●リプレイ本文
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青い空、青い海、白い砂浜に緑の丘陵。一幅の絵画のように悠然と広がる美しい自然の姿。
だが、そこには確かな異変が存在する。
事態の異常さは島に上陸してすぐに飲み込めた。
異常な数の烏と羽虫の群にそこかしこから漂う腐臭。傭兵達はその刺激すら伴う強烈な臭気に口元を手で押さえ、生理的にこみ上げてくる吐き気をどうにかやり過ごす。
事前に島の情報を収集しており、地理などを把握していたメビウス イグゼクス(
gb3858)を先頭に、傭兵達は町長の家となっている高台のホテルへと足を向ける。
その途中、傭兵達の目の前を肋の浮き出た野犬が横切る。その口には千切られた人間の脚がくわえられていた。凄惨さに目を逸らしたその先の、民家の割れた窓から丸々と太った蝿が出入りしていた。
「平時だったら自然豊かないい場所なのに、ね」
今給黎 伽織(
gb5215)がぽつりと呟いた。
やがて、有刺鉄線付きの塀に囲まれた瀟洒な建物が姿を現す。小さくとも敷地内に林を抱えたこの場所にはまだ腐臭が辿り着いておらず、あまりの臭いに息を殺していた傭兵達は安堵を覚えた。
自動小銃を抱え脅えた瞳をした門番は、彼らの姿を見るなり顔に満面の喜色を浮かべ、慇懃なまでな挨拶と共に門を開いて迎え入れた。
案内されたホテル内、ラウンジとして使われていたと思わしき部屋に町長達は身を寄せ合っていた。
海に面した大きなガラス窓からは陽光が差し込み、白を基調とした室内を明るく照らし出す。空調の利いた清潔な室内にいると、上陸してからこれまで見てきたことが嘘のように思える。
だが、傭兵達が目にしてきたそれらは事実であったのだと、その場にいる町長達の姿が証明していた。
憔悴しきった顔で身に沿ぐわない銃器を慣れない手つきで抱えていた彼らは、傭兵達を見るなり椅子から腰を上げ小走りに駆け寄ってきた。
「おお、救援にきてくれたのか」
「柊です。よろしくお願いしますね」
町長は丁寧に挨拶をした柊 理(
ga8731)の手を取り上下に振るう。
その場に安堵が広がるが、理の生存者が他にいるかという質問に空気が固まる。
「い、いや、このホテル内にいる人間だけだ」
白々しく首を振り、それ以上は答えようとしない町長。他の人間に目を向けても慌てて視線を逸らし口を閉ざした。
続く伽織の質問の質問にも頑として答えようとしない。諸々の後ろ暗い犯罪の数々を白日の下にさらけ出すようなことは彼らには出来なかった。
「そんなことを聞いてどうするつもりだっ!い、今は関係ないだろう!」
「よそ者がこの島で余計なことをするんじゃない!」
がなり立てる町長達の声にクロスフィールド(
ga7029)は舌を打つ。
「わめくな馬鹿が。どうせ生き残りの住民もいるんだろ?手前らだけ無事ですまそうなんて、そんな虫のいい話があるか」
戦乱時、自分たち傭兵が命がけで戦場を駆けずり回っているというのに、どさくさに紛れて馬鹿な真似をしている人間に対し良い心証を抱けるはずもなく。
歴戦の傭兵が持つ迫力と怒気に気圧された町長達は戦きながら口を噤むしかなかった。
「生存者が居たら此処に連れてくる予定だから、一室貸してもらうぞ」
いないなら約束したって問題ないだろ?と、番 朝(
ga7743)がフン、と鼻を鳴らす。
町長達は異論を唱えたそうにしていたがクロスフィールドに一睨みされ、すごすごと引き下がった。
●生きる苦しみ
町長達の護衛をメビウスと南桐 由(
gb8174)が受け持ち、島を東廻りに探索するのは朝、ソリス(
gb6908)、伽織。西廻りに探索するのはクロスフィールド、柊 理(
ga8731)、翡焔・東雲(
gb2615)といった分担が決められていた。
島内の探索に向かう傭兵達はメビウスの交渉で借り受けた二台の車に乗り込み出発した。
ホテルに残った由とメビウスもそれぞれ行動を開始する。
(‥‥由はまだ傭兵になって‥多く依頼はこなしてないし、大規模だって経験してない‥けど‥‥)
傭兵として出来ることがあるんだ。と、由はホテル内の一室一室を異常はないか丁寧に調べて行く。
その間にメビウスは町長達と向き合い、言葉を重ねていた。
「本当に生きたいと願うのなら、今までの罪を受け入れなさい」
どれ程の人達が苦しんだのか。町長達に生きて罪を償わせるために自分は今回の依頼を受けのだという事をメビウスは滔々と語って聞かせた。
だが、町長達は皆、否定も肯定もせず一様に押し黙った。なぜ、生存者が自分達だけと言い張るのかという問いに対しても同じであった。
生存者がいなければ町長達の犯罪の被害者、証人はいなくなる。物証があろうとも、町長達がやったのだという証人がいなければいくらでも言い逃れが出来る。彼らはこの期に及んで自らの保身を考えていた。生きることに対してあまりにも貪欲であり、姑息であり続けた。
島内の探索を続ける傭兵達。
覚醒した理が不審な一戸建て、窓や戸口が外から板でがっちりと塞がれている住宅を発見した。
打ち付けられた板を剥がし扉を開ければそこには人がいた。
脅えきってなかなか外に出てこない住人に粘り強く助けに来たのだと訴えれば、やがて住人はぼろぼろと泣きながら傭兵にすがりつく。落ち着いたところでなぜ閉じこめられたのかと尋ねれば、一週間ほど前から夜毎に人が殺されはじめ、町長達が自分たちへの被害を遅らせようと島民達を一戸建てに分けて閉じこめたというのだ。
ここ以外にも同じような住宅が点在しており、話の通りに閉じこめられた島民がいた。中には熱中症や衰弱のために落命していた島民もいた。
助け出した人々に翡焔が差し入れとして持参してきた食料をふるまうとその場にいた全員でわけあって、貪るようにして食料を口にする。
やせ細った不衛生な身体をボロ布で覆い、衰弱した姿はあまりにも痛々しかった。
バグアの侵略が元凶にあるとしても、島民達をここまで苦しめているのは同じ人間である。やり場のない憤りが出口を求めて胸中で渦巻く。
「全く、本当に救いようのない馬鹿共だな」
クロスフィールドが空に向かって吐き捨てた。
西回りの傭兵達も同様に閉じこめられていた生存者を発見していた。島民達が受け続けた辛苦を思うと陰鬱な気分になってくる。
(死による解放が強化人間の正義なのか‥‥なんか、はっきり否定できないんだよな)
朝は眉を顰め、唇をかみしめた。
「‥‥しかし何が目的なんでしょうかね‥まぁ、敵が何を考えてるか分からないのは、今に始まった話じゃありませんし、気にしてもしょうがないことではあるんですけど‥」
原因となった強化人間の行動、目的が理解できずソリスはため息を零す。
伽織は淡々と現地調査を行うが、めぼしい物証は揃わなかった。状態があまりにも悪くこれは致し方ないことである。遺体はほとんどが腐敗を始めており、辛うじて形をとどめているものを調べていったが、直接の死因は皆、首を鋭利な刃物で切り落とされたことにあった。最後に伽織は遺体や衣服についていた微細証拠を採取して調査を切り上げた。
日没前、集まった生存者達をホテルに誘導する。
中に強化人間が混じっていないかを注意深く観察し警戒を怠らない理と翡焔。明らかになっている強化人間の特徴は白人男性、ということだったがその特徴に当てはまる生存者はいなかった。
ぞろぞろと中に入ってくる島民達の姿に町長達は顔を引きつらせ、恐怖に歪んだ瞳で傭兵達を睨み付ける。
「生存者です!何が悪いんですか!」
理の強い口調に何も言えず、目線をそらせる町長を翡焔が別室に連れ込み、覚醒して剣を突きつけた。
「お前‥‥いい加減にしとかないとあたしが殺るぞ」
低く押し殺した声に町長は何度も頷いた。
●正義の敵は正義
防衛上一カ所に集まった方が得策だという理由で生存者を催事用の大広間に集めた。部屋の入り口を理が見張る。
部屋は中央にアコーディオンカーテンをひいて間を仕切る。これは町長一派と島民達を別々にお互いの顔を見ないようにと言う由と伽織の配慮であった。
町長一派の家族にいた子供がくさい、くさいと母親にしきりに訴える。
何か月も(あるいは年単位)風呂に入れず、洗濯も満足にできなかった人々が集まっているのだ。臭いがあるのは仕方がない。だが、それが子供にはわからない。母親は咎めるが不快さを我慢できるわけがない。しばらくぐずっていたが傭兵達を指さして母親が言った「あの人達に怒られるわよ」という言葉にようやく口を閉ざした。
やがて夜が訪れた。
一分一秒が長い。
秒を刻む時計の針音だけが妙に響く。
ふと、伽織が口を開く。
「ここの電気は自家発電だよね。装置はどこに?」
側近の一人が答えようとしたその瞬間、部屋は暗闇に落ちた。懸念した電源装置が破壊されたのだ。
来るべき外敵に対して身構える傭兵達。突然灯りが消えたことに、何事かと部屋に飛び込んできた理。
凍り付いたような静寂の後、室内にさっと風が流れ込む。
風の入り込んできた方へと目を向ければテラスに面したガラス窓が大きく切り裂かれていた。残っていた鉄線入りの強化硝子も重力に負けクシャリと落ちる。星も月もない夜空の下にいるのは黒い外套を着た、大きな鋏を背に負った男。
伽織が急いで灯したランタンの光を向ける。
「お前がシザーか」
激情を押し殺したクロスフィールドの低い声が男に問いかける。
「シザー?あぁ、そっか。そうそう。オレがシザー」
一度首を傾げた後、合点がいったように頷く男。近所の知り合いと世間話をしているような気軽さであった。
恐怖のあまりに声すらも出ず身動きすらとれなくなった島民達を庇うように由が盾を構え、傭兵達は一瞬にしてそれぞれ得意の距離に陣取る。
シザーは興味が無いといった風に武器を構えた傭兵達に顔を向けた。
「そんな連中、守ってどうすんの?」
「こんな奴らどうなってもかまわんと言いたいが、人間がしたことの始末は人間でつける。手は借りんよ」
翡焔が二刀小太刀を構え腰を落とす。伽織の銃口がシザーを狙う。
「クズを助けるのは嫌だけど‥‥見捨てたら、それこそバグアと同類になるからね」
「そ。君らも大変だーね」
シザーを朝が複雑な表情で見据える。
「死による解放が、おまえの正義なのか」
「‥‥由も分からなくはないよ。ただ‥あなたの正義で‥由は‥勝手に殺されたく無い」
「そりゃ、君は絶望してないだろうからねぇ」
足下に散らばった粒状のガラスの破片をざりざりと踏みながら由の言葉を聞き、シザーは眠たげに欠伸をかみ殺す。
「この間も言ったけど、強者で富者の君らが何を言うの。死でしか救えない人らがいるって、そーゆーの認めたくないってのはわかるけどさ」
「死が救いだなんて、間違ってる!生きていればこその嬉しさ喜びだってある筈です!教えて下さい、貴方の救いは全ての人に笑顔で受け入れられたんですか!?」
押し付けは、救いじゃない。理が声を荒げシザーに反論する。幼い頃に病弱であり続け、ようやく生きる喜びを知った理には死が救いになることなど到底認められなかった。
「笑顔になれる余裕のある人らはオレの範疇じゃないよ。殺すのは本当に余裕のない、死んだ方がマシって状況の人ら──オレはもう、苦しんでる人を目の前にして、何もできないなんてのはイヤなんだ」
一瞬だけ、飄々としたシザーの貌に翳りが過ぎる。
「相容れない。あなたと私は別の正義がある」
「そうさ。正義の敵は別の正義だ。生き残った方が本当の正義。それでいいじゃない」
メビウスの言葉に顔を上げたシザーの両手に八本の鋭い金属片、手術用のメスによく似た刃物が握られた。
強化人間に先手を取らることがどれだけ危険なことかを理解しているクロスフィールドが真っ先に発砲する。FFの赤い光がシザーの目の前に散った。面食らったように上体を逸らしたシザーに翡焔が肉薄、巧みに振るわれた小太刀の切っ先がFFを抉る。乗った柊の援護射撃に続いてこの勢いに朝の突風のような剣撃がシザーを押す。
「どんなに深い夜でも、やがて太陽は昇る‥‥眠りなさい」
メビウスが覚醒と同時に床を蹴り、迫る。天剣の青い刃を退くのではなく前に踏み込んでかわしたシザーは、メビウスの胴に四本のメスを無造作に突き立てた。静かな反撃にメビウスは短く呻き、痛みに耐えながら剣を握り直す。
「戦えない全ての人の為に‥‥!‥私は戦う!無毀なる湖光ッ!」
瞬時にシザーの側面に回り込み、更に力を付与した天剣で胴を薙ぐ。
が、青い刃は鋏に行く手を阻まれた。片手に四本のメス、片手に巨大な鋏を持ったシザーが反撃の素振りを見せる。
「‥‥これ以上、殺させるわけにはいきませんね」
負傷したメビウスが後退する時間を稼ごうとパイルを構えたソリスが即接近、渾身の力で杭を叩きつけ、伽織の真デヴァステイターがそれを援護しようと火を噴く。
戦闘が行われているその間、由は脅えて縮こまっている島民達を安心させようと盾を掲げ、控えめな笑顔を浮かべてみせた。
「‥‥守りますから‥大丈夫、ですよ‥‥」
シザーが傭兵達とは別の方角に向かってメスを飛ばす。
一本は床に置かれたランタンを直撃し、他は島民達と由を庇おうと咄嗟に身を挺した理に深々と突き刺さった。血を吐き、崩れ落ちた理をカバーするために朝が大剣を振るうが回避され、鋏に逆袈裟に切り裂かれた。夜目が利く朝だったがシザーはそれを上回っていた。
クロスフィールドがピンを抜き、炸裂までの時間を調整していた閃光手榴弾を投げつける。
「Flash!!」
合図と共にサングラスをかけた翡焔とソリスが炸裂の瞬間を突いて瞬天速で接近し、シザーを挟撃する。
「‥‥チャンスは生かさせてもらいます」
「逝っちまいな!!」
轟音と閃光が部屋に広がった。
●朝へと続かない夜
夜が明けた。
ホテルを出た生存者達が迎えに来ていたUPCの高速移動艇に収容される。その中に町長一派はいなかった。
閃光手榴弾の光と音が収まった時、床に広がった血の海の中で町長一派は全員、首と胴体が泣き別れになっていた。
負傷に膝を突いた翡焔とソリスが悔しげに唇を噛みしめる。
「やられたっ‥‥」
自らの負傷と町長達を殺されたことの両方に対しての悔恨が血の泡と共に翡焔の口に上った。
生きる余裕のない、死んだ方がマシという状況にある人間を殺す。
シザーはその言葉通り、島民が保護された時点で『社会的』に生きる余裕を失った町長一派を殺していったのだ。
室内で使われた閃光手榴弾は傭兵達はともかくとして、一般人の感覚を著しく麻痺させた。その中で殺された町長一派は何が起こったのかもわからなかっただろう。
薄い雲間から覗く朝の光の中。
傭兵達は皆、言葉もなく、それぞれ抱いた複雑な感情を持て余していた。