タイトル:White☆Albumマスター:朝臣 あむ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/11/27 04:23

●オープニング本文


 テーブルの上に広げられた写真。
 その中に混じる健康診断の結果を眺めながらエリス・フラデュラーは写真の上に顎を乗せた。
「‥‥能力者の、適性‥‥」
 だいぶ前に受けさせられた健康診断で、能力者の適性があることは知っていた。
 そして改めて受けた結果も変わらない。
 元々エリスの両親は能力者の適性があった。
 故に、彼女にもその可能性はなくはなかったのだが、それでも確率はとても低いものだった。
 しかし結果は陽性。
「能力者になれば‥‥もっと、たくさんの場所に行ける‥‥」
 写真家だった父親は傭兵としても立派に働いていた。
 写真家兼能力者として多くの写真を撮り、たくさんの写真を世に残したのだ。
 エリスにはそんな父が誇らしく、いつかは父の様になりたいと思っていた。
 だが、実際に能力者の適性があると言われると複雑な心境は否めない。
「――パパ」
 呟いて顔を動かした彼女の目に、一枚の写真が飛び込んできた。
 瞬く星空に広がる雪原。
 何処までも続く白い大地の中央に、桜に似た木がある。
 その木には冬だと言うのに真っ白な花が咲き、寒い世界に仄かな暖かさを与えていた。
「‥‥去年、パパと行った‥‥場所‥‥」
 父親が亡くなる前に一緒に行った最後の撮影場所。
 エリスはその写真を手にすると、何かを考えるようにじっとそれを見つめた。

 そして――

「あら、エリスちゃん。こんにちは」
 UPCを訪れたエリスを、以前の依頼でお世話になったオペレーターの女性が出迎えた。
「今日はどんなご用?」
 エリスが写真を撮ることを知っている彼女は、ニコニコと問いかける。
 その声に頷くと、手にしていた写真を差し出した。
 それは、雪原に咲く桜に似た木の写真だ。
「うわぁ、凄く綺麗! 次はこの写真を撮るの?」
 オペレーターの問いかけに、エリスは頷きを返す。
「‥‥そこに行く途中に、キメラが出るって‥‥聞いて‥‥」
 そう言って、エリスは詳しい場所を説明した。
「結構雪深い場所ね。で、そこに熊みたいなキメラが出るのね?」
 目的地に向かうには、道なき道を進む必要がある。
 本来ならそれだけで大変なのだが、それに加えてキメラも出ると言うではないか。
 幾ら写真を撮り慣れているとは言え、そうした場所に1人で行く訳にはいかない。
 万が一、キメラと遭遇すれば命を落としてしまうに決まっている。
「‥‥能力者だったら、1人でも行けたのかな‥‥」
 ポツリと呟いた声に、オペレーターの女性の目が瞬かれた。
 そして彼女の手がエリスの頭を優しく撫でる。
「依頼を出しておくわね。きっと良い写真が撮れるようにしてあげるから」
 そう言うと、彼女はエリスの情報を元に依頼書の作成にかかった。

●参加者一覧

智久 百合歌(ga4980
25歳・♀・PN
五十嵐 八九十(gb7911
26歳・♂・PN
楽(gb8064
31歳・♂・EP
熊谷 光(gc1342
19歳・♂・DG
レインウォーカー(gc2524
24歳・♂・PN
ミコト(gc4601
15歳・♂・AA

●リプレイ本文

 紅葉の先に臨む、真っ白な山。
 紅と白の山に、能力者とエリスが訪れたのは、朝日が昇り始めて少し経った頃の事だった。
「写真、ねぃ」
 写真を撮り続けるエリスを見ながら、楽(gb8064)は楽しげに目を細める。
「彼女、新鋭の写真家さんなのね」
 楽の呟きを聞きとった智久 百合歌(ga4980)がそう問いかけて楽を見る。
「そうらしいねぃ‥‥まあ、いいんじゃないかぃ? 思い出を切り取っておくのは、いいことさ」
「そうね。今回の依頼で、彼女の瞳がどんな写真を映し出すのか‥‥楽しみ」
 言って微笑んだ百合歌に、楽も同意する。
 そして2人で視線を戻した時、明るい声が響いてきた。
「やぁ、エリスちゃん。元気だった?」
「ミコトさん?」
 シャッターを押す手を止めて見上げたエリスに、ミコト(gc4601)はニコリと笑って手を上げた。
「今回もよろしくね」
 彼は、以前依頼を出した時にも来てくれた能力者で、エリスと面識がある。
 確かその時は物凄く疲れていたはずだ。
「‥‥手、貸してくれるの? 熊たん、強いかも‥‥」
 大変かもしれない。そんな言葉を含ませた問いに、彼は笑って肩を竦めた。
「‥‥まぁ、キメラが手に負えなくても、エリスちゃんは無事に帰すようにするよ」
 そう言った言葉に、エリスの首が大きく横に振られた。
「ダメ‥‥みんなでないとダメ‥‥」
「エリスさんの言う通り、全員無事でないとダメだわ」
 2人の会話を少し離れた位置で聞いていた百合歌は、そう言うとエリスの顔を覗き込んだ。
「素敵な写真が撮れるよう、しっかり護衛しますね」
 穏やかで優しい微笑みを浮かべる百合歌に、エリスの頬が少しだけ赤くなる。
――ママみたい‥‥。
 そんな言葉を呑み込んでカメラを握り締める。
「微笑ましい光景ですね」
 五十嵐 八九十(gb7911)は、和む雰囲気にそう口にした。
 その声に傍にいたレインウォーカー(gc2524)も頷く。
「そう言えば、今回参加した理由って何かある?」
 ボクは特にないけど‥‥と呟く彼に、八九十は思案気にエリスを眺め、そして彼を見た。
「転職したし、その腕試しですね」
 彼はグラップラーからペネトレーターへと転職したばかりだ。
 今回は転職後初の依頼。どれだけの力が備わり、どれだけのことが出来るのか挑戦する意味合いが強い。
「ふぅん‥‥それは楽しみだねぇ」
 本当にそう思っているのか定かではない笑みを浮かべ呟く。
 そして山に視線を戻そうとした所で、彼の目が止まった。
「‥‥パパに、近付きたいの」
 どんな話の流れなのか、聞こえて来た声に彼の目が向かう。
「父親の後を追って、かぁ‥‥気持ちは分かるなぁ。ボクもそうだった」
「‥‥お兄ちゃんも?」
「ま、結局ボクは父さんとは大分違う生き方をしてるけどねぇ」
「同じなのに、違うの‥‥?」
 わからない。そんな雰囲気を滲ませるエリスに、彼は少しだけ笑う。
 そしてそこに、若干力の入れ具合が違う叫びが響いてきた。
「熊殺しの称号は俺のもんネ!」
 そう叫ぶのは、熊谷 光(gc1342)だ。
 彼は勢い良く叫ぶと、勢いよくエリスを振り返った。
「はじめましてアル。姉御の助っ人で助けに来たヨ!」
 ウインクして見せる姿に、エリスの首が傾げられる。
「魚の人ネ!」
 そう言われて思い至ることがあったのだろう。
 直ぐに笑みを浮かべたエリスを見て、光は改めて「ヨロシクネ」と笑う――と、そこに楽の声が響いた。
「さーて、そろそろ行きますかぃ?」
 エリスのシャッターを押す手も止まったことだし、時間の制限もある。
 そろそろ出発しなければ、臨む時期を逃してしまうかもしれない。
 そんな声に頷くと、一行は雪を臨む山に足を踏み入れた。

●雪山
 山頂に近付くにつれ、気温は徐々に下がって行った。
 初めは紅葉が美しかった山も、今ではすっかり雪景色だ。
 慎重に進む一行の後方で歩く楽は、探査の眼を使用して注意深く周囲を探っていた。
 雪の積もった枯れ木や、高い崖。
 キメラは勿論だが、それ以外の危険にも対応したい。
「うーん、自然災害に関しては、大丈夫そうかねぃ」
 のらりくらり呟き頬を掻く。
 そんな彼の前方では、AU−KVを纏った光が、エリスの前を歩きながら雪を踏み慣らしていた。
 本来であればバイクで雪を固めたかったのだが、その辺りは滑っては危ないとエリスが止めた。
「エリスちゃん、雪目対策してるアルかね? 目は大事にしなきゃダメヨ〜」
 振り返った光に、エリスはコクリと頷く。
「滑らない様に気をつけてね?」
 百合歌はエリスの隣で、彼女を気遣いながら雪の上を進む。
 そんな彼女たちの靴には、簡易型の滑り止めが着けられていた。
――圧雪ってのは割りとすべるからね。ないよりはあった方が便利だと思うよ。
 そう言ってミコトが全員に配った物で、お陰でほぼ全員が足元を気にし過ぎないで済んでいる。
「それじゃ、一気に踏めないかやってみるアル!」
「え?」
 突然の声にエリスが顔をあげた瞬間、光のAU−KVの脚部がスパークした。
 そして、物凄勢いで雪を撒きあげ駆けだしたのだ。
 狙い通りに雪は一筋の道を作ったが、雪道を勢いよく進めば行き成り止まれる訳もなく‥‥
――ドッカーン☆
 結構な衝撃音と共に、雪煙が上がった。
 それでも折れなかった木はかなり頑丈な気もするが、気にすべきはそこではないだろう。
「‥‥大丈夫なのか、あれ」
「まあ、動いてますし大丈夫でしょう」
 エリスより少し先を歩くレインウォーカーと八九十はそう言葉を交わすと、起きあがった光を見て苦笑を零した。
 そんな彼らが先を歩くのには理由がある。
「今の所、足痕らしいものはないねぇ」
 レインウォーカーは方位磁石を手に呟くと、同じく雪に目を馳せる八九十を見た。
「こちらもないですね。この分だとキメラは出ないのかもしれませんか」
 危険がないに越した事はないが、油断する訳にもいかない。
 注意深く、細かな変化も逃さない様に歩く。
 そして光が倒れるその場所まで辿り着くと、後方から声がした。
「そこに、何かいるねぃ」
 楽だ。
 注視していた先――光のぶつかった木の先に、奇妙に光る何かがある。
「これは順調には進みそうにないなぁ」
「まだ距離はありますね‥‥近付く余裕は?」
「勿論あるよ。見に行って警告なり連絡入れるようかなぁ」
 光は少し進んだ森の中にある。
 2人は互いに顔を見合わせると、そこに近付いた。
「エリスさんは、私たちの後ろへ」
 戦闘は彼らに任せた方がいい。
 エリスは素直に頷くと、百合歌とミコトの後ろに隠れた。
『数は3体‥‥聞いてた通りの熊だね――っと!』
 無線機から響くレインウォーカーの声が途切れた。
「そっちにも行ったぞ!」
 2人では抑えきれなかったらしい。
 漏れた熊が別の獲物を目指して突進してくるのが見える。
「戦闘開始、かな」
 そう呟いたミコトの言葉に合わせ、百合歌と楽は武器を手にした。

「彼女を傷つける事は許さない」
 百合歌はそう口にして、手にしていた刀――鬼蛍を振りあげた。
 それに合わせて放たれた衝撃派が、雪を撒きあげて熊に直撃する。
 そして相手の体勢が整いきる前に、彼女のエネルギーガンが放たれた。
 頭を振るい再び迫る熊の脚、そして目を狙って放つのだが、動きが早すぎて追い付かない。
「あっ‥‥!」
 急ぎ目で追う熊の動きが脇を過ぎた。
 それに慌てて刀を返すが、間に合わない。
「エリスさん!」
 咄嗟に振り返り駆け寄ろうとする。
 しかしそうするよりも早く、楽が彼女の前に出ていた。
「楽さん‥‥」
「楽さん痛いのコワーイ☆」
 ホッと息を吐く百合歌に軽口叩きながら、自身障壁で防御を底上げした彼の盾が強靭な爪を受け止める。
 そして更にもう一撃見舞おうと振りあげられた腕を、百合歌の刃が受け止めた。
「引きなさい」
 囁き爪を受け止める刃を返す。
 弾き返された腕が宙を舞い、その隙に見えた装甲の薄い部分に、赤い刃が突き刺さった。
――グウゥゥゥ‥‥。
 唸りを上げて身を返した熊、しかしそこにエリスの護衛で控えていたミコトが迫る。
「おとなしく冬眠していれば良かったのにね‥‥」
 囁き叩き込んだ一閃、それを受けた熊は成す術もなく雪の上に崩れ落ちたのだった。

 一方、前衛で戦う者たちは、2頭の熊を相手に戦闘を続けていた。
「新しい未来を開く為に得た力だ、どれほどのモンか試させて貰うッ!」
 言って八九十の顔に青く光るトライバルが浮かぶ。そしてスティングェンドを構えると彼の足が雪を蹴った。
 それと同時に、レインウォーカーの足も雪を蹴る。その手に握られているのは、黒い刀身の刀――黒刀「歪」だ。
「これ以上は行かせないアル。熊サンを遠ざけるアルよ!」
 たった1頭であれ後ろに行かせてしまった。
 その事に上げられた光の声に、2人は頷いて同じ敵を目指す。
 そうしている間に、練力を送り込んだ光の攻撃が熊を直撃する。
 それによって雪に転げた熊が、もう1頭の熊と離れた。
 そこに透かさず光が迫る。
「格闘技をする者として、熊殺しは目標の1つアルヨ〜」
「さてこっちは、アレの態勢を崩す。止めは任せるよぉ」
 レインウォーカーの脚部が光った。
 次の瞬間、彼の身が熊の懐に消える。そして振り下ろされる爪を刀で受け止めると、彼の足が唸った。
 腹部目掛けて打ちこまれた蹴りに、巨体が揺れる。
「爆ぜろッ! アッズロ・トゥオーノ!!」
 叫びと共に、八九十の身が急加速した。
 光の軌跡を描きながら次々と攻撃が叩き込まれる。
 こうなると熊は成す術もない。
「……嗤え」
 八九十の攻撃と、レインウォーカーの攻撃はほぼ同時だった。
 黒の刀身が円を描き熊の体を切り裂くと、黒く大きな体は雪の中に沈んだ。
 その後方では熊と格闘し続けていた光が熊に止めを刺しているのが見えた。

●白の写真
 一行が山頂に着く頃には、陽が落ちていた。
 見渡す限りの雪原、その中央に枯れ木が1つあるだけで他には何もない。
 そんな場所にテントを張りながら、レインウォーカーはふと呟いた。
「本当にここで良いの?」
 依頼書には雪の中に咲く花を撮りたいと書いてあったはず。
 だがここにあるのは枯れ木だけだ。
 しかしエリスは彼の問いにすぐさま頷くと、歩き疲れた体を休めようと腰を下ろそうとした。
「これに座ればとりあえず、お尻は濡れないよ」
 言ってミコトが差し出した断熱シート。
 それを受け取るか迷う彼女に、彼は「遠慮しなくて良いよ」と声を掛けると座らせた。
「あと、何か飲む? ちょっと温いかもしれないけど、紅茶で良ければ‥‥」
 手元の水筒を開ければ湯気が上る。
 そうして紅茶を差し出すと、エリスは素直にそれを受け取った。
「レーションもあるから遠慮しないで言ってくださいね」
 紅茶を口に運ぶエリスに百合歌は穏やかに声をかける。
 その声に頷いて、ふと彼女の動きが止まった。
 戦闘の時とは打って変わって、落ち着いた雰囲気の能力者を前に、問いが頭を巡る。
 そして僅かに悩んだ末に、思いきって聞いてみる事にした。
「‥‥あの‥‥何で、能力者になったの?」
 恐る恐る問いかける声、その声に僅かな沈黙が走り‥‥
「俺、最初は漠然とした理由で傭兵になったんですよね」
 そう口にしたのは八九十だ。
 彼は持って来ていたウォッカと口にすると、更に言葉を紡ぐ。
「でも今は守りたい仲間や大切な物もできて、それを少しでも取りこぼさない様にしたいと思ってます。その為に俺は力を望んでここに立ってます」
 微かに笑んだ彼の顔に、エリスは目を瞬いた。
 力を望んで――そういう考え方もあるのかと。
 そしてそんな彼女に八九十は首を傾げた。
「何かありました?」
 いきなりな質問だ、疑問を持たれても仕方がないだろう。
 エリスは自らに能力者の適性があったこと。
 能力者になって写真を撮るか、それともこのまま能力者に頼って写真を撮るか迷っている事を伝えた。
「そうね‥‥貴女の写真なら能力者と一般人の架け橋になれるかも」
「架け橋‥‥?」
「戦いは武器を振るう事だけじゃないわ」
 言って微笑んで見せた百合歌に、レインウォーカーも言う。
「迷っているのならゆっくり考えるといい。急ぐ必要はないんだしねぇ。迷って考えて、納得できる答えを出せばいい。きっと見つかるさ、後悔しない選択肢ってのがさぁ」
「決めるのは自分さね。楽さんには関係ないし、否定も強制もする権利なんてないさ」
 楽はそう言うと、エリスにニコリと笑って見せた。
「ふつーに生活してる子だっているし、戦争だーい好きな子もいるし、人それぞれ。ならなきゃできないこと、なったら広がる道の先を求めるなら、いいんじゃないのん?」
――人それぞれ。
 その言葉にエリスの目が落ちた。
「いい子たちも多いさ。一人じゃない。相談してみればいいよん‥‥独りじゃないさ、ね」
 言って頭を撫でた手に、瞼が落ちる。
 彼の言うとおり、エリスの言葉に能力者達は真剣に言葉を返してくれる。
 それを思えば、楽の言葉は嘘ではないのだろう。
「能力者はいいアルヨ〜? 誰かの力になれるアル」
 屈託のない笑顔で言葉を紡いだのは光だ。
「今、昔お世話になた人と一緒に住んでるアルが‥‥1回だけ、凄く辛そうな顔して帰ってきたアル‥‥それを見てから、ちょとだけ心配になってきたアル」
 突然の話題に、エリスの目が瞬かれる。
 それに気付いたのだろう。光は僅かに苦笑すると、「え〜と」と声を零した。
「何が言いたいかと言うと‥‥エリスちゃんが可愛くて仕方がないアルヨ、だから何時でも呼ぶヨ」
 約束‥‥そう言ってくれた光に、エリスは大きく頷いた。
 悩んだら相談に乗ってくる人たちがいる。
 それだけでエリスには心強かった。
 そこにミコトの声が響く。
「エリスが強くなると、俺はお役御免だね」
 そう言って笑ったミコトに「そんなことはない」と口にしようとした所で、彼女の目が上がった。
 キラキラと輝く星、その中に冷たい風が吹くのを感じる。
「‥‥来た」
 そう、呟いたのと同時に、辺りの雪を全て掬い上げるような風が吹いた。
 舞い上がった雪が、まるで空から星が降るように舞い落ちる。
 そして、光る雪が枯れ木に付着し、枯れ木に花を咲かせたのだ。
「綺麗」
 これが雪の中に咲く真っ白な花。
 エリスはこの瞬間を逃さない様に、すぐさまシャッターを押した。
「‥‥綺麗な所ね」
 囁き、百合歌は邪魔にならないよう、そっと愛用のヴァイオリンを奏でた。
 その音色が幻想的な風景をより綺麗に映し出す。
 そしてどれだけの時が過ぎただろう。
 エリスがカメラの構えを解く頃には、辺りはただの雪原に戻っていた。
「ねえ、エリスさん」
 百合歌の声にエリスの目が瞬かれる。
「私はプロの舞台は降りたけど、必要としてくれる人が居る場所‥‥戦地でも、そこが今の私の舞台なのよ」
 言って悪戯っぽく笑んだ彼女に、エリスは満面の笑みを返したのだった。