●リプレイ本文
アグレアーブル(
ga0095)は出発前に基地で事件の詳細情報を求めた。
提供された情報は以下の通りであった。
犯行現場は非常に貧しい集落に限られている。
元々グリーンランドに住んでいた者や他地域から何らかの理由で流入してきた者など、戦禍を逃れた人々が『どうにか住めそうな場所』に住み着いた所謂難民村である。そういった集落を狙い打って凶行が重ねられていた。
暴れた・争った形跡はなく、扉から家屋に侵入し住人の首を一刀で刈ったようであり、遺体の表情はどれも皆(腐敗を免れたもののみではあったが)静かに穏やかであった。
凶器については通常、人類が持ちうる武器であれば遺体に残されてしかるべき痕跡、凶器の破片、身体組織の目立った損傷などが見あたらず、未知の鋭利な大型刃物ではないかと推測される。
現場に残されていた足跡から判明したことは、サイズは平均的な白人男性のものであり、やや外側に重心をかけていることからO脚気味で猫背の人物。種類は軍で正式に採用されている軍靴、ただし、幅広く出回っており一般人でも購入可能。足跡から採取した土を微細分析した結果、グリーンランドに存在するもの以外は検出されなかった。また、キメラなどの従属物の痕跡は皆無である。
以上のことから推測される犯人像は、単身。身長175〜185cm、猫背でO脚気味の白人男性。人類には持ち得ない鋭利な大型刃物らしきものを凶器としており、家屋へ忍び込み住人の寝込みを襲ったらしい、というものだった。
「首をスパっとか‥‥物騒な方法ですね」
十六夜 心(
gb8187)が自分の首筋に手を当てながら顔を顰める。
「妙な事件だ、目的がわからん。ただのサイコ野朗か、或いは‥妖怪の仕業かもしれん」
伊佐美 希明(
ga0214)が腕を組み、口をへの字に結んで考え込んだ。
「うっかり力を持ってしまったヒトが子供みたいにエゴを振り回しているだけ。そう、見える。慎ましやかな日常を奪うのは横暴だ」
「‥そう、横暴‥ですね‥‥」
アグレアーブルの言葉に朧 幸乃(
ga3078)が頷く。アグレアーブルとは仕事外の交友もあり、不安を煽るような不可解な事件ではあるが、友人とともに臨めると言うことに安堵を覚えていた。また、以前に依頼を共にしたことのあるケイ・リヒャルト(
ga0598)の存在も幸乃には心強かった。
「嫌な事件‥。今まで犠牲になった方々の為にも此処で食い止めなくちゃ、ね」
ケイが幸乃の視線を受け強く頷く。
柿原ミズキ(
ga9347)は怒りと悲しみに身を震わせ、激情を押さえるかのようにきつく拳を握りしめていた。
そんな彼女とは対照的に瓜生 巴(
ga5119)は冷静であり、自分と接触のない人間は情報でしかない、と割り切っていた。犠牲者や犯行について感情的な思い入れは抱いていないが、ここにいる仲間達や標的となった集落の住人には心を砕き、力になろうと考える優しい一面を持っていた。
「正体不明の無音殺戮、か」
久しぶりの現場出勤での相手に不足なし。加賀・忍(
gb7519)は己の手腕を存分に奮えると心を弾ませていた。
●これが現実だとしたら
現地に到着した傭兵達がまず最初に感じたのは未処理の排水と糞便の臭いだった。
UPCの施設から離れたこの集落は完全自給自足の生活を強いられていた。自給自足の生活。そう言えば聞こえは良いが、実際の所は見捨てられたと言う方が正しい。
立ち並んだ十戸ほどの家‥‥二十世紀初頭に捕鯨目当ての入植者が建て以後は放置されていた掘っ建て小屋は所々崩れ落ち、傾いていた。破れた壁や屋根は数年前に一度来たきりの救援物資の梱包材で塞いでいる有様だ。家屋の修繕用に木材を得ようにも北極ツンドラに木材があるわけもなく。
木材に限らず何もないのだ。水は雪や氷を溶かせば調達できるがそれ以外は何もなかった。
燃料も無い。石油やガス、石炭どころか木炭や薪すら無い。海岸に漂着した流木、乾燥させた動物の糞・脂身、廃屋の建材を燃やして細々と熱を得ているぐらいなのだ。
UPCの施設に近い場所であればまだ『文明的』な生活ができるが少しでも離れればこの有様である。この地に遙か昔から住んでいた人々の『智恵』は『文明』に消されて久しい。今現在は文明の恩恵に預かれず、過酷な自然を生き抜く智恵もない。集落の人々は身を寄せ合って明日も知れない日々を送っていた。
泥濘の酷い未舗装の道、錆び付いたドラム缶の中に溜まった水は濁り異臭を放ち、打ち捨てられた得体の知れない腐肉には無数の蛆虫が白い身体を揺らしてはい回っていた。集落の裏手には墓地と思わしき盛り土が並んでいたが、野生動物かキメラに掘り返されたのかそこには白骨が散らばり野ざらしになっていた。傾いていびつな木製の十字架の根本には頭蓋骨が転がり、ぽっかりと開いた眼窩が虚ろに暗い空を睨んでいる。
外部にはあまり知られていないが、このような集落がグリーンランドにも点在している。苦境に捨て置かれた人々の存在は大々的に知られていないが、珍しくはないのだ。
このような光景が傭兵達の心に陰を落としたが、彼らは心を奮い立たせバグアの魔の手から人々を守ろうとそれぞれ行動を開始した。
予め決めておいた割り振りに従い二人ずつ東西南北に分かれて警護にあたる。
アグレアーブルは集落の建築物の配置や地形をつぶさに確認し、戦闘時にどのように動くかイメージを重ね、また、実際に動いて周到に準備を進めていた。同じように忍と希明、ケイらも死角の確認、敵との遭遇時に戦闘を行う場所の選定を行う。
そう広くはない集落内を散策しながら幸乃はそれとなく様子を伺い、外部の人間が潜り込んでもすぐにわかるようにと住人の顔を記憶して行った。
各々が集落の下見、確認を行う中、住民の説得を買って出たミズキは誠意を持って住民に呼びかける。
それに応じて姿を現した住民は誰も皆、やつれきった顔をしていた。身体には垢じみた服とボロボロになった毛皮を身につけ、皮脂に汚れた髪はごわごわに固まっている。衰弱しきり泣く力もない乳飲み子を抱える痩せこけた母親は生気の無い瞳でミズキを見上げる。
この集落に何が起ころうとしているのか、その情報をかみ砕きわかりやすく住民に説明を行い理解を求めるが
「あぁ‥そうですか‥」
熱意に反して住民の反応は薄く、ミズキの真摯な言葉が上滑りしているようだった。
「相手が一体何者か分かっては居ないけどここをボク達も守ります。よそ者かも知れないけど信じて下さい、お願いします」
「‥‥でも、帰っちゃうんでしょ」
今回難を逃れたとしても、次がある。彼らはいつ何時訪れるのかわからない災厄に晒されているのだ。守ると言っても、襲撃が予想されている間だけのことであり、バグアの戦力に対抗できる能力者はいつまでもこの集落に留まっているわけではない。
住人達はすでにあきらめていた。今更、一度命拾いをしたところでどうなるのだと。
「なるべく中心に集まってもらった方が、うち等としても守り易いんで助かるわな」
「家から出る際には私たちに声をかけてください」
希明の要請にも巴の要請にも住民は粛々と従った。おおよそ主体性というもののない反応であった。
●彼の目的
日が陰ると一気に気温が下がる。音を立てて吹き付けてくる海風が容赦なく温度を奪って行った。暗く沈む地表にへばりつくように集落の家々は堅く扉を閉ざし、息を殺して夜明けを待っている。
電気もガスも無いこの集落は日が落ちてしまえば真っ暗闇になってしまう。瞳は暗順応を示してはいたがそれにも限度はある。
西側を担当する忍の持参したランタンだけが暗闇に唯一、光をもたらしていた。
その光につられるように規則正しい足音が近づいてくる。
「‥‥希明」
「おうよ」
気配をいち早く察した忍は刀に手をかけ鯉口を切る。希明は長弓に矢を番えた。
「やあ、頑張ってるね」
薄暗闇から姿を現したのは巨大な鋏を背負ったひとりの男だった。中肉中背、くすんだ金髪、雀斑の目立つ顔、鳶色の瞳は瞼が半分下りて眠たげな表情を作り出している。
「あんまり警戒が厳しいもんだからオレ困っちゃったよ」
「‥てめぇがサイコ野郎か」
「どうだろ?君らの敵であることは確かかな」
「ならば私の力の贄となれ!」
だん、と地を蹴り忍が男に斬りかかる。
その間に希明は無線機で仲間に呼びかける。敵と遭遇した。この一報を受けて傭兵達が西側へと集合を開始する中、東側の警戒を担当していたアグレアーブルは住民の護衛を優先し、周囲の警戒を維持するべくその場に留まった。
男はコートのポケットに両手を入れたまま忍の刺突を避ける。希明の長弓から放たれた矢もかわす。仲間が到着するまでの時間稼ぎでありそれ以上の意図はない攻撃ではあった。
やがて、緩慢な動作で回避を繰り返していた男の足下を鉛玉が穿ち砕く。
「おイタをしたのは貴方?」
加虐的でありながらも妖艶な笑みを浮かべたケイが銃を構えて男を牽制していた。
駆けつけた傭兵達は取り囲むようにして男と対峙する。
全力で移動してきた心は息を弾ませながら、声を張り上げた。
「何故、こんな酷いことをするんですか!」
「バグア側についたからさ」
「ふざけないでください、確かに今の世の中はおかしいこともあります、でも、貴方の考えはそれ以上に変です!飢餓の中で辛い人がいる、でもそれは辛いだけですか?そして、苦しみだって苦しさしかないものですか?その中で小さな幸せを見つけられなかったんですか?」
男は首を傾げ心の言葉を聞いている。
「死して楽になるなんて現実から逃げてるだけ、もし、この世界がおかしいと思うのなら、争いを止めることが一番じゃないですか?こうやって‥‥関係ない人を傷つけて、それで、変わることなんてあるわけないじゃないですか!!」
「そうだ‥‥幸せは苦しみ抜いた奴にしか訪れない。人生が楽しい事ばかりなら、それは退屈と変わらねぇよ。自分自身にケチつけた時点で、てめぇはてめぇに負けてるのさ」
「それは強者であり、富める者の理屈だな」
糾弾する心の言葉、希明の気っ風の良い啖呵に眠たげな表情のまま男は答える。
「君らはコレが終われば世界でもっとも安全な場所にある家に帰って、腹一杯美味いメシ食って、暖かくて清潔な布団で眠るんだろ?そんな場所に生きてる君らにとっては、安楽と平穏のために死を求めるってのは逃避でしかないよな。それはわかる」
「けれど、だ。 ──ここは違う」
いつ何時、誰に何に殺されるかわからないという恐怖に脅え、飢餓と寒さに震え、安眠など得ることの出来ない毎日。終わりも見えない暗澹たる苦しみに長い間苛まれている人々。
諦めきり、ひどく疲れ切った暗い表情の住民の顔を傭兵達はそれぞれ思いだした。
ミズキはギリ、と歯噛みして思いのままに叫ぶ。
「この世界は理不尽で決して綺麗なんかじゃないけど、命を奪う理由にはならない、お前のそれはただの独善だ!」
「そうだね。けどまあ、いろんなトコで利害は合致してるからさ」
「これ以上お前の好きなようにはさせない!絶対にな!!」
怒りと闘志をむき出しにして吼える。
「天国は良い所って話だよ?」
良い所に連れていってあげるのに何が悪いのか。男の飄々とした態度が傭兵達の神経を逆なでする。
巴は流れを変えようと皮肉混じりの言葉を投げかけた。
「最近は帰ってくる人もよく見かけますけど。天国も住み辛くなってるんですか?バグアは人類の医学の基準で言えば死体であるものを生かせられるみたいですし、そっち側にいるんですから自分で確かめてみれば?」
「ああ、そっか。その手があったねーえ」
それもいいかも。と男は頷いた。皮肉が通じているのかいないのか。そもそも何を意図しているのかさっぱりわからない。
「うん、まあともかく。オレ帰って良い?」
「は?」
思いも寄らない言葉に傭兵達は一瞬目を点にした。
「だってこれだけ騒いだらみんな起きちゃうし。知らない間に天国へってのがオレのやり方だから。君らがシッカリ固めていたからオレは手を出せないでしょんぼり帰る。君らはバグアから集落を守った。それでいいじゃない。ダメ?」
ダメかな?と男は小首を傾げる。
「‥‥ふざけないで‥あなたのような人、このまま野放しにはできません‥」
幸乃が両手にナイフを構え、いつでも飛び出せるように腰を落として前方に重心を傾ける。
「悪い子には鉛の飴玉をたっぷり味わせてあげるわ」
ケイがアラスカ454に持ちかえ銃口を男にピタリと定める。
「んー、ダメかあ」
残念がる男の言葉が終わる前に希明の長弓から矢が放たれていた。
今度は牽制や時間稼ぎの意味合いのない、明確な殺意の乗った攻撃だった。にも関わらず、男は鋭く風を切る矢をひらりと回避してみせた。恐るべき技量を持った敵であると傭兵達は瞬時に悟ったが、攻撃は最大の防御とばかりに覚醒の影響で恐れの薄くなったミズキが果敢に踏み込む。男の側面に回り込み、隙だらけに見える横顔めがけて月詠を振るうが切っ先はふいとかわされ、ミズキは吹き飛ばされ凍えた土の味を口中一杯に味わっていた。
その間にも後衛の援護射、牽制射が間断なく続くが男は意外なほど見事な体捌きでかわして行く。
段階的に攻撃の速度と技巧を変化させて繰り出された巴の攻撃は鋏とFFで受け止め、下段を狙い一瞬姿勢を低くした巴の顎を膝で跳ね上げ衝撃に浮いた身体を蹴ってはじき飛ばした。
並のキメラであればとうに息の根を止められていてもおかしくはない、それほどの威力を持った攻撃と巧みな連携に晒されながらも男は平然と回避または防御を続けている。
寒さに凍てつく大地の上での死線の綱渡りを味わっていた忍が赤き夜叉の眼を凝らして男の懐へと飛び込む。大きく振りかぶり速度と遠心力を利用し裂帛の気合いを込めた月詠の一撃を叩き込む。だが、刃は空を切り、男は後方に飛び下がっていた。信じられない、と見開かれた忍の瞳が凍り付く。焼け付くような痛みを腹部に感じたその後、一瞬にして血の気が全身から引いた。忍は鋭く真一文字に切り開かれた傷口から内蔵がこぼれ落ちないように必死で腹を押さえる。
膝から崩れ落ちかけた身体を側にいた幸乃が支え応急処置を施すその横で援護のために控えていた心が練成治療に取りかかる。
傭兵達が忍の負傷に気を取られたその一瞬に唯一の光源であったランタンに向かって金属片が飛ぶ。光を生み出していた炎が消え去り周囲が瞬時に闇に落ちた。視界を奪われたに等しい状況に傭兵達は身を固くするが、男の足音は遠ざかって行く。
「死が救いにしかならない生き地獄はどこにでも存在するってこと、折角だから覚えといてね」
温度のない声が風の中に消えて行く。
「じゃあ、ばいばい」
墨で塗りつぶしたような暗闇の中、風だけがびょうびょうとうなり声を上げていた。