タイトル:【PG】偽りなき真実マスター:朝臣 あむ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 5 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/03/28 19:39

●オープニング本文


 ひらりと舞い散る雪。
 もう直ぐ冬も終わり、春が訪れようとしている。春ともなれば、写真を撮る機会も自然と多くなるだろう。
 エリス・フラデュラー(gz0388)は首から下げたカメラに目を落すと、憂鬱気に目を伏せた。
「‥‥‥‥」
 以前、能力者に頼んでクリスマスローズの丘に行ってから数か月。決して短くない時間が過ぎたはずなのに、未だに鮮明に思い出せる光景。
 目を閉じれば自然と思い出してしまう記憶に、彼女の口からため息が零れた。
「パパ‥‥」
 何度、こうして父を呼んだだろう。
 リーアン・フラデュラー。偉大な写真家にしてエリスの父であった彼。そんな彼が残した風景と記憶を辿る記録。それらはエリスを混乱させるのに十分な力を持っていた。
「‥‥パパは、あたしの、パパじゃ‥‥っ」
 今もなお、頭を巡る記憶に首を横に振ると、彼女の目が上がり、止まっていた足が動き出した。
 目指す先に居るのはULTのオペレーター、山本・総二郎だ。彼はエリスの姿を確認すると笑顔で手を振ってくれた。
「エリスちゃん、忙しいところごめんね。実はエリスちゃん宛てにお手紙が届いてるんだ」
 手紙? いったい、誰が送ったのだろう。
 そもそもエリス宛の手紙なら、自宅や彼女や写真集の出版会社、個展会場等送る場所がある筈。わざわざここに送ると言う事は、何か意図があるとしか思えない。
「あったあった。コレだよ」
 言って差し出されたのは、淡いピンク色の封筒。よく見ると桜の花弁が溶かしてあり、和紙のような温かさがある封筒だ。
「‥‥綺麗」
 思わず零した声に、総二郎がクスリと笑う。
 それに頬を微かに染めると、エリスは改めて封筒を受け取った。
 そして宛名を確認するのだが――
「差出人は、不明‥‥?」
「危険物の可能性はなさそうだから、読むだけ読んでみても良いと思うよ」
「あ、うん‥‥」
 訝しげに頷き、封筒を開ける。
 すると、中には2枚の写真が入っていた。その横には、封筒と同じ紙を使用した手紙もある。
「写真‥‥と、お手紙――ッ!」
 ポツリと零して写真を取り上げた瞬間、彼女の顔が強張った。
 緊張した面持ちで2枚の写真を見詰め、そして手紙に手を伸ばす。その手が小さく震えているのは気のせいではないだろう。
 エリスはゆっくりそれを開くと、無言のままに目を通し始めた。
 その手紙の書き出しはこうだ――

――親愛なるエリスへ

 先日は、遠い道のりをお疲れさま。
 クリスマスローズの丘は、君に何を見せてくれたんだろう。君はそこで何か情報を得たのかな?
 もし情報を得ていたのなら、君はどんな気持ちでこの手紙を読んでいるんだろう。出来る事なら直接聞いてみたいな。
 そうそう、クリスマスローズの丘を降りる時には眠っちゃってたみたいだったけど、何処か具合でも悪くなったのかな。
 君が体調を崩していないか、悲しんでいないか、それが凄く心配だよ。
 君は、僕の大事な人だからね。いつでも元気でいて欲しいな。

 さてと、ここからが本題。
 この前、君にはクリスマスローズの丘を教えたけど、今度は別の場所を教えようと思うんだ。
 そこは夜が美しい街で、幾つもの外灯が光の花を咲かす温かみのある所なんだ。
 そしてそこは、リーアンと僕が生まれた場所でもある。
 本当はこの時期に君を向かわせたくはないんだけど、この街の何処かにリーアンの生まれた家があるんだ。
 そこへ行って、リーアンの思い出を見て来ると良いよ。きっと、素敵なモノが見れるはずだから――

――手紙はこの後の一文『愛しいエリスへ、デューア・ハウマンより』と言う言葉で締められている。
 エリスはその文を見詰めると、ギュッと手紙を握り締めた。
 その様子に総二郎の目が瞬かれる。
「エリスちゃん‥‥?」
「‥‥山本さん‥‥この場所、知ってますか‥‥?」
 差し出されたのは、封筒に入っていた写真の内の1枚。それは、夜を映した物の割にはとても綺麗に写った写真だった。
 水辺に建つ古めかしい建物たち。水路を辿る様に点々と置かれた外灯が綺麗で、思わず目を奪われてしまう。
「海辺の街だね。見た所ここは港かな‥‥んー‥‥え‥‥この外壁の向こうにあるの、まさか!」
 総二郎は慌てて写真を置くと、急いで何かを探し始めた。
 そうして彼が出したのは1つの依頼だ。
「今朝舞い込んだ依頼で、まだ人を探してるところなんだ。たぶん、この依頼の場所と同じところだと思う」
 総二郎が出した依頼は、海辺の街に出没するキメラを退治するもの。一見すれば簡単そうだが、問題点があった。
「この街、家と家の間の道が酷く狭いんだ。広い場所は、中央の噴水周りだけ。そこも、凄く広い訳じゃなくて、闘うには不釣り合いな場所らしいんだ」
「この街の建造物‥‥凄く、古い‥‥」
「うん。歴史的価値のある建物が多いらしくて、建物を壊さず退治するのが一番の課題に上がってるくらいだからね」
 エリスは彼の言葉に耳を傾け、視線を写真に向けた。
 送られてきた写真は港から撮った物だろう。
「外壁の外に出せれば‥‥港で闘える‥‥?」
「あー‥‥出せればその方が良いかもしれないけど、難しいかもね」
 どうする?
 そう問いかけた総二郎に、エリスは1つ頷き、彼の提示した依頼を受ける旨を伝えた。

●港のある古都
 港を背にした外壁。その上に腰を下した赤毛の青年は、穏やかに微笑んで眼下を見下ろしている。
「人の消えた街。そこにどれほどの価値があると言うのだろうね」
 歴史的建造物が立ち並ぶ街。確かに綺麗だと思う。しかしこの街に人は住めない。
 防災面でも安全面でも疑問のあるこの地は、数年前から人が住まなくなった。
 今は僅かに離れた場所に新たな街を作り住んでいる。そしてこの場所は観光名所とする為、現在修正を施している最中だった。
「エリスは来るかな。来たら、彼女は写真を撮るのかな‥‥ねえ、どんな写真を撮ると思う? それよりも、アレを見たらエリスはどう思うかな」
 くすり。
 零れた笑みの先に居るのは、背に翼を持つ人の形をしたキメラ。瞳を紅く染め、腐敗しかけた体で街の中を移動する姿に理性は伺えない。
「もう少し良く出来ると思ったけど‥‥死人だから、仕方ない――‥‥ん?」
 不意に彼の言葉が止まった。
 そして目を落し、そっと胸に手を添える。そうして眉を潜めると、緩く首を横に振って立ち上がった。
「これは『キミ』の? わからないな‥‥『キミ』は僕と同じでしょ。だったら、あんなの放っておいて良いじゃない。本当、意味が分からない生き物だね」
 そう零し、青年――デューアは姿を消した。

●参加者一覧

瓜生 巴(ga5119
20歳・♀・DG
一ヶ瀬 蒼子(gc4104
20歳・♀・GD
ミコト(gc4601
15歳・♂・AA
立花 零次(gc6227
20歳・♂・AA
天羽 恵(gc6280
18歳・♀・PN

●リプレイ本文

 三日月の浮かぶ海面。
 普段は静けさしか存在しないこの場所に、エンジン音が響き渡る。
 勢い良くブレーキを踏んだ車体が、凄まじい勢いで滑り込む。
 それと同時に舞い上がる砂埃とスリップ音に、外壁に囲まれた古都の中央で何かが動いた。
「ここが目的地ですね。情報通り外灯は灯っているようですが‥‥」
 瓜生 巴(ga5119)はそう言いながら車を降りると、キーを抜いて辺りを見回した。
 ここに来る前に聞き得た情報によれば、観光地として整備するこの地は、名所とも言える外灯の明りを消す事は無いと言う。
 故に、キメラが現れた今も、毎夜外灯を点しているらしい。
「綺麗だわ‥‥素敵な街ね。でも‥‥すごく寂しい、場所」
 同じく車を出た天羽 恵(gc6280)が呟く。そんな彼女の声に頷きながら、巴が同行者全員に地図を差し出した。
「目撃情報、詳細は不明。突然湧いて出た感じでしょうか」
 不思議な事もあるものです。
 巴はそう零すと車の中で思案気に目を落しているエリス・フラデュラー(gz0388)に目を向けた。
「エリスさん、着きましたよ」
「あ‥‥はい」
 出発直後から変わらぬ様子の彼女に、一ヶ瀬 蒼子(gc4104)の眉間に皺が寄った。
 彼女は以前クリスマスローズの丘に行った際、彼女が落ち込む原因を見ている。きっと、年越しからココまで、彼女はずっとこの調子なのだろう。
「‥‥無理もないわよね」
 当事者でない自分でさえも衝撃を受けた内容。当事者であるエリス自身は、もっと衝撃を受けただろう。
 それを思うと溜息しか出てこない。
「それにしても、そのデューアって奴。何を考えてるのかしら。もし奴が出てきたら、一発ぶん殴ってやりたいところね」
 思わずそう零し、こちらを見ているミコト(gc4601)に気付いた。
 彼は苦笑気味な笑みを零し、小さく肩を竦めると車を覗き込んだ。そうして手を差し伸べる。
「こんにちは、エリスちゃん。今回も頑張って――」
 頑張って行こう。
 そう声を掛けようとして止まった。
「‥‥まだまだ整理はついてないって顔かな」
 向けられた視線と、落ち込んだ表情にそう呟き彼女の手を取る。そうして車の外に引っ張り出すと、何時ものように笑顔で顔を覗き込んだ。
「まぁ、今回調査してみれば分かることもあるだろうし、それからまた考えたほうがいいんじゃない?」
 今は目の前の事を片付けよう。そう言外に言ってくれる彼に頷きを返し、彼女の目が外壁に閉ざされた街を見た。
「歴史ある街‥‥しかし『街』は人が居てこそ。静か過ぎる街は落ち着きませんね‥‥」
 風と共に流れてきた声に、エリスの目が向かう。
 そこに居たのは立花 零次(gc6227)だ。
 彼は涼やかな表情でエリスの視線を受け止めると、目礼にも似た頷きを向け、彼女が先に見ていた古都に目を向けた。
「思ったよりも塀は高くありませんね。問題は如何に建物を傷付けず、でしょうか」

――建物を壊さず退治するのが一番の課題。

 ULTのオペレーターである山本はそう条件を提示していた。
 この条件、無理難題とまではいかないが、それでも今回の条件は厄介だ。
「地図を見た限り、中央の噴水から外壁の外へと続く扉までは一本道。ここに敵を誘き寄せれば問題ないでしょうかね」
 まあ、それが厄介なのだが。
 全員がそう考える中、恵は思い詰めた表情をしたエリスを見詰めていた。
 胸の前で握り締めた両手。声を発しようと口は動く物の言葉が出てこない。
 恵はエリスから視線を外すのと同時に、ギュッと手を握り直した。
 そして意を決して歩み寄る。
「‥‥大丈夫。行きましょう」
 気の利いた言葉は言えない。
 それでも絞り出した声と共に彼女の頭をポンッと撫でると、恵はエリスの脇を通り過ぎた。


 灯りが転々と続く夜の都。
 そこに響く石畳を駆ける音。それを耳に、蒼子と恵は前を見て足を進めていた。
「思った以上に狭いわね」
「そうですね‥‥こんな場所で戦闘になったら、いくらなんでも不利だと思います」
 傷付けるなと言う条件付き。それを抜きにしても些か場が悪い。
 恵は蒼子にそう呟くと、瞳を凝らした。
 情報によれば敵は1体。何処に潜み、何処から襲い掛かられるかもわからない。
「一ヶ瀬さん、天羽さんはそちらを。俺はこちらへ向かいましょう」
 零次は3つに枝分かれする路地を前に指示を飛ばす。と、3人はすぐさま路地に飛び込んだ。
 彼等は先行し敵を誘導する役目を担う。危険だが早急に敵を発見し、外に誘導するには致仕方ない。
「みんな‥‥大丈夫、かな‥‥」
 傭兵になって、多少は経験を積んだとはいえまだ初心者のエリス。そんな彼女の言葉にミコトの口が開く。
「大丈夫だよ。みんなそれなりに経験積んでるだろうし。それよりも‥‥大丈夫?」
 問われる声にエリスの目が上がった。
「‥‥多分デューアは、まっとうじゃない――というか、まっとうじゃなくなったんだろうけど‥‥。そんな彼の誘いだからね」
 危険もあるだろうけど、気持ちの問題もあるのでは。そう苦笑して見せる彼に、エリスは超機械のカメラを手に頷いた。
「今は‥‥大丈夫」
「そっか。それなら今は、キメラを倒すことを考えようか。どんな相手でも‥‥倒すしかない」
 その声に頷いた時だ。傍で控えていた巴の無線機が鳴った。
「どうやら、発見したようですね」
 無線機から響く声から、敵の位置が報告される。
「場所は噴水広場。門の外に誘導出来そうとのことです」
 その報告に、ミコトと巴、そしてエリスはひと足先に門へと足を進めた。

 一方、敵を発見した恵は、鼻を突く匂いに眉を潜めていた。
「何なの‥‥この嫌な感じ‥‥気持ち、悪い‥‥」
 生気の無い濁った眼でこちらを見、ゆっくり浮遊しながら追いかけてくる敵――腐人鳥。
 体や羽根は真新しく見えるのに、何故か顔だけが腐りかけ、見た目にも嫌悪感を覚える。
 それでも僅かに判断できる顔は、女性の面影を残していた。
「と、とにかく‥‥皆と合流しないと」
 必死に駆ける足。
 時折縺れそうになる足を手繰り寄せ、徐々に見えてきた開けた道と、明かりに彼女の足が加速する。
 そして光に向かって飛び込むよう転がり込むと、風が巻き上がった。
「アレが敵、ですか‥‥しかし、何でしょうね『アレ』は‥‥」
 零次は眉を潜めて呟き、手の中の扇を返す。
 これに噴水広場に入り込んだ敵の体が攫われた。但し、威力を抑えている為か、傷は付かない。
「腐臭と、目にもわかる腐敗‥‥生と死の融合。差し詰め、そんな所でしょうか」
 囁き、風を舞わせて軌道を修正、正しき道に誘導する。
 どうやら敵に知能はないようだ。導かれるままに道を進む姿は操り人形を彷彿とさせる。
「――と、そっちじゃなくて、こっちよ」
 恵と零次に続いて噴水広場に到着した蒼子。彼女も誘導の為、空に銃弾を放つと腐人鳥の動きを制限した。
 こうして誘導された敵の姿が、門の外へと見えてくる。これに巴の目が眇められる。
「来ましたか‥‥さて、効くかどうか――」
 言って、巴の手の中で何かが光った。
 直後、蒼い光が敵目掛けて飛んでゆく。しかし――
「――効果、なし。ならば、次に行きましょう」
 腐人鳥の浮遊能力。それは特殊効果ではなかった。その為、巴の放った術は効果を為さなかったようだ。
 とは言え、今のは試し。
 効けば良し、効かねば他を試すのみ。
 腐人鳥は不可解な攻撃を見舞われた事で、気分でも害したのだろうか。門の外に出るのと同時に、誘導されるだけだった動きが変わった。
「危ないっ!」
 翼を広げ、一気に攻撃に転じた敵に、蒼子が叫ぶ。盾を使用し、放たれた羽根の刃を、己が盾で受け止めた彼女に、エリスの目が見開かれた。
「ご、ごめんなさい‥‥」
「ここは、ありがとう。でしょ?」
「エリスさん、子守唄をお願いできますか?」
 何時の間に傍に来たのだろう。
 零次は腐人鳥の攻撃を旋風で叩き落とすと、エリスに指示を飛ばした。この声にエリスの口が開かれる。
 視界には、扇から弓へと持ち替えた零次。死角を狙い、角から攻撃を狙う巴。そして隙を伺うミコト、恵の姿が見える。
「‥‥‥‥今は、集中」
 エリスはそう零すと、敵の顔を見詰め、出来るだけ想いを込めて歌を紡いだ。
「――止まった?」
 腐人鳥はエリスの歌で動きを止めた。
 これを好機と、ミコトと恵が動き出す。
「まだ、やる事があるから‥‥キミの好きにさせるわけにはいかない」
 腐人鳥が門の外に出るのと時を同じくして、ミコトは城壁の上に移動していた。
 彼は闇の中で神々しく光る刃を振り上げると、一気に壁を蹴った。そして重力の勢いを借りて刃を突き立てる。
――ギャアアアアア!!!
 悲鳴と同時に舞い上がった白い羽根。
 まるで雪の様に舞う羽根の中、恵の刃が閃いた。
「――‥‥まだ」
 羽根を切るだけでは終わらない。
 彼女は大地に刃を突き立てる事で歩幅を稼ぐと、一気に間合いを詰めた。そして飛び込んだ勢いを殺さず刃を引き抜き、自らの勢いと刃を抜いた事で得た勢いで敵の胴を薙ぐ。
「ッ‥‥これで、終わりっ」
 腕に響く重い感触。
 それを振り抜いた時、彼女たちの前には力尽きた腐人鳥の亡骸が転がっていた。


「リーアンさんの生家の情報、良く見つかりましたね」
 そう口にするのは恵だ。
 彼女は戦闘後の疲れか、それとも精神的なものか、気落ちしたように静かなエリスの肩をそっと抱きながら問う。
 その声に情報収集を事前に行っていた巴は、得た情報を確認しながら頷く。
 その足は止まる事無く街の中を歩いている。勿論、迷う様子はない。
「住所はこの街以降の移転先で調べた所、直ぐに見つかりました。エリスさんが付いて来てくれたお蔭とも言いますが」
 個人情報をそう易々と開示はしてくれない。だが籍上娘となっているエリスには開示可能だ。
「傭兵登録データに最初に登録されたデータと元に遡った結果、だけどね」
「よくよく調べたら、ネットに情報が転がっていましたが、所詮はファンの情報‥‥役所を当って正解でした」
 蒼子の声に答える巴は、ネットでも情報を漁っていた。
 ネット上にリーアンの情報は『有名』と言うだけあって其処彼処にあった。しかしバグアによる通信妨害の影響で広域をカバーするネットワークが無い今、局地的なネットを利用して得られる情報の正確さはイマイチ。
「情報によると、そろそろ――‥‥あ」
 零次の声に皆の足が止まった。
 何事かと、エリスを庇うように立つ蒼子と恵。彼女たちの動きにエリスの目も動く。
「‥‥ミコト、さん?」
 先程、リーアンの家へ向かう際、自分は別の場所に行く用があると言って別れたミコト。その彼が正面の道から歩いて来るではないか。
「ああ、やっぱり‥‥やあ、エリスちゃん」
 はにかんだ様な笑みで片手を上げて見せる相手に、エリスの頭が頷く様に動く。
 それを見止めた上で、ミコトはある家を見た。
 その家はリーアンの生家の隣にあり、街並みに添った造りをしている。これもきっと、貴重な観光資源なのだろう。
「ミコトさんは確か‥‥デューアさんの家を探されていましたよね。もしや、その家が?」
「生まれた場所って言葉に嘘が無ければ‥‥そう思って調べたらココだったんだけど‥‥その様子だと、隣がリーアンさんの生家?」
「そのようです」
 零次の声に「ふぅん」とミコトの目が細められる。
 同じ出身、隣同士の家。ただのファンにしては凝った繋がりだ。
「‥‥俺はこっちに行くけど‥‥ねえ、エリスちゃん」
 不意に掛けられた声にエリスの目が瞬かれる。
「‥‥知らなきゃ良かった。そういうことはいっぱいあると思うけど‥‥それでも、エリスちゃんは知りたい?」
 既に知らなくて良い情報を彼女は知っている。それ故に、以前から表情もすぐれない。
 にも拘らず、まだ知ろうと言う気持ちがあること。そしてそれが偽りではないかどうか。
 ミコトの声にエリスの首が大きく縦に振れた。
「そっか。それじゃあ、エリスちゃんを頼むね。俺はこっちに行くから」
 そう言って、ミコトはデューアの家だと言う建物に入って行った。
「では私達も行きましょう。本来であれば鍵がないと入れないでしょうが‥‥お誘いがあるのなら」
 巴はそう口にして家の戸に手を掛けた。

 カチャッ。

 案の定開いた扉。
 傭兵たちを待ち侘びたかのように開いた扉に、誰ともなく「やはり」と言う声が漏れる。
「エリスさん、少し緊張されてますか?」
 大丈夫ですよ。
 言って、勇気付けるように背を叩いた零次の手に、エリスが頷きを返すと、彼等は家の中を捜索し始めた。

――数分後。

 数枚の写真と日記らしきもの。
 それらを持って集まった傭兵たちは、食い入る様に一枚の写真に目を落すエリスを見ていた。
「随分と、仲が良かったのね」
 そう、蒼子が言うのは、デューアとリーアンが共に映る写真。そこには何処かで見たことがある女性も映っている。
 3人は白い花の咲く場所で楽しそうに笑っていた。
「これが見せたかったもの、でしょうか‥‥」
「以前の話を聞く限り、その可能性はあるでしょうが‥‥それにしても、この女性‥‥気になりますね」
 考え込むように呟いた零次と巴。
 その様子に写真を覗き込んだ恵の目が見開かれる。
「この顔――」
「エリスちゃん。あまり良い情報は、出なかったよ」
 恵が何か言おうとした時、隣の家を調べていたミコトが入ってきた。
 手には写真らしきものを握っているようだが――
「‥‥見る覚悟は?」
「待ってミコトさん。それ、見せたらダメな気がする」
 街に入った時から覚えていた違和感。そしてリーアン達が映る写真。もし、写真の女性が自分の思う通りなら。
 危機感を覚えて言葉を発した恵を見て、それからエリスはミコトを見た。
「見る」
 珍しくハッキリと言い切った声に、ミコトの手が動く。すると数枚の写真が彼女の目の前に開示され――
「――――ッ!」
 言葉にならない悲鳴が響く。
 エリスは3人が映る写真を見て、直ぐに写っている女性が先に闘ったキメラと似ている事に気付いた。
 腐敗していても、人の表情を多く撮り続けた彼女には、それが誰だかわかっていたのだ。
 だがそれを口にしなかったのは傭兵達に気遣った為。余計な苦痛を与えない為に黙っていたのだが、それが間違いだったのかもしれない。
「結婚式の、写真?」
 エリスの様子に驚いた蒼子の声。それに巴の目も向かう。
「‥‥デューアとか言う人物と、その写真の女性と――これは‥‥」
 華やかな結婚式の写真ともう1枚。
 子供を抱いて穏やかに微笑む女性。その傍らにはリーアンとデューアが立っている。
「ぁ、ああ‥‥あたし‥‥、‥あたし‥‥ママ‥‥ママを‥‥‥‥ママを、殺し‥‥いやぁぁぁぁああ!!!」
「エリスちゃん!」
 頭を抱えて崩れ落ちたエリスと、それを支えたミコト。
 泣きじゃくるエリスを前に、傭兵達は何も言えず、ただ彼女が泣く姿を見ていた。