●リプレイ本文
●
アフリカ太陽から降り注そぐ刺すような日差し。
強烈な光を左右からせり出した岸壁に遮り、峡谷の底に黒々とした影を作り出している。
その間を縫うようにして八人の傭兵は歩を進めていた。
彼らの足元をすり抜け、追い越して行く風が岩とぶつかりびょうびょうと咆吼を上げる。
傭兵達は収容所に到るまでの二つのルートのうち、迂回するルートを往復に選んでいた。
広く開けた足場の悪い急斜面を直線的に進む稜線越えに比べ、谷底を進むルートは道の平坦さに加えて、岩陰などの遮蔽物が多く、敵襲の際に防衛が容易い。また、その遮蔽物のおかげで厳しい直射日光を避けられるようになっている。
付近に潜むキメラさえ掃討してしまえば、保護した民間人‥‥衰弱しているであろう人々を安全に連れて帰るためにはうってつけであった。
「待ってろ‥すぐ助けてやるかンな‥‥」
岸壁の隙間からのぞく絶対的に青い空を見上げ、顎を伝う汗を手の甲で拭いながらヤナギ・エリューナク(
gb5107)が呟く。
「捕われている民間人‥‥手早く救助してェトコだな」
ヤナギの呟きに御沙霧 茉静(
gb4448)は強く頷いた。
『剣を盾とし、罪なき人々を守る‥。この身を持って未来への捨石になれるのなら、私はそれで構わない‥』
腰に帯びた得物の柄に手をはわせ、決意を新たに口元をひき結ぶ。
「北アフリカ進攻作戦中の、このタイミングで収容所の移設ねぇ‥。ま、どんな罠が張り巡らされてたって助けに行くのが傭兵ってもんでしょ」
愛梨(
gb5765)は気軽な調子であったが、助けるために罠も敵も全て突破してみせるのだ、との意思を込めて力強く言い切る。
いささか不敵とも思われる態度は生来の勝ち気な性格からくるものであったが、傭兵としていくつもの依頼を解決してきたという揺るぎない自負に裏打ちされていた。
それと同時に復路に民間人を連れ帰ることを念頭に置き、歩きやすい道を彼女はしっかりと確認している。戦闘能力だけではない、細やかな優しさがそこにはあった。力を持つモノとして力のないモノを思いやる。それこそが能力者にとって必要不可欠なものであろう。
「収容所ですか‥統轄の敵も居るでしょうね」
米本 剛(
gb0843)がやや控えめに脅威が存在する可能性を示唆する。剛はこの地に立った時から『嫌な気配』を感じていた。武人たらんと心がけている彼の感性が『何か』を捉えていたのかも知れない。
片倉 繁蔵(
gb9665)は剛の言に同意を示し、深く頷く。
「警護しているものも当然おろうから、侵入時には殊更気をつけねばならんだろうな」
自己の能力とその限界を把握し、自制を知る繁蔵は穏やかではあったが、成したい事の為には行動するのみ、と力強く前を見据えた。
と、その時、空を見上げていたヤナギが異変に気付く。
パラパラと落ちてくる砂と、頭上を過ぎり落ち迫る異形の影。
「きやがったな!」
傭兵達は即座に体勢を整え、岸壁から飛び降りてきたトカゲ型キメラと対峙する。
赤い大地に爪を立て、うっそりと首をもたげるトカゲ。温度のない眼とちろちろと伸びる毒々しい舌が得物を物色するかのようにせわしなく動いている。
柿原 錬(
gb1931)はこの襲撃に動じることなく冷静にAU−KVを装着し、地を蹴りキメラに肉薄。刃に煌く星の模様が浮かぶ両刃の斧、「希望」という意味の名を持つスターゲイザーを、急所と思わしき箇所に振り下ろした。
この一撃に怯んだキメラへと麻宮 光(
ga9696)が疾風の如く接近、月詠を振り抜く。月光が滴るような刃紋を持つ直刀はキメラの鱗を深々と切り裂いた。
キメラが反撃に突進してくるが、光はそれを後ろに飛び退いて難なくかわし、後退しながら拳銃「ラグエル」を発砲する。なるべく消耗を避けようと緩急を付けた戦い方をしている。
薄く光る漆黒の銃身「神の友」の名を冠するリボルバー拳銃のシリンダーが回るたびにキメラの鱗が砕け散っていった。
「左から来よるぞ!」
後衛から状況把握を行っていた繁蔵の声にヤナギが反応する。
突進のついでに振り回されたキメラの尾を左腕に装備したエーデルワイスの白い爪で受け止め、間髪入れずに身体を回転させると右手のイアリスを振り抜き、離脱する。ヒット&アウェイを実践するヤナギと繁蔵の援護射撃に鈍重なキメラはただ狼狽えるばかりでしかなかった。
「米本さん、バックアップします。存分にどうぞ」
ナンナ・オンスロート(
gb5838)が小銃「スノードロップ」を構え剛の死角をカバーする。
たたらを踏み逃げ出そうとするキメラの足をねらって剛の天魔が振るわれる。単純な腕力だけではなく全身の動き、その力を乗せた刀は足のみならず首をも斬り裂いていた。
殿を務め、背後からの急襲に備えていた茉静が傭兵達を挟み撃ちにしようとしていたキメラの動きを察知、天照を鞘から抜くや否や、エネルギーの衝撃波を撃ち放ちキメラの足を止める。
キメラと言えども生命あるもの。命までは奪わず、無力化か撤退をさせようと茉静は考えている。無用な殺生はなるべく避けたいとする彼女独自の信念に基づいてのことだった。
案の定、キメラは逃げだそうと反転するが、復路の安全に重点を置く愛梨はそれを逃すまいとAU−KVの脚部に火花を纏わせながら一気に追いつめる。
キメラは苦し紛れに振り向き愛梨を噛み砕こうと顎を開く。その大きく開いた口目がけて炎のような切っ先を持つ薙刀「清姫」が突き入れられた。防御のための鱗のない、弱点とも言える柔らかい箇所を突かれ、キメラは悶絶しながら息絶えた。
こうして襲撃してきたキメラを倒しきり、周辺に他のキメラがいないかを確認すると、傭兵達はその場を後にする。
やがて見えてきた収容所とおぼしき建物は大変粗末な作りをしており、難なく進入することが出来た。
周辺に警備のキメラがいるわけでも、建物に罠があるわけでも無く実に静かなものだった。
静かすぎた。
「‥‥そんな‥‥」
「──‥‥」
光は眼前の光景に言葉を失い、茉静は瞼を伏せ唇を噛みしめる。
収容所とは名ばかりの小屋に押し込められていた人々は皆、安らかな表情で永遠の眠りについていた。
建物に入った四人が遺体を調べればまだ体温を残しており、死後硬直すら起こっていない。
死因は頭部の急所に針のようなものを刺された事によるもので、惨殺されたといった様子はまったくなく、肩を揺すり起こせば今にも瞳を開けそうなものばかりだった。
「クソッ、なんてこった!!」
目の前の事態のやりきれなさにヤナギが壁を殴りつける。
「遅かった、ということ‥‥ね」
愛梨は顎を引いて瞑目し、ギリ、と歯を噛みしめた。
状況の多くが不明という場合、慎重にならざるを得ない。これは至極当然のことだ。
更に、戦闘能力を持たない民間人を保護することを目的としていたのだから、後に通行するであろう道の危険を前もって排除し、安全を確保することに重点を置くのは決して間違いではないのだ。
ただ、今回において必要とされたのは巧遅よりも拙速であったというだけで。
同時期、外に残って警戒を続けていた四人は黒衣の男と対峙していた。
黒衣の男、シスは頬にほんの少しの皮肉げな笑みを浮かべ、傾いた木柵に腰を下ろし傭兵達を一瞥した。
「‥‥無価値」
シスにしてみればこれほど愉快なことはなかった。
傭兵達はここまで遠路はるばる、わざわざやってきたにも関わらず、一足違いで助けるべき人間が一人もいなくなってしまったのだから。
望み‥‥目的を果たせず消沈する傭兵達の様子を胸がすくような想いでシスは見ていた。
「無価値よな傭兵。 今は気分がいい、見逃してやっても良いぞ」
殺生与奪の権は自分にあるとばかりに傲岸不遜な態度で言い捨てる。
「‥‥あんたに勝てるとは思えない、ボクは戦士として未熟だから‥‥でもボクの倒すべき相手だ!」
錬は自分の体と心の変化感じながら決意を固め、シスの言を拒否し宣戦布告した。
ボクはただの世間知らずの青臭い飢えた狼、奪った奴を屠るだけの──とスターゲイザーの柄を握り直し、切っ先を敵に向ける。
民間人が殺害されていた場合、即時撤退を考えていたナンナだったが、今は二手に分かれており、更には錬がシスと一戦を交える気で武器を構えている。
せめて合流まで時間が稼げれば、とナンナは口を開いた。
「報告書で見たわ。その鋏、シザー‥‥いえ、レイ・ベルギルト」
先日、報告書で偶然目にしたシザーという強化人間の一件に、公に尽くすことを志しながらも絶望したという経験を持つナンナは、進んだ道こそ大きく違っていたが共感を覚えていた。絶望の結果、ただ仲間を守ることだけに自身を特化させたナンナは、他人を想う気持ちを持ちながらも戦いの場では情けを捨て、非情に徹することを決めている。
共感を覚えた相手ならば、心中を察することも、興味を引き、話を引き延ばすことも可能だろうと踏んでいた。
だが。
「貴様のような下郎がその名を口にするな!私の大事なレイの名を!!」
シスは激昂し態度を一変させた。
接近を警戒していたナンナだったが、シスはほんの一瞬で目前に迫り、片手で彼女の喉元を鷲掴みその身体をAU−KVごと持ち上げる。
装甲が一気に潰れ変形して行く。
喉元を尋常ではない力で締め上げられ、ナンナは声のない悲鳴を上げそれから逃れようと足掻くがびくともしない。
「あんたに僕ら価値なんて判るわけがない!そんなモノは見てる場所が違えば意味を持たない物だから!!」
僕と姉さんが違う様に、と錬が斧を構え突進する。
シスは不快げに顔をゆがめ、ナンナを地面に叩きつけると懐から手術用のメスによく似た鋭い刃物を四本取り出し、錬に向かって投げつける。AU−KVの装甲を易々と突き破った刃、吹き出す血。錬はそれでも斧を振り上げようとしたが、次の瞬間にはシスの踵に頭部を打たれ、地面に沈められていた。
倒れた二人に止めを刺そうと新たな刃物を取り出したシスに向かって、銃撃が加えられる。
自ら仕掛けず、慎重に相手と周囲の出方を伺っていた繁蔵だったからこそ、このタイミングで妨害を加えることが出来た。並であれば狼狽えるあまり機を逃すが、出鱈目に乱射するしか出来ないだろう。
銃弾を飛び退いてかわし、忌々しいといった表情で繁蔵へと目線を向けるシスの横合いから、剛が仕掛ける。
「──吹き荒べ‥剛双刃『嵐』!」
重心を乗せた左右両刀からの連撃に続く一撃必倒の意思を込めた斬撃。刃からこぼれ落ちる赤い残光。
ガキン!とひときわ大きな音を立てて切っ先が鋏にぶつかり火花を散らす。
倒しきれないと即座に悟った剛は左腰に隠していた機械刀を抜き放つ。
「我流‥剛速刃!」
射出された超圧縮レーザーの刃が光芒を迸らせ、動きに翻ったコートの裾を切り払う。
「控えよ下郎!!」
シスは追い払うように鋏を横薙ぎに振るった。鋏の峰が重鎧に身を包んだ剛の身体を弾き飛ばす。
「こんな所で‥‥沈む訳にもいかないのですよ!」
地に叩きつけられた勢いを利用して立ち上がり、活性化で傷を塞ぎながら二本の剣を構える。武人として敵の前では決して折れることのない闘志を見せつける剛。
ならば、といよいよ鋏のハンドル部分に手をかけ重心を前に移したシスへ、これまでとは全くの別方向から銃弾が飛来した。
「ホンット、陰鬱な男ね!人間には人間の、バグアにはバグアの考えがあるんだろうけどさ‥あんた、そんなことしてて楽しいの!?」
戦闘音に小屋から駆け出てきた愛梨が怒気を隠そうともせず、銃口を向け半ば怒鳴りつけるように叫ぶ。
光、ヤナギ、茉静も続き各々に攻撃の態勢を整える。
「楽しいか、だと? ──殺しの何が楽しいものか!!」
眦を吊り上げるシスの口から傭兵達にとって意外とも思える言葉が返ってきた。では何故、という疑問の前に答えが続く。
「私をこんな場に駆り出したのは貴様らだ!レイを殺した貴様ら傭兵だ!!」
「ヒトを殺しまくったテメェに言えたことかよ!!」
飄々とした態度の裏に隠されていた熱情が吹き出したかのようにヤナギは声を荒げ、地を蹴る。
疾風迅雷。
「未来の人達の為に戦うと言う意志、それ止める事は誰にも出来はしない‥」
茉静もその動きに呼応し、攪乱を行なうべく駆ける。
二方向から一瞬で迫ってきた剥き出しの刃をシスは跳躍して回避する。高々と宙に舞った身体を背に現れた漆黒の翼が空に留めた。
感情の昂ぶりに震える片手で顔の半面を押さえ、頭を振る。
「──‥ッ」
銃口を向けてくる傭兵達を憎悪のこもった瞳で一瞥すると、何事かを言いかけたが歯を食いしばり、翼を羽ばたかせてシスは距離を置き、やがて速度を上げて去って行った。
「逃げた? ‥‥いや、見逃されたのか」
拳銃「ラグエル」の銃口を下げ、光は嘆息と共に呟いた。
「覚えておけ、ボクは生きるために戦う!踏み台にした命の分までなぁ」
よろよろと立ち上がりながら、錬はシスの去っていった蒼穹に向かって声を張り上げた。
「ふん、バグアも悩み藻掻くことなんてあるのね」
吐き捨てるかのような口調は愛梨の怒りがおさまらないことを表していたが、数分前とは些か質が変化していた。
「‥‥まぁ、心があるからこそ、あたしたちは戦う運命なんでしょうけどね」
「どうにも‥‥やりきれませんなぁ」
二刀を鞘に収めた剛は首を振る。
過去に報告書で目にしたことのある大鋏を使う強化人間シザー、もとい、レイ・ベルギルト。そしてその肉体をヨリシロとしたバグア。両者に深い関わりがあることは一目瞭然であった。
能力者がレイ・ベルギルトを倒したために、バグア、シスが殺戮に手を染めたと言うのなら──
「‥‥言葉に惑わされてはいかぬ。真意は必ず行動にでよう」
剛の考えを遮るように繁蔵は低く呟いた。
だが、そうは言ってみたものの、繁蔵にはシスの言葉に偽りを見出せなかった。まるで、子供が哀しみをぶつけているような叫びに対して。