したJ・Bは微かに身じろいだ。
残った右腕を腹に乗せ、拳を硬く握り締め、姿勢を整えるかのように背筋を伸ばす。
「俺は貴方を絶対に傷つけない‥だから、せめて‥せめてその怪我だけ治させてよ、死んじゃったら嫌だもん‥お願い‥」
そこに抵抗の意思を感じ取ったこうきは、攻撃意思の無いこと、救助の意思を伝え治療の準備に入った。
「敵に助けられるってのが恥っていう人が多い‥でも、生きてたらそんな恥なんていくらでも消せる‥だから‥」
生きてほしい、と必死にこうきは呼びかける。信じてくれなくていい、ただ、生きていてくれたら、と。
こうきの行動は敵に無防備に近づく危険極まりない行為だったが、負傷しているJ・Bに戦闘能力は無いとみた源次は止めずに見守った。
源次が兄弟と呼び、厚い信頼を置いている源治の、迷い無き一刀が片腕を飛ばし体を半ばまで切裂いたのだ。強化人間といえども、これ以上は戦えるはずが無い、と。
実際、J・Bは細い身体を小刻みに震えさせ、ひゅうひゅうと喉を鳴らすばかりだった。
「お前、逃げる為に残されたのか?それとも逃す為に残ったのか?」
こうきの後ろから源次が問いかける。J・Bは答えない。
追いついたアレックスも交戦意思が無いことを告げ、質問を投げかける。Qとはどのような関係だったのか、Qが何を考えてどう行動していたか。
J・Bは微かに首を横に振る。今更何一つ伝えることは無い、という意思表示の表れだった。
「お前の選択を尊重しよう。後悔は無いんだな?」
源次の言葉にJ・Bはわずかに笑みを浮かべた。
短いやり取りの間、傷を診ていたこうきは手の施しようが無いことにきつく唇を噛締める。
油断を誘っての一矢があるかも知れない、と距離を置いて様子を静観している緑間 徹(
gb7712)はひとつ息を吐いた。
雪中に取り残された少女を見て思い知ったのは覚悟と自己満足だった。
相互依存が強いとされるハーモニウム、時には全く無関係の人質をとってまで仲間を取り戻そうとした彼らが、負傷したからといって仲間を置き去りにするということは考えにくい。
「驚くほどに単純だな。人間の感情というのは」
バグアが利用したくなる程度には。と胸中で呟き、波立つ心中を全てを己が内に収め、一切表情に出さない徹。
その横を源治が通り過ぎて行く。
敵はまだ残っているはずであり、前衛職として警戒を行うのは当然だといわんばかりに、J・Bにトドメを刺す事も、治療する事も、話しかける事も無く。
強化人間の二人はつい先ほど出会ったばかりの相手である。事情は知る由も無いがそれとなく察していた。察してはいたが、「可哀相だから」「共感できるから」なとどいう理由で、手加減を行い、同情を覚えてしまえば、今までに手にかけてきたもの達に申し訳が立たない。己の内の譲れない一線として、歯を食いしばり毅然と源治は前を向く。
そこへ突然、ファタが声を上げた。
「真っ白な雪原に咲く赤い華。送り造花が欲しかろう‥‥舞台を彩る役者の花が!」
大仰に外套を翻し、迎え入れるように両手を広げる。
「さぁ、道化師。最後のショーだ。派手に舞え。だが、舞台に道化師は二人もいらない。真に踊るは如何なる道化。演じきれれば、華を得る」
自らを道化師として振舞っているファタが、同じく道化を演じていると思わしきQへと語りかける。
その目的は、負傷しているアレックスから目を逸らさせる事に他ならない。
(‥‥気付く? 気付くね。そうだ。お前は気付く。その時、どうする? 同じ狢を目の前に、お前はどちらを攻める?)
「華を得るのはどちらの道化? ‥‥ショウ・タイムだ! 『同志』Q! 道化師の称号は易くないぞ!」
このQへの呼びかけにJ・Bが大きく息を呑む。J・Bは手当てのために伸ばされたこうきの手を阻み、首を振り、そして。
「駄目だ! 死んじゃったらそこまで、もう何も出来な──」
こうきの制止を無視してJ・Bの固く握られた右手が微かに動き。
爆発が起こった。
「うわああああああ! なんで──ッ ── どうしてだぁぁ!!」
爆発の轟音が消え去った後にこうきの悲痛な叫びが響き渡る。
残されたのは爆発の衝撃でクレーター状に抉れた氷床と、ボロボロになった女物の革靴がひとつ。いくつもの血肉の破片。
「こうちゃん‥‥」
爆発に巻き込まれ、傷を負ったこうきを源次が治療する。
自爆の気配を察し、咄嗟に「竜の翼」で緊急退避したアレックスは氷原の上に転げながら、立ち上った黒煙を見上げた。
「‥‥ハーモニウムとして死ぬ、か。俺達と立ち位置以外に、どう違うんだろうな」
人は立場で生きている。
傭兵がバグアに助けられたとして、甘んじて生を受けるかと言えば否であろう。逆に己が命を懸けて、仲間のために一矢報いようとするだろう。J・Bはそれに殉じたのだ。
ただひとつ、そこに救いがあったとすれば、最期、こうきのように敵味方の隔てなく慈しむものに出会えた事だったであろう。
「だからって、こんな事続けて何になるってンだ‥‥!」
アレックスはやり場の無い憤りを拳とともに凍りついた大地へと叩き付けた。
J・Bの存在を他所に、Qに対する警戒を続けていたエリノアが接近してくる気配に気付き、攻撃に備えようと構えるが、その前に何かがぶつかってきた衝撃に弾き飛ばされる。
「クソッ、形振り構ってられねぇってか! こんなことなら、戦闘訓練サボんじゃなかったぜ、全く!」
氷原を滑りながら超機械を構え直すエリノア。視界の端に赤色を認め、Qが出てきたことを確信した。
「チッ、化粧直しがケバいんだよ! てめぇはオリm――」
どうせ悪趣味な格好をしてきているに違いない、と軽く口にするが途中で言葉を失う。
「何、だ?」
(先程とは全然違う‥?!)
その方向を見、敵の存在を確認した源次と徹も、言うべき言葉を失った。
雪の薄膜越しに存在するその姿は、既に、人とは言い難く。そこにいたのはまさしく、複合生物(キメラ)であった。
「――キメラとの融合やら馴染む方法だの言っていたが、まさかこれがそうなのか!?」
乾き、ヒリつく喉で声を張り上げる源次。今までとは明らかに違う、おぞましい化け物の姿。人体とキメラの融合、その成れの果てを目にし、嫌悪と焦燥をはき捨てるように叫ぶ。
「お前が作ったキメラの集大成がコレなのか、キメラボーイ!!」
「そう、驚いたかいベイビィちゃん。キメラの力を取り込めれば、能力者でなくとも外敵を排除する強大な力を手に入れられる」
この間にもキメラがQの肉体を侵食をして行く。
実際、人体とキメラの融合は未だ実験の初期段階であり、とても実用に耐えうるものではなかった。
もとより、別の生命体なのだ。無理やりに一体化させたとしても自己免疫が互いを食いつぶしてしまう。Qは自らの身体を実験台とし『適量』を計り、時間をかけて調整を行うつもりでいた。
だが、今、Qはこれが最後と悟り、体内で休眠させているキメラを活性化させる薬液を飲み下し、傭兵達に戦いを挑んだ。傭兵を倒しきるまでに自意識と人体部分が持ちさえすれば御の字であろうと考えていたが、侵食速度はQの予想を上回っていた。
そして
「‥‥ああ、今、思い出したよ」
己が内にある人類とキメラの融合という強烈な目的意識がどこからきていたのか。
キメラからの侵食を受け歪な形で強化されて行く身体器官、細胞。その作用の一つとしてQはバグアに消去された記憶を取り戻していた。
「僕らの時に、能力者はいなかった」
UPCが未だ存在を隠す北米軍学校。バグア襲撃時に連れ去られた生徒。ハーモニウムはその生き残り。
能力者が誕生していなかった当時、恐るべき侵略者バグアの武力に対して人類は成す術も無く、抵抗を試みては蹂躙されるだけだった。目前に迫ろうとしていた死滅の恐怖と不安に怯えるだけだった。それは『見捨てられた』生徒達も例外ではなく。
「力のない人間はただ死を待つだけなのか! 否! 否否否!!」
恐怖に打ち勝ち仲間と生き残るための力を求め、外法に手を染めた。そうするより他になかった。
「――だから、僕は、僕はぁぁアアアッ!!」
怒りの咆哮とも悲鳴とも聞こえる激しい叫びとともにQが氷床を蹴る。
ただ敵を斃す、そのためだけに変質して行く身体。
徹がその一撃を後方跳躍で回避しようとするが、追いつかれ、刃のような長く鋭い爪を直刀で受け止めるも、押し負け弾き飛ばされる。
「多少の怪我は気にするな!自分の目が黒い内は好き勝手はやらせん!」
源次が即座に練成で援護を開始。
「ははっ、期待を裏切らないね! 敵だったのが哀しいよ同志Q!」
負傷しているアレックスを狙うことなく攻撃行動に移ったQを評価し、ファタはある種の敬意をこめて同志と呼んだ。
援護のためにガトリング砲を唸らせる。奔る火線、弾幕が雪の幕を引き裂き、異形の影を牽制する。
圭吾は聊か現実的に、アレックスを人質に取られないよう、その傍で護衛を開始していた。
先の戦闘でQは乱戦に持ち込み、閃光弾も使用した。傭兵を盾代わりにするなど、姑息な手段も何でもやるのではないかという予測があったのだ。そして今、守るべきものを持たないQの鬼気を感じ取り、警戒を重ねるに越したことは無い、と圭吾は銃をかき抱く。
「‥そろそろ死ぬ準備をしやがれ! Qッ! ‥答えはいつでもシンプルだ。難しい事ってのは、いつだってシンプルに答えが出せる。もっと最初から素直に生きられてりゃ、趣味の良いモンも作れたろうによ。テメェのはいつも『半端』で気に入らなかった」
エリノアの放った真空刃が、氷雪を巻き込みながらQの身体を切り刻んだ。
大きく切り裂かれた傷口を生きた繊維状の何かがすぐさま塞ぎ、そこから肉腫が生え、新しい器官へと成長する。キメラによる侵食変容は、激しい苦痛をQに齎していた。それでもQは戦闘を止めない。
血肉と絶叫を撒き散らし、キメラに喰われながら戦い続ける。
Qの影を見、強化した脚力を用いて攻撃を回避し続けていた徹は、『これ』が長くは続かないことに気付いていた。
この時、彼が胸中に抱いたのは何ら変わることのない感情であった。立場がQらと自分達傭兵を分けただけのことであり、仲間の為の必死の覚悟は同等であるのだと。それを想いつつ、やがて訪れるであろう勝機を掴む為、暴風とも呼べる攻撃を避けていた。
(臆病者でも卑怯者でも構わない。仲間の為なら。俺も奴らも、実にシンプルだ)
「ここまで、やるってのか‥‥」
既に人の形を失ったQの姿に源次が顔を顰める。
仲間を守る為に足掻き。仲間の為に泣き、怒り。どうしようもない位に人間であり続けたQ、そしてJ・B。それを思い、やりきれなさが胸に去来するが、終わらせてやるのがせめてもの情けと源次は顔を上げ、源治に呼びかけた。
「人間を超える時は、ヒトの心を失う時さ。そんなものにはなっちゃならないんだ ――兄弟ィ!」
「応!」
「鍛え抜かれた無銘の一閃に華を!」
「きっちり仲間の元に送ってやるよ、Q!!」
練成強化と想いとを受け取り、源治が駆ける。
こうきがそれを防御陣計で支え、アレックスが銃撃でQを牽制。それを回避したQへと源治が迫り。
SESの限界を超える破壊力を引き出された刃が振り下ろされる。陰鬱な景色の中で一際の輝きを放つ刀身、その切っ先は光の尾を曳きながら、深々と袈裟懸けにQを切り裂いた。
ダメージが限界量を超えたのか、傷の修復は始まらず、夥しい量の血液を吹き出しながら蹌踉めくQに向かって、徹が横合いから一撃を加える。続くエリノアの真空刃にファタと圭吾の弾丸の雨。
そしてここに一つの運命が消失した。
●
回収の移動艇が来るまで、傭兵達はそれぞれの思いを胸に抱き、白黒の景色の中に佇んでいた。
「気にいらねぇ奴だったが、墓くらいは立ててやる‥といっても、な‥」
死を穢せばバグアと同列となる。荼毘にふし、弔ってやりたいと考えていたエリノアとファタだったが、J・Bの遺体は爆発四散しており、Qに至ってはキメラに侵食しつくされ人体部分は残っていない有様だった。
アレックスも遺体をヨリシロとして利用されないよう、頭部を潰し焼却することを考えていたがその必要は無かった。
せめても、とファタは祈祷を捧げ、エリノアは鎮魂歌を優しく奏でる。
「‥音楽ってのはこうやるんだ。あの世で練習しておけよ、Q」
「アディオス‥‥道化師は、私のモノって事だね。二人仲良く。おやすみ」
圭吾は長く深く息を吐き出す。
甘さを突きながら、自らその甘さを捨てきれずにいたQ。傭兵に対する言葉は、自らの力や存在に疑念を抱かずにいられる傭兵への嫉妬心だったのではないかと、圭吾は思う。
堂々と『正義』を謳える傭兵と、人類の敵にして『悪』である彼ら。傭兵の戦いは地球のためと褒めたたえられ、彼らはバグアの駒として使い捨てらた。
皮肉な物言いに込められていたのは、彼らの立場では手の届かない物への羨望と憎しみだったのではないかと。
それを笑う気にもならず、圭吾は奥底からこみ上げてくるほろ苦い思いをぐっと飲み下した。