タイトル:笑う鳥マスター:朝臣 あむ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/01/06 04:15

●オープニング本文


 澄み切った青空の元、老夫婦が仲良く歩いていた。
 周囲に変わった様子は無く、時折鳥の囀りが響く。
 天気は空の色からもわかるように悪くない。
 雲ひとつなく、空と地上を遮るものは何もなかった。
 しかし――
「ん? 雲が出て来たか?」
 2人の頭上に影が射した。
 その事に老人の顔が上がる。
「――ッ!」
 ドサッと倒れる音が響き、それに驚いた老婆が今度は顔を上げる。
「ッ‥‥と、鳥‥‥?」
 辛うじて声を零し、老婆もその場に座り込んだ。
 彼らが見上げる先にいたのは、巨大な鳥。
 巨大と言っても大きさは人間よりも少し大きいくらいだろうか。
 明らかに鷲に似た容姿のそれが、2人の頭上で止まっているのだ。
「ば、婆さん‥‥逃げるんじゃ」
「じ、爺さんこそ、逃げるんじゃ‥‥」
 互いの手を取り震える声を紡ぐ。
 どちらも腰が抜けて動けない。
 このままではこの大きな鳥に食べられてしまう。
 そう思った時、2人の顔が一掃強張った。
「顔が、ある‥‥?」
 そう、本来なら鳥の顔がある場所に、あるべきはずのない顔がある。
 それは幼く可愛らしい少女のもので、明らかに普通の鷲ではない。
 ここに来て、老夫婦はこの鷲がキメラであると悟った。
 だからと言って逃げることなど出来ない。
 キメラならば尚の事だろう。
 ガクガク震える老夫婦と目があった少女の顔を持ったそれは、ニンマリ笑うと「ケケケケ」と嫌な声を上げた。
 その直後、辺りに悲痛なまでの叫び声が響き渡ったのだった。


「なんとも奇妙な報告が届いたよ」
 そう能力者を前に切りだしたのは、今年で40を迎えた男性オペレーターだ。
 彼は手元に届いた報告書を眺め、僅かな苦笑を滲ませる。
「事例は鷲の形をしたキメラだ。特徴は少女の顔を持っていると言うこと。どうやら道行く者を無差別に襲っているものと思われる」
 男の手元にある資料によるとこう記されている。
 場所はとある郊外の街道。
 見通しも良く天気が良ければ壮大な風景が臨める場所らしい。
 キメラは2メートル程の大きさで、動きは素早いが顔に反して人語を喋る事は無いと言う。
「攻撃方法は急降下での体当たりと爪での攻撃だ。ここまでは特に問題が無い。だが、問題があるのはこれ以降でな‥‥」
 男はそう言葉を切ると、言い辛そうに息を吐いた。
 確かにここまでの報告を聞く限り、普通のキメラと大差がないように思われる。
 人語を喋れないと言うのであれば、知能も動物とほぼ変わらないだろう。
「何か特殊な能力でもあるのですか?」
 1人の能力者が問いかけた。
 その声に男の口に苦い物が浮かぶ。
「特殊と言うか‥‥あー‥‥その、だな」
 かなり歯切れが悪い。
 その様子に能力者達も思わず息を呑んで続く言葉を呑んだ。
 そして出た言葉がこれだ。
「――糞尿を投げるらしい」
「「「!?!?」」」
 この場の全員が唖然とした。
 糞尿と言えばアレしかない。
 アレを投げると言うのは、動物ならあり得なくないだろうが、かなりえげつないと言うか遠慮したい敵だ。
「あー‥‥この任務にあたっては、俺から褒美を用意している。あまりに、あんまりだからな」
 そう言って男が提示したのは、退治後の優遇処置だ。
「近場の温泉施設を貸し切ることに成功した。退治後は、ここで汚れを落としてくれ」
 つまり、糞尿を浴びて頑張れと言うことだろうか。
 未だ言葉を失っている能力者達に、男も色々複雑な思いがよぎっているらしく、最後になにを言うべきか迷っているようだった。
 そして言う事を決めたのだろう。
 周囲を見回した彼は、真剣な眼差しを能力者に向けこう言った。
「ウンをつけて頑張って来い」

●参加者一覧

終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
八葉 白雪(gb2228
20歳・♀・AA
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF
八葉 白珠(gc0899
10歳・♀・ST
八葉 白夜(gc3296
26歳・♂・GD
ミコト(gc4601
15歳・♂・AA

●リプレイ本文

 青い空が綺麗に映える、真っ直ぐな道。
 そこを訪れた能力者たちは、雲1つ無い空を見上げて複雑そうに表情を歪めた。
「まだ、来てないみたいですね‥‥」
 呟き空から視線を戻したのは終夜・無月(ga3084)だ。
 彼は隣で報告書に目を通すミコト(gc4601)を見やると、苦笑したままその肩を叩いた。
「‥‥いくら見ても、情報は変わらないと思いますよ」
 そう言いながら彼の手元に視線を落とす。
 そこに書かれている文字は、依頼を受ける前にも目にしたが、何度見ても書かれている文字は同じ。
「‥‥なかなか厄介な‥‥相手みたいだね」
 ミコトはそう言うと、ようやく顔を上げて無月を見た。
 移動の最中にも何度か目にし、ここに来ても何度か目を通したが、無月の記憶同様に、何度目を通しても書かれている内容は変わらない。
 そのことに苦笑しながら報告書を畳むと、無月は小さく肩を竦めて見せた。
「例のモノは、受けない方向で行きたいものですね」
 この視線の先に、討伐すべき相手が訪れるという。
 その相手の攻撃方法を思い出し、無月とミコトはなんとも言えない表情を浮かべて顔を見合わせた。
 そこに涼やかな女性の声が響く。
「‥‥え‥‥と。随分かわったキメラなんだね」
 そう呟き、胸の前で手を組むのは八葉 白雪(gb2228)だ。
 彼女もまた、今回の敵には思うところがあるらしく眉間に僅かな皺を刻んでいる。
 そんな彼女の脳裏に、声が響く。
(‥‥物理的被害は少なそうだけど。あまり嬉しいものじゃないわね)
 白雪と似た声が彼女の首を縦に動かす。
 この声は彼女の中にいるもう1人の白雪――否、双子として生まれるはずだった姉の「真白」の声だ。
 どうやら、白雪同様に真白も今回の敵には不快感を覚えているらしい。
「‥‥なんだか嫌なキメラだけど‥‥がんばらないと‥‥」
 そう言って姉である白雪の横で、不安げに空を見上げる八葉 白珠(gc0899)は、未だ見えてこない敵に明らかな嫌悪感を顔に浮かべた。
 出来ることなら皆の足を引っ張りたくはない。それでも気分が乗らないのは事実だ。
「人面を持つ鳥とは奇妙な‥‥」
 言って気落ちしている白珠の頭を撫でたのは、兄・八葉 白夜(gc3296)だ。
「いずれにせよ早々に祓うとしましょう」
 このままで良い訳ないのは明白。そして物理的被害ではないものの、被害が出ているのも事実だ。
 ここで退治しなければ、今後も被害が広がるのは確実だろう。
「そうですね‥‥それにしても、嫌な敵です‥‥」
 そう、白雪が憂鬱に声を漏らしているときだった。
「人払い終わったよー!」
 この場の雰囲気に似合わない、元気で明るい声を響かせ、夢守 ルキア(gb9436)が駆け込んできた。
「‥‥ルキアさん、寒そうです」
 フェイスマスクにサングラス、それにタンクトップ姿のルキアを見て、白珠が呟く。
 その声に、討伐の間、人が寄ってこないように人払いをしてきたルキアは、自らの姿を見下ろして目を瞬いた。
「洗い易いように着替えておいたんだ」
 効率良いでしょ?
 そう首をかしげて見せる彼女に、白雪の顔が引き攣った。
「洗い易いように‥‥それって、つまり‥‥」
「浴びても洗えばいーし、悪循環慣れてるもん♪」
 なんとも前向きな考え方だ。
 そんな彼女に白夜は好感に近い笑みを浮かべて、掛けている眼鏡を指で押し上げた。
「そう云った考え方もありますか。おや、ミコト殿のそれは?」
「時期はずれだけど‥‥ほかにいいものなかったからねぇ」
 ミコトはそう口にして、仕込みビーチパラソルを広げて見せた。
「‥‥まぁ、使えるものは使わないと?」
「浴びないための対策ですね‥‥」
 今回の敵への対応策は皆それぞれらしい。
 無月はそんな様子を眺めて、改めて街道に目を移した。
 そんな彼に声が掛かる。
「みかがみ君、今日はKVに会えなくてザンネン」
 言って笑いかけるルキアに、彼の目が瞬かれた。
「‥‥それは?」
 ルキアが着けるフェイスマスクは、匂い対策のためだとわかる。では、そのサングラスはなんだろう。
 そんな意味で問いかけると、彼女はサングラスの縁を上げて紫の片目を瞑って見せた。
「視界が阻害されると、困るよね!」
「ああ‥‥それも、例の対策ですか‥‥」
 そう呟いて苦笑すると、無月らは戦いたくない相手と戦うために街道を歩き始めたのだった。

●笑う鳥
 見通しも良い街道にキメラが訪れたのは、能力者たちが歩き始めて直ぐのことだった。
――ケケケケケッ。
 嫌な笑い声が耳を突き、直ぐにその存在に気付く。
「来たね」
 ルキアはそう呟き、拳銃「バラキエル」を構えた。
 紫色に光る銃身が、陽の光を受けて怪しく光る。
「さあ、射程圏内においで‥‥!」
 狙いを定め攻撃の時を伺う、だが攻撃の時が来る前に、話に聞いていた攻撃が能力者の視界を遮った。
「うわっ!?」
 飛んできた茶色い物体に、ミコトが慌ててパラソルを開く。
 そうして受け止めると、彼は口元を引き攣らせて敵の射程圏内から飛び退いた。
 それを追うように、キメラが幼い顔を歪ませて笑いながら翼を広げる。
 その手にはしっかり汚物が握られているのだが、まだそれを放つ気配はない。
「――今!」
 ミコトが汚物を遮っている間に、射程を伺っていたルキアの瞳が眇められる。
 次の瞬間、無数の弾丸がキメラの行動を遮る様に放たれた。
――キ、キキー‥‥ッ!
 銃声に驚いたキメラが怯んだ様子を見せる。
 そして翼を大きく広げると、飛翔して迫る弾丸を回避しようと動く。
 だが弾の動きにキメラが敵うことはなかった。
 行動を遮られたキメラは、飛翔するのを止めて後方に進路を変更。敵から距離を取ることを優先する。
「糞尿程度を嫌っては立ち行かぬとは言え、無駄に塗れる必要もありません。お前達は下がっていなさい」
 キメラの動きを見ながら白夜が前に進み出た。
 手には投擲用小太刀「八葉・夜兎」と「八葉・白兎」が握られている。
「いえ白夜お兄様、ここは私が!」
 そう言って兄の前に出た真白に、キメラの笑い声が響いた。
 そして何を思ったか、逃げることができないと判断したキメラは無造作に汚物を投げ始めたのだ。
 これには勇ましく前に出た真白の足が後退する。
「‥‥いえ、ご随意に」
 表情を硬くしたまま後方に引いた真白に白夜は苦笑気味に頷く。
 そこに同じく臆した雰囲気の白珠が足を一歩前に出した。
「‥‥あの‥‥白夜兄さま‥‥その‥‥わたしも‥‥」
 蒼白の顔で進み出る妹に、白夜はポンっとその頭を撫でると、彼女たちを庇うように前に出た。
「任せなさい」
 その傍では、パラソルに付いた汚物を払って、ミコトが傘を構えなおす。
「できるだけ汚れないようにがんばろう」
「ええ、精神的ダメージは避けたいですからね」
 表情を引き締めたミコトに頷き、白夜もキメラの動きを注視する。
 敵は未だ空の上だ。
 まずはこれを落とすのが先だろう。
 しかも先ほどから自棄になったように汚物を投げ続ける姿に近付くことができない。
「たまちゃん、手伝って」
 白雪は魔創の弓を構えると、キメラの羽に狙いを定めた。
 ギリギリと限界まで引かれる弦。
 それを見てようやく白珠も、臆した気持ちを押し退けて、武器を構えた。
 姉の動きを見定めながら、超機械「天狗ノ団扇」を振り仰ぐ。
「風よ、力を!」
 八手の葉を模した団扇が、振り下ろされるのと同時に旋風を放つと、それが空を舞うキメラを捉えた。
「真白姉さま!」
「その身‥‥貰った!」
 受けた風に上体を崩したキメラの体が揺らぐ。
 そこに真白の放った矢が迫る。
――クキッ、キキー‥‥!!
 羽を貫いた矢にキメラが完全に態勢を崩す。
 そこにルキアが援護射撃を加えると、再び真白が矢を放った。
 それがキメラの反対の羽を貫く。
「早期に決着をつける。俺に出会った不幸を呪え‥‥」
 敵が上空にある内は戦況を見極めていた無月の足が、地を蹴った。
 それに合わせて白夜も駆け出す。
 キメラは両の羽を傷つけられ揺らいでいる。それでも上空にその身を留めるのは、動物の勘として地上に落ちれば危険だとわかっているからだ。
 だからこそ、近付けさせないように握りしめた汚物を投げる。
 それが白夜に迫るのだが、彼は全身に淡い光を纏うと一気にそれを避けてキメラの間合いに入った。
 それに続いて無月もキメラの間合いに入り込む。
「さてと‥‥ご老体の心と体を汚した罪。その身で贖って貰いますよ」
 間合いに入り込んだ白夜の手から、投擲用の小太刀が2本放たれ、キメラの身を裂く。
 だが未だ堪える様に上空に漂うキメラに、ルキアのエナジーガンが迫った。
 いつの間に移動したのか、キメラの尾の部分に控え攻撃を繰り出す彼女の体には、キメラが落とした汚物が付着していた。
「此処で頑張って、白珠君と白雪君と洗いっこ!」
 汚れるのはこの際気にしない。
 この後に控えるモノを考えれば、これはビジネス、割り切ることができる。
 そう自分に言い聞かせて、彼女のエナジーガンが風切羽を貫いた。
 そこに影が差す。
「‥‥残念だけど‥‥二度と空は飛べないよ。何もしないで隠れ住んでればよかったのに‥‥」
 僅かに表情を歪め、傘の柄を利用して普段よりも高く飛び上がったミコトが、リジルと呼ばれる剣を構える。
 そして彼の身が紅蓮の炎を纏うと、渾身の力を振り絞って一撃が見舞われた。
――ギャアアアア!
 キメラの体よりも先に地面に落ちた翼。
 それを視界に納めながら、ミコトは改めて剣を構える。
 そして時を同じくして、無月の持つ明鏡止水の水のように美しい刀身も、残る翼を切り落としていた。
 これによりキメラは地上に落ちた。
 だが全身に傷を負いながらも尚も動きもがこうとする。
「こうなった以上は、止めを刺すほうが慈悲ってものだよね‥‥」
 カチャリと刃を構え呟くミコトの表情は暗い。
 そこに白夜も追いつき、投擲用の小太刀を構える。
「これで終いです。来世では二度と罪を重ねる事無きよう‥‥」
「ん、相手が悪かったね」
 ルキアはそう口にして視線を逸らし気味に銃口を向けた。
 そして――。
 声無き悲鳴が街道に響き、奇妙な事件を起こしたキメラはその身を土に還したのだった。

●ほっこり
 キメラ退治を終えた能力者たちは、依頼を持ってきた男性オペレーターが用意したという露天風呂に来ていた。
「温泉なのに、猿がいないー」
 露天風呂は小屋の向こうにあり、脱衣所も男女分かれている。
 ルキアは男湯を覗いて叫ぶと、残念そうに呟いた。
 その袖を引くのはミコトだ。
「女湯はそっちだよ」
 そう言いながら顎で隣の湯を示す。
 それを見たルキアの目が瞬かれた。
 ミコトと、女湯と、そして男湯。そのすべてを見比べて、再び視線をミコトに戻す。
 そして何かを言おうとしたところで、ミコトの口が透かさず開いた。
「‥‥えっと、俺、男だから‥‥」
 そう言って目を逸らすと、ルキアを男湯の外に引っ張り出して、自分はさっさと中に入って行ってしまった。
 それに続いて白夜も入ろうとするのだが、ふと彼の動きが止まった。
「――しまった、着替えを忘れて‥‥」
「白夜兄さま! これ、お着替えです!」
 目の前に差し出されたのは、黒地に青の線が入った浴衣だ。
「白珠、態々替えを?」
 浴衣を差し出す手を辿ると、幼い妹の顔がある。
 彼女は満面の笑みを浮かべて頷くと、浴衣を受け取る様に差し出した。
「ありがとうございます。気を使わせてしまいましたね」
 そう言って微笑んだ彼に、白雪がこっそり白珠の耳元で囁く。
「ほら言った通りでしょ? お兄ちゃん、絶対着替えを忘れて来るって‥‥」
 その声に頷くと、白雪はふふっと笑みを零して自らの浴衣を抱きしめた。
 そして皆で露天風呂に向かおうとするのだが、1人だけ小屋の外にいるのに気付いた。
「みかがみ君は入らないのー?」
 ルキアは脱衣所から顔を覗かせると、長椅子に腰を下ろす無月に声をかけた。
「‥‥今はいいです」
 そう言って微笑んだ無月は、皆に軽く手を振って見せると、物思いに耽るように空を見上げた。

「心地良い‥‥浮世の事など忘れてしまいそうです」
 白夜は目の前の雄大な景色を眺めながら、流れ落ちる汗を手拭いで拭った。
 その傍では、同じように景色を眺めるミコトがいる。
「ふぅ‥‥たまにはこういう風にのんびりってのもいいねぇ‥‥」
 そう言いながら瞼を伏せる。
 時折、涼しい風が頬を撫で、火照った体に涼を送り込んでくる。
 それに心地良さにホッとしていると、彼らの耳に女湯の音が響いてきた。
「景色もいいし、お湯もいいし最高だね。ずっとつかっていたい‥‥」
 そう言って満足そうな息を吐くのは白雪だ。
 その傍では白珠も気持ち良さそうにお湯に浸かっている。
 そしてルキアはと言えば、汚物で汚れた体を洗い終わったところだ。
「さあ、泳ぐよー!」
 言って湯船の中に勢いよく飛び込むと、一気に潜り始めた。
 きゃっきゃっと楽しそうな声が響く中、ふと白雪が思い出したように声をかける。
「たまちゃん、頭洗ってあげようか?」
「! はい、雪姉さまお願いします!」
 思ってもない提案に、白珠は嬉しそうに頷いた。
 そうして彼女たちはお湯から上がると、髪を洗いにかかったのだが、この間、ルキアはお湯に潜ったままだ。
 そして、ふと白珠が湯船の方を見た時だ。
「あ、ルキアさん!」
「湯あたりしたぁ‥‥」
 ぐてぇっと、お湯から上がったルキアは、もうだめぇと、声を上げて倒れ込んだ。
 これに驚いたのは、白雪と白珠だ。
 彼女たちは急いでルキアに近づくと、彼女を抱き起した。
「あの‥‥だいじょうぶですか?」
 顔を覗き込んだ白珠に、ルキアが片方だけを薄ら開いて首を横に振る。
 実はこの湯あたり、ルキアの演技だったりする。
 だがそれを知らない白珠と白雪は、すっかり信じ込んで、彼女の体にタオルを巻いてやると、額に冷えたタオルを置いたりと看病のために動いている。
 そして、ルキアに水を飲ませたところで、白珠が何かを持って戻ってきた。
「えっと‥‥苦いけど、これならきっとなおります!」
 言って口に押し当てられたのは、彼女の祖父直伝の漢方薬だ。
「え、漢方?」
 そんな物が出てくるとは思わなかったルキアは目を白黒させて驚いている。
 しかしここで演技と言う訳にはいかず‥‥
「うー、お口の中が苦くて気絶しそう!」
 一気に飲み干した。
 だがここでめげる彼女ではなかった。
「ちゅーで治るケド、レディの!」
「えええ!?」
 そう言って二人に抱き着いたルキアに、女湯は賑やかな声が上がったのだった。

 そして、皆が湯から出た後。
 無月はこっそり露天風呂を楽しんでいた。
「‥‥良い湯ですね」
 そう言って見上げた空は、少しだけ闇色に染まり、白い月を浮かせている。
 彼はその月を見ながら息を吐くと、ほんの僅かの休息にその身を預けたのだった。