●リプレイ本文
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広がるように波音が響く。
避難が徹底されているため、人の気配の全くない海沿いの道。
春の温んだ空気の中でけだるく横たわる風景、防波堤越しに見える異形の姿だけが奇妙に浮いていた。
「梅を肴に、は後回しですかね」
キメラのおかげで折角の風流が台無しだ、と飄々とした態度で左右に首を振る斑鳩・八雲(
ga8672)
「何だか最近、海辺に来ることが多い気がする〜」
フロスヒルデ(
gc0528)は【OR】脳波検出機能付特殊人形(なっちゃん専用)を通じて彼女の中のもう一人の人格、『なっちゃん』に話しかけていた。
(そんなの気のせい‥じゃないわね。とは言え、今回は砂浜じゃなくて波消しブロックがあるから気をつけなさい)
人形は彼女の脳波を受けて動き、喋る。腰に手を当てて注意をする様は天真爛漫なフロスヒルデのお姉さん的な位置にあるように見える。
「そだね〜。夏にはみんなで海水浴が出来るようにしておかないと!」
(はぁ‥‥ まあ、それであんたのやる気が出るなら良いんじゃない?)
やれやれと肩をすくめる人形を抱いてフロスヒルデは笑顔を浮かべた。
「みんな、よろしくね〜」
「はい、よろしくお願いしますね」
夕風悠(
ga3948)は元気良くそれに応える。
「それにしても、うわ‥‥何だかすごいウネウネしてる〜」
遠目に見るキメラの姿にフロスヒルデは目を丸くし、なっちゃんは口元を手で覆う。
(‥‥イソギンチャクが巨大化したらこんなに気持ちが悪いとは思わなかったわね‥)
「これって、キモカワイイって言うのかな?」
(ありえない!絶対に認めないわ!)
「‥‥最近よく思うんですけど、あまり怖くないキメラ増えましたよね、見た感じが」
二人(?)の会話を悠が拾い、正直な感想を口にする。
「確かに、見た感じ大した脅威とは思えないけれど‥‥侮れないわ」
潮風に踊る長い髪をなでつけながら、美沙・レイン(
gb9833)は表情を引き締めつい、と瞳を細める。
「ね、あれって‥‥中央の口が開いた時しかダメージがいかないってことはないよね?」
ゲーマー的な疑問を抱きつつ、まさかねー、とリリー・W・オオトリ(
gb2834)が笑う。
「ゾーンB?‥‥いや、何でも無い‥‥」
リリーの疑問に時枝・悠(
ga8810)がぼそりと呟いた。
「それにしても、見るからにエレクトリック‥‥いや、イソギンチャクですね」
彼女らと何かを通じ合った八雲もニヤリと笑いながら続く。
その様子にフロスヒルデは小首を傾げて目をしばたたかせた。
扇風機‥‥もとい、エレクトリックファン、で検索してみると幸せになれるかもしれない。
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キメラの姿と位置を確認した傭兵達は動きを悟られないよう、慎重に展開を開始。
夕風と美沙が後衛を受け持ち、リリーが支援。時枝と八雲、フロスヒルデが前衛として接近を行うという形だ。
『被害が大きくなる前に迅速に確実にキメラを排除する』というのか今回の共通目標となっている。
絡み合うように複雑に組み合わされた波消しブロックの陰に隠れながら、前衛の三人は進む。
足場の不正確さもさることながら、気まぐれに押し寄せる波を避けつつの行軍は難を極めたが、それでも着実に距離を縮めて行く。
折を見て夕風が堤防の影から身を乗り出し、弓に矢を番えた。
「食らえ、弾頭矢四連発!」
放たれた矢はびょうと空を切りキメラに向かってまっすぐに飛ぶ。
一矢目は根元、二矢目は動態、三矢目は触手、四矢目は口。
段階を踏むように射かけられた矢、炸裂した弾頭の爆風に煽られキメラは捻れるように身を捩り、ぶるぶる震えると頭頂部の口を大きく開き、仕返しとばかりに夕風に向かって水弾を吐き出す。
それを防波堤を使って回避する。
砕け散ったコンクリート片と水しぶきがひび割れたアスファルトの上にパラパラと音を立てて落ちる。
キメラの気がすっかり夕風に向いたところで、八雲が消波ブロックの影から躍り出て、手にしたシルフィード‥‥風の精の名を冠する薄緑の刃に練力を流し込みソニックムーブを放つ。
衝撃波は押し寄せる波飛沫を切り裂きながらキメラに襲いかかった。
横合いからの攻撃を受けたキメラは、反射的に触手を振り回すが、距離が足らず、それらは当たり前のようにすべて空を切る。
更に距離を詰めようと消波ブロックの上を飛ぶように移動する八雲を、時枝のソニックムーブが援護する。
時枝はキメラの触手が届かず、水弾がきたとしても避けやすい位置、キメラからほんの少し離れ、一段高くなった消波ブロックの上を確保し、紅炎を構える。今回のキメラとの戦闘に際し、これ以上はないというポジションをほんの短時間で見つけていた。
しっかりと構えるにはやや不安定な足元だったが、体勢を整え続けざまに衝撃波を放つ時枝。
その攻撃の前に、意味もなくウネウネと伸ばされたキメラの触手掻い潜りながら、八雲は一気に距離を詰め、蠢く触手の一本一本を狙い切り落としてゆく。
衝撃波の軌跡に残る陽炎のゆらめきに薄緑の刃が交錯する。
二人の猛攻に押されて動きに鈍さが見えてきたキメラへと、リリーが練成弱体を施す
無造作に転がっている消波ブロックの影に小さな体を隠すようにかがみ込んで、流れ弾をちょこまかと動きながら回避しつつ接近していたのだ。
「ハッソー飛びならぬハッソー隠れダーネー」
えへへ、とどこか得意げに笑うリリー。
瀕死の大怪我からの復帰を果たして以来、初の実戦となったが、勘も戦闘に必要な所作も失われてはいなかった。
キメラは胴体を仰け反らせ、混乱したかのようにあらぬ方向へと触手を伸ばし、暴れる。
その間に、ごう、と音を立てて寄せ来る波をジャンプでかわしたフロスヒルデが、跳躍のついでに消波ブロックを蹴ってキメラへと突進する。
崩れ始めたキメラの体勢を更に崩そうと、追い打ちをかけるように根元に攻撃を絞る。
防御の低い箇所を狙い、振り下ろされるのは赤と黒のコントラストが美しい戦斧。刃が春の陽を弾いてきらめく。
キメラは反撃のためになりふり構わず触手を振り回すが、それを周囲がスローモーションに見えるほどの集中力を発揮し紙一重で回避してゆくフロスヒルデ。
傭兵達を捕えることのできない触手と水弾は消波ブロックを砕き、コンクリートの破片を飛び散らせる。
その中を盾を構えた八雲が更に前へ前へと押し進む。敵の攻撃はすべて自分が引き受けるという心づもりがあった。
今回は彼にとって久方ぶりの依頼――実戦であり、多少の無理をしてでも勘を取り戻そうとしていた。
迫る触手を剣で切り落としながら、独善的な理由にわずかに自嘲の笑みを浮かべるが
「うーん、思ったより攻撃が激しいですね。安全地帯でも探しましょうか」
おどけたような明るい声がそれを上書きする。
そんな八雲の背後から触手が迫るが、飛来した弾丸がそれを撃ち抜く。緑色の体液をまき散らしながら千切れた触手が地に落ちた。
美沙と相棒の【OR】銃剣「セラフィム」だ。
銃口がぶれないように防波堤の上に上半身を預け構え、死角をついて発射される一撃一撃がキメラの余力を削りとってゆく。
狙撃手、後衛として淡々と自分の役目をこなしている美沙だったが、わずかに顔を引きつらせる。
「‥‥うぅ、あまり長く見たくない姿ね‥‥」
激しい攻撃に晒され続け、もともとからあまり愉快とは言えない姿のキメラが更にグロテスクになっていた。
常日頃から感情を抑えている彼女だったが、今回ばかりは自制心よりも嫌悪の気持ちが上回った。
追い詰められたキメラは自棄糞のように水弾を吐き出しながら、触手をぶんぶんと振り回す。
最後の悪あがきとでもいうべきそれに、ヒット&アウェイを繰り返していたフロスヒルデは、瞬天速で一時離脱し、懐から巻物型の超機械を取り出す。
「いっくよ〜!全力全開‥‥一・撃・必・殺!」
超機械の雷遁が生み出した電磁波に打たれ、硬直し動きを止めるキメラ。
「え‥‥っと、水棲生物は電気が弱点?」
「ベタね‥‥」
夕風と美沙は顔を思わず見合わせた。
「さて、そろそろ仕舞といきましょう。――斑鳩流、疾風四式」
八雲が刀を構え、両足を開きぐっと腰を落とす。無駄の無い一連の動きは、由緒正しい流派の型に則ったようであったが、家伝の古武術が基本にあるだけで彼の剣技は殆ど我流である。
さきほど口にした技名も「何となく洒落ているから」という理由で、その場で考えていた。
本気なのか冗談なのか、掴みにくい男であったが、迷いなく振るわれた刃はキメラを深々と切り裂いていた。
時枝もここが仕掛け時と判断し、紅陽と月詠の二刀を手にして消波ブロックを蹴り、キメラに迫る勢いそのままに素早く二連撃を叩き込んだ。
ぐねぐねと捻れ揺れながら奇妙な音を上げてキメラがどう、と倒れる。
しばらく痙攣していたが、やがてそれも止まり、完全に機能停止していった。
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「皆さん、お疲れ様でした」
戦闘が終わり、安全が確保されたこの場に夕風の明るい声が響く。
「よし、何か新しい同人誌のネタが浮かんだよっ、内容は言えないけどっ!」
よっこいしょ、と堤防に登り仁王立ちしたリリーが満面の笑みを浮かべて拳を空に突き上げる。
「わあ、何か楽しそうっ」
(ちょっと、たぶん楽しいことじゃないわよ!)
瞳を輝かせるフロスヒルデにすかさずなっちゃんが突っ込む。
「‥‥まぁ、ある意味では楽しいこと、かもしれがな」
時枝は腕を組み、苦笑いといった表情を作ってみせた。
それぞれにそれぞれ、お互いの労をねぎらう傭兵達のそばへと、雲水が歩み寄り、合掌し深々と頭を下げた。
海風が弱まるとどこからか梅の香りが漂ってくる。
雲水に誘われて訪れた寺には、手入れの行き届いた梅林があった。
堤防から道を挟んで山側にある小さな古刹、そこへと地元の人々が集い、一席を設けていたのだ。
遠路はるばるキメラの退治にやってきた傭兵達に、せめてものお礼をしたいという人々の心遣いを無下にするような野暮天はいなかった。
緋毛氈の敷かれた長椅子に腰をおろした傭兵達。
それぞれの膝へと小さな盆に載せられて運ばれてきたのはおはぎと緑茶。
「あ、お彼岸ですもんね」
菓子切りで一口サイズにおはぎを切りながら、夕凪がふと気づいたように口にする。
「もう、そんな季節か」
「冬も終わりだねー」
白い茶碗に注がれた明るい透明な緑は光をはじいて、微睡むように揺らめいている。
麗らかな春の日、満開の梅の花の下でのひととき。
「‥‥ああ、梅の香りがいいわ‥‥何だか時間を忘れてしまいたい気分よ‥‥」
美沙は厳しく引き締めて続けていた表情をふっと緩め、彼女本来の素直な微笑を浮かべながら、柔らかく可憐な香りを肺腑いっぱいに吸い込む。
ふと、どこからか、春を告げる野鳥の声が響いた。
「梅に鶯、か。風流、風流」
「風流、風流ー」
八雲がヘラリと笑いながらつぶやいた言葉をフロスヒルデが真似て繰り返す。
どこまでも穏やかなこの平和を自分たちが守ったのだと言う達成感と安堵に、傭兵達の表情は自然と明るくなっていた。
その後、リリーと美沙の提案により、傭兵達は回収までの空いた時間に、温泉と海の幸グルメ満喫コースを巡ったのだが、そのいろいろはっちゃけた様子は各自補完という形にさせていただく。