タイトル:フェアリィ・テイルマスター:敦賀イコ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/03/09 22:32

●オープニング本文


 その日、いつものように基地周辺の警備に当たっていた兵士は雪原の上に蠢く黒い点を発見した。
 どうやら四つ足の獣であるらしき黒い点は、みるみる間に兵士に近付き、そして。

「‥‥た、助けてくれ‥‥悪魔が、悪魔が出──」
 身体中を血塗れにした兵士は息も絶え絶えに基地の門をくぐり、そこで事切れた。
 兵士の血痕を追ってきたのか、黒い獣が複数、雪を蹴って基地へと向かってくる。
 すぐさまに門は閉じられ、基地に警報が鳴り響く。
 武器を手に見張り台の上から見た異形の獣の姿は悪魔と呼ぶに相応しかった。

 黒い狼のような四つ足の獣に人の首がついている。
 警備兵の血で口元を濡らした人面の獣は口々に哀れっぽい悲鳴を上げる。
「助けてくれぇぇ」
「苦しい、苦しい」
「痛ぇよぉぉぉぉ」
 獣の首に下がる鎖の先ではUPCの認識票が揺れていた。

 機銃の掃射で追い払うも、獣は懲りもせずに近寄ってくる。
 まるで、帰巣本能でも果たそうとするかのように。


「折角、冥土から『仲間』が帰ってきたっていうのに、悪魔呼ばわりで鉛弾で追い払うなんて、ずいぶんと冷たい子羊達だよねェ」
 アハハハと声を上げ、さも楽しそうにQ(gz0284)はメカ虎キメラの上で背中を丸めて笑う。
「キメラと繋ぎ合わせさえすれば死人だって生き返る。凄い、イカス、なァんて素晴らしいんデショ!──まァ、まだまだ問題は山積みなんだけど。こうして操縦しなきゃなんないとかサァ」
 オペラグラスを模した特殊双眼鏡を懐にしまうと手にした竪琴をほろほろとつま弾く。
「さ〜ぁ、ベイビィちゃん達、出ておいでぇ〜ん。でないとフェアリィが哀れな子羊を皆殺しにしちゃうよォ」


●参加者一覧

寿 源次(ga3427
30歳・♂・ST
柊 理(ga8731
17歳・♂・GD
芹架・セロリ(ga8801
15歳・♀・AA
米本 剛(gb0843
29歳・♂・GD
ドッグ・ラブラード(gb2486
18歳・♂・ST
メビウス イグゼクス(gb3858
20歳・♂・GD
月城 紗夜(gb6417
19歳・♀・HD
エリノア・ライスター(gb8926
15歳・♀・DG

●リプレイ本文


 現場へと急行する高速移動艇の中で、現地の情報を目にした傭兵達は一様に言葉を失った。
 人間の頭部‥‥最初からキメラとして作られたものではない『本物の人間の頭部』が貼り付けられたキメラの出現。

「また、か」
 人をキメラと融合させて無理やり生かすなんて‥‥、と芹架・セロリ(ga8801)は以前に戦ったキメラの姿を思い出し形の良い眉を顰める。
「今度はホンモノの悪魔か。恐怖心を煽るには最適だがセンスが無い」
「‥‥やれやれ、今まで『ムカつく』キメラも何度か見てきたが、これはぶっちぎりで品がねぇ。この造詣の半端っぷりは、あのオカマ野郎の仕業じゃねぇだろうな‥」
 これまでに数度、グリーンランドで『奇妙な』キメラと遭遇したことのある、寿 源次(ga3427)とエリノア・ライスター(gb8926)は、それぞれ怒りを通り越し呆れ返ったような素振りを見せた。
「上手い手を考えたもんですね‥人間としては最低かもしれませんが、頭は回るようです」
 ドッグ・ラブラード(gb2486)が感情を抑えるようにして低く呟く。
「まるで悪意の塊みたいだ‥‥こんなモノを作るなんて、酷すぎる」
 膝に置いた手をきつく握りしめ、声を震わせる柊 理(ga8731)。
 彼は能力者、傭兵である以前に一人の人間として、この『悪魔の所業』に強い憤りを感じていた。
 表面上はつとめて冷静であるように見える米本 剛(gb0843)、メビウス イグゼクス(gb3858)の二人も内心では理と同様の、怒りを覚えている。特にメビウスには、姉が実験でキメラにされ、それを知人に排除されたという過去があり、人体改造を激しく嫌悪しているのだからその心中は語るべくもない。
「今はただ‥彼らを速やかに眠らせる事が先決ですね」
 平素、平和主義のおっとり屋であり物腰の柔らかな剛だったが、今ばかりは固く低く声にする。
 剛の言葉に傭兵達は深く頷くが、月城 紗夜(gb6417)は一人、瞳を閉じて嘆息した。
「死ねばただの屍。敵なら排除する」
 他人にかけてやる情などない、所詮自分の為にしか生きていない。少なくとも我は自分の目的の為に生きる──




 やがて、高速移動艇は基地手前に到着する。
 傭兵はすぐさま打ち合わせた編成通りに分かれて展開、基地周辺の地形や地形や遮蔽、障害物の有無は源次が事前に確認を取っており、また、周知済みであったためスムーズに行われた。

 軍用双眼鏡で周囲を確認する紗夜。
 頑強に閉ざされた基地の門前にたむろうキメラ。
 あるものは鋼鉄の扉に体当たり、あるものは遠吠え、あるものは友人の名を呼び、あるものは悲鳴を上げ、キメラがたむろっている。

『被害者‥‥犠牲者の為、全力で排除しなくては。せめてもの手向けに、というのは独善的だろうか──だが出来る事をやるしかないのが自分達だ』
『僕等が被害者を偽りの生から解放するんだ』
 源次と理はそれぞれに思う。そしてその場にいる傭兵達も同じく。
「死にゆくものに幸いを、生者には‥希望を!」
「‥生き地獄を彷徨う者よ。―その命、神に返しなさい。」
 ドッグの祈りの言葉、メビウスの冷徹ながらも慈愛の心に満ちた宣言と共に戦端が開かれる。
「閃光手榴弾を使いますよぉ!」
 剛はきっちりとカウントを取り、ピンを抜いた手榴弾を放り投げる。炸裂した手榴弾はキメラの感覚を麻痺させ、行動を奪っていった。
 閃光手榴弾の使用は先に打ち合わせてあったため、各々が閃光と音の影響を受けないよう対応している。
 まごつくキメラを後目に傭兵達は戦闘行動に移る。


「手っ取り早く済ませてやるよ!」
 閃光が収まったと同時に前へと突出していたドッグがキメラに一撃を突き込む。狙い澄まされた爪はキメラの喉元を切り裂き、噴水のように鮮血が吹き出す。
 尚も暴れるキメラの顔を潰し、返り血を拭いながらドッグは表情をゆがめる。
「‥‥割り切ったつもりでも‥後味はよくねぇ‥‥」
 仲間の仇、とでも言わんばかりにもう一頭が乱杭歯を剥き出しに、口が裂けんばかりに顎を開いて飛びかかるが、キメラの顎が噛みしめたのは菫色の直刀だった。
「‥‥今、ボクが楽にしてあげます」
 攻撃のカットに入ったセロリは即座にフォルトゥナ・マヨールーをキメラの額に押しつけ引き金を引いた。
「今度こそ、おやすみなさい」
 近距離射撃はキメラの頭蓋を吹き飛ばし、重い音と共に下顎と獣の胴体だけが雪原に落ちる。
 更にセロリは留まることなく、素早さと小回りを活かしキメラを攪乱する。前足を狙った刃はキメラの隙を誘い、そこへと華麗な体捌きでメビウスが迫る。
「‥‥すみません、こうする他に手段がないんです。せめて一刀の下に天へ送りましょう‥」
 苦しみを絶つ為に迅速に絶命させるという気概を持ってメビウスは天剣「ウラノス」を構え
「―無毀なる湖光(アロンダイト)」
『Judgement!』
 【OR】W.V.S.S.−02「Arondight」が厳かに告げる審判。蒼い光を曳きながら天の御剣が振り下ろされ、異形のキメラは一刀のもとに両断された。


「一々癪に障る音だな・・・」
 基地周辺には何とも言えない奇妙な音がかすかに響いていた。
 ピンと這った天蚕糸を濡れた真綿で引くような、甲高く、間延びしたその音は傭兵達の神経を逆なでする。
 理も音に気が付き、何者かが潜んではいないか、探査の瞳を使用して周りを調べるがめぼしい物は見つからなかった。
 突如、横合いから走り込んできたキメラが二人に襲いかかる。
 理は咄嗟に源次の前に立ち、自身障壁を展開、鋭い鈎爪をバックラーで受け止め、弾き飛ばす。
 受け身をとれず、地にもんどりを打って倒れ込んだキメラに、超機械ζの電磁波が浴びせられる。体を細かく痙攣させ、空を掻くキメラを小銃「S−01」から放たれた貫通弾が撃ち抜いた。
 相手はキメラ。そうと判っていても理の手は僅かに震えていた。


「‥‥AI神経接続。脳波及びシナプス微調整、良好。AU−KV、アイゼンシャフト起動!」
 バハムートを装着し、超機械「トルネード」を構えるエリノア。
「‥‥黄泉の国に還りな。テメェらをそんな姿にしたオカマ野郎には、必ずツケを払わせるからよ」
 静かに決意を込めて、言い聞かせるように呟く。
 その前方では龍の翼でキメラへと接近していた紗夜が【OR】初蝶を振るう。
 靱帯を切られたキメラは悲鳴を上げ、自由にならない身体を引きずりながら基地の方へと逃げようと藻掻く。
「助けて、殺される、助けてくれぇえ」
「喚くな、喧しい。それ程痛いなら黙ってくたばれ」
 聴覚を奪おうと頭部にある耳を削ぎ落とすが、キメラは尚も動きを止めず基地へと向かう。
「今日の暴風は‥‥いつもより荒いぜ‥っ喰らえっ、シュツルムッ‥ヴィィィント!!」
 援護としてエリノアが放った竜巻に惨めに這いずっていたキメラは切り刻まれ、地面に叩きつけられ、ようやく止まった。
 雪原に飛び散った血しぶきに、ギリ、と歯噛みする剛。
 怒りに任せての行動は取らない、と努めているがそれも限界に近い。どす黒い感情に押しつぶされそうになったその時、自分自身の身体が虹色の光芒に包まれたことに気が付いた。
 源次からの練成超強化。
 ふと目を合わせ、頷く。
 友人という間からである彼らはそれだけで通じ合った。
「──感謝を‥いざ!」
 天魔の二刀を手にした剛は、傭兵達の戦いに気圧され足を止めていたキメラに迫る。
「吹き荒べ‥剛双刃『嵐』!」
 名の如く嵐のような斬撃。怒りを叩きつけるのではなく、出来うる限り苦痛なく済むようにと片刃の大太刀が左右連続して振るわれる。
 力が流し込まれ、赤く煌めく切っ先が振り下ろされる刹那、キメラの顔には安堵したような表情が浮かんでいた。
 すぐに血飛沫に消えたソレは、剛の見間違い‥‥そうであって欲しいという願いが見せた幻であったかも知れない。




 最後の一匹にとどめを刺し、傭兵達が互いの無事を確認している所へ拍手が響く。
「アッハァン、お疲れお疲れェン」
 傭兵達がいる基地の門前、そこから離れた窪地の影から虎型のキメラの背に乗ったQが姿を現す。特殊な潜行方法を用いていたのか、その姿は陽炎のような物に包まれ、ぼやけ滲んでいる。
「圧倒的な力を手にして、侵略者に虐げられる哀れで無力な人類のために戦う選ばれし優良種、能力者様達! スゴイよねぇ、カッコイイよねぇ、素敵だよねぇ、アッハハハハ──化け物共め」
 鮮血に染まり、身体の部位と肉片があちこちに飛び散った現場にて、くつくつと喉を鳴らして笑う姿は常軌を逸しているとしか思えない。
「お前か。グリーンランドを混乱の渦に陥れた、おぞましいキメラの親は」
「ンッフフ、そう、その通り!ボクの妖精達は超ー可愛かったデショ〜?」
 源次の問いにQは上機嫌で身体をくねらせながら答える。
 (この親にしてこの子あり、か?)
 とこめかみを手で押さえながら、源次は続けて問う。
「‥‥何とも効率が悪そうキメラだったが、一体何がしたかったんだ?友達でも欲しかったのか?何でも言う事を聞いてくれる、理想のお友達か?それとも本気でビュレホゥだと思ってるのか?」
「イヤだなぁ、妖精達とお友達になれるわけがないじゃないか。妖精達は崇高で純粋で素晴らしい存在なんだから」
 うっとりと陶酔したように耽美な声色に、源次は改めてバグアに染まった人間の思考に驚き呆れ返った。理解する気も、しようとする努力も全く起きない。あるのはただの嫌悪だ。
「何であろうと、あなたのしている事は許されるものではありません。命を弄び、生物という枠をも弄び、何をする気ですか?何が出来るつもりですか!」
 理が静かに、だが、深い憤りを込めてはっきりとQを糾弾する。
 生命を冒涜する行為、精神が許されて良いものではない、と。
「人を外れ人を超えたと豪語するなら、まずはその身で示して下さい。キメラとの融合というものを!」
 その言葉に嬉しそうに破顔するQ。
「じゃア、見せて上げちゃおう。ボクの素晴らしいボディに感動して泣いてェン」
 大きくはだけていた上着を更にはだけ、上半身、主に腹部を晒す。
「──ッ!」
 形容し難い、真実に、これ以上はないだろうというくらいにおぞましい『それ』を目にした傭兵達、理は思わず目を背け、口元を手で覆い反射的に込み上げた嘔吐感をやり過ごす。
「ホンット、イロイロ試したんだ。ようやく馴染む方法が見つかってネ。今ではボクの──って、酷いリアクションだなァ。ベイビィちゃん達にはちょーっと刺激が強かったァン?」
 アハハハと笑うQ。その狂気に引きずり込まれそうな焦燥感に晒され、エリノアが吐き捨てるように声を上げる。
「人間でもバグアでも、クズ野郎を腐るほど見てきたが、そん中でも特にテメェは三流のクズだな。‥首と認識票を返してくれたのは感謝するよ。礼にテメェの墓穴を用意してやっからよ。さっさとブチ殺されに来やがれ」
「さすがは強化人間、人の心の隙を突いた策だ。 が‥あんまり人間を舐めるんじゃねぇぞタコ野郎!」
 ドッグも挑発し、隙を誘おうと激昂したかのように叫ぶが
「イヤだよ、君たちみたいな化け物相手にしたくないものォ」
 Qは虎の頭部をポン、と叩いて後ろに下がらせる。
「バグアの侵略から20年、人類はこれまでにないスピードで進化と技術革新を成し遂げ、今なおそれは続いている。素晴らしいことじゃあないか。自然を征し、地球の支配者たるに相応しい生物は人類の他にはないんだからね」
 下がりがてら、Qは独り言のように呟く。唐突の告白。
「でも、まだまだ、人類はひ弱だ。文明と機械の力がなければ生きて行くことすらままならない。人類が本当の意味で地球の支配者となるには、今よりもより強く、より洗練されて行かなければ。そのためにはバグアの技術は必要不可欠、キメラと人体の融合は人類の夢、不老不死を実現させるはずだ。その為には‥‥ベイビィちゃん達ならわかるよねェン?」
「──ふざけるのも大概にしてもらいたいですなぁ!」
「貴方だけは‥許す訳にはいかないッ!」
 更なる犠牲を重ねるつもりだと言外にしながら心底楽しそうに笑うQに、剛とメビウスが刃を向け駆け出す。純然たる怒りが二人を突き動かしていた。
「アッハ、いいヨいいヨォ〜、感情に素直な人間らしい子ってダイスキ♪ で・も、今日は駄目ェ〜」
 天剣と妖刀の刃が届く前にQを背に乗せた虎は大きく後方に跳躍、更に現れたときと同じように陽炎のように空気が揺ぎ
「まったネェん、傭兵ちゃん達ぃ〜」
 粘着質な笑い声を残してQは消えた。




 キメラを殲滅し、強化人間は去った。
 一応の安全を確保した現場では源次とセロリが認識票をひとつひとつ拾い上げていた。
 バグアの、強化人間の身勝手な行為の犠牲となり、見る影もない姿にされてしまったが、その人が確かに存在した証明として、然るべき場所へと返したいとの思いがあった。
「やるせないですね‥‥。目の前で苦しんでいるというのに、命を奪うことでしか救えないというのは」
 雪に温度を奪われ冷え切った金属片を手に、セロリはぽつりと呟く。

「オバQのことだ、これじゃ終わらねぇだろう。‥確か以前も音で攻撃してくる兵器を報告書で読んでいる。何か関連があるのかもしれねぇな‥‥」
 エリノアは損傷が低いキメラの遺体を回収して、現場に響いていた奇妙な音とあわせて報告することを考えていたが、どの遺体もまともな状態ではなかった。死闘であったのだ。

 ドッグは首とキメラ部分を切り離して埋葬したいと回収に来たULTの職員に申し出たが、キメラであった以上、何事があるかわからないため、通常のキメラの死体として処理する他はないと断られた。

 飛び散った部位、肉片、全てをキメラとして回収され、容器に入れられた遺体を前にドッグとメビウスは短く祈りを捧げる。
「──せめて‥安らかな眠りを‥」
「‥神よ、彼らに永遠の安息を」
 傭兵達もそれぞれのやり方で犠牲者に哀悼の意を表した。

 瞑目し、頭を垂れていたセロリは顔を上げ思う。
 考え方は人それぞれであり、己の価値観を押し付けるのは好きではないが、Qはどうしてこれほどの技術を持ちながら‥‥と思わずにはいられなかった。持ちうる技術を『正しく人のため』に活かせば、命を奪うことなく苦しむ人を救えるだろうに、と。
 自他に犠牲を強いてまでも有りもしない夢幻、妖精の尻尾を追いかけているようなQの姿に、憤りと憐憫がない交ぜになった感情を覚え、嘆息とともに小さく零した。


「‥‥なんで、こんなのばっかなんだろうな‥」