タイトル:ルート381マスター:敦賀イコ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/06/26 07:07

●オープニング本文


 国道381号線はK県S市からA県U市に至る一般国道である。
 その381号線沿いにあるM町はA県の南予地方、S川の支流の一つであるH川の中流域に位置する。町の全面積の八割以上を森林が占めているという典型的な日本の山里であった。

 四国はバグア戦役が始まってすぐに本州との間にかかる橋が壊され、今現在ではキメラと人類の競合地域となっている。現状、UPC軍は九州奪還のために戦力を割いているため、四国では残存戦力での自衛を強いられていた。一般市民にとっては安全とは言いがたい状況下にある。ましてや大都市ではなく山間の町ともなれば。

 だが、人と言うのは不思議なもので、危険があろうとも生まれ育った土地への愛着を捨てることが出来ないようになっている。この時勢『どこへ逃げても同じなら慣れ親しんだ場所で過ごしたい』という思いもあるのだろう。戦前からこの町に住んでいた人々は戦役が始まっても故郷であるこの町を離れることなく、果樹を育て、棚田を耕し、ささやかに半自給自足の日々を暮らしていた。

 そんなある日、都市と町をと繋ぐ道路がキメラによって占拠された。
黒々としたツタのようなキメラは1.5車線ほどの幅の道路を覆いつくすように横たわり、触手を振り回して近づくものを威嚇する。

 迂回路もあるにはあるのだが、戦役開始から後、維持管理が放棄された山道は荒廃しており物資搬送の大型車両の通行はほぼ不可能となっていた。半自給自足、とは言え食料や生活必需品、医療品などは外部に頼らなくてはならない。通行止めの影響は深刻なものである。

 早急に排除する必要がある、と判断した自治体はULTに傭兵の派遣を求めるのであった。

●参加者一覧

ベーオウルフ(ga3640
25歳・♂・PN
ザン・エフティング(ga5141
24歳・♂・EL
御巫 雫(ga8942
19歳・♀・SN
最上 憐 (gb0002
10歳・♀・PN
周藤 惠(gb2118
19歳・♀・EP
佐月彩佳(gb6143
18歳・♀・DG
フローラ・シュトリエ(gb6204
18歳・♀・PN
天城・アリス(gb6830
10歳・♀・DF

●リプレイ本文

●始まる一日
 水分を多く含んだ空気のせいか初夏の緑は滴るほどに濃い。その緑に彩られ折り重なる山肌から立ち上る白い霞は奥行きを深め、青く沈む山の連なりを一層神秘的に見せている。
 その麓の、川沿いを走る舗装路の上に異形が一体。

 双眼鏡を覗き込み、キメラと周囲の様子を観察しながら、フローラ・シュトリエ(gb6204)は呆れたように口にする。
「生活道路に生えるなんて、嫌なキメラねー」
 双眼のレンズの先には黒い棒状のキメラが道路上を横断するようにその身を横たえ、触手をうねらせていた。
「相変わらず人に迷惑をかける事に関してはどこまでも一流だな、バグアの奴らは」
「まったくだ」
 ザン・エフティング(ga5141)がカウボーイハットを傾けながらシニカルに笑う。ベーオウルフ(ga3640)も肩をすくめて同意を示した。
「み、道が‥使えない、のは‥大変、ですよね‥」
 重度の男性恐怖症である周藤 惠(gb2118)は佐月彩佳(gb6143)の後ろに隠れながら「早く倒さないと‥‥」と続ける。彩佳は惠の様子に小首をかしげ大丈夫?と気遣う。
 男二人は少しだけ困ったような笑顔を浮かべ後ろ頭をかいた。
「‥‥ま、サクッと倒すか」
「町の人達の為にもな。で、その後は少し楽しんでいこうぜ」
 目の前にゃキレイな川、名産品の美味いものもあることだし、とザンはおどけた調子で片目を瞑ってみせる。年端も行かない少女達が厳しい戦いに明け暮れているのだ、たまにはこういった息抜きがあってもよかろう、という計らいだった。
 最上 憐(gb0002)がその言葉にこっくりと頷く。
「‥‥ん。桃。鮎。鰻。楽しみ」
「うん。だからお菓子は我慢‥‥‥倒れるかもしれない」
 食欲旺盛な二人はお腹の虫を鳴らしながらザンの提案に同意した。
 キメラとの本格的な戦闘は初めてとなる天城・アリス(gb6830)は真剣な面持ちで得物である長剣とブーメランを確認している。その隣で御巫 雫(ga8942)も愛用の銃を手に弾倉を確認しながら呟いた。
「うむ。今日は間違えてない。‥‥いつもの愛銃だ。間違いないな」
 過去、【OR】金タライと銃を間違えて持ってくるという強引なドジッ子スキルを発揮したことのある雫であるが、今日は間違うことなく正しい武器を持ってきた。少し寂しそうなのは気のせいだと言うことにしておく。


●誰のための戦いかを知る者たち
 接近してくる傭兵達の姿を確認するとキメラは追い払おうとするかのように触手を振り回す。
 攻撃をかいくぐり真っ先に懐に飛び込んだ憐の大鎌と触手の爪がぶつかり合い火花を散らした。
「‥‥ん。蔦は。食べられそうに。ないね」
 淡々と大鎌を振るう。
 断ち切られアスファルトの上に落ちた触手は2,3度痙攣した後、動きを止めた。
 ベーオウルフが機を逃さじ、と一足に飛び込み【OR】屠竜刀の柄を伸ばして両の手で持ち直す。
 目にも留まらぬ二撃に黒い幹が鈍くうねる、波打つ。
 反撃とばかりに触手がしなり、ベーオウルフに狙いを付けるがフローラの機械剣がそれを阻んだ。
「甘いよっ」
 焼き落とされた衝撃にキメラは身を捩りながら、残った触手で道の脇の斜面を削り取りると礫を掴み、次々と投げつける。
「蒼穹のブルマーの名に掛けて!萌えろ私の小宇宙!」
 女神の闘士としてシャングリラを目指していると思われる雫は高速で飛来する礫弾を射撃で破壊、ザンと彩佳の突入を援護する。
「天然‥‥鰻!」
「桃‥‥っ、鮎‥‥!」
 彩佳の長槍が勢い良く触手をなぎ払う。朝食を抜いてきた雫、お菓子断ちをしている彩佳の気迫と集中力はすさまじいものがあった。
 その気迫に煽られるようにザンのテンションも上がる。
「ハッハァー!いくぜいくぜいくぜぇー!!」
 右手に刀を左手に銃を、和洋折衷侍ガンマンの刃と弾丸がキメラに打ち込まれる。
「させません」
 なおも礫を投げようとしていたキメラであったが、鋭い風切り音と共に空を裂いて飛んだアリスのブーメランに礫弾を触手ごと断ち切られる。
「えっと‥‥囮、引き受けますから‥‥本体は、お願い‥‥です」
 盾を構え、あえてキメラに狙われやすい位置に身を置く惠。
 それならば、と惠に矛先を向けるキメラだったが、礫を掴む前に憐の大鎌によって触手を切り落とされた。
「‥‥投げさせない。刈り取る」
 全ての触手を切り落とされたキメラは横たえた身体をぞわりと波立たせると爆ぜるように形を変えた。小さな球状の本体から伸びる無数の触手という、不恰好な海栗のような形となって傭兵達に迫る。
「これ以上、手出しは‥‥させない!」
 数に任せて無闇矢鱈に振り回される触手を盾で防ぎつつ、剣で切り払い惠は果敢に本体を狙う。
「しつっこいのは嫌われるぜ!」
「観念するがいい!」
 切り払われ、触手が薄くなった箇所を狙ってザンと雫が銃撃を放つ。二発の銃弾は球体を貫き悪あがきに止めを刺した。

 こうしてキメラが完全に沈黙したのを確認した後、憐は周辺にからまっていた蔦(触手)の除去をはじめ、フローラとザン、彩佳は地中に根が残されていないかを調べる。
「邪魔になってる植物は刈り取らないとね」
「やっぱり根はカケラも残さずに処分した方がいいよね‥‥」
 アリスもまた、キメラが事前に種子を蒔いていないか、他に繁殖したキメラはいないかを調査していた。
 こうして傭兵達によりキメラの残骸の除去と周辺の調査が終わると、背後に待機していたULTの担当者がキメラを回収し、撤収を行っていった。しかるべき施設でしかるべき処理が行われるのだ。

 賞賛すべきはこの戦闘による周囲への被害は全くないということだ。
 国道はキメラが戦闘前に皹を入れた部分の補修のみで直ぐに開通できる様子だった。これは傭兵達が道路や周辺への被害──街の人々のことを第一に考えて戦闘を行ったからに他ならない。
「──さて、こんなもんか」
 道路上に散らばっていた岩を傍にどけ、車両が通行できる状態にまで道を片付けたザンが両手をはたいた。


●六月のある日川原で僕らは
 カッコウの声がこだまする。
 木の葉を揺らす風の音が通り抜ける。

 異形が排除された山間に天然自然の音が蘇っていた。

 見上げた梅雨の合間の青空は拭い去ったように青く。
 初夏の日差しは水面にきらめき、透明な影を映しながら川底を照らし出す。
 さらさらと淀むことなく流れる水はどこまでも清らかに、せせらぎを響かせていた。

 豊かな森の香りのする冷涼な空気を肺腑に吸い込むと心身ともに浄化されるような気分になってくる。

 ラストホープにも緑地帯があるがそれとは決定的に違うのは、海の上に作られた人工の地面に植えられた緑ではなく、開闢以来ずっと在り続ける大地に根付いた懐深き自然であることだった。

 傭兵達は己の能力や治療セットで傷を治療すると、この自然を楽しもうと川原に下り思い思いに行動を開始する。


「こんなこともあろうかと‥‥ぱららぱっぱらー『キャンプ用テント』〜。水着に着替える人は遠慮なく」
 彩香は早速持参してきたキャンプ用のテントを設置し中に潜りこんだ。渡りに船、と雫、惠が続く。
 やがて水着に着替えた彩香と雫、体操着の惠が出てきた。
「ふっ、ブルマーにスク水、陸海空、全ての萌えを網羅した私に隙は無かった!なお『空は何なのさ!』というツッコミは一切受け付けない」
 ふふふん、と胸を張る雫だったが、隣にいた惠と自分をふと見比べため息と共に肩を落す。
 惠は突然しょんぼりした雫の様子にど、どうしたの?とうろたえるがこればかりはどうしようもない問題だった。
「まだ成長途中だし、気にすること無いよー」
 なんとなく心中を察した彩香がのんびりと言いながら川に足を入れる。
「き、気にしてなどおらんぞ!!気にしてなど!!」
 誤魔化すようにしてわざと高く水飛沫を上げながら雫も続く。
 惠は少し考え込んでいたが、身長の事なのかな?とそう結論付けた。
「‥‥えっと‥‥カルシウムを摂ると、いいですよ?」
 川岸で水鉄砲に水を入れながらおずおずと笑いかける。
「なるほど、カルシウムか。あいわかった」
 声に振り向き、頷いて笑顔を浮かべる雫に安堵した惠はこくこくと頷き返した。
「なーんかズレてるような気がするけどなぁ」
 ほほえましいやりとりを聞いていたフローラは笑いながら脚で水を軽く蹴る。弧を描いて宙に浮いた水飛沫はキラキラと光を反射しながら川面に落ちる。
「当たらずとも遠からず、というところでしょう」
「‥‥ん。カルシウムは大事」
 アリスの大人びた物言いと憐の尤もな言葉にフローラは屈託無く笑った。

 川の流れの中でじゃれあう三人につられるようにアリスも靴を脱ぎ浅瀬に脚を浸す。水の冷たさと意外に強い水の流れに最初は驚いたものの、それは不快なものではなく。戦闘の緊張にこわばっていた精神をほぐすかのような心地よさがあった。
 彩香は目ざとく流れの中に鮎の姿を見つけ、川底の石を積み上げて囲いを作るとそこへ追い込もうと鮎を追いかけるがひらひらと泳ぐ鮎はなかなかにすばしこく思ったとおりの方向へは向かってくれない。
「うーん。やっぱ水中じゃ魚の方に主導権あるよね」
 深みの方へと向かっていってしまった鮎を見送りすこしだけ残念そうに腕を組んだ。

 歳相応にはしゃぐ少女らの姿を見守りながら、ザンは妹もこの場にいたら、とシスコン全開思想で遠くラストホープに思いを馳せる。
 ベーオウルフは手ごろな細竹を近くの山林から切り出し、針と糸をつけ即席の釣竿を持ち岩場に腰を下ろした。『傭兵としての仕事以外では無益な殺生を行わない』という自ら課したルールの通り、針は裁縫針で魚がかからないようになっている。
 能力者は特異な力を持つが故に簡単に無法者として人や社会から反することが出来てしまう。そんな風に他者を省みず、痛みを理解しないような怪物になってしまわないようにと、ベーオウルフは自戒として独自のルールを持っているのだ。


「‥‥お腹。空いた。食い倒れの。旅に。出掛ける」
「いろいろ‥‥美味しい物、食べられそう‥‥です、ね」
「じゃ、私も行こっかな」
 一通り川と触れ合った彼女らが食を求めて町へと足を向けたとき、地元の人が川原へと降りてきた。
「おーい、お疲れさん」
「助かったよ」
「来てくれてありがとう」
 口々に礼を言いながら人々は手にしていた荷物を広げ始める。傭兵達が礼に応えている間に川原にはテントが張られ、炭火が熾され、並べられた簡易テーブルの上には食材が乗せられていった。
「たいしたことは出来ないが、せめてものお礼だ。めいっぱい食べていってくれ」
 テーブルの上に並んだ食材は桃をはじめ、夏のはしりの果物や野菜、それに名物の川魚。
「はぁ、ゲンちゃんなんて昨日からはりきって、川上って七つも仕掛け沈めてたんだぁ」
「なぁーに、ソレを言うならジロちゃんだって一日じゅう鮎狙ってたんべな」
 好々爺が木桶とタライを手に呵呵大笑する。

 人々の快活な逞しさと勢いに呆気にとられていた傭兵達だったが、打算のない純粋な善意と好意を素直に受け止め、賑やかな歓迎を受けることになった。

「‥‥鰻。掴み取った」
「よし、俺に任せとけ!」
 憐が木製のタライから掴み取った鰻を受け取り、ザンは借りた包丁を握ってまな板の前に立つ。
 日本料理を学んだことのあるザンの手さばきに感心した地元の人たちは、負けじと腕前を披露し、炭火コンロの上には関東風と関西風の鰻が並んだ。
「日本の物を食べる機会って無かったからねー」
 フローラは瑞々しい桃を味わいながら興味深々、といった風に鰻を覗き込む。
 鰻の調理をザンに任せた燐は飯ごうで白米を炊き始めた。無論、地元の棚田で取れた米である。まずかろうはずがない。
 一方の鮎はシンプルに、はらわたを除いた後に串を通し塩を振って並べられる。
 じりじりと炙られ、余分な油と水分をぽたぽたと落とす鮎を前に、彩佳はお腹の虫を盛大に鳴らしながら焼き上がりをまっていた。

 水際では水掛祭りが始まっていた。
 地元の子供達に混じって水鉄砲や素手でばしゃばしゃと水を掛け合う雫と惠にアリス。(惠とアリスは水着ではないので手加減されていたが)
 川に入って盛大に水をかけようとした雫がここにきてドジっ娘スキルを発動させ、膝下程度の浅瀬で溺れかけるというミラクルを演じた。
「‥‥な、なーんちゃってな」
「泳げないんですか?」
「泳げないわけではないっ、泳ぎ方をよく知らんのだ!」
「‥‥えっと、それって‥‥」
 それ以上は言葉を濁す惠と追求しないアリスだった。ありがとう優しさ。

 なんとも微妙な空気を変えようと雫は足元の石を転がす。すると、石の下に潜んでいた川蟹がするすると歩き出してきた。
 驚いて三歩ほど後退する雫。完全に腰が引けている。
「か、蟹の分際で人を驚かせるとは猪口才なッ!茹でて喰ってや‥‥っわわ‥こ、こっち来た!」
 最初の威勢はどこにいったのか、雫は慌てて惠の後ろに隠れた。


「おーい、焼けたぞー!」
「‥‥ん。おかわり。し放題」
 ザンが朱塗りの団扇を片手に、憐がご飯茶碗を片手に仲間に声をかける。

 六月の川原に賑やかな笑い声が響く。


 美味しい食事に、思いがけない地元の人たちとの交流会に、温かなもてなしに自然と心が和む。
 山に抱かれた小さな町にもこうしてささやかな人々の暮らしがあり、この自然を、ここに生きる人々を自分達が守ったのだと。
 照れるように、謙虚に、或いは自慢げに胸を張り、傭兵達は微笑んだ。

 帰り際、お土産にと持たされたお茶の味は、川を渡る風のように涼やかに、優しかった。