●リプレイ本文
●佐岳師祐子(
ga4931)・風雪 時雨(
gb3678)ペア
「これで最後の授業ですか。まぁ、出来ることをしっかりやりましょう」
「うん、頑張るね」
祐子は昔、コーディネーターを目指し勉強をしていたというだけあって時雨にほどこす施術は実に堂に入っていた。道具、衣装も使い慣れたものが良いということで自前で用意するなどこだわりは各所で見られ、「やるなら徹底的にやりましょう」という時雨の言葉に意欲を刺激されたのか化粧にも熱が入る。また、後に時雨一人でも出来るように注意点やポイントを細かく丁寧に指導していた。
その最中に時折、手を止め化粧を確認しては「風雪君可愛い〜♪」と時雨にハグを繰り返す祐子。その度に時雨は顔を紅潮させて慌てているのだが、それを誰も止めないどころか大変微笑ましいと温かく見守っているのだから、皆大概おおらかだった。
「風雪君はとても綺麗な子だから一番目は彼の素材を生かすコーディネートをするね」
用意された衣装はつば広の帽子にシンプルなワンピース、ヒールと全て白を基調にしており、艶やかなストレートのロングヘアに控えめな化粧。唇に薄く色づいた桃色が十代のセンシティブな可憐さを引き立たせる。
時雨はコンセプト通りに深窓の令嬢になりきって上品に、そして儚げな雰囲気を演出し振舞っていた。この場にいる全ての人を魅了してみせるという気概を持って。
「‥‥別に女装が趣味ではありませんよ」
「‥‥え?あぁ、いや、うん」
あまりに完璧すぎる女装に呆気にとられていたギャラリーは生返事を返す。真にせまる迫力と貫禄には実はこいつプロなんじゃね?と思わざるを得ない。
変身した時雨の姿に満足げにしながらも、祐子はさらなる向上を忘れない。
「これだと目立ちすぎて本来の授業目的にならないから二番目の化粧に入るね」
一度壇上から降りると、お色直しっ、とばかりに衣装も化粧も総取り替えに入る。
50〜70歳の老女に変装させるとして、時雨の若い肌に濃い色のファンデを塗り重ねて行く。目元に刻まれた皺を表現するためにペンシルアイライナーで線をいれ、シャドウカラーで自然になじませる。同時にハイライトカラーも使用し、年齢を重ね凹凸の増えた肌具合を再現していった。
衣装はブラウスに地味な上着、暗色のストールを肩にかけ、踝まで隠れるスカートの中にパニエを重ね履きさせてボリュームを出す。膝を曲げる演技を行っても外見にはわからないようにする対策である。髪に白い付け髪を忍ばせ、顔を隠すようスカーフを被せて顎下で結ぶ。
「これで‥‥はい、おばあちゃんっ」
時雨はその変装に相応しいようにと少し腰を曲げて手を後ろに組んでしわがれた声を出して見せた。
「これはもう、完っ璧ネ。しょっぱなからスゴイもの見せてもらったワ」
祐子・時雨ペアの変装にバロン・ミシェル(以下アフロと呼称)が唸る。化粧技術の高さ、なりきり具合、どこをとっても非の打ち所のない変装であった。
●ザン・エフティング(
ga5141)・御巫 雫(
ga8942)ペア
「…これって偵察や隠密行動に於ける変装技術の習得の為の授業だったよな?普段とは違う感じにすればOKなんだよな?ならくたびれたおっさんとかでも良いだろうが」
「何を言う、くたびれたおっさんのどこに美を見出せというのか!?」
実に正しく誰もが思うであろう疑問を雫が一喝する。そんな理由かよ‥と遠い目をしてザンは講堂の天井を見上げた。
「しゃぁねぇ、参加しちまったのは俺の意思だ。女装だろうが何だろうがやってやんぜ」
「ふふん。ザンは体格がいい。身長を活かし、可愛さよりもクールさで勝負する」
彼の様子を他所に雫は上機嫌で鼻歌混じりに衣装ケースから漆黒のゴシックドレスを取り出した。
「って、ゴスかよ!?‥‥いや、立ち振る舞いはわかりやすいが」
「うむ、何の問題も無かろう?」
意外に考えられた衣装チョイスにザンは唸り、椅子にどっかと腰を下ろす。
「ま、コレくらいの方がコスプレってカンジで気が楽だわな」
持ち前の男気を発揮し、覚悟を完了させるザン。
「身嗜みはぬかりあるまいな?」
「ああ、言われたとおりに無駄毛の処理とかはして来たぜ」
男気ありすぎである。
着替えを済ましたザンを椅子に座らせると雫は両の手に道具を握り、真正面から向き合う。自前の化粧道具と教材用化粧道具を併用し、慣れた手つきで薄めの化粧をザンの顔に施す。今回の場合、化粧はあくまで補助だと位置づけ、髪についてもカツラではなくエクステンションを利用してロングヘアーを演出していた。
「素体がいいからな。丸々全てを変える必要はない。あるものを最大に利用し、ほんの少しだけ手を加える‥‥」
萌えや美というものについて独自の哲学を持つ雫は、化粧だけに頼るのではなくモデルの良さを引き出すことに終始していた。女装ということで必要となった胸パッドですら素材を殺さないようにと控えめなものを用意した程である。
「内面というものは外観に影響を与えるものだ。外見だけ取り繕っても、それは所詮飾りに過ぎぬ。私に出来るのは半分までだ‥‥あとは、お前次第」
ヘッドドレスを被せながら雫は暗示をかけるようにザンの瞳を覗き込んで熱弁する。
「‥‥わかるな、ザン。イメージしろ、愛しい人を!妹を!滲み出すお前の情熱(パトス)を私に見せてくれ!」
香水を軽く吹きかけ、エスコートするようにザンを立ち上がらせた。
ザンもさるもので、なりきるのも必要であると妹をモデルに「クール系のお姉さん」を思い描く。背筋をピンと伸ばし、立ち振る舞いは優雅に、隙無くを心がける。
「御機嫌よう、良いお天気ですわね‥‥こんな感じでいかがかしら?」
「グゥ〜ッド!!新生ザン・エフティングの誕生であるな!」
「ホホホ、ハピバースデーわたくしですわッ」
結構ノリノリのザンだったが、その内心は穏やかではなかった。万が一、妹や恋人にこんな姿を見られようものなら腹を切るしかないと。故郷にいる姉に知られようものなら確実に殺されると。
こうしてゴス系クール美女を完成させた雫が胸を張る。
「元々そうでないものに無理矢理手を加えれば違和感を生む。いくら外観が変わり区別が付かなくなっても、不審に思われては変装の意味が無い。化粧が人の在り方を変えるのではない。人が化粧の在り方を変える。これが私の答えだ」
哲学的な言にアフロは深く同意を示した。
●紫陽花(
gb7372)・橘川 海(
gb4179)ペア
変装が出来る、と海に誘われて授業に参加していた紫陽花は受講期間中毎日違う格好をしてきては聴講生達を楽しませていた。学園夏服を着崩したものから始まり、以降はブレザー、スーツ、セーラー服、浴衣、ピエロ、果てはスター・カプロイアまで。趣味人のこだわりと精神力は並みならぬものがあるという良い証明であろう。
「よく色んな衣装を着たりするんだけど、今回は着たことがないマッチョな『肉襦袢』を着てみたいんだ。単なる女装はあまり進んでやりたくないんだよね、ほら、僕って身長あるから」
とは言いつつも、他のペアの女装が気になるようでちらちらと様子を伺う紫陽花。ここには『女装』ではなく『コスプレ』と言えば超やる気になるという彼の一風変わった性質が覗いていた。
海は何だかんだで楽しんでいる紫陽花の様子に「お誘いしてよかった」とにこにことしながらリクエストの肉襦袢を用意し、カツラを並べ始める。
失敗を糧に成功をすること、を目的に最終課題に臨んだ海だが今日の日を迎えるまでには紆余曲折があった。
何分、化粧道具に初めて触れるというだけにあって大なり小なり様々な失敗があり「下地を使っての肌合いの調整」では、何故か化粧道具の中に混じっていたF/X用のラテックスリキッドをロズウェル・ガーサイド(gz0252)(以下ニートと呼称)の顔面全体にコテやヘラで厚く塗り、引き伸ばし彼岸の花畑を見せていた。
「海ちゃん、それ、危ないワヨ!?!」
「えぇっ、ロズウェルさん、大丈夫ですかっ?!」
様子を見に来たアフロが異変に気がつき凝固し始めていたラテックスを引っぺがしギリギリセーフで事なきを得た。
「これ‥お化粧道具じゃないんですか?」
「ええ、ちょっと違うワネぇ。何でこんなものが入ってたのか文句言っておかなきゃだワ」
そんな彼女であるが、コスプレ名人の紫陽花のアドバイスやアフロの指導、ニートの犠牲でめきめきと上達を重ね、今日に至る。
海は肉襦袢を着た紫陽花にさらに褐色の肌襦袢を着せ、ボールドヘッドのカツラを被せると、カツラと肌襦袢、地肌の境界を丁寧に消して行った。その素早い作業ぶりにほろりときたアフロは「よくぞここまで‥‥」と目尻をぬぐう。
派手な色の袖なしTシャツにショートパンツ、ブーツを履いて壇上に上がった『マッチョ黒人男性』紫陽花は軽快なBGMとともに『新兵向け基礎訓練』を開始した。有名な某ビリー氏のアレである。紫陽花は口調も仕草も遜色ない位、某ビリー氏になりきっていた。姿かたちだけではなく、中身所作もきっちりと合わせてそのものになりきる、という揺ぎ無いポリシーの現れには自然と拍手が湧く。
紫陽花は『新兵向け基礎訓練』を一通り披露した後、一度壇上から降りた。スタンバイしていた海がワイルド&セクシー衣装とアフロカツラを手に駆け寄り、その場で早着替えを行う。即席ではあったが、BIGアフロマンがそこに完成した。
変装で必要なものは観察、スピード、そして成り切ること。そう考える海の集大成がそこにあった。
紫陽花は講師であるアフロを授業のたびによくよく観察していたため、不自然も違和感もなくアフロになりきってみせた。
「これでインストラクターとして、どこにでも潜入できますねっ?」
「そう、アタシのテクがあればどこでもOKだワヨ!」
ウィンクを投げかける紫陽花。アフロは立ち上がって心からの拍手を送った。
●ヤナギ・エリューナク(
gb5107)・桂木菜摘(
gb5985)ペア
「菜摘、折角だ…一番綺麗にしてくれよ?」
「はいっ、がんばりますっ」
腹を括ったヤナギは、やるからには一番だ、と笑いかける。菜摘は背筋を伸ばし敬礼をして答えた。
「おそろいの服とか着て、お姉ちゃんになってもらうんだ♪」という菜摘の希望・コンセプトに沿う形で、用意されたのは黒髪の姫カットウィッグ、小物にピンクのふりふりパラソルと子猫のぬいぐるみ、衣装はフリルのたっぷりとついたピンク色のワンピースに可愛いらしいヘッドドレス、白いタイツにエナメル系の赤いバレエシューズという、まさに夢見る乙女セットであった。
ウィッグは赤髪にピンクの服じゃバランスが取れなかろうというヤナギ自身の判断により用意され、パラソルもまたヤナギの提案で揃えられたものだった。
「インディーズやってた頃にヴィジュアル系で見てたとは言え、まさか自分がやるとは思ってもみなかったゼ‥‥」
しっかりそろった乙女セットを目の前にヤナギは苦笑を零すが、衣装や化粧道具を楽しそうに手に取る菜摘の無垢な笑顔に腹を括る。
「もうこれは菜摘のテクを信用してされるが侭ってヤツだな」
フリフリ服を少々手間取りながらも着込んで、椅子に深々と腰を下ろして施術を待った。
ヤナギの首にケープを掛けると、菜摘は化粧セットを手に取り顔をじっと見つめる。
「お化粧はどうしようかな?肌が綺麗そうだから全体的に薄めの方がいいような気がするです」
何度か小首を傾げた後、化粧のイメージが固まったのか、うんうん、と納得したように頷きいそいそと道具を手に取る。小さな手にはまだ大きいそれらであったがなかなかどうして、手に余すことなくスムーズに扱って行く。
そんな菜摘をじっとガン見するヤナギ。
一応は変装技術習得のための授業であるのだ。この一風変わった経験も今後の役に立つかもしれないと、化粧からヘアアレンジ、コーディネートと菜摘が施す変装の技術を自分のものにするべく熱心に観察、記憶していた。真面目に取り組む姿勢は聴講生の鑑である。
「おぅ、菜摘‥それってどうやるんだ?」
ビューラーを手にして少し躊躇した菜摘の様子にヤナギが声をかける。
「えっと、これでまつげをカールさせるですけど‥‥」
どう使うのかを身振りで示す。
「あぁ、確かに他人のはやりずれぇわな。貸してみ、自分でやってみるわ」
ヤナギはビューラーを受け取り鏡に向かい合う。このように彼は終始、菜摘の施術には協力的であり、そこには何の躊躇いもなかった。
カールさせた睫にマスカラを乗せ、アイライナーでくどくならない程度に目元を強調、おめめはパッチリ。パール系のカラーをポイントに配し、唇にはグロスを多めに乗せぷっくりつやつや感を出す。
最後にウィッグをかぶせ髪型を整えるとケープを外し、ヤナギの手を引いて椅子から立たせる。
「えへへ‥‥うまくできたかなっ?どうかなっ」
白い子猫のぬいぐるみにパラソルを持たせて姿見の前に並んで立った。
目標は『甘ロリ全開♪』というだけあって、それはもう見事なまでにスウィートな乙女がここに誕生していた。
「もうこの際だ、なりきってやるゼ。菜摘‥‥どう?似合うかしら?おねーちゃんにはなれて?」
「はいっ、とってもかっこかわいいですっ」
心底嬉しそうな菜摘は「おねえちゃんができましたっ」とヤナギの手を引きながら壇上に駆け上がる。
「あらあら〜、なんてキュートにスゥィートな子たちなのかしらァ〜、もう、食べちゃいたいっ」
たまらんっ!とアフロが身を捩らせ興奮気味に声を上げた。
その後、休憩時間に人気のない喫煙所で一服しながらヤナギは苦笑を浮かべた。
「女って怖ェな〜‥‥」
男の自分がこうまで変わるのだ、化粧をした女性はどれほど変わっているのか。深くは考えない方が幸福であろう。
●総評
「んもぉ〜、ホンット素晴らしかったワ!頑張ってくれたみんな満点よ!!」
感極まったアフロは瞳を潤ませ、組んだ両手を頬に沿え身をくねらせた。
こうして特別授業は終了した。だが、アフロの言葉に聴講生達は新たな波乱と試練を予感する。
「文化祭が楽しみだワネ!!」
余談ではあるが、この授業の間ニートは海の手にによりナイト・ゴールドの仮装をしていた。
「マントは強くなった気がしませんか?」
と衣装を手に笑いかけてくる海にどこからツッコミを入れたらいいか言葉を探すニートだったが、一心に真っ直ぐ向けられた少女の笑顔に逆らえる男がいるだろうか?いやいない。
「あ、メロンさん(メカメロン:学園内にいるメロン型ロボ。ニート謹製)のととさんがいる!うちのととさんがいつもお世話になってます」
礼儀正しくお辞儀をする菜摘にこちらこそだと背中を丸めお辞儀をかえすニート。どうにも小市民的動作が染みついている偽ナイト・ゴールドであったという。