タイトル:【BS】遭難温泉・男マスター:朝臣 あむ

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/12/30 17:52

●オープニング本文


 ある日のこと。
 UPC本部を訪れたカシェル・ミュラー(gz0375)は、久しく顔を会わせていなかったキルト・ガング(gz0430)を発見し、捕まっていた。
「えっと、つまり‥‥一緒に温泉に行く人を探しているんですか?」
「ああ。ここで会ったのも何かの縁だ。ここらでひと休憩入れるってのも悪くないだろ」
 確かにここらでゆっくりしたい。そんな思いはある。
 だがその前に気になることが1つ。
「キルトさん。女性は誘わないんですか?」
 自分はともかくとして良い大人のキルトが自分と行こうと考えることがオカシイ。
 そう思ったのだが、
「‥‥その言葉、そっくりそのまま返すぜ」
 項垂れながら叩かれた肩に「ああ」と声が漏れる。
「まあ、いないのなら構いませんけど。日取りはいつですか?」
「明日だ」
「へえ、明日ですか‥‥って、明日?!」
 驚くカシェルに、キルトはポケットを探ると1枚のチケットを見せた。
「福引の景品でな。有効期限が明日なんだよ。明日を逃せばこれはパア‥‥勿体ないだろ?」
「まあ、高級旅館らしいですし勿体ないですけど‥‥え゛‥‥き、キルトさん、これ‥‥」
 差し出されたチケットを眺めていたカシェルの顔が強張った。
「カップルご招待♪ なんかどっかで見たことあるようなシチュエーションだけど、今回は違うぞ!」
 自信満々に胸を張った彼に嫌な予感が過る。
 そもそもこの反応、絶対に良いことであるはずがない。
「‥‥念のために聞きますけど、何が違うんですか?」
「そりゃあ、アレだ♪ まあ、俺に任せておけ!」
 そう言って笑ったキルトに、カシェルは嫌な予感満載で表情を引き攣らせた。

●温泉道中萎び旅
 雪深い山道。道行く人の姿もないそこを、2人は黙々と歩いていた。
 近くの駅から歩いて1時間。そろそろ目的の温泉宿に辿り着いても良いのだが、どういう訳か一向に辿り着く気配がない。
「キルトさん‥‥もしかして、道間違えました?」
「いや、そんな筈はないんだが‥‥」
 そう言って広げた地図。それを覗き込んだカシェルの眉間に皺が寄る。
「何ですかこの地図‥‥明らかにオカシイでしょ!」
「何処がだ?」
「何処って‥‥この地図、山の絵に1本線があるだけじゃないですか! 明らかにオカシイでしょ!」
 ダンッと雪を踏み締めたカシェルに、キルトは「ふむ」と頷き地図を眺めた。そして怒っているらしいカシェルに目を向ける。
「‥‥その格好で怒ってもな。迫力ないぞ」
「!?」
 ガーンっとその場に崩れ落ちたカシェル。
 そんな彼はゴシックロリータのワンピースにコートと言う、まるっきり女の子の服装をしている。
 勿論カツラも被り済みで、一応お化粧もしてあるが、その辺は彼の希望で薄く済まされている。そもそも化粧をしないでも充分女の子――
「それ以上の説明は不要ですっ!」
 ガンッと木を殴りつけた彼に、キルトは肩を竦めて呟く。
「良いじゃないか、可愛いんだし」
「か、かわっ‥‥僕は嬉しくもなんともありません! そもそもキルトさんがすれば良かったじゃないですか! キルトさんだって着れば女性に見えますよ! そうすればカップルにだって見えるかもしれないじゃないですか!」
 そう、カシェルがこんな格好をしている理由は、キルトの提案が元だった。
『カップルに見えるようにカシェルが女装すれば問題ない』
 ハッキリ言って馬鹿でしかない提案だが、まあ人が良すぎて断りきれなかったカシェルもカシェルだ。
「まあ、頑張って登れば着くだろ。ほら、手貸せ」
 そう言いながら差し出された手に、若干の虚しさが巡る。それでも歩き辛い服装なので有り難くもある。
「‥‥まあ、こんな姿を他の人に見られないで良かった。そう思うしかないかな」
 カシェルはそう呟くとキルトの手を取っ――
「え゛」
「あ゛」
「嘘でしょおおおおおおおお!!!」
 木霊と共に崖下に落ちて行くカシェル。
 それを崖上から手を伸ばして見送るキルト。
 こうして2人は雪山に遭難し、挙句に逸れてしまった。

●UPC本部
「‥‥と言う訳で、申し訳ないんですが、阿保で馬鹿でどうしようもない傭兵の救助に向かって下さい」
 オペレーターの山本・総二郎は少しだけ据わった目で呟き、集まってくれた傭兵達に頭を下げた。
 彼が急遽依頼を出したのは、雪山にある高級旅館から連絡が入ったためだ。
 その内容と言うのがコレだ。
『そちらに登録されている傭兵のキルト・ガングさんと、カシェル・ミュラーさんが1日経っても宿に到着しないんです。こちらの宿は雪深い場所にもありますし、もしかすると遭難されているのかもしれません。カシェルさんに到っては女性ですし、こちらとしてもとても心配で――(以下略)』
「‥‥色々気になる点はあるけど、遭難してるなら助けなきゃいけない。一応山の中だし、動物の存在にも気を付けてください」
 そう言って山と温泉旅館の位置を記した地図が各人に手渡される。
 その地図は山の地形もしっかりと書かれており、頼りになるだろう。
「あ。救助後は温泉でゆっくりして下さい。勿論お金は救助された2人が払いますから」

●キルト
 道なき道を歩くこと1日。
 流石に体力の限界を感じ始めていた頃、無線機に連絡が入った。
「おー、カシェルか。そっちの様子はどうだ?」
 聞こえる声に耳を傾け苦笑する。
「今から宿に行ってもタダじゃないしな。このまま戻るか?」
 そう、既に宿泊期限の1日は過ぎている。
 今から行っても自腹を切るだけだ。ならばこのまま下山するのもありかも知れない。
 そう思っていたのだが、カシェルの提案はまるで別の物。
「ん? ああ、山頂なら見えるが‥‥そこを目指した方が早い? まあ、そうだな」
 言われてみれば麓より山頂の方が近い。こうしてキルトは更に山の奥、山頂を目指して歩き始めた。

●参加者一覧

リュドレイク(ga8720
29歳・♂・GP
ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751
19歳・♂・ER
最上 憐 (gb0002
10歳・♀・PN
クレミア・ストレイカー(gb7450
27歳・♀・JG
希崎 十夜(gb9800
19歳・♂・PN
レガシー・ドリーム(gc6514
15歳・♂・ST

●リプレイ本文

 雪深い山の中、希崎 十夜(gb9800)は不思議そうな表情で目の前の光景を眺めていた。
「念のために聞くんだけど、それ、何かな?」
 そう問いかける先に居るのは最上 憐 (gb0002)だ。
 彼女は寒さで凍え死にそうになっているキルト・ガング(gz0430)を抱き起すと、口に何か宛てた。
 それはどう見ても‥‥。
「‥‥ん。カレー」
「あ、やっぱり」
 苦笑した十夜の想像通り、キルトの口に当てられたのは軍用食であるレーション「レッドカレー」だ。
「‥‥ん。凍死されると。困るので。飲んで。大丈夫。カレーは飲み物」
 そう言ってグイグイ口に押し込まれるカレー。その光景はかなり壮絶だが、憐の考えは合点いく部分も多い。その理由にレッドカレーの効果が上げられる。
「確か‥‥食後30分ほどは体が温まるのでしたか。しかし、カレーは飲み物でしたでしょうか」
「‥‥キルトだし、大丈夫だろ」
 リュドレイク(ga8720)の疑問に答えたユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)は、兄の方を見ると小さく肩を竦めて見せた。
 そうして改めてキルトを見る。
「それに心配なら顔の方をした方が良い」
「私のせいじゃないわよ。悪いのは目を覚まさない彼だから」
 頬を盛大に腫らしたキルトに対し、クレミア・ストレイカー(gb7450)はぼやく様にそう零して手首を摩る。そんな彼女の手を覗き込んだ覚醒状態のレガシー・ドリーム(gc6514)が心配そうに呟く。
「捻りましたか?」
「少しだけね」
 大丈夫。そう笑むクレミアは、ポケットから方位磁石を取り出すと視線を山の頂へ向けた。
 捜索開始から僅かだが、キルト自身は一晩をこの山で過ごしている。しかも今は凍死寸前とくればこのまま放置する訳にもいかないだろう。
 それに――
「カレーを駄々漏らしなその顔も頂けないわ」
 意識を失っている人間が、食べ物を呑み込むと言う器用な真似はなかなか出来ない。それは能力者であるキルトも同じだったようだ。
 だいぶ絵的に汚い状況になる彼を見て、ユーリが手を伸ばす。
「リュー兄、手伝ってくれ」
 そう言ってキルトを背負い、転がっている荷物をリュドレイクが拾い上げる。
「ところで、もう1人の遭難者は無事なのかな」
「ああ、彼女なら大丈夫‥‥あれ? でも、あの人‥‥女性でしたっけ‥‥?」
 そう言ったリュドレイクに何とも言えない沈黙が走った。

●救助完了

 ドッボーン!

「ぶくぶくぶ‥‥――ぶあっ!!」
「やっと気づいたわね」
 やれやれと腕を組んで呟くクレミアは、露天風呂の岩場に片足を乗せて息を吐いた。
 ここは山頂にある高級温泉旅館。そして今はキルト蘇生のために露天風呂を貸し切った状態だ。
「お湯に入れて目が覚めるなんてインスタントみたい〜♪」
 そう言ってキャッキャとお風呂を覗き込むレガシー。そんな彼に目を瞬き、キルトの眉間に皺が寄った。
「‥‥何、コレ?」
「遭難している所を助けたんですよ。そしてここは目的の温泉宿です。お連れの方も無事ですよ」
 そう言って十夜が手を差し出す。
 人付き合いが苦手な彼にしては珍しい行動だが、色々と思う所があっての行動らしい。
「それにしても、連れが男だったとは‥‥親近感がわくはずだよな‥‥」
 そう密かに零してキルトを引っ張り上げる。そうして無事らしい様子を確認してから手を放した時だ。
「ありがとな、お嬢ちゃん」
 今、何か聞こえただろうか。
「雪山で死にかけて目を覚ましたら混浴とか、ちょっとはついてるって思って良いのかね♪」
 そう言いながらポフッと十夜の肩が叩かれる。と、次の瞬間。
「俺は男だ!」

 ドッボーン!

「‥‥アホ」
「はは‥‥なんというか、個性的な方ですね」
 思わず頭を抱えたユーリに続き、リュドレイクが無難な感想を述べる。そうしてお湯を覗き込んでる憐に目を向けると、彼の首が傾げられた。
「何か見えますか?」
「‥‥ん。ここ。混浴と。聞いて。何が。いるのかと」
 そう言えば旅館に着くなり混浴の説明があった。確か入浴時間が極端に限られた不思議な温泉だった気がする。
「行ってみますか?」
「そうね。遭難者も無事保護したし、ここからは楽しんで罰は当たらないわよね」
 クレミアはそう言うと、ニヤリと笑って憐の手を取った。

●混浴温泉
 真っ白な山に囲まれた真っ白な温泉に浸かりながら、十夜はボーッと湯煙の中を見詰めていた。
 その視線の先に居るのは猿だ。
「‥‥平和だ」
「折角なら別の混浴が――あだっ!?」
「これ以上バカなことを言うな。そもそも男に女装させてまで温泉に行きたかったってのが‥‥」
 情けない。
 そう目頭を押さえるユーリに、リュドレイクは苦笑しながら彼の頭を叩く。その隣では、背中を蹴られたらしく微妙に蹲りながらお湯に浸かるキルトがいた。
 そんなキルトの視線の先に居るのは十夜だ。
「唯一の救いは十夜か‥‥まだなんつーか救われ――ぶぐっ!!」
 ぶくぶくぶく。
 問答無用で沈められたキルトの頭を、十夜は冷静に見下ろす。その目はかなりマジだ。
 まあ、今キルトが言おうとしたことを考えれば当然の報いなのだが、それに加えて視界に入った自分の髪にも苛立ちが募る。
「‥‥俺は何で、温泉に入る前に髪を切らなかったんだッ!」
 悔やんでも悔やみきれない。そう零す彼の手の中で徐々にキルトの抵抗が弱まって行く。そして湯船を掻いていた手が落ちると、漸く十夜の手が離された。
「ご愁傷様」
 チーンッと手を合わせたユーリに相変わらず苦笑したままのリュドレイク。そして十夜が何事もなかったかのように湯船に戻ると、沈められたキルトが起き上がった。
「‥‥――っ、死ぬだろォッ!」
「死んでないじゃないですか‥‥って、あれ?」
 しれっと返した十夜の目が、ある一定の場所を見た所で見開かれた。
「‥‥ここ、男湯ですよね?」
「‥‥ああ」
 呆然と口にした十夜に続き、ユーリやリュドレイクも呆然としながら頷く。
 そんな彼等の前に現れたのは、胸元から腿までをバスタオルで隠したレガシーだ。彼は湯船に浸かる面々を見ると、にっこり笑って小首を傾げた。
 その仕草は女性そのもの。
「えへへ、服を脱ぐのに時間が掛かっちゃいました。あ、お猿さんがいるぅ♪」
 無邪気に笑って爪先から湯船に入ってきた彼に、全員が一斉に背を向ける。そして互いの顔を見比べると、チラリとレガシーを見た。
「良いお湯ですね♪」
 にこっと笑うその表情に、再び全員の目が逸らされる。男湯にいると言う事はそう言う事なのだろうが、どうしても見てはいけないものを見ているようなそんな気持ちになるらしい。
「‥‥これ、いつ出れば良いんですか」
「知らねえよ」
「‥‥はあ」
 十夜の声に八つ当たり気味に応えるキルト。そしてそれに溜息を吐くユーリの頭をリュドレイクが撫でると、全員はそろって大きな溜息を零したのだった。

 その頃、女湯では同じように猿と混浴を楽しむクレミアと憐の姿が‥‥あれ?
「‥‥ん。猿。捕獲して。食材にしろとの。事かな」
 そう言って目を光らせた彼女は殺る気だ!
 その表情に周囲で温泉を楽しんでいた猿たちの動きが止まる。そして、ニヤリと口角を上げた瞬間。
「あら‥‥逃げちゃったわね」
 まさに一目散。
 憐が湯船の中で動くと同時に、猿たちが野生の本能を発揮してお湯から逃げ出した。結果、彼女たちの温泉には猿はいなくなり、温泉に浸かるのは憐とクレミアの2人だけだ。
「‥‥ん。逃げられた。残念」
「食事ならこの後お腹いっぱい食べれるわよ。それよりも、折角水着を持参したのに、勿体ないわね」
 別の混浴ならそれで男性陣をカラカウつもりだったのだろう。少し残念そうに呟く彼女の隣で、憐がぶくぶくとお湯を吹きだす。
 そんな彼女の脳裏には温泉に来る前に仲居と遣り取りした会話が思い出されていた。
 それは、『‥‥ん。宴会と。料理を。全力で。大盛りで。満願全席な。勢いで。お願い』というもの。
「‥‥ん。楽しみ」
 そう言って目を細めた憐は、ぐぅっとお腹を鳴り響かせ頷いた。

●破産宴会
 宴会場に並べられた料理の数々。
 はっきり言おう。ここに並べられた料理は明らかに7人前ではない。どこからどう見ても30人前後で宴会を行った場合の料理の量だ。
「こ、これは‥‥」
 思わずツバを呑み込んだキルトの横で、既に箸を手にした憐が物凄い勢いでご飯をかき込んでいる。その量と速さは小さな体からは到底想像できないものだ。
「これは‥‥キルトさん破産でしょうか‥‥」
 ガツガツと減って行くご飯たち。周囲で動く仲居さんたちも空の器を下げるのに大忙しだ。
「‥‥ん。沢山。食べるので。おかわり。頑張って。作ってね」
「あ、あの‥‥おかわりの前に、ここにある食べ物をまずは‥‥な?」
 思わずツッコむがそんな心配は明らかに必要ない。出来る事ならその辺でストップしてくれと心の中で叫ぶが、まあ無理な相談だろう。
「‥‥日付変わってて残念だったな」
 ぽふっと叩かれた肩が痛い。
 それでも同情を向けられればそれに縋りたくなるのが人情というものだ。ギュッとユーリの手を掴んで助けを乞おうとしたのだが、人生そんなに甘くない。
 自身が犯した過ちはどんな形であれ償わなければならないという良い証明だろう。
「リュー兄、その刺身ちょうだい」
「どうぞ」
 スルリと流された助けを求める声。どうやら彼も食べるのに夢中らしい。
 結果、その場に打ちひしがれたキルトだったが、ここで救いに近い声が聞こえてきた。
「ご馳走さまでした。美味しかったぁ♪」
 にっこり笑って手を合わせるレガシーは、一人前を食べきる事無く食事を終了させた。
 スタイルの良い彼は人並み以上に現在の体型を保つ努力をしているらしい。結果、腹八分目を越えるご飯は食べない。
 勿論、高カロリーな食事もタブーだ。
「‥‥良い子だな」
 そう言って肩を叩いたキルトに、レガシーの首が傾げられる。
「んー‥‥何のことかわかんないけど、ボクマッサージに行ってくる♪」
「え?」
「ここのマッサージ、ちょ〜気持ちいぃの♪ さっきもお風呂から出たときにしてもらったんだけど、今度は美容にきくマッサージを頼んであるんだ♪」
 楽しみ♪
 そう笑っているが、ちょっと待て。
「そのマッサージのお金‥‥」
「ん〜‥‥確か、これくらい?」
 言いながら立てられた指に、キルトが崩れ落ちた。
 そのお金はもしかしなくてももしかしてですよね?
 そう問いたかったが、もうそんな気力は半分以上消え失せている。辛うじてこの場に居ることが、彼にとっての精一杯なのだろう。
 だが悲劇は終わらない。いや、寧ろここからが本番と言って良いだろう。
「‥‥ん。おかわり。おかわり。大盛りで。迅速に。遅いと。厨房に。突撃して。直に。食べに行くよ」
 ペロリと30人前を平らげた憐にキルトはもう再起不能だ。いっそのことお酒でも飲んで忘れてしまおう。
 そう思ったのだが、そんな余裕すら天は与えてくれなかった。
「う〜ん? このキリッとした辛口は‥‥極辛純米酒ね?」
 利き酒体験でお酒を堪能するクレミアは、次々とお酒の銘柄を当ててゆく。
 勿論ハズレもあるが、殆どが正解。
 そのことに温泉宿の人も気を良くしたのか次々酒を持ってくる。しかし、持ってこられる酒はどう見ても利き酒の範囲ではない。
「く、クレミア、良く聞いてくれ‥‥その酒、どれも凄く高いんだが、気のせいか?」
「ん〜、美味しい♪」
「って、聞けよ!!」
 マイペースに飲み続けるクレミアに思わずツッコむ。が、そんなのはどこ吹く風。
「次、熱燗お願いね‥‥あら、ちょうど良いところに。ねえ、謎かけに付き合ってよ」
「は?」
 何を言い出すんだこの酔っ払いは――とは、そんなこと口が裂けても言えません。
「遭難とかけて悪友からの返事ととく」
「‥‥えと、そのこころは?」
「へぇ〜そうなんだ」

 ヒュ〜〜〜〜‥‥。

「さむ――ぶごっ!?」
「はーい、お酒は美味しく飲みましょうね?」
 言葉を遮るように降ってきたクレミアの張り手。その反動で突っ伏すキルトに笑顔を向け、クレミアは新たな酒を注文した。
 そして時を同じくして、十夜にも異変が起きていた。
「俺の酒が飲めないのかぁ〜!」
 ダンッとキルトの目の前に落された酒瓶。
 顔を真っ赤にして叫ぶ彼は明らかにおかしい。その経由を説明すると、まず泣きから始まり、笑いを通過、その後突然キレて現在に至る。
 だがよく思い出してみて欲しい。
「さ、酒飲んでたか‥‥?」
「憶えてない!」
「忘れるな!」
 叫んだが上がってしまったテンションはどうしようもない。
「と、十夜、落ち着こうか‥‥なんならほら、水でもの――」
 本日何度目の打撃か。
 戦闘参加するよりも遥かに酷い目に合っているのではないか。そんな想像さえ浮かぶがこれもまた自業自得。
「飲め〜、飲むんら〜‥‥――ぐう」
 キルトに絡み、酒瓶を頬に押し付けたまま十夜は崩れ落ちた。そう、彼は寝落ちたのだ。
「‥‥マジ、か。なんなんだコイツら‥‥なあ、マジでなに‥‥」
「流石に、ちょっとかわいそうですね」
「んー‥‥まあ、そうだな」
 兄弟水入らずで語らっていたリュドレイクとユーリ。兄の言葉にキルトを見たユーリが苦笑すると、再び憐の声が響いてきた。
「‥‥ん。腹八分目が。丁度。良いらしいから。ココまでにして。温泉饅頭でも。摘みに行く」
「ッ! まだ食うのか!?」
 呆れや悲しみ、そして微妙な尊敬の念。それらを抱えて見詰めるキルトを他所に、憐は箸をおいて土産物コーナーへ歩いてゆく。
 きっと土産物として売られている温泉まんじゅうは全滅だろう。そしてその金額は‥‥想像するのも怖い。
「相変わらずだなぁ」
 憐と面識のあるユーリは彼女の様子を微笑ましく思っているが、キルトは違う。
 戦々恐々と電卓を叩きはじめ、その直後、雪崩落ちるように泣き崩れたのだった。

●夜
 大部屋で布団を広げて眠る男女。
 其処彼処から寝息が聞こえる中、クレミアはレガシーに寄り添って上機嫌に微笑んでいた。
「んふふ。どう? 暖かいでしょ?」
 そう言ってレガシーの頭を抱え込む。
 人の温もりとふかふかの布団の温もり。そして酒のおかげもあってか彼女はすぐさま眠りに落ちてしまう。
 そして全てが寝静まった後、部屋では不気味な泣き声が響いていたとか‥‥。

 翌朝、連れが楽しんだと思われる会計も含めて支払いに挑んだキルトは、案の定蒼白の表情で崩れ落ちていた。
 そんな彼にリュドレイクとユーリが自分の分は持つと言ってくれたが、ここは男の意地。断腸の思いで申し出を断ると、全ての費用を自ら持ったのだとか‥‥。
 ちなみにその後、彼は数日間消息を絶っている。その間の足取りは一切不明だ。