タイトル:それぞれの未来マスター:朝臣 あむ

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/04/05 01:04

●オープニング本文


 穏やかな午後、片付いた部屋を眺めながらキルト・ガング(gz0430)が息を吐く。
「まあ、こんなもんか」
 そこかしこに置かれていた荷物やゴミ。これは後で捨てるとして、後は数日間を過ごすのに必要最低限の物があれば問題ない。
「キルトさん‥‥業者の人が来てます」
 別の部屋から顔を覗かせたエリス・フラデュラー(gz0388)が、声をかけてくる。その声に振り返ると、キルトは少しだけ笑んで頷いて見せた。
「運んでもらう荷物はそっちの部屋だ。案内して貰えるか?」
「はい」
 はにかんだような笑顔で頷いたエリスは、キルトが留守の間に随分変わったようだ。
 初めて出会った頃の、心許ない幼子のような印象が消え、今は自分に自信のあるように見える。
「あの子に関わってくれた傭兵には、感謝してもしきれないな」
 保護者として引き取った自分では出来なかった事を成してくれた彼等には、言葉では言い表せない感謝の気持ちがある。
 ふと、感慨に耽っていたキルトの目が上がった。
「エリス。そろそろ時間じゃないのか?」
「あ、そうでした!」
 慌てたように部屋を飛び出してくるエリスに続いて、真っ白い大きな犬が飛び出してくる。そして鞄を持ち上げた彼女に付いて行こうとしたのだが、
「レアチーズケーキさんは、キルトさんと一緒にいないとダメ‥‥っ!」
 メッと犬の眉間に指を添えて言ったエリスに、レアチーズケーキと長く不名誉な名前を付けられた犬が落ち込んだように座り込んだ。
「そ、そんな顔しても、ダメです‥‥今日は、編集長さんと、写真の打ち合わせがあって‥‥」
「レアチーズ。エリスは仕事なんだ。お前は俺と一緒に出掛けような」
 キルトがそう言うと、うるんだ目でエリスを見詰めていた犬が諦めたように顔を伏せた。
「打ち合わせが終わったら、様子を見に行きます‥‥えっと‥‥頑張ってください?」
「‥‥そこで疑問形はおかしいだろ」
「えへへ。それじゃあ、頑張ってください!」
 そう言って、照れ笑いをしてエリスは部屋を出て行った。
 彼女は今、写真家として写真を撮るのは勿論、それを撮った時の状況を記事にするジャーナリストとして活動している。
 その経由は、彼女がキルトに依頼を申込み、自らの意思で傭兵になり、そして乗り越えた壁があったからこそだろう。
「キルト・ガングさん。荷物の運び出しが終わりました。受渡し午後でよろしかったでしょうか?」
「ああ。俺も直ぐにそっちに向かうんで、それで」
「わかりました」
 業者が差し出す書類に目を通し、荷物を送る場所の詳細を伝えてから、キルトは改めて部屋の中を見回した。
「‥‥さて、行くか」
 そう言って犬の頭を叩く。
 数日もすれば、この部屋からは完全に荷物が消える。
 エリスはフラデュラー氏が残した家に戻り、キルトはこれから向かう新居に移り住む。
 これから新たな日常が始まる。それは何も彼等のことだけではない。この世に住まう、ありとあらゆる人たちの日常がこれからも紡がれてゆく‥‥。


 新居に辿り着くや否や、キルトは何とも言い難い表情で頭を抱えていた。
 そんな彼の傍にはショートカットで勝気な表情を浮かべる少女だ。彼女は足が悪いらしく、杖を突いた状態でキルトの元を訪れた。
「おたく何でも屋でしょ? つべこべ言わずにこの依頼を受けなさいよ!」
「俺は何でも屋じゃねえ!」
 バンバンっと持ち込まれたばかりの机を叩く。その様子に少女の頬が膨れた。
「外に書いてあったじゃない『なんでもや』って」
「あ?」
 そんなこと書いただろうか?
 首を傾げたキルトに少女が大仰に頷く。
「‥‥とりあえず、お嬢さんのお名前は?」
「私は伊芦花 燕(いろか えん)よ。で、依頼を受けるのか受けないのか、ハッキリして貰いましょうか」
「‥‥いや、だから俺は何でも屋じゃ‥‥」
 名前を聞いても、何を聞いてもこの調子だ。
 困っているのだから仕方がないとは言え、もう少し人の話を聞いてくれても良いのではないだろうか。
 そもそも『なんでもや』なんて張り紙をした覚えはない。
 そう再び頭を抱えようとした時だ。
「キルト。手伝いに来たぞ‥‥って、あれ‥‥?」
 山本・総二郎は部屋の中で頭を抱え気味になっているキルトと、その前で仁王立ちしている燕を見て目を瞬いた。
「何で、伊芦花さんがここに?」
「! お前ら知り合いか! ちょうど良い、山本。このお嬢さんに俺が何でも屋じゃないって――」
「そうだな。キルトなら適任かもな」
「へ?」
 ぶつぶつと呟き始めた山本に、キルトの表情が険しくなる。そして次に聞こえた声で、キルトは再び頭を抱えた。
「美少女戦士ビューティーホープを普通の女の子に戻してやってくれ。キルト、こういう訳わかんない依頼、得意だろ?」
「得意じゃねえよ‥‥」
 事の発端、燕の依頼とはこうだ。

――美少女戦士ビューティーホープ(gz0412)を普通の女の子に戻してあげて欲しい。

 厳密には普通の女の子ではない。
 ビューティーホープ(以下、BH)をしていた君塚愛と言う女の子が、自分の気持ちを抑え込んで美少女戦士を辞めようとしているらしいのだ。
「もし本当にあの子が普通の女の子に戻りたいならそれを押す。でも、もしそうでないなら‥‥」
 博士と呼んでいた人物がいなくなったこと。バグアがいなくなったこと。
 それらを踏まえて美少女戦士でいる意味はない。けれど正義を欲する場面は今後もあるはず‥‥そう、燕は言う。
「あたしがあの子に何か言ってもダメなの。だから‥‥っ!」
 そう言って燕が差し出したのは美少女戦士ごっこ一式だ。
「あの子がどうするのか決める切っ掛けを作って。そのためにあんたには美少女戦士ごっこを本気でして欲しいの!」
 つまり、BHである愛に美少女戦士になる機会を与えて欲しいと言うのだ。
「敵役でも味方でも良いわ」
 お願い! そう言って頭を下げた燕に、キルトは困ったように息を吐く。
「そうは言われてもな。あんま物騒なのは‥‥」
「キルトさん、いい場所、あります!」
 考え込もうとしていたキルトを遮ったのは、仕事を終えて引越しの手伝いに来たエリスだ。
 彼女は燕に頭を下げると、鞄から企画書らしきものを取り出して机の上に置いた。
「今度、商店街でお祭りをするらしいんです。そこの舞台を借りたらどうですか? あたしも、そこで個展を開くので、必要なら交渉してきます」
「祭り、か‥‥」
 祭りの会場で本気の美少女戦士ごっこ。
 かなり危険な気もするが、本気でなくても得れる何かがあればそれが切っ掛けになるかもしれない。
「本気のごっこの本気は『気持ちの上で』の本気にして、能力等の使用は禁止。そう言うことなら問題なさそうだな」
 そう言うと、キルトは燕を真っ直ぐに見た。
「仕方ねえから、依頼受けてやるよ」
「本当?」
「ああ。報酬もナシで良い。その代り、お前さんも手伝え。それでチャラだ」
 そう言って笑ったキルトに、燕は笑顔で頷いた。

●参加者一覧

/ メシア・ローザリア(gb6467) / 殺(gc0726) / 一ヶ瀬 蒼子(gc4104) / 王 珠姫(gc6684

●リプレイ本文

 賑わう商店街。そこで開かれるのは年に一度のお祭りだ。
 今回はバグアが地球を去った事を記念して、一般からの出店も募集している。だからこそ例年以上に賑わいをみせているのだが、果たしてどんな店が出いるのか‥‥。

●美少女戦士ビューティーホープ(gz0412)
 商店街には特設ステージが設けられてた。
 そこに掲げられているのは「美少女戦士ビューティーホープショー」の文字。どうやらこれも一般からの催し物の1つの様で、急きょ実施される事になったらしい。
「‥‥美少女戦士ビューティーホープショー‥‥まさか、な」
 そう零して屋台のラーメンを啜るのは殺(gc0726)だ。彼は脳裏に浮かんだ人物に視線を泳がせ、そして新たな麺を箸で掬い上げた。
 そこへ聞き覚えのある声が響く。
「あ! スパルタ魔神!!」
「ぶふっ!?」
 また奇妙なあだ名が付いた物である。そしてそのあだ名をつける人物は「あの子」以外にはいないだろう。
 吹きだしたスープを置かれていた布巾で拭って振り返る。そこにいたのは、活発な様子を見せる少女、伊芦花・燕だ。
「‥‥やっぱりあんたか」
「調度良い所で会ったわね。ちょっと付き合いなさい!」
「は? いや、俺は飯を――」
「愛が面倒な事になってんのよ! あんた今まであの子の闘い見てきた仲間でしょ! 良いかな来なさい!」
「愛って‥‥君塚さんか?」
「他に誰が居んのよ!」
 そう叫ぶ彼女に強引に屋台から引き離される。そうして歩き出すと、改めて垂れ幕に目を向けた。
 そこに新たな文字を見付け、眉を潜める。
「‥‥『美少女戦士最後の戦い』? ‥‥何か、あったのか?」
「説明するから自分の足で歩いて。でなければ説明しないんだから」
 無理やり引っ張って来て良く言うが、その言葉に逆らう気は無い。
「わかった。但し、ちゃんと説明してくれよ」
 そう言い、燕の言葉に耳を傾けた。

 舞台の袖では美少女戦士ビューティーホープ(以下、BH)に変身した君塚・愛が、自分の手を握り締めていた。その表情には悩む色がある。
「‥‥私は‥‥」
 燕の提案は嬉しい。けれど、自分がこの舞台に立つ意味があるのか、そのことが踏ん切りを付かなくさせていた。
 だが彼女の悩みなど関係なく、舞台は開演の様子を見せる。
「っ‥‥」
 舞台の向こうから聞こえる子供たちの歓声に愛の肩が震える。そうして視線を動かした所で、彼女は思わぬ声に意識を奪われた。
「白衣の天使、エンジェル・ホープですわ! BHに挑戦を申し込みます、どちらが、本当の『希望』なのか!」
 舞台に立つのはメシア・ローザリア(gb6467)だ。
 彼女は舞台の中央に立ちスポットライトを浴びて高々と宣言する。その姿はあまりに眩しくて目を逸らしたくなる。
けれどそれはメシアが許さない。
「出て来ないと、この場所の方々全て、ヒールと注射器で可愛がって差し上げますわ」
「きゃー!」
 強引に引っ張り出されたのは燕だ。
 その事に愛の足が動いた。
「その手を放しなさい!」
「来ましたわね」
 演技と分かっていても友達である存在の危機には駆け付ける。その心意気にメシアの唇が弓なりに動く。
「愛と美と正義の戦士、美少女戦士ビューティーホープ! らす☆ほぷの傭兵に代わって、爆散してあげる☆」
 普段通りの口上。普段通りのポーズ。
 いつもなら強化人間やキメラの前でしかしなかった事を子供たちの前でやっている。その事に胸の奥で熱いものが込み上げる。
「‥‥でも、この気持ちも最後‥‥」
 呟き、愛の瞳が僅かに揺れた。
 その様子を舞台袖で見ていた殺が、思案気に眉を寄せる。彼は敵役として舞台に上がる準備をしている。
 出番が来れば彼女と同じステージに上がるのだが、やはり彼女の様子が気になる。と、そこに裏方として動いていたキルト・ガング(gz0430)が声を掛けてきた。
「あのお嬢ちゃんが何で自分の気持ちを抑え込んでるのか、アンタにはわかるか?」
「‥‥まあ、なんとなく」
 キルトの声に頷く殺は事前に燕から聞いていた言葉を思い出していた。
 その上で改めてメシアと愛‥‥いや、BHとの遣り取りに目を向ける。
「貴女に、正義が、己の信念が―――貫けて?」
 そう叫ぶメシアは注射器をBHに向けて目を眇める。その視線にBHの足が下がった。
「な、何をいきなり! 私はみんなの平和を心から願って――」
「心を偽った者の正義など、まやかしよ。己が己を信じずして、誰が信じるの!」
「なっ!」
 心を見透かすような言葉に声を失う。
 そしてそれを見止め、メシアは叫んだ。
「わたくしは、偽らない。‥‥わたくし、ガング様が好きよ。愛している!」
 舞台上で成された堂々の告白に、成り行きを見守っていたキルトが咽込む。そして彼の知り合いである王 珠姫(gc6684)も、観客席でこの告白を聞いて驚いて目を瞬いていた。
「あなたは自分の心が貫けて?」
 フッと不敵に笑んだ彼女に、観客から盛大な歓声が上がる。そしてついに殺の出番だ。
「さて、台詞も決まったところで、偽りの美少女戦士を倒すとするか」
「手下1! やっておしまいなさい!」
 舞台に現れた怪人にBHが目を見開く。そして表情を引き結ぶと、武器である紫電の鞭を振るった。
「私だって‥‥私にだって、自分の正義があるわ! でも美少女戦士じゃない私は駄目な私で‥‥そんな私が何か出来る筈――」
「姿に拘るんじゃない」
「!」
 コッソリ耳打ちされた言葉に、怪人役の殺を振り返る。そして何事かを思案するように視線を落とすと、彼女は前を向いた。
「‥‥貴方たちを倒す! それが私の最後の仕事!」
 わあっと上がる歓声の中、メシアと殺はわざと彼女の攻撃に倒れた。そして去り際に、
「覚えていなさい。迷った時、わたくしは強者として、踏みにじって差し上げる」
 そう言って去って行くメシアから燕を奪い取り、愛はステージの上から子供たちを見回した。
「私は――」
 燕を取り戻したBHは子供立ち向かって宣言をする。
 その様子を静かに見守っていた珠姫は、穏やかに微笑んで2人の姿を見詰めていた。
「‥‥素敵なお友達。彼女は、大切な勇気のある方なんでしょうね」
 瞼を伏せて自らの仲間たちを思い出す。
 そして胸いっぱいに息を吸い込むと客席から腰を上げた。
「‥‥どんな姿でも、その心を失わず。これからの世界‥‥女の子も、一緒に満喫して、ほしいと‥‥思います」
 これはこれからも傭兵を続けると決意した彼女の心からの言葉だ。
 珠姫は響く歓声を胸に歩き出すと、次なる場所へ向かった。

 その頃、舞台袖ではステージから降りてきた愛を殺が出迎えていた。
「浮かない顔をしてるな。少し話せるかな?」
 そう言って首を傾げる彼に、愛の視線が落ちる。
「難しいか?」
「あ、えっと‥‥その‥‥」
「アンタ馬鹿ね。そう言う時は『はい』って返事しなさいよ!」
「ふぁ!?」
 ドンッと背中を押されて倒れ込む。
 そして燕を見上げると、彼女は不敵な笑みを浮かべてこう言った。
「聞いて貰いなさいよ。スパルタ魔神になら話せるでしょ?」
 話せるか否か。その問いに微かな頷きを見せる。すると燕は「外に行ってるから」と言い残して去っていった。
 なんとも気まずい雰囲気が漂うが黙っている訳にもいかない。殺は転んでいる愛に手を差し伸べると、彼女を立ち上がらせながら言葉を紡ぎ始めた。
「やる事が、またはやろうとしている事が有るのかい?」
 そう口にした彼の脳裏には、燕の言葉と舞台上での愛の姿がある。
 その言葉に愛が小さく頷く。
「私なんかができるか、わかりませんけど‥‥」
「そうか。それで美少女戦士を辞めるって? 美少女戦士で出来る事があれば、そうで無い事で出来る事もある。今までそれが出来ていたと思うのだけど」
 無理に辞める必要はない。
 そう諭す彼に愛は思案気に瞳を揺らし、そしてポツリポツリと言葉を発し始めた。
「‥‥私‥‥天使の園で、子供たちを守りたいんです。その為には、今以上に知識が必要で‥‥その‥‥」
 ぽんっと頭に置かれた手に愛の目が上がる。
「君が決めた事に口は出さないさ。ただ、自分の心に嘘はつかない方が良い。後が辛くなる」
 コクリと頷いた愛を見て殺の視線が何もない場所へ向く。
「自分には護りたいモノがあると言っていたね。何かが変わるとすれば、それが替わっただけだと思うよ」
 そう言って殺は再び視線を戻してきた。
「さっき、美少女戦士を一時休業するって言ってたのは、自分の心に嘘を吐かないためだろう?」
「‥‥知識を得るには、外に出ることも必要です‥‥留学して、美少女戦士としてだけでじゃなくて、もっと多くの力であの子たちを、護りたくて‥‥」
「なら、それで良いじゃないか」
「‥‥スパルタ教師とは思えない、優しい言葉、ですね」
「俺は優しくないよ、いつも通りね。さて、待ってる人がいる。そろそろ行こうか」
 そう言って笑った彼に笑みを返し、愛はふと口を紡ぐ。それは能力者ではなくなった燕には頼めない、大事な頼み。
「私がいない間‥‥もし天使の園で何かあったら、お願いします‥‥」
 そう言って、差し出された手を受け取り、殺は愛と共に燕の元へ戻って行った。

●喫茶・レアチーズ
 屋台スペースに出店した喫茶店に戻って来たキルトは、店番をしてくれていたレアチーズケーキ(犬)の頭を撫で苦笑を零していた。
「‥‥マジか‥‥」
 BHのステージで成された告白劇に少なからず動揺しているようだ。
 そこへ聞き覚えのある声が響く。
「‥‥あの死にたがりが、喫茶店‥‥?」
 目を向ければ本人を目の前に一ヶ瀬 蒼子(gc4104)が看板を見ながらぼやいているではないか。
「死にたがりで悪かったな‥‥」
 そう零して出迎えると、蒼子は出店の様子を見回して息を吐いた。先の発言に関してはスルーらしい。
「まったく。よりにもよってなんで喫茶店なのよ」
「開口一番でアレで、次がソレか‥‥相変わらずだな、おい」
 そう言いながらも怒る気はない。彼女がそうぼやく理由が、キルトには何となくわかるからだ。
 キルトは蒼子を席に案内すると、メニューを置きながらポツリと零した。
「‥‥俺、戦後補償の一時金とか諸々の保障、受けれないんだわ。なもんで、傭兵稼業だけじゃ、ちょっとな」
「何よそれ。あんた、まさか相当酷いことしてたんじゃないでしょうね!」
「ばっ‥‥銃口向ける奴が何処にいる!?」
 向けられた銃口に、反射的に両手を上げる。
 その上で叫ぶと、更に上を行く勢いで蒼子が叫び返してきた。
「エリスさんを散々心配させた挙句に自分も危険な目に遭ってたとか、あまりにも無責任すぎるでしょ!」
 確かにそうなのだが、だからと言ってこれは無いだろう。そう反論しようとした時、レアチーズが元気よく吼え始めた。
 目を向けると、そこには珠姫の姿が。
「子犬さん‥‥! 大きくなられましたね」
 ふんわり微笑んで成犬となったレアチーズの頭を撫でている彼女には、この殺伐とした雰囲気が見えていないのだろうか。
 彼女はひとしきりレアチーズの頭を撫できると、漸く蒼子とキルトに目を向けた。
「蒼子さんに、キルトさん‥‥お久しぶり、です」
 ふわっと微笑んだ彼女に、2人は目を合わせると、困ったように苦笑して彼女に向き直った。
 勿論、銃はこの時点で下げている。
「お久しぶり。元気そうね」
「はい。蒼子さんも、お元気そうです‥‥」
 そう言って蒼子の傍まで歩いてくる。そして彼女の前の席を示すと、カクリと首を傾げて見せた。
「ご一緒しても‥‥?」
「ええ、構わないわ」
 頷く蒼子に笑みを向け、珠姫が腰を下ろす。
 そうして新たなメニューが彼女の元に差し出されると、2人はおススメのメニューを注文する事になった。
「それにしても、凄い偶然ね。貴女はこれからどこへ?」
「エリスさんのところへ‥‥行こうかな、と‥‥」
「あら、貴女も?」
「わあ‥‥蒼子さんも、ですか‥‥」
 驚く蒼子に、珠姫も驚いて顔の前で手を合わせる。その表情は嬉しそうで、見ているこちらまで嬉しくなってしまう。
 この2人、幾度となくエリス絡みで依頼で一緒になっており、けっこうな顔見知りだ。
 だからこそ話が弾むのだろうが、なんとも女の子同士と言うのは花がある。
 キルトはその事を眩しく思いながら、それぞれの前に紅茶とレアチーズケーキを置いた。
「店の看板メニューだ。2人にはエリスが世話になってるからな、サービスってことにしておいてやる」
 ニッと笑って食べるよう促す彼に、それぞれがケーキを口に運ぶ。すると‥‥
「美味しい」
 思わず上がった蒼子の声に「だろう?」とキルトの自信に満ちた声が聞こえて来た。その瞬間、ハッと蒼子の顔が強張る。
 そして――
「ま、まぁ思ったより食べれるじゃない。これなら潰れることはないんじゃない?」
 ふん、っとそっぽを向きながら、ケーキをもうひと口。
「おい‥‥もうちっと素直になれって。珠姫はどうだ?」
 キルトの作ったレアチーズケーキはストロベリージャムとホイップクリームが乗った、ちょっと甘めの品だ。
 珠姫はケーキをくと口食べ、テーブルに置かれた角砂糖の山を見ると、一瞬キョトンとしてからクスクスと笑い出した。
「‥‥キルトさん。甘党、ですか?」
「うん? いや、そんなはずはないんだが‥‥でもそうだな。よく言われるか‥‥」
「珈琲に砂糖山盛り入れてる人間が甘党じゃない訳ないでしょ」
「おい! 珠姫も、笑う事でもないだろ‥‥」
 蒼子のツッコミに突っ込みを返して、ぼやく様に呟く。すると珠姫は笑い声を納めて、ニッコリ笑顔で彼を見た。
「‥‥嬉しいと思ったんです。知らないことがあって、それを知ることができて」
 そこまで言うと、彼女は思いだしたように、ラッピングされた箱を取り出した。それにキルトの目が落ちる。
「これは?」
「誕生日のお祝いに、救急セットを持ってきましたけど‥‥チョコの方が良かったですか‥‥?」
「あ、いや‥‥ありがとうな」
 素直な物言いや、反応に照れが混じる。
 そうして箱を受け取ったところで、キルトの肩がビクリと揺れた。
「庶民的なお菓子ね。フランスではショーウィンドウ一杯に、美しいケーキが飾られていたものよ」
 振り返れば、メシアが用意されているケーキを見ながら呟いている。その表情はけなしている物ではないのだが、思わず思ってしまう。
「‥‥何で俺の周りは文句ばっかり言う奴が揃ってんだ?」
 それでも店に来てくれた事は嬉しい。
 キルトは苦笑しながら歩み寄ると、伺うように声を掛けた。
「いらっしゃい。女王様は何がお好みで?」
「珈琲、マドレーヌがあれば頂くわ」
「へいへい」
 相変わらずの様子に返事をしながら用意を進める。と、そこに声が掛かった。
「キルトさん‥‥エリスさんの所に、行きますね‥‥?」
 珠姫だ。
 その隣には蒼子の姿もある。
「おう。エリスによろしく伝えてくれ」
「はい‥‥」
「任せておきなさい」
 そうして店を出てゆく2人を見送り、菓子の準備を進めていると、不意にメシアが口を開いた。
「店は見ていて差し上げるので、彼女たちと個展を見てきては如何?」
 どこから話を聞いていたのだろう。
 その言葉にマドレーヌと珈琲、そしてマカロンらしき物を出して答える。
「いや、客の反応も見たいし、俺はここで良い。エリスには蒼子や珠姫も会いに行ってくれるしな」
 大丈夫だろ。そう言葉を添えて、メシアの前に腰を下ろした。
「ならこれは、誕生日プレゼントにでもするしかないわね。ほら、受け取って下さいな」
 そう言って差し出されたのは、シルバークロスだ。
「主は心の支え、本当に行動するのは人間。強く生きて」
「‥‥なんだ。さっきの答えは要らないってのか?」
 今の言葉を聞く限りだとそう取れてしまう。
「‥‥聞いてらしたのですか」
「まあ、俺の受けた依頼だしな」
 そうですか。そう言葉を零し、メシアは彼の淹れてくれた珈琲に口を付けた。
 メシアはシーリアの事、そして過去の想い人の事で後ろめたさがある。その為、ここまで気持ちを抑えて来たのだろう。
 だが最後の最後にその気持ちが抑えきれなくなり、先の告白が口を突いてしまったのだろう。
 それはつまり、明確な答えは望んでいない。そうとも取れる。
 だが告げる事は告げておくべきだろう。
「‥‥今すぐ答えをってのは、流石に難しい。けどまあ‥‥待てるなら待てばいい。時間に見合うだけの答えは出すさ」
 そう言って自分の珈琲に山盛りの角砂糖を入れたキルトを見て、メシアは静かに目を伏せた。

●戦火の花
 商店街の人から要請を受けて開いた、エリス・フラデュラー(gz0388)の個展。
 そこには依頼主として、そして傭兵として戦火を撮ってきた彼女の写真が飾られる。
 そこには多くの人が足を運び、彼女の言葉に添って来場者数と同じ位、多くの写真が集まっていた。
 その彼女の言葉とはこうだ。
「何か展示したい写真があったら言って下さい。今回の個展は、能力者の写真を中心に扱うんです。嬉しい写真、悲しい写真、楽しい写真。どんな写真でも良いです。今まで集めた真実を、飾りたいなって‥‥何かあったら、持って来てくださいね」
 蒼子はこの言葉に添って、自身の写真を持って彼女の個展を訪れた。その胸中は嬉しいやら、恥ずかしいやら、不思議な気持ちがいっぱいだ。
「エリスさんと連絡は取っていたけど、最近会ってなかったから‥‥どう、してるかしらね」
 思わず零した蒼子の声に、珠姫が「大丈夫ですよ」と念を押してくれる。そしてその言葉が事実である事は、個展に足を踏み入れた段階で証明された。
「蒼子さん! それに、珠姫さんも!」
「久しぶりね、元気だった?」
「はい! 蒼子さんも、元気そうで良かったです‥‥!」
 笑顔で駆け寄って来たエリスに内心で安堵の息を零す。あれだけの修羅場を潜り抜け、それでも笑っていられる彼女の強さに正直嬉しさが込み上げる。
 それを隠さずに表情に出していると、ふと飾られている写真に目が行った。
「あの写真‥‥」
 飾られている写真には見覚えがある。
 遊園地で撮られた2枚の写真には、エリスの実の両親と、彼女の育ての親フラデュラー氏とのツーショットが飾られている。
 同じ位置で撮った写真は、重ね合せると綺麗な家族写真になる作りだ。
「‥‥家族写真ね」
 そう言いながら蒼子は自分が持ってきた写真を撮り出した。
「‥‥私もこれを飾ろうと思って」
 彼女が差し出したのは、自分と兄、そして妹と共に撮った写真だ。
「喧嘩もよくするけど、やっぱり私の帰る場所はここなんだなって」
 そう語る彼女の表情は穏やかだ。
「能力者の仕事をするようになって、あちこちで色んな光景を見てたら‥‥最近つくづくそう思うようになったわ」
 しみじみと語る蒼子に、エリスは嬉しそうに彼女の写真を覗き込んでいる。そして笑顔を彼女に向けた所で、珠姫の声が聞こえて来た。
「‥‥エリスさん。素敵です」
「え‥‥」
「前お会いした時からまた‥‥笑顔も、今のお姿も。素敵、です」
 微笑みながら言われてエリスの頬がボッと赤くなる。それを見ながら、珠姫は持参していたハンカチを差し出した。
「お誕生日のお祝いに‥‥受け取っていただけますか?」
 純白の綺麗なハンカチの一角には、ハートのワンポイントが入っている。それを目にしたエリスの瞳が輝きだす。
「はい! ‥‥勿論です!」
 そう笑顔で受け取ると、ふとエリスの首が傾げられた。
「珠姫さんは、写真‥‥ないんですか?」
 来場者の殆どは写真を持参している。
 しかし珠姫がそれを出す様子はない。不思議に思って問いかけると、彼女は気恥ずかしげに呟いた。
「探そうと思ったんですが‥‥思い返せば、個人的な写真はありませんでした。ですから、今回は出せないです‥‥けれど、今日、初めて撮ってみよう‥‥と」
 そう言ってカメラを取り出した彼女に、エリスの顔が輝いた。
「あ、あの。それじゃあ、撮って下さい!」
 エリスはそう言うと、蒼子の腕を引っ張った。
 これに蒼子が驚いたようにエリスを見る。
「い、いいの?」
「はい! 蒼子さんは、嫌ですか‥‥?」
「そんなこと。お互い、特にエリスさんはこれからますます忙しくなるでしょうし。折角の機会だし、友情の証として改めて一枚‥‥お願いするわ」
 そう言って笑った彼女たちをファインダーに納め、珠姫はシャッターを切った。
 いつかまた、この世界で会えることを、信じて‥‥。

――数日後。
 エリスの元に珠姫から手紙と一緒に写真が届いた。
 それは祭りの時に彼女が撮った写真だ。
 中には、エリスと蒼子を撮ったものや、そこに珠姫を加えた物。そしてキルトとメシア、そしてレアチーズを加えた物もある。
 全ての写真を見終わる頃、エリスはある写真を見て手を止めた。
「これ‥‥美少女戦士のお姉さん‥‥」
 彼女が手にしたのは、BHと殺、そして燕を映した写真だ。
 どれもこれも、皆が楽しそうにイキイキとした笑顔を浮かべている物ばかりだ。
「‥‥」
 エリスは全ての写真を見終えると、部屋の時計を見上げた。
 時刻はもうすぐ夜を迎える。
 それでも、どうしてもみんなに見せたい。
 彼女は自前の鞄とカメラを持ち上げると、急いで玄関に向かった。その上でキルトに電話を掛ける。
「あ、キルトさんですか? 今からお店に行きますから、待ってて下さい‥‥え? 駄目です! 今行くんです! 知ってる人、みーんな集めておいて下さいね!」
 そう言うと、彼女は家を飛び出した。
 LHに訪れた希望に満ちた、未来に向かって‥‥。