●リプレイ本文
●BL(Bousan Love)
「今回は最速で現場への到着を目指す必要があるな」
白鐘剣一郎(
ga0184)は高速移動艇での移動中に依頼の緊急性を再確認していた。
要救援者が現在進行形でキメラ二体に襲われているということに加え、それを助けに行こうとしている一般人の少女、春子がいるという事前情報に形の良い眉を顰める。
春子は女子高生というよりは女学生という言葉がしっくりとくるような純朴な少女だった。耽美で背徳的な何かをご期待の紳士淑女の皆様には申し訳ないが少年ではない。
話がそれたが。
春子を戦闘区域に入れさせるというのは、春子自身の身の安全も含め様々な不都合が発生する可能性が高い。傭兵達は件の寺への移動中に捕捉しておいた方がよいだろうとの結論を出した。
「まずは春子の身柄を確保。以降は打合せ通りだ。急ごう」
寺へと続く長い石段の手前で、高速移動艇を下りた傭兵達は剣一郎の声に頷き、石段を駆け登る。
山肌にへばりつくようにしてつづら折れに続く石段は思った以上に勾配がきつく、所々崩れ欠けているのと相まって足下をすくう。
焦る気持ちに拍車が掛かるが、幸いなことに春子の姿を石段途中の踊り場で発見した。両膝に手を突いてぜえぜえと肩で息をしている。いくら若いとはいえ、このような急勾配の石段を往復しているのだから体力もほとんど限界だろう。だが、春子は顎に伝う汗を掌で拭うと石段に立てかけていた金属バットを手に取り顔を上げ、走り始めた。
「おおい、いいかお嬢さん、キメラにはFFってのがあってだな通常の‥‥っ」
石段下から声をかけたアンドレアス・ラーセン(
ga6523)に気付いていないのか春子は振り向きもしない。
「‥‥駄目だ聞いちゃいねぇ」
やれやれと首を左右に振るアンドレアス。
「坊さんの無事が判りゃおとなしくなるだろうし、とっとと片付けて邪魔者は退散するとすっか」
勿論、邪魔者ってのは俺らとキメラ、両方だがな。とも付け足す。実に粋な男であった。
「金属バットと‥ヘルメット‥‥あんな装備でキメラに立ち向かおうと‥‥。それだけ‥‥雲水さんのこと‥想ってるって‥‥ことだよね‥」
春子の姿を確認した幡多野 克(
ga0444)が嘆息を漏らす。
「雲水さんの為に形振り構わず、か‥‥ちょっと羨ましいね。そこまで誰かの事を想えるってことが」
少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべた深墨(
gb4129)は本心なのか虚心なのかどちらともとれない呟きを零した。
「彼を助けたい気持ち、俺たちに預けてみないか」
追いつき、はっきりと声をかけた剣一郎に春子がハッ、と振り返る。
到着した八人の傭兵達の姿に安心したのか、驚きに見開かれていた春子の目に涙が浮かぶ。
「‥‥信乗様が、信乗がっ‥‥」
感極まったように金属バットを握りしめ、ヒックとしゃくりあげる。
必死なのだろう、汗と涙で顔をぐしゃぐしゃに濡らしながら「助けてください、お願いします」と傭兵達に何度も何度も頭を下げた。
「任せてください、私達が必ず雲水さんを助けます!!」
ひたむきな乙女心に共感を覚えたナンナ・オンスロート(
gb5838)が拳を握り、諸々の凶悪な武装を展開して意気込んだ。
少々複雑な恋愛事情のただ中にいるナンナにとって、片思いで頑張っている春子の姿に感じ入るところが多かったのだろう。
ちなみに、ナンナ自身は相手が別の女性と相思相愛で且つ『気心の知れた戦友』扱いという不毛な立場に置かれている。それを知る人間には「愛人属性だ」とまで言われ、自分でもそれを否定できないと言う状況であるらしい。頑張れ。
「いいか、絶対無茶すんなよ!無事は俺らが確認してやっから!」
アンドレアスの念押しに、こくこくと頷く春子。
「そうだ、俺達に任せてくれ!」
「何も心配はいらないからねぃ」
ゼンラー(
gb8572)と館山 西土朗(
gb8573)は爽やかな力強い笑顔を浮かべ、サムズアップをしてみせた。
「お、お願いしますっ、お願いしますっ」
地獄に仏を見たかのようにがむしゃらに救いを求め、春子は傭兵達に深々と頭を下げる。
「‥‥由が一緒に行くから、ね‥?」
南桐 由(
gb8174)はしゃくり上げ続ける春子の背中を優しくさすりながら、励ますように微笑みかけた。
●
「何処にいやがる‥‥俺の耳から逃げられると思うなよ」
キメラの奇襲を警戒し、かすかな異音も逃すまいとして注意を続けていたアンドレアスの耳に戦闘音が届く。
春子を由に任せて一足先に寺の境内へと辿り着いた傭兵達。
そこでは、地面に倒された雲水がキメラの爪を錫杖でどうにか防いでいた。
もう一体のキメラがとどめとばかりに雲水へと飛びかかるが、克の月詠がその牙を折る。
「春子さんが来る前に決着をつけないといけない‥‥。悪いが、手加減はなしで行かせてもらう」
滴る月光のような刃紋を持つ刀を正眼に構え、キメラを威圧する。さらにはアンドレアスが威嚇の空砲を放つ。
思いも寄らない闖入者達にキメラ達は翼をばたつかせながら空へと引き上げ、様子を伺うように傭兵達の頭上を旋回する。
「かたじけない。ご協力感謝いたします」
雲水はどうにか立ち上がり、錫杖を構えなおすが西土朗がそれをそっと制した。
「坊さんを守るのが俺達の仕事だ。それに‥‥坊さんに惚れてる人もいるしな!」
惚れている人、との言葉にきょとんとする雲水。どうにも心当たりが無いような素振りに西土朗は思わず苦笑した。
「何とか間に合ったようだな。大丈夫か? 後は任せて‥‥いや、戦えるなら共に行くか」
抜刀し、頭上のキメラを見据えながら剣一郎が雲水に尋ねる。
雲水は傭兵達の顔を見回し、やがて首を振った。
「‥‥いえ、今の私では皆様の足手まといとなりましょう。申し訳ありませんがここはお任せいたします」
ゼンラーはその間に由と無線機で連絡を取っていた。
「雲水さんのほうは大丈夫よ、安心しててねぃ」
ゼンラを信仰するカッ飛んだ破戒僧といえども人心を慮ることは忘れていない。
「春子たちが到着するまでにケリを着ける。行くぞ!」
「援護は任された!一気に畳んじまえ!」
傭兵達はかねてからの打ち合わせ通り班に分かれてキメラを迎撃する。
前衛A班に克、ナンナ、アンドレアス、B班に剣一郎、西土朗、ゼンラー、遊撃に深墨。
二体のキメラに一班ずつ当たると言った形だ。
アンドレアスの錬成強化を受けたナンナが未だ空にいるキメラに向かって小銃S−01を発砲する。
貫通弾を片翼に受け、重力に曳かれ高度を失うキメラ。そこへと克の月詠、武器を持ち替えたナンナのメイスが迫る。
克の切っ先は再び空中へと逃げ出さないようにと残ったもう片方の翼を切り裂き、ナンナのメイスが止めとしてキメラの額を叩き割った。
他にもっと強力な武器を所持しているナンナであったが「なんとなく鈍器で滅多打ちにする必要があるような気がしたから」という理由でメイスを使用していた。
もう片方のキメラに対峙するB班。遊撃にまわり、気配を絶っていた深墨が地上に気を取られているキメラの隙をついて両翼を正確に撃ち抜く。
「人の恋路を邪魔するキメラは‥‥俺に殴られ地獄に落ちろ!」
地面に落ちたキメラの注意を盾を構えた西土朗が引きつける。翼が駄目ならまだ牙も爪もあると攻撃態勢を取るキメラだったが、足にメイスによる一撃を受け、武器である俊敏さを潰された。
その後ろではゼンラーが錬成強化による援護を行いつつ、仲間の負傷を瞬時に治療できるようにと回復の手はずを整えている。
西土朗が注意を引いている間にキメラの死角へと回り込んでいた剣一郎が月詠を一度鞘に収め、腰を下ろす。
次の瞬間には一筋の、紅の剣閃がキメラを両断していた。
「‥‥天都神影流『奥義』断空牙」
血を払い、月詠を礼法に則り鞘に収める様は実に堂々たるものであり、歴戦の傭兵というものの姿を見事なまでに体現していた。
キメラはこうしてあっさりと退治された。
この場に集まった傭兵の経歴と実力を考えれば当然の結果である。
●想い想い
「しかし2体だけとは言え、何故此処が狙われたんだ?」
「傭兵もやらずに1人でキメラ退治、ってのも謎だよな。よかったらでいいんだけどよ、事情を聞かせてくれねぇか?」
剣一郎の疑念にすかさずアンドレアスが同意を示し、雲水に尋ねる。あんま長く話してっとお嬢さんの視線が怖いな、と戯けつつも、人一倍の好奇心を隠せない様子であった。
ゼンラーも同じ能力者にして僧門にあるものとして事情が気になるのか身を乗り出して何度か大きく頷く。
雲水は穏やかな笑顔でご尤もです。と首を縦に振り訥々と身の上を語り始めた。
過去、雲水はそれなりに名をあげた傭兵であったが、バグアと軍との激しい戦闘に巻き込まれ、自分以外の仲間が全て戦死したという一件を機に、本部の依頼には参戦しない事を決めた。
能力者が本部の依頼に答えないということにULTは難色を示したが、諸国を巡り、UPCやULT‥‥大きな組織の手の届かないような零細範囲のキメラを退治して回るという雲水の申し出に、それならば、とようやく首を縦に振ったのだ。
仲間の菩提を弔うために各地の寺を巡りながら、また、キメラによる犠牲者を少しでも減らすために戦いながら、一人、旅を続けていた。
そして先日、1体のキメラを退治したが、そのキメラには仲間と呼べる関係にあった他のキメラがおり、本日襲撃をしてきた2体がそれにあたるという。
「今回は、大変特殊なケースであったと言うべきでしょう。通常、キメラに仲間の敵を討つとうとするといった自意識など与えられないものですから。何らかの実験体だったのかもしれません」
一通り語り終え、雲水は困ったような笑みを浮かべる。
「このようなことで皆様方のお手を患わせてしまったことにはお詫びしようもありません」
深々と頭を下げる雲水を克が制する。
「‥‥春子さんが‥‥一生懸命‥助けようとしてたから‥‥」
キメラに対し金属バットに安全ヘルメットで立ち向かおうとしていた春子の姿を思い浮かべ、どれだけ懸命に雲水を助けようとしていたかを克は語る。
あぁ、と嘆息し、雲水は眉尻を下げた。
と、その時、由が春子を伴って境内へと足を踏み入れた。
境内への道すがら、疲労困憊といった具合の春子に糖分補給のためのブドウジュースを勧めるなどして由は春子を労っていた。年齢が近い同性というのも良かったのだろう。ともすれば取り乱しかねない春子をしっかりと落ち着かせていた。また、ゼンラーの無線連絡もそれを助けていた。ただ、途中で由の愛読書絡みの話題が出た際には青ざめさせていたが。ちなみに、由の現在の愛読書は過激なガチ(略)モノらしい。
さておく。
由の気遣いで救急箱を手渡されていた春子は、境内に着くなり雲水へとまっしぐらに駆け寄り無事を確認する。
隠すこともせずに向けられた親愛の情に、雲水は丸坊主の頭に手をやり、照れきって受け答えた。
初々しく、実にほほえましいその光景を少し離れて見ていた西土朗は満面の笑みで大きく頷く。
「いいもんだな、若いってのは!」
その横で「日本の坊さんって女方面はアリなんか?」と呟いたアンドレアスを深墨とナンナが咳払いで牽制した。
「‥‥あの‥雲水さんに聞いてみたいことがあって‥‥」
春子による雲水の手当が一段落したところで由がおずおずと口を開いた。
由は先日請け負った依頼で「死こそが救いになる」と主張する強化人間に出会い、それが本当に正しいのかどうかを思い悩んでいた。もしかしたら仏教の教えでそういった行為があるのかとも。
そのことを雲水に打ち明けると
「死が救いである、と、そのような教えはありません」
きっぱりと言い切った。それから「私の個人的な意見ではありますが」と前置き
「正しいこと、正義とは無明なるがゆえに見える錯覚のひとつに過ぎません。実我から生じる正義は誰しも持っているものです。実我‥‥客観的な存在ではない自己から生まれたのですから、それは人によって千差万別であり、正義を持つ誰もが正しく誰もが間違っていると言えましょう」
雲水はいまひとつピンとこない風な由に微笑みかける。
「何れにせよ、沢山の事象が身の回りにありますが、それを前にした私たちがとれる行動と言えば『やる』か『やらない』かのどちらかしかありません」
「ま、それはそうだ」
「沢山に対し二つだけなんだから大変だよねぃ」
西土朗が同意を示し、ゼンラーが角張った顎を太い指で撫でさする。
「悩んで迷ってもいいんじゃねぇかな。結局の所、『絶対正解』なんてあり得ねぇんだしさ」
長い髪をさりげなく掻き上げながらアンドレアスはさらりと口にする。
由は少し首を傾げ、それからゆっくりと頷いた。
●秋風の別れ
山を下り、里の外へと続く国道に彼らはいた。
キメラとの戦闘を終えて一通りの片づけが済んだ後、このまま旅に出ると言い出した雲水に、春子の恋心を知り応援の気持ちを抱いていた傭兵達は少なからず非難めいた視線を送ったが、彼らの前で雲水は春子に深々と頭を下げた。
「お心を寄せていただけることは、大変嬉しく思います。ですが、お応えできない私をどうぞお許しください」
あまりに礼儀正しく、はっきりとした断りの言葉に春子が慌てる。
「いいんです。わ、私が勝手に好きになっただけですからっ」
この時、不思議なことに春子は理解していた。
雲水には絶対に違えることの出来ない道があり、春子の想いに応えそれを違えてしまえば、雲水は春子の惚れた雲水ではなくなってしまうことを、不思議なくらいにすんなりと理解していた。
見守る傭兵達も同じくそれを察し、口を挟むことなく黙していた。
各々の胸中にある種の切なさが去来する。
「でも‥‥信乗様のことを、ずっと好きでもいいですか?」
春子は涙がこぼれないようにと瞳をいっぱいに見開き、両手できつく上着の裾を握りしめながら、それでも笑顔で雲水に問いかける。
雲水は言葉を出さず、ただ微笑み返し、合掌し頭を下げた。
雲一つない高い秋空の下、国道沿いの田では黄金色に色づき頭を垂れる稲穂が風に揺れ、彼岸花の燃えるような紅が畦を縁取っている。
馥郁たる金木犀の香りの中、墨染めの衣が徐々に小さくなって行くのを春子と傭兵達はただ静かに見守った。