●リプレイ本文
●スクールランナウェイ・メロン
放課後、最上 空(
gb3976)はいつものように第二購買部で特製メロンパンを買い占めていた。
有志の手で丹精籠めて作られている特製メロンパンは他で売られているものに比べて生産数こそ劣るものの、その評判たるや学園内では人気上位を争うほどの人気商品だった。
サクサクのクッキー生地に包まれたしっとりほわほわ生地の二重奏を中に入った濃厚メロンクリームが鮮やかに縁取る逸品、スイーツ好き垂涎の超レアメロンパンである。
それがぎっしり詰まった袋を手に空は上機嫌ではあったが、このところの残暑には辟易していた。
「はぁ、暑いですね‥‥早い所、冬が到来しないとデリケートで繊細な空は溶けそうです」
そんな彼女の目の前を緑色の球体、メカメロン(以下、メロンと呼称)が現れた。
以前に自習でメロンをモデルに絵画を制作したことのある空はこの遭遇にさして驚きもせず、右から左へ走り抜けていったメロンを見送った。その後ろからロズウェル・ガーサイド(以下、ニートと呼称)が必死の形相で駆けて来る。
「何やらまた、愉快な事になっていますね」
興味深そうに二人(?)の後ろ姿を眺めていたが残暑が厳しいこの折、全力疾走するのは己の美学に反するとして空は観戦を決め込んだ。ただ単に暑いから動きたくない、暑くなくても疲れるので走りたくないだけだったりもしたが。
カンパネラ学園を見学に訪れていたソウィル・ティワーズ(
gb7878)は早速にこの事態に出会した。学園らしいとも言えるこの愉快な光景を目にして楽しげに笑みを浮かべる。面白そうなことなら乱入しない手は無い、とメロンを追うニートに走って追いつき、併走しながら事情を聞き出す。
「──なるほどねぇ、協力してあげるわ」
メロンの方に、とは心の中で付け足すに留め。
「スマネェな、感謝すんぜ!」
真意のわからないニートは笑顔でサムズアップ。素直に感謝の思いを伝えた。さりげなく「別行動がいいわよね」とその場でニートと分かれたソウィルはぐいと背を伸ばし、いたずらっぽく微笑んだ。
「さーて、メロンの自由の為に頑張りましょう!まずは、罠、かしらねぇ」
何であれ勝負事は面白くしないと、と鼻歌混じりに歩き出した。
「おお。まさか学園にガーさんが現れているとは!」
以前、依頼でニートと顔を合わせたことがあるヨグ=ニグラス(
gb1949)は走る走るメロン達、流れる汗をそのままにした、言葉もないメロン達を酷く暑かった日の夕立を予感させる放課後の廊下で見かけた。
「ガーさん!僕はあっちから追いかけますっ!」
「おぅ、ヨグ、ありがとよ!」
咄嗟に声をかけたヨグにニートは片手をあげて応える。
「ガーさんのお役に立ちたいのでメロンを捕まえるです」
ぐっと拳を握って意気込んだヨグが向かった先はなぜか家庭科室だった。
「今日のプリンはメロンプリンですー」
エプロンを付けたヨグは慣れた手つきでマスクメロンを切り分け果肉を取り出すと、砂糖、水、牛乳と共に鍋に入れ弱火で煮込みながらかき混ぜる。中身がある程度溶けた段階で耐熱容器に移し替え電子レンジにいれる。完全に溶けたことを確認するとレモン果汁とゼラチンを投入し、再び鍋に移し替え火にかけかき混ぜる。ゼラチンが溶けて満遍なく混ざったところで鍋ごと氷水に浸してじっくりとかき混ぜる。
そこへひょっこりメロンが顔を覗かせたがヨグは手が離せなかったため、にっこりと微笑みかける。メロンはエンジェルスマイルに照れたようにもじもじとしてから去っていった。
鍋の中身がいい感じになったところでカップに移し替え、冷蔵庫で冷やしてしばし待つ。
その間をどう埋めようかとヨグは腕を組んで思案していたが、やがて顔を上げ体育館へと向かっていった。
そんな中で、追いかけられるメロンを発見したO児は慌ててこっそり後を追い出した。
学園に遊びに来ていた桂木菜摘(
gb5985)の目の前をメロンが走り抜けて行く。その勢いに驚き目をぱちくりとさせたが、瞳を輝かせて後を追い、メロンが曲がり角の手前で速度を落とした隙にぴょん、と飛びついた。
「メロンさーん♪」
ジャンピング抱きつきにメロンはバランスを崩すがおっとっと、と踏ん張り、菜摘の脚が床につくよう膝を折り体勢を低くする。
「相変わらずふかふかで気持ちいいです〜」
高級マイクロビーズクッションもびっくりのしっとりさらさらもっちもちな外皮を持つメロンに頬を埋め、菜摘は嬉しそうに笑った。
「や、やっと追いついた‥‥」
そこへニートが肩で息をしながら歩み寄ってくる。ニートの姿を認めたメロンはどうしようと左右に緩やかに揺れる。菜摘は小首を傾げながらメロンから離れた。
「メロンさん、どうしたのです?」
うずうずと動くメロン。
「──いや、それがさ」
かくかくしかじかと事情を掻い摘んで説明するニートだったがそれを聞いた菜摘は眉をつり上げる。
「メロンさんを分解しちゃうなんて、そんなのイヤです!」
「え、ちょっ、待──」
「夏休みの宿題は早めに終わらせなさいって先生も言ってたのです。ためてたガー兄さんが悪いのですよっ」
六歳児に正論をぶつけられぐうの音も出ないアラサー。
「いや、分解とかしな──」
弁解のようにもごもごと口ごもるが菜摘は問答無用の姿勢で巨大ピコピコハンマーを正眼に構えて宣言する。
「ガー兄さんにはなんとしても諦めてもらうです!」
大好きなメロンを守ろうと立ちふさがるようにして仁王立ち、ピコハンをぶんぶんと振るう菜摘。
「ここは私にまかせてメロンさんは逃げるです!危なくなったらあのいい香りを振りまいて骨抜きにしちゃうですよっ」
説明しよう!メロンには香りを嗅いだ人間を深いリラックス状態に誘う『超リラックスアロマ』機能が搭載されているのだ!!
新鮮な癒しの香りにみんなアガペーマックスだ!
「ふむ、今日の俺は絶好調だな」
緑間 徹(
gb7712)は体育館で学生に混じってバスケに興じていた。
彼は朝方のニュース番組で放映される『よく当たる占い』を視聴することを日課としており、本日は『今日のラッキープレイスは体育館。唐突でミラクルな出会いがあるかも!』という占いが出ていた。それに従って赴いた体育館で徹は第三バスケ部の部員達と意気投合し、充実した一時を過ごしていた。
『今日も占いの通りだ。カンパネラのバスケマンたちとミラクルな出会いを果たせた。彼らは将来有望、今後が実に楽しみだ』
徹は『バスケの天才』と言われるほどの腕前を持ち、その3ポイントシュートは非常に長い滞空時間・高い軌跡を描き、ゴールに吸い込まれる。バスケ部員の羨望の眼差しを独り占めしながら徹は不適に笑ってみせる。
「俺のシュートレンジはコート全てだ。よく見ておけ。伊達に現役時代にキセ──っとおお!?」
シュート体勢に入っていた徹は目と鼻の先ギリギリを掠めるように高速移動していった物体に驚愕しボールを取り落とす。唐突にコートに乱入してきたのはメロンだった。
「失礼します、通りますっ」
ピコハンを抱えた菜摘もメロンに付き添うようにして走って行く。
「アハハ、ゴメンねぇ〜」
続いてソウィルがひらひらと手を振りながら悪びれもなくコートを横切って行く。
至福の時を邪魔された徹は無言で「天命を教えてやる」とばかりにアキレウスを抜刀したが、バスケ部員に宥められ刃を収める。
「‥‥おい、誰か陸上部から砲丸借りて来い」
剣が駄目なら球技でとどめを刺してやる、とその表情には鬼気迫るモノがあったという。
そこへニートが走り込んできた。責任者らしき男に徹は自身の長身を生かし威圧的な視線で脅しをかけようとしたが
「今それどころじゃねぇから!」
ニートは足を止めず走り抜けて行く。
その一部始終を見学していたヨグも壁掛け時計に目をやりプリンの飾り付けをしようと家庭科室へと戻っていった。
メロンは体育館を抜け、校舎と繋ぐ渡り廊下に入っていた。
一階、屋外グラウンドにも続く広く作られた渡り廊下は休憩所としても解放されている。そのベンチに座った空がのんびりと騒動を観戦している。
「ニートなのに、思った以上に脚力と持久力がありますね」
動き回るメロンをずっと追い回していたであろうニートに感心しながら、よく冷えた炭酸飲料のプルタブを開けた。メロンパン愛好家の空であってもこの暑さの中でパン単品というのはキツかったらしい。
校舎と体育館の中間点あたりウロウロしているメロン目掛けて徹がバスケットボールを投げつける。(流石に砲丸は止められた)
高い軌跡でボールを落とし衝撃を与えて内部機関にダメージを与えることを目的とした投擲だった。
「ちょっ、そこ危ないわよ!」
ボールからメロンを庇おうとした菜摘の手を引き、危険が及ばないよう一度メロンから距離を離させたソウィル。何気に一番常識人であった。
「メロンは私がまもーる!‥‥へぶぁ!!」
彼女は見事な後頭部ブロックを披露し前のめりに倒れかかる。それをニートが支えようと慌てて走り込んだが空が撒いていたバナナの皮を踏んで盛大にコケた。
さらにここはソウィルが仕掛けた罠ゾーン。
潤滑油が所々に撒かれ、30センチ間隔で高低差のある手芸糸が張り巡らされていた。曲がり角には足元にネットが置かれ、曲がった瞬間に足を取られるようにという念の入れようである。
「‥ぐぅっ‥‥まだまだぁ!」
不死の人間のようにがばっと立ち上がったソウィルだが
「第一関も‥‥のわ!?」
自分の仕掛けた罠をうっかり踏みつるっと滑って転んた。
「く、死なばもろともっ」
立ち上がろうとしていたニートのスラックスの裾を掴み、思い切り引っ張る。ニートは勢いよく転け、潤滑油に上に落ちて勢いそのままに滑って行き、手芸用の糸に絡まりながら曲がり角のネットに吸い込まれていった。
ちなみにメロンはそれらを全て回避していた。王道、笑いの空気はとことん読めないメロンだった。だってメロンだもの。
「ニートさんには『頑張ったで賞』を送りたいところですね‥‥ってぬぉおおお!?メロンパン目がけて蟻の大軍がぁああ!!」
ベンチに置いていたメロンパンに黒山の虫だかりができているのに驚き、悲鳴を上げる空。
夏場の蟻は必死です。
この一連のあまりのギャグ展開について行けず脳内での処理項目がオーバーフローした徹は愛用の武器を手に覚醒する。
「‥‥行くぞアキレウス、お前の出番だ」
そこへ通りかかったのは学園の教師であり格闘技系部活の顧問をしている『老師』こと西 凱連。普段は好々爺であるが、世の道理を踏み外したものは容赦なく投げ飛ばして更生させるという激しい一面も持っている。
『老師』は徹の姿を見るなり雷のような一喝を浴びせた。
「神聖なる学び舎で武器を抜くとは何事じゃ!左様に血の気が余っておるなら儂が相手をして進ぜよう、武道場へ来るが良い!」
有無を言わさず首根っこを掴むと老齢とは思えない程の力強さで徹を無理矢理に引きずって行く。
徹はマンツーマンでこってりと『武術指南』されたのは言うまでもない。
この騒動の最中、部活帰りの女生徒A子が通りかかる。メロンはA子に気付くと猛ダッシュをかけたが、潤滑油によって手前で転げ、その弾みで外皮の一部、頭頂部にあるメンテナンス用のカバーが外れた。
そこから転がり落ちたのはメッセージカードを抱えたクマのぬいぐるみだった。
ようやく追いついたO児がそれはもう慌ててメロンから転がり出たぬいぐるみを拾おうと手を伸ばしたが、それよりも一瞬早くA子がそのぬいぐるみを手にした。ぬいぐるみが抱えたメッセージカードはA子宛てだったのだ。
O児は硬直して顔を紅潮させる。
「‥これ、先輩が‥?」
「あ、あぁ‥」
耳まで真っ赤にして視線を彷徨わせしどろもどろになる両者。
「‥嬉しいです‥‥」
A子は心底からわき上がる喜びを押さえきれない、といった様子でとけるような笑顔を浮かべた。
何がなんだと一同状況を見守っていたが、ソウィルがぽん、と手を打ち合点がいったようにうんうんと頷いた。
「メロンはあのぬいぐるみを預かっていたから逃げ出したわけね」
「あー‥なるほど。個人のプライバシーは機密扱いって設定してあるからな」
ようやく網から脱出してきたニートも油の染みだらけのスーツにカラフルな手芸糸が巻き付いている姿で把握したとばかりに頷いてみせた。
つまりは。
A子とO児の恋の悩みを聞いていたメロン。お互い好き合っているにも関わらずすれ違っている二人を記憶していた。
そして、O児が渡せずにメロンの中に隠したA子宛のぬいぐるみはある種プライバシー情報であり、当事者以外に見せるのはいかがなものかとの判断が働き、カバーを外そうとしたニートから逃げ出したのだ。
逃亡の末、A子の目の前で転んだのは偶然か必然か。
「あーあ、あっついあっつい」
ソウィルが揶揄するように手で顔を仰ぐ。
めでたく両想いとなったA子とO児の幸福感溢れる雰囲気を察して菜摘もよかったですっ、と笑顔で手を叩く。
メロンはよっこいしょ、と立ち上がり「お騒がせしました」とばかりに一同に向かって頭(?)を下げた。
「あらあら、これはどうしたことでしょう」
生徒会長である龍堂院 聖那が通りがかりついでに足を止め、小首を傾げた。渡り廊下には潤滑油がまかれ、トラップの残骸、バナナの皮、メロンパンを狙って集まった蟻などいろんなものが散乱している。
そこにいるのは、一仕事終えたような表情のスウィル、メロンにしがみつく菜摘、何か涙目の空、そして初々しい恋人同士と酷い有様のニート。
「面白いことをなさるのも結構ですが、程々にしておいてくださいねっ」
何が原因となったかを瞬時にして違わず察した聖那は笑顔で言い放つ。
「ガーサイド研究員には今後一週間廊下のお掃除をしていただきますからね♪」
朗らかに可憐な笑顔であったが、余人を圧倒する何かがあった。
ニートはサーイエッサー!と背筋を伸ばして敬礼までしていた。「長いものには巻かれろ」根性が骨の髄まで染み込んでいる様子である。
そこへヨグがやってきた。どこまでもマイペースな彼である。
「メロンプリン完成ですよー。皆さん一緒にいかがですー?」
「ヨグさんのプリンを食べられるですか!?」
「おお、これはラッキーですよっ」
菜摘は瞳を輝かせ、空は目尻を拭い満面の笑みを浮かべる。
武道場へ連れ去られた徹も誘い、特製プリンを一同仲良くいただいた。ちょっと遅めのおやつは大変美味であったそうな。
騒動はスイーツで丸く収める。ヨグはそれを狙っていたのかもしれない。
余談として、ニートから『金』一封として『ナイト・『ゴールド』マスク』が後にヨグへ贈られた。
また、菜摘にはメロンを分解しないと約束してようやく許してもらったという。