●リプレイ本文
●きっと生きて
2人の失踪からは、既に結構長い時間が過ぎていた。
この救助任務に派遣された傭兵たちは勿論、未だ帰ってこない2人を絶対に生きて帰すという固い決意を結んで林の中に足を踏み入れた。特に、その中でも純粋な――――戦場に出るにはあまりにも純粋な少女である真白(
gb1648)は、彼らが生きている事を信じてやまない。
「2人を助けるために頑張りましょうね!」
「そうですわね。あの時のような思いをするのは嫌ですの‥‥早く救出に行くですの」
同じく若き能力者である蒼唯 雛菊(
gc4693)もまた、彼女の思いに呼応する。身近な人をバグアの襲来で失った彼女は、戦争により起こる犠牲をこの中の誰よりも心から忌避しているといっても過言ではないだろう。
しかし、一行の中でも特に長く戦いを経験してきた堺 清四郎(
gb3564)は、彼女たちの楽観視した考えに懐疑的であった。戦場は甘くない。いつどこで誰が死んでもおかしくない、未帰還者2人どころか自分たちがここで死ぬことさえあり得るというのに。
(万が一の時、経験の浅い連中は耐えられるか?救いのない現実に‥‥?)
「私たちにとって隣り合わせの生と死。
生きる事、死ぬ事‥‥どちらも私には未だに解りませんね‥‥」
紅苑(
gc7057)が、独り言のようにつぶやく。死が身近である世界に生きる彼女には何が生死を分かつのか、ぼんやりとしていて分からない。そんな彼女の言葉に、小鳥遊 神楽(
ga3319)が同意する。
「そうね‥‥はっきりとは分からないけれど、私もそう言われるとそのように思うわね。
ともかく、一刻も早く彼らを見つけ出して救出しなくてはならないわね。あたしも全力を尽くすわ」
「そうですね。いずれにしても、未帰還者の方が無事でいてくれればいいのですが‥‥」
そんな紅苑の言葉に、静かに同意するのは彼女が愛する人、蕾霧(
gc7044)であった。
「勿論だ。離脱し損ねたチーム、助けん訳にはいかんからな」
きっと2人を救ってみせる。その様な決意を彼女たちは言葉に込めていた。
その結末を、誰もが知らぬままに。
●急襲
「‥‥これは、狼の毛?」
何かに気づいたフォビア(
ga6553)がふとしゃがみこみ、何やら毛の束のようなものを手にして立ち上がる。報告では、まだ狼キメラは残っているとのことであった。そもそも、未帰還者の事がなければ今回の任務は只の残党掃討任務であったのだ。
毛の束の他にも足跡のような痕跡も見つかった。さほど大きくは無いが数は多く、更に新しい足跡であることを示す痕跡がある。
「気を付けて‥‥近いかもしれない」
フォビアが周囲の情報から状況を判断し、その事を一行に忠告をした時だった。
「来ます‥‥キメラの群れ!」
前方警戒を行っていた篝火 晶(
gb4973)が突如として叫ぶ。篝火が指差した先に見えたのは、狼型キメラだ。数は6体、そして予想以上の速さでこちらに向かってくる。
「速い‥‥うあっ!?」
一匹のキメラが篝火に向かって飛び込んでくる。とっさの判断で急所への攻撃は免れたが、それでも完全にかわし切る事は出来ず左足を噛み付かれる。
攻撃を受けた篝火は短い悲鳴を上げつつも剣を素早く抜き、切り払う。深手を負わせるには至らない一撃ではあったが、ひとまず噛み付いてきたキメラを振り払う事には成功する。
次に襲撃を受けたのは堺。しかし、堺はそれに素早く反応して太刀でキメラの突撃を受ける。
「ならば後の先を!」
堺はキメラを押し返し、返す刃でキメラに鋭い突きを踏み込みつつ見舞う。
深い一撃は致命傷となった。体を貫通するほどの刺突を受けたキメラは、堺が太刀を引き抜くとそれきり動かなくなった。
「まだ来るわよ!」
小鳥遊は蕾霧と共に弾幕を張りつつも次なる襲撃に向けて警告を発する。サブマシンガンから繰り出される弾丸の雨あられはキメラの襲撃を抑え込むが、抜けてきた一匹が紅苑に向かって飛んでいく。
「紅苑、行ったぞ!」
「はい!」
蕾霧の掛け声が功を成し、紅苑は冷静に盾でその攻撃を受ける。よろめいたキメラに対し、そのまま手にしていた棍棒による反撃にてキメラを打ち上げる。
「そこです!」
その隙を見逃さなかった真白がキメラを拳銃で撃ち抜く。この的確な真白の援護射撃が致命傷となり、キメラはそのまま動きを止める。
能力者たちの反撃に晒され、2体の仲間を失い瞬時に劣勢に陥った狼キメラの群れ。怖気づいたのか、キメラ達は既に逃亡の姿勢を見せようとしていた。
「逃がさない‥‥!」
フォビアは【エアスマッシュ】と【高速機動】を使用し、逃げようとするキメラに向かって爪による衝撃波を見舞う。その直撃を受けたキメラが吹き飛ばされるとフォビアは更なる追撃を見舞おうと【迅雷】を使おうとするが、小鳥遊がそこに制止を加える。
「フォビア、深追いの必要はないわ。今は怪我人の救出が最優先よ」
「‥‥そうね、了解したわ」
そうフォビアの突出を制しつつも小鳥遊は別のキメラに対して銃弾の雨を浴びせる。そこに蕾霧も動きを合わせ、十字砲火を受けたキメラは蜂の巣となり倒れる。
最後の無傷のキメラを見つけた蒼唯は【瞬天速】を発動して一気に接近、刀を構えて【急所突き】を発動する。
「おとなしく‥‥してろぉお!!」
あやまたず急所を貫く刺突。このキメラも、また瞬時に絶命を遂げた。
気が付くと、手負いのキメラ2体は既に逃亡していた。それらを追ってもよかったが、今は小鳥遊の言う通り怪我人の救出が最優先。一行は捜索を再開する事とした。
●無言の対面
それから十数分もかからなかっただろう、一行が2人の未帰還者を見つけるには。
最初に倒れていた2つの影を見つけたのは先頭の篝火。一人は20代前半ほどの女性、もう一人は浅黒い肌のまだ幼い少年だった。彼らを見つけたことで一瞬篝火の表情は明るくなったが、その静か過ぎる様子に疑問を覚えて明るい表情はかき消える。
周囲が安全であることを確認すると、篝火は手首に触れ、瞳にペンライトの光を当て、そして立ち上がると無言で首を振った。
既に2人は、帰らぬ人だった。
「そんな‥‥どうして‥‥どうして‥‥!」
その現実に真白の純粋な心は押し潰され、涙となって悲鳴を上げる。
もっと強ければ救えたかもしれない。
もっと早く助けに来ればよかった。
「ごめんなさい‥‥ごめんなさい‥‥ごめんなさい‥‥!」
そのような思いが彼女の中に渦巻き、彼女は泣き崩れる。
「立て‥‥泣くのは帰還してからだ」
厳しい言葉を発したのは、年長の傭兵である堺であった。
「誰だって仲間の死に立ち会うのは辛い‥‥だが、救われなかった2人を救うためには、今はまだ泣いてはならない!」
堺の言葉に衝撃を受け、真白の涙が止まる。
辛いのは誰だって同じだった。冷静を保ちつつもその理不尽に怒りを感じる蕾霧。己の無力を嘆きつつもそれを抑え込むフォビア。中でも、家族を失った過去を重ね合わせた蒼唯は、誰よりも強い憤りを抑え込む事で精一杯だった。
誰一人とてこんな結末を望んでなどいなかった。
「悲しんでもこの方達が帰ってきてくれる訳ではありません」
堺に続いて、紅苑も真白に語りかける。
「でも堺さんの言う通り、今は連れて帰るのが一番大事な事でしょう?」
そう。
まだ任務は終わっていない。
命を落とした今でも、2人は仲間の元に帰りたいに違いないだろう。
堺と紅苑の言葉に、自分の成すべき事を思い返す真白。
真白は再び立ち上がる。
「取り乱してすみません‥‥ありがとうございます、紅苑さん、堺さん」
再び固めた決心と共に。
「2人を運ぶ前に、せめて綺麗な顔で帰してあげましょう」
そう提案したのは、篝火と蕾霧。『エンゼルケア』として、遠くに旅立ってしまった2人の為、出来る範囲で綺麗な体にしてあげようというのだ。
他の6人もそれに同意し、その間に警戒を行う事とする。
体中の土を濡れたタオルで払い、固まった血を拭い、傷に包帯をあてがい、身体をエマージェンシーキットの防寒シートで包む。その間、キメラの襲撃が無かったことは幸いであった。
心なしか、綺麗になった2人の若い能力者は安らかな表情に見えた。
遺体の運搬は蕾霧と小鳥遊が行う事とした。もう帰らない仲間の体を背負い、固定するために包帯で括り付ける。
そして、皆が2人に心の中でかけた言葉は、全てが同じものであった。
『間に合わなくて、ごめん。でも、一緒に帰ろう』
●挟撃
しかし、まだ戦いは終わっていなかった。
リベンジとばかりに手負いの2体を含め残った8体のキメラ達が、一行を待ち受けていた。それも、前後を挟み込むかのように。
幸いな事は、後方を警戒して遺体運搬者を包む陣形を取っていた事であった。
「全く‥‥空気が読めてませんの!」
誰よりも強く憤っていた蒼唯がついに心の鬱屈を爆発させ、誰よりも早く覚醒を行う。その徴である氷の耳は、尻尾は、今や氷よりも冷たい冷気を撒き散らしていた。
「絶対‥‥絶対に潰す!」
心を逸らせ、蒼唯は【瞬天速】を発動させ吶喊しようとする。
しかし、それよりも早く蕾霧と紅苑、堺が彼女を制止する。
「取り乱すな! 少しは落ち着け! 【帰るべき場所】まで、連れ帰る事も、依頼内容の一つだろう?」
「落ち着いて下さい、今は二人を連れて帰るのが先決です」
「怒りに身を任せて間合いを見失うな! 退かぬ心も大切だが、間合いを見失っては駄目だ!」
三人の言葉に冷静さを取り戻した蒼唯は、寸での所で瞬天速の発動を止める。
「‥‥ああ」
しかし、キメラは待たない。
遺体の血の臭いを感じたのか、キメラの群れは死体運搬を行う小鳥遊と蕾霧に向かう。
「させるか!」
愛する者、そして逝ってしまった仲間を守るため、紅苑は【ボディーガード】を発動し、後方から向かってくる4体のキメラを受け止める。容赦ない猛攻に晒され傷だらけになりつつも、彼女は退かない。退く事は無い。
「紅苑!」
「ぐっ‥‥まだです!」
それを助けるため、フォビアは【迅雷】を発動して一気に4体の元に接近する。
「‥‥邪魔しないで。今、少し気が立ってる」
静かに、しかし深く殺気を放つフォビアの瞳。
その威圧感に圧されたのかキメラ達はたじろぎ、その隙を見逃さずキメラのうち1体を切り刻む。薄々感じていた苛立ちも相まってか、力強い連撃にキメラは瞬時にして倒れる。
しかし、フォビアの動きはまだ止まらない。
もう1体のキメラにも再び【迅雷】を用いて接近し、再び一瞬にして切り刻む。2体目のキメラもまた、彼女の疾走の前には耐える事は出来なかった。
「今度こそ!」
【先手必勝】の構えで真白は3体目のキメラの先手を取り、【急所突き】を発動しつつその足に銃弾を撃ち込む。そこに生まれた隙乗じて再びフォビアの爪が襲い掛かり、キメラの体を切り裂いた。
しかしその一方、手負いのキメラが無防備な蕾霧に向かっていく。
「させません!」
それでも、守るために真白は手負いのキメラを止める。
迷いを棄てた彼女は強かった。素早い反応と共にキメラを撃ち抜き、唯でさえ傷を負っていたキメラはその一撃で地に伏す。
4体のキメラの攻撃を凌ぎ切った紅苑は、満身創痍のまま膝をつく。その様子を見て蕾霧は思わず声を上げた。
「紅苑! 大丈夫か!?」
「大丈、夫、です‥‥!」
傷だらけの体で答える紅苑。
これが、彼女たちの守る戦いであった。
前方では、堺が必死にキメラの攻勢を受けていた。
「ぐっ‥‥流石にキツい‥‥!」
そのうちの1体がついに堺を抜け、遺体を背負う小鳥遊に迫る。
「させるかッ!」
それを見逃さなかった蒼唯は一気に接近し、刀を振り上げてキメラを斬る。しかしそれは致命傷に至らず、反撃に転じたキメラが蒼唯に目標を変え左の手首に噛み付いた。
飛び散る鮮血。響く悲鳴。
だが、蒼唯は怯まない。
「こ、の、程度で‥‥なめるなぁ!」
噛み付かれたままの腕を振り回し、キメラの体を樹の幹に叩きつけ、更に逆手に持った刀で切り裂く。ありったけの怒りを文字通り叩きつけられたキメラは、呆気なく真っ二つになる。
「手負いは自分が!」
傷を負ったのキメラを狙うのは、篝火。狙いをその体につけ引き金を引くと、正確に弾丸がその体を貫いた。既に手負いであったキメラを倒すのには、その一発で十分であった。
請け負うキメラが2体に減り、動きが楽になった堺は反撃に転じる。キメラのうち1体の懐に踏み込み至近距離からの斬り上げを放つと、直撃を受けたキメラは無防備を晒し、更なる追撃に耐えられるはずも無く体を貫かれて倒れた。
残る最後の1体が逃げようとする。しかし、2人の弔いのためにも、それを見逃すつもりはなかった。
篝火が牽制射撃を行い、動きを阻まれ死に体となったキメラに素早く蒼唯が接近し、刀を振り下ろす。
「おとなしく‥‥してろぉお!!」
1撃。2撃。3撃。
3連続の斬撃を受けたキメラはそれに耐えられるはずも無く、そのまま動かなくなった。
●忘るること無かれ
任務が終わっても、一行は沈鬱な表情を浮かべていた。
篝火は報告を済ませると静かに人気の無い場所に向かい、人知れず拳を壁に叩きつけて己の非力さを悔やむ。小鳥遊も同じく、己の非力さを思い知って誰にも聞こえぬように弱音を吐いた。
「‥‥すべてを救えるだなんて思う上がった事は考えてはいないけれど、こうして実際に自らの無力さを思い知るとさすがに堪えるわ」
そして紅苑は、蕾霧に一つの問いを投げかける。
「蕾霧。この方にとっての生は、死は、どんなものだったのでしょうね?」
それに対して蕾霧は、動揺を抑えつつも冷静を装い返答する。
「この者達の‥‥か。生は希望、死は無念‥‥だったかもしれんな‥‥」
一方、堺は先に出ていた別のチームの元を訪れていた。
彼らもまた傷だらけで弱々しくはあったが、そのうちの1人の青年は堺の姿を見ると立ち上がるなり深く頭を下げる。
「ありがとう‥‥あいつら、これで報われるだろうか?」
「それは分からない‥‥だが、軍ではKIA(任務遂行中戦死)の3文字しか残らん。だから、残された俺達が2人を永遠に心に留めておかねば、きっとあいつらは報われまい」
「そうだな‥‥」
青年はそう呟くと、堺の顔をおもむろに真っ直ぐ見据える。
「なぁ、あんた。あいつらの事、覚えておいてくれないか?」
「勿論、そうさせてもらう。では、あいつらの名前を教えてくれないか?」
「分かった。少年の方は【シャルル=エリック】、女の方は【橘 里音】だ」
「ありがとう。俺が‥‥俺達が、そいつらの名前を語り継ごう」
「そうだな‥‥それが、生き残った俺たちの使命なのだろう」
堺は静かに目をつぶると、2人の若い能力者に弔意を表して天を仰いだ。