●リプレイ本文
●AM 8:50からの死闘
簡易ではあるが開会式が行われている会議室の扉の内側は奇妙な緊迫感に包まれていた。
今はまだ様子見といった具合に笑かしも何事もなく粛々と式は進み、傭兵達も神妙な面持ちでいる。
やがて詳細ルール説明のため男が壇上に立つ。長年軍務に就いてきた者だけが持つ貫禄と迫力、苦みばしった渋さを持つ、立派な髭を蓄えた中年男性だった。『笑ってはいけない』というのは全くの嘘で、これから最前線に向かえと言う司令でも下されそうな、そんな重苦しい雰囲気に傭兵達は固唾を呑む。
が、壇上の男はおもむろにフリルのカチューシャを頭に載せた。
一瞬、目の前の出来事に理解が及ばず何事かと目を見開く傭兵達。
男はコンパクトを取り出して表情一つ変えず顔にファンデーションを塗り始める。その間も淡々とクールに、そうクールにルール説明は続く。
突然の攻撃を前に傭兵達は各々笑いを堪えていた。
リュウセイ(
ga8181)が咄嗟に豆板醤を口に入れ、強烈な刺激と辛さで笑いを耐える横で、戦闘員マスクを頭からすっぽりと被り表情を隠すのは翠の肥満(
ga2348)。
上方向、天井に目線を逸らし、他の事を考え気を逸らして堪えるレミィ・バートン(
gb2575)。同じように上を向いて吹きださないように頬を膨らませ耐える桂木穣治(
gb5595)、周太郎(
gb5584)はサングラスの下の目線を明後日の方角に向けている。 森居 夏葉(
gb3755)は中でも平然とクールに装ってはいたがその頬は紅潮し、口の端をピクピクと痙攣させ涙目となっていた。
例外的に面白イベントに最初からはしゃいでいるのは橘=沙夜(
gb4297)。彼女の中では『笑ってはいけない』というルールは既に消え失せているようである。三島玲奈(
ga3848)はうつむき加減で何かをぶつぶつ呟いている。周囲のことお構いなしのマイワールド全開だった。
さらに男は説明を続ける。頬紅、アイシャドーを完璧に顔に乗せ最後に春らしい軽やかなピンクのルージュを唇に引いた。ちなみに使用した化粧品は某社の新作「春女神メイクセット」である。季節や年度のスタートを感じさせるフレッシュ感のある淡い色、パステルカラーをベースにした透明感溢れる仕上がりをセールスポイントとしている。無論、春先から強くなる紫外線への対策もばっちりだ。
笑うな、堪えるんだ、と、どこぞの自称新世界の神のような努力をしている傭兵達の前で男は、仕上げに上唇と下唇を重ね合わせ、ルージュをなじませると口をぱっと開けた。化粧を経験したことのある諸氏ならお分かりいただけると思うが「ん、ぱ」とやるアレである。
そんなこんなで化粧を終えた男は
「最後に何か、質問はございませんかご主人たまぁ〜」
と招き猫のようなポーズをとって身をくねらせた。真顔で。苦みばしった渋いヒゲ面のオッサンが。
ここであえなく全員アウト。
●最終兵器無自覚天然
仲良くグラウンド10周を終えてきたところで全員教室に入り、ホームルームを行うこととなった。
まずは自己紹介から、と各々教壇に上がり簡単な自己紹介を始める。
異質なのは腰までの長髪をだらりと背中に流し、古式ゆかしいセーラー服に眼鏡姿、今すぐ学校の七不思議のひとつに加えられてもおかしくないような陰鬱な空気を醸し出している玲奈。
沈んだ声で「‥趣味は写経、好物はおはぎ、特技は折鶴の嘴を尖らす事‥」などと自己紹介。あらかじめ自費で購入してきた山葵を目尻に塗り、常に涙目を演出してまでいる。
逆方向に突き抜けたその様に、何をしでかすかわからない予測不能さ加減に周囲はドン引きだ。
その空気を換えたのは翠の肥満。
「こんちは、翠の肥満です。本名はヴェレッタ・オリムです。邪神像な中将のほうは影武者です。短い間ですがよろしくお願いします」
UPC関係者にとっては地雷中の地雷を踏み、自己紹介として無表情でしれっと言ってみせたのだ。
しかもカンパネラ学園の制服にファッショングラスという胡散臭さ爆発の格好で。
だが、『邪神像』が何を指すのか知らない人間にとってはいまいちピンとこないのが難点だった。興味があるなら『邪神像 モッコス』のキーワードを使って調べてみると良いだろう。翠の肥満の発言がどれだけ危険を伴っているものなのか。
ネタをわかってしまった者達は必死に笑いをかみ殺している。
レミィは女性の容姿について、また、実力あるUPCの将官を笑いの引き合いに出すのは流石に不謹慎ではないか、と首をかしげ微妙な表情を見せた。
逆に沙夜は『邪神像』の意味こそ掴んではいなかったが、脈絡もなく出されたオリム中将の名前が相当にツボったらしく笑いながら椅子から転げ落ちた。
「い、いきなりは酷いよぉ〜」
アウトを宣告され、ケラケラ笑いながらグラウンドへと向かう。
余談だが、今回のイベントは録画されレクリエーション資料としてUPCに提出される予定がある。あくまで予定ではあるが。
次に穣治。外見年齢35歳という最年長の彼は友人である周太郎とともに、律儀にカンパネラ学園の制服を着ての参加をしていた。
だが、身長2m5cm、体重88Kgという規格外の体格に急遽対応し切れなかった制服は、袖、裾の丈が足りない上にぱっつんぱっつんときた。その状態ですら微妙に笑いを誘うものであったが、当の穣治は気にもかけていない。
やや緊張気味に壇上に進み、一礼したときバリっと言う盛大な音と共にブレザーの背中が破れた。
何の音だと振り返る穣治。
一同に見せ付けられる煤けた‥もとい破れた背中。
何が起こったのかよく把握できず穣治が正面に向き直った際、図ったかのようにブレザーのファスナーがぱつーんと弾け飛んだ。
あまりに自然な不意打ちに全員が吹きだした。
「それは、予想外すぎる‥っ」
普段、相手の心理を勘繰り素直に笑えないという性質の周太郎ですら、口元を両手で隠し笑いを抑えきれずカタカタと震えている。特に笑いのツボに入ったリュウセイと夏葉はたまらず盛大に吹きだした。
真に恐れるべきは最終兵器無自覚。
穣治以外の全員がアウトとなり、グラウンドへ。
笑いの余韻を引きずりながらぞろぞろと教室を出て行く傭兵達を見送る穣治は、何が起こったのかわからずキョトンとしていたが、やがて達成感に打ち震えた。
「なっちゃん、パパはやったぞ!笑ってしまうどころか他人を笑わせられたんだ!」
だが、その達成感も教室に戻ってきた傭兵達によって盛大な笑いの彼方へ消し去られた。
実に冷静な雰囲気を身にまとう夏葉は表情一つ変えずはげカツラを着用し、リュウセイはちょんまげカツラ、そして玲奈は先ほどとはうって変わった雰囲気で「迎春真っ只中!」と迎春と青春を勘違いした臭い台詞を吐きブルマ姿で帰って来たのだ。
「目には目を、笑いには笑いだ!」
力強く、背後に燃え盛る炎(イメージ映像)を背負いながらリュウセイが拳を握る。でも頭に乗っているのはちょんまげカツラだったりする。
●手段の為の目的
『自分以外は皆、手ごわいライバルだ』
ホームルームを終えた段階で全員の共通認識が生まれていた。相互不信による共通認識というのも奇妙な話ではあるが。
そもそも、今回のイベントはあくまで『笑ってはいけない』であり、決して『お笑い王者決定戦』ではないのだが、その根底は当初の段階から覆され目的が『笑わない』から『どれだけ笑わせるか』に移ってしまっている。幸か不幸か、それに気付き止める者は誰一人としていなかった。
●Rock ’N’ Roll 愉快
真剣な静寂さが要求されるはずの授業中も気は抜けない。
まず授業を担当する教員が見事なまでにバーコードだった。薄くなった頭頂部にサイドから乗せた髪の束が無理やり乗っている。地毛かカツラかはこの際問題ではない。重要なのはそのバーコードぶりだ。
礼の際に髪が重力に引かれ一房ハラリと落ちたが、身を正したときには形状記憶合金のようにすっと頭頂部に戻った。さらに学園の完璧な空調システムが威力を発揮する。常に空気の循環を考えて微風が流れている教室内に於いて、フリーダムな動きを見せる教員の頭髪はあまりにも凶悪だった。
このため、笑い上戸である夏葉はグラウンドに向かう回数が多かったが、それを逆手にとりどんどん愉快な容姿になって行った。先ほどのはげカツラに始まり、前歯を真っ黒に塗りつぶしたお歯黒、どこぞの公園前の派出所に勤務していそうな繋がりげじ眉、唇からはみ出したルージュ、極めつけは下半身褌姿と思わず「自分を大事にしてください」といいたくなるほど身体を張って笑いをとりにきていた。それでも相変わらず冷静平然としているのだから見ている周囲はたまらない。
「何でそんな格好になってくるんだ‥」
「アタシの反骨精神を体現したまでよ」
周太郎の至極まっとうなツッコミにすまし顔で応える夏葉。
そして数度のグラウンド10周の後、セーラー服に着替えてきた穣治、般若の面を被ってきたレミィ、リュウセイと続く。加えて、ハリセン二刀流で相手の両脇の下をくすぐるちょっかいをかける玲奈、事あるごとにオヤジギャグを連発し、さらにはマジックハンドでくすぐり攻撃を敢行し道連れにしようとする翠の肥満がいた。
翠の肥満のマジックハンドにくすぐられてレミィが悩ましげに身をよじらせる。
授業そっちのけで鼻の下を伸ばす男子と呆れる女子、ただ一人沙夜だけが頭にクエスチョンマークを浮かべて首を傾げていた。
教室内部はまさに戦場さながらの緊張感に包まれている。酷く楽しい方向に。
また、体育の時間では運動着がそれぞれ用意されていたが、沙夜の手によって男子には半そでブルマ、女子にはちょんまげカツラ、走るとズリ落ちる仕様乳パットつき体操服にすり替えられていた。
「だ、誰だよこんなことしたヤツは!!」
「え〜♪知っらないよぉ〜♪」
犯人を追及するリュウセイに対し悪びれもなく口笛を吹きとぼける沙夜であった。
すり替えも気にせず自分の世界をひた走る玲奈は一足先に「重いーコンダーラ」と運動場で整地用のローラーを引いている。
この時間、男子がブルマを着用したのか否かについては皆様のご想像にお任せしたい。
報告官だって命は惜しい。
●お昼休みはウキウキ
息をつく暇も無い笑いの応酬に、やや疲れてきた傭兵達の憩いの時間となるのかどうかは定かではないがお昼休みがやってきた。
学食にて昼食として用意されていたのは、ダチョウの卵をふた周りほど大きくしたカラフルな何かの卵と牛乳。
長テーブルに揃って腰を下ろした彼らの前に並ぶ毒々しい色をした何かの巨大卵。
絵面のあまりのシュールさに背中を丸めて笑い出す周太郎と穣治の友人コンビ。笑ってしまってからハッと真顔に戻り「‥しまった」と呟くももう遅い。
「学食、楽しみだったんだがな‥」
よろめく周太郎を穣治が支えながらグラウンドへと向かう。
彼らと入れ違いにやってきた食堂のおばちゃんが「あれ?嫌いだった?卵、美味しいのよ何かの卵」とさらっと卵の得体の知れなさを強調し尋ねてくる。
「キライとかキライじゃないとかそういう問題じゃないから!?」
夏葉が思わずツッコミを入れた。前述の格好で。
タイミング悪くその時牛乳を飲んでいたリュウセイは思い切りむせ、笑い、鼻孔から牛乳をたらすミラクルコンボを達成した。それにつられて『牛乳魔人』こと翠の肥満も鼻から牛乳ミラクルコンボ。実にエクセレント。
この不可抗力の延長線上にあるような笑いと、一日を楽しんでやろう、という全体的に陽気な空気の中でレミィが盛大に笑う。このところ、所属している水泳部での練習不振に悩んでいたレミィだったが、今日は屈託のない笑顔を見せていた。目的とした精神鍛錬、に繋がっているのかは甚だ疑問であるが、気分転換にはなっているようである。
●笑う学園ラッシュ
生徒会執行部が協力していることもあり、会場となった学園一角にはありとあらゆる場所に生徒教員がそれぞれに工夫を凝らした小ネタが仕込まれている。
廊下に。教室に。校庭に。壁に。扉に。窓の外に。机に。椅子に。ロッカーに。黒板に。
特別教室が用意された校舎内は日常とはかけ離れた未体験ゾーンとなっていた。
そしてその努力を無駄にしないとばかりに、引き出しやロッカーなど、絶対何か小ネタがあるという箇所を翠の肥満がガンガン開けていく。開けた本人はネタを見ないよう慎重に行動し、周囲にのみ被害を及ばせていた。
そのたびにレミィは爆笑し、リュウセイと夏葉もつられて笑う。
授業時間の終了後、部活の見学会に行こうと言う話になったが、これもまた試練の連続だった。
水泳部の見学に行けばプールのコースロープでカキ養殖、剣道部では竹輪で素振りをし、陸上部は集団で黙々と逆走の練習、「文化系の部活が個人的には好み」という周太郎のリクエストで訪れた美術部では、リュウセイがモデルとしてひん剥かれ褌一丁にされた挙句、美術部員の筆技で体をくすぐられて笑い転がされ、軽音楽部では坊さんの格好をしたメンバーが木魚を一心不乱に叩き仏の教えをシャウト。
もうなにかもう笑いの飽和状態。
こうなってくると箸が転がっただけでも大爆笑できるくらいおかしな所にギアが入ってしまうもので、最後には何気なくすれ違った生徒に「ドゥーーーン!」とされただけで全員が倒れ付した。
一日の終わり、鮮やかな夕日が照らす学園。
アルパカが「ん〜?ん〜〜?」と鳴きながらもっさり練り歩いているグラウンドに死屍累々。
「なんか、いつもの依頼以上に疲れた気がするぜ‥‥リアクション芸人としてがんばれたならいいんだけどな」
「僕らに死角は無いさ」
息も絶え絶えに呟くリュウセイの言葉に、翠の肥満がどこか満足げに応える。
もともとあまり丈夫ではない周太郎は、穣治の背中にもたれかかり半ば意識を飛ばしていた。
「奇襲上等、かかってこいやー」
なぜか未だ元気な玲奈は水のみ場相手に体当たり芸を敢行。
「あー‥ホント疲れたぁ‥でも、何かいいね。余計なこと考えずに、ただ笑えるって」
「楽しいことはいいことだぉ〜♪」
「そう、楽しめるってのはね」
大の字に転がったレミィの呟きに沙夜と夏葉が同意する。
こうして『第一回 笑ってはいけないカンパネラ学園』は幕を閉じた。
途中から趣旨が変わり『お笑い王座決定戦』になってしまったことなどは些細なことである。
笑えるって素晴らしい。
嗚呼、人生に笑いあり。
追記:学園の生徒なのだが、今回を入れて実質三回程度しか登校していない沙夜は閉会後こっそりと職員室に忍び込み、自分のクラスの出席簿改竄を試みたがその現場を寺田に発見され、こってりたっぷり諭された。とのこと。