タイトル:【PG】思い出の中でマスター:朝臣 あむ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/09/14 23:10

●オープニング本文


 衝撃によって捲れ上がる大地。
 そこへ落ちるように転がったエリス・フラデュラー(gz0388)は、頬を伝う血を拭って体を起こした。
「っ‥‥、‥‥」
 全身は黒く汚れ、至る所に傷が出来ている。
 顔には疲労も濃く、肩で息をする姿はとても辛そうだ。それでも彼女は立ち上がると、辺りを見回して駆け出した。
 そこへ鋭い衝撃波が迫る。
 背中を押す様に来たそれに、脚力を強化して回避を試みた。だが寸前の所で交わしきれない。
「――ッ」
 カメラと体を抱えて転がり込む。
 こうして土に塗れるのは何度目だろう。地面に打ち付けられる度に体が軋み、正直起き上がるのもしんどい。
 けれど、動かなければならない。
「‥‥まだ、動くんだね」
 抑揚なく響く声にエリスの目が上がった。
 僅かに離れた場所で腕を掲げる赤髪の青年――デューア・ハウマンは、立ち上がるエリスを見て緩やかに瞳を眇める。
 そうしてエリスが持つカメラと同じ形をしたカメラを構えると、彼は次なる攻撃に移った。
 それを見て、エリスは全速力で駆け出す。
「逃げなきゃ‥‥はやく、はやく‥‥っ」
 急く気持ちに追いつかない足。それを叱咤しながら駆けるエリス。
 何故、彼女はデューアから逃げ、彼から攻撃を受けているのか。
 全ては、2日に遡る。
 デューアと写真を撮る事が出来なかったエリスは、それ以降、頻繁にある場所を訪れていた。
 それは、デューアの事を知ったクリスマスローズの丘。
 今は季節柄、丘に花が咲く事はない。それでもそこを訪れたのは、彼もまたここに来るのではないか。
 そんな想いがあったからだ。
 そしてその予想は、的中する。
「僕と写真を‥‥? 君はまだ、そんな事を言っているんだね‥‥」
 感傷とかそういうものではない。単純に記憶に惹かれて訪れたその場所にエリスが居ただけ。
 デューアは丘に建てられた小屋の前でエリスと対峙するように立つと、呆れた様相で彼女を見下ろした。
「記念撮影はお預け‥‥そう、言ってた」
「‥‥そうだっけ?」
 そんなこと忘れた。
 そう言って肩を竦める彼に、エリスは一歩近づく。
 デューアはバグアで、彼はエリスの実父の体を持っている。そしてきっと、実父の「記憶」も。
「パパとの、写真‥‥撮りたい」
 じっと見上げた先。
 同じように見返す瞳がため息と共に逸らされた。
「僕は君の『パパ』じゃない。そもそも君の記憶にデューアは居ないんじゃない? 僕を見ても気付かなかったし、リーアンを『パパ』って慕ってた。君の中に僕は存在しない。なら、写真なんて必要ない」
 違う?
 そう問われて言葉に詰まる。
 確かに彼の言う通り、実父の記憶はない。
 それは物心つく前の事だから当然と言えば当然なのだが、それでも気付かなかったのは確かだ。
 もしデューアがエリスの前に現れなければ、彼女は実父の存在を知る事無く、リーアンを実の父と仰ぎ尊敬し続けていただろう。
 勿論、今もリーアンを父として尊敬しているし、彼のような写真家になりたいとも思う。
 けれど、それと同じように‥‥
「‥‥デューアも大事な、パパ‥‥2人とも、あたしのパパだから‥‥家族の写真、撮りたい」
 握り締めたカメラはリーアンが使っていた物。それを見遣ってから、デューアは億劫そうにエリスを見た。
「家族、写真‥‥やっぱり僕にはわからないよ。写真は確かに面白い。記憶を形の残せるからね。でも、家族って何? 家族は形に残せないじゃない。現に君は僕を覚えていない。それなのに家族って言えるの?」
「‥‥それは‥‥」
「話にならないね」
 言って、デューアは踵を返した。
 けれど、
「待って!」
 エリスの手がデューアの腕を掴んだ。
「記憶は、ないの‥‥でも‥‥記憶を作りたい‥‥家族としての、記憶‥‥」
「‥‥記憶を作る?」
 頷くエリスを見て、デューアは思案気に彼女と、彼女のカメラを見た。
 そしてエリスの腕を振り払って、彼女に向き直った。
 その顔には何の感情も浮かんでいない。
「なら、僕の言う通りにしてよ。そしたら写真を撮ってあげる」
 デューアはそう言うと、エリスが所持するカメラと酷似したカメラを撮り出し、ある条件を提示した。
 それは‥‥

――3日間、デューアの攻撃から逃げ切ること。

「本当に写真を撮りたいのなら、出来るよね?少しは本気を見せてよ。でなければ、僕は君の言葉を信じられないし、信じるつもりもない」
 記憶もなく、想いを示す物もない。
 ならば提示された条件を呑むしかない。
 頷いたエリスに、デューアは「ああ、そうだ」と言葉を加えた。
「攻撃は自由だよ。但し、死んでしまったら写真は撮れないからね。せいぜい、僕を殺さないように気を付けて」
 そう言葉を向け、彼は底冷えするほど冷たい目で笑った。


「‥‥エリスちゃんが‥‥消息を絶った?」
 山本・総二郎は呆然と目の前のオペレーターを見た。
 ここ数日どこかへ出かけていることは知っていた。だがまさか、消息が途絶えていたとは‥‥。
「何かの間違いじゃない? 確か、一週間後には個展の話もあったし、今消息を絶って良いことなんて何もない」
 そう。エリスは新鋭の写真家。
 一度はカメラを置く事も考えたが、それが出来なかった彼女は、自らの意志で個展を開く事を決意をした。
 その為の写真を撮りに行っていると思っていたのだが。
「消息を絶ったのは2日前なので間違いの可能性もあります。ただ、気になる情報も入ってましたので」
「気になる情報?」
「はい。実は、エリスさんが向かった場所。最近、頻繁にバグアの残党らしき姿が目撃されているんです」
「まさか‥‥エリスちゃんがそのバグアに‥‥?」
 曲がりなりにも能力者となった彼女だ。
 経験こそ少ないが最悪の事態は避ける方法もある筈。そうは思うが、どうしても最悪の事態を想定してしまう。
「直ぐに傭兵を派遣しよう。今は重要な時だから集まるか不安だけど、これから先、エリスちゃんの写真が必要なのは間違いないから」
「そうですね‥‥わかりました」
 そう頷きを返すと、女性オペレーターは急遽、エリス捜索の依頼を出した。

●参加者一覧

瓜生 巴(ga5119
20歳・♀・DG
RENN(gb1931
17歳・♂・HD
一ヶ瀬 蒼子(gc4104
20歳・♀・GD
村雨 紫狼(gc7632
27歳・♂・AA

●リプレイ本文

 高速移動艇の中で僅かに灯った照明。その下で手をきつく握り締める者がいた。
「‥‥っ、情けない‥‥!」
 徐々に白くなってゆく指。それを更に締め付けるように力を篭めると、一ヶ瀬 蒼子(gc4104)の体に電流のような痛みが走った。
「くっ‥‥こんな肝心な時に‥‥」
 体の至る所に巻かれた包帯。これは彼女が別の依頼で負った傷を癒すためのもの。
 本来なら自宅や病院で療養すべき怪我であるのに、彼女は今、危険な場所に向かおうとしている。
 その理由は、
「失踪から2日。何があってもおかしくない状況ですが、エリスさんを信じるしかないでしょう」
 落ち着いて。そう、握った手を嗜めるように別の手が触れる。
 目を向けた先に立っていたのは、何度か依頼を共にした事のある瓜生 巴(ga5119)だ。
 彼女が口にしたエリス・フラデュラー(gz0388)の失踪‥‥これが無茶をしてでも蒼子が危険な場所へ向かおうとする理由だ。
「‥‥ごめんなさい。本来なら一緒に来るべきではない‥‥そう、思ったのだけど。どうしても嫌な予感が離れなくて」
 巴は落ち着いた様子で蒼子を見ると、彼女の怪我に視線を止めた。
「正直、足手纏いですよね」
「っ」
 ハッキリと言われた言葉に声を失う。
 厳しいけれど彼女の言う事は正しい。自分が同じ立場でも彼女と同じ事を思う筈だ。
 だから「ごめんなさい」そう口にしようとして巴の顔を見た。けれど、彼女の顔は怒っていなくて‥‥
「戦力が少ない状況を考えると一ヶ瀬さんの参加は歓迎すべきでしょう。それに、気持ちは分からなくもありません」
 微かに口角を上げた彼女に、蒼子は泣きそうに顔を歪めて俯いた。
 高速移動艇に乗る前から、急く気持ちに反して体が思うように動いてくれなかった。それだけでも苛立ちを覚えると言うのに、こうなった理由を考えると更に腹が立ってくる。
(‥‥肝心な時に親友を助けられないようなら、この仕事をやってる意味ないでしょうが‥‥しっかりしなさい、蒼子‥‥!)
 苛立ちや焦りという物は、戦場でのメンタル面に大きな影響を与える。だからこそ、気持ちを切り替えなければいけない。
「同行する以上は、腹を括らないと‥‥」
 呟き、組んだ手を額に添える。
 そしてそんな彼女を見ていた巴は、自らの手に視線を落とすと、ゆっくりそれを握り締めた。
「‥‥馴染んでは、いますか」
 ポツリ、零す声の真意は彼女の中にある。
 エリス失踪の話を聞いた巴は、彼女の捜索の為にとグラップラーからドラグーンへと転職した。
 故に、ドラグーンとしての力を使うのはこれが初めて。勿論、この力を使わないに越した事は無いが、エリスの今までの状況を考えるとそうはいかないだろう。
「巧く使いこなせると良いのですが‥‥」
 ぶっつけ本番。
 どの様な事態になるか想像がつかない以上、巧くいくことを願うばかりだ。
「俺以外は、みんなエリスちゃんと面識があるんだな」
 不意に聞こえた声。
 目を向けた先に居たのは、これまでの報告書を読み漁る村雨 紫狼(gc7632)だ。
 彼は出発前、エリスがここ最近で関わった依頼の報告書を借り受けていた。
 そして今に至るまでそれを読んでいたのだが、ようやく全てを読み終えたようだ。
「事情は大体わかった‥‥急がなきゃいけないってのも、よぉくな!」
 高速移動艇とは言え移動時間は存在する。
 普通の交通手段に比べれば天と地ほどの差があっても、身動き取れない時間は惜しいものだ。
「しっかし、この報告書にあるバグア。だいぶ地球人に感化されてる感じがするけど、やっぱり中身は別の生き物だな」
 そう言いながら、彼は報告書を無くさない場所に置いて腕を組んだ。
 もう直、エリスが向かったクリスマスローズの丘に着く。そこに到着すれば一気に動き出す必要がある。
 こうして会話していられるのも、今の内だろう。
 ならばこの先の行動を話し合っておく必要がある。
「最悪の場合、俺はエリスちゃんの救出に専念する‥‥とは言っても、現状では何が起きてるか分からない。随時連絡を取って捜索する方が良いだろうな」
「勿論ボクも、発見を優先するんで支援よろしく。エリスを発見したら照明銃か通信機で連絡するよ」
 高速移動艇の隅で、考え事をするように黙り込んでいたRENN(gb1931)が呟く。
 その声に他の3人が頷くと、RENNは静かに組んでいた腕を解いた。
 移動中、ずっと考えていた。
 守ること、生きること、全力で自分自身も生き抜くこと。
 どれも容易ではないし、全部を手にしようとすればそれは簡単なことではない。
 ただ生きている。それだけなら簡単だ。
 でも、生きるということには何かしらの意味とか理由があって、それがどんなものであろうと、それがあるから人は生きている。
 10人いれば10人分の意味や理由があって、RENNにもエリスにもそうしたものはある。だからこそ、彼は思う。
――もう、失うもんか。
「‥‥行こう」
 高速移動艇が地面に着陸する。
 それを受け、RENNは表情を引き締めて呟くと、皆と共にクリスマスローズの丘に立った。


 倒れかけた木。草を剥がれた大地。
 風と共に舞ってくる土を頬に受け、能力者らは驚きの表情で目に飛び込む景色を見た。
「これが‥‥あの、クリスマスローズの丘‥‥?」
 呆然と呟いたのは蒼子だ。
 彼女は以前、エリスや傭兵等と共にこの地を訪れていた。
 その時は雪こそあったものの、こんなに荒れてはいなかったはず。だからこそわかる。
 この景色は自然に出来た物ではない。
 あちらこちらに見える爆破されたかのような跡は、決して古くない。つまりここは、かなり危険だ。
「急ぐよ」
 驚く一行の中から真っ先に動き出したRENNは、周囲の状況を確認しようとAU−KVを使って丘を目指す。
 それに習って巴や紫狼、そして蒼子も動き出す――と、その時だ。

 ドオオオオンッ。

 地鳴りのような音と、大地を揺らす振動が響いた。
 この音に、全員の目が頂上へ向かう。
「いた!」
 誰ともなく上がった声。
 その声の通り、丘の上には人影があった。
 遠目では容姿まで分からない。しかし、巴と蒼子はその人影を見てある人物を連想した。
「――デューア」
 詳しい容姿はわからない。けれど、色を判別する事は出来た。
 燃えるような赤い髪。それが人影が揺れると同時に動くと、攻撃が繰り出された。
 その威力や攻撃は、どう見ても普通の人間が放つ物ではない。
「攻撃の先にエリスさんがいると判断します」
 巴はそう判断し、アスタロトを起動させた。
 初めて使用するAU−KVだが、取扱いに苦心している時間は無い。
 自分が放った言葉が事実だとすれば、彼女の身が危ないのは確実だ。
「直線状に危険な物は無いわ。それに、デューアもこちらに気付いて、いない‥‥?」
 探査の眼でわかるのは罠や待ち伏せなど。
 敵がこちらに気付いているか否かは判断できない。だが、攻撃を能力者がいる方向とは別の方へ放っている様子から、彼がこちらに気付いていない可能性は高い。
 蒼子の冷静な分析を耳に、巴と紫狼、そしてRENNは顔を見合わせて動いた。
 向かうのは勿論、丘の上。
「瓜生さん、エリスちゃんの安全確保に動きたいんだが」
「構いませんが、デューアは殺さないで下さい。お願いします」
「うん?」
 これは中々に難しい注文だ。
 しかし巴がこう言うには何か理由があるのだろう。僅かに首を傾げ気味に頷くと、紫狼は足を加速させた。
 それに習って巴も加速度を上げる。
 一気にデューアへと接近した2人を視野に、RENNは蒼子と共に敵の攻撃先に急いだ。
「もう失うもんか、死守してみせる!」
 いつの間にか変化した体と声。双眼が金色に染まる中、RENNは土煙を浴びながら起き上がる存在を見た。
「エリス!」
 見つけた。
 全身に傷を作り、土を被って走り出すのはエリスだ。
 彼女は父親の形見であるカメラを抱えながら、必死に逃げている。そしてそんな彼女を狙うのがデューアだ。
「あと1時間と少し、か‥‥じゃあ僕も本気を出そうかな」
「!」
 彼の声にエリスの動きが止まった。
 言葉に動揺したのだろう。そしてそれを見越した容赦ない一撃が見舞われる――否、攻撃は止まった。
「そこまでだっ!」
 振り下ろされた二刀の刃。それを受け、瞬時に後退したデューア。
 彼の動きを見て、RENNはエリスの間合いに飛び込んだ。
「エリス、大丈夫!」
「‥‥れん、さん‥‥?」
 聞き覚えのある声に、エリスの顔が上がった。
 安堵と驚き。その双方を顔に覗かせて、エリスは戸惑いに気味に彼を見る。と、そこへ轟音が響いた。
「っ、ぅ!」
 デューアの攻撃に吹き飛ばされた紫狼が、苦痛の表情で起き上がる。
 エリスや彼女と合流した仲間を守る様に動くが故の負傷。最低限ダメージは軽減できるよう動いているが、それでも結構きついものだ。
「カメラ型の兵器‥‥エリスちゃんのと同じか?」
「似ているようですが、若干違いますね。威力もエリスさんのそれと比べるとかなり強いようです」
 報告書で読んだエリスが持つカメラ型の超機械。それに酷似した武器を使用するデューアに、何とも言えない感情が込み上げる。
「父親の面影、か」
 ふんっと口中で呟き、紫狼は武器を構え直した。
 彼の背には、RENNに次いでエリスと合流を果たした蒼子がいる。
「エリスさん、助けに来たわ――って、この体たらくじゃ偉そうに助けに来たとは言えないけれど‥‥」
 満身創痍のエリスと同じく、満身創痍の蒼子。
 彼女は自嘲気味な笑みを浮かべてエリスの手を取ると、彼女の傷を確認した。
 傷は新しいものからここ数日で出来た古いものまで様々だ。だが致命傷と呼べる傷はない。
「‥‥このくらいなら、大丈夫ね」
 ホッと安堵の息を吐くが、喜んでばかりもいられない。
 状況は極めて危険。
 先程聞こえたデューアの声が本当だとするなら、彼女に容赦ない攻撃が浴びせられるのは必須だ。
「みんな‥‥何で‥‥」
 まさか来るとは思っていなかった。
 何をしに何処へ行くのか。そう言う事は誰にも言っていなかったし、言うつもりもなかったから。
 だから、ここに人が来る事自体想像していなかった。
「エリスさん、写真は撮ったんですか?」
「え」
 驚きに振り返ったエリスの目に、AU−KVを纏う巴の姿が飛び込んで来る。
 彼女はエリスの答えを待ちながら、飛んで来る電磁波を寸前の所で交わした。そうして攻撃には転じず、ただ自らの元に攻撃の手を引き寄せるようにだけに動く。
「もう一度聞きます。写真は撮ったんですか?」
 巴はエリスの気持ちを心得ている。
 彼女は以前デューアと会った時にいた。そしてエリスが彼と写真を撮りたがっていた事も知っている。
「‥‥まだ。その為にも、逃げないと‥‥」
 そう零し、エリスはデューアが提示した条件を皆に伝えた。
 すると、意外な反応が返ってくる。
「俺はエリスちゃんの願いを叶えてやりたいんだが‥‥」
「え‥‥」
 てっきり止められると思った。
 危険なことをしている自覚も、馬鹿なことをしている自覚もあったから。
 けれど能力者たちは紫狼の言葉を皮切りに、エリスの予想していなかった答えを出した。
「私の答えは決まっています。残り1時間と言うのなら、デューアを相手に時間稼ぎに動きましょう」
「私も相違ないわ」
 負傷していても出来る事はある。
 蒼子は手にしていた拳銃と盾を持ち上げてみせると、RENNに目を向けた。
「ボクも問題ないよ。それに、デューアの好き勝手にはさせたくないしね」
 そう言って彼はエリスに笑んで見せる。
 その笑みにはエリスを少しでも安心させようとする気配りがある。それを目にしてエリスの唇が引き結ばれた。
「‥‥あたし‥‥」
 良いのだろうか。
 こんなにも良くしてもらって、大丈夫なのだろうか。
――嬉しい。
 そう言葉を出そうとしたが、状況がそれを許してくれなかった。
「そうと決まればRENNはエリスをニケツしてマッハで逃げろ!」
 こっちは可能な限り時間を稼ぐ。
 そう言葉を発した紫狼に、RENNは頷いてバイク形態を取るAU−KVの後ろにエリスを乗せた。
「しっかり、捕まってて」
 そう言って駆け出したバイク。
 その姿を視界に止めながら、デューアは不快気に眉を寄せた。
「そう、あくまでそう動くんだ‥‥なら、全力で殺してやるっ」
 ギリッと噛み締めた奥歯。
 そうして放たれた攻撃は、彼の周囲に存在す能力者らを容赦なく呑み込んだ。


 月が浮かぶ夜とは言え、クリスマスローズの丘は、嫌味な程に見晴らしが良かった。
 この状況下で、よくエリスは生き延びていたものだ。
 RENNはそう感心しながら、デューアから引き離したその場所で、エリスに応急処置を施していた。
 治療の為の道具は、殆どの仲間が所持していた為に切れることはない。だから心置きなく手当てを施せる。
「可能なら、瓜生さんから預かったこれもお腹に入れて」
 デューアの傍から離れる前、巴はエリスに食べさせるようにとチューブ型の携帯食を寄越していた。その時に、練成治療を使用する事も忘れなかった辺り、彼女らしい。
 お蔭で治療する範囲は減少し、彼女を休ませることに専念できている。とは言っても、ここも何時まで安全かわからない。
「食べたら、移動しよう。少しでも確実に逃げれる方法を取りたいから」
 そう言ってバイクに手を伸ばしたRENNの耳に騒音が響く。
「もう来たのか」
 逃げても逃げても追い駆けてくる敵。
 勿論、逃げる時間を稼いでくれている仲間はいる。けれどその仲間の力をもってしても、デューアを完全に足止めすることは出来ていない。
 その理由の1つに「彼を殺さない」と言う条件があるからだろう。
「エリス、いける?」
 問いかけにエリスが頷いた時だ。
 彼女の視界に電磁波らしき攻撃が飛び込んで来るのが見えた。反射的にそれに対して回避を取る。が、間に合わない。
「!」
「――っ」
 視界を流れた長い髪。
 覆い被さる影にエリスの目が見開かれた。
「レンさん!」
「大、丈夫‥‥直撃はしてない」
 エリスが回避に動いてくれたお蔭で直撃は免れた。だが、彼女を庇って背にダメージを受けてしまった。
「いま、回復を‥‥」
「そんなのは良い。乗って!」
 エリスは急ぎ回復を試みようとした。
 しかし、RENNはそれを遮ってエリスの手を取る。そうしてバイクに跨ると彼女を見て言った。
「今は逃げる事に専念して。目的を見失わないで」
 エリスの目的。
 それはデューアから3日間逃げ切る事。そしてその目的を達する為に、仲間は傷つきながら彼女を逃がしてくれている。
 そのことを再認識させる為に放った言葉。
 これにエリスは無言で頷いて、彼の背にしがみ付く様にしてバイクに跨った。

 そしてその頃、デューアと対峙する巴や紫狼は、後方から蒼子の援護を貰いつつ、ギリギリのところで耐えていた。
「君たち、邪魔だよ」
 苛立ちと共に放たれた電磁波。それが巴や紫狼を襲う。
 正直、デューアの攻撃は強力だ。
 直撃すれば体ごと吹き飛ばしかねない攻撃は、避けるのにもギリギリの状態。
 戦い始めて30分。残り時間は半分だが、正直残り半分を闘いきるには、溜まったダメージが若干多いだろうか。
「村雨さん、生きていますか?」
 衝撃波を避けきれず、地面に転がった巴が声を発する。そうして起き上がった彼女は、再び駆け出した。
 そんな巴の声に答えるように、紫の光が視界端で揺れた。これは紫狼の纏う覚醒が故の変化だ。
 彼は紫電を纏い、両の手に柄を握り締めて駆け出す。そうしてエリスとRENNの動きを視界に留めて口角を上げた。
「ああ、まだ生きてるぜ!」
「それは何よりです」
 巴は普段、戦闘中に無駄話はしない。
 それでも今はそれが必要だと感じる。
 自分の居場所と生存を相手に伝える手段。そして相手の居場所と生存を知る手段として、声を出すことは有効な手段だと判断する。
 それにデューアにはこちらの動きを見てもらわなければならない。
「次は、私が行きます」
 トンッと蹴った地面。
 一気に距離を縮めるのはデューアの動きを止める為。こうして接近した彼の視界に入ると、透かさず攻撃を見舞った。
「殺す気もないのに‥‥無駄だよ!」
 本来なら迷いなく与える攻撃だが、今は殺さないようにと気を付けながら行わなければならず、攻撃に僅かな迷いが覗く。
 それがデューアに苛立ちを持たせるのか、彼は巴に向かってカメラを構えると、電磁波を迷う事無く放った。
 攻撃は基本回避、それでも彼の攻撃範囲が広いのか、寸前にところで交わしきれずに攻撃を受けてしまう。
 その度に地面に転げて息を乱すのだが、そうなると今度は紫狼がデューアに向けて動く。
 全てはエリスのために。彼女を逃がしきるために。
 それでもまだ時間は稼ぎきれない。
「‥‥っ」
 エリスはその様子をRENNに連れられながら見ていた。
 徐々にしがみ付く手に力が篭り、彼女の中で焦りが生まれてゆく。
 そんな彼女に、柔らかな声が届いた。
「‥‥耐えて、エリス」
 もう少しで目的を達せられる。
 そう促して逃げを続行する。だが、動きは唐突に止まった。
「これで、終わりにしよう」
 巴と紫狼の包囲を脱してきたデューアが2人の前に立ったのだ。
「エリスさん、RENNさん、逃げて!」
 後方から降る銃撃。
 これは蒼子によるものだが、デューアはこの攻撃は難なく交わすと、ニンマリ笑ってエリスに武器を向けた。
 そして――
「伏せてッ!」
 彼女を死守すると決めていたRENNは、彼女を自らの体で庇うように動いた。
 それに次いで別の影が彼女を覆う。
 屈強な機械を身に纏い支える人物。これは巴だ。それに紫電を纏う紫狼もこれに加わっている。
「っ、なん、で‥‥」
 ビリビリと空気が震えている。
 エリスには痛みも何も与えられない。でも、この間に攻撃は仲間の元へ降り注いでいるのがわかる。
「っ、だめ‥‥蒼子さん‥‥!」
 見えた。
 盾を構えて僅かな隙間も作らないように動く蒼子の姿が。
 エリスの姿はデューアから完全に消えた。
 そうなって、デューアの苦々しげな声が響く。
「そこ、退いてくれる?」
 声はとても近かった。
 RENNに抱きしめられて前は見えないが、確実に彼の後ろにいる。
 しかも先程から小刻みに衝撃が伝わってきて、確実に何かがRENNに起こっているのがわかった。
「レンさん、離して‥‥」
 RENNは首を横に振りながら、決してエリスから手を放そうとはしなかった。
 先程から幾度となく背や腹に打撃が加えられている。それはデューアが与える蹴りで、それは容赦のない物だった。
「レンさん、お願いだから‥‥お願い‥‥!」
 このままでは死んでしまう。
 叫んだエリスに、RENNの顔が見えた。
「‥‥死なせないし、死なない‥‥大丈夫、だから」
 生気の薄くなった顔で笑んで見せる。
 その顔に涙が溢れた。
 必死に彼を引き離そうともがくが、エリスを庇うのは彼だけではない。
「あと、少し。我慢して下さい――ッ」
「!」
 ガンッと今度は巴の体が蹴り上げられる。
 それでも彼女もRENNと同じく離れない。
 代わりに、仲間が負った傷を回復させようと練成治療を試みる。
 何度も何度も、攻撃を受けては練成治療を施す。
 出来るだけ長く、あと少しの時間を稼ぎたい。
 そんな彼等に、デューアは業を煮やした。
「本当に、邪魔だね‥‥もう良いよ。面倒だから君たち全員で消えて」
 風が動いた。
 異様な程に動く大気に、エリスは必死でもがく。
「も、だめ‥‥離して‥‥離してッ!」
 どう考えても普通じゃない。
 この感じは、ここ数日で何度か目にしたサークルブラストに間違いない。
 デューアはここ数日、攻撃を当てる気はなかったのだろう。だから直撃する事は無かった。けれど今は違う。
 彼は確実に息の根を止めようとしている。
 ならばそれを受けた時点で、彼等が無事でいられる保証はない。
 だが攻撃は容赦なく降り注ぎ、彼女の傍から壁が崩れた。
「‥‥っ、‥‥ぁ、ぁあ‥‥」
「あーあ‥‥エリスのせいで、みんな倒れちゃったね」
 クスリと笑うデューアは、肩を竦めると楽しげにエリスを見た。
「さあ、次はエリスの番だ。それとも‥‥本当にこの人間達の息の根を止めちゃおうか?」
 辛うじて息をしている仲間にデューアが手を向けた瞬間、エリスは飛び出していた。
 皆を背に庇うようにして立ち、持っているカメラを構える。
 その姿にデューアが呟いた。
「何‥‥闘うの?」
 問いにエリスは答えない。それに対してデューアの表情が変わった。
 怒り――とでも言うのだろうか。
 苦々しげに眉を寄せ、唇を噛み締める表情は、彼がはじめて見せる屈辱の色だった。
「家族写真を撮るんじゃなかったの? 記憶を作りたいんじゃなかったの? 君は、僕に嘘を言っていたのか?」
 彼の武器から電磁波が放たれる。
 だが、攻撃の手はエリスに届かなかった。
「‥‥家族、記憶? そんなの知るか」
「!」
 倒れていたはずの巴が起き上がって、エリスへの攻撃を阻んだのだ。
 そこに響く歌声は‥‥そう、ひまわりの唄。
 エリスは構えた武器を手に、癒しの唄を歌っていた。
 皆に響かせる為に続けられる歌声を耳に、巴は大仰な息を吐く。
「人に頼ってないで、自分で考えなさい。記憶があるからここへ来たんでしょうに‥‥本当、芸術家めんどくさい。そのカメラ、玩具じゃないなら撮ってみればいい」
 違う? そう問いかける彼女に、デューアは不機嫌そうに眉を寄せた。
 そこに別の声が届く。
「芸術家云々の前に、ヨリシロってやつらは、どいつもこいつも、自分の欲望に忠実過ぎるんだよ」
 RENNは口端を伝った血を手の甲で拭い、「少し、羨ましいけどね」と零してデューアを見た。
 そしてエリスに向き直り、そっと声を掛ける。
「ありがとう‥‥もう、大丈夫」
 そう言って笑んだRENNだったが、満身創痍なのは変わらない。
 寧ろ、立っている事自体が不思議な程。それはRENNだけではなく、ここにいる皆がそうだ。
 そんな中、一際負傷度が目立つ蒼子は、盾を軸に立ちあがった。
「‥‥足、引っ張ってばかりね。でも、目的は達したはずよ‥‥」
 ニコリと笑って差し出された時計。
 そこに示されるのはデューアが提示した3日の期限ちょうど。
 それを受けてエリスの唄が止まった。
「‥‥‥‥ごめん、なさい」
 目的は達したのに、嬉しさは何処にもない。
 そんな様子で呟く彼女に、凛とした声が響く。
「エリスちゃんが謝る必要はない」
 エリスの前に立った紫狼は、戦闘態勢を取った状態でデューアに言う。
「エリスちゃんの行動の何処に嘘があるんだ。彼女は自分の心がズタズタに引き裂かれても、死んだ父親の面影を追って‥‥不確かな記憶を欲するが為に、今も自分ひとりでお前から逃げ続けて‥‥この行動の何処に嘘があるんだ」
「‥‥じゃあ、何? エリスが馬鹿だとでも言うの?」
「こういうのは馬鹿とは言わない。ただ、愚かとは言うかもしれない。俺たち人間は愛を知るが故に愚かにもなる。けど、それは本当の愚かさじゃない。時には道に迷い、間違えたとしてもそれでもだ」
 応戦する事も出来た。
 けれど最後までエリスは闘う道を選ばなかった。
 最後に放った唯一の行動は、仲間を回復するというもの。これは反撃には入らない。
 彼女はあくまで、逃げ続けたのだ。
「だから彼女の言動を嘘だとか、そういった風に見るな! ただ知識を喰らい、模倣するだけの宇宙生物に彼女を嘲笑う資格はない!!」
「‥‥知識を喰らい、模倣するだけの宇宙生物‥‥」
 クスリ、とデューアが笑った。
 それを見て、エリスがポツリと呟く。
「みんなが‥‥いてくれたから‥‥もし、いなかったら‥‥あたしは、攻撃、してたかもしれない‥‥デューアに、嘘を、ついてたかも‥‥ごめんなさい」
 そう、どんな状況下でもエリスの為に動こうとした彼等の気持ちが伝わるから、最後の最後まで攻撃には転じなかった。
 そんな彼女の言葉を聞いてか、デューアの口から息を抜く様なため息が零れる。
「‥‥君らの言う事は、僕にはついていけないし、僕には家族や愛なんてわからない。きっと、この先もわかることはないんだと思う。それでも‥‥」
 言葉を切って、デューアは巴を見た。
「君の言う通り、記憶があるからここへ来たんだろうね‥‥でも、これは僕の記憶じゃない」
 そう言って首を横に振ると、デューアはエリスを見た。
「約束は約束だ。1枚だけ撮るよ」
 彼はそう言い、兵器を持つ手を下げた。


 月をレンズに納めて写真を撮る。
 静かに響き渡るシャッターの音が、何処か冷たい響きを持つ。
「‥‥家族写真か」
 そう零し、デューアは懐から2枚の写真を撮り出した。そしてそれをエリスに差す出す。
「これ‥‥」
「これはエリスにあげる。後で2枚を重ねてみると良いよ」
 デューアはそう言うと、トンッと地面を蹴って皆の傍から離れた。
 その距離の取り方は、若干違和感を覚える。
「デューア‥‥?」
「覚えていることが記憶。それを思い出させるのが写真‥‥まあ、そんなところかな」
 良くわからない。
 そう零して彼はカメラ型の武器を取り上げた。
 それを目にした紫狼がエリス等の前に立つ。
 バグアであり人間で無い以上、彼がこのまま大人しく引き下がるとも思えない。だからこその行動だった。
「最後に、自分の姿を撮ってみるのも悪くないかな。そうすれば、何かわかるかもしれない」
「!」
 聞こえた声にエリスが動いた。
 それを仲間の手が止める。と、直後、デューアの手にしていた武器から電磁波が放たれた。
 それは今まで目にしたどの攻撃よりも強くて、離れて立っている能力者らへも衝撃として降り注ぐ。
 殆どの者が爆風に目を塞いだ。
 そして目を開けた時、そこには誰も立っていなかった。
 あるのは崩れ落ち、容姿も判断できないほどに傷付き、息を失ったデューアと、彼の壊れたカメラのみ。
 何故、命を絶つ必要があったのか。
 それはバグアとしてのプライドか、それとも罪滅ぼしのつもりか。その辺は、人間にはわからない事なのかもしれない。
「エリス、ごめん思い出の場所大分荒らしちゃたよね」
 RENNの言葉に無言で首を横に振ると、エリスはデューアが寄越した写真に目を落とした。
 写真はどちらも遊園地で撮った物。
 1枚はエリスとリーアンが映る写真。そしてもう1枚は、デューアとエリスの母親が移る写真だ。
 その2枚を重ねてみると‥‥
「‥‥家族写真‥‥あったんだ‥‥」
 デューアとエリスの母親。その中央にちょうどエリスが重なって納まる写真。
 親子3人。そしてそれを見守る様に寄り添うリーアン。欲しいと願っていた写真をデューアがずっと持っていた。
 その事に息を吸い込んで目を閉じると、エリスは心配そうに見守る仲間を振り返った。
「‥‥ありがとう、ございました!」
 そう言って頭を下げた彼女の顔に、涙はなかった。