タイトル:【BV】何を望み生きるマスター:敦賀イコ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/02/19 21:18

●オープニング本文


●脅威、地下にありて
 グリーンランド地下にはバグアによって作られた地下構造が存在している。
 地下に埋蔵されているレアメタル獲得のため、グリーンランドに進出した鉱山会社が行った調査と試削工事によって発見された それは、人類未踏の巨大地下迷宮であった。
 元々地下に存在していた自然構造を利用しながら、網の目のように複雑に張り巡らされた通路。
 厳しすぎる自然が猛威を振るう地上に比べれば、この地下通路は格段に条件が良く、これを利用しない手はない。
 奇襲作戦を開始する前にUPC軍は、ゴットホープの北側前線基地を起点とし、チューレ南東方向へと続く地下通路の偵察と地図作製、踏破を傭兵達に依頼した。


●生きる悲しみ
 C・シスは深々と雪の降り積もる静寂の中でみすぼらしい村を見下ろしていた。

 バグア占領下の村。
 そこに住んでいた人々は殺されることなく、生かされている。自殺は悪とする風土の上から自ら命を絶つことも出来ない。
 労働に駆り出されバグアに命令されたこと以外は何もできず、ただ、生きている。
 自由を奪われ、思考を奪われ、生死の選択すらも奪われた死人にも等しい人々。
 死人と違うのはものを食べ、糞便を垂れ流すことぐらいだとシスは思う。
「これは慈悲か?」
 この地方の司令官であるイェスペリに尋ねたことがあるが、答えはなかった。

 足元に転がる打ち捨てられた木乃伊に目線を落とす。
 埋葬すらされることなく、野辺に捨てられる死者。

 シスは顔の右半面に残る火傷の跡を指先で触れる。
『お前は‥‥正しかった』
 この地に生きる人類に希望など無いのだ。バグアが人類に破れることなど無いのと同じく。
 在りもしない希望を掲げて、ひとかけらの救いのない世界で苦痛に耐えて死ぬまで生きろと言うのはまさしく拷問ではないか。
 苦痛に耐えた先に何があるというのか。待っているのは死だけではないか。
『お前は正しかったのに‥‥』
 忌々しいのは能力者だ。
 正義の履行者、自分こそが善だという顔をして何も省みない。

 能力者に『家族にも等しい愛着を持っていた愛玩動物』を奪われたC・シスは、火傷の跡に爪を立て、奥歯を噛みしめる。
 沸き上がる憎悪を押さえきれずに顔を歪め、虚空を睨み付けた。
 持て余し気味の感情を鎮めようと、シスは地下へと降りて行く。人類の姿も痕跡もない場所に行けば少しはマシになるだろうと考えてのことだった。


 靴音がやけに響く通路を一人歩きながらシスは『愛玩動物』と共に見た八月の河原を思い出していた。

 傾いた日差しはバグア本星よりも黄色まじりの赤にかわり、さらさらと流れる川面に反射して黄金色に輝いていた。
 木陰に潜んだ昆虫がたてるどこかもの悲しい羽音、川縁に居座った両生類のコロコロと鳴く声。
 やわらかく湿った空気と近付いてくる夜の匂い。

 環境の時間変化があれほど新鮮な驚きに満ちたものであることをシスは『愛玩動物』から教えられた。
 たかだが周辺環境に何を感じるのかと、当初シスは興味すら持たなかったのだが、その日を境に考えを改めた。
「既にわかりきったモノの観察など時間の無駄と思ったが‥‥これはこれで実に面白いものだな」
「百聞は一件に如かずっていうじゃなーいか」
 気の抜けた笑顔をシスに向けた『愛玩動物』は子供を諭すかのように「だからもっと外に出ないとねーぇ」と言ってのけていた。
シスはそれを生意気だと感じはしたが、決して不快なものではなかった。
 個体として自立、相互不干渉の関係が多いバグアの中にあって、己をありのまま受け入れ、側にいた『愛玩動物』との出会いはシスにとって何事にも代え難い幸運であったのだ。


 奥へ奥へと進んでいたシスはふと、足を止めた。
 人類を遙かに凌駕するバグアの感覚が遠くにある侵入者の気配を察知していた。
 幸福な日々の追想を打ち切られ、瞳が凍り付く。
 一度、ゆっくりと瞬くと顔から全ての表情を消し、生前の『愛玩動物』が武器として用いていた大型の鋏を手に、足音を消し、気配を断ち切り、やがてくるであろう『仇敵』達を待ちかまえた。

●参加者一覧

風代 律子(ga7966
24歳・♀・PN
セレスタ・レネンティア(gb1731
23歳・♀・AA
RENN(gb1931
17歳・♂・HD
赤い霧(gb5521
21歳・♂・AA
加賀・忍(gb7519
18歳・♀・AA
アローン(gc0432
16歳・♂・HG
ファング・ブレイク(gc0590
23歳・♂・DG
天羽 圭吾(gc0683
45歳・♂・JG

●リプレイ本文


 探索のスタート地点となる箇所に傭兵達は集合していた。
「今回の任務は地下通路の地図の作成および未踏部分の先行突破ね」
 風代 律子(ga7966)は確認するように任務内容を反芻し、携帯する荷物を確認する。元特殊工作部隊の潜入工作員としての過去を持つ律子は任務に挑むにあたって手抜かりがないようにと、入念な最終確認を行う。
「やれやれ、これまた陰気臭いところで、ま、お仕事だ、やるだけやらせてもらいましょ、っと」
「バグアによって作られた地下構造、ねぇ。…それって敵の懐に飛び込むってことじゃねぇ?罠満載?まー虎穴に入らずんば虎子を得ず、ってことか」
 律子とはやや対照的にアローン(gc0432)と天羽 圭吾(gc0683)はどこか軽々しい調子で言ってのけた。
「‥‥この依頼、何か嫌な予感がしますね」
 表情を引き締め、くろぐろと続く通路の先を静かに見据えるセレスタ・レネンティア(gb1731)。
 高低差による気圧の変化のせいだろうか、震える空気が止めどなく低く唸り続けている。
 人の気を滅入らせるようなどこか陰鬱な状況にありながら、加賀・忍(gb7519)は口の端を吊り上げてほんの少しだけ笑んでいた。
 ゴットホープへの戦力集結を偽装するために行われた『お祭り』の最中に敵地である地下通路を探索するという今回の依頼に、忍は己の血が滾るのを感じていた。
『剣を振るい痛みを分かち合う‥‥そうやった挙句に相手を踏み躙り、この夜叉の如き赤い眼に映そう‥‥贄を糧にして更なる力を得る──それを望んで私は生きる』
 先がまったく不透明な敵地、敵の襲撃がいつあるかわからないという極限状態──戦場、それを忍は求めている。剣を振るうことを渇望しているのだ。
「今回は初めての訓練以外の戦闘になるわけかよ‥‥穏便に終わるわけないし、やるしかないな‥‥」
 初めての実戦にやや硬い表情のファング・ブレイク(gc0590)は柿原 錬(gb1931)に錬にエマージェンシーキットを貸し出す。
 錬はそれを受け取りながら、姉のことを考えていた。



 警戒を続けながら道なりに進むこと暫し。傭兵達の目の前に三つに分かれた通路が現れた。
「ん、手分けしてあたるか?こういうのは可能な限りくまなくやったほうがいいんだろーし」
「あぁ、そうだな。まず二手に分かれて二つの側道の調査、その後にもう一度ここに戻って、今度は全員で本道を進むってのはどうだい?」
「では‥‥戦闘経験とクラスで二組に分かれるとしよう」
 アローンの提案を圭吾が補足し、ファングが率先して組分けを行う。

 右手に向かったのはA班(律子、赤い霧(gb5521)、アローン、ファング)
 ぼんやりとした照明に照らし出された通路を、先頭に立ったファングが【OR】鷹の目(単眼鏡としても作用するモノクル)を用いて見通す。特に遮蔽物もなく、緩く右にカーブを描く通路がずっと続いているようだった。
「マッピングか‥‥何年ぶりだろう‥‥」
「あら、こういう経験は初めてじゃないのね、頼もしいわ」
 赤い霧の呟きを拾った律子が軽く笑いかける。赤い霧は薄く口の端を持ち上げ応えた。
 方位磁石でこまめに方角を確認しながら、マッピングの基礎を抑えて地図を作製して行く律子と赤い霧。
 壁や天井にまで気を配り、罠や伏兵に注意しながら先を歩くアローンも、方角を見失わないようにと随時、方位磁石に目を落とす。
 やがて、バグアも手を入れていないのかただ岩盤をくりぬいただけ、という箇所にぶつかった。
 先に広がるのは漆を塗り込めたような暗闇。
 AU−KVの暗視機能を起動させたファングが前方を警戒する中、律子がランタンに明かりを灯す。
「え〜と、誰か持ってくれたらお姉さん、嬉しいんだけどなぁ」
「あいよ、お嬢様」
 緊張を和らげようと、軽い調子で光源の確保を頼む律子に、アローンも軽い調子でそれを引き受けた。
 油断は禁物だが、過剰な緊張状態は思いも寄らないトラブルを引き起こす。自他共になるべく平常心を保てるように、というさりげない心遣いがそこにはあった。

 左手に向かったB班(セレスタ、錬、忍、圭吾)も同様にして地図作製を着々と進めていた。
 前衛として先を行く錬と忍。事前に、通路について明らかになっている情報を得ていた忍は、状況と情報とを照らし合わせながら慎重に歩を進める。時に歩を緩め、足元を踏みしめ罠の有無を確認していた。錬も新型のAU−KVの能力を活用し罠やキメラへの警戒を怠らない。
 圭吾は方位磁石を確認しつつ、地図を作りながら一定距離を歩くごとに壁に印をつけていた。一見アナログな手段ではあるが遭難対策としては最も効果が高い。また、しっかりと身に付いた慎重さ故か、足元や壁、天井など、色や質感が異なるような箇所には細心の注意を払い、耳を澄ませて物音にも警戒していた。
 同じく地図製作を行っていたセレスタは、後の資料作成用にと持参してきた【OR】デジタルカメラで通路内部の随所を撮影する。
 写真の画像は地図と相まって多くの有益な情報を伝えることだろう。


 ある程度の距離を進み、キリがつくと両班ともに合流地点へと引き返す。
 幸いなことに、懸念していた罠もキメラの存在も確認されることはなかった。
 ただ、どこに罠があるか、どこに敵が潜んでいるか、それどころか、進んでいる通路は何処へ向かっているのかまったく判らないと言う極度の緊張状態に長時間置かれた傭兵達の心労と消耗は並大抵のものではない。
 それでも、彼らは前へと進む歩みを止めない。驚嘆すべき精神力である。

 本道と思われる長々と続いている通路を僅かに下り、左へと曲がったところで彼らはキメラと遭遇した。

 ボンバーマウス。大型のネズミのようなキメラ。
 自然に住み着いてしまったのか意図的に放たれていたのかは不明だが、通風口のような横穴からぞろぞろと這い出てきたネズミは、敵意を露わにして傭兵達の前に立ちふさがった。
「陰気な通路にネズミだなんて‥‥本当、おあつらえ向きね」
 肩をすくめる律子の言葉が終わる前に、一匹のネズミが火を吐いた。
 鋭い牙を剥き出しに殺到してくるネズミの群を忍の月詠が一閃、容赦なく切り捨てる。続く錬もスターゲイザーを振るう。
「全く鬱陶しいことで、そこのけそこのけ、っと」
 危機に瀕すれば瀕するほど、笑みを浮かべるという奇癖を持つアローンは、それを隠そうともせずに銃を威嚇連射しネズミ達の動きを封じる。
「喰い尽すッ!」
 アローンの銃撃にたたらを踏んだネズミを、覚醒し狂戦士じみた咆吼を上げる赤い霧が斧で叩きつぶす。その後ろではライフルをニーリングポジションに構えたセレスタの正確無比な銃弾が、接近を許さないとばかりに一匹、また一匹とネズミを撃ち抜いて行く。
「この弾丸は一味違います‥‥」
 貫通弾を装填し、更に攻撃の回転を上げる。
 傭兵達の猛攻に怯んだのか、後退りを始めたネズミの群れへと二刀小太刀「月下美人」を手にしたファングが斬り込み、圭吾の銃撃がそれを援護する。

 こうして数分後、ネズミの群は駆逐され、通路に静けさが戻る。



 ネズミの群との遭遇戦の後、探索を再開した傭兵達は通路の先に人影を見つけ歩を止めた。
 大きな鋏を手にした人影‥‥レイ・C・シス(gz0312)は傭兵達を一瞥し
「愚か。 ‥‥無価値」
 感慨も無さそうに一言を漏らした、
「‥‥この先にあるのは、何も望まない死人の村だ。貴様らお得意の希望の押し売りにでも行こうというのか?」
「なんか熱烈な視線だな、キスでもしてくれるのか?」
 錬力が尽き、AU−KVの装着もままならず寒さに身を震わせてはいたが、月下美人を深く持ち刃のみを相手に見えるように構えながらファングが答える。
「──言語と状況を理解する頭も足りないのか、下等生物め」
 感情の欠片もなく、ただひたすらに冷たい瞳で傭兵達を猊下する男。鋏を手にしたバグア。
 その姿を目にした忍は身体の血が逆流するのではないかと思うほどの激昂を覚え、自らを落ち着かせようと長く深く息を吐き出す。
「あのバカデカイ鋏は‥‥たぶん間違いない、シザーだ、蛍を傷つけ姉さんの心を壊した!」
 錬は奥歯を噛みしめ、目尻を吊り上げる。病弱だった自分の生きる支えになっていた強く脆い姉の笑顔を思い出す。
 過去の依頼で強化人間『シザー』と遭遇したことのある忍と身内を傷つけられた錬の心中は穏やかではなかった。
 尤も、強化人間『シザー』こと、レイ・ベルギルトは傭兵との戦闘で落命しており、ここにいるのはレイ・ベルギルトの肉体をヨリシロとしたバグア、C・シスなのだが。
「──‥ッ!」
 月詠の鯉口を切ると同時に忍は低く地を蹴り、迅雷の如く接近すると月詠を抜き払い、遠心力を乗せた刃を叩きつける。
 戦と力を求めて止まない夜叉の如き赤い眼がシスを捕える。
 一撃がFFに阻まれるや否や、疾風を用いて直ぐ様に退く。
 その判断の速さと戦闘のセンスは素晴らしいものだったが、如何せん状況が良くはなかった。地下通路という閉鎖空間、幅4、5m程しか無い場所なのだ。退いてすぐに迫った壁と仲間に一瞬、気を取られた時には投擲されたメスが忍の身体に突き刺さっていた。
 間髪入れず錬がAU−KVのヘッドライトを浴びせ目を晦ませようとしたが、シスはそれに微動だにしない。
 律子がアーミーナイフを手に瞬天速で即時接近、間合いを離されないように食らいつく。シスが一歩引けば一歩踏み込み、踏み込まれれば引く。
 セレスタが律子の行動の意図──接近戦による攪乱と引き付け──を酌み取り、ハンドガンを手に取り発砲を加えつつ、敵を包囲するべく移動を開始。
「順次攻撃して釘付けにできれば‥‥!」
「グゥォオオオオオオッ!」
 セレスタの言葉に応えるように咆哮が上がる。
「お前に出来るかっ!死に近づく恐怖を乗り越える事がっ!」
 赤い霧が恐れを知らぬ戦士のように力強く大きく踏み込む。踏み込みながら斧を振るう。
 アローンは乱戦状態となった前衛の仲間達を避けながら、集中力を切らせようとシスに銃弾を浴びせ続ける。
「いーい武器じゃねえの、俺そういう現実離れした武器ってダイスキ、壊しちゃいたいく・ら・い」
 笑みを深めたアローンはバロックに貫通弾を装填し、武器を破壊しようと鋏の接合部を狙い撃つ。
 更には攻撃を途切れさせることの無いようにと圭吾が要所要所で援護射撃を加える。

 この不利な条件下に於いて、息をもつかせぬ連続攻撃は実に見事なものだった。
 だが。

 シスは銃弾を避けることもなくFFで弾き、アーミーナイフを振るう律子の腕を掴むとそのまま横に投げ捨て、鋏の柄で赤い霧のガノを弾くと襟首を掴んで床に叩きつけた。仲間の窮地に小太刀を構えて飛び込んだファングの顔を無造作に鷲掴みにして、この瞬間に斧を振りかぶっていた錬の目の前に引きずり出す。
 錬の斧はファングの背中に深々と突き立った。
 真っ赤な血が白い湯気を立ち上らせながら滴り落ちる。錬の腕には仲間の肉を切り裂きブチブチと筋を押しつぶす感触が生々しく、直に伝わる。刃から柄へとつたい流れる生暖かい血が錬の手に絡みつく。
 掌に塞がれたファングの口からくぐもった悲鳴が漏れこぼれる。
 自分の刃が仲間を深々と傷つけた、その感触にガクガクと震え出す錬。

「痛むか?悲しいか?苦しいか?己の無力が悔しいか?私を殺したいか?死にたいか?終わりたいか?」

 構えたままの錬の斧にファングの身体を押しつけながら、初めて感情を顕にしたシスは薄く笑い傭兵達に問いかける。
 めり込んで行く金属の冷たい刃、その激痛にファングの身体が反射でビクビクと跳ねる。意味もなく首を振りながら錬が後ずさりをするが、それから逃げることは許さぬとばかりにシスは歩を詰める。
「貴様らが望むことなど、何一つ与えてやらぬ。己が無明を悔やみながら虫けらのように地べたを這いずり苦しみ抜いて──‥」
 そこで言葉を切り、突然、興味を失ったかのようにシスはファングを放り投げ、踵を返す。
「‥‥無価値」
 投げ出されたファングの身体に錬が下敷きとなる。

 傭兵達に背中を向けたシスに圭吾が銃口を向けるが、壁を背にどうにか立ち上がった律子がそれを手で静止する。
 本来の任務は『通路の調査と地図作成』でありバグアとの戦闘ではない。

 シスは振り返ることなくそのまま歩き去って行く。

 仲間達が携帯していたエマージェンシーキットや応急キットでの手当によってファングは一命を取り留めた。
「終わりましたか‥‥引き上げましょう」
 流石に疲れの色を隠しきれないセレスタの言葉に傭兵達は頷いた。

 重い足取りで起点へと引き返す最中、殿にいた圭吾が後ろを振り返り歩を止めていた。
「‥‥どうした?」
「‥‥いや、さっきのバグアだが‥‥」
 言いさして圭吾は口を閉じる。
 先程の戦闘中、一瞬だけではあったが峻烈な憎悪を見せたバグアの姿は自分よりよっぽど人間らしいと圭吾には思えていた。
 生きる意義も希望も、情熱をも失いなんとなく生きているような自分よりは、と。



「誰かが死んだって、恨みや憎しみが消えるわけなーいよ」
 陰鬱な通路をひとり歩きながら、シスは『愛玩動物』が言っていた言葉を思い出していた。
「‥‥ああ、その通りだ。消えない。消えるどころか‥‥」

 ますます憎くなるものだな──

「そうだ、奴らの望み‥‥すべてを奪い去ってやろう」
 シスは右半面の火傷跡に爪を立て、顔を歪めて笑う。

 調子づいた能力者共が絶望の末、あの見窄らしい村の人間のように糞便をたれる木偶にでもなれば些か気は晴れるだろう。
 暫し、それを望んで生きるのも悪くはない。

 グリーンランドの地下深く、暗い高笑いが響き渡った。