タイトル:声は届かないマスター:アトレイト

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/08/31 13:36

●オープニング本文


 一目見れば、そのキメラはかつて人間であったことが分かった。
 異常なほどに巨大化を遂げた肉体組織は人間の筋肉が元であると分かるし、二足歩行で両手に大型の大剣を二本片手に持っているシルエットは異質ではあったが人間のものと似通っており、何よりその頭は日本人の、年齢的には高校生ほどの少年のものであった。
 そうではあっても、しかし彼はキメラである。今はまだ目立った破壊活動を行ってはいないが、その周囲に近寄る人はいない――――尤も、すでにUPCによる避難勧告が敷かれ街から住民は逃げているという事はあるのだが。
 人ひとりいない静寂に包まれた夜の街、獲物を求めて彼は彷徨っていた。

「お兄ちゃん?」
 静寂を揺らす声が一つ。
 そして、誰もいないはずの夜の街に姿を現したのは、齢12,3程度の少女だった。
「やっぱりだ‥‥お兄ちゃん!」
 嬉しさ半分、怖さ半分といった感情を込め、かつて兄であったモノに呼びかける。巨躯を擁するキメラは、その興味を涙目で自身に語りかけてくる少女に向け、血走った目で視界の中心に彼女を捉えた。
 小さな少女と大柄なキメラが向かい合う様は、傍から見ればどこかちぐはぐで、華奢な少女は今にも崩れそうで心許ない、そんな印象であった。
 少女は、震える声でキメラに呼びかける。
「お兄ちゃん、帰ろう。誰かを傷つけちゃう前に、戻っ――――」

 声が、途切れる。

 飛び散る鮮血。
 断たれる少女の胴体。
 痛みを感じる暇は無かったであろう。
 悲鳴一つ上げず、表情一つ変えず、少女はその命を絶たれた。
 表情を変えなかったのは、キメラも同じであった。
 目の前に立っていた”邪魔な障害”を排除したキメラは、獲物を求めて再び歩き出す。


「‥‥というのが、今回の事の顛末です」
 ULTより派遣された傭兵が、中年の女性に対して机越しに事件の説明を行う。机の上には写真が2枚。胴体を両断された少女とキメラに改造された少年の顔写真だ。
「我々は制止したのですが、娘さんの強い要望で説得を試みて頂いたのですが‥‥結果、娘さんは惨殺、息子さんは依然街中を徘徊しています」
 重々しい言葉で、傭兵は2人の母と思しき女性に凄惨なその結末を告げる。それを聞くと、母親は瞳から大粒の涙を零した。涙は止め処無く流れ、傭兵もその様子を見て暫く語ることを止めた。
 やがて、母親が泣き止むと、傭兵は再び重々しく口を開く。
「‥‥非常に残念ですが、我々としては息子さんを止めねばなりませんが‥‥宜しいでしょうか?」
 それは、彼を討つという宣言。
 傭兵としても、出来る事なら言いたくないという心情なのだろう。戦いによって人々を守る彼らにとって、戦う事で誰かを傷つけるかもしれないという事は心に重くのしかかる。
 少しの間の後、母親は心情を告げた。
「‥‥私には、どうすればいいか分かりません。あの子を止めてほしいのか、死んでほしくないのか。でも‥‥あなたたちは戦わねばならないのでしょう?」
 その言葉を受け、申し訳ありませんと一言だけ告げて傭兵はその場を立ち去る。
 誰かを傷つけるのだとしても、彼らは戦わねばならない――――人々を守るために。

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
キア・ブロッサム(gb1240
20歳・♀・PN
孫六 兼元(gb5331
38歳・♂・AA
不破 炬烏介(gc4206
18歳・♂・AA
蒼唯 雛菊(gc4693
15歳・♀・AA
常木 明(gc6409
21歳・♀・JG
蕾霧(gc7044
24歳・♀・HG

●リプレイ本文

●ドライな態度

 それは、悲劇だった。
 しかし、ありふれた悲劇。
 この手の話など、過去の依頼の報告書を漁れば幾らでも見つかるものであろう。
 故に、彼らの多くは無駄な感傷を感じることなく、誰も彼もドライな態度で戦いに臨もうとしていた。


「余計な感傷で娘を無駄に殺したばかりだろうに、なあ」
 母親への説明が終わると吐き捨てるように呟いた時枝・悠(ga8810)も、そのうちの一人であった。彼女は「止める」だの「戦わねばならない」だの婉曲な表現による説明にさえ多少のいら立ちを感じていた。事実をぼかす事は優しさなのか? 否、戯言だ、と。
「バグアの作戦には怒りを覚えるが‥‥キメラ討伐とは別問題だな」
 蕾霧(gc7044)もまた、深く心を惑わせる事は無い。人を、それも肉親を殺めたキメラに対する躊躇いなど、彼女が感じる事は無いのであった。
 キア・ブロッサム(gb1240)に至っては、飾らず欲望のまま行動する事には一種の潔さも感じる、とさえ感じていた。『情けや同情も少し立場が変われば皆簡単に捨てる物』と考える彼女にとって、余計な優しさは不要なのだろうか。
 須佐 武流(ga1461)に至っては、一切論を俟たないという態度で口をつぐんでいた。この戦いに関して色々あるだろうが、どう思うかを誰かに話すつもりもない―そんな態度を貫いていた。

 しかし、中には深く感じる物を心に秘めた例外もあった。
「‥‥少女‥‥死んだ、事も。気付かず‥‥ただ。魂は彷徨う‥‥
 ‥‥ソラは言う。『裁キ‥‥ソシテ弔エ』‥‥」
 不破 炬烏介(gc4206)は、そのうちの一人とも言えたが、彼もまた躊躇う事は無い。むしろ、キメラの命を絶つことにより少年と彼の妹の魂が報われるという思想のもと、確固たる意志でかつて少年であったキメラを打ち破ろうというのだ。
 もう一人の例外たる孫六 兼元(gb5331)もまた、彼に同意するかの如く声高に言う。
「うむ、外道に身を堕され、怨嗟の声を上げる少年を苦しみから解放する術、ワシは一つしか知らん‥‥故に、早々に打ち倒す!」
 彼ら能力者はキメラを打ち破る力は持っているが、救い出す力は持たない。だから、せめて苦しむ時を少しでも短くするために引導を渡す‥‥それが、彼らにできる精一杯の弔いであった。

 そんな彼らの顔色を伺い、ぼそり、と常木 明(gc6409)が呟く。
「やり易い面子みたいで何より、っと」


●戦いに及んで

 日は沈み、夜が訪れる。
 避難勧告の敷かれた市街地に人気は無かったが、作戦を円滑に遂行させるために街灯は光を灯しており、それなりの明るさはあった。
 その街灯に照らされながら、目標である大型キメラは血走った眼をぎらつかせて無人の街を徘徊していた。その姿を認め、蒼唯 雛菊(gc4693)が呟く。
「お母さんには悪いけど‥‥更なる悲劇を招く前に、叩き潰させてもらいますの」
 その言葉とともに彼女が覚醒すると、他の仲間もそれに追随して覚醒を行う。
 誰もが、一切の躊躇いも情けも無く戦いに及ばんとしていた。


「今だ、抑え込む!」
 蕾霧がSMG「ターミネーター」を素早く引き抜き、キメラに向けて『制圧射撃』を行いその動きを封じこみにかかる。
 制圧射撃を受けたキメラが少年の顔には似つかわしくない野太い叫び声を上げたのを見て、他の仲間よりも少し早いタイミングで蒼唯が飛び出し『瞬天速』と『急所突き』の同時発動による必殺の一撃を見舞わんとする。
 狙いは、右肩の付け根。
「その腕潰させてもらう! 瞬蒼襲牙『貫』!!」
 腹からの叫びと同時に蒼剣【氷牙】の鋭い刺突がキメラの大きな肩目がけて飛び出した。だが――――
(なっ‥‥浅い!?)
 大剣を握る腕を封じんとした一撃は、確かにその肩を抉りながらも、しかし致命的なダメージを与えるには至らなかった。
 驚く蒼唯を見据えながら、キメラは浅手とはいえ傷を受けたばかりの右腕を振り上げ、そのまま腕力と重力に任せて振り下ろす。
「くそっ‥‥この、程度ぉ!!」
 間一髪で大剣を引き戻すと蒼唯は回避態勢を取りつつ、同時に敵の一撃をそらすような防御の構えを取る。辛うじて、蒼唯の狙い通りにキメラの大剣は蒼唯の手にする剣の刃を滑るように落とされ、その間に蒼唯は距離を取る。
 その間にも他の能力者たちがキメラとの距離を詰め、陣形を整える。しかし、先ほどの命を軽々と吹き飛ばしそうな大剣の一振りを見れば、軽率な動きは文字通りの命とりであることは明らかであった。

「その隙‥‥見逃さない」
 キメラが蒼唯に気を取られている間、キアは拳銃「パラキエル」の狙いを定めるチャンスを得る。『鋭覚狙撃』と『影撃ち』の同時併用により、正確に少年の額に狙いをつけ――――孫六は戦いの前に「最後の情けとして、人の証であった顔には攻撃しない」と言っていたがそれは気に留めず――――引き金を引く。
 弾丸は狙った場所に的中する。少年の顔は血を撒き散らしつつ、その苦しみでで絶叫し表情を歪ませたが、これも頭蓋を貫く致命傷とはなりえなかった
 ここで、少々のイレギュラーが起こった。
 キアの容赦無きその一撃と少年の苦悶の絶叫により、八双の構えで攻撃の機会を窺っていた孫六の動きが僅か一瞬だけ止まったのだ。僅か一瞬の静止ではあったが、その僅か一瞬のうちに、容赦無く左手の大剣が振り下ろされる。
「ヌウッ!?」
 その一撃が自分に振り下ろされるのを見て、鬼刀「酒呑」を振り下ろされる大剣の前に掲げ防御態勢を取る。
 刃と刃が衝突した。
 火花が散り、金属音が響いた。
 大剣を受けきると、孫六は少しの間身動きが取れなくなる。何とかその一撃を凌いだ孫六ではあったが、それにもかかわらず孫六の身体はまともな打撃を受けたかのごとく痺れていた。
「拙いね‥‥兼元さん、引いて!」
 危機を察した常木が後方から拳銃「CL−06A」を構え、孫六が引くための隙を作るために数発の銃弾を放つ。頑健なキメラに傷を付けられるほどの威力を有した攻撃ではなかったが、僅かに生まれた隙を狙い更に時枝がオルタナティブMにて銃撃を重ねる。
「これも仕事だ。遠慮も油断も容赦もしないさ」
 二人の銃撃を受け、キメラは追撃の勢いを失う。その結果として、孫六は体勢を立て直すだけの時間を確保する事が出来た。
「スマン! 常木氏、時枝氏、助かった!」
 孫六はその間に強い衝撃から立ち直ると、大剣の射程から離れて構えを作り直す。

 孫六が下がると同時に動き出したのは、須佐であった。
 何も考えずに敵と対峙できる彼は少年の絶叫にも心を惑わすことは無く、ただ冷静に二人の作りだした隙を突いて超機械「ミスティックT」の電磁波により強化されたパンチを放つ。
 それにより隙を更に広げると、機械脚甲「スコル」の推進力を乗せたローキック、と見せかけたフェイントの一撃で右手の武器を落としにかかる。そのキックが大剣を力強く打つと、スコルによる勢いも乗り大剣は衝撃であわや宙を舞わんとする直前までいった。
 そこに重ねるかのように、死角から不破が飛び出す。
「‥‥死ねよ‥‥みっともなく‥‥虐鬼双王拳‥‥!」
 『豪破斬撃』を、『紅蓮衝撃』を、『二段撃』を――――全スキルを同時発動した乾坤一擲の拳を、今にも吹き飛びそうなキメラの右手の中の大剣めがけて繰り出す。
 一撃目で既に大剣は弾き飛ばされ、
 二撃目は蒼唯の付けた右肩の傷を穿つ。
 蒼唯の与えた一撃が布石となり、そこに重ねた不破の拳によってキメラの右腕は破砕された。三度、少年は叫ぶ。その声に苦しみを込めて。

 度を過ぎた苦しみでもはや意識も散り散りになったのか、キメラは残された左手の大剣を大きく振り上げ、前衛を務める者達めがけてがむしゃらに薙ぎ払う。
 須佐は素早くスコルの推進力を用いて間合いから離れ、時枝はそれを凌ぎ切る。
 しかし、不破だけは距離を離そうとするも間に合わず、直撃こそは免れたものの力強い斬撃を胴に受ける。その一撃で不破の身体は吹き飛び、宙を舞って地面に叩きつけられる。
「ぐァっ!?」
 地面に叩きつけられた不破は態勢を立て直そうとするも、一瞬上手く立ち上がれない。胴体から流れ出る血もおびただしく、追撃を受ける心配が無さそうな位置に飛ばされたことは幸いとしても、目に見えるほどに深手を負っていた。
「ぬうっ‥‥ここはワシが!」
 不破の敵討ち、とばかりに態勢を立て直し切った孫六が『スマッシュ』を発動しつつ大太刀を左脇に構え、右足で大きく踏み込みそのまま足に装備する脚甲「望天吼」にてキメラの足を抑えつける。
「兵法・波紋!」
 密着した体勢から居合のように小脇に抱えた大太刀を薙ぎ払う。
 その一撃は相当響いたようだ。もはや叫ぶ体力も失ったキメラは朦朧としだし、大きな隙を見出す。
「ようやく‥‥終幕ね」
 キアがふらつくキメラに追い打ちをかけるかのごとく足元に連続射撃を見舞う。
 それを受けて完全に死に体となった所に、時枝が『猛撃』により威力をブーストした大太刀「紅炎」の一撃で左腕を狙う。
「そろそろ死んでろ、面倒臭い」
 その強烈な一太刀は腕を切断するまでは及ばなかったものの、骨まで響く深い傷を与えるほどの威力を有していた。右腕に続いて左腕も傷つけられ、キメラはもう1本の大剣を取り落す。

 最期に止めを刺すため、常木は後ろから踏み込み、乙女桜を抜いてキメラの元に近づいてゆく。
 それを見た蕾霧は『援護射撃』を発動し、的確な射撃にて常木の切り込みを支援する。
「援護する、存分に叩いてくれ」
「言われなくとも、ね」
 常木がキメラの目の前に迫る。狙うはその少年の頭を繋ぐその首。
「『情けは人の為ならず』とは言うけれど、巡り返らぬ情けなんて必要ないね‥‥取った!」
 『両断剣』の一撃が首を捉える。
 少年の首がぽとり、と地面に落ちると、覚醒変調である桜の幻影が、敵を討った徴としてほのかに色を付ける。
「『散る桜 残る桜も 散る桜』ってね。ま、彼岸で待ってな」
 少年の首にそう告げながら儚げに微笑み、常木は刀を鞘に納めた。


●ソラは問う

「‥‥ソラへ還れ。少女。兄と共に‥‥」
 任務が終わり夜も更けようとし、UPCによって遺体が回収された後、不破は弔いとして火を起こし、煙を天高くまで届けていた。
 須佐や時枝といった、そのような事に興味を示さない者は早々に引き揚げていたが、中には心のどこかで何かを考えながらもその炎を見つめ続けている者もいた。


 不意に、残っていた者達に向かって不破が問いかける。
「ソラ‥‥は、問う。この闘いが、終わる時‥‥俺達は『誰カト共ニ居ラレルノカ?世界ニ居場所ハ在ルノカ?』
 ‥‥カルマの黒は‥‥炎となり。何時か。身を焼き尽くす。逃れる、為‥‥優しさはある‥‥のか?」

 その問いかけにまず答えたのは、キアであった。
「情けや優しさなど‥‥自己満足の‥‥為、かな」
 そう、彼女は優しさを所詮その程度の存在である、と断じて言葉を続ける。
「一瞬、崇高な人間になれた気分になれる‥‥夢‥‥
 夢だから‥‥覚めれば簡単に捨てられる‥‥
 それを信じて‥‥縋るは愚者‥‥居場所が欲しければ‥‥未来が欲しければ‥‥自らで勝ち取る以外無い‥‥かな。
 所詮‥‥他力本願で与えられた居場所など‥‥儚いものですから‥‥」
 それが、彼女の哲学であった。
 金という、形有り手元に残る物を信じる彼女は、情けや優しさといったすぐに捨て去れるようなモノよりも自分が勝ち得た者が全て、と信じているのであろう。

 次に、蒼唯が短く答える。
「何が一番強いか‥‥何て答えられないけど、人は感情があるから強くいられると思う。逆もまたあるのだけど‥‥
 だから‥‥優しさが失われたとしても、自分の心が報いに立ち向かう強さになると思う‥‥ですの」
 少し考えたのちに彼女が下した結論が、これであった。
 彼女は家族を失った末、バグアに対する恨みを心に秘めて戦ってきた。その心こそが原動力であった彼女の、答であった。

「ソラ‥‥は、何も‥‥言わ、なかった。
 だと‥‥しても。オレ、が‥‥答、を‥‥見つける、べき。かも‥‥しれ、ない」
 ヒトの意志がもたらす力を探求する彼は、どこかでまた誰かに同じ問いかけをするのだろう。
 その答えを求めて。

 炎は、高く煙を上げてまだ燃えていた。