●リプレイ本文
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空はまだ十分に明るかったが、山陰は既に薄暗い。常に何かしらの灯りがある都会では、目にすることのない深い陰影。
そこに、異形が蠢き銃声が響いていた。
「人にも荷物にも手は出させません!急ぎましょう!」
「おう!」
キメラの急襲を受けた物資配達のトラックと兵士を救うべく、リゼット・ランドルフ(
ga5171)が駆け出し、守剣 京助(
gc0920)もその後に続く。
「春うらら。絶好のお昼寝日和なのに‥‥はぁ」
シィル=リンク(
gc0972)は些か面倒くさそうにではあったが報酬分の仕事を果たすために、走り出した。
谷間にへばりつくようにして残っている集落。この僻地で精一杯に生きる人々を脅かす無粋なキメラを一掃したい。そう思うホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)も力強く歩を進める。
現場には三体のキメラがおり、UPC所属の兵士、風間平蔵が一人で対応していた。
二体は田の中を移動しており、一体は林の中に身を置く風間の近くでしきりに身体を掻いていた。
田を動く二体を包囲するためにリゼット、京助、シィルが行動を開始する。
三人の動きに気付いた二体のキメラは体ごとくるりと向きを変え、澱んだ目を傭兵達に向けた。
「大事な荷物が積んであるんだ。トラックもしっかりと守らないとな」
京助はキメラの目線からトラックを隠すように仁王立ち、バスタードソードの柄に手をかける。
「河童‥日本の<よーかい>というものですか。やはりキメラはいいですね‥‥たとえ悪魔、悪霊の姿をとっていても、斬れば殺せるのですから」
石積みの畝を足場にして民家側からキメラへと向かうシィルが呟く。
本物の幽霊などは苦手なシィルだったが、その姿を模したキメラとなれば話は別であるようだった。姿形も不確かで消し去ることの出来ない幽霊という超常現象に比べれば、キメラは実在し、倒せば消えるのだからまだマシということらしい。
京助とシィルの中間地点でリゼットはカプロイアM2007を構えキメラに向かって威嚇射撃を開始していた。
「よし、行くか」
左に紅炎、右に雷光鞭を手にしたホアキンが田の南側を迂回しつつ、林で単独戦闘を行っている風間の救援に向かう。
この時期、まだ田に水は入れられていなかったが、深く丁寧に耕された土は軟らかく、足を入れれば容易く沈み込む。だが、ホアキンはそんな不利をいっさい感じさせないような足取りで颯爽と駆けて行く。
林は高度経済成長期、住宅建設に使用する木材の需要の高まりを受けて作られた人工林だった。だが、その需要も長くは続かず、安価な輸入材に押され日本国内の林業は衰退の一途を辿り、また、バグアの襲来も重なって、林を管理する担い手が途絶え、放置されて数十年が経っている。
人手の入らない人工林は生態系のバランスを保てず、荒れる一方でしかない。
密集し、こんもりと繁った葉に遮られ光の入らなくなった地面には下草が生えず、湿った土が剥き出しのまま横たわっている。 また、風雨による浸食で表面の土が流され、複雑に絡み合った杉の根が地表に顔を覗かせている場所さえあった。
「うわ!?」
キメラに銃口を向けじりじりと後退していた風間は、背後にあった杉の根に踵を引っかけ転倒する。
それをあざ笑うかのようにキメラは二、三度左右に身体を揺らし、風間に向かって飛びかかった。
「グギャッ!」
だが、伸ばした爪が風間に届く前に、キメラは空中で衝撃波に弾かれ、地に落ちもんどりを打つ。
「ん‥【風鳴り】、とでも名付けるかな」
刀から立ち上る陽炎のゆらぎとともに現れたのはホアキンだった。
風間とキメラの間に立ち、油断無く紅炎を構える。
「応援に来たぞ」
「す、すまねぇな!」
この一瞬の出来事──飛び上がったキメラを刀からの衝撃波で撃ち落とすという(しかも装甲の厚い甲羅を避けて)離れ業を
目の当たりにしてあっけに取られていた風間は、慌てて立ち上がり再び銃を構える。
しばし藻掻いていたキメラだったが、獣じみた動作で飛び起きると腹這いになり、喉をガラガラと鳴らして嘴を大きく開き酸を吐き出した。
咄嗟に木の陰に身を隠して難を逃れるが、じゅうじゅうと泡だった液体は、杉の表皮どころか幹までをも深く溶かしながら滑り落ち、身体を抉られた細い杉は悲鳴のような音を立ててゆっくりと倒れていった。
足を止めないよう、木の陰から陰へと移動し、次々と吐き出される酸を回避して行くホアキンと風間。
しばらくそれを繰り返していたが、酸の分泌が間に合わなくなったのかキメラは嘴を閉じてゆっくりと立ち上がる。
「援護を頼む」
「任せな!」
酸による攻撃が途絶えたと見るや、ホアキンは風間に援護射撃を依頼して木陰から躍り出る。風間はそれとは逆の方向からキメラに銃撃を加える。
この銃弾に気を取られ、風間へと向かおうとしていたキメラに雷光鞭から放たれた電磁波が浴びせられる。
身を焼かれたキメラは苦悶の声を上げ、反撃のために身構えようとしたその時、紅炎が一閃。
キメラの首と胴をやすやすと分断していた。
こともなげに刀に付着した体液を振り払い、ふむ、とホアキンはひとつ息を付く。
「今日は良い具合にトレオ(闘牛)のステップが刻めているな」
「すげぇな、アンタ‥‥」
風間の驚嘆にホアキンは片方の眉を上げて肩をすくめた。
「そうでもない。普通だ」
リゼット、京助、シィルの三人も実にスムーズにキメラの包囲を狭め、林と田の境目、春草に覆われた傾斜地にキメラを追いつめていた。
「回るぜ、回るぜー!」
覚醒した京助の背面に、実体を伴わない4本の抜き身の剣が現れ、卍を描いて回転を始める。
それに恐れをなしたのかどうかはわからないが、キメラはくるりと方向を変え、あらぬ方向へと走り出そうとした。
「逃げないで下さい。面倒ですから」
シィルが淡々と小銃「バロック」を撃ち、自分の背後にある民家へと接近させないように圧力をかける。
逃げ道を塞がれたキメラは反撃とばかりに酸を吐き出すが、瞬間、シィルの身体の周囲がぼんやりと暗くなる。虚闇黒衣、攻撃のエネルギーを吸収し虚空へと逃がす闇の衣がそれを阻んだ。
キメラがシィルに気を取られているその隙に、京助がキメラに斬りかかる。防御よりも攻撃を優先するといった勢いに押されるように、キメラはじりじりと後退する。
更に追い込むべく、銃から【OR】護剣「グリムワルド」に持ち替えたシィルがキメラに肉薄。斬撃を牽制に、刺突を織り交ぜた巧みな攻撃がキメラの生命力を確実に奪い取って行いった。
グリムワルドが翻るたびに緑の意匠が光を受けて煌めく。
「いくぜ!」
「はい、おしまい」
京助とシィルの挟撃。よろよろと動くだけとなっていたキメラにそれが回避できるわけもなく、二振りの刃の前に敢え無く倒れ、活動を停止した。
頃合いを見計らいリゼットも銃を剣に持ち替え、接近戦に移っていた。
キメラが酸を吐き出す際に行う予備動作を一瞬で見切り、ばらまかれる液をジグザグに避けながら距離を詰め
「はぁっ!」
凛とした気勢と共にベルセルクを振り下ろす。
厚い甲羅を避け、緑色の皮膚面を狙うものの全身を覆う粘液に刃が滑る。そのうえ、素早く動き回るためにこれという一撃を与えられない。
ベルセルクの妖しげな美しさを持つ黒色の刀身を鞘に戻すと、機械剣「莫邪宝剣」に持ち替え、強く握り込む。微かな音と共に光の刃が伸び、おぼろげな光を放った。
じっとキメラの姿を見据え、リゼットはタイミングを計る。
キメラが攻撃のために自身へと向かってくるその時こそ、とカウンターを狙っていた。
生半可な腕の人間であれば、危険きわまりない行為ではあったが、キメラの動きを見切り、動作の予測すら既に行うことが出来るリゼットにとってそれは最大の好機に他ならない。
キメラの足が動く、爪を伸ばした腕がリゼットに向けて振り上げられる。
リゼットは身を沈め、斜め前方に体重を移動させ、キメラとすれ違いざまに莫邪宝剣を振り抜く。
淡紅と青白が混じり合った光の粒子の先でキメラは息絶えていた。
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「おお、平さん、皆さん、無事で何よりだぁ」
「はぁ、こりゃ大変だったぃね。お疲れさま」
静寂を取り戻した山里。戦闘の終わりを察したのか、集落の人々が現場に集まってきていた。野次馬、というわけではなく。旧知を救ってくれた傭兵達にきちんと顔を合わせて礼を述べたいという心根である。
感謝の言葉を口々にする老人達にむかって、リゼットと京助が頭を下げる。
「わりぃ農家の人。田んぼ滅茶苦茶だ」
「あの、田んぼを荒らしてしまって‥‥ごめんなさい」
おずおずと謝る二人に、老人達は顔を見合わせたがすぐに破顔した。
「あー、そりゃ気にしねぇでくんなぃ。この辺にゃあイノシシやらシカやらが出てきていっつも荒らされんだぁ」
「まーず暇人ばぁいなんだから、仕事がでぎたって喜ぶんべぇ」
「そうだぃね。皆さん、化けモン退治ガンバってくれたんだから、俺らもはーぁ、ガンバんべーぇ」
カラカラと明るく笑う老人達。リゼットが申し出た手伝いは「気持ちだけ受け取っておく」と嬉しそうに笑いながら、やんわりと断った。
「自分で出来ることは自分で精一杯やろうって、そういう爺さん達だ。悪く思わねぇでくんな」
苦笑い半分、誇らしさ半分といった表情で風間が頭を下げる。
「はい。では──『お互い頑張りましょう』ね」
満面の笑顔で応えるリゼットに、皆が強く頷いた。
配達を終え、山里を離れる軽トラック。
渓流沿いの細い林道をゆったりと走るその荷台の上に傭兵達がいた。
冬とはうって変わって緩やかに暖かい風が心地よい。
のんびりと過ぎて行く牧歌的な景色を眺めながら、ホアキンは煙草に火を付ける。口元には微かな笑みが浮かんでいた。
「‥‥昼寝には良い季節だ」
「まったくです。よーかいキメラさえいなかったらのんびりできましたでしょうに」
シィルが嘆息と共に同意を示す。
山の裏側へと傾いた日差しが稜線を縁取る。
土手に植えられた早咲きの桜が一本、山里に春の到来を告げていた。