●リプレイ本文
眠たげに、怠惰に横たわる雲を抜ければ、そこには緩やかに昇る朝の光を受けてバラ色に染まる世界が広がっている。
巨大戦艦が高速で接近中であることを示すWARNING!アラートが鳴り響くが傭兵達の目はそれよりも早く、澄み切った気圏に蠢く異形の姿を捉えていた。
我が物顔で巨体を悠然と泳がせる異形の魚、ビックフィッシュ。
禍々しく赤く光るバグア本星を背にしたビックフィッシュは雲を蹴って跳ね上がる。飛沫のかわりに散らされた雲を切り裂いて傭兵達の鋼の翼が駆け抜けた。
この遭遇に、鬼非鬼 つー(
gb0847)は酒の入った瓢を傾け、日本酒の豊かな香りとまろやかな口当たりを楽しみながら不敵に笑い、ひとりごちた。
「肴は刺身に限るって言うだろ?」
九条・命(
ga0148)はふと、遠い昔、子供の頃に遊んだゲームのことを思い出していた。
指に豆を作りながらも延々と遊んでいた、戦闘機を操り敵の化け物を倒して行くシューティングゲームのことを。
今では自分が実際に戦闘機に乗り込み、敵を倒しに向かっている。事実は小説より奇なりとは本当に良く言ったものだと、命は軽く笑う。
「懐かしさついでに再びチャレンジしてみるか」
水門 亜夢(
gb3758)が予想とは少し違っていた敵の姿に思わず声を上げる。
「ビッグフィッシュだからグレートシ‥‥鯨かと思いきや、シーラカンスでしたか!」
「何で鯨じゃなくて化石なんだろ?とりあえず邪魔だしさっさと沈めよう」
ルナフィリア・天剣(
ga8313)も似たような感想を抱いたようだった。
「‥‥パーツ全部壊したらボーナス付くかな」
「また変わった改造をするんだな‥‥これはこれでありなのか?」
今までに類を見ない改造機を目にした城田二三男(
gb0620)は小首を傾げる。
改造を行うのなら他に効率の良い機体はいくらでもあるだろうに、なぜわざわざ輸送艦を改造する必要があったのか。
バグアの思うところは解せぬ、とばかりに目を細めた。
この改造ビッグフィッシュを前に、魔神・瑛(
ga8407)の心は昂ぶっていた。
──話はほんの少し遡るが。
誰もがただの冗談だと思っていた兵器『巨大ミサイル「CHRISTMAS TREE」』を実用の段階にまで押し上げ、今作戦に投入しようとした仲間がおり、その心意気に瑛は感じ入っていた。
「アンタ、“漢”だぜ。仕上げは任せるから露払いと下拵えは俺達に任せな!!」
その兵器を用意した仲間、鷲羽・栗花落(
gb4249)に瑛は力強くサムズアップをしてみせる。
「はいっ、お願いします!」
栗花落は最敬礼でサムズアップに応えた。
規格外の大型ミサイルにツリーのデコや鈴、星の飾りを施し、愛機(アジュール)にも白と赤でサンタ風にアレンジを施しながら、栗花落は冷めやらぬ情熱に身を任せている。
「作った当人でさえこのミサイルが飛ぶことになるなんて思ったことはないはず‥だけどボクの情熱と伯爵の浪漫はどんな不可能だって可能にしてみせる!」
ぐっと拳を握り、夜明け前の空に作戦の成功を誓う栗花落。
「さぁ行くよアジュール、皆の夢と希望をツリーに乗せて!」
クリスマスツリーを抱えたサンタ風KVが飛び立つ様はまさにロマン飛行だったという。
「こちらサンタクロース、これよりクリスマス・タウンへプレゼント配送に向かう、オーバー!」
──そして今現在に戻る。
巨大兵器を抱えているために到着の遅れている栗花落機を除く全員がビックフィッシュと対峙する。
各々が得意とする位置につくと息を合わせて戦端を開いた。
「ただの電子支援機と思うなよ。火力と装甲も、重戦闘機並にはあるさ」
「図体だけのウスノロなどただの的だ‥‥、問題ない」
「挨拶代わりだ、受け取りな!」
補給線の上空を旋回するビックフィッシュを無人地帯へと誘うため、つーのI−01「ドゥオーモ」が火を噴き、続けざまにルナ フィリアの84mm8連装ロケット弾ランチャー、二三男のG放電装置が放たれた。
それらの攻撃を察知したビッグフィッシュは迎撃のために放電する。
ドゥオーモとロケット弾と電磁弾、ビッグフィッシュの放電とかぶつかり合い、凄まじいとしか形容できないほどの雷撃が空に走った。
大気を揺るがし引き裂いた轟音と閃光。
雲上で行われる地球人類と地球外生物兵器との戦闘。その激しい開幕に、この瞬間、プリモルスキー地方にある地上のありとあらゆる生物が空を見上げた。
立ちこめる爆煙を押しのけてビックフィッシュが傭兵達のKVへと迫る。
傭兵達は散会し、各々が無人地帯へと機首を向け、誘い出そうと動く。釣り針に掛かったビックフィッシュは傭兵達の目論見通りに進路を取り、その身を無人地帯の上空へと運んでいた。
ビッグフィッシュが完全に無人地帯に入り込んだところで、いよいよ本格的な攻撃に移る。
「変態ハヤブサの妹分らしく、飛ばして行きますっ!」
亜夢は愛機、シラヌイの機動力を最大限に活かし、砲撃の合間を縫って立ちふさがる巌のようなビッグフィッシュの懐へと切り込んで行く。
ヒレらしき形の部位に接触スレスレまでに接近、その裏に隠れていたプロトン砲に火線を集中させる。
「堕ちなさぁあいっ!!」
プロトン砲を破壊し一時の離脱を計る亜夢機に向けて収束フェザー砲が放たれる。
回避が絶望的だと思われるほどにばらまかれる光線、被弾の衝撃にシラヌイが大きく揺れる。
「くっ、まだアームが削られただけっ!!」
試作型AECを発動させ光線に対する抵抗力を増やすと同時に、超伝導アクチュエータVer.2を用いて機動力を底上げする。
しつこく亜夢機を追う砲台に命のディアブロから発射された短距離高速型AAMが突き刺さった。
仲間のファーストアタックの際に砲台の位置を確認していた命は、ビックフィッシュに備え付けられたそれらを確実に、徹底的に潰すべくミサイルを丁寧に打ち込んでいく。
ビッグフィッシュは全長200mという巨体のうえにもともとは輸送艦である。どう補おうとも機動力での劣勢は覆りそうにもないため、攻撃を回避することを放棄しており、かわりに重厚な装甲と多彩な兵装を持たされていた。
されば戦法は一つしかない。撃ち合いだ。敵が落ちるのが先か、自分が落ちるのが先であるかの。
それを証明するかのようにビッグフィッシュの攻撃は激しさを増して行く。
「なんの!撃ち合いなら負けませんよっ!」
自機に向かって打ち出された鱗状の装甲をレーザーガトリングで打ち落とす亜夢。
近接は避け、距離を保ってたルナフィリアは唇を湿らせ、操縦桿を握りなおすと兵装のトリガーを押し込む。
「的がでかい分狙い易い‥‥全弾、持っていけ」
UK−10AAEMと84mm8連装ロケット弾ランチャーが次々に発射される。
「鷲羽が来るまでに砲台潰して、装甲を削っとかねぇとな!」
ルナフィリアの対となるように適度な距離を保ち、127mm2連装ロケット弾ランチャーで仕掛けていた瑛の攻撃もほぼ同時に着弾、相乗して、大きな効果を上げた。
「試してみるとしよう、コイツの性能を」
ミサイルを撃ちきったその後、ルナフィリアはRA.2.7in.プラズマライフルの射程内にまで機体を接近させ、銃撃する。プラズマライフルが鱗状の装甲を剥がし落とすかのように穿って行った。
二三男はきわめて冷静に、間断なく続くビックフィッシュの砲火にも怯むことなく、マイクロブースターにアリスシステムを発動させると手数勝負、とばかりに掃射を開始する。
攻撃の応酬の中、つーはビッグフィッシュの動きをしっかりと観察していた。
「パターン作りごっこには慣れているのでな──‥っと、酒が零れるじゃないか」
攻撃パターンを掴みかけたところに思いも寄らない角度から来襲したミサイルをスレスレで回避。その際、つーにとって『命の水』である酒を零しそうになり、苦笑う。
些か危ないところがあったものの、おおよそのパターンを把握しきったつーは、細かく回避行動を行いながら巨体に接近する。
「──基本は速攻だ」
煙幕装置を用い発生させた煙の中に機体を隠し、レーザーガトリングと突撃仕様ガトリングを交互に使用して弾幕を形成。牽制を行いながら砲台を破壊し攻撃手段を削り取って行った。
傭兵達の猛攻に晒されたビックフィッシュは、随所から黒煙を吹き上げ、金属片を空中へと散らしながら苦しげに身を捩る。
「サンタクロースへ、そろそろプレゼントを頼む」
頃合いを見計らったルナフィリアの声に応え栗花落からの通信が入る。
「サンタクロースよりトナカイ各機へ、これよりプレゼント配送を行う」
ビックフィッシュの進路上、真正面に現れたのは『巨大ミサイル「CHRISTMAS TREE」』を抱えたアジュールだった。
「皆巻き込まれないでね!」
警告に従い、傭兵達は即座に離脱する。そこには巨大に鈍重な魚だけが残された。
照準機を覗き込みながら、眼前に迫るビックフィッシュの半開きのままにになった口に狙いを定める。
『皆も協力してくれてるんだから絶対外せないっ‥‥』
ミサイル誘導システムを起動する。
『このツリーには人々の希望と研究者の熱意、伯爵の浪漫にボクの想いが詰まってるんだ‥‥外すわけがない』
トリガーを引く。
「いっけぇーーーー!!!」
戒めから解き放たれた、巨大な、夢と希望と汗と涙の結晶はまっすぐにビックフィッシュへと向かって飛び出す。
この時、傭兵達はりんりんと響く鈴の音ほんの一瞬ではあるが聞いていた。
「コイツもついでに貰っておきな!!」
瑛は最後の最後に、と取っておいたG放電装置をアグレッシブフォースを付加し発射する。
「ちょっと早いが、我々からのクリスマスプレゼントだ。メリークリスマス、バグア」
つーと亜夢の一斉射撃もそれに続き、そして。
──轟音──
──閃光──
──爆煙──
やがて静けさを取り戻そうとする気圏。
ビックフィッシュを粉微塵に打ち砕いたミサイルの爆煙が蒼穹にクリスマスツリーを思わせる形を描き出していた。雪のかわりに、粉砕された破片がばらばらと舞い落ちる。
その光景に、痛快でたまらない、といった具合に瑛は膝を叩いて快哉を叫び、亜夢は
「う、うわぁ‥‥すっごい‥‥。クリスマスプレゼントと言うにはちょっと穏やかじゃないですね‥‥コレ」
花火だと思えばいいのかな‥‥、とほんの少し引きつった笑みを浮かべた。
「少し早いけどメリークリスマス、世界中に夢を届けたいね♪」
栗花落はクスクスと笑いながら、成功に胸をなで下ろした。
こうして、ビッグフィッシュは傭兵達の猛攻と夢と希望と汗と涙の結晶の前に打ち砕かれた。
「次があるならマッコウクジラでいらっしゃい!」
とは亜夢の弁である。
穏やかな静寂を取り戻した大空を傭兵達は快い達成感を胸に飛ぶ。
「フム、仕事の後の一杯はまた格別だな」
つーは瓢を傾け酒を口に含み飲み下した。喉元を下り、胃の腑に落ちる酒の滑らかさに満足そうな笑みを零した。
「帰ったら皆でツナサシミでも食べに行かね?いや、深い意味はないが」
「味見しろってことね」
ルナフィリアの提案に栗花落がころころと笑う。
「そうそう、知ってるか?サンタのトナカイには全部名前があるんだぜ。歌詞に載ってるからな」
クリスマスにまつわる蘊蓄を語る瑛の言葉に、傭兵達はもうすぐ訪れる『年に一度の特別な日』へと思いを馳せた。
帰路へとつく傭兵達の翼の下では、そっと降り出した雪が地上一面の銀世界を作り出している。
無人地帯へと落下した異星の破片たちもそっと白い綿帽子を被っていった。