タイトル:【北伐】妖精乱舞マスター:敦賀イコ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/10/28 21:51

●オープニング本文


●殲滅共鳴『ハーモニウム』
 その目的はともかく、極東ロシアの鉱山の動きが活発になっている事実は、衛星軌道を押さえたバグアには筒抜けだった。しかし、防衛に戦力を割かねばならぬ現状、その妨害のために戦力を割くことは困難だ。
「それで、戦力を出せと? うち(グリーンランド)がカツカツなのは知ってるだろう」
「‥‥実験部隊『ハーモニウム』だったかな。余り僕が面白いと思う素体はいなかったけれど。アレ、使えないものかな?」
 瞳孔を細めるハルペリュンを、イェスペリは一瞥した。
「アレか。役に立つかどうか。いや‥‥」
 考え込むイェスペリ。力には、それに合わせた使い道がある。その特性が敵に知れていないならばなおの事。黙した彼の顔を、異形のバグアが覗き込んだ。
「少なくとも、子供の強化人間ばかりというのは悪くないよ。人間は、外見に騙されやすい種族だからね」
 ハルペリュンは、青白い触腕をゆらゆらとたなびかせてそれだけを言う。
「‥‥気に入らん、な」
 イェスペリが吐き捨てるように呟いたのは、ハルペリュンの言葉の中身、そしてその言い分に従わざるを得ない自分も、だった。


●どうしてこうなった
 現在、急ピッチで進められている極東ロシアの開発。
 今の今まで手付かずに残されていた豊富な資源は、慢性的な資源不足に窮していた人類側にとってまさに宝の山であった。
 鉱山会社を始め、建設業、機械業と様々な職種の企業が流入し、さながらゴールドラッシュの様相を呈している。

「助けてくれェェェ!!悪魔が、悪魔が出たぁぁ!!」
 採掘基地周辺の哨戒に出ていた警備員が半狂乱で帰還した。
 極度に脅えきり、パニック状態に陥っていた彼らをどうにか落ち着かせ、詳しい話を聞きだしたところ『とてつもなくおぞましい姿のキメラ』と遭遇したということだった。
「どうやら、これが例のキメラのようです」
 警備員が命からがらにして逃げながら撮影した写真には、盾と巨大なハンマー持ち、小麦色に焼けてぬらりと光る屈強な筋肉を身に纏う男(頭部は黒牛)の姿とひょろ細く青白い身体の男(頭部は馬)の姿が映し出されていた。何故か二名(二頭?)ともカラフルなビキニパンツ一丁である。
 また、別の写真にはキメラを指揮していると思わしき強化人間の姿もあった。強化人間はどこかの学校の女子制服のような服を着た金髪の少年であり、虎のようなキメラの上に腰を下ろしている。これの出で立ちもまた奇抜で、上着の袖口にはこれでもかというくらいレースをあしらったカフス、プリーツスカートは膝上20cm、アーガイル模様のレギンスに紅白のロンドンブーツ、髪型に至っては左半分が刈り上げテクノカット、右半分が姫カットボブ、止めに真っ赤なフレームのハート型サングラスを乗せている。
「こ、これはっ‥なんというおぞましさだ‥‥」
 額を付き合わせるようにして写真をのぞき込む警備担当者二人。
「何か‥‥グリーンランドでも同じ会話してそうな気がしたんですけど、一瞬」
「‥‥奇遇だな。私もそう思う」

 ともあれ。どんなに馬鹿げていてもキメラに強化人間とくれば大変な脅威であり、採掘基地に被害が及べばその損害はあまりにも大きくなるだろう。
 この障害を速やかに排除するべく、UPC軍はULTに傭兵の派遣を要請した。


●参加者一覧

幡多野 克(ga0444
24歳・♂・AA
夕風 悠(ga3948
23歳・♀・JG
柊 理(ga8731
17歳・♂・GD
深墨(gb4129
25歳・♂・SN
クラリア・レスタント(gb4258
19歳・♀・PN
マルセル・ライスター(gb4909
15歳・♂・HD
佐月彩佳(gb6143
18歳・♀・DG
エリノア・ライスター(gb8926
15歳・♀・DG

●リプレイ本文

●ボケの飽和・ツッコミ一人
 現場へと向かう高速移動艇内。
「柊です。皆さんよろしくお願いしますね。」
 仲間に向かって礼儀正しく笑顔で挨拶を行う柊 理(ga8731)の心情は、表情の爽やかさに反比例していた。
 今まで報告書でしか見た事が無かった『モノ』を実際に見る事になる、少しの興味もあったが、やはり正直言って拒否感の方が大きかった。
「‥変態さんに、強化人間まで‥。バグアは一体‥何をしたいのかな‥」
 解せぬ、とばかりに幡多野 克(ga0444)が眉を顰めて呟く。それに同意を示そうと口を開いた夕風悠(ga3948)だったが、悠の言葉の前に克の声が響く。
「‥大体‥食べれないキメラに‥価値なんてないよ‥‥」
「うん。食べられない馬に牛には用はないから、さっさと倒してご飯を食べよう」
 佐月彩佳(gb6143)がさも当然といった具合に相づちを打つ。
「ちょ、キメラは食べられるか基準なの!?」
 悠のツッコミは尤もだった。
 そして全身ツッコミ待ちのマルセル・ライスター(gb4909)はもじもじとメイド服のスカートの裾を気にしていた。
「目には目を歯には埴輪って言うだろう!さァ馬鹿兄貴、これを着ろ!! いや、策なんてねーけど?強いて言うならなんとなく面白いから?」
 出発前、妹であるエリノア・ライスター(gb8926)に押しつけられたメイド服を律儀に着込んでメイクまで完了させているのだから、それはもうどこからツッコミを入れたらよいのかと。
 ものを言いたげな悠の視線にマルセルは慌てて荷物を探る。
「で、でもまぁ、武器はちゃんと持ってきたんでっ、えーと‥そうこれこれ、これからの季節はやっぱりおでんだよね。俺は厚揚げと昆布巻きは欠かしませんね。無論大根も‥って、なんでやねん!」
 手にした『おでんそーど』を存在するはずのないエア相方に向かって叩きつけるマルセル。
「一人でノリツッコミしちゃいましたよこの子!?」
 常識人である悠のツッコミが間に合わない。
 奇妙なキメラの話を噂に聞いていた深墨(gb4129)は興味を抱いてこの依頼を受けたのだが、キメラを見る前に奇妙な同行者を目にして微妙な表情で眼鏡のブリッジを押し上げた。
 その片隅でクラリア・レスタント(gb4258)は酷く遠い目をして仲間達のやりとりを見守っていた。


●Попытка не пытка
「アッハ!よく来たね〜ェ、傭兵(ベイビィ)ちゃん達ィ〜」
 現場では傭兵達を待っていたかのように強化人間がメカっぽい虎型キメラの上で身をくねらせた。
「ボクのかわいい妖精(フェアリー)ちゃんと踊(ダンス)ってくれるよね」
 牛馬キメラは傍らに控え、恭しく頭を垂れて主人である強化人間の命令をじっと待っている。
「あ、あれは確かにおぞましいっ‥」
「んー。あれは違くないか?私からすれば、靴下左右違うくらいのモンにしか見えん」
 LHには自分の兄も含めて並外れた変態が多いからこの程度なら驚くこともない、とエリノアはそう断じていた。が、格好だけならまだしも、動作に声が付くと『生理的な気持ちの悪さ』が倍プッシュされるもので。
 上辺の格好だけではない、芯から真性の変態を前に悠は身を震わせた。
「キモッ‥!」
 オブラートもワンクッションもなく大変正直な感想が口から出てくる。
 クラリアは強化人間とキメラの姿を視認した次の瞬間には、身を翻して逃亡を図っていた。
 悠が慌てて宥めるが、クラリアはショックで覚醒し涙目でもって訴える。
「ここにキメラなんていマせん!居ルのは常軌を逸しタ凄絶で形容し難ク不快極まりナい変態しか居なイじゃないでスかっ!!」
 その横で深墨も力無く首を左右に振った。
「‥もっと、少しは笑えるのを期待してたけど‥うん、軽い気持ちで見てみたいとか言ったことは謝ろう‥だから許してくれ‥‥」
 二人の状況を言い表すとしたら超ドン引き。マジドン引き。
「‥もうお腹一杯だから‥帰っていい?」
「帰りたい帰りたい聞いてない聞いてない‥‥」
 極東ロシアの大空を南へ向かって飛んで行く雁の群に思いを馳せる深墨。
 両手を耳にあてて小声でぶつぶつと呟き手動ノイズキャンセリングで現実逃避を行っているクラリア。
 精神的ダメージだけで負けてしまう、これではいけない。と持ち前の生真面目さで気力を振り絞った悠は声を張り上げる。
「あなたは一体何なんですか!」
 その一声を切欠にして仲間達も口を開く。
「‥っていうかこのキメラは何を意図してるの?」
「好きな食べ物は何?ちなみに私の今はまってる食べ物は、芋けんぴだよ」
 理が拒絶反応をどうにか抑えながら、また、それとは対照的に、食べ物以外には頓着しない彩佳がごく自然な態度で問いかけた。
 強化人間は自分に興味を持った傭兵達に上機嫌な様子でしなを作り微笑んだ。
「ンッフフ〜、ボクの名前は‥そうだな、Qとでも名乗っておこう。好きな食べ物はハンバーガーの中のピクルスッ」
 ウィンクをしながら投げキッス。80年代アイドルをこじらせたような巫山戯た動作が実に腹立たしい。
「そ・れ・と、バグアがキメラを嗾けるのに理由はいらないよねェ」
 粘着質な笑い声と同時にメカ虎キメラを後方に跳躍させ、牛馬キメラに命じる。
「さぁ、ボクのかわいい妖精ちゃん、やぁ〜っておしまい!」
 アラホラサッサーとの声こそ無かったものの、牛馬はすっくと立ち上がると傭兵達に襲いかかってきた。


●へんたい が あらわれた!
 襲いかかるキメラを傭兵達は二手に分かれて迎撃する。

「こうしてみるとごく普通のミノタウロスだな。色黒だしよ。んだよ、変態キメラが出るっつーから依頼受けたのに、ガッカリだ」
 エリノアは(彼女からすれば)半端な出来合のキメラに不満げに鼻を鳴らす。
「おい、てめぇ、ブリッジしながら跳ね回るくらいの芸当できんだろうな?」
 変態に動じるどころか、その変態度に不満を連発し挑発しまくる。
 それにキメラは尻を振って応えるが
「オラオラもっと腰を入れやがれ!それでも貴様、芸人か!」
 ハードルは高いようでエリノアはヤジを飛ばしなぶり続けた。
 ある意味サービス精神満載のキメラに、猫槍「エノコロ」を手にした克がくすぐり攻撃を開始する。
 頭は黒毛和牛だというのに食べることの出来ない、見た目も最悪というキメラを目の前にして、非常に珍しく嗜虐心が昂ぶっており、急所突きを応用して脇などの皮膚が薄く敏感な箇所を的確に狙い続ける。痛みではなく、快楽のダメージを(しかも絶え間なく)与えようという心づもりであった。
「ふふ‥‥存分に味わい苦しむといいよ」
 鬼畜眼鏡ここに光臨。きらりと輝く眼鏡が眩しい。
「焼肉、すき焼き、牛丼‥食べ物の恨み、晴らさせてもらう!」
 くすぐり攻撃に身悶えている牛キメラを目にして理は本気で引いた。百聞は一件に如かずという諺が頭の中でリフレイン。
「う、わ‥‥」
 キメラに攻撃すると言うことは自分の刀をキメラの身体に接触させることであって、刀は無事ですむだろうかいろんな意味でという心配が脳裏を駆けめぐったが、覚醒しテンションの高くなっている理は腹を括る。
「え〜い、ドンと来いだ!英語で言えばドントカム!」
 牛キメラはふんもっふと鼻息を荒げ涎を垂らしながら理に顔を向けた。
「さぁ来‥‥やっぱ来なくてもいいや!」
 ボクは君を拒絶する!とペイント弾をこめた小銃を発砲。
 外見だけでもどうにかしようとありったけのペイント弾を撃ち込む理だったが、キメラの肌には撥水性があったのか、一旦付着した塗料がゆっくりと流れ落ちて行く。蛍光色の塗料が小麦色の肌と筋肉の凹凸を這うように伝う様は正視に耐えないものだった。
 声にならない悲鳴が喉の奥で反響する。
 彩りをありがとおお!と嬉しそうにキメラはハンマーを振り回しながら理に向かって突進する。ハンマーをバックラーで受け止めたものの衝撃は大きく、理は思わずよろめいた。好機到来とキメラがハンマーを振りかざすが、その腕を弓矢が穿ち攻撃の機会を潰し去った。
「あ、ありがとうございます!」
「どういたしまして!」
 よりおぞましくパワフルになっていたキメラの姿に鳥肌を立てながらも、悠は長弓を操り仲間に危険が及ばないよう、牛キメラが回復能力を持っている馬キメラと接触しないように援護と牽制を続けていた。さらには後方へと下がっていった強化人間のに留意し警戒を怠らずにいる。
 変態合戦が恙なく行われたのは彼女の功労あってのことであった。
 そして、頃合いを見ていたエリノアが不敵に笑う。
「クックック‥。いいだろう、合格だ!‥‥よぉし、褒美だ、しっかり受け取れ!」
 高笑いと共に、スキルにより威力を増した超機械を連発し始めた。
「うん?これが気持ちいいのか?どうなんだ、んん?素直に言ってみろ、欲しいんだろ?この卑しい家畜がぁ!」
 竜巻に翻弄されるキメラ。
 響き渡る高笑い。
 どちらがよりアレなのか。答える者は誰一人いなかった。

 その一方の馬キメラ。

「人参で釣れるかも。甘くて美味しいよね人参」
 彩佳のどこかのんびりとした提案をマルセルが実行に移す。
「ほ、ほーら、野太くて逞しい人参さんだよぉ?」
 兎刀「忍迅」を馬キメラの鼻先にちらつかせ、十分に興味を引いたところで牛キメラから引き離そうとバイク形態のAU−KVを走らせる。
「こ、こっちだぁぁあ!‥って、キィヤァア、見ないでぇえっ」
 スカートの裾が風に煽られるのを必死に押さえるマルセル。コスプレに完璧を求め、女物の下着まで身につけていることを周囲に知られるわけには行かなかった。
 その間クラリアは剣の腹だけをジッと見つめて呟き続けていた。
「消そう、まず消そう、すぐ消そう‥ふ、フフ‥‥‥」
 牛と馬の距離がじゅうぶんに離れた頃を見計らい、迅雷で一気に馬キメラに迫ったクラリアは紺碧の曲刀を振るう。遠心力を利用した一撃で薙ぎ払うように、力強く踏み込んで剣に重心を乗せ、斬りつける。
「お前ノっ!せいでっ!思いッ!出しっ!ちゃっタ!じゃない!」
 それは平素の大人しさを微塵も感じさせない荒々しさだった。
 クラリアは以前に遭遇し、記憶領域の奥底に沈めて厳重に封印していたはずのおぞましいキメラの姿を思い出し、また、眼前のキメラの姿に恐慌状態っつーかバーサク状態に陥っていた。
「忘れっ!たかったっ!のにっ!またっ!またっ!またっっ!!」
 震える涙声があまりにも痛々しい。
 激しい剣の舞から這々の体で逃れた馬キメラに彩佳が迫る。
「そんなひょろひょろじゃ私に勝てない、よ」
 両手に持った片手槍を一方は喉元、もう一方は脇腹を狙って巧みに操る。
「ちょいやー」
 一撃のダメージはさほど大きくないものの、蝶の様に舞い、蜂のように刺すの精神で幾度も繰り出される攻撃は馬キメラにダメージを蓄積させていった。
「ちょこまか動くんじゃねぇ」
 気配を消し去り、物陰に潜行していた深墨は動き回る馬キメラの足を狙おうと、瞑目し長く息を吐く。
 雑念を払う為の自己暗示を終えて開かれた瞳は冷徹な銀色をしており、無慈悲な狙撃手としてスコープを覗き敵を見据えるが
「だぁっ、ちくしょー‥こんなに心が乱されるんじゃ覚醒した意味がねぇ‥」
 心が折れそうになる深墨。
 そんな深墨の心中を知ってか知らずか馬キメラは血塗れながらもひらひら踊る。
「あったまきた‥‥後で、馬刺しにしてやる」
 怒りのこもった弾丸は見事に馬キメラの脚部を貫き、機動力を奪い去った。
 到来したチャンスにAU−KVを装着しようとしたマルセルだったが、メイド服に皺が付くという理由であえて装着せずに戦うことを選んだ。貴族のステータスシンボルであり、顔となるべきメイドの身嗜みに一点の曇りがあっていいものか。
「否、断じて否ッ!」
 男気があるのかただのホニャララなのかは誰にもわかるまい。
「君が、泣くまで、殴るのを、止めないッ!」
 パンツ一丁のひょろほそい馬頭キメラに人参刀で殴りかかるメイド美少年。そんな地獄絵図。
 やがて倒れた馬キメラの尻に止めとばかりに忍迅を突き刺し『成敗!』とポーズを取るマルセル。テンション上がりすぎである。


 ほぼ同時に二体のキメラを倒した傭兵達は、大した怪我もなく合流した。
 倒れ伏した牛キメラを目にした彩佳は槍を構えてぽつりと呟く。
「闘牛士って牛のお尻に槍を刺したら英雄、なんだっけ?」
「女の子がそんなことやっちゃ駄目ですようっ」
 慌てて悠が止めに入る。
 キメラを倒したものの、一向に怒りがおさまらない深墨はキレ笑いながらQに銃口を向け発砲する。
「ふ、ふふ‥あいつだよな、アホなキメラを造りやがった大馬鹿野郎は‥!ふざけた格好しやがって‥!」
 銃撃に反応したメカ虎キメラが跳躍し地を駆ける。一瞬にしてメカ虎キメラwithQが深墨の目前にまで迫った。それはドラグーンの『竜の翼』に酷似した技であった。
 メカ虎キメラは口を大きく広げ何かの液体を吐き出した。深墨はそれを間一髪で回避したものの飛沫を浴びた衣類が溶け出す。
 強力な酸であるらしく地に落ちた液体は音を立てて草木や石を溶かす。しかも見た目が最悪で、粘液質の明るい茶褐色に溶けかけた何か半固体が混じっていた。ぶっちゃけ吐瀉物にそっくり。
 こんなものをくらったらそれはもう、心身共に酷いことになっていただろう。
「〜〜ッ!!」
 怒りやら驚きやらいろいろな感情がごっちゃになって声も出ない深墨。
「外れちゃったァん」
 Qは戯けて笑い、メカ虎キメラを再び跳躍させると傭兵達と距離を取る。
「今日の所は帰るねぇ。地獄門の門番を倒した君達には今度、もっとスゴイの見せてあげるからねェ〜」
 言うや否やその姿は一瞬にして遠ざかった。先ほどと同じく『竜の翼』に酷似した技を使ったのだろう。
 深追いをするべきではない、と傭兵達はその場に留まりしばし警戒を続け、他のキメラが現れる様子も、強化人間の攻撃も無いとわかった時点で各々が武器を収め覚醒を解く。
「あれはやっぱり地獄の門卒、牛頭鬼馬頭鬼を模っていたようですね」
 合点がいったという具合に理が頷く。事前情報で牛と馬のキメラと聞いた時からそれを連想していたのだ。
「それじゃ、今度はもっと酷いのが出てくるってことでしょうか‥?」
 悠の言葉に全員が一様に押し黙った。
「俺もう‥疲れたよ‥考えたくない‥」
 持参してきた『はっかったのソルト!』を取り出してばっさばっさと振りまきながら克が呟く。

 ロシアの広大な大地に秋風が吹き抜けた。

 高速移動艇が傭兵達を迎えに来る間、戦闘後の腹ごしらえとばかりに『レーション「ビーフシチュー」』を食べ始める彩佳。
「うん、美味しい。みんなも食べる?」
 暖かいご飯の匂いに癒しを求めた傭兵達は、遠慮することなく相伴に預かった。

 今日この日。
 日々の出来事を日記に綴っているクラリアだったが、該当するページには何一つ書かれていなかったという。