●オープニング本文

　紺碧の海、遙か遠くまで続く水平線。
　青一面の天地の緩衝剤のように海の上には入道雲が何本も伸びていた。


　私の名前は山田良子（１７）カンパネラ学園に通う女子高生。
　ＢＬを専門に扱う第ｎ文芸部・薔薇組のエース、曼珠院　紗華子と言えば私のことである。

　私は今、海の家にいる。
　よしずの立てかけられた安普請のテラスで浜辺を歩く『いい男達』を観察中である。
　海といえばいわゆる一夏の経験がつきものだ。この夏という季節に惑わされ大人の階段を登ってしまう少年少女はどれほどいるのだろう。日常とは違うシチュエーション、限定特別感、暑さと生命に溢れる自然環境、その他諸々が人を刹那的な恋に駆り立ててしまうのか。

　そんな情熱的な恋の季節をこの私が逃すものか。
　ＢＬ的にオイシイ『いい男達』の存在が逆に私を逃さない。

　抹茶金時のかき氷をスプーンでつつきながらも、脳内萌え腐ィルター＋シャッターは最大稼働中だ。
　吹き渡る海風が程良く涼を運び、強烈な日差しの割にはそれほど暑さを感じない。
　ともすればオーバーヒートしそうな脳を大自然が優しくいたわってくれているようだ。
　心地よさに息を吐き、店内に視線を戻せば、よしずが作り出すストライプの影の下、ニートがぐったりしていた。

　しっかしこのニートは何とかならないものか。
　ニートというのは私の叔父に当たる男で、いい年をして大学の研究室に入り浸って毒にも薬にもならない研究を続けている。
　大学の研究員、といえば聞こえがいいが彼に限ってはニートと呼んだ方がしっくりくる。
　私がまだ未成年だということで保護者代わりに連れてきたのだが、ニートに直射日光は大敵だったらしく、ここへ到着後すぐに長椅子に倒れ込んだまま動かない。

「ハァイ、お待たせェん☆」
　そんなニートのためにかち割り氷を頼んだのだが、ひどく個性的な店員が運んできたそれは『かち割り氷のような何か』だった。
　通常、かち割り氷といえば、大きめに砕いた氷を少量の水と共にビニル袋に入れてストローを差したとてもシンプルなものなのだが、目の前にあるのは、パッションオレンジとブルーハワイな色をした二つの氷塊がフォレストグリーンの水の中に浮いており、袋の底にはタピオカ的なもの（一瞬ガマ蛙の卵かと思った）が沈んでいる。ストローは無意味にハート型でミニパラソルが添えられている。
「キュートにポップでそこはかとなく退廃的にカワイイでしょ？　ボクのスペッシャルサーァビスだよォ♪」
　男のくせにレースのキャミソールを着て腰にパレオを巻いた、半分ボブで半分テクノカットの金髪店員はクネクネとウザキモイ身振りでなんだかよくわからないアピールを行う。
「下郎！　貴様、またしても勝手な真似を！！」
　店主の怒声がクネクネを止める。
　助かるには助かったが、この店主も店主でけっこうキツい。
　この海の家は私にとってなじみの店だったのだが、今年から店主が交代していた。
　穏やかなのんびりとした性格だった前店主に対し、現店主は神経質で刺々しい性格をしているようで、客に対しても容赦なかった。つい先ほども、反社会的にはしゃいだやんちゃしちゃってるＢＯＹＳを（問題にならない程度に）制裁して警察につきだしていた。
　愛想もなければ高圧的な店主の態度に、店は当たり前のように開店休業状態であった。その上、あの店員。
　現在、この海の家にいる客といえば私とニートぐらいなものだ。
　そのおかげで、私は心おきなく長居することが出来るわけだが。
「まったく見苦しいものを‥‥」
「見苦しいってちょっとヒドくなァイ？　せめてアヴァンギャルドって言って欲しいナァ」
「無価値」
　全然懲りた様子のない店員を店主が一言で切り捨てる。
　‥‥うん。この店、来年には無いな。
　それでも、混雑を嫌う人というのはどこにでもいるもので、そう言う人にとっては店員がアレだろうが、店主が無愛想だろうが関係ないらしく、かき氷やらジュースやら軽食やらの注文はぽつぽつと入ってきていた。
　かち割り氷二つ、との注文を受け、店主が氷柱を鋏で砕きだす。
　そういえばかき氷も鋏で削りだしていた。
　前店主もそうだったが、何でも鋏で乗り切ろうというその姿勢は伝統なのか。

「‥‥なぁ、俺、毒殺されようとしてる‥‥？」
　かち割り氷の冷たさに反応してようよう身を起こしたニートが、ブツを見て複雑そうな表情を浮かべる。
「人体に悪影響はない、とは思います。多分」
　オレンジとブルーハワイと抹茶の味が駄目な感じにブレンドされているのは確実だ。
　どんな味になっているのかは、考えない方が幸せだろう。

　テラスの軒先に吊された鉄器の風鈴が甲高く涼しげな音を立てる。

　ああ、それにしても、夏だ。


※このシナリオはミッドナイトサマーシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません

●参加者一覧

●リプレイ本文

●
「人肌に温めたおでんっぽい、邪悪な物体が来ましたよ！食べて下さい！」
　先ほど店員におでんを注文した最上　空（gb3976）が早速おでんっぽい何かをニートにはたきつけている。
　彼女はニートのヘタレさといぢられっぷりに感銘を受け、存分に遊び倒すために初等部から強引に飛び級を重ね、研究助手と言う立場におさまった異才の少女だ。「ええ、ちょろいものでしたよ！空の美幼女力の前ではね！」とは本人の言。頭脳とか知力は一切使っていないらしい。
　そんな彼女は、海でのニートの生態を調べると言う大義名分を掲げ共にやってきていた。手始めに『怪しい物を食べさせて肉体に起こる変化』の調査に手を着けたようだ。
「ちょ、なんで海の家でおでんがとか夏場におでんはねぇだろとか温めの人肌とかどうリアクションとれってんだとか何その物体とかもうとりあえず食べ物で遊ぶんじゃねぇ！？」
　ワンブレスで総ツッコミ入れてるあたり律儀である。
「ほら教授、そこでボケて」
　風通しの良い日陰に腰を下ろし、日傘をクルクル回しながら優雅に無茶ブリかまして追い打ちをかけているのはファタ・モルガナ（gc0598）　ニートが居る大学の院生で、同じ研究室に在籍している「怪しくない」女性だ。ニートをアゴで使ったり、ニートしてると日傘で刺すなど、ニートには実に優しい。年中顔をすっぽりと覆い隠すような長いローブつけていたような気がしたが、別にそんな事はなかったぜ！
　実のところ胸を患っており、何時危険な状態になるかわからないのだが、当の本人はどこ吹く風といった様子で飄々と振舞っている。座右の銘は「バカの考え休むに似たり」だそうだ。
　ちなみに私とは同志である。ニートの紹介で出会った、ということになっているが、実際は盆暮れに開催される年二回の祭典で既に知りあっていた。

　ところで。海の家にはもう一人の店員が居る。
　女形芸者の道を志しバイトに勤しんでいる夜刀（gb9204）は唯一まともな店員であるのだが、開店休業状態にあるのを良いことに先ほどから本を読んでいる。
「成る程、ここで相手から目を逸らしながら恥らう、と‥」
　相手が男だろうが抵抗無くラブシーンする為の勉強として、真剣な表情で読み進めているその本のタイトルは『今宵、君ヲ略奪ス』
　表紙とタイトル確認して鼻から宇治金時余裕でした。目前で自分が作ったBL同人誌を男子に読まれるとは、なんたる気まずさ。
「‥あの本‥」
「‥先輩、触れないでください」
　一緒に来ていた先輩にして同志、南桐　由（gb8174）が夜刀の読んでいる本に気付いて視線を送ってくる。ここは何も知らぬ存ぜぬで押し通る他あるまい。
「貴様、いい度胸だ」
「だって閑古鳥が鳴いてるじゃないですか。誰と誰の所為でしたかね〜」
　ようやく店主が注意をしたが、夜刀も悪びれない。
「店などは貨幣と商品を交換する。それだけの用が足りればよい。サービスという虚構に踊らされる無能な客などいらぬ」
　サービスが悪いという自覚はあるようだ。
「でも愛は必要だよォ〜、やっぱ愛がなきゃあ」
「愛など無価値」
　クネクネする店員とひとり氷点下の店主。両者は完全に隔絶しているように見える、が。
「店員さんと店主さん、なんか‥萌える‥」
　夏の日差しに輝く眼鏡のブリッジを中指で押し上げる由。
「いつもあんな具合だろうけど‥あれだけ冷たくされてもへこたれないって事は‥愛なんだろうね。‥店終わりに二人で一杯とか‥もしかしたら由たちが座っているこの机の上で‥なんてことも‥」
　さすがは先輩。隙がない。なるほど、腐ィルターは積極的に使用すべしということですね。
　微笑を浮かべる由。
「酷道８０１線は‥いつも混雑していて大変だよね‥」
　どちらが受けか攻めかを語り合い、リバでよろしかろうという結論が出たところで、短パンに青のパーカーといういでたちの少年がおぼつかない足取りで海の家に入ってきた。
「‥あぅ‥」
　少しはしゃぎ過ぎたようで、日陰に入るなり蹌踉めき倒れかかってしまった。
「うおっ！？　おいおい、大丈夫かよ」
　おでん責めにあっていたニートが咄嗟に少年を支え、夜刀にも声をかけ、少年を高床の座敷になっている店の奥に運び込む。
「今入ってきた人‥女性じゃないんだ‥」
「女子よりもかわいい男子って‥」
　世の不条理を嘆きつつ、地獄耳で定評のある山田イヤーが彼らの会話を聞いた所によると、少年の名前は龍乃　陽一（gc4336）
旅の一座で女形役者をしているそうだ。全国巡業の途中で特別に休暇をもらい、公演会場にほど近いこの海に来たのだが‥ということだった。
「現役の女形芸者！？ホントに！？」
　そこに夜刀が食いついた。自分が目指す職業を生業としている人間が目の前に現れたのだから、その反応は当然なのだが。
「良かったら仕事の話とか聞かせてよ。好きなドリンクオマケするからさ！」
　浮き足だって厨房に氷を取りに行く夜刀。その間、ニートは自分が着ていたアロハシャツを畳んで陽一のまくら代わりにさせ、その場に放置されていた団扇でそよそよと風を送っていた。
「‥やさしく介抱してあげてるね、ニート叔父さん‥リアル女性に縁がないからって‥」
　助手に美幼女がいて、同じ研究室に美女がいるというのに、奴の周辺には浮いた噂が一切無い不思議。
「けど、あの人‥ああやって‥先に誘惑をしておいて‥ベットの上では‥一転攻め‥とか？　‥実においしいね」
　テーブルに両肘をついて両手を顔の下半分を隠すように組んだ由。本気だ。本気モードだ。
　程なくして戻ってきた夜刀に陽一の介抱を任せたニートが、空に呼ばれて戻ると今度は、色の濃いサングラスにマスク、麦わら帽子、首にはタオルを巻き、手には軍手という完全紫外線防備という、傍目にとても暑い不審人物がやってきて「ごめんよ‥親父さん、いつものメニュー一通り全部」という上級者な注文を残して、ニートの方に倒れ込んだ。
「おお重いぃ？！しっかりしろ桃代ぉ！」
　力無く傾いだ巨躯をどうにか支えるニート。
「ちょ、桂木、手伝っ‥」
　あ、潰れた。

「いやあ、すまんかった」
　肩を抱いて三回背をたたくロシア風の挨拶、兼、ボディチェックを桂木穣治（gb5595）とニートにしたところで桃代　龍牙（gc4290）がバツが悪そうに笑う。
　彼はとある町工場のエンジニアである。実験に使う特殊部品をニートが彼に発注したことが縁になり、交友を持つに至ったという。忘れがちだがニートは機械工学の研究者であった。
「いきなり倒れるんだからびっくりしたよ」
「暑さにはどうにも慣れなくてな。ところで、今日は娘さんはどうしたんだい？」
　龍牙の問いに穣治が瞳を潤ませる。
　大学の薬学部講師である穣治は、真面目な研究の傍ら惚れ薬やら媚薬やら怪しいモノも精力的に研究しており、馬があったのかニートとは友人という間柄にある。
　その彼は六歳になる愛娘と暮らしており、その溺愛ぶりは大学内や関係者の間に広く知られていた。海にレジャーとくれば、当然、愛娘とともに来ているのだろうと、龍牙はさり気なく話題を振ったのだが、今日はいささか事情が違っていた。
「‥ちょっと聞いてくれよ‥娘が、娘が嫁の所に家出しちまったんだ‥っ！　もう、俺の夏はシベリア超特急だよ！」
　イミフなことを口走ってしまうほどテンパっている背中が煤けて見える。ヤケクソで来ただけにやさぐれ度は半端ない。
「原因？なんだろうな‥忙しくて家にあんまり戻ってないとか、酔っ払って帰ってきては、髭が痛いって言われても頬擦りを、止めないこととか‥それとも‥」
　原因を問われ穣治が首を捻る。

　この突然の『おっさんパラダイス』に我々が反応しないわけがない。

「おぉ‥見ろ同志リョウコ。桃源郷が見ゆるぞ‥」
　ファタは焼きそばをつまみに持参のテキーラを飲んでいる。飲兵衛なんだね、仕方ないね。
「‥ストレートか、フェイント誘い受けか‥そこが問題だ」
　飲んでいても酩酊を感じさせないファタは真剣な表情でおっさん達を見据えていた。
　由もゲンドウポーズで眼鏡を光らせている。
「‥いっそ三人でってのもいいよね‥」
　穣治が面識のある少女の父親ということに由は少しの罪悪感を感じたようだが「でも自重しない」そうだ。
「ここはやっぱりニート総受けがベターかな‥。でも‥実は総攻めも意外性があって‥おいしいかな‥」
「今年の夏は‥暑苦しい肌と肌とのぶつかりあいがグッドかもねぃ。同志リョウコ」
　艶やかに笑うファタだったが、本当は老紳士萌えだそうな。そして「少年も好きだよ？」とは本人談。

「あー！　もこうなったら、ここで宴会して暑気払いと厄払いしちまうぜ！　おーい、酒とつまみになるもの適当にガンガン持ってきて！」
「盛大に騒いで気分をすっきりさせてしまうのも良いモンだ」
　気分を切り替えた穣治に朗らかに笑いかけながら、龍牙は海水浴セットを取り出す。
「準備が出来るまでひと泳ぎしてくるとするか。ロズウェルさんも行くだろ？」
「は？　いや、俺、直射日光苦手だし」
「俺も仲間だよ。でも、海に来て泳がないとかあり得ないし。むしろ海中の方が被害は少ないぞ？」
　完全紫外線防備衣装からさくっと水着に着替えてきた龍牙は日焼け止めを手にして満遍なく塗り込める。
　その隙に逃げ出そうとしたニートの腰に丸太のような腕を回して捕獲すると、鼻歌混じりにニートにも日焼け止めを塗り始めた。
「ひょ！？　ちょ、やべぇ、こそばゆひゃひゃ」
「お、弱点発見」
「なになに、ここらへんか」
「おおお前らマジ駄目ひゃははは」
　穣治も面白がってこれに参戦。じゃれあう三十路のおっさんの図。しかもマッチョとマッチョと超マッチョ。
　モノホンの方向け、歪みねぇ本格的餡かけ焼飯の絵面に我々のボルテージは鰻登りだ。
「おお、あんなところまで丁寧に塗るとは」
「‥日焼け止めの‥おすそ分けなんて‥もう‥間接キスの勢いだよね‥」
「ニートさんは男性に人気がありますね。やはり総受けですね」
　逞しい身体を背後から密着させ、ニートを抱き込むようして日焼け止めを塗る龍牙。その無骨にも見える手が筋肉の凹凸を確かめるように肌の上を滑って行く。
「しまった‥鼻血が‥」
　由の鼻孔から控えめに萌汁が流れ出す。ポケットテッシュをそっと差し出しておいた。予め鼻にテッシュのこよりを詰め込んでいた私に隙はない。
　当の本人達は単なる普通の友達同士なのだが、でもそんなの関係ねぇ。
「さぁ、海へ行こうか」
　日焼け止めを塗り終えた龍牙は、笑いすぎて涙目になっていたニートを軽々と抱き上げ、俗に言うお姫様抱っこで海へと向かって走り出した。
　笑い転げながら手を振った穣治がそれを見送る。

「む、海に向かいましたね。これは『浜辺に仕掛けた罠に掛かった反応を調べる』チャンスです」
「待って空さん、ちゃんと日焼け止めを塗らないと。あと海に入るなら準備運動をして、調子に乗って沖に出ないように」
　海へ向かって走り出そうとする空を引き留めたのはダグ・ノルシュトレーム（gb9397）
　彼は空と「それでこそ私のライバルだ！」と言い合う仲であるが、年上故の庇護欲か、自由な行動をとる空を常に気遣っていた。
「‥別に空さんが気になって追ってきたわけじゃないですよ。どっちかというとネットの波に乗るのが得意な俺ですが、このまま寂しい青春を送るのは嫌ですからね」
　そうは言うものの、遠路遙々数時間かけて追ってくるくらいなのだから、空のことをめっちゃ気にしてるのは確かであろう。
　ついでに、ニートとは大学教授をしているダグの父とニートが知り合いという程度の、いわば、親戚の叔父さん級の微妙な知り合いでしかない。この際だから素直になればいいのに。
「俺の好みのタイプは胸の大きい年上の甘えさせてくれる女性です」
　空の世話を焼くダグを見ていたところ、無表情の真顔で言われてしまった。時として、人は己の好みと真逆のものに惹かれるものだそうであるが真偽のほどは如何に。

　そうこうしている間に、波打ち際には派手な飛沫が上がった。
　龍牙がニートを抱えたまま飛びこんだらしい。
　これはまたオイシイ場面が目撃できそうだ。こよりを捨て麦わら帽子を手に私は浜辺へと繰り出した。


●
「あー、海だぁー！　すごい綺麗‥っ！」
　眼前に広がる海原への感動を身体いっぱいに表すエスター・ウルフスタン（gc3050）
　15歳という若々しくしなやかなその身は夏の日差しを弾いて、それ自体が輝いて見える。何ものにも例えようのない美しい姿に彼女と恋仲の幼なじみであるマルセル・ライスター（gb4909）は目を細めた。
　砂浜に立てたパラソルの影にレジャーシートを広げ、荷物の中からサンオイルを取り出す。
「エスター、おいで。オイルを塗ってあげるよ」
「あ、うん‥」
　優しげな声色にエスターは頬を染め、初心な反応を示した。

　マルセルの掌が優しく慈しむようにエスターの肌を滑って行く。時折、指先の動きに反応する肢体を楽しむかのように、マルセルは耳元で甘く囁く。
「ここが弱いんだね、エスター‥」
「ばっ‥」
　頬に血を上らせ振り返るエスターだったが、そこには「あ、俺も塗って」と、仰向けになってクネクネと荒ぶる誘いポージングをする恋人の姿があった。
「い・い・加減に‥しなさいこのド馬鹿！！」
　羞恥と自分で立てたフラグを自らへし折るマルセルの無自覚放置プレーに鉄拳制裁。鳩尾に正拳突き。
　エスターは自分の夢のため、様々な格闘技を学んでいるというのだから、ボケる方は命がけであろう。体をくの時に折り曲げて悶絶するマルセルだったが、どこか幸せそうな表情なのだから始末に負えない。

　そんなとき、おっとりとした様子の眼鏡美女がのほほんと若い恋人二人に微笑みかかける。
「あらあらマルセルさん、こんなところで奇遇ですね。そちらは彼女さんかしら。フフ、可愛らしい子ですね」
　穏やかな尽くしてくれる系お姉さんキャラの雰囲気とは裏腹のセクシービキニonパーカーに魅惑のボイン。
　これはと思いきや、マルセルは動じずにこやかに応じている。
　挨拶を終え、別れようとした際に砂浜の段差に躓いた女性がマルセルの腕にしがみつく、適度にはだけさせたパーカーから覗くたわわなボインがマルセルに押しつけられるが、やはり動じない。
　そういえばアイツ貧乳好きだもんな。妙なところで一本筋の通った男だ。
　エスターと連れだって海中へと向かうマルセルを見送った後、女性は目線を一点に定め、ほぅ、とため息を付く。
「いつもの半ズボンもいいのですけど、丈の短い学校指定の紺の水着パンツもいいですね。あれは至高の一品」
　彼女の名前はフランツィスカ・Ｌ（gc3985）　マルセルの下宿先の寮の管理人であり、１８歳の未亡人。結婚式当日に事故で婚約者を亡くしｔ（中略）以来、マルセルに淡い恋心を抱いているという。
　ぶっちゃけショタコン。病的なショタコン。腐ィルター＆高性能ショタセンサー搭載、美少年限定で複数同時ロックオンが可能という高スペックぶり。
　今も脳内でマルセルの水着を学校指定の紺の水着パンツに差し替え、美少年のお尻をねっとり観賞しているのだろう。その妄想力、Yesだね！無論、私もその妄想に便乗するわけだが。
「マルセルさんは見た目はおっとりとしてますけど、意外と大胆ですよね。‥覚醒鬼畜攻めといいますか、化ける素質はあると思います」
「ああ。Mの皮を被ったSでしょうからね」
「初々しいところも可愛いんですけどね。最近は時々大人っぽいところもあって、そこにグッと来ます」
　熱っぽい溜息をもらすフランツィスカ。恋は盲目である。
　こうした我々の視線があまりにも不躾だったのか、エスターがマルセルを守るよう我々の前に仁王立つ。傍観姿勢を貫いていたのだが気が気でなかったのだろう。
「あ、あんまり嫌な目で見ないで？！こいつはうちのなんだからっ！」
「まあまあ」
「左様で」
　思わず仏像のような笑顔になってしまったフランツィスカと私。エスターは勢いで口走ってしまった内容に気付き、瞬間、顔を耳まで真っ赤にしてあわあわと慌てる。
　エスターはマルセルに対し怒ったり言葉の端に噛み付いたりしてはいるが、それは照れ隠しであったり、マルセルが本当にどうしようもなかったりするだけで、彼女の『マルセル大好き』という根幹は揺らがないようだ。
「あ、ち、違うのよ？別に、好きとかそういうのじゃ‥ないわけじゃないけど‥」
「ご安心下さい。私の視線は『リア充（マルセル）はげろ』という怨念ですから」
「それのどこに安心しろと！？」
　マルセルから抗議の声が挙がるが聞こえんなぁ。
「リア充は短い夏を満喫してればいいんですよ」
「い、言われなくても！」
　会話の不毛さを悟ったマルセルはエスターの手を取ると、やや強引に海へと入る。
　命短し恋せよ男女。フランツィスカが隣で燃やしている恋慕の炎が熱い。

　入れ替わりでニートが浜辺に戻ってくる。と、そこには満面の笑みを浮かべた空がいた。
「ニートさん、もう少し波打ち際に移動して下さい、大丈夫ですよ罠とか無いですから、無いですから」
「十中八九罠だろうがよ！　お前、マジどんだけ用意周到なの！？」
「つべこべ言わずにそっちに行けばいいんです、でないとニートさん総受けBL本を学園中に配布しますよっ？」
　お前の血は何色だと水鳥拳のポーズで威嚇するニートだったが、それをまるっとスルーして横からぐいぐいと罠地点に向けて押し出す空。鬼畜ょぅじょここに極まれり。
　程なくしてニートは落とし穴にはまる。
「罠に掛かったニートはその肢体を白濁とした液体に穢され、声にならない声を上げたっと。新刊ネタゲットです！」
「楽しそうだなコノヤロー‥」
　落とし穴の底に満たされていた白濁の液体。身体中に飛び散ったそれに眉を顰めながら、ニートは穴から這い上がる。落ちた衝撃で眼鏡を落としているかと思いきや、しっかりとかけているニート。素晴らしいぞ。眼鏡キャラはそうでなくては。

　こうしてニートが空の手により（BL的な意味で）素敵な姿となっていたころ、海ではちょっとしたアクシデントが起こっていた。

　マルセルとエスターが海中で戯れていたところ、波がエスターのブラを押し流してしまったのだ。慌てたマルセルが咄嗟に両手で露わとなってしまった胸を隠す。
「パッド詰めて無理に大きいサイズ着るからだよ」
「べ、別にかさなんて増してないわよ！自然なサイズだっての！　新しいのだからいまいち着慣れてなくて‥」
「それより、早く水着を取りに行かなきゃ」
　波間に浮かぶブラを見つけたマルセルは視線を動かし、エスターに伝える。
　それにはどうしたら良いか、短い競技の結果、マルセルの背中にエスターがピッタリとくっついて上着を取りに行く事で最終合意を果たす。
　波をかき分け水着目掛けて進んで行く二人だったが、エスターの不安と羞恥に震える吐息がマルセルの背をくすぐる。さらには生胸の感触。マルセルは心の中で経文を唱えつつ、必死に自分（の一部分）と戦い続け、この荒行を制した。

　ほんのりエロスのLOVE青春一頁を綴っているその一方、砂浜ではジュリ・ハートネット（gc3812）が深呼吸を繰り返していた。
「青い海、青い空、そしてむさ苦しい男子‥うぅ‥」
　男嫌いの彼女はそれを克服しようと真夏の海にやってきたのだが、ハードルが高すぎたらしく、さきほどから落ち着かない様子でビキニの上に着たＴシャツの裾を掴んでもじもじとしている。いっそ大胆にビキニ！と決めたは良いがやはり心細くて仕方がないらしい。
「男の視線、怖し‥」
　浜辺にたむろっている男連中から逃れるように海へと入ると、本気で泳ぎだした。
「うぉおお！波如きに私が負けるかぁああ」
　海で遊ぶと言うよりは完全にトレーニングになっているが、体を動かして緊張がほぐれたのか、砂浜に戻ってきたジュリの表情は若干柔らかくなっていた。
　そこへとダグがやってくる。そういえば「‥折角なので、ナンパでもしてみますか」とか言っていた。
「あっ、すみません、この辺でコンタクト落としてしまいまして‥」
　ああ、それで一緒に探してくれたら、適当なところで見つけたフリをして「助かりました、お礼にお茶でも」という流れで茶に誘うというわけか。視力は両目2．0あるくせにな。
「アハハ‥ゴキゲンウルワシュウ‥フフフ‥」
　ジュリはひきつった愛想笑いで受け応えているが、自分が何を言っているのかわかっていないだろう。
　それでも、ダグの下心を感じさせない無表情さと堅い言葉遣い、計算されたタイミングで見せる柔らかい笑顔と、紳士的な所作でジュリの警戒心と緊張がほんの少しほどける。
　が。
「おっと、流木に足を取られて転んでしまいましたよ！」
　空がダグの背中目掛け、罠作成で残っていた何かの粘液をぶちまけた。ぶっかけられた勢いでつんのめり、慌てて宙をかくダグの指先がジュリに触れる。
「Noooo！触らないでぇええ！」
　悲鳴を上げて飛び退き、ジュリは脱兎の如く走り去っていった。
「空さんっ、君ねぇ‥っ」
「え、なんですか？　故意ではありませんよ、偶然ですよ」
　もう既に何度めかのナンパ妨害に遭っているダグは唇を噛みしめ堅く拳を握って天を仰ぐ。
「──っ、受験勉強がありますしね！むしろこれでよかったですよ！ええ！泣いてなんかないですよ！」
　泣いていいと思う。
「海の‥馬鹿やろォオ！！」
　出ました定番。ここまで力強くやってもらえるというのは気分が良いものだ。


●
　海の家へと戻った私はかき氷を注文しようと厨房を覗く。
　そこへジュリが裏口の扉をえらい勢いで開けて入ってきた。宴会用の食材の下ごしらえをしていた店主は振り向きざま手にしていた竹串を投げ放つ。青ざめるジュリの真横を通り音を立てて柱に突き刺さる竹串。
「関係者以外立入禁止という注意書きが読めぬか。即刻立ち去れ」
　ダグにいきなり触れられて心底驚き、ジュリは無我夢中で走りまわってきたらしいのだが、待っていたのはこの仕打ち。泣いちゃうんじゃないかとジュリを見れば、なぜか頬を染め瞳を輝かせた胸キュン乙女モードになっていた。
「え、やだ、何？こんな冷たくされたのに‥私‥」
　新機軸すぎる店主の対応にときめきを感じてしまった様子である。

　人の業とは何ぞやと考えながらかき氷を手に席へと戻る途中、バニーとチャイナに出会した。よく見ればそれは夜刀と陽一の二人。
「あの二人、可愛いなあ‥え！？男！まじでか。いや、化けたなあ、すげぇ」
　その姿を見かけた穣治は目を丸くした後、陽気に笑う。
「よかったら宴会に付き合わないかい？」
「ええ、喜んで」
「ちょっと呼び込みしてくるんでその後なら」
　その誘いに二人はウィンクで応じる。姿も仕草もその辺の女子よりカワイイとか何なの。

　ここで少々時間を遡る。
　あの後、夜刀と体調の回復した陽一は当然のごとく意気投合し、女形とは何たるかという論議に花を咲かせていたという。
「ふむ‥うん、これならイケるな♪」
　その話の途中、夜刀はじっと陽一の顔を覗き込み、深く頷くと手を引いて更衣室に駆け込み、前々から考えていたことを実行するにあたって協力を願った。
「頼む、一夏の思い出作りだと思って！　店長、余りバイト代くれないとは思うけど‥」
　海の家の閑古鳥っぷりに危機を覚えた夜刀は女装しての客の呼び込みを計画していた。女形を目指している自分の修行にもなるし、その上で客が増えれば賃金が増加する可能性もある。
　陽一は手助けになるのであれば、と快諾し、ここにバニーとミニ丈チャイナの男の娘が現れることとなったのだ。
「何故バニーかって？それは俺が彼のBBB団の一員だからさっ！」
　不敵な笑みを浮かべた夜刀はどこかに向かって力強く宣言した。

　気が付けば日はやや傾き、気の早い虫が草の影でちろちろと鳴き出していた。

　浜辺には一夏の想い出作りを狙って失敗した男が何かを求めてうろついている。それを夜刀と陽一のふたりが片っ端から、百発百中の勢いで誘う。
「いらっしゃいませ〜♪　あは‥たっぷりサービスしますよ♪」
　完璧すぎる男の娘の愛らしい媚態に鼻の下が伸びきった男はこれで何人目か。
　混雑する店内だったが店主は淡々と注文をさばき、店員はいらなすぎるアレンジを加えたモノを出しては客にドン引きされている。
　あまりにも酷いモノが出てきた際には、バニー姿の夜刀が店員に椰子の実を投げつけて制裁した。
「これだけはハッキリ断言出来る。ありゃぁ口に含むモンじゃねぇ‥」
　どんだけヤバイものを出しているのか。こうして夜刀が目を光らせている限りは安全なのだろうが。
「さ、たくさん飲んで下さいね〜♪」
　その一方では、連れ込んできた男にしなだれかかるように陽一が酌をしている。男はだらしなく相好を崩し、注がれるままに上機嫌でぐいぐいと杯を重ねた。
　誘いに乗ってきた客を酔い潰してしまおうという魂胆らしい。支払額は財布の中身だけで済むことを祈る。

　海から上がってきたマルセルとエスターも混雑の中、寄り添うようにして腰を下ろす。
　それぞれに飲み物を頼んだが手違いで一つしか運ばれてこない。当初は友達同士で飲みあいをする程度の意識で二人はグラスを共にするが、これは間接キスではないかということに気付き、同時に赤面して俯いた。
　空気を変えようとエスターが口を開く。
「それにしても‥あんた、意外と体格はいいのね？　ちょっと見直した」
「ああ、剣道ずっと続けてたから。エスターにはまだ敵わないけど、それじゃ、なんか男として情けないから。少しはね」
「うちは‥ほら。夢の為に色々やってたから。女の子らしくないのはしょうがないんだけどさ‥」
「エスターも女の子らしくなったよ。ずっと、綺麗になった」
　マルセルの真摯な表情と言葉に瞳を潤ませ頬を染めるエスターだったが
「‥胸は、あのときのままだけど」
　空気ぶちこわしの一言にマルセルの顔面を鷲掴みギリギリと締め上げた。
　三歩進んで五歩下がるとはこのことだ。

　突如、私の背中に暖かく柔らかいものが押しつけられる。
「山田さ〜ん、私とイイコトしませんかぁ〜」
　フランツィスカだ。ショタであったり腐属性があったり、百合っ気があったり。なかなか愉快にカオスな性質である。
　魅惑のボインが背中にあたる。ただ、惜しいことに私は二次元にしか興味がない。

　いろいろ巻き込み入り乱れ盛り上がってくる宴会。

　その中でジュリはドキワクしながら店主に注文し続けていた。
　時折、夜刀や店員に注文を出して店主の反応を伺うが、相変わらずのつれなすぎる態度にジュリは鼻から乙女心を滴らせ、体を抱く様にして身悶える。何かのスイッチが入ったのか、ジョッキを掴むと一気にビールを飲み干す。飲み干しては頼み運ばれてきては飲み干し。
　乙女の戦いは勢いと勢いと勢いである、とそういうことであるらしい。
「ねぇ、店主さん‥毎朝私に味噌汁作ってぇー」
「無価値。私は朝パン派だ」
　酔いどれたジュリが店主に絡むが軽く一蹴されて横に転がる。そしてそのまま寝息を立ててしまった。

「実はだな‥先日とうとう、惚れ薬が完成したんだぜ。今回はいけると思うんだ。ガーさん、飲んでみないか？」
　キリッとした顔で穣治が賑わいの中で人体実験を仄めかす。
「場の雰囲気で誤魔化せると思ったら大間違いだ。前回、前々回と酷ぇ目に遭ってんだからな」
　車の運転があるため、ひとり素面のニートはウーロン茶のグラスを囓りながら穣治を牽制した。


●
　やがて水平線に日が沈み月が顔を出す。
　どこからか、打ち上げ花火の音が響いくる。


　宴会もお開きとなり、肩を落とした客がとぼとぼと帰路について元の閑古鳥状態となる店内。
　ほんの少し、祭りの後の寂しさが漂う海の家。

　座敷では、夜刀が膝の上に陽一の頭を乗せ介抱をしていた。
　陽一はかなりの量を飲み食いし、更には臨時の店員として忙しく働いていたため、疲労が限界に達し倒れてしまったのだ。
「‥すみません‥」
「いいって、気にすんなよ。今日はアリガトな」
　力無く謝罪する陽一の顔を覗き込むようにして優しく労う夜刀。
　いつの間にか急接近していた彼ら。BLっぽい雰囲気なのだが二人とも女装しているため百合にも見える。

　甘い雰囲気といえば軒先で海風に当たっていたマルセルとエスター。
「‥‥あのね、エスター。もし別の世界があって、それが辛く悲しいものだったとしても。‥きっと君を見つけ出して、全力で君を幸せにする、から」
　意味深なマルセルの言葉にエスターが向き直り、じっと見つめ合う二人。どちらからともなく手を出し、互いの手を堅く握りあった。

　フランツィスカがそっと零した溜息は潮騒に紛れて消えて行く。

「ほら、空さん、もう帰りますよ」
「ええ、わかってます。でも眠いです。帰るというなら空をおぶっていって下さい」
　眠くてぐずって甘えているかのような空の幼い仕草にタグは苦笑った。

　大の字で寝入ってしまったジュリにはいつの間にかタオルケットがかけられている。

「‥楽しいお休みだったね」
　両手を上げ背中を伸ばしながら、満足げに由が微笑む。
「同志リョウコ。先生を誘ってくれて感謝するよ。おかげでいいものが見れた」
　名残の一杯とウィスキーの水割りを口にしながらファタも静かに笑みを浮かる。そして、閉じていた傘を手に取ると穣治と龍牙の二人とだべっていたニートの背中を突っつく。
「さぁ教授。帰ったらいいかげんレポートまとめてください。学会が近いですよ」
「今このタイミングで現実に引き戻すとかマジ酷くね！？」


　こうして夏の一日が終わる。
　普段通りの日常へと戻るべく店を出た我々の頭上に大輪の花火が咲き、キラキラとした余韻を残して散っていった。


　儚くも眩しい、夏の一日だった。