●リプレイ本文
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津田寒川I.C。
勾配のついた緩やかなカーブを描いて登ってくるバイクの一団は、合流口で一気に加速し本線へと進入する。
「うわー、何だろう、凄く面倒そうだ‥‥」
神話風バカップルキメラの姿に、マフラーを風になびかせながらAU−KVを駆る吹雪 蒼牙(
gc0781)の笑顔がほんの少しだけ引きつる。
ロジーナ=シュルツ(
gb3044)は開口一番、素直な疑問を口にした。
「ふぇ?なんであの2人抱き合ってるのぉ?おとこのひととおとこのこでしょ、なんでぇ?」
ちょっと変わった恋愛感情について説明するべきかどうかを悩んだが、そもそもあれはキメラだ。キメラ制作者の思惑など私にわかろうはずがない。
「‥‥ねぇねぇ、なんで?」
「バグアもやる気がないというか、何考えてるか判らないのが結構いるよなぁ、おいしく食べれるキメラとかいたし。無理やり考察するなら、地球の歴史考察の一環‥‥とか?」
その声は筋肉さん‥‥もとい森ヶ岡 誡流(
gb3975)。
先日はお世話になりました。今回もお世話になります。
「ところで‥‥山田さん、どっかで会ったことがないか?」
「いえ‥‥学園でお会いしたことがあるやもしれませぬが」
曖昧に誤魔化せば腑に落ちない、と首を傾げる誡流。その辺は知らぬが仏であろう。
「それしても、バグアの開発者は一体何がしたいんですかね‥‥よくわかりませんが、手は抜きませんよ。薔薇はお花畑が相場ですし、とっととあの世に送るとしますか」
久しぶりに生身での依頼に来たら‥‥と困惑を隠せない様子なのは五十嵐 八九十(
gb7911)
「カッ、カカカ‥‥‥げに素晴らしきキメラ也。我が薔薇センサ的琴線にバリバリくるぜよ‥‥」
その後ろ、八九十の操縦するバイクの後部座席でファタ・モルガナ(
gc0598)がちょっと愉快なテンションで笑んでいる。ディフェンスに定評が有りそうなフードは風圧でめくれあがりもしない。
「そらヤクト、さっさと行くよ。絵画を拝みに」
彼女の手には武器ではなく使い捨てカメラが握られていた。
うむ。良くできた女性だ。後で焼き増しを頼もう。
「傷付く男の肉体‥っ!迸る鮮血‥っ!これに萌えない女子はいない‥‥っ!」
腐女子趣味と加虐趣味が抱き合わせのような発言をかましてくれているのはマルセル・ライスター(
gb4909)だ。
別に否定はしない。人間、誰しも多少なりとも加虐趣味は持っている。それが度を超えるか否かが問題になるだけだ。
「‥任せて下さい山田さん!お望みの絵ヅラにしてきましょうっ!」
それにしてもこの腐男子、ノリノリである。
「‥ああそうだ、閃光手榴弾を使う可能性があるので、気をつけてくださいね」
こういうさりげない気遣いがどれだけ、いたいけな少年少女の心を揺さぶるか知っているのだろうか。罪作りな。
「良子、そんな睨みつけなくても、キメラはこのあたしが逃がさないわよ。安心してくれていいわ」
更に愛梨(
gb5765)が声をかけてくれた。
いかんいかん。キメラをめちゃくちゃガン見していたようだ。
私が腐女子‥‥曼珠院 紗華子であることなどは広く知られていない。こうして普通の女子高生として心配して貰えるというのは有り難い限りである。
「よぅし、逃がすなよ!ナーゲル2世」
ヘルメット、ゴーグル、グローブ、バイクジャケットの代わりにフライトジャケットというライダーとして準備万端な格好で、名付けたバイクに跨り、スロットルを開ける守剣 京助(
gc0920)
2世ということは1世もいるのですね。
ちなみに。
バイク走行中の我々が普通に会話できているのはUPC四国のスタッフが頑張ってくれたからである。
ハンズフリー・マイクロフォンが用意され、元々高速道路で使われている路側放送の電波を利用して無線通信を行っている。
学園に戻ったら正式な装備の開発を陳情してみよう。
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キメラは依然として走り続けている。髭と美少年はその間もずっとイチャついている。
正直に心情を申せば「いいぞもっとやれ」の一言なのだがそうもいかない。
「足の速いパイドロスなら‥‥っ!!」
マルセルがAU−KVの速度を上げ、馬の蹄に荒らされた路面を器用に避けながらキメラへと接近する。
動向を探っているようだが、それにしてはじっくりねっとり観察している目がマジすぎる。
その辺を突っ込めば「これはあくまで情報収集です!男二人がイチャつくなんて精神攻撃の類かもしれない‥‥っ」と返答がありそうだ。
ロジーナもキメラを観察している。
こちらは純粋に敵の動向を分析しようとしているらしく、キメラの一挙一動を注視していた。
「ねぇねぇ、あれなぁに?」
彼女にとってこのキメラは理解の範疇外にあるらしく、しきりに解説を求めてくる。
「キメラの為すところ、私にはわかりかねまする」
一から詳しく説明することはできないでもない。だが、世の中には知らないままでいた方が良いことだってある。そういうものだ。
いまひとつ、納得がいかない様子ではあったが、キメラ退治の方に気持ちを切り替えたロジーナは一発ずつ【OR】ガンポッド【SuD】を撃つ。
「ふんふん‥‥あっち黄色くしたらこっちぶんぶん」
馬車の足元と馬を狙い、堅さと挙動のパターンを読んでいる。
電波さんのように見えて、実はかなり出来る子なんじゃないか。
こうして動向を窺う二人とキメラを誡流が追い越して行く。どうやら先行して迎撃を試みるようだ。
ウォーハンマーと誡流の重みでバイクのサスペンションが沈んでいる。試みはその重量があってこそだろう。
キメラに踏み荒らされていない路肩を走り、キメラへと徐々に近づいて行く八九十。
「ノッて来た!ナイスアングルキャモーン!」
後部座席ではテンション上がってきたファタがしきりに使い捨てカメラのフラッシュをたいている。モルガナフラッシュ。彼女がフリーのカメラマンだったらある意味完璧だったと思う。
「来たな神話!ほらイケヤクト!ゴーゴー!」
「しっかり捕まってて下さいよ?」
「一蓮托生ですな。頼りにしてるよ」
この二人、仲の良い姉弟のような、なかなか良いコンビのようだ。腰に括られた命綱と「‥‥‥一人では落ちねぇ、道連れじゃ」というファタの呟きはこの際聞かなかったことにして。
それにしても、八九十は役得であろう。謎めいた美女に背中にべったりと張り付かれているのだから。
こうなると必然的に八九十の背中にファタの胸が当たっているわけだが、当のファタは「ハハッ、知るか!」とばかりにカメラのシャッターを切り続けている。
「OK!イイねイイね!アングルがグッド!」
ファタにとっては美少年キメラの絶対領域の方がはるかに重要であるようだ。
使い捨てカメラを二つほど消費し気が済んだのか、カメラをM92Fに持ち替え銃口をキメラに向ける。
八九十もその動きに合わせバイクを丁寧に操縦する。振動を出来るだけ抑え、後部座席のファタの狙撃が効果的に働くようにと。
その甲斐あってか、狙い違わず弾丸がキメラに打ち込まれていった。
そこへ雷撃のような銃声が重なる。
愛梨のバラキエル、「神の雷光」の名を冠する銃が馬の脚、馬車の車輪を狙っていた。
「走る馬は美しいわね。なんで四国で古代ギリシャかわからないけど。悪く思わないでね」
ずっと走り続けて行くというのもキリが無いので、まずは動きを止めようと言うことのようだ。
「ふははは、当たれ当たれー!」
キメラから一定距離を保っていた京助も銃撃に参加。実に景気良く弾丸をばらまく。
「僕のバイクテクニックを舐めないでよ? 荒地何か余裕余裕♪‥ま、注意するけどさ」
京助を援護するように蒼牙が続いた。
傭兵達の襲撃に震え戦きながらも髭と美少年はぴったりと寄り添い、しっかと抱き合っている。
度重なる銃撃に流石に堪えたのか馬は苦しげに首を捩った。
「突貫!」
速度が緩んだこの時がチャンス、と京助がブーストを使用し急接近、馬車に向かって突進した。
轟音と共に両者がぶつかり合う。
俗に言えば「釜を掘った」ということになるのだが、大変メルヘンゲットな言い様である。これの意味がわからない紳士淑女はきれいなままでいてください。
さておき。
予めバイクに括り付けておいたツーハンドソードが馬車に突き立つ。
この衝撃で片輪が外れ、馬車は一度大きく跳ねた。それからアスファルトに叩きつけられるように落下し、もう片方の車輪も軸から折れてあらぬ方向へと転がっていく。両輪が外れた馬車には座席だけが残り、火花を散らしながら馬に引きずられる。
車軸を破壊するほどの衝突に京助の車体もバランスを崩し転倒してしまった。
「ライスターさん、『フッ飛ば──」
キメラへと攻撃をしかけようとしていた蒼牙が咄嗟に減速し反転、京助の元へと向かう。
「アタタ‥‥」
「大丈夫? 早く乗って、行くよ」
幸いにも軽傷で済んだ京助に蒼牙が手をさしのべる。実に友人想いの少年である。
マルセルが挙動の怪しくなった馬車へとブーストで一気に距離を詰め、AU−KVをアーマーモードに変形させる。高速走行中の装着という危険極まりない行動ではあったが、マルセルはそれを成功させ、青白い火花を身に纏いながら、馬へと一撃を叩き込む。
馬は転倒し、馬車共々アスファルトを穿ち削りながら滑って行く。
更にはロジーナのガンポッドが追撃に火を噴く。
衝撃に大きく跳ね上がるキメラ。それを待ちかまえていたのは、先行していた誡流だった。バイクを降りて立ち、ウォーハンマーを構える力強いその姿はまさに仁王像が如し。
「うおらぁ!」
一瞬でもタイミングが狂えば大怪我をしかねないが、誡流は巨躯からは想像も出来ないほど素早く、正面に迫りくるキメラの側面に回りこみ渾身の一撃を打ち込んだ。
この一撃は馬車を決定的に砕ききった。
砕け飛び散る馬車の部品、ウォーハンマーに引っかかったそれらに引きずられる形で、体勢を崩した誡流がアスファルトの上に倒れる。
馬車から放り出された髭と美少年は手を取り合って身を寄せた。
背中から落ちた馬は身を捩ると勢いを付けて立ち上がり、迫り来る傭兵達を威嚇するように蹄でアスファルトをガッガッとかく。
ようやく止まったキメラにとどめを刺すべく、傭兵達はバイクから降り自分の足で地を蹴った。
傭兵達は馬と髭と美少年を分断し、各個撃破を狙っている。
「そら!!絵画的に逝け!」
ガトリングによるファタの支援を受けながら、八九十が髭と美少年へと向かった。
案の定、髭は美少年を庇い立てるように両手を広げて八九十を待ち受けたが、狙い通り、と八九十は髭を蹴り飛ばし、少年と髭の間に身体を割り込ませた。
強引に引き離される二人。
互いに手を伸ばすも届かず。おお、なんたる悲劇であろうか。禁断の恋の結末はかくも儚いのが相場。お約束YEEEEEEEAH!
略奪愛のそのまた略奪愛、髭x八九十?八九十x髭?どちらでもおいしゅうございます!
AU−KVを装着したロジーナがスズメバチさながらの鋭角軌道を描きながら美少年に襲いかかる。
機動力を活かしたヒットアンドアウェイは的確に美少年にダメージを与えて行く。敵の死角を突き、また敵に己を狙わせまいとする攻防一体の動きは見事なものだった。
そこへと京助と蒼牙が合流。
忍刀「颯颯」を手にした蒼牙が忍者として洗練された動きで美少年の動きを封じれば、京助のバスタードソードが間髪入れずに振り下ろされる。
美少年はキラキラしいエフェクトとともになよなよとアスファルトに倒れ伏した。
それを目にした髭が取り乱したかのように美少年へと駆け寄ろうとするが
「あたしは、ヒゲのオッサンが嫌いなのよ。悪いわねッ」
AU−KVに火花を纏わせながら愛梨の薙刀がうなりを上げて、髭の腹部に叩き込まれる。
勢いと体重ののった一撃は髭の身体をくの字に折り曲げ、弾き飛ばす。
「薔薇だってんなら、そのまま散ってろよ!」
キメラの攻撃手段を既に見切った八九十が猛攻を仕掛け、そして薔薇は散る。
どこからか深紅の薔薇の花びらが降って──きたりはしなかった。残念。ここが髭と美少年の差か。
「ちょ、良子、あんたなにさっきから見学決め込んでるのよ!手伝いなさいよね!!」
「いえ、私のことはお構いなく。っつーかもうぶっちゃけ練力不足というやつです」
一貫してキメラ観察に徹していた私に、愛梨のツッコミが入るが、いかな私と言えども長時間追跡はしんどいものがあった。うっかり今現在聖女タイムに突入しているくらいだ。
残るは馬だが。巨大馬の前にはマルセルと誡流が立っていた。
「‥さぁ、君の相手は俺だ!」
マルセルがおもむろに手にしたのは兎刀「忍迅」(らびっとう「にんじん」)
馬の鼻先にそれを突きつけ男前のドヤ顔で笑ってみせる。
「ところでこいつを見てくれ、こいつをどう思う‥?」
すごく、ニンジンです‥‥
馬が顔を赤らめ「忍迅」をガン見する。視線は釘付けというやつである。キメラであってもやはり馬は馬であるようだ。
涎を垂らしながらマルセルに突進する馬へと黒い衝撃波が襲い掛かる。
横合いから誡流の攻撃をまともにくらった馬は激しく嘶きながら竿立ちになり、前足で空を2,3度かくと、どう、と倒れ電池が切れたかのようにぴくりとも動かなくなった。
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「終わりぃ‥‥もういないよね?変なのいないよね?」
眠たげな目をしたロジーナが辺りを見回す。
のどかな春の日差しと青空、通行車両のない静まり返った山中の高速道路。
そこへ京助の悲鳴が響く。
「ぎゃああ!コーラが全部破裂してるぜ‥‥。無茶しすぎたな」
バイクの収納ボックスにコーラを入れていたようだが、転倒した際に全滅したらしい。ご愁傷様です。
「うん。無茶しましたよねー」
蒼牙がのほほんとした笑顔で労うように京助の肩を叩く。
「ファタさん、これ終わったら飲みに行きません──?ってファタさん?」
八九十が背を伸ばしながら飲み仲間に声をかけるが、当のファタは私とがっちりと固い握手を交わしていた。
「冬では素晴らしい作品を。夏にも期待しております。嗜好を共有できる同志として」
「これは恐縮です。──して、恐れ入りますが今日の写真の焼き増しをお願いしたいのですが」
「おやすいご用ですとも。つきましては是非とも取り上げていただきたいことが──」
ファタ女史と私との間で取り交わされた契約の内容は伏せておく。
とびきりの笑顔で笑いあう私たちの姿に、愛梨とロジーナは小首を傾げ、男性陣の背中に冷たい汗が流れていったのは言うまでもないだろう。