タイトル:Last Danceマスター:朝臣 あむ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/11/17 01:26

●オープニング本文


 闘いに、未来に、懸けた命。
 全てが終わり、数多の者が新たな目標へとそれを懸け直す。
 だが、そこに命を残された者は如何だろう。
 懸け直す事も、生きる事すらも見失ってしまったら‥‥。

 命は1つである。
 命は自分自身のものである。
 されど命は、ただ1人だけのものではないと――人は知っている。

●UPC本部
 最終決戦を終え、戦後処理に追われる本部。
 慌ただしく動く人々の顔には、戦時中とは違う活気がある。
 そんな中、書類を片手に動く男が居た。
「山本さん! さっき渡した依頼書、早目に対応できる傭兵を探して下さいって!」
「わかりました!」
 大声で返事をして書類に視線を落とす。
 つい先程、大至急と言う名目で預かった依頼は、山本総二郎にとって重要な意味を持つ物だ。
 ジャングルの奥地で発見された鰐キメラを討伐するという物で、過去、2体が依頼で倒されている。
 今回発見されたのは新たに3体。これで全ての鰐キメラが討伐されると踏んでいるが、実際の所はどうなるか不明だ。
「‥‥この依頼、出来る事ならアイツに任せたいんだよな」
 総二郎の言う「アイツ」とは、戦時中に姿を消したキルト・ガングの事だ。
 彼は自ら望んで強化人間となったシーリアと、バグアのヨリシロにされたジョニーの友人だった。
 軍学校に通っている時知り合い、幾度となく戦場で共に闘った仲間。そんな彼等を倒した後、キルトは消息を絶った。
 その時依頼に同行していた傭兵から、キルトが仲間を傷付けたと聞いている。
 強化人間――シーリアの蘇生を試みようとしたその行為に腹を立てて‥‥と。
「もう、どっかで野垂れ死んでたりしてな」
 笑えない冗談だが、元々死を望む事の多かったキルトなだけに否定はできない。それでも生きていたなら、この依頼を任せたい。そう、思っていた。
「まあ、グダグダ言っても仕方がないか。さっさとこの依頼を‥‥え」
 依頼を本部に出さなければ。そう思って動き始めた総二郎の足が止まった。
 徐々に見開かれる目が、目の前で足を止めた人物の顔を見詰める。そして、
「キルト、か?」
 少し痩せただろうか。それに無精髭も生えている。それでも、友人関係にある相手の顔を見間違えるはずがない。
 目の前にいるのは、キルト・ガング(gz0430)で間違いない。
「久しぶりだな。つーか、太ったか?」
「なっ」
 ニヤリと笑って顔を覗き込むその表情に、かあっと顔が赤くなる。
 確かにここの所忙しくて、仕事中良く食べていた。だがそんなに太った自覚は無かっただけに、指摘されて恥ずかしい。
「お、俺のことはどうでも良いんだよ! それよりお前だよ! 何処に行ってたんだ? エリスちゃんも、わんこも、お前の心配してたんだぞ!」
 そうだ。
 今まで何処に行っていたのだろう。
 連絡も寄越さず、逃げるように姿を消して。今まで何をしていたと言うのか。
「悪かった。それよりも、ソレは何だ?」
「それよりもって‥‥お、おい!」
 取り上げられた依頼書に思わず声が上がる。
 キルトは元々マイペースで人を喰った言動をしている節があった。だが、今の言動は何処か前の彼と違う。
「鰐キメラ‥‥前に傭兵等と倒したあのキメラか。まだ残ってたんだな」
 2体でも苦戦した記憶がある。それが今回は3体いる上に、相変わらず磁場の関係で高速移動艇は近付けず、KVも接近不可能らしい。
「生身で行く他ないが、現状どれだけ戦力が集まるかが勝負か」
 バグアとの決着が付いたとは言え、やる事は山程存在する。どこもかしこも人手不足な中、ここに人員が裂けるかが問題だろう。
「山本」
「‥‥何」
「この依頼、俺が行く。良いよな?」
 失踪前と変わらない、人懐っこい笑みに総二郎の眉間に皺が寄った。
「キルト。傭兵を続けるんだな?」
「‥‥何でそんな質問をする」
「お前は変な所で義理堅い。ましてや傭兵を傷付けた手前、何のお咎めなしって訳にもいかないだろ。最悪、傭兵を辞めなければいけない」
「だから、言われる前に自分から辞めるって?」
 コクリと頷いた総二郎に、キルトは書面から顔を上げると小さく息を吐いた。
「まあ、辞めるつもりでここに来たのは事実だな。けど、辞める前に恩を返しておいても良いだろ」
 本当はこのまま直ぐにでも傭兵職を辞するつもりだった。そう語る彼に総二郎の口端が下がる。
「処罰を受けるだけじゃ足りないのか?」
「お前は、自分の友人や大事な人が武器を向けられて傷付けられたらどうする。そいつを許せるか?」
「それは‥‥」
「どんな理由があるにしろ、俺は感情に任せて仲間を傷付けた。下手をすれば殺す可能性だってあったんだ。そんな奴が力を手にしていて恐ろしいとは思わない方がおかしい」
――俺ら能力者はそれだけの力がある。
 キルトはそう言い置くと、総二郎に書類を返して本部を後にした。

 それから数時間後。
 総二郎は数名の傭兵を前に、今回の依頼説明を行っていた。
「内容はジャングル奥地でのキメラ討伐。それと、先行した傭兵の確保です」
 大至急。そう呼び出された傭兵等には、ジャングルで以前討伐された鰐キメラの情報が掲示された。
 それと同時に、先行して旅立ったキルトの情報も。
「本来はキメラ討伐のみの依頼でしたが、嫌な予感がするんです。出来る事なら、全員で無事に戻って来て下さい」
 お願いします!
 総二郎はそう頭を下げると、結果を待つしか出来ない自分自身に苛立ち、唇を噛み締めた。

●樹海にて
 鬱蒼と木々が茂るジャングル。その奥地に足を踏み入れながら、キルトは木々に付けられた傷跡に目を留め、足を止めた。
「まだ残ってたか‥‥」
 いつだっただろう。
 傭兵等と共にこのジャングルでキメラと闘ったのは。だいぶ昔のようにも思うし、最近の事のようにも思う。
 状況は同じ、敵も数こそ違えど同じ。
 けれど決定的に違うものがある。それは――
「これを最期の罪滅ぼしにしないとな」
――覚悟。
 内に抱えるモノが昔と今では違い過ぎる。
 過去を悔い、その過去から逃げる為だけに死に近い場所を生きてきた。
 その中には僅かながら希望があった。まだ、シーリアが生きていたから。
 しかし、今は‥‥。
「さて、何体まで行けるか‥‥せめて、1体くらいは減らしたい所だな」
 そう呟き、刀の柄を握る。
 そうして大地を蹴った彼の足に迷いはなかった。
 向かう先には空を仰ぎ獲物を待つ、大きな甲羅に大きな牙を持った鰐キメラが3体。それらはキルトの動きに気付くと、一斉に攻撃の態勢を取った。
 辺りに響く重低音。木々が折れ、鳥が羽ばたく音がする。
 この数時間後、総二郎の依頼を受けた傭兵達が到着する。
 この時点ではまだ、戦闘音が響き渡り、彼の生存は確認できていた‥‥。

●参加者一覧

瓜生 巴(ga5119
20歳・♀・DG
ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751
19歳・♂・ER
メシア・ローザリア(gb6467
20歳・♀・GD
一ヶ瀬 蒼子(gc4104
20歳・♀・GD
追儺(gc5241
24歳・♂・PN
王 珠姫(gc6684
22歳・♀・HA

●リプレイ本文

 樹海を駆ける音がする。
「急がば回れだけど、急がないと」
 道を塞ぐ倒木を、アスタロトを装着する事で踏破し、瓜生 巴(ga5119)は呟いた。
 以前ここを訪れた時、ゴンタとタンゴと名付けた2匹の鰐キメラ。それが更に発見され、更にキルト・ガング(gz0430)がそこへ向かったと聞き急いでやって来た。
 まだ耳には微かに戦闘音が響いている。この音がある限りまだ大丈夫。
 そうは思うが気持ちは逸る。
 そして彼女と同じくメシア・ローザリア(gb6467)の足も、警戒をしながらも自然と早くなってゆく。周囲に視線を配り、古い目印を追い駆け、そして拳を握り締める。
(‥‥もう、失う訳にはいきません!)
 キルトが姿を消した切っ掛け。それを自身が与えたも同然と思う彼女は、キルトに生きていて欲しいと願う。
 だから、間に合って欲しい。
 そんな彼女の耳に、一ヶ瀬 蒼子(gc4104)の声が届く。
「到着後は、キルトの確保を優先させて貰うわよ」
 以前、訪れた樹海。記憶通りなら、もう少しで鰐キメラの元に辿り着く。そこに入ったら直ぐにでも彼を確保したい。
 そう思う蒼子は、本星決戦とそれに絡む一連の事態を収束して地球に戻って来た時、本部で彼の名前と見覚えのあるキメラを見た。
 その時の衝撃と言ったら言葉では言い表せない程だ。
(まったく、あの死にたがりは! エリスさんのこととか、言いたいこと山ほどあるんだから無事でいなさいよ‥‥!)
 そして蒼子の声に同意するよう、追儺(gc5241)が呟いた。
「ああ、まずは確保だ。キルトが死にかけているんなら助けにいくさ。そこに躊躇するほどの仲じゃないしな」
 キルトは大事な友だ。だからこそ死なせる訳にはいかない。
 それに彼にもメシア同様に思う事がある。
「‥‥死んで楽にはさせてやらないさ」
 彼は凛と前を駆けるメシアを見、古傷を摩る様に肩を撫でた。
「だいぶ近付いて来たな。もう直ぐ――!?」
 ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)が呟いた時、突然視界が開けた。
 聞いた話では鬱蒼とした木々が視界を遮り、戦闘には不向きだったはず。だが、目の前の光景は如何だろう。
 木々は倒され、足場こそ悪い物の視界は開けている。そしてその中央付近には、1体の鰐キメラの姿が‥‥
「まさか、倒したのか?」
 思わず呟いたユーリに次いで、悲鳴にも近い声が上がった。
「――ッ、キルトさん!」
 叫んだのは王 珠姫(gc6684)だ。
 彼女は鰐キメラと然程離れない位置で倒れるキルトに気付き、駆け出した。
 そんな彼女をサポートするように他の面々も動き出す。
「ゴンタは私が引き受けます‥‥頼みましたよ」
 巴は血塗れの状態で倒れるキルトを視界に端に置き、僅かに眉を動かして呟く。
 そうして駆け出した先に居るキメラに向け、間髪入れずにエネルギーの弾を放つ。これに予想通り、敵の注意が向いた。
 幸いな事に1体は倒れている。残りは2体。
 当初の予定よりも僅かに楽な状態で進められる事に安堵はする。けれど、素直に安心でない状況があった。
「っ、出血が‥‥」
「水、下して。それと止血をまず先にしよう」
 ユーリの声に珠姫は持参したミネラルウォーターの入った袋を地面に置いた。これらは出発前、珠姫が色々な人に声を掛けて分けて貰った物だ。
 中にはキルトと面識のある者から譲り受けた物もある。
「メシアさん、このお水、使って下さい」
「わかりましたわ」
 メシアは2体のキメラを引き離しに向かった巴と蒼子を見、珠姫から託された袋を持ち上げた。
 そして腕を貫かれ、全身を貫かれ、辛うじて息を保つキルトを見て、袋を持つ手に力を篭める。
「生きて、どうか‥‥愛おしい人が生きている、その事実でわたくしは、頑張れる」
 キルトに聞こえているかはわからない言葉を告げ、彼女は蒼子の元に急いだ。
 巴が対峙するゴンタを倒す前に、蒼子が対峙する存在を倒すのが先。そんな彼女に続き、追儺が駆けてくる。
「大丈夫だ。俺らはキルトに言いたい事があるんだ。それを聞くまでキルトに死ぬ資格なんてない」
「聞いてもそんな許可は致しません」
 追儺なりの気遣う声にこんな状況だと言うのに笑みが零れてしまう。
「――シーリア様。わたくしは貴女にも伝えたかった、貴女は愛されていると」
 自嘲気味な笑みを零し、戦闘区域に足を踏み入れる。それに合わせて追儺が用意された水を数本取り上げると、2人は一気にキメラとの距離を詰めた。
「さあ、私はこっちよ! こっちに来なさい!」
 蒼子は巴とは逆方向にキルト達から距離を取って離れて行く。それに追いつこうと、キメラも動くのだが、如何にも動きが遅い。
 その代り動作に似合わない、鋭い攻撃が飛んで来る。
「主の真実は、大盾であり、砦である。死の陰の谷を行く時も、わたくしは災いを恐れない!」
 凄まじい勢いで放たれた光線。それが蒼子目掛けて放たれる。が、彼女に触れる直前、光はメシアの掲げる白銀の盾によって遮られた。
「っ、‥‥ぅ‥‥」
 頬を、皮膚を焼けるような痛みが駆け抜ける。けれどメシアは退かない。
 耐えるように攻撃を受け、そして言い放つ。
「わたくしの持つ水を!」
「‥‥貰うわよ」
 素早く開封したペットボトル。それをメシアの影から解き放つ。
 弾けるように飛び散った水がキメラの顔を直撃した。しかしその量はほんの僅かだ。
「次!」
 1本で足りないのは承知している。
 自分が所持した分も含め、全ての水を投げ、彼女は氷の小太刀から拳銃に武器を持ち替えた。
「狙うのは水を被った――あの箇所!」
 銃撃が響き、鈍い音が周囲に木霊する。
 1弾、2弾、次々と狙い通り、それも同じ場所に銃弾が撃ち込まれてゆく。徐々に苦痛に悲鳴を上げ始めるキメラ。
 だが敵も命を諦めない。寧ろ、窮地に陥る程に頭を振り乱し、出せる攻撃の全てを繰り出そうと口を開く。
 しかし、頭上から滴る雫と、そこに乗った存在にそれは遮られた。
「悪いな。これ以上の攻撃は不可能だ」
 口を縫い付けるように突き入れられた水色の刃。普段なら硬くて弾かれてしまうであろう皮膚も、弱点である水の効果か思ったよりもすんなり刃を通した。
 追儺はそんな敵を頭上から見下ろし、そして刃を振り上げる。それは敵の脳を割り、地面に伏すに十分な力だった。
 大地に倒れる巨大な音。
 それを耳にした巴が、ゴンタの攻撃を避けながら手にしていた残り1つのペットボトルを握り締める。
「本当は逃がしてやってもと思いますけど‥‥」
 皆はやる気満々ですよね。
 そう苦笑を零す巴の至る所に傷が出来ている。口を開ける瞬間、ゴンタの懐に飛び込んでは閃光を回避していたが、完全に避けきるに至ってはいないらしい。
 それに加え、近付けば踏み付けられる可能性も出てくる。幾ら速度の遅いゴンタでも、これだけ近い位置で動かれれば避けるのも苦労する。
「ここが一番薄そうですよ、ねッ!」
 彼女は頬を伝う血を拭い、ペットボトルの蓋を開け放つ。そして一気にゴンタの顔目掛けて放つと、銃口を向けた。
 飛び散る水と同時に放たれた銃撃がゴンタの顔を撃つ。次々と撃ち込まれる攻撃に、ゴンタも反撃しようと口を動かすが、先のキメラ同様、能力者がこれを遮った。
「本当に水が弱いんだな。なら、これもどうぞ」
 頭上目掛けて投げられた果実。それを追うようにユーリは練成弱体を試みる。
「キルトさんの方はもう良いのですか?」
「珠姫が高速移動艇に連れて行った。本当はキルトにも参戦して欲しかったけど、あの傷では無理だな。ここは俺達で片付けて急いで戻る。それしかない」
「成程、状況理解しました。では早急に戻るとしましょう」
 戦闘の参加は出来ない。では意識はあるのだろうか?
 そんな疑問もあったが今はここを片付けるが先。巴はすぐさま攻撃に転じ動き出す。
 そこへメシア、蒼子、追儺も合流する。彼等は討伐に掛かる時間すら惜しむように、託された水を活用してゴンタの討伐に全力を注いだ。


 ユーリが錬成治療を血が止まるまで掛けてくれた。傷口を洗って、応急処置を施して、そうしてまた錬成治治療を使って。
 出来る事を出来るだけ施して、ユーリは闘っている仲間の元へ向かった。
 当初の予定通り、珠姫にキルトを託して。
「全てとうに失くして逃げて、でも、戻りました。罰でもあり、優しい貴方達――希望に少しでも報いたくて‥‥守りたくて」
 出来るだけ刺激しないように注意しながら元来た道を戻って行く。
 背には徐々に熱を失ってゆく重みがある。
 早くしなければ。そんな想いはあるが、急いで傷口を開かせる訳にもいかない。
 そんな折、背で動く気配を感じた。
「キルトさん!」
 思わず足を止めて振り返る。と、その目に息を吐くキルトの顔が見えた。
「キルトさん、迎えに来ました。私がわかりますか?」
 まだ意識が朦朧としているのだろう。定まらない視線が行ったり来たりし、そして珠姫を見て背から降りようと動いた。
 それを彼女は引き止めた。
「貴方の行動は貴方にお任せします‥‥そう、言うつもりでした。でも、今の貴方を行かせる訳にはいきません。今の状態では死に行くようなものですから」
 僅かに強い口調で言い、止めていた歩みを再開する。
「解ったような口をきいてごめんなさい。でも貴方が剣を抜くほど、大切な方達がいた。だからこそ‥‥その方達から貴方に遺された思いは、どうか大切にして下さい。強い思いから目を塞がずに、どうか」
 そう言った彼女の目に、樹海の出口が見える。
 高速移動艇に行けばもう少しマシな治療が出来るかもしれない。いや、出来なくても樹海で治療を続けるよりはずっと安全だろう。
「そう言えば、エリスちゃんと子犬さんはどうしてるんでしょう。帰りを待ってくれる人がいるのは、嬉しくないですか?」
 高速移動艇の中にキルトを移し、止血した箇所を確認する。この間、キルトは無言だ。
 それを承知で彼女は話し続ける。
 それが彼の意識を繋ぎ止める手段であるかのように。
「『辛い時は退け』、貴方が言ってくれた言葉です‥‥どう、しますか?」
 戦場でも平時でも必要になってくる言葉。その言葉を耳にしたキルトの口から長い息が漏れた――その時だ。
「生きてるじゃないですか」
 息を切らせて駆け付けた傭兵等の姿に珠姫の目が見開かれる。
「み、皆さん、その怪我」
「こんな怪我どうってことないよ。それよりも、キルト起きてる?」
「あ、はい‥‥」
 ユーリは珠姫の返事を聞くや否や、キルトの傍に膝を折った。
 そんな彼の表情は若干呆れ気味だ。
「戦闘前に練成治療を使い過ぎたよ。だから、俺には色々と言う権利があるよね」
 ユーリの口調は穏やかだが、何処か迫力を含んでいる。その様子にキルトの眉が少しだけ動いた。
「という訳で‥‥俺はキルトに生きていて欲しいよ。友達だと思ってるし、居なくなったら寂しい。そもそも終戦だってのにキメラ相手に死人出すとか冗談じゃない」
 だろ? そう同意を求めて、彼はキルトの顔を覗き込んだ。
「とりあえず、死んだら悲しむ奴がここに最低一人は居るって、それだけはちゃんと覚えとけ」
 言いたい事は以上。
 そう言葉を切ってユーリは肩の力を抜いた。
 それに続いて、傷の状態を確認していた巴が口を開く。
「けじめをつけようとか考えてるのなら、やめて欲しいかな」
 呟くように零し、緩みかけた包帯らしき布を締め直す。そうしてキルトの顔を見ると、彼女は真っ直ぐにキルトの目を見た。
「あなたを死なせた罪を背負わされるのは御免ですからね」
 巴からの思ってもいない言葉にキルトの目が見開かれる。そしてそれに対し反応をする前に、蒼子のため息が聞こえてきた。
「まったく。エリスさんが大変だった時にどこをほっつき歩いてたんだか‥‥」
 彼女は生きているキルトの様子に安堵しつつ、その事を悟られまいと視線を反らす。
 その上でいつものように説教染みた言葉を零す。
「保護者なんでしょ? だったら、自分が被保護者にならないようにしなさいよ」
 まったく、心配かけて。
 最後にそう呟き、口を噤む。
 そして今度は追儺が‥‥そう思った所で、思わぬ衝撃がキルトに走った。
「め、メシアさん!」
 慌てて止めに入った珠姫に、メシアはキルトの頬を叩いた手を握り締める。
「――わたくしを憎めばよろしいわ。蘇生を望み、お願いしたのはわたくしですから」
「!」
 蘇生を望んだ。
 この言葉にキルトの腕が動く。が、それは完全に上がりきらずに落ちてしまう。
 そしてキルトの動きを視界に、追儺がメシアの言葉を補足するように言葉を紡ぎ出した。
「確かに前の戦いは理にも感情にも合わない物だった‥‥消えちまうのも分かる。だが‥‥だからって死なせてはやらないぞ」
「わたくしも、追儺様と同じ考えです。失うよりも、生きていて恨まれる方がずっといい」
 追儺の言葉にメシアも頷きを返す。
「生きようとあがいた奴がいる、生きた俺らに託した奴がいる。それを受け取った俺らは、生き延びたなりの義務がある。それはどんなに残酷で苦しくてもだ」
 追儺はそう言うと、キルトに向かって手を伸ばした。
「生きるってのはきつい‥‥だがきついなら、一緒に歩いてやれる。なぁ、運命共同体だろう、相棒?」
 キルトが失踪する切っ掛けになった依頼。そこでメシアはシーリアの蘇生を望み、追儺は蘇生を阻もうとしたキルトの攻撃で傷付いている。
 その2人の言葉に漸く彼の口が動いた。
「‥‥お前らは、一番シンドイのを選べって言うのか‥‥」
「誰だって背負って前に進んでいるんだ。お前だけじゃない」
 誰だって――。
 この言葉にキルトの口に苦い物が込み上げた。だが、頭の中に巡るのは悪い思考じゃない。
「‥‥どんなペナルティが、課せられるか‥‥こえぇな‥‥」
「ペナルティって‥‥傭兵を続けた場合のですか?」
 巴の声にキルトの目が頷く。
 確かに何のお咎めも無しと云う訳にはいかないだろう。と言うか、能力者を続けるらしいキルトに珠姫がおずっと口を開く。
「あの‥‥キルトさん‥‥」
「‥‥俺はまだ、退けねえ‥‥俺に付き合ってくれるって、奇特な奴等が居るから、な‥‥」
「奇特って、相棒だろ!」
「うるせぇ‥‥ああ、それと‥‥」
「ん?」
 顎で招かれたユーリの目が瞬かれた。
 何事かと顔を寄せた瞬間、小さな声で「さんきゅ、な」と声が掛かる。
 それに自分の頬を掻くと、ユーリは苦笑して天井を仰いだ。
 それを見届け、キルトは更に声を放つ。
「メシアも、悪かったな‥‥それと、ありがとうな‥‥」
「‥‥いえ」
 複雑そうな表情が見えるが敢えて突っ込む元気もないのだろう。
 キルトはそのまま目を閉じ、意識を手放したようだ。
 それを見届けメシアは呟く。
「――失った痛みも愛おしさも、忘れられないものですから」
 そう零した彼女は目を伏せ、自らの胸の前で手を組んだのだった。