タイトル:【PG】壊れゆく心マスター:朝臣 あむ

シナリオ形態: ショート
難易度: 不明
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/07/25 00:56

●オープニング本文


 泣きじゃくり、崩れ落ちたエリス・フラデュラー(gz0388)を見て、デューア・ハウマンはつまらなそうに頬杖を着いた。
「もう壊れちゃったんだね」
 つまらないな。そう零してデューアは幼いエリスの映る写真を拾い上げる。
 彼が居るのは、全てを見下ろせる建物の上。悠然とエリスや傭兵たちの動きを眺めていたのだが、如何にも期待外れ。
「もう少し如何にかなると思ったけど、仕方ないかな。でも、こうなると写真を撮らないエリスは要らないよね。残念」
 キメラとはいえ、亡くなっていたとはいえ、母親を殺めたとう事実はエリスにとって壁を作る切っ掛けとなってしまったようだ。
 今まで尊敬して目指してきた父・リーアン。彼もエリスの実の父親ではない。その事実も彼女を追い詰める事象の1つだろう。
 デューアにしてみれば、この程度で壁を作り、心を閉ざすとは思っていなかった。だから、期待外れ。
「子供にとって、親ってそんなに大事? そう言えば『キミ』も子供を大事にしていたっけ‥‥」
 彼は懐に仕舞っていた2枚の写真を撮り出すと、それに目を落とした。
「‥‥写真は実に興味深い。記憶を目に見える形で留める事が出来るのだからね。でも、本当の記憶はどうだろう。曖昧で、実に自分勝手で、不確かな‥‥それなのに、どうして『キミ』やエリスはそうしたものに縋ろうとするのだろう」
 写真は遊園地で撮った物だろう。
 笑顔で映るエリスとリーアンのツーショット。そしてデューアとお腹の大きなエリスの母親のツーショット。
 写真はどちらも同じ場所で撮られている。
 これはリーアンが過去に見た写真を真似て撮ったもの。
 2枚の写真は重ねる事で背景がピッタリと重なり、デューアとエリスの母親、その間にエリスが来るように撮られている。
「時間を越えた家族写真‥‥リーアンも良い写真家だった。僕は彼の写真は好きだよ。何でそう思うのか、良くわからないけどね」
 デューアはそう呟き、泣きじゃくるだけのエリスを見る。
「記憶と写真、か」
 デューアの中に抱えた記憶。それは知識として頭の中にある。勿論、彼が持っていた感情も。
 けれどそれが直接自分に関わるかと言うと、それは別問題だ。
 結局、知識の中の記憶や感情は自分のものではない。そう言う事だ。
「親が子供を想う程に、子供は親を想っていないんじゃないかな。だから簡単に崩れる。写真の中の記憶すら霞んで、本当の記憶を見ようともしない‥‥『キミ』は想われてない」
 胸の奥で鈍痛がした気がした。
 それに僅かに眉を寄せると、デューアの紅い瞳が写真を見詰る。笑顔で映る4人の人物。
 記憶と写真とそれに関わる感情と。
「遊園地か‥‥」
 撮れば撮るほどわからなくなる写真。
 デューアもリーアンも写真家として良い腕を持っていた。それは認めるし、越える事が出来ない事もわかっている。
 なら、エリスはどうなのか――
「もう1度だけチャンスをあげてみようか。ここにエリスを呼んで、写真を撮らせてみよう。大丈夫‥‥エリスなら来るよ」
 絶対にね。
 そう声を零し、デューアは建物の上から姿を消した。


「エリスちゃん、ご飯を持ってきたよ」
 キルトから預かっていた合鍵を手に入ってくると、山本・総二郎は暗い室内に明かりを灯した。
 元々綺麗な部屋では無かったが、随分と汚れたものだ。キルトが姿を消し、エリスが部屋に籠りっきりになってからだいぶ経つ。
 その所為か、この部屋は人が生活するにはギリギリのラインに立っているように見えた。
「ご飯、ここに置くね」
 エリスは総二郎に何も言わないし目もくれない。
 その事に視線を落し、それでも総二郎は彼女の前に立った。
「今日はこれを持って来たんだ。見て、くれるかな?」
 エリスが浮上するまで放っておくことも出来た。けれど周りの状況がそれを許してくれない。
 総二郎が差し出したのは依頼をプリントアウトしたモノ。そこにはエリスへの依頼が書かれていた。
「強化人間とバグアが遊園地を占拠したんだ。一般人も逃げ遅れてる」
 本来なら一刻を争う状況なのだろうが、今回の襲撃は少し変わっていた。
「バグアは今も遊園地に居る。敵はある条件を呑めば、遊園地を解放し、一般客も開放して良いと言ってる」
 彼の話だと、逃げ遅れた一般人は人質として身柄を拘束されているらしい。その安否は写真で送られてきたと言う。
「それで、その条件なんだけど‥‥」
 エリスは未だ視線を向けない。
 自分には関係ない。そう思っているのだろうか。だが彼女には聞いて貰わなければいけない。
 例え視線を向けていなくても、耳は聞こえている筈だから。だから言葉を紡ぐ。
「条件は、エリス・フラデュラーの写真」
「‥‥」
「遊園地で写真を撮ること。これが敵の要請だよ。撮影中の安全は保障されていない上に、実際に人質が解放される保証もない。だから、エリスちゃんがこの条件を呑む必要はない‥‥」
 総二郎はそう言葉を切って、エリスの前に膝を着いた。そして、彼女の顔を覗き込む。
「エリスちゃんが行かないって言うなら、強行突破も考えてる。ただその際、一般人がどうなるか‥‥それこそ保証はないけどね」
 要はエリスが動かなくても事件解決の方法はある。だが、彼女が動く方が効率は良いのだ。
「‥‥どうするかはエリスちゃんに任せる。とりあえず、一度本部に戻るから。戻ってきたら返事を聞かせてくれるかな」
 彼はそう言うと立ち上がり、歩き出そうとした。だが直ぐに止まる。
 ズボンを掴む小さな手に気付いたのだ。
「‥‥行く」
 零された弱々しい声に、思わず振り返った。
 目の下にクマを作って、少し扱けた頬が見える。どう見ても健康そうには見えない顔だが、瞳だけは真剣な色を帯びていた。
「行く。行って、来る‥‥でも、その前に、教えて‥‥」
 何を? そう問おうとした時、エリスは総二郎が持って来た依頼書を取った。そしてそれを総二郎に突き付ける。
「占拠した、バグア‥‥誰‥‥」
――誰。
 そう問うと言う事は、エリスに心当たりがあるのだろう。
 総二郎は彼女の目を見て逡巡する。
 だが直ぐに気持ちを切り替えるとこう言葉を反した。
「『デューア・ハウマン』‥‥エリスちゃんの予想通り、かな?」
 この声に、エリスは頷きを返した。


 占拠された遊園地。その中で楽しげに目を細めたデューアは、園内の中央に設置された城の上から周囲を見回した。
 延々と動き続けるアトラクション。
 それを動かすのは用意したスタッフの姿をした強化人間達。彼等はデューアの指示したとおりにアトラクションの運営だけを続けている。
 勿論、園内スケジュールも手に入れた情報のままに実施。
 アトラクションを動かしている者、そして占拠されていると言う事実を除けば、普通の遊園地と変わりない状態だ。
「さあ、準備は出来た。君の写真を見せてもらうよ、エリス」
 そう囁き、デューアは悠然と微笑んだ。

●参加者一覧

瓜生 巴(ga5119
20歳・♀・DG
RENN(gb1931
17歳・♂・HD
春夏秋冬 立花(gc3009
16歳・♀・ER
一ヶ瀬 蒼子(gc4104
20歳・♀・GD
ミコト(gc4601
15歳・♂・AA
イスネグ・サエレ(gc4810
20歳・♂・ER

●リプレイ本文

 軋みながら回り続ける観覧車。そのゴンドラが見下ろす先には、無人の乗り物がある。
「客のいない遊園地というのは異色な素材ですね」
 そう口にするのは、エリス・フラデュラー(gz0388)の護衛として遊園地に入った瓜生 巴(ga5119)だ。
 入園前、エリス以外の傭兵等は、デューアの要求を果たす存在かどうか、強化人間の審判を受けていた。
 結果は、見ての通り。
 傭兵等は良い写真を撮るための『材料』として入園を許可された。
「それにしても、相手は随分と用心深いようです。エリスさんが来たので人質解放を望みましたが、許可が下りませんでした」
 これに関しては駄目で元々と言う風合いが強い。故にそこまで期待していなかったが、それでも人質を取られたままなのは痛い。
「結局は、エリスちゃんの写真が必要ってことだね。何か心当たりはある?」
 そう問いかけるのはミコト(gc4601)だ。
 彼はエリスを覗き込む。その仕草にエリスの視線がカメラに落ちた。
「‥‥昔の写真とか、ね」
 この言葉にエリスの肩が揺れると、ミコトが眉を潜めた。
「‥‥前の事に関して、エリスちゃんは気にしなくて良いよ。俺も予感があった。だから色々と聞いたわけだしね」
 そう言いながら、彼女の肩を叩く。
「時間を戻すことは誰にもできない。だから、今できる事をやるしかないんじゃないかな?」
 声に小さく頷き、そして首を横に振って頭を切り替える。
 昔‥‥と言っても、そう遠くない。ほんの少し前の事。キルトの依頼として、傭兵らと共に遊園地に行った。
 とても楽しかったその時撮った写真は、今でも宝物で、大事な記憶。
「‥‥お城‥‥」
 零した声に、同行する一ヶ瀬 蒼子(gc4104)の目が向かう。
「お城って、前に皆で記念撮影をしたお城のことかしら?」
 蒼子はエリスが傭兵と遊園地に行った際、同行している。その時写真撮影をしたのが、彼女の口にした『お城』だ。
「なら、まずは写真を撮ってもらったところに行ってみたほうがいいのかな。そのときの情報は‥‥調べるしかないけどね」
 ミコトはそう言うと、エリスを促した。
 彼が聞いたのは『昔の写真』のこと。最近撮った写真ではなく、だ。
 そこに彼女が『お城』を指定するのならば、最近の記憶以外に何かがあるのだろう。
 歩き出すエリスを見ながら、蒼子は小さく息を吐く。勿論、彼女から目は離さずに。
「‥‥逃げない。そう、言ったけど、大丈夫かしら」
「エリスさんのこと、ですか?」
 蒼子の呟きを拾い、イスネグ・サエレ(gc4810)が問う。
 以前、何度かエリスの依頼に同行しているが、その時から雰囲気が変わっている。大人しい、と言うよりも、少し影が落ちたような、そんな印象だ。
「これは独り言だけれど‥‥私は後悔しているのだと思う。エリスさんを追い込む状況を作ってしまった事に、彼女に対して何も出来ていない事に‥‥」
 何も出来ていない。
 この言葉にイスネグの目がエリスに向かい、やんわりと細められる。
 自分にも少なからず思い当たる感情、想い。
 取り返しのつかない事をしてしまった直後、エリスの依頼を見て同行を申し出た。その時の、前の依頼の感情は、今も強く胸に残っている。
「‥‥エリスさんも、大変だったんだね‥‥」
 軽々しく大変だったね、とか。そんな事を言ってはいけないのかもしれない。けれど――
「無力なのは受け止めるしかない。ただこれ以上、彼女を追い詰めるような事だけはしたくないの。立ち向かうと話してくれた、彼女の為にも」
 入園前、蒼子はエリスに確認した。
 デューアがどんな写真を撮らせたいのかわからない。けれど、義務感で撮った写真に納得するとは思えない。だから、自信が無いのなら逃げる選択肢もある。
 そう、蒼子はエリスに言った。
 これに対してエリスが出した答えは、
『逃げたくない‥‥人質の人も、解放したいから』
 彼女は目を逸らす事無くそう言った。
「エリスさんがプロのカメラマンとして仕事をするのなら、私も同じ護衛のプロとして――あと、親友として全力で彼女を守る」
「‥‥私はそこまで強くなれないです」
 エリスに写真を撮ることを強いている。それは自分に力が足りないからだと、そう思っていた。
 けれど、何かが違う‥‥強いて、強いられているのに、今の言葉を聞く限り、彼女は自分から写真を撮ろうとしている気がする。
「あの‥‥」
 不意に出た声に、イスネグ自身も驚いて目を瞬いた。そして全員の足が止まる。
「あ‥‥えっと、折角ですから、他の場所も回ってみませんか?」
 そう零した声に、巴や蒼子、ミコトが顔を見合わせる。そして誰かが答えを返す前に、慌ただしい足音が響いてきた。
「その意見、賛成!」
 息を切らせてやって来たRENN(gb1931)にエリスが目を瞬く。そう言えば、入園直後から姿が見えなかった。
「何処に、行っていたの‥‥?」
「お手洗いだよ」
 そう言って笑う彼に、エリスの目が見開かれる。その姿にクスリと笑んで、RENNは他の皆と目を合わせた。
「どこにお手洗いがあるのかわからなくて色々回っちゃったけど、一応乗り物は全部稼働してるみたい。あと、防犯設備なんかも」
 ニコッと笑った彼に、巴は「ふむ」と視線を巡らす。防犯設備が全てか稼働しているという事は、それらを確認できる場所にデューアがいる可能性がある。
「先程。強化人間にデューアとの会話をお願いした際、何も物音がしなかったのが気になったのですよね‥‥防犯カメラのモニター等、全施設を確認出来る個室にでもいるとしたら、そう云った可能性も考えられますか」
 そうなると下手な行動は出来ない。けれど何もしない、と言うのもただ相手の要求に従っているようで居心地が悪い。
「んー‥‥この辺の設備が一番近いかな?」
「何を‥‥?」
「いや、入園許可は下りたんだし、もう1つ要求を呑んでくれないかなー‥‥と」
 そう口にしたRENNは、防犯カメラに向かって要求を述べ始めた。出来るだけデューアの気をコチラへ。その間に、彼女が動いてくれれば‥‥そう、考えて。

●1人、隠密行動
「時々、訳のわからないものに拘りますよね、バグアって‥‥」
 そう零しながら、細心の注意を払って遊園地を進むのは、皆と行動を別にする春夏秋冬 立花(gc3009)だ。
 彼女は仲間が入園した直後から、別行動を取って人質の安否確認に動いていた。
「RENNさんと会った時は驚きましたけど、お陰で良い情報も貰えましたし、結果オーライですね」
 まさか自分の他に隠密行動をしている人がいるとは思わなかった。そう零す彼女は、RENNと会った際、防犯カメラの位置を教えて貰っていた。とは言え、記録は彼が気付いた場所だけ。それでも心強い事に変わりはない。
「‥‥それにしても、エリスちゃんは大丈夫でしょうか」
 立花は、隠密行動に出る事を事前に告知しおり、その前にエリスと会話をしていた。
 その時の彼女の対応や反応は、何とも表現のしようがないものだった。
「大丈夫。そう思うしかないですね」
 立花自身、芸術には詳しい。だから、技術としての良い写真がどの様なものか、それは知っている。
 けれど、有名な芸術家の傑作と呼ばれる作品は、技術よりも心が伝わる作品だからそう呼ばれる事も知っている。
――難しく考えるのはよくないから、気楽に行こうって事です。
 芸術に関して語った後、立花はそうエリスに言った。
 この言葉に、エリスは「はい」と言葉を返してくれたのだが、その目には良い写真を撮ろう、という物は無かった気がする。
 何処か、
「決意を固めた目、とでも言うんでしょうか‥‥何の決意かは、わかりませんが‥‥」
 呟き、息を吐く。
 とにかく自分は、エリスが良い写真を撮れるように、彼女が危惧する事項を取り除く。
「確認箇所はあと半分。なんとかなりそうですね」
 立花はそう零すと、バイブレーションセンサーを起動させた。そして感覚を研ぎ澄まして動くモノを捉える。
「こっちは1人‥‥ん?」
 乗り物がある場所に何かの気配がある。これはきっと強化人間だろう。
 では、乗り物の無い、建物の先にある複数の反応は何だろう。
「地図で見る限り、この先にあるのは‥‥」
 物陰からそっと顔を覗かせる。
 そうして飛び込んできたのは、大きなお城。堂々とそびえるそれは、この遊園地のシンボルだ。
「あの中に人質が?」
 反応数から言って可能性は高い。
 だがお城から彼女のいる場所までの距離は長い。隠密先行を使用した所で、見つからずに行けるかどうか――そう、考えた時、強化人間らが動くのが見えた。
「なんだか動きが‥‥」
 そう呟いた所で、RENNの言葉を思い出す。
『スタッフをしている強化人間に協力要請を取り付けようかなって思ってる』
 彼は確かにそう言ってた。
「もしかして、要求が成功したのでしょうか?」 
 だとすれば今が動く時だ。
 立花は小さく息を吸い込むと、自らの気配を消す気持ちで物陰から飛び出した。

●心
「はぁ、あのさぁー。写真撮れって言っといて、なんなのこの状況はさぁ」
 立花が動き出す少し前。
 防犯カメラに向かって呆れたように怒鳴るRENNがいた。
「おまえら人を喜ばせるのは度素人じゃね? 模倣すんなら、最後までやれっての、協力するからさぁ」
 写真を撮れと要求し、出来る限り元の遊園地通りに運営しようとしているバグア。しかしその実態はただ形を真似るだけ。
 果たしてこれで人を楽しませる事が出来るのか。そう感じたRENNは彼等に協力する旨を申し出た。
 これに、モニターの向こうで傍観を決め込んでいたデューアが笑う。
『君、面白いね。良いよ。君の言う喜ばせる行為とは如何いった物なのか、見せてよ』
 園内に響き渡った声。次いで響く強化人間達への指示に、RENNは静かに笑んだ。
「ノリの良いバグアで良かった」
 そう囁き、彼はエリスに目を向けた。
「エリス、お願い。誰かのためじゃなくってさ。自分の為に写真を撮ってよ」
「‥‥自分の為に?」
「うん、自分の為に。じゃないと、大切な場所も失うんだ。自分を呪い続けたままさ」
 まるで何か経験があるような、そんな言葉にエリスは小さく口を動かした。
 良く考えたら、今まで写真は『誰かに見せる為』そして『父親を越える為』に撮っていた気がする。
 それは裏を返せば自分の為。けれど、本当の意味で『自分の為の写真』じゃない。
 誰かを喜ばせる為、誰かを越える為。それだけではない、もっと別の写真。
「‥‥風船‥‥」
「風船?」
 イスネグの声に、エリスは頷く。
 辺りを見回すように顔を巡らし、園内を歩くぬいぐるみに目を留めた。それが手にするのは色とりどりの風船だ。
「私が貰って‥‥エリスさん?」
「行って来る」
 ここで待っているように。そう言いかけた巴の腕が引かれた。次の瞬間には、エリスが自分で風船を貰いに行くのが見える。
「何か思い出したのかしら‥‥動きに迷いがない?」
 蒼子の声に誰ともなく頷きを返す。そして風船を持って戻ってきたエリスは、全員にそれらを手渡して、少しだけ笑った。
「エリス、風船が多いようだけど?」
 RENNの声に、エリスの眉尻が下がり、泣きそうな目が覗く。
「パパと、ママの分‥‥あたしは、パパとママの写真が撮りたい。だから、これは皆の分‥‥」
 エリスの言う自分の為の写真。
 それは彼女がずっと欲しいと思っていた写真。けれど、それを撮る術は無いはず。
「エリスちゃん‥‥どうやって撮るつもり?」
 ミコトの問いは尤もだ。
 その声に、エリスはこの場の全員を見回した。
「お願いがあるの‥‥デューアと、写真を撮りたい。だから‥‥何かあった時のために、護衛、お願いします」
 下げられた頭。それを見た後、傭兵等は顔を見合わせた。
 誰も想像していなかった写真の形。そもそもデューアがこの要求を呑むのか、それも心配だ。
 だが、
「エリスさんは必ず護るわ」
 蒼子は力強くそう言って、エリスを励ました。それに続いて同意の声が響くと、巴は防犯カメラを見る。
「私は人質の安否確認が取れれば問題ありません。交渉してみますか?」
 エリスはコクリと頷くと、デューアとの交渉の為に防犯カメラの前に立った。
「デューア。あたし写真を撮る。だから、人質を解放して‥‥そして、あたしと写真を撮って」
 先程のRENNとの遣り取りで、声が聞こえていることはわかっている。
 デューアの要求はエリスが写真を撮ること。彼女がそれを為せば人質は解放されると約束されている。
 だが、確実にそれが為されるか、それは賭けだ。だからこそ、傭兵等は万が一に備えて態勢を整える。
 巴は交渉決裂に備え、事前に用意しておいた閃光手榴弾に手を添え、蒼子は無線機を即座に起動できるよう同じく手を添える。
 そしてRENNは強化人間の動きを注意深く追い、ミコトは離れずエリスの傍に寄り添う。それに加えてイスネグが建物の影などに注意を払うと、園内にマイクの起動する音が響いた。
『それが君の写真?』
「うん。パパとママと‥‥デューアとの写真‥‥それが、あたしの撮りたい写真。一緒に撮ろう、デューア」
 防犯カメラに向かって差し出した風船。
 昔、リーアンと写真を撮った時、エリスは風船を逃がして持っていられなかった。
 それを思い出させてくれたのは、ミコトの問い。
 撮りたい写真を想像させてくれたのは、RENNの言葉。
 そして写真を撮る、そう決心させてくれたのは、他でもない今この場に居る傭兵達。
『‥‥わかった‥‥人質は解放するよ。君の信頼する友達に渡しておこう』
「え?」
 言葉に目を瞬く。
 直後、蒼子の持つ通信機に音声が流れた。
『人質が解放されました。場所は遊園地中央にあるお城です』
 立花だ。
 彼女は解放された人質と共にお城に居るらしい。それを聞き止め、エリスが駆け出した。
「エリスちゃん、待って!」
 1人では危ない。そう追いかける傭兵等と共に辿り着いた場所。そこには人質と立花の姿があった。
 しかし――
「デューアは‥‥?」
「バグアでしたら姿を見ていませんよ? 強化人間はまだそこらに居ますけど」
 人質らを安心させる様、穏やかに言葉を紡ぐ立花に、エリスは辺りを見回して眉を潜めた。
 そこに園内放送が響く。
『記念撮影はお預けにしておくよ。君の撮りたい写真がわかった。それだけで収穫だから』
 そこで音声は切れた。
 呆然と立ち竦むエリス。そんな彼女の肩をミコトが叩く。
「‥‥結果はどうあれ、お仕事完了だね」
 頷きは返すが、満足はしていない。それは彼女だけでなく、彼女に同行した傭兵等も同じだったに違いない。
 そしてそれを見ていたイスネグは、解放された人質を見て零した。
「人の心‥‥もしかしたら、バグアは理解できてない? だから‥‥」
 憶測でしかない。
 それでもそう思ってしまうのは、デューアの不可解な行動の所為だろうか‥‥。