タイトル:続・氷原の妖精マスター:敦賀イコ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/04/23 23:00

●オープニング本文


 グリーンランド。
 氷床と万年雪に覆われた極寒の大地。
 昼尚暗い北の荒野に悲鳴が響く。

「助けてくれェェェ!!悪魔が、悪魔が出たぁぁ!!」

 UPCグリーンランド基地周辺の哨戒に出ていた兵士二人が半狂乱で帰還した。
 極度に脅えきり、パニック状態に陥っていた彼らをどうにか落ち着かせ、詳しい話を聞きだしたところ『とてつもなくおぞましい姿のキメラ』と遭遇したということだった。


「どうやら、これが例のキメラのようです」

 哨戒に出ていた兵士が逃げながらも撮影した写真数枚がデスクの上に広げられる。

「こ、これはっ‥なんというおぞましさだ‥‥」

 上官は写真を見るなりすぐさま瞑目し、口中で短く神の名を唱え十字を切った。

「‥こんなおぞましいものが動き回っていようとは、バグアめ‥‥」
「早速、ULTに駆除を依頼したいのですが」
「ああ、そうしてくれ。あのおぞましさだ、生半では対処できまい。強靭な精神力を持つ能力者でなければな‥‥」

 上官は提出された書類に署名し承認印を押すと首をかしげた。

「‥ていうか、先週もこんなやりとりしなかったか」
「物凄い既視感ですよね」

 完成したULTへの依頼書を受け取りつつ、部下は写真に目を落とす。

 その写真には、面長の顔にクリっとした丸い目、愛嬌のある大きな鼻と立派な角を持つトナカイ‥‥の頭を持つ、痩せ型の男が映っていた。
 男は何故か紺色のワンピースタイプの女性用水着、いわゆる『スクール水着』を着ており、足には三つ折の白いソックスにローファーを履いていた。そして手には大小の日本刀を持っている。

 理解の範疇を斜め下に超えた『おぞましさ』に部下と上官は頭を抱える。

「‥‥これがジャパニーズ・カワイイというものでしょうか」
「流石に違うんじゃないかな‥」


●参加者一覧

御巫 雫(ga8942
19歳・♀・SN
彩倉 能主(gb3618
16歳・♀・DG
クラリア・レスタント(gb4258
19歳・♀・PN
リア・フローレンス(gb4312
16歳・♂・PN
ハミル・ジャウザール(gb4773
22歳・♂・HG
ラルガ(gb5557
20歳・♂・FC
東雲 凪(gb5917
19歳・♀・DG
アルフ・バルテルス(gb6007
21歳・♂・FC

●リプレイ本文

●グリーンランドへようこそ!
 グリーンランド。
 北極海と北大西洋の間にある世界最大の島。雪と氷に閉ざされた、クリスマスの前の夜に良い子のもとへプレゼントを持って訪れるとされている伝説の人物が住む北の大地。

 だが、グリーンランドに関するそんな豆知識はこの際どうでも良い。
 ホントどうでも良い。

 グリーンランド内陸部、なだらかに広く続く氷原にポツンと異質な影。V字開脚で傭兵らを誘うキメラ。
 周囲の純白と水着の紺色とのコントラストがなまめかしく美しい‥‥わけがない。

「トナカイに‥水着‥‥こんなヤツ、シミュレーションにゃ居なかったぞ!」
「依頼書の表紙には妖精って書いてあったのに‥‥っ!」
 キメラを目にして気を遠く手放しかけたのはアルフ・バルテルス(gb6007)。彼はシミュレーション訓練を幾度となく重ねて、万全の体制で任務に臨んだのだが想定の右斜め四十五度を錐揉み回転で突き抜けた異常なキメラを前に早くも挫けかけている。
 ハミル・ジャウザール(gb4773)も顔を青くしてキメラを直視しないようにサングラスをかけた。これは雪焼け防止のためだと誰にも聞かれていないのに釈明しつつ。

 クラリア・レスタント(gb4258)と東雲 凪(gb5917)に至っては、最早、何故自分がこの依頼を受けてしまったのかを完全に見失っている。
 正視に耐えないおぞましい生き物を前にクラリアの気分は暗澹と沈みこみ、もし、彼女が声を取り戻していたのなら思い切り叫び出していただろう。本能が『ココに居てはいけない。逃げろ!』と警告しているが、傭兵としての立場が彼女をその場に踏みとどまらせた。
(「‥‥どうしよう、還りたいなぁ‥‥森に」)
 諦観の境地で遠い瞳をして白く続く平原と灰色の空を眺める。
 キメラを一瞥だけした東雲も同様に遠い瞳をして遮るものの何も無い雄大な景観を眺めていた。
「うわぁ‥また変態だよ‥前のより変態さんだなぁ‥あはは‥なんでまた来ちゃったのかな私‥」
「前‥アザラシがもふもふしてて可愛かったよな‥」
 ラルガ(gb5557)もやっぱり遠い瞳をして海岸沿いのかわいいアザラシ達に思いをはせる。

 既に敗戦ムードが漂う現場に於いて御巫 雫(ga8942)は寒さにぷるぷる震えながらメイド服の裾をはためかせ力強くたたずんでいた。どんなに過酷な条件下であろうとも自分のポリシー、メイド服は崩さない。それが彼女のジャスティス。
「ふふん。あのふざけたトナカイにこの私が萌えの真髄を叩き込んでくr‥Σふぎゅっ!」
 自信満々に一歩を踏み出し胸を張ろうとした雫だったが、つるっと足元を滑らせダイブin雪中。
「‥‥」
 一部始終を目撃してしまった仲間達は言葉もなく。
 雫本人にも言葉は無く。すっと、何事も無かったかのように立ち上がり、身体についた雪をさりげなく払いのけた。
「‥違うぞ?これはリハである。敵は萌えに食いつくという。だから、練習でワザとやったんだ。絶対だ」
「あぁ‥うん‥」
 これはもう頷くしかない。

 何とも言えない微妙な空気の中、彩倉 能主(gb3618)は静かに怒りと殺気を燃やしていた。
 キメラを放置したバグア側の意図の無意味な不可解さと、彼女の美意識に反する存在に対して。
 許せない。逃せない。やるしかない。
(醜悪は美に通じる。美のない醜悪は、単なる下手糞の絵だ)
 ギリ、と歯を噛締め、組んでいた腕にぐっと力が入る。
 その横で、リア・フローレンス(gb4312)は借りてきた兎の着ぐるみの中で震えていた。


●MOEとは
 戦いたくなくとも、戦わねばならない。これは人類とバグアの生存を賭けた戦いなのだから。
 現実とは常に非情である。

 キメラの着用している水着は水着本来の機能はなく、安っぽいコスプレ仕様である。まぁ、要するに生地が薄い。痩せ型の男性のあばら骨と一応は割れた腹筋が水着の上からくっきりとわかる。そこから下についてはあえて語るまい。

 そんなおぞましいキメラを相手にするには、毒を持って毒を制す。
 まず、先陣を切って勇敢なる三人の傭兵がキメラに向かう。

 愛らしい兎の着ぐるみを脱ぎ捨て、赤フン一丁で雪原に仁王立ちしたのはリア。男らしい。実に男らしい姿である。
「ハン!トナカイ頭にスクール水着なんて甘いぜ!ジャパニーズ・MOEっつったら褌だろ!?」
 ラルガが忌まわしい前回の記憶と戦いながらラビットキャップに戦闘員マスク、褌と言う突き抜けたスタイルでそれに続き、寒さを堪えてポーズをキメる。
「さぁこい!俺とお前はMOE仲間だ!スキンシップはお断りだが!」
 アルフも褌一丁になりヤケクソでキメラを挑発する。
 その心意気を受けとったのかキメラは日本刀を鞘に納め、徒手空拳となり三人の勇者と対峙する姿勢を見せた。
 異種族間で4ミクロン程度の心の交流が生まれた瞬間であった。

 この、勇者三名の捨て身の行為を、残りの仲間は少し離れた場所から大変空ろな目をして見守っていた。
「いや‥もう、なんだかなー‥。カオスっていうんでしょうかねぇー‥」
 有害な生き物を見る目つき、いや、目の前にいるキメラは間違いなく有害な生き物なので揶揄にもなっていないわけだが、凪は前方の状況を眺め頬を引きつらせながら乾いた笑いを浮かべる。
「萌えにはメカ少女というジャンルがあるです。開発者には軽装甲パワードスーツという選択肢もあったはず‥それが選ばれなかったのは我々の責任じゃないです」
 淡々とキメラの開発者に対してさらなる怒りを募らせる能主、その後ろでクラリアはガタガタと震えおぞましいものを見まいと必死に景色だけを見ていた。
 ハミルは何も言わず狙撃点まで移動を開始し、雫は寒さに震えながらも特殊なMOEフィールドに対抗心を燃やしている。

 やがて開始される褌野郎共vsスク水キメラのBL風味ジャパニーズSUMOUレスリング。男と男、お肌とお肌のぶつかり合い。
 純白の大地に異空間の扉が開いた。
 もし神がいたのなら迷いも逡巡もなくこの地に裁きの雷を下し焼き払うことだろう。
 だが、神は死んだ、とどこぞの偉大な哲学者も言っている。


** 諸事情により一部音声のみでの報告となることをご了承ください **

「腰振るな腰をー!」
「だからって股間を強調すんなボケェェェ!?」
「よし、来い!‥‥いいいいややっぱ来るな来ないでお願いします!!」
「Two can play it!」

** ここまで **


 能主の中でカキン、という音が響いた。
「キメラは破壊するだけでいい」
「ちょ、待って!まだ待って!?」
 仲間もろともガトリングでアナザーワールドを一掃しようとした能主を凪が必死に押し止める。

 その喧騒に何事かと振り向いたハミルはうっかりと異空間を直視する。形容しがたい異形への抵抗に失敗した彼は錯乱気味に叫んだ。
「男性なのに女性用水着って!男性ならきちんと男性用を着用なさい!それに水着を着用するなら、キャップもちゃんと用意しておきなさいよ!角が邪魔だったらそこだけ穴開けるとかそれなりに工夫しなさい!しかもその靴下!?貴方泳ぐ気無いでしょう!」
 なんかすごいこだわりだ。

 そんなハミルの叫びに続き、MOEなら任せろ!とばかりに雫が声を上げる。
「スクール水着に靴下、ローファーだと?‥笑止!貴様のそれは萌えではない、単なる趣味の悪いイメクラだ!ましてそこに日本刀‥‥否、断じて否である!」
 萌とは何たるものか、その並々ならぬ拘りをメイド服美少女が力説するのだから説得力は半端無い。
 ドン!と擬音を背に負い、バトルモップを地面に立て、雫的に見てあまりに萌えの足りない衣装の組み合わせに断言する。

「貴様の萌えには愛が足りぬわッ!」

 愛が足りない。そう、萌えに対する造詣と愛がなければ上っ面をまねただけのただの奇抜なファッションでしかないのだ。
 雫の言葉を肯定するかのように丁度タイミングよく風が吹きすさび氷雪を巻き上げる。
「くちっ」
 寒風にたまらず出てしまったくしゃみ、小さな鼻孔から鼻提灯が『ぷぅ』と膨らむ。
「‥‥」
 格好良さだいなし、とこういうことだろうか。
 傭兵達は各自目線を逸らし何も見ていないフリをした。優しさマキシマム。

「記憶を失えぇええい!!」
 数分の沈黙の後、八つ当たりのようにキメラに向かってバトルモップを全力で振るう雫。どれくらい全力かっていうとスキル全使用するくらい。
 この攻撃が合図となって、傭兵達が攻撃に転じた。


●ビートキメラ
 勇者三名によってキメラには大きな隙が生じており、雫の攻撃は全てクリーンヒットしていた。ハミルの銃撃、能主のガトリングと追撃もぬかりなく加えられる。
 攻撃を加えられたキメラは憤怒の様相で傭兵達に向き直った。
『しゃらくさい女子が男の語らいを邪魔するな女子がぁあああ!!』
 という声は聞こえなかったが、その場の全員が心で聞いた。

「ハハハ、俺達のMOEがだいぶ効いたようだなコンチクショー!!」
「俺達もハートブレイクしてるがな!!」
 自暴自棄になりながら後退する勇者三名。
 さっさと服を着たい。寒さ的にも、精神的にも。
「ご苦労様でした、色々と‥」
 彼らの捨て身の行動を労いつつ、入れ替わりにキメラへ接敵するのは凪。刀をかいくぐりながらキメラにボディーブローを叩き込んで動きを制する。

 キメラは日本刀を持っているだけあって、その刀閃は恐るべきものだった。
 音を立てて空を切り裂く鋭い切っ先を見極めるためには、おぞましい姿を直視しなければならない。このため、傭兵達の精神力は必要以上にガリガリと音を立てて削られて行く。

「‥‥ヒッ?!」
 そんな中、震える両足を叱責し、戦うために前に出ようとしたクラリアだったが、短く悲鳴を上げた。
 タイミング的に勇者三名と鉢合わせの格好となってしまったのだ。彼らの姿に恐慌状態に陥ったクラリアは剣を向け、近づくなとばかりに振り回し、脱兎の如く逃げだした。
「‥ますますハートブレイクですね‥」
「ええい、もう、役目は果たした!十分だ!服を着るぞ服を!!」
 変態と同位に扱われたことに少なからずショックを受けたリアが肩を落としながら着衣、変態として処理されかねない恐怖に、ラルガは戦闘員マスクとラビットキャップを乱暴にかなぐりすててジャケットを羽織る。アルフも全日本早着替え選手権があったら島根県第2位くらいにはなれそうな速度で服装を整えた。

 キメラは傭兵達の猛攻に耐えつつ、どうにも臀部のくいこみが気になるのか、しきりにぐねぐねと腰を振る。攻撃の手が止まった隙に刀から手を離し足の付け根部分の水着をなおした。
 そして何を思ったか水着を上方向に引き伸ばし、膝を外側に開いて屈伸。
 伝説のギャグ「コマネチ!」のつもりらしい。もしくはハイグレ魔王。

 氷原に一陣の風が吹く。



●続・お見せできません
 氷点下の外気よりももっともっと冷たく凍りついた空気を打ち破ったのはクラリアの絶叫だった。
 一度は逃げ出したものの、これではいけない、と勇気を振り絞り交戦地に戻ってきた際に直視してしまった変態キメラの変態的行動。

「もうヤダもう無理!掻っ切れサリエル!」

 涙声で叫びながら背中のサリエルを手に取り、情け容赦の一欠けらもなく斬りつける。
 凄まじい衝撃に宙を舞うキメラ。
 落下地点に待ち構えていたリアの三連コンボが淀みなく音を立てて刻み込まれた。

 ズタボロになりながらそれでもまだキメラは立っている。刀を手に取り切っ先を傭兵達に向け、構え、突進する。

「このド変態っ!そのスクール水着は何のつもりっ!」
 振り下ろされたキメラの刀をギリギリと掴み上げる凪。身体から立ち上る揺らめく紫黒のオーラとスキル発動のスパークが混ざり合う。
 凪の鋼拳に吹き飛ばされた先には、完全にキレたアルフがいた。
「この××野郎!××で××しやがれ!ひゃははァ!」
 斬!斬!斬!と滅多斬り。更に能主のガトリングが雨霰の様にキメラに降り注ぐ。


** 以降の模様は全年齢向けサイトに掲載するにはあまりにも不適切であるため、割愛させていただきます **


「ふふん。どうやら、貴様に一番似合う萌え衣装は冥土服だったようだな」
 もう二度と立ち上がることのないキメラを見下し、雫が上手い事を言ってのける。戦利品として得ようとしていたスクール水着は残念ながら布きれになってしまったが。
 その横で能主は黙々と使い捨てカメラのシャッターを切った。彼女の求める芸術、ジョークも恣意もない、神の芸術がそこにあったから。


●終わりました
 静寂さを取り戻した氷原に再び一陣の風が吹く。

 交戦地から少し離れた窪地にて傭兵達は休息を取っていた。主に精神的な意味で。
 雫の持参したポットセットで湯を沸かし、紅茶とラルガの持参してきた日本茶を淹れ、皆で寄り添い輪になってそれを飲んだ。
 暖かい飲み物は心身ともに凍てついた傭兵達を癒しを与えた。

「全く、あのような輩を生かしてはおけぬわ。…スク水には黒ニーソだろ、常識的に考えて」
 雫の言葉に皆無言であった。何かを考える余力が残っていなかったとも言える。
「アザラシどこかなー、ハハハ‥」
 既にラルガは寒さに震えながら現実逃避を開始していた。
「いやぁー、もうあの化け物はいないんだよな、よかった、ホントによかった!煙草の煙が目にしみやがる、生きてるって素晴らしい!」
 感慨深げに目頭を押さえるアルフ。彼にとって初実戦となった今日の戦闘は心の傷として深々と刻まれた様子である。

 しばらくは氷原に近づきたくないしトナカイも水着も見たくない、そう、強く思った。
 おそらく、この場にいた全員が同様にしてそう思った。

 そして帰還後、クラリアと能主はこう記している。


 何だかもう訳が分からないけど泣いてる
 泣いてる理由も考えたくない
 忘れよう。それが一番だ
 もう二度と会うまい
 もう二度と思い出すまい
 そうして私は、今日の記憶に蓋をした
   ――クラリア・レスタント


 次はシロイルカ頭のでぶか?
 どこかにいる。こいつらに責任のある奴が。
 会いたくはないが、そいつを芸術に昇華する必要がある。
 会いたくはないが、必要にはかえられない。
   ――彩倉 能主


 忘却する者、まだ見ぬ次なる敵に闘志を燃やす者。各々、それぞれの方法で心の傷を癒そうとしていた。


 だが、変態は滅ばない。来る。きっと来る――――たぶん。