タイトル:氷原の妖精マスター:敦賀イコ

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/04/11 01:05

●オープニング本文


 グリーンランド。
 氷床と万年雪に覆われた極寒の大地。
 昼尚暗い北の荒野に悲鳴が響く。

「助けてくれェェェ!!悪魔が、悪魔が出たぁぁ!!」

 UPCグリーンランド基地周辺の哨戒に出ていた兵士二人が半狂乱で帰還した。
 極度に脅えきり、パニック状態に陥っていた彼らをどうにか落ち着かせ、詳しい話を聞きだしたところ『とてつもなくおぞましい姿のキメラ』が基地周辺で目撃したと言うことだった。


「どうやら、これが例のキメラのようです」

 哨戒に出ていた兵士が逃げながらも撮影した写真数枚がデスクの上に広げられる。

「こ、これはっ‥なんというおぞましさだ‥‥」

 上官は見るなりすぐさま瞑目し、口中で短く神の名を唱えた。

「‥このようなおぞましいものが動き回っていようとは、バグアめ‥‥」
「早速、ULTに駆除を依頼したいのですが」
「ああ、そうしてくれ。あのようなキメラ、生半では対処できまい。強靭な精神力を持つ能力者でなければな‥‥」

 上官は提出された書類に署名し承認印を押す。
 部下はそれを待つ間、ふと、写真に目を向けるとあることに気がつき、息を呑んだ。

「‥どうかしたかね?」
「‥このキメラ、スノーシューズだけはちゃんと履いてますっ」
「‥‥」

 写真には、黒く丸い顔に、つぶらな瞳、モキュっとした口元に生えた髭がチャームポイントのアザラシ‥‥の頭を持つ、妙に肉感的な男の姿が映っていた。
 逆三角形の上半身に丸太のような両腕、両足、ガッチリムッチリ見事なまでにビルドアップされた身体はこんがり小麦色に焼け、オイルでも塗っているのかテッカテカにテカっている。
 ごつごつと起伏のハッキリとしたした筋肉の隆起は見る人が見れば美しいと感じるだろう。
 そして言うまでも無く着衣は黒ビキニ一枚。
 足には部下が気づいた通りスノーシューズを履いている。

「何だかイラっときたのだが」
「正常な反応だと思います」

 上官は言い様の無い虚脱感に襲われながら重々しくため息をついた。

「‥‥バグアは何を考えてこんなものを作ったのだろうな」
「あー‥、疲れてるんじゃないですか?」

 部下と上官は顔を見合わせ、その後同時にため息をついた。

●参加者一覧

寿 源次(ga3427
30歳・♂・ST
ナナヤ・オスター(ga8771
20歳・♂・JG
桐生院・桜花(gb0837
25歳・♀・DF
山崎・恵太郎(gb1902
20歳・♂・HD
リヴァル・クロウ(gb2337
26歳・♂・GD
彩倉 能主(gb3618
16歳・♀・DG
ラルガ(gb5557
20歳・♂・FC
東雲 凪(gb5917
19歳・♀・DG

●リプレイ本文

●おいでませグリーンランド
 グリーンランド。
 北極海と北大西洋の間にある世界最大の島。大部分が北極圏に属し、全島の約80%以上が氷床と万年雪に覆われた氷の大地。

 海から気まぐれに吹き付ける風が、地表に降り積もった雪を上空に巻き上げる。地表すれすれに顔を出した太陽の光を反射して、雪の結晶がキラキラと輝く様は、喩えようも無く幻想的な光景だった。

 だが、グリーンランドに関するそんな文学的な表現はこの際どうでも良い。
 今、彼ら傭兵達は、目の前の現実のどうしようもない不条理さに直面し脱力していた。

 寿 源次(ga3427)の事前調査により周辺の自然条件の安全性は確認されており、現時点での危険箇所はキメラが存在してるというこの事実一点だけである。

 傭兵達の目の前に広がるのは北極海に面した海岸。凍り付いていない波打ち際にひしめく黒々としたアザラシの群れの中に一匹だけ、実に不自然な小麦色の何かがいた。
 その場にいた各々にそれぞれ思うところがあったが、確固として共通していたのは『これはひどい』という認識だ。何にってアザラシの群れの中に横たわりグラビアセクシーポーズをキめているキメラに対して。

 目線を虚空に逸らし、ひとつ息をつき、背を向けて無言のうちに帰ろうとした彩倉 能主(gb3618)を山崎・恵太郎(gb1902)が引き止める。

「いやいやいや、なんなのよあの『けいようしがたきもの』」
「氷の世界には異形のものどもがいるものだ」

 桐生院・桜花(gb0837)が思わず零した呟きにリヴァル・クロウ(gb2337)が淡々と応えた。
 ここは北極海であるのだが。

「なんというか、その、ひどいですね、うん。頭部がアザラシそのものだというのが二重にひどい。うん、ひどい」

 大事なことなので二回言うのはナナヤ・オスター(ga8771)彼の中で過去に経験した依頼によるトラウマが蘇ってくる。

「っていうか‥アレただの変態でしょ‥」
「‥アレってただの変態じゃないか‥」

 東雲 凪(gb5917)と源次とがほぼ同時に全く持って正しい評価を下す。
 そう、目の前にいるのはキメラという名の変態だ。
 微妙な空気を察したラルガ(gb5557)は、一同を励まそうと快活な声を上げる。

「変態なんて早くやっつけて帰ろう!」

 誰にも異存は無かった。


●かわいいアザラシ
 変態を前に殺気立ちはしても、か弱き野生動物に対して傭兵達は優しい心を忘れることは無かった。
 キメラとの戦闘でアザラシ達が傷ついてしまわぬようにと一時的に群れを移動させることにしたのだ。

「ほら!危ないから!どいてくれ!」

 源次がハリセンで地面を叩いて大きな音を立てる。ナナヤとリヴァルもそれに続き、能主と凪の二人がAU−KVの巨体を活かしてアザラシ達を追う。
 彼らの心意気が通じたのか、アザラシ達はよちよちと懸命に動き海岸を離れ海へと向かって行く。海に入ったアザラシの黒い丸い頭が波間にひょこひょこ見え隠れする。
 なだらかに続く氷原と灰色の海、モノクロームではあるが雄大な自然の景観。

「綺麗ですねー。見てると心が清められる感じかな。アザラシ、逃げる姿も結構可愛いなぁ」

 微笑を浮かべ凪が現実逃避気味に大自然の風景とアザラシを堪能しうっとりと眺めているその横で、うっかりとキメラの姿を視界に入れてしまった能主から「カチン」という音が鳴り響いた。

「冒涜だ冒涜への冒涜だ独創性がない想像力がない‥」
「待て待て、まあ待ちたまえ」

 どこかの箍が外れた能主がガトリングシールドの銃口をキメラに向けるのをリヴァルが宥め止める。

「ここまで離れればもう大丈夫ですよね」

 ナナヤの言葉に源次は頷き、無線機でアザラシの退避が完了したこと、これから合流することをキメラの足止めをしている仲間へと伝えた。凪はその間もずっと光景に見とれていたが、やがて源次のハリセンによって現実に引き戻された。


●おぞましいキメラ
 一方こちらはと言うと。

「黒光り!ナイス筋肉!The☆パンプアップ!」
「腹直筋がセクシー!」

 足止めする役割を買って出た勇敢な三人による拍手喝采が送られていた。誰に。キメラに。
 特にラルガは傭兵としてまだ新米であり、同行した仲間の傭兵‥‥先輩たちに迷惑はかけられない、との思いから懸命に声を張り上げ、アザラシを煽てる。
 気分を良くしたのかキメラは鼻息を荒くして立ち上がった。周囲から離れて行くアザラシには気付きもしない。

「ナイスマッスル!」
「ナイスバルク!、筋肉黒いねぇ〜!」

 サービスコールに調子に乗ったキメラはそんな小さな声じゃ聞こえないZO☆と言わんばかりに耳に手を当て身を乗り出しさらなるコールを催促する。

「‥‥ムカツク」
「なんだろうこの苛立ち」
「きっとこのキメラを作り出したバグア研究者は性格のひねくれた筋肉愛好者で、タチの悪い酒に酔ってべろんべろん頭だったに違いない」

 桜花は正直な自分の気持ちを、ラルガは負の感情の原因への疑問を、恵太郎は製造責任者への文句をそれぞれ口にした。
 源次からアザラシの退避が完了したとの連絡が入ったのは気力が萎えきる寸前だった。


●さくらん
 合流を果たした傭兵達はキメラと対峙する。
 8対1という絶望的状況下にありながらもキメラは悠然と構え、両腕に力拳を作りポーズを決めた。

 両腕の上腕二頭筋を強調するダブルバイセップス・フロントと呼ばれるポージングである。
 脚から上体にかけて、前面から見えるすべての筋肉をあますところなく見せつけ、かつ、背中の筋肉にも力を入れて逆三角形のシルエットをよりいっそう強調している。
 そしてアザラシ顔が得意げにウィンクを投げかけた。

 その姿を直視してしまった桜花は錯乱状態に陥り、対抗心を抑えきれずに服を脱ぎ捨てポーズをとった。

「見なさい!女だてらに引き締まった肉体をぉぉぉ!そんな『見せるための筋肉』より、私の引き締まった実用筋肉を見なさいぃぃぃ!」

 美しい造型の身体が惜しげもなく晒される。が、ここはグリーンランド。零下の世界。鼻水も凍れば吐いた息すら凍る世界。
 吹き付ける海風が体温を一挙に奪って行く。

「寒っ!マジ寒いわ!能力者でも死ぬわよ!」
「わぁぁ、マズイよソレェェェ!!」
「き、君の大胆な行為には敬意を表するがッ!」

 ラルガとリヴァルが慌てて下着姿の桜花に外套を着せ掛ける。

「あ、ありがとう〜‥て、今の私、コートに下着って、変質者じゃないの‥」

 脱いだのは自分からである。

「ええい、なんだ、その半端な格好は!そこに正座したまえ。なぜ、君は筋肉を武器にしているはずなのにそのような靴を履く!どうして、その足の筋肉で勝負しようとしない!大体、君も君だ!悔しくないのかね、そんな靴を与えられて!」

 続いてリヴァル怒りの説教が氷原に響く。論点がどこか微妙にズレているということに突っ込みを入れる人間はこの場にいなかった。
 この説教を激励と受け取ったキメラは感動に身を震わせて、両手を広げてリヴァルに走りよる。

『君の声援は魂に刻み付けた!さぁ、お礼に熱い抱擁を受け取るがいい!』

 キメラに言葉は無かったが、その場にいた全員がそんな幻聴を聞いた。気がした。

「触れるな。俺に抱きついて良いのは、この世で一人だけだ」

 ターゲッティングされていたリヴァルはクールに、さりげにノロケを口走りつつ斬撃を連続で叩き込む。
 抱擁失敗どころか血だるまになったキメラは、更なる暑苦しいポージングで筋肉に力を入れ強引に出血を止めた。そして「魅了されろ」と浮かべるラブリーアザラシスマイル。


 もう限界。


「うおおぉぉーーー!嫌な世界見せるなぁぁぁー!!」

 ラルガの血を吐くような叫びに呼応して、傭兵達が反撃に転じる。

「見るに耐えないね、消えちまいな!」

 AU−KVのバイザーの下で恵太郎の眼光がさらに鋭さを増した。2本のナイフを握りなおすと氷原を蹴り、氷雪を巻き上げながらキメラに向かって突進する。
 キメラは『さあ、俺の胸に飛び込んで来い』と両手を広げ待ち構えるが

「‥‥そうです、今回はキメラです。生身の人間じゃないんです、銃弾当てられるんです‥」

 トラウマ絶賛フィードバック中のナナヤの銃弾がキメラの足を穿ち構えを崩させた。
 恵太郎に続き、凪が急速接近、インファイトに持ち込む。

「食らえこの変態」

 猛攻に対して反撃の様子を見せようとするキメラだったが、源次とナナヤの「歪みねぇな」コールに気をとられ、ラルガの円閃と能主のガトリングに潰された。追撃に桜花の流し斬りが叩き込まれる。

 源次はこの惨状の中ぬかりなく仲間への練成強化、キメラへ練成弱体を使用していた。
 サポート役の面目躍如、気配り上手な男である。


●お見せできません
 激しい攻撃に晒され、前のめりに倒れたキメラ。だがまた活動を停止したわけではなかった。キメラはうつ伏せのまま腰を上げ下げしてぬめぬめと傭兵達へと近づいてくる。
 尺取虫の動き、と言えば想像しやすいだろうか。

「だから!こっち 来 ん な !」

 あまりのおぞましさに全身に鳥肌を立てた源次が超機械ζの電磁波を思い切り浴びせる。

 電磁波の衝撃にに筋肉を硬直させ、勢いで立ち上がるキメラ。そこへ恵太郎が真正面から迫り、フォースフィールド越しにがっぷり四つに組む。強引にフォースフィールドを破りビキニを掴むと海へと放り投げようとしたが、キメラ自身は動かずビキニが斜め上方向に伸ばされただけだった。
 食い込むビキニ。ほぼ丸見えになる臀部。くっきり浮き出た尻えくぼ。

 それを目撃してしまった能主の中で決定的な何かが弾け飛んだ。

「途轍も無く悍ましい姿をッ‥‥体現しろッ!!」

 芸術的な側面から許しちゃいけない、存在を全否定してやるとばかりに全力攻撃を開始。
 だが、何かが弾け飛んだのは能主だけではなく、その場にいた全員もだった。

 今まさに『心はひとつ』

 そこに容赦という二文字は存在しない。


** この後の戦闘の様子は全年齢向けサイトに掲載するには不適切であるため、割愛させていただきます。 **


●戦い終わって
 傭兵達はキメラに完全勝利した。
 詳しくは描写できないが、完全に、彼らは勝利したのだ。

「ある意味、厳しい戦いだった‥‥こんなのが量産されるなんて考えたくも無い」

 遠い目をして薄暗い北の海を眺める源次。静寂を取り戻した海岸へはアザラシ達がいそいそと戻り始めている。
 ラルガは温めたコーンポタージュを一仕事終えた傭兵達に配っていた。

「はい、これ」
「ありがとう、ラルガ君」

 桜花は両手でカップを受け取り、ふぅふぅと息をふきかける。
 ラルガが借り受けていたグリーンランド基地謹製の保温容器に保温カップは、零下の野外での使用を想定して作られており、この場においてもスープの温かさを損なうことなく、心やすらぐぬくもりを届けた。

「何かほっとするな」
「心身ともに冷え込む戦いでしたからね」
「ああ、まったく」

 温かなスープとラルガの優しい心遣いに安堵の表情を浮かべる傭兵達。
 そして全員にスープを配り終えたラルガは、アザラシの群れに向かって駆け出していた。

「アザラシー!!待ってアザラシー!」

 傷つけないようにしながらラルガはアザラシに思い切り抱きつく。アザラシは身じろぎはしたものの、逃げる素振りもなくされるがままにしていた。海岸に居座っていた『おそましいもの』を駆除してくれた人間に対するささやかなお礼なのだろう。

「元気だ、です」
「微笑ましいわね」

 能主と凪の二人が表情を和らげ、静かに見守る。


 氷原にたたずみそれぞれ心を和ませつつ傭兵達は思った。

 終わりよければ全てよし。

 終わったんだから今日のキメラのことは早く忘れよう。
 一分一秒でも早く忘れよう。

 そう思った。